聖域の空に笑え!




「五月五日は子供の日じゃそうだのう……」
天秤宮で茶をすすりながら通信販売のサイトを見ていたシオンがぽつりとつぶやいた。
碧螺春(ぴろちゅん)のおかわりを淹れていた童虎がああと答える。
「もともとは中国の節句のひとつで男女の別なく子供の無病息災を祈った行事なんだが」
「ことの起こりはよい。なにやら楽しそうなイベントではないか、ん?」
くるりと椅子ごと振りかえったシオンの笑顔に童虎ははあとため息をついた。
なにか企んでいる顔だ、絶対。
だが反抗しても徒労に終わるし、彼女が楽しいのならまあそれでもいいかと思えてしまうあたりが自分でも末期だと思う。
童虎はパソコンの画面を覗き込んだ。
「なにを企んでいる? シオン」
「んふふふふー。子供ならゴロゴロしておると思ってなー」
そういうとシオンは再びパソコンに向かい、三通のメールを作成する。
一通は聖域・教皇の間。
もう一通は遠い島国の日本へ。
さらにもう一通を同じ日本の別の場所へ。
ブラインドタッチをマスターしているシオンはあっという間にメールを書き上げて送信した。
「これでよし、と。あとは……」
「どうでもいいが、あまりサガに負担をかけるな。ただでさえ忙しいのに」
「だからこうして私が主導でやるのだ」
前教皇のシオンは現教皇であるサガの多忙振りを知っている。だからこそちょっとでも気晴らしに、と本件を目論んだ。
「それはそれとして」
「ん?」
「我らは、あの子たちに対して大きな借りと……そして責任があると思うのじゃ……」
「シオン……」
すっとまぶたを落とし、童虎は若き闘士たちの顔を思い浮かべる。
十代の少年少女たちはその星に導かれるままに過酷な前線で戦いつづけてきた。


地上の守護神にしてその知性を誇る闘神アテナ沙織。
その女神のもとに集う五人の少年少女たち。
勇敢に蒼空を駆ける銀翼のペガサス星矢。
智略の将、優美な若緑の鱗煌くドラゴン紫龍。
氷と水の貴公子、美しき純白のキグナス氷河。
薄紅色の銀河を鎖に持つ心優しきアンドロメダ瞬。
灼熱の翼で世界を舞う剛毅果断のフェニックス一輝。


アテナの聖闘士としてそれが当然だと言ってしまえばそれまでだが、少年たちはあまりにも傷つきすぎた。
「この子たちの未来、か」
「我らが愛しき幼子たちのためじゃ……」
そう言ったシオンの手がくるりっと動き、柏餅とちまき100個を注文する。
「ちょっ、100個か!?」
「足りぬか!?」
多すぎるだろうとは言えないまま、その注文は確定されてしまった。



そのころ日本では。
メールを受け取った紫龍と瞬がパソコンの前で唸っていた。
「紫龍……」
亜麻色の髪の少女がとなりに座っている少年を見つめる。緑の黒髪がさらりと揺れた。
「行かねば……なるまい。シオン殿は前教皇であらせられたのだから……」
「召集……だよね。なにかあったのかな?」
瞬がもう一度パソコンを覗き込む。
メールの画面に現れた無機質な文字を追う。
近々迎えを寄越すゆえ大人しく待っているように、とだけ書かれていた。
「不穏な気配を感じたのかもしれないな……」
「紫龍……」
瞬の瞳が悲しそうに伏せられた。
この城戸邸に住まう四人の少年と紅一点の少女は皆アテナの聖闘士だ。
邪悪が目を覚ませば彼らはアテナとともにどこまでも戦い続ける宿命を負った戦士なのだ。
瞬にもそれは分かっている。けれど誰かを傷つけることを嫌う少女に戦う運命はいつだって残酷だ。
紫龍はそんな少女の肩を抱きよせ、亜麻色の髪を撫でてやる。
「……俺たちが戦わないといけないんだよ、瞬」
「……うん」
アンドロメダの少女は静かに目を閉じた。
彼女の守護星座である鎖姫は故国の平和のためにその身を生贄に捧げた逸話を持つ。
その健気さ故に奉られた星座を持つ瞬は自分が犠牲になることは厭わない。
「私の命で済むなら……」
「俺たちはいつだって一緒だろ」
まだ13歳の少女を慰める少年もまだ14歳。
この不安が杞憂に終わるのを知るのはまだほんの少しだけのこと。



そして前日の五月四日。場所は天秤宮。
「シオン様、鯉のぼりできました!!」
空と海の青を併せ持ったやわらかな髪をリボンで結んでいたアフロディーテが華やかな笑顔で言った。
童虎の指導のもとデザインされた三匹の鯉は乾いたばかり。
黒く染められた真鯉を持ったミロが頭からかぶって遊んでいる。破かれる前にとカミュに取り上げられてつまらなそうに声を上げた。
「だけど、鯉のぼりねぇ……老師、どのような意味が?」
短く切りそろえられた黒髪のシュラが問うと童虎はにこりと笑っていった。
「中国の故事に龍門の滝を昇りきった鯉が龍になるという伝説があってな。それにあやかっているんじゃよ」
「ああ、登竜門ってやつなー」
どっかりと日本の甲冑をおいたデスマスクが微妙に角度を調整している。
イタリア出身の彼は妙に中国故事に詳しい。
シオンは満足そうに頷いた。
「飾りはこれくらいでよいな。料理は明日じゃ」
「花も明日飾るんですよね?」
アフロディーテの問いにシオンはうむと頷いた。
「カミュ、美しい花瓶をな」
「はい、シオン様」
鎧冑の横に白磁のすらりとした花瓶をふたつ、ミロに手伝ってもらって並べる。明日ここに沙羅双樹の園から持ってきた菖蒲を飾る予定だ。
アルデバランとアイオリアは天秤宮の外で鯉のぼりを泳がせるための支柱を立てている。
「ところでシャカとムウは?」
姿が見えないふたりは沙羅双樹の園でお花選びの真っ最中だ。
邪魔だからと追い出されているのは誰もが知っている。けれど所在を確認しないのはもっと不安だ。
「カミュにシュラ、手が空いたなら処女宮へ行って花選びを手伝っておくれ。あやつらのこと、ラフレシアなど飾らぬとも限らぬからな」
シオンの言葉にそりゃ大変とふたりはすぐ下の処女宮に向かった。
その間にアフロディーテは鯉のぼりを丁寧に畳んで箱にしまい、冑の横にきちんと並べた。
「シオン様、私はこれから教皇の間へ行ってまいります」
「おお、すまぬな。サガも腹を減らしておろう」
サガは双子の弟カノンとともに教皇の間にあって山積する仕事を片付けている。
明日のパーティーに参加するためには今日中にある程度目処をつけておきたいからと急ピッチだ。
アフロディーテはただ華やかに微笑んで天秤宮を後にした。
残されたミロとデスマスクがうろうろしている。
「飲み物の用意は出来ておろうな? 酒ばかりではならぬぞ、一応子供がメインだからな」
言われてふたりはあっと声を出した。いつのも癖で酒しか用意していなかったらしい。
「やっべぇ! 急いでいこうぜ!」
聖域でも一二を争ううっかりさんふたりが慌てて天秤宮を出ていく。
孔雀の羽扇の陰でシオンはほのぼのとため息をついた。
「黄金聖闘士もみな、我らから見れば子供よのう……」
童虎とふたりならんで、シオンはふと空を見上げた。
そろそろ日没――日本はすっかり藍色になっておろうと想いを馳せた。
ふと浮かんだひとりの少女の顔。
「冥王も来るかな……」
アンドロメダは深遠の冥王と絢爛の闘士との間に揺れている。



そして当日。五月五日、子供の日は日本もギリシアも快晴だった。
なにかあっては一大事と五人は聖衣の箱を傍らに待機している。
「沙織さんは?」
「仕事先からまっすぐ行くって。私たちは誰か迎えに来るらしいんだけど」
そういう瞬の横で星矢がつまらなそうに頬を膨らませた。
「聖域に来いなんて、なんの用なんだろうなー。折角瞬とデートしようと思ってたのにさー」
「この連休じゃどこも込んでるよ、星矢」
よしよしと茶色がかった髪を撫でられても星矢の機嫌はよくならない。
「どうやら不穏な気配ではないようなんだが……」
先日改めて送られてきたメールを思い出した紫龍が呟いた。
「じゃあ聖衣は要らないんじゃないのか?」
「だが備えあれば憂い無しといつも老師が仰っていた」
紫龍の言葉に金髪碧眼の氷河が納得したかのように頷いた。一輝だけが面倒ごとはごめんだとばかりに頭を抱える。
そこに突然強大な黄金の小宇宙がふたつ。
「どうやらお迎えが来たらしい」
そう言って紫龍が外に出る。
庭先にいたのはムウとシャカ、ある意味でお迎えだ。
柔らかく豊かな薄紫の髪を揺らし、ムウがにこりと笑った。
「みなさん、おはようございます。全員揃っていますね?」
はーいと返事をしたのは星矢。よろしいとムウは頷いた。
「では今から君たち五人を聖域へ連れていきます。私のスターライトエクステンションか、シャカの六道輪廻かお選びなさい。大丈夫、行き先はちゃんと聖域に設定してあげます」
ここでムウがにこりと笑い、シャカが口元をゆがめたが青銅たちは誰一人どちらも選ぼうとしなかった。
そこで瞬が恐る恐る提案する。
「あのー…」
「はい、なんでしょうか?」
「黄金聖闘士のなかでも強大な超能力を持つお二人です、私たち五人くらいそんな大技を放たなくてもまとめてテレポート出来るんじゃ……むしろその方向でお願いしたいんですけど……」
流石冥王ハーデスの憑代だった少女は言うことが違うとシャカは笑った。
「よかろう。特別にまともなテレポートで君たちを聖域に送ろうではないか」
特別なんだと青銅たちは異口同音に心中で囁いた。
よっこらしょと聖衣を背負おうとした少年たちをムウが止める。
「ああ、聖衣は要りません。置いてきて大丈夫ですよ」
「いいんですか?」
「はい」
ムウの言葉に五人は一度聖衣箱を持って室内に戻り、改めて出てきた。
「それではいきますよー」
何故だか知らないがみんなで手を繋いで輪になって。
晴天、薫風そよ吹く春の日に一同の姿が消えた。



舞台は再び天秤宮。花を飾り終えた水の淑女たちもキッチンに入り、戦場さながらにかけ回った。
アルデバランが豪快にステーキを焼く横でデスマスクがカニ尽くしの料理を作っている。
「カミュ、これも冷やしてっ!」
「絶対零度で!?」
「そこまでしたら食べられないからそこそこっ!!」
シュラがひょいと投げるボールを受けとってカミュが椅子にじっと座る。彼女は冷蔵庫代わりに使われていた。
「誰か! アフロ知らない!?」
「アフロならとなりの人馬宮! ここはもう塞がっちまったから!!」
「アイオリアと一緒にむこうで料理しているよ」
答えたアルデバランが鉄板から分厚い牛肉を降ろす。じゅうじゅうと美味しそうな音を立てて並べられるそれをミロが美味そうとつまみ食い。
「こら、ミロ!」
「いーじゃん、味見だよ。うまいなーこれ」
一切れくらいならとアルデバランがからから笑う。ついでにソースの味見も頼むとミロはこれも美味いと誉めてくれた。
星矢が好きだというかにクリームコロッケを揚げながらデスマスクがミロに聞いた。
「そーいや、お前はなんで料理しないんだ? このまえ食わしてもらったけどそこそこいけるじゃん」
そういえばと一同が彼を見つめる中、ため息をついたのはカミュだった。
「うん、料理は上手なのよ。それは本当。だけどね、ふたとか袋とか開けられないのよ……」
「……はい?」
ぽりぽりと頭をかくミロ。
「もやしの袋を開けてもらったら見事にぶちまけたの。それだけかと思ったら蜂蜜もコーヒーも、とにかくふたと言うふたを開けるときは問答無用なのよ……」
唯一上手に開けられるのがスナック菓子と酒だというから困ったものだと、カミュはまたため息をついた。
「あ、開けてあげれば出来るんじゃない……ね?」
「盛り付けだって出来るだろ。ミロ、これ並べて向こうに運んで」
「よっしゃあ!」
やっと仕事を与えられたミロは出来あがった皿から順番に運んでいった。
人馬宮で刺し盛りとサラダを作っていたアフロディーテとアイオリアも降りてきて準備は万端整った。
「なにも手伝えなくて、悪かったな」
アフロディーテたちから数分遅れてサガとカノンも天秤宮へやってきた。
魚座の彼女がそっとサガの横に立つ。
「サガはお仕事があったんだもん。みんなわかってるよ。ね?」
一同うんと頷いた。それだけでサガの心は熱くなる。
13年前の非道を思えば決して許されないはずの自分がこうして迎え入れてもらえるのは、これからやってくる主賓たちのおかげだろう。
そしてそれは黄金聖闘士が皆思うこと。
ばさり、と派手な扇の音が聞こえてきて、一同さっと振りかえる。
「たった今全員白羊宮に到着したとのことじゃ。十分とかからずにここまで来ようぞ。皆の者、支度はよいな?」
「はい!!」
皆一同にクラッカーを持ち、主賓たちの来訪を今か今かと待っていた。



その頃アテナ沙織と貴鬼も合流して合計九人になった一行はひとつ下の処女宮に辿りついていた。
星矢はもうすっかり機嫌を直したのか、瞬の手を握って一足先に処女宮を抜ける。
そして次の天秤宮を目指していたふたりは同時に足を止めた。
「星矢、あれ見て」
瞬が指差す方向を星矢はまっすぐに見つめた。
五月の、しかもギリシアの空に悠々と泳ぐ鯉のぼり。星矢はすげーと素直に声をあげた。
「俺、聖域で修行してたけど、鯉のぼり泳いでんの初めて見た!!」
「そりゃあ、初めてあげたんですから」
貴鬼の手を握っていたムウがくすくす笑う。楽しそうなお師匠様の笑顔に貴鬼もご機嫌だ。
急ぎましょうと、ムウは年少ふたりを促した。星矢が瞬を引っ張るようにして階段を駆け上がっていく。
「うわっ、星矢ぁっ」
スカートの裾を翻して、少女は困ったような笑顔で少年の跡をついていく。
「本当に星矢は瞬がお気に入りなのね」
沙織がくすくす笑いながらふたりの背中を見つめている。一輝が面倒くさそうにため息をついた。
「なーんか、小さい頃から仲良かったからな」
ごくまれに兄そっちのけでじゃれあっている実妹と異母弟を見ながら一輝は複雑な心境だ。
瞬が結婚するなどと言い出したら相手が誰であれ、一輝と星矢は大騒ぎするだろうと紫龍と氷河は苦笑して見せた。
そして天秤宮の前まで来ると鯉のぼりは実に雄大だった。
星矢は興奮してひときわ大きい声を出す。
「すげえ!! でけえ!! 中に入れるかな?」
繋いでいた手をぱっと離し、支柱に登って鯉のぼりにもぐろうと試みる星矢を瞬が慌てて止めた。
「星矢、だめだよ、破れちゃうよ」
「えー? ダメかぁ?」
「だめに決まってるでしょ!」
たしめられた星矢はしぶしぶ支柱から手を離した。素直に言うことを聞いてくれた星矢の髪を瞬が優しく撫でてやる。
聖闘士最勇のペガサス星矢も瞬の前ではただのやんちゃな男の子だった。



その様子が聞こえたのか、中で待っていた全員がくすくす笑った。
「ほんに、ペガサスは愛らしいのう……」
「その手綱はアンドロメダが握るのか、不思議なものじゃな」
そしてどやどやと入ってきたアテナと青銅聖闘士五人を突如襲った紙吹雪。ところどころで弾けるクラッカーの音。
一同はなにごとかと目を見張る。
「これは……」
自分の髪にひっかかった紙片をとって紫龍が呟いた。かつて師事し、生涯の師と仰ぐ天秤座の聖闘士、童虎の姿を見つけて紫龍は何事かと問うた。
ほかの青銅聖闘士たちも懇意にしている黄金聖闘士を見る。
なんとなく察して出ていこうとした一輝を止めたのはシャカとシオン。
「ほほほほほ。逃がさぬぞえ、フェニックス」
「ぐえっ!」
首根っこを押さえられた不死鳥はまるで絞め殺される寸前の鶏のような声をあげた。シオンの豊かな乳房の前にあえなく沈黙する。
沙織が一歩進み出ると、その前にサガが跪拝した。
「ご尊顔を拝し、秀悦至極に存じます。我らが女神」
「ありがとうサガ。これは一体何事ですか?」
女神の問いに教皇たるサガは臆すことなく答えた。
「なにということはございません。ただ我らは星矢たち青銅聖闘士とアテナのご健勝をお祈りしたく」
「早い話が子供の日をお祝いしたかったのです」
愛用の羽扇をしまい、シオンも女神の前に膝をつく。
「我らが至らぬが故に現代においてアテナ、貴女様に苦戦を強いましたこと、お詫びしたく」
シオンの言葉に、沙織はそんなと膝をついた。
「顔を上げてください、ふたりとも。これは誰もせいでもない、星の運命なのです……」
「星の運命だろうとなんだろうと、我らの罪は変わりませぬ」
「だけど貴方がたは地上のために戦ってくれた……それだけで十分です……」
「アテナ……」
分かっていても詫びたくて、そして許しを得たくて。
そこにいた黄金聖闘士全員がアテナの前にひれ伏した。
「そして、まだ幼き少年たちにも……」
アイオリアとアルデバランが星矢を。
シュラとデスマスクと老師が紫龍を。
ミロとカミュが氷河を。
アフロディーテとカノンが瞬を。
そしてシャカとサガが一輝を。
それぞれに思う青銅聖闘士に目を向ける。
「苦しい戦いをさせ、傷を負わせました。本来ならしなくてもよかった闘いを……」
「みんな……」
瞬が今にも泣き出そうに呟いた。ほかの少年たちも薄く眼を潤ませている。
聖闘士たちはどこまでも熱い思いと深い絆で繋がっている、それがわかる瞬間だった。
沙織は眼前に頭を垂れる教皇たちの手を取った。
「もうとっくにすんだことですが……私は聖闘士たちを信じています。だからこうして声にします。貴方たちを許しますと。これで納得できましたか?」
声になった意志が誰の心にも深く染み込んでいった。
「だから、みんな立ってください。今日はパーティーなんでしょう?」
「そーだよ。俺、湿っぽいのキライだ」
星矢がばっと小走りにみんなを立たせてまわる。それだけで場がぱあっと明るくなった。
シオンがペガサスには敵わぬと苦笑する。
「アテナのお許しをいただいたところで、では子供の日を祝おうかのう!」
その言葉に皆が一様にグラスを持った。
アフロディーテのそばに瞬がゆっくり近づく。
「嬉しいです、皆さんにこんなに思ってもらえて……」
「当然よ。私は……特にあなたには幸せになってほしい。大事な人を奪ったから……」
そう言って曇る美貌のアフロディーテの手を瞬はそっと握った。
「瞬……」
「先生が死んだのは私も辛いけど……でも、だからこうしてあなたに会えて、いろんなことを教わってる。それだけでも先生の死は無駄じゃないんです。だから笑って、アフロディーテ……」
まだ13歳なのに思い出に生きることを余儀なくされた少女の微笑み。
アフロディーテは静かに頷いた。
間違っていないと信じて進んだ今日までの時間。いちばん辛いはずの少女が笑っているのに自分がいつまでもくよくよしていたら淑女の名が廃ると、アフロディーテは瞬の手を握り返した。
「一緒に、頑張ろうね」
「はい!」
聖闘士として、そして恋をするひとりの女として。
いつもアテナのそばにいた五人の中で紅一点だった瞬を、黄金聖闘士の女性たちは温かく見守り続ける。
自分たちが13歳だった頃はまだ幸せだった。
その頃の自分を重ねて懐かしく、そして愛しく思い、女性として授けられるすべてを与えたい。
「かんぱーい!!」
グラスを鳴らす音も清かに、子供の日を祝うパーティーが始まった。



アフロディーテと瞬が仲良くおしゃべりをしていたそのとき、珍しく星矢が声をかけてきた。
「なあなあ、アフロディーテ」
くいくいと袖を引っ張る星矢にふたりは優しい笑顔を向ける。
「なあに、星矢」
何事だろうと瞬も星矢を見つめる。星矢はアフロディーテの横に座ってにっかり笑った。
「あの鯉のぼり作ったの、アフロディーテなんだってな」
「ええ、そうよ。お魚のことなら任せてよ!」
さすが魚座の黄金聖闘士だと、星矢も瞬も感心して声を上げた。
「だけど、それがどうかした?」
「うん。あのさ、俺あの鯉のぼりの中に入ってみたいんだ!」
星矢の子供っぽい言動にアフロディーテはくすくす笑う。そして少し遠くで氷河を小突いているミロを見た。彼も鯉のぼりをかぶって遊んでいたからだ。ついでに彼は今朝方飾られていた冑をかぶってまたカミュに叱られていたのだ。ミロと星矢はいい遊び友達になれるかもしれない。
「星矢ったら、まだあきらめてなかったの?」
「うん!」
そう言って笑う星矢にアフロディーテも瞬も苦笑する。
「空を泳ぎたいの?」
「ううん、人魚ごっこがしたい!」
そのひとことにアフロディーテの目が待ってましたとばかりにきらりと光る。
「ふふふ、そんなこともあろうかと鯉のぼりと同時進行で作っておいた甲斐があったわ。二人分しか出来なかったんだけど、いいわよね?」
「なんだかよくわからないけど、人魚ごっこ出来るのか?」
「えーえ、出来るわよ。二人ともいらっしゃい」
わーいと喜ぶ星矢の横で瞬がまさかと青ざめる。
「ふたり分って……」
「もちろん、星矢と瞬のに決まってるじゃない。座興よ座興。いいからいらっしゃい、問答無用に可愛くしてあげる」
はやくはやくと手を取られ、哀れ瞬は人魚姫となるべく別室へつれて行かれた。



少女を白金と真珠とで飾る。うっすらと化粧をし、筆で紅を落とす。亜麻色の髪にも少し手を入れ、ふんわりとした感じを出す。
腰から下は薄紅色の魚の尻尾。上半身は乳房を覆うだけ、それが人魚。
先にアフロディーテお手製の魚の尻尾に足を突っ込んでぴょんぴょん跳ねていた星矢も瞬の可愛らしさにおおと声を上げた。アフロディーテが自信作だとばかりに瞬の肩を撫でる。
「どーお?」
「瞬、すっげー可愛い……」
「恥ずかしいよ……」
そうやって恥らって頬を染めればまた可愛いと星矢は瞬の手を取った。
「行こうぜ?」
「ヤダ。恥ずかしいもん」
そういって嫌がる瞬を無理やり抱き上げて星矢はぴょんこぴょんこと跳ねていく。
「ちょっと!? 星矢っ!?」
「こんだけ可愛いんだからみんなに見せなきゃ。俺の瞬はこんなに可愛いんだぞーって自慢したい」
「逆じゃない? 普通は隠すでしょ?」
「そーかなぁ」
星矢にはそのへんのことがよく分からないらしい。
そんなふたりを見てアフロディーテは微笑ましいと笑う。13歳なんてこんなもんだ、と。
「みんなー、見て見てー!! 人魚のお出ましだよー!!」
アフロディーテの声に一同その方向を向く。笑う者、可愛いと声をあげる者、飲んでいた酒を吹いて体のどこかを押さえる者と反応は様々だ。デスマスクはどこからともなくデジタルカメラを取り出し、いくつも写真を撮っている。
「こっちむけー!!」
「おー!!」
星矢はカメラに向かってVサインを出したが、瞬は顔を背けたままだ。
「アンドロメダ!!」
「ヤダ! 絶対にヤダ!!」
カメラを向けられると瞬はますます嫌がって星矢にぎゅっと抱きついたが、促されてしぶしぶ笑顔を作る。
それがまた面白いとデスマスクは何度もシャッターを押した。
アイオリアはきゃあと声をあげる。人魚の星矢も可愛いけれど、とアフロディーテに言う。
「瞬が人魚なら星矢は王子様やればよかったのにねぇ」
「そっちも用意してあるわ」
瞬を姫抱きにしていた星矢は新しい衣装にも興味を示した。
「王子様? 俺、王子様になれんの?」
「なれるわよー、やる?」
「やるやるー!!」
日常生活では絶対に着ないような衣装は星矢の子供心を刺激するのは十分だったらしい。
そんなわけでアフロディーテと星矢は瞬を伴って再び先ほどに部屋に戻る。
かくして十分後、今度は星矢王子と人魚姫・瞬が姿を見せ、今度は感嘆のため息が漏れた。
恥らっていた瞬も度胸が据わったのか、ノリノリで星矢を見つめている。
腹違いの姉弟だということを忘れてしまいそうなほど綺羅綺羅しいふたりだ。
「星矢カッコイイ……」
「瞬もすっげー可愛い……」
「こうするとよりいっそう可愛いですよ」
近づいてきたムウが何処に隠し持っていたのか、突然双子座のマスクを瞬にすっぽりかぶせた。
甘い空気も何処へやら、舞台は一瞬にして悲鳴に満たされる。
アフロディーテが髪を乱して叫んだ。
「いやあああああああああああ!! 台無しじゃないのおおおおおおおおおおおおお!!」
「どっから持ってきた!!」
「なんと、我が弟子ながら天晴れな」
「前が見えないよー」
「大丈夫、俺がしっかり抱いてるから!!」
いきなり黄金のバケツをかぶせられて困惑する瞬を支えきれずに星矢がバランスを崩す。その先にいたのがカノンだった。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
星矢の腕から飛び出した人魚姫を受けとめようとカノンが手を伸ばす。
が、先に受けとめたのは誰あろう、兄の一輝であった。
一輝は何故か、瞬と目をあわせようとはしなかった。
「大丈夫か、瞬」
「はい、ありがとうございます、兄さん」
もう少しで瞬の柔肌に触れられたのにと舌打ちするカノンの横にサガ。ぽんと弟の肩を叩き、一瞬だけにやりと笑う。
「残念だったな、愚弟よ」
「五月蝿い、愚兄」
愚かにも愚かという字を重ねあった双子がいがみあう。
サガの堪忍袋の緒は意外と短い。
「お前が聖衣は大事にすると約束したからお兄ちゃんはお前に双子座を任せたんだぞ! それをなんだ! あっさり盗まれおってからに!!」
「知るか!! 大体お前だって双子座のマスクはバケツみたいでいやだとか抜かしてたじゃないか!!」
あまりにもひどい聖衣の扱いに女神はやれやれとため息をついた。
双子座のマスクを瞬にかぶせた張本人のムウはにこにこと笑っている。
「ときにムウよ、そのマスクは何処で手に入れたのじゃ?」
シオンの問いにムウが答える。
「レプリカですよ。ステンレスに金色のカラースプレーで着色しただけです。そっくりでしょう?」
「なるほどのう……」
牡羊座の聖闘士に与えられる聖衣修復の技術。こんなイタズラにも役立とうとは思いもよらぬとシオンは嬉しそうに笑った。
星矢は一輝から瞬を返してもらって抱き上げたままあちこち回っている。
ふたりともこのコスプレが気に入ったようだ。
シオンのところに行くと彼女はなにを思ったか、瞬の背中に手をかけた。胸当ての紐をしゅるっと引っ張る。
「こんなものはずしてしまえー!!」
「きゃああああああ!!」
「うろたえるなアンドロメダ!」
魚の尻尾と同じ薄紅色の布で作られていた胸当てを奪われた瞬が悲鳴を上げて星矢に抱きついた。
「星矢ぁ……」
恥ずかしさで今にも泣きそうな瞬のために星矢はうんと頷いてシオンに掛け合った。
「シオンねーちゃん、瞬が可哀想だからそれ返して」
瞬の胸元が見えないようにしっかりと抱いた星矢にシオンがぱあっと笑顔を向ける。どこかうっとりとさえしているのがなんかコワイ。
「シオンねーちゃん……よい響きだのう。もう一回言ってくれぬか、ペガサス」
「返してくれるんなら、言ってやる」
「返す、返すから」
「……シオンねーちゃん」
再びとろけそうな顔をして、シオンは星矢に瞬の胸当てを返した。星矢は壁に向かって瞬を降ろし、乳房を覆うのを誰にも見られないように立っている。流石は王子様、姫を守る心得が何処かで出来ているようだ。
その姿にアフロディーテが何処か感動したかのように目を潤ませる。
「星矢と瞬が赤の他人だったらイチオシのカップルなのに……」
悲しいかな、ふたりは同じ父親を持つ姉弟だ。
「ほんとうにステキなくらい仲がいいわね……」
「なんか俺たちみたいだな」
ミロとカミュが当たり前かのようにちゅっと唇を触れ合わせる。
「アフロディーテ、瞬がもう着替えたいって」
「あらそう、折角可愛かったのに」
「じゃあ着替える前にみんなで写真撮ろーぜ!!」
何処からともなく三脚をとり出したデスマスク、デジタルカメラをセットしてみんなを並ばせる。
「デカイやつはみんな後ろ! サガとカノン、お前らも!! 入りきらねーんだよ!」
瞬の横を陣取ろうと狙っていたカノンが舌打ちして後ろに下がる。
180センチを越える男性陣が後ろ、170センチ組は中段で、160センチ組は前方だ。
それでも自分が思う人のそばにいたくて、前後の並びで調整する。
瞬は尻尾のせいで自分で立つことが出来ずに星矢に抱っこされたままだった。
「星矢、重かったら下ろしていいんだよ? 椅子借りるから」
すると星矢は瞬に飛びきりの笑顔を見せる。
「瞬は重くない。神話の時代からアンドロメダを背負うのはペガサスだって決まってるんだ」
「星矢……」
秋の夜空に星を共有するふたつの星図、それを体現するかのように星矢と瞬は戦闘の間にも行動を共にすることが多かった。
「よーし、並びはそれでいいな? 俺は…そこ、ミロの横。開けといてくれー」
言われずともそこはシュラのそば。タイマーをセットし、デスマスクも列に並んだ。
平和で楽しくて温かくて。
そして同じ時代にアテナの聖闘士として生まれ、出会ったことに感謝して。
カメラは一枚の写真のかたちでその絆を記した。



そして夕刻。
「ごちそうさまでした。とっても楽しかったです」
瞬と紫龍がぺこりと頭を下げると星矢もおいしかったとお礼を言う。氷河と一輝もぺこりと会釈した。
「なんの。それより今日は疲れたであろう。人馬宮にて休むがよい。ことに瞬、そろそろ彼が来るのではないかえ?」
ギリシアの黄昏時に瞬の心がざわめいた。
「そうですね……そろそろ」
気が遠くなるような刻と闇の中にひとり佇んでいた冥王ハーデス。
君の心がほしいと、神として出来る強引な手段を用いないで愛を囁く冥府神。とんでもない神に魅入られたものだと自分でも思う。
「子犬みたいな目をされると、弱いんですよね……」
「男は総じてそのような手を使う。騙されてはならぬぞ」
「はい」
そうしてアテナは神殿へ、そして星矢たちは人馬宮へと進んでいった。
天秤宮のキッチンでは黄金聖闘士たちが後片付けに追われていた。瞬と紫龍だけでも残って手伝うと言ってくれたのだが主賓である彼らに手伝わせるわけにはいかないと、みんなで頑張っている。
「けど、やっぱり手伝ってもらえばよかったかな……」
「三日後のアルデバランのお誕生日会には手伝ってもらえばいいよ」
皿を洗いながらアイオリアが言った。
一同、思わず手が止まる。肝心のアルデバランは鯉のぼりを降ろしにいってここにはいなかった。
「アルデバランの、誕生日……?」
鸚鵡返しに呟いたアフロディーテにアイオリアがこくんと頷いた。
「だって今日は五月五日でしょう? アルデバランのお誕生日は五月八日だよ。みんな忘れちゃった?」
キッチンにいたみんなそんなわけないじゃんと首を振ったが実はほとんど忘れていた。
「あー……それでシオンさん、星矢たちを帰らせなかったんだなー」
生ゴミを袋に入れていたミロが察して言った。
「どうせって言ったらアルデバランに悪いけど、三日後だからそのまま居続けてもらったほうがすぐに手伝ってもらえるもんな」
「戦力になりそうなのは紫龍と瞬くらいだものね」
「あはははは。星矢はアルデバランと遊んでてくれればいいよー」
「氷河にも、冷蔵庫になってもらうわ」
すすぎを一手に引き受けていた水と氷の魔女が静かに笑う。
「今日はとっても楽しかったね。明日も楽しいといいな」
アイオリアの言葉にみんな静かに頷いた。
明日はどうなるか分からない、それがこの世の摂理だけれど。
それでもまだ見ぬ明日に思いを馳せる。



人馬宮の一室で、星矢は既に眠っていた。今日一日はしゃぎまわって疲れたらしく、ベッドに潜るとすぐに寝息を立て始めた。
「おやすみ、星矢……」
少年らしい寝顔を見せる星矢を布団越しにぽんぽんと叩いて、瞬は部屋をあとにする。
そして自分に宛がわれた部屋に戻ると薄明かりの中、黒衣の冥王がぽつんと待っていた。
「今日はまた、すいぶん変わったところにおるのだな」
ハーデスがアテナの聖域である人馬宮にいられるのはひとえにアテナの許可があってのこと。
かつて敵対した聖闘士たちに冥王は瞬を介してすっかり馴染んだ。
愛する瞬のために、冥王は約束した夜の逢引を一日たりとも欠かさなかった。
淫らな事は絶対にしないと誓ったハーデスは瞬に対して抱いている男として欲望も完璧の理性をもって抑えている。それでも、一輝やカノンに言わせれば夜這いになってしまう。
冥王にはそれが少し悲しかったが、それでも瞬だけが違うと知っていてくれればそれでよかった。
「今日は黄金聖闘士の皆さんが私たちのためにって、宴席を設けてくれたんです」
「ほお……」
疲れているようなのにどこか幸せそうなその顔の理由がわかったと、冥王は自分の左にいた瞬の肩をそっと抱いた。
そして冥界でも冥闘士たちを労い、親睦を深めるために宴席を設けるのもいいかもしれないと思い始めた。
瞬という少女の存在、そして彼女との出会い。
ほんの小さな運命が世界の何かを大きく変えていく。
「瞬……」
「……はい?」
少し遅れた返事に、冥王はそっと瞬を覗きこんだ。
瞬は冥王の腕の中で既にうとうととまぶたを上下させている。
これがアテナの聖闘士で、自分の器だった少女かと、冥王は笑いを隠せない。
神を護って戦うのは生身の人間。そしてそれぞれに星の運命を抱いて生まれ、巡りあう。
巡りあって、愛して、そして生命は次代へ。
「余はそなたに出会えてよかった。とても幸せだ……」
少女のこめかみにふわりと口づけて、ハーデスは眠りを促した。
「ハーデ……ス……」
「眠ってよいぞ、瞬」
許される前に瞬は既に舟を漕いでいた。
ハーデスは瞬の体を軽々と抱き上げて横たえる。そして起こさないように自身も向かい合うように瞬の横に寝るとぽんぽんと細い腕を叩いた。
「愛しいのだ。神話の時代からずっと会いたかった……」
ペルセポネの名を冠するにふさわしい清らかな少女、アテナの聖闘士だったのは意外だったけれど。
「なにがなんでも、余の妻にしたい。そのための努力は惜しまぬぞ」
そしていつもの台詞を言って、冥王は静かに目を閉じた。
「余はそなたが愛しい……」
一応カノンの襲撃に備えるべく、ハーデスは瞬をそっと胸に抱きいれて眠ったふりをしている。




少しずつ取り戻し始めた少年時代
遊びもイタズラも、そして恋もいつでも一生懸命だった
戦士として、そして人間として
ばら色じゃなくてもいいから、優しくて温かい未来を目指して




少年は少女を連れて、羽根のように石段を駆け下りる。
「瞬! 今日こそ俺とデートな!!」
「お買い物に行くんだってば、星矢」
肩からかけた大き目のバッグの中にお財布とメモ。明後日に控えたアルデバランの誕生日祝賀会のための買出しに出るのだ。兄の一輝とカノンも荷物持ちに着いてきてくれる。
それでも星矢にしてみれば瞬とお出かけするのは嬉しいのだ。
「俺だって聖域で六年修業したんだからなー、市場くらい案内出来るさー」
そう言って再び駆け出す少年はペガサス、少女の帽子を風に乗せる。
「ちょっと、星矢あっ!!」
手を伸ばしても、帽子には届かなくて。
だけど足はすでに少年を追いかけて。
飛ばされた帽子はカノンが捕まえてくれていた。亜麻色の髪によく似合うつばの広い白い帽子だ。
「相変わらずだな、星矢は」
「ああ。だがあいつがいたから、俺たちは戦えたのかもしれん……」
鳳凰の翼の下に庇護するのは実妹だけではないと、一輝は言外に示した。
瞬だけが一輝の兄弟と思われがちだが、星矢も紫龍も氷河もみんな兄弟なのだ。
すでに小さくなった少年少女の影を追って、一輝とカノンはゆっくり歩く。
「ふたりともー!! 遅いぞー!!」
聖域の入り口で星矢がぶんぶん手を振っている。カノンと一輝は苦笑して少し足早に歩み寄った。
「ほら、帽子」
カノンが片手で瞬にすぽっと帽子をかぶせた。
「あ、ありがとうございます」
はにかんだようにほんの少しだけ下を向いて少女は帽子を直す。
見上げた空は果てしなく青く輝いていた。
「もう、星矢が急がせるから帽子飛んじゃったんだよ」
大して怒っているふうでもなく、瞬は星矢の髪をくしゃっと撫でた。その感触が大好きな星矢はヘへと笑う。
「さ、行きましょうか」
大切な仲間のために四人連れだって市場に向かう。
その足取りも軽く、楽しげだ。
「瞬!! こっちこっち!!」
「待ってってば!」
足音を立てて走っていく星矢と瞬――少年と少女はこれからどんな時間を過ごしていくのだろう。
黄金聖闘士たちは先輩として彼らを導いていく。
それは責任であり、使命であり、喜びだ。



泣いて怒って笑って
傷ついて慰めて癒して



人生はいつだって何があるのか分からないからせめて



「ああ、綺麗な空だね……」



風薫る五月、聖域の空に笑え




≪終≫




≪突発こどもの日≫
突発的なこどもの日企画。本当は拍手用に軽く書こうと思ったのですが自分の中で異様な盛りあがりをみせたもんで、こんなに長くなってしまいました。タイトルは川原泉先生の名作『甲子園の空に笑え!』のパロディです。
黄金聖闘士たちがこんなふうに青銅聖闘士たちを愛してくれればいいな、と。
さりげなくですがアルデバランのお誕生日もお祝いしてます。牛くん! おめでとう!!注: 文字用の領域がありません!

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