永遠にともに あの日、約束した 冥府の河神、永遠の黒髪のステュクスに 冥界の最奥、ジュデッカは冥王ハーデスの拠点。そのジュデッカから少し離れたところに、冥王と妃が住まう館が建っている。ハーデスの神殿は本来エリシオンにあるのだが、ここ十数年はこの館で過ごすことが多くなっていた。 冥王が妃を得たのは今から20年近く前のこと。 紆余曲折を経てやっと結婚できた愛妻を、彼はことのほか文字通りに愛していた。 冥王は妃の姿を見とめると一目散に抱きつく。 「瞬っ」 「きゃあっ」 妃は小さな悲鳴を上げると、抱きついてきた夫にちょっとだけ抗議を含んだ声を上げる。 「もう、びっくりしたじゃない……」 「ふふふ、余とて甘えたい時がある」 「それっていつものことじゃないの」 瞬が笑いながら言うと冥王はそんなことはどうでもいいとばかりに瞬をソファに座らせた。 広いリビングに似合うように誂えたロングソファの上に、妃の膝を枕に寝そべる。冥王ははあっと嘆息した。 「はぁ、幸せすぎる……」 「大袈裟ですよ、膝枕くらいで」 逆巻く黒髪を撫でながら瞬が笑う、その声さえ冥王には心地よくて。 「しかたがないではないか、温かくて柔らかくて、とにかく幸せなのだから」 そう言うと冥王は妃の膝にうつぶせて腰に手を回し、抱き寄せた。 抱き寄せたその女性は、淑女というよりも少女のまま時を留めてしまっていたかのようにあどけない。 瞬はハーデスの手から逃れようと身を捩る。それもどこか楽しそうだ。 「もう、くすぐったいったらぁ」 「よいではないか、瞬。余とそなたの仲ではないか」 まるで子供のように、ハーデスは瞬に口づけようと上体を起こした。瞬は面白そうに笑って彼の頬を押し返す。 「やだ、ハーデスったら」 「よいではないか」 これのどこが威厳ある神の姿かと内心不安に思いながらも、瞬はハーデスの口付けを受け入れた。 嫌いだったら、妃なんかやってない。そばにいようとは思わない。 綺麗に引かれたルージュグロスがとれるのも構わず、ふたりのキスは長くて甘かった。 「んっ……」 結婚してもう長い。子どもだっているのにハーデスはいつでも新婚気分で瞬に接してくる。ときどき面倒になることもあるし、子どもの手前、教育上よろしくないとも思うのだけれど、それでも夫に愛されるのはいやじゃない。 薄紅色に染まった頬をハーデスは愛しそうに撫でた。 「もう……」 「瞬、余は」 そう言いかけた二人の間にノックが3回。入室を求めるそれに瞬が答えると、扉は静かに開いた。 「お取り込み中、失礼しますよ、父上、母上」 ノックのあとに諦めたように静かにドアを開く音、現れた青年はハーデスと瓜二つ――ただ、髪の色を除いて。 彼は母親にではなく、父王に向かって冷たい視線を投げた。 「相変わらず仲のおよろしいことで」 「まったく、邪魔しおって」 ハーデスが心底残念そうに妻から離れる。瞬も身を起こして乱れた髪や衣服を整えた。 忌々しそうに自分を見つめてくるハーデスに、青年も負けてはいない。 「寝ぼけの次は色ボケですか、お忙しくてなにより」 青年の発言に冥王は簡単に激怒した。 「黙れ! 小生意気なガキめが! ひとりで大きくなったような顔をしおって!」 「ひとりで大きくなったとは思っておりませんがね。母上にはきっちり育てていただきましたが」 そう言って彼は母の手を取り、そっと口づけた。紳士然とした息子の態度に瞬はまあと笑った。それがまた冥王の癪に障ったらしく、彼はぎゃーぎゃー喚きたてているが、青年はちっとも聞いていない。 彼の名はアイドネウス――ハーデスの古名を己が名に持つ青年は冥王と瞬の間に生まれた半神半人のひとり息子だ。 青年の髪の色は亜麻色で、それだけが母親譲りだった。外見上は。 「そなたが3歳の時どうしてもと駄々を捏ねるからパンダを買ってやったのを忘れたか!」 「あれは天秤座の老師からこっそりいただいたんだけどね」 瞬がふんわりと広がった自分の袖で口許を隠しながら突っ込んだ。 「覚えていますよ。そのパンダはまだ飼っております」 確かに彼が3歳になったときに、親子そろって中国は五老峰を訪ねたことがある。瞬の異母兄である紫龍に会うためだ。 そこで生まれて初めてパンダに出会ったアイドネウスは、この動物を買いたいと言い出した。 当時パンダは絶滅危惧種であったためにその捕獲も無許可飼育も禁じられていたのだが、天秤座の老師がこっそり生け捕りにして幼い息子にくれたのだ。だから正確に言うとハーデスが買ってくれたわけではない。 しかもアイドネウスはパンダの飼い方をきっちりと調べ上げ、自分の手で育て上げた。 最初に飼っていたパンダは流石に寿命で死んだのだが、今はその子孫を育てている。 冷ややかに反撃する息子に、おとなげない父親。瞬は面白そうに見ている。 が、ハーデスはなおも攻撃する手を、いや、口を休めない。 「5歳の頃、ケルベロスを恐がってびーびー泣いておったくせに!」 「なんのことやら記憶にありませんね」 んーと瞬が唇に手を当てて記憶をたどる。 確かに、息子はケルベロスを怖がっていて、そこを通るときは必ず瞬の後ろに隠れていたものだ。 ケルベロスを必要以上に恐れることはない。彼は冥府に侵入する生者と逃亡しようとする亡者には厳しいが、それ以外には全く無害な番犬なのだ。 アイドネウスが5歳というとそろそろ自分の世界を持ち始める頃で、冥界でも子どもが増えて、彼にもたくさん友達が出来た。そんな子どもの目に、ケルベロスは恐ろしく映るらしい。 瞬はふふふと笑った。 「写真あるけど」 それは第二獄で初めてケルベロスに会い、泣きながら帰ってきたアイドネウスとお友達の姿だ。 記憶にないはずなのに思い出したようで、アイドネウスは一瞬言葉に詰まる。 そして頭を片手で抱えてため息をついた。 「……出さなくていいです、母上」 「そーお?」 父親とは喧嘩腰でも母親に対する彼の態度は紳士そのもの。 瞬の介入で不毛な親子喧嘩は消化不良ではあろうが、一応の決着を見た。 アイドネウスは静かに手近なソファに腰を下ろした。久しぶりに見る息子の顔に瞬は笑顔を絶やさない。 「それで、聖域はどうだった?」 「はい、皆様恙無くお過ごしでした。たまには元気な顔を見せてほしいとのことでしたよ、母上」 「そう……」 先日まで、冥府の王子であるアイドネウスは聖域に赴いていた。聖域の教皇と書面を取り交わし、聖戦における休戦状態の持続を確認するためである。 瞬は懐かしそうに目を細め、息子にいじめられたからと未だに自分に抱きついて離れないハーデスの髪をそっと撫でた。 その指先に微妙な変化を感じ取った冥王が、ふと唇を開く。 「……帰りたいか? 地上に」 「え……」 瞬ははっとして顔を上げた。ハーデスがむくりと起き上がり、そろりと瞬を抱きしめる。 「ハーデス……」 「このところほとんど地上に帰っておるまい。皆にも会いたいであろう」 自分の心を悟った夫に、瞬は少し寂しげに顔を伏せた。 「そうですね……」 まだ、この女性のことを知っている人がいるうちに。 やがて時は流れ、彼女の大事な人たちは避けられぬ終焉とともにその細い腕をすり抜ける――そうならないうちに。 瞬はハーデスの胸にことんと頭を寄せ、哀しいほど幸せそうに笑っている。 永遠は時として残酷だが、彼女はそれでも冥王と歩く道を選んだ。だって、愛していたから。 やがてハーデスはジュデッカの会議に行くために館を出ていった。本来ならアイドネウスも出向くべきなのだが、彼は出張帰りということで今日は欠席を認められている。 残された瞬とアイドネウスはお茶の時間だ。 「母上、これを。魚座のアフロディーテ様からお預かりしてまいりました」 「あら、懐かしい……」 息子が差し出したのは缶に入ったローズティーだった。蓋を開けるとほんのりと甘い香りが漂う。 今でもアフロディーテがくれる薔薇の紅茶は瞬にとって地上を思うよすがのひとつだった。今日はこれでお茶にしようと、瞬はティーポットに茶葉を入れ、ゴールデンルールで紅茶を注いだ。 そんな母親の手元を見ながら、アイドネウスはふと母を呼んでみる。 「母上」 「なに?」 透明なガラスのティーポットでくるくる踊る真っ赤な花弁を見つめながら、アイドネウスはカップを置いた。 「以前から聞こうと思っていたのですが……一体、あの父上に何がよくてご結婚を決意なさったのですか。母上なら引く手数多だったでしょうに」 アレが自分の父親だと納得できないのか、それとも他の男だったらよかったのか。すべてが過去の母の手にかかっていたのだ。アイドネウスの問いに瞬は刹那きょとんとしたのだが、やっぱり笑って見せた。 かなり前にも兄に聞かれたことがある――なぜ、寄りにもよってハーデスなのか、と。 その答えは。 「……なんだ、そのことか。うん、よく聞かれるんだけどね。簡単なことよ」 「と言いますと?」 「いちばん最初にプロポーズしてくれたから」 たったそれだけの理由で、と息子はため息をついた。 最初のプロポーズを受けたとき、瞬はまだ13歳だった。結婚したのが15歳のときだから2年の交際期間があることになる。 「私とハーデスの出会いのことは話したよね。私はアンドロメダの聖闘士で、ハーデスの憑代だった。聖戦が終わった後にハーデスがね、結婚してほしいって言ってきたの」 「ちなみに伺いますが、プロポーズの言葉は?」 「“そなた、余の妻となれ”だったわ。今でもはっきり覚えてる」 それは正真正銘最初のプロポーズ。最初、ということは彼はその後何度も求婚を繰り返した。 息子はため息と共に脱力する。 「命令じゃないですか、それ……」 アイドネウスは呆れてものも言えないふうだったのだが、それでも瞬は照れくさそうに笑ったままだ。 息子に自分の恋を語って聞かせるというのもなかなか大変だと思う。それでもやめないのは彼に誰かを愛することのなにかを知ってほしいからなのかもしれない。 「最初はね。だけどハーデスはその……ちょっとお間抜けさんだから肝心なことは全部忘れてたの。地上と私を引き換えにしないこととかね」 くすくす笑う瞬に、アイドネウスはやはり呆れたまま何も言えなかった。あの父にしてこの母あり、という言葉が脳裏をぐるっと駆け巡る。 「15で結婚して、17であなたを授かって……ハーデスはね、あなたが嫌いなんじゃないのよ」 「は?」 なんだか不可思議な告白を聞いたような気がして、今度はアイドネウスが刹那の困惑に捕らわれた。 瞬は温かいカップを抱いて息子を見つめた。本当に彼は内外共にハーデスそっくりに育った。 「あなたが生まれてすぐは、本当に目に入れても痛くないってくらい可愛がってた。何処に行くにも必ず一緒だったし、謁見や会議の時も膝の上に乗せてたくらいに」 「……嘘でしょう」 彼は認めたくないらしいが、いつだってどこだってハーデスはアイドネウスを連れていた。これは事実だ。写真だって残っている。 「本当よ。だけどあなたが母上母上って私に抱きつくようになったから、それが面白くなくなったのね」 「オイディプスコンプレックス、ですか」 「二人揃ってね」 妻を奪う息子を遠ざけようとする父と、そんな父を疎んじる息子と。 間に立つ瞬は困惑するでもなく、ただ笑ってけろりとしているだけだ。 そんな瞬は本当に笑顔がよく似合う少女だった。ハーデスがそんな瞬に惹かれたのは分かる。 「けれど、やはり母上が父上を選んだ理由には遠い気がします」 瞬はちょっと困ったような表情を浮かべながら、それでも息子には何かを分かってほしくて。 「……一緒にいたいって思っただけ。本当にそれだけ。これから先、時を重ねて私だけが同朋の中から取り残されても、それでもいいと思えるほど……好きになってたの」 「母上……」 瞬は目を伏せ、口元だけで笑った。伝えたいのは、たった11文字の言葉なのかもしれないと思い始めたから。 「幸せよ、みんなに祝福されて、ハーデスに愛されて、あなたを授かって育てて……今のこの平和がある。私の戦いは、この選択は間違いじゃなかったって思えるもの……」 終端の冥王は地上を崩壊へと導き、永遠の乙女神はその地上を守って聖闘士とともに戦い続けて。 相容れぬはずだったハーデスと瞬は。 重ねた手を胸に抱き、かつて聖闘士だったこの女性は幼い頃になくした家族を――普通とはだいぶ違う形だけれど――得る事が出来た。それが彼女にとって幸せ以外のなにものでもないことは、分かり過ぎるほどに分かる。 「いつかあなたにもわかると思う。家族以外の大事な人が出来れば……」 「母上、私はなにも父上が嫌いというわけではないのです。ただもう少しその……この冥府の王神という自覚さえ持ってくれれば」 「ああ見えて、持ってるはずなんだけどね……」 息子の言う事も一理あるかと思いながら紅茶で唇を濡らす。ルージュはすっかり落ちてカップの縁にも残らない。 そのルージュはと言えばハーデスにくっついているはずなのだが、彼はそのまま会議に出ていた。 きっとアイドネウスが言いたいのはそういうところなんだと思う。 「長すぎる闇の中に、ひとりで居たからね。一緒にいられる誰かが、何ものに変えても愛しいだけなの」 「母上がそうやって甘やかすから」 父は母にべたべた甘えるんだと思う。やりきれない何かを流し込むように、アイドネウスはカップに残っていた紅茶を飲み干した。そしてこの母も、昔から誰かを甘やかすのは大好きだったらしい。 「だって夫婦だもん」 そう言って笑う母に、流石のアイドネウスも何も言えない。こういうところはハーデスDNAの悲しさだ。 「せめて髪型だけでも似なかったら……と思います、母上……」 「色だけは私と同じなのにね」 青年は天を仰ぎ、何度目だか分からないため息をついた。 そしてふいに扉の向こうから猛ダッシュする音が聞こえてきて、顔を戻す。 飛び込んできたのはやはり冥王ハーデス、その唇はほんのりと桃色だ。 「ただいまー! 会議終わったぞ!」 「お帰りなさい、ハーデス」 帰るなり瞬をソファに押し倒し、口づけるハーデス。 やれやれとため息のアイドネウスはそっと席を外すのだった。 「……やっぱり甘やかしすぎです、母上」 リビングから聞こえてくる楽しそうな戯れの声が扉越しでもいやに幸せそうに響く。 「幸せ、か……」 今ごろカイーナで父の補佐をしているだろう冥闘士見習いの彼女のことを思い出し、アイドネウスは自然とそちらに足を向けるのだった。 カイーナに向かう途中、アイドネウスはパシパエとカルラの姉弟に出会った。ふたりはアイアコスとミーノスとの間に生まれた。 ここにラダマンティスとルネの一人娘であるコルネを加えて新三巨頭と呼ぶ。 カルラはぶんぶんと手を振りながら駆け寄ってきた。 「よう! アイドネウス、戻ってたのか」 「ああ、さっきな」 王子と冥闘士の子息という立場ではあるが、4人は幼い頃を共に過ごした幼馴染だった。 「コルネはカイーナに?」 「ええ、いますよ。ラダ小父様にこき使われているようで」 面白そうにそう言うパシパエは母譲りの銀髪をさらりと揺らした。そういうお前らはどうなんだと突っ込みたいアイドネウスではあったが、そこは敢えて黙っていた。やはり母譲りのコズミックマリオネーションで阿波踊りさせられるのはごめんだ、幼い頃のトラウマが蘇る。 そこにカイーナにいたはずのコルネがやってきた。 「アイドネウス様、お戻りでしたか」 涼やかな目元のコルネはルネそっくりに笑う。パニックに陥ると鞭を振りまくるという癖までそっくり遺伝したのは少し可哀想な気もするが。 「コルネは、どこへ?」 「はい、トロメアとアンティノーラへ書類を届けに」 「それなら私たちが受け取っておきますよ、コルネ」 遠慮するコルネから書類の入ったケースを奪うように手に取ったパシパエはもう一通を弟に押し付けた。 「姉ちゃん! 俺はこれから地上にゲームを買いに」 「書類を届けてからでも行けるでしょう。それにどうせそのゲームをやるのはお前と父上なんだから」 そうこうしているうちに彼らの周りにはわらわらと仲間たちが集まってきている。 「おーい、カルラ。それ早く置いて来いよ」 「ちくしょう、姉貴のバカー!!」 文字通りの捨て台詞を残し、カルラはアンティノーラまで走っていった。父の勤務先はここから少し遠い。 その後ろ姿を全員で笑いながら、アイドネウスは冥界の空ならぬ空を見上げた。 「……平和だな」 「アイドネウス様……」 彼の呟きに、一同押し黙る。 父母は冥王ハーデスを守る冥闘士で、かつてアテナの聖闘士たちと相争ってきた。それは遠い遠い昔から続けられた聖戦なのだ。 いつ果てるとも知れない、いつ始まるのかも分からない。 そんな永過ぎる刻のなかで、人は自分の奉じる神こそ正義と信じて戦ってきた。 子らはそれを知らない。生まれてくる前に争いは既に終結していた――冥王と瞬の成婚をもって。 すべてを飛び越えた夜に、未来が始まったのだ。 まあ、冥王と妃の夫婦喧嘩はときに冥界を震撼させはするけれど。 「冥王様と瞬様が下さった未来ですもの、大事にしたいですね」 コルネの言葉に誰もが静かに頷いて。 息を切らして戻ってきたカルラに、パシパエが笑う。 「走らなくたって誰もお前を置いていきはしませんよ」 「だってさ、急がないとなくなっちゃうかもしんないじゃん……」 「予約券を持ってるくせに」 「うっさい!」 そういうとカルラは遊び仲間と共に地上へと向かった。パシパエも書類を置きにとトロメアに戻っていく。 残されたアイドネウスとコルネは何を話せばいいのかと、少し眺めの沈黙の中にいた。 「あっと……コルネ」 「はい?」 アイドネウスはポケットに手を入れ、薄い紙に包まれていた何かを取り出した。 「……お土産。君に似合うかと思って」 彼が差し出したのは細い銀の指輪。小さなローズクオーツを埋め込んだそれを右手の薬指に挿す。 コルネはその指輪に驚きはしたものの、それでもやっぱり嬉しくて、手を翳して見つめた。 「ありがとうございます。綺麗ですね」 「やっぱり、似合うね……」 そういうとアイドネウスは彼女の手をとってその指と指輪に口づけた。 「あっ、アイドネウス様っ!?」 「……君が、好きだよ」 そういったアイドネウスの脳裏に母、瞬の言葉が蘇る。 『家族以外に大事に思う人ができればきっとわかる……』 ああこれかと、アイドネウスはコルネに口づけた。 「あ、アイドネウス様……」 薄く頬を染め、泣き出しそうなコルネをぎゅっと抱きしめて。 彼は何度も好きだよと囁いた。 膝枕の続きをしながら、ハーデスは変わらず瞬のそばにいた。 「アイドネウスも、もう立派に青年なのねぇ……」 「まだ青二才だ」 ハーデスがそう言って仰向けになると、やはり苦笑している瞬に出会う。 妃はどこか寂しそうで、でもそれが何故なのかハーデスにはよく分からなかった。 「どうかしたのか?」 「いえね、アイドネウスもいつかは私たちのそばを離れるのかと思うとなんだか寂しくなっちゃって」 例えば、冥王が弟妹と別れてこの冥府にひとり下ってきたときのように。 例えば、瞬が兄弟や仲間たちと別れてこの冥府に嫁いできたときのように。 アイドネウスも自分だけの誰かを見つけて巣立っていく。 嬉しいようで寂しいような、当然の子別れ。 父母はいつだって子を思い、案じているものだ。 いつもは不毛な喧嘩ばかりしているハーデスも、やはり喧嘩相手がいなくなるのは寂しいらしい。 「……瞬には余がいるではないか」 結婚する時に永遠を約束した夫は本当に永遠だった。 誰もが瞬をして少女だというのは彼が18歳のまま彼女の時間を止めてしまったからだ。 その妻はハーデスを撫でながら笑う。 「そうね、私にはあなたがいるわね」 「忘れておったのか?」 憮然として起き上がる冥王は明らかに不機嫌そうだ。瞬はいいえと手を振った。 「忘れるわけないじゃないですか。私の大事な旦那様だもの」 大事だといわれれば嬉しそうに笑うのが冥王という男だった。操縦は意外なほど簡単だ。 「……瞬」 「はい?」 「余は、そなたが愛しい」 「……はい」 絡めた指に光るのはお揃いの指輪。 そして 何があってもそばにいてあげると約束したから 永遠にともにと誓った星が 今もふたりの胸元に輝きつづける ≪終≫ ≪婚約指輪はガーネットでした≫ 別に新シリーズに入ったわけでもなんでもないんですが。拍手SSとしてUPしていたものの加筆改訂版です。 冥王と瞬が結婚して20年後が今回の舞台です。子どもたちもわらわらしてますww アイドネウスは冥瞬の一人息子で、今回は18歳です。 なんかもう、あれです、本当に冥王VS息子が……楽しいのです_| ̄|○ ほんとうにごめんなさい。コキュートスに埋まってきます。 |