6月のパレード



「天化…」 
「師叔…」
喫茶店のボックス席で見詰め合う二人…その空気はほんわかしているかといえばそうではない。ふたりは見つめあいながらも剣呑な空気を放っており、それから諦めたような顔をしてはぁっと溜め息をついた。
「今日こそは何とかせねばのう…」
「ごめん、師叔。俺っちがだらしないばっかりに…」
スーツに身を包んだ青年がだらりとうなだれた。
「何を言う、おぬしのせいではないよ」
うなだれた天化の頭をよしよしとなでてやる。

青年の名前は黄天化。崑崙高校から紫陽洞大学へ進学、卒業後は株式会社西岐に勤務する社会人2年目の営業マンである。
女性の名前は太公望。同じく崑崙高校からエリートコースの玉虚大学へ進学、卒業後おなじく西岐に勤務する企画課のOLだ。
そんなふたりは同じ年に生まれた。太公望、3月3日。黄天化、5月12日。この2ヶ月弱の差はふたりを大きく隔ててしまった。そう、学年で言えば太公望のほうが先輩になってしまったのだ。幼いころからずっと一緒に過ごしてきた天化には相当なショックだったがそんなことでめげたりしないのが彼という人間である。彼は1年遅れながらも太公望の後を必死で追いかけた。小学校、中学校、高校、とここまでは順調だった。ところがいざ大学となるとそうはいかなかった。担任からの強い勧めがあってスポーツ特待生として紫陽洞大学へ進学することになってしまったのだ。太公望に相談したらば
『わしの後を追うばかりが人生ではあるまい?』
と、けんもほろろの応対振り。泣く泣く紫陽洞大学へ進学したが、太公望の言うとおり、大学での日々はやはり楽しかった。試合ともなれば太公望は必ず駆けつけてくれたし、お弁当も作ってくれた。
ちょっとだけ離れてみて気がついた――自分がいかに太公望を好きかってことに。
一足先に就職した太公望と勤務先を同じにしたのは偶然だった。大学側が推薦してくれたこともあったが、家庭の事情もちょっと絡んでいる。西岐のライバル会社である朝歌商事の社長が、天化の母親にセクハラをして、それがきっかけで勤めていた母親と叔母、そして父親が会社を辞めてしまったのだ。しかし父親である黄飛虎は腕利きの営業で、そんな人材が流出したのを放ってはおかない。西岐は彼を朝歌以上の条件で採用したのだ。そのついで、というわけでもないが天化の採用も決まったのである。
もう師叔と離れない。会社ってところは実力次第でいくらだって出世できる、太公望を追い越すことだって夢じゃない!
と、浮かれつつも真面目に仕事をする天化。まだ若輩ながら契約をたくさんとってきて、今では若手のナンバー1!
「やったー、やったさ、師叔!!」
お昼休みにプチデートを、と企画課に行って天化は愕然とした。そこにあった張り紙をなんとなくみていた天化は叫んだ。
「人事…こんな時期に? 誰…ええええええええっΣ( ̄□ ̄川)!!」
なんとそこには自分より1年上の太公望が早くも企画課の主任になると書いてあったのだ。天化の叫び声に転寝をしていたおっさんがびっくりして跳ね起きる。
「どうしたのだ、天化」
「す、師叔…」
「なんじゃ…ああ、これか。この間のプレゼンが認められてのう。2年目なのに早くも主任に出世じゃ」
ふふふ、と嬉しそうな太公望に天化はどーんと肩を落とす。いくら男女平等だからって…年功序列じゃないからって…頑張ったら出世できるからって…。
「俺っち、こんなんで師叔を幸せに出来んのかなぁ…」
「なにをぶつぶつゆーとるんじゃ。ほれ、今日も弁当作ってやったぞ。はよせんと昼休みが終わる」
「師叔の弁当♪」
現金なもので、さっきまでがくっと奈落の底まで落ち込んでいた天化は太公望手作りのお弁当と聞いてがばっと立ち上がった。今日も、ということは昨日も一昨日も、そして明日も明後日もお弁当があるということである。
「ほら、たこさんウインナーにお花のにんじんに林檎のウサギぢゃ!」
ぱかっと蓋をあけると確かに彼らが『食べて』とばかりに存在していた。
「師叔…ガキじゃねえんだからこのメニューはやめるさ?」
天化がそういうと太公望はしゅんと肩を落とし、
「せっかく作ったのに…朝5時に起きたのに…」
どよ〜んとした空気を背負う。見た目も味もいいだけに文句のつけようがない。ただ、子供っぽいことを除いては…。
「じゃあ、エビフライにすればいいのだな!」
「あ、いや、そーゆー問題じゃないさ? けど強いていえば…そうさね、白菜づけのおにぎりとかぶりの照り焼きとか…」
「んなもん朝っぱらから作れるかぁ」
「エビフライができるならできるはずさ!」
とかなんとか言いながらも天化は太公望お手製弁当を平らげる。
「晩飯の残りとかでも構わないさよ?」
「そんなことできるわけなかろう? お主にはちゃんとしたものを食べてほしいのだから…」
「師叔…」
紺色のベストに膝上のタイトスカートに身を包んで恥らう太公望が可愛くて可愛くて。オフィス街の公園じゃなかったら押し倒してしまいたい…。そんな妄想が天化の中を駆け巡る。
「なあ、師叔…」
「なんじゃ?」
「…幸せにするからさ、俺っちと結婚しよ? 俺っち、もっと師叔の手料理食べたいさ」
これって定番のプロポーズの科白じゃ…? 白昼堂々のプロポーズに、言い出した天化もやっと気がつき、けれど今のは無しと取り消すこともできなかった。
「天化…」
「な、なにさ?」
「…わしで良かったら、もらってくれ」
これも定番のプロポーズの答えじゃ…? これまた白昼堂々躊躇無しの返事に天化は舞い上がるほど嬉しくて午後からの営業でまた好成績を収めた。

ところで西岐には変な社則がある。
『社内恋愛・可。但し結婚にまで発展した場合は必ず会長と社長に報告すること』
これだ。会長である姫昌は忙しい身の上だから文書で報告することにして、次は社長に、である。長男の伯邑考は海外にある支店で働いていたため、社長は次男の姫発が就任している。
「社長、太公望さんと黄天化さんがお見えです」
社長秘書の邑姜が取り次いでくれる。けれど姫発の姿はない。ちなみに天化と姫発は高校時代からの同級生で、太公望と邑姜はいとこ同士に当たる。
「しゃちょー、いないさ?」
「いや、おるな」
「ええ。いますね」
うろうろうろうろと室内を物色してまわるふたりははっきりいって怖かった。
「そこだっ!!」
「見つけましたよ、社長!」
なんと姫発は社長室備え付けの大きめロッカーの中に隠れていた。いったい何のために…?
引きずり出された姫発はしぶしぶ椅子に座り、二人の報告を受けた。
「ふーん、結婚すんの、お前ら」
「報告は済んだからの。お主も邑姜とよろしくやっておれ」
太公望がふふんとせせら笑うと姫発は真っ赤になって立ち上がった。邑姜は顔色ひとつ変えていない。天化の腕にしがみつき、これ見よがしで去っていく太公望の後ろ姿を、姫発は何も言えずに見送っていた。
「社長、お水をどうぞ」
ごくごくごくごく…。冷たい水で姫発はようやく落ち着いた。
『な、何でばれてんだ?』
これから数年後、姫発と邑姜は本当に結婚するのだった。

「しゃちょーと邑姜さん、お付き合いしてたさね、びっくりしたさ」
「ふふふ、秘書課の連中から聞いたのじゃ。さて天化よ、これから忙しくなるぞ」
「おっ、そーさね、式の日取りとか、新婚旅行とか♪」
「だあほ、その前にやることがあるじゃろう?」
大丈夫か? と思うほどに浮かれている天化は順番を間違えていると指摘されてはっとした。少し考えてからぽんと手を叩く。
「解った、結納さね?」
そう言ってにーっと笑った天化があほっぽいやら可愛いやら…。
「うーん、当たらずとも遠からずじゃのう…」
「他に何かあるさ?」
「…親への挨拶」
「あ…」



と、ここまでは順調に来た。あくまで難関は『親への挨拶』である。
太公望には両親がいない。まだ幼かった太公望を残して交通事故で亡くなったのだ。そのかわり祖父と姉ひとりと兄ひとりがおり、末っ子だった太公望は可愛がられて育てられた。姉の竜吉公主は祖父である元始天尊の手伝いをしている。元始天尊は巨大な学校法人を経営しており、崑崙高校も玉虚大学も紫陽洞大学もすべて彼の傘下にある。兄・燃燈道人は大学院に進み、現在は海外の研究室で研究中である。
太公望結婚の知らせは遠く海を越えて伝えられた。程なく燃燈は帰国することとなり、挨拶の手はずは整った。
びしっとスーツを着て、お土産も持って、天化は太公望に連れられて門をくぐる。重厚な門構えが天化を圧倒した。
「だ、大丈夫さね…」
言うわりに足が震えている。本人は武者震いだというが緊張しているのがバレバレである。
「甘いもん、大丈夫さ?」
「うん、じいさまは好きじゃよ」
「お嬢さんを下さいなんていったら怒るさ?」
「う〜ん、どうかのう…」

そして通された奥座敷。姉の公主がお茶を持ってはいってきた。手伝おうとする太公望をそっと手で制す。
「よい、今日はお主たちが主役だからな、しっかりやるのじゃぞ?」
「うむ…」
公主はあくまで太公望の味方だ。幼いころから間違ったことをしない限りはかばってくれたものだった。その対極を行くのが兄の燃燈で…。やがて公主は下がっていき、かわりに元始天尊と燃燈が入ってきた。上座に座り、ものすごい圧力をかける。
自己紹介を済ませ、お土産も渡す。
「して、天化君とやら。今日はなんの御用かのう?」
来たっ!! 天化は伸びっぱなしの背筋をさらに伸ばし、座蒲団から降りてひれ伏した。
「あっ、あのっ…」
『天化しっかり!』
「おっ…お嬢さんを俺っち…じゃなかった、僕に下さい!!」
言ったさ!! 俺っちちゃんと言えたさー…。
伏したまま天化は顔を上げない。太公望もお願いする。
「天化はまだ若いがしっかりしておるし、貯金も上手じゃ。次男坊だし、将来有望なんじゃ。お願いじゃ、わしはこの天化と結婚したいのじゃ。だめかのう…」
きゃろんと上目遣いがこの二人にどこまで通用するかは賭けだが、それでもやらないよりはいいはず…。
ふうと息をつき、髭をなでながら元始天尊は燃燈と顔を見合わせた。そしてたった一言。
「だめ」
と言い切った。
「なっ、なぜじゃ!?」
天化は驚いて机で頭を打つ。太公望はそんな天化を気遣いながらもきっと祖父と兄を見やった。
「おぬしの相手はもう決めてある。だからだめじゃ」
「そんな、わしの意向を無視して勝手に決めたのか?!」
「そう言うな、太公望よ。おぬしにふさわしい相手を選んでおいたからのぅ」
天化は真っ白になって魂魄を飛ばしつつある。
「金鰲高校から玉泉大学に進学し、今はおぬしらと同じ西岐に勤めておる楊ゼンじゃよ。あやつの父とは知り合いでのう。よい娘がおらんかといわれてな、ほっほっほっほっほ」
髭を撫でつつ笑う元始天尊に、太公望はキレた。
「何を抜かすかクソじじい!! 人の一生の問題をあっさり決めおってからに!!」
飛んできた座蒲団を軽々と受け、元始天尊はなおも続ける。
「孫の将来を心配して何が悪いか! この馬鹿娘が!!」
「馬鹿娘で結構じゃ! もう頭に来た!!」
そういうと太公望はまだ放心から覚めやらぬ天化を引きずって座敷を出て行った。
「おじい様、あれでは太公望があまりにかわいそうでは…」
しかし元始天尊は公主のとりなしも聞かない。出て行ったままの太公望を案じながら公主はとりあえず座敷を片付け始めた。



ここで冒頭の二人に戻っていただきたい。
あれから何度も挨拶に行ったが元始天尊は頑として聞き入れない。そして仕舞には聞くことはないとばかりに燃燈だけが玄関先に現れるしまつ。一方の黄家ではとっくに許可が出ているというのに太公望の実家のほうで揉めているということにふたりは不安を隠せない。
「わしらはもう自分の意志で結婚できる年じゃ。この際だから入籍だけしてはどうかのう…」
と、太公望が言うと、天化がなぜか反対する。
「ちゃんと認めてもらわなきゃだめさ。そんなんじゃあとになって師叔が不幸になっちまうさ…」
「天化…」
「へへっ、俺っち諦めないもんね。だから師叔も短気起こしちゃだめさ」
「…うむ」
――そしてこの日も門前払いを食らったふたりは流石に途方にくれた。
「もう勘弁ならん!!」
その日の夕方、太公望は手近な荷物を持って家を出た。慌てたのは元始天尊と燃燈である。そのうち諦めるだろうとたかを括っていたのが裏目に出た。
「どこに行ったんじゃ、太公望は〜〜」
「じい様、あの天化とやらが連れ出したに違いありません!」
「落ち着かぬか、二人とも」
公主が冷静にバケツの水をぶっかけた。水も滴るいい男になったふたりは太公望が家出した原因が自分たちのせいだとはこれっぽっちも思っていないだろう。それを思うと、公主は太公望にあらん限りの同情を向けた。
公主の携帯電話が鳴ったのはそのときだった。
相手を確認して通話ボタンを押し、まだ呆然としているふたりを尻目に自室に下がる。
「おお、妲己」
『はぁ〜い、公主ちゃん、お久しぶりん』
相手は妲己。今は朝歌に勤めているが小学校、中学校までは公主と同じクラスで、高校から進路を別った友人である。
『太公望ちゃんをうちでお預かりしてるわん。なんか面白いことになってそうねん』
「ちっとも面白くないぞ。で、太公望はどうしておる?」
そういうと妲己は太公望に電話を譲った。
『…公主か?』
「…しばらく妲己のところにおるといい。あのふたりは私が何とかしよう」
『ん…すまぬ。いつも迷惑ばかりかけて…』
「なんの。可愛いおぬしのためじゃ。妲己に迷惑をかけるでないぞ」
「わかった」
それからまた妲己に電話を戻し、ふたりはしばらく話した後電話を切った。
「すまんな、妲己」
「いいのよん、可愛い太公望ちゃんのためですもん♪」
妲己と太公望は仕事上ではライバルだが、一歩そこから離れると仲のいい姉妹のような、友達のような関係になる。太公望が妲己の家に転がり込んだのも気兼ねが要らなかったからだ。妲己は一人暮らし…とはいうものの広いマンション住まいなので太公望ひとりくらいなんでもない。
「こうやって太公望ちゃんと寝るのは何年ぶりかしらん」
「わしが幼稚園のころだから…もう20年近く前かのう」
「時の流れってはやいわねん」
女同士なので同じベッドで寝ることに抵抗がない。
「ねえ、太公望ちゃん」
「なんじゃ、妲己」
「…勝手に結婚決められて怒るのは当然よねん。絶対幸せになるのよん」
「…うむ」

翌朝。妲己はふわりとしたいい香りとことことという心地よい音で目を覚ました。何かと思い辿っていくと太公望が台所にたっていた。
「太公望ちゃん…なにしてるのん?」
「ああ、すまぬ、起こしてしまったようじゃな。世話になったので朝飯くらい作ってやろうと…台所を拝借した上に冷蔵庫まであさってしまったがのう…」
朝食は米で平気かと聞かれ、妲己は嬉しそうに返事をした。
「太公望ちゃんの手料理なんて、妲己幸せぇん。なんでも食べちゃうぅん」
「…そこまで感動されるとなんだかのう」
太公望も妲己も朝食はきちんと食べるタイプである。ごはん、味噌汁、ほうれん草のおひたしに出汁まき卵、そしてお魚。
「素敵素敵ん」
妲己は大はしゃぎで箸をつけた。生まれて初めて食べる太公望の手料理である。
「いや〜ん、おいしいん♪」
「そんなに喜んでもらえると作った甲斐があったのう、あ、そうじゃ」
太公望が何かを思い出したかのように立ち上がる。キッチンでなにかを包み、妲己に渡した。
「朝食が少し余ったからのう、弁当にしたが…持ってゆくか?」
とはいえ、だいぶ追加したがのう、と太公望が勝手に食材を使ったことを申し訳なさそうに言うと妲己はふるふると首を振り、太公望に抱きついた。
「嬉しいわん、太公望ちゃん。ああ、もう、わらわが太公望ちゃんをお嫁さんにしたいくらいん」
狂喜乱舞する妲己を背中に見ながら、太公望はきちんと後片付けをしていた。嬉しくて嬉しくてたまらない妲己はお弁当をバッグに入れながらふとその数が多いことに気がついた。
「あらん? 3人分?」
「あっΣ( ̄□ ̄川)! こ、これはっ…その…」
「…天化ちゃんのね?」
真っ赤になって頷いた太公望が可愛らしくて仕方がない。
「うーん、天化ちゃんのぶんかぁ…しょうがないわねん」
そういうと妲己は器用にも太公望の唇を自分の頬に奪った。
「なっ…」
「これで許してあげるわん」
ふたりは今夜も泊まるだろう太公望と待ち合わせの場所を決めてから仕事に向かった。



「じゃあ、今妲己さんの家にいるさ…」
「そうじゃ」
昨夕家出したと聞かされた天化はびっくりしたが、野宿したわけでもないし、ましてやどこかの男の家に転がり込んだのではないと知って内心ほっとしていた。
「けど、家出なんかして大丈夫さ? 俺っち達の結婚、ますます遠のいちゃうさ…」
太公望お手製弁当を食べながら天化は心配だった。彼女の実家ではきっと天化が太公望を誑かし、監禁しているのだと思っているに違いない。あらぬ疑いをかけられ、印象を悪くすることだけはどうしても避けたい。
だが太公望はあっけらかんとしていた。
「なぁに、二・三日うちには片がつこうて」
「???」
どことなく不安は残るが太公望が大丈夫だというので大丈夫だろう。天化は安心して出汁まき卵をほおばった。


「妲己姉さま、なに食べてリ☆」
ここは朝歌商事・中庭。妲己の妹分である胡喜媚が妲己の食べているものを覗き込んだ。妲己の右には王貴人がいる。
「あはん。これはね、太公望ちゃんのお手製お弁当なのよん」
そういうと妲己は出汁まき卵をほおばった。
「ううん、でりーしゃーす♪」
「ああん、妲己姉さま、ずるリっ☆」
「私も食べてみたいわ、姉さま」
「だめだめん。これはわらわのよん」
「けちー。ぶーぶー☆」
「でも姉さま、太公望は家出をして大丈夫なのかしら」
事情を聞いている王貴人がなんとなく口をはさむ。以前プレゼンで太公望に負けてからは良きライバルとなっている太公望と貴人である。あくまでライバルがふぬけるのがいやだと言ってはいるが、どうして、貴人も太公望が好きなのである。
「あはん、太公望ちゃんはそれを承知で家出してるのよん。たぶん、数日中には落ち着くわん」
「妲己姉さま、どうしてわかリ?☆」
「うふふ、それはねん…」


太公望と妲己の言うとおり。太公望が家出をしてから3日目に燃燈から今度の休日にでも天化をつれてくるようにと連絡があった。
「なんか恐いさ…」
「大丈夫じゃ、心配するな」
ことは思惑通りに進んでいると太公望は言う。わけもわからぬまま天化は太公望と共に座敷に通された。
現れた元始天尊と燃燈をみて天化は仰天した。ここ数日のうちに何があったんだ!! と突っ込みたくなるほどにふたりは衰弱していたのだ。話し掛けたのは燃燈だった。
「て、天化君…」
「は、はいさ…」
「君…次男だったね…」
「は、はい」
「じゃあ、うちで暮らしてもいいわけだね?」
「はい、それは構わないです…でも、どうして…」
「…理由は聞かないでくれ。君と太公望の結婚は許す…だから太公望を返してくれないか…」
「は、はぁ…」
別に持っていったわけじゃないから返すも返さないもないさ、と天化は思った。だが結婚を認めてもらった以上、それはこの際どうでも良いことだ。
「じい様」
「なんじゃ〜〜、たいこ〜ぼ〜」
元始天尊は三途の川を渡り始めていた。
「当然、楊ぜんとの縁談は破談じゃな?」
「う〜〜、もちろんじゃ〜〜」
「やったーっ!! やったぞ天化! わしらは晴れて夫婦になれるぞ!」
「う、嬉しいけどさ、師叔」
「なんじゃ、天化」
「どうして急に許してくれたさ?」
ついでに同居の話まで出たことに天化は不審を抱いていた。


説明は妲己にお願いしよう。
「公主ちゃんの料理の腕は殺人的なのん」
太公望が幼いころはお手伝いさんが来てご飯を作ってくれた。そして太公望が成長してからはそのお手伝いさんに習って家事一切をするようになっていたのである。
「公主ちゃんは全然やらないのよん。料理って他の事と一緒で練習すればするほどうまくなるものなのん」
だから一家の台所――殊、食事に関しては太公望が一任していたといってもいい。お手伝いさんが高齢で引退してからは太公望が一切を取り仕切っていた。忙しいときには白鶴も手伝っていたが、その白鶴が数日出張することになったのだ。太公望が家出をしたのもその日である。太公望がいない、白鶴もいない。となると誰が食事を作るのか。
「仕方がない、私がやろう」
公主が台所に立つ。が、やったことのない公主には何がなんだかわからない。それから3時間あまりしてようやく出てきた食事はもはや食材の原形を留めていなかった。
「…ちょっと焦がしたのだ。焦げを落とせば食べられる。…香りをつけるために焦がす事もあろう」
ちょっとどころじゃなく焦げていたが燃燈は姉の言葉を信じて口に運ぶ。元始天尊はなんの疑いもなく食べる。そして吐き出した。
「なっ…失礼じゃのう」
そう言って公主は平気で食べていた。
「公主ちゃんは味音痴なのん」
碧雲も赤雲も仕事で不在。燃燈は姉の手前コンビニや外食に行くことさえかなわず、公主の料理を食べ続けた。根性である。
こうなっては太公望に戻ってきてもらうほかない。
「太公望ちゃんの狙いはここだったのよん」
太公望に戻ってきてもらうには黄天化との結婚を許可しなくてはならない。幸い楊ぜんとはそういう話がある、というだけですぐに破談にできた。二人が衰弱していたのにはこういった事情があった。



それから数ヶ月がすぎ、6月の大安吉日を迎えた。
「太公望ちゃん」
「妲己、その節は世話になったのう」
純白のドレスに身を包んだ太公望は幸せそうに微笑んでいた。そんな笑顔をみているだけで妲己も幸せになる。となりには夫となる天化が緊張して立っていた。
「貴方が天化ちゃんねん?」
妲己はつかつかと天化に近づき、上から下まで観察する。
「太公望ちゃんを不幸にしたら許さないわよん」
と、母親よろしく告げた。天化はこくこく頷いた。
「もう、妲己。天化をいじめるでない」
「あらん、ラブラブなんだからん♪」
くすくす笑いながら妲己は喜媚や貴人と共に席についた。
「太公望ちゃん、綺麗だリ☆」
「当然よん、なんたってわらわが妹同然に可愛がったんですものん♪」



さあ、これから二人の未来が始まる
誓いなさい、永遠を
認めなさい、彼が彼女が 生涯の伴侶であると
 
「誓うさ、絶対」
「誓うとも、もちろんじゃ!」

 


さあ、行こう――ふたりで
 
 
 
 

≪終≫




≪あとがきと補足≫
…天化×太公望♀。いいのかなぁ、こんな話で。けど友人が『一粒で何度もおいしいねぇ…』って言ってました。そうか、妲己×望、公主×望、燃燈×望と、いろいろあるか…。うん。妲己と太公望が仲良しだったり、公主が殺人的に料理下手だったりとやりたい放題ですが、そのへんはご愛嬌ってことで。
と、補足。太公望と天化の誕生日なんですけど、太公望は桃が好きなので3月3日(笑)。天化は炳霊公の誕生祭にちなんで5月12日にしました。
あと…タイトルは緒方恵美さんのアルバム『Marine Legend』より『6月のパレード』からいただきました。今となってはそのタイトルさえ意味が…。だってこんな話になるだなんて書いてる自分でも想像つかなかったんだもん。 

  注: 文字用の領域がありません!

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