サクラ咲いた夜 まだ梅も咲いていないのに、街にはちらほらと桜が咲き始めた。 冬冷えの今日この頃は受験生にとって追い込みの大事な時期である。しかし彼はとり急ぐでもなくのんびりと靴を履いて学校へ向かおうとしてた。母親はおたまを持ったまま玄関先に現れた。 「もう受験は終わったのにまだ学校には行かなくちゃいけないのね」 「んー、他の生徒の手前もあるから、大人しく学校に来てくれって言われたさ」 コートの上からスポーツバックを袈裟懸けにして彼はゆっくりと玄関のドアを開けた。 「学校終わったらすぐ帰ってくるつもりさ」 「わかったわ。あ、そうだ。手続きはもう行ってきたから安心してね」 「あんがとさー。それ忘れたら俺っち何のために頑張ってきたのかわかんないさ」 とんとんとつま先を整えて彼は家を出た。 彼の名前は黄天化。つい一月前まで受験生だった。 「よー、天化ぁ…」 「あー、王様。今朝も寒いさー」 派手に背中を叩かれた天化は少し前のめりになりながら悪友に笑いかけた。王様はあだ名で、本当は姫発という。こう見えても大会社の会長の息子で将来の社長なのだがそんな感じは微塵もない、気さくでいい友人なのだ。 姫発は天化の言葉におおっと身を抱いた。 「年明けたら少しは暖かくなるかと思ったのによ」 「今朝は今月最低の冷え込みだってさ」 道行く女の子たちはカラフルなマフラーを巻き、可愛いカイロをもみもみしながら歩いている。 「でも天化。お前はもう春だよなー。受験も終わったようなもんだし、可愛いこれもいるし」 そう言って姫発はニシシと笑いながら小指を立てた。 「どこのオヤジさ、王様」 「まあまあ、そう言うなって。今クラスのほとんどが受験勉強で寝る間も惜しんで一生懸命だってのにお前はさっさと推薦で合格決めちゃってさ」 「簡単に言うけど俺っちだって推薦取るためにみんなより早くちゃんと準備してたんさ。面接の練習だってやったし」 「わかってるって。けどやっぱり羨ましいじゃん? 可愛い彼女もいるしな」 姫発の言葉に天化はちょっと顔を背けた。冷やかしなのか純粋に羨ましいのか。多分半々なのだろうがこれから受験が終わるまでやっかみが続くのだろうか。それを考えると本当は学校には行きたくないのだが仕方がない。 天化のため息は冬空に消えていった。 昨年の12月初旬、黄家に一通の電報と大きな封筒が届いた。封筒には紫陽洞大学と明記してあった。 「不合格ならこんなでかい封筒届かないだろうさ…」 一家はリビングに集まって封を切る天化の手元を見守っていた。天化は緊張して封を破りそこない、中途半端なところでもたもたしていた。父親の飛虎がイライラして身を乗り出してきた。 「あーあ、天化!貸せっ!!」 「なにするさ、親父っ!! 俺っちが開けるんだっ!!」 「こっちの電報開けて番号あわせたほうが早いと思うけどなー」 「ほらほら、ペーパーナイフを使いなさい」 そんなこんなで天化はようやく封を開き、中を取り出した。おそるおそる取り出した一枚の紙に"黄天化 様"とタイプしてあり、その下に少し大きめのフォントで『本校への入学を認める』と書いてあった。すなわち合格である。リビングには長い沈黙が走り、そして一気に大騒ぎになった。 「う、受かった…」 「よかったね、お兄ちゃん」 「よくやった、天化ー!!」 「ありがと、ありがとうみんな!!」 天化は合格した喜びをもうひとり大事な人に伝えなければと浮かれる家族を置いて家を出た。自転車に飛び乗って線路向こうの大きな家を目指した。下りる遮断機を危険と知っていながら駆け抜け、点滅しかけた青信号もびゅんと通り過ぎた。 「師叔…」 会いたいのは、世界で一番、家族以外に大事な人。将来家族にしたい人。 たどり着いた天化は自転車をその場に倒したまま、高鳴る胸を押さえてインターフォンを押した。 ぴんぽーんと可愛い音が2回、家の中に響いているようだ。そしてぱたぱたと足音が聞こえてきて、インターフォンを内部で取る音がした。 『どなたか?』 出てきたのはこの家の長女・竜吉公主だ。 「あ、あの、俺っち黄天化です。師叔…じゃなかった、太公望さんはいますか?」 『ああ、今呼ぼう。中に入って待つといい』 そういうと公主はにこりと笑ってオートロックの玄関を開けてくれた。天化は誘われるように家の中に入っていった。 「ごめんくださーい」 勝手知ったる他の家だが天化にとってこの家は幼いころから通いつめた場所でもある。 「おお、天化」 「あ、師叔…」 現れたのはこの家の次女で天化の恋人でもある太公望だ。仲のよい友達は呂望、望ちゃん、師叔と呼ぶ。天化とは2ヶ月違いの誕生日だったのだが望が3月、天化が5月だったために学年を分かたざるを得なかった。太公望は天化より一年先輩の、大学1年生である。 「師叔、学校お休みさ?」 「ああ。今日は休校でな。教授がインフルエンザにかかってしばらく休みでのう。で、何の用じゃ? おでこなんか出して」 望はくすくすと笑いながら天化の前髪を丁寧に下ろしてやった。 「あ…自転車すっ飛ばしてきたんさ。師叔に直接言いたいことがあって…」 「わしにか?」 きょとんとした望と、早く伝えたくて仕方のない天化に不気味な何かが感じられた。望が振り向き、天化が視線を投げると廊下の切れ目から望の兄である燃燈道人がじとーとこちらを見ていた。 「す、師叔…」 「そ、外に出よう。コートを持ってくるから待っててくれ」 「俺っち先に出てるさ」 「そうしてくれ」 太公望は外に出るため用意を整えに自室に戻り、天化は和風の扉を丁寧に閉じて外に出た。この家に来ると相変わらず緊張する。 しばらくじっと待っているとバタバタと廊下を走る音とけたたましい声が聞こえてきた。太公望がちょっと外に出るのは大変なことなのである。 しかしこれもいつものこと、天化はポケットに手を突っ込んだ。入れっぱなしの小銭がちゃらっと鳴る。 「あー、うるさいのう!! わしに一生この家にいて引きこもれというのか!!」 「誰もそんなこと言ってないだろう! 早く帰って来るんだぞ、いいな」 「あーあ、わかっておる」 太公望はばじっと扉を閉じてそれから天化に優しい笑顔を見せた。 「すまん、待たせたのう」 「いや、いいけどさ」 天化は太公望の後ろに先ほど感じたものよりいっそう黒い気配を感じた。またしても燃燈が扉から顔だけ出してこちらを伺っているのだ。 「あ、あいかわらず怖い人さ…」 「大丈夫じゃ。3月から海外に研究生として出向することになっとるから。公主はおぬしを気にいっとるし安心して遊べるぞ」 「へー、海外かあ…」 天化は顔だけの燃燈にぺこりと頭を下げて自転車を反転させた。 「そういえばわしに話があるんだったのう」 「うん。あ、どっか…マックとか行く?」 「公園でよかろう。今日は天気もいいし」 12月になったばかりだが日差しがあって暖かい。ふたりは公園にたどり着くと手頃なベンチを見つけて腰を下ろした。手には途中の自動販売機で買った温かい紅茶を握っている。太公望はそれを大事そうに抱いて手を暖めている。 「天化。そろそろよかろう。わしに一体何の話があるんじゃ?」 「んあ、ああ。そうさ。あのさ…」 天化はうんと頷いて、太公望のほうに向き直った。 「師叔!」 「なんじゃ?」 「俺っち、大学受かった」 天化の告白に太公望は一瞬きょとんとした。何を言われたのかわからなかったのだ。しかしゆっくり反芻して天化の言葉をようやく理解した時、太公望はふーんとだけ言った。あまりのつれない反応に天化も拍子抜けだ。 「師叔、もう少し喜んでくれたって」 「だって。わしが受けたわけではないからのう。それにわしは天化はちゃんと合格すると思っておったし。当たり前のことではそうそう喜べんよ」 そう言って太公望はにっこりと笑った。 「わしはおぬしが早くから受験準備をしておったのも、推薦を受けられるように成果を残しておったのも知っておる。おぬしの合格は当然の結果じゃ」 「んでも、師叔」 「なんじゃ、一緒にはしゃいでほしかったか? そりゃすまんかったのう」 太公望はにっと口元を歪めるとそのまま天化の頬に顔を寄せた。柔らかい唇が彼の頬をそっと掠めた。 「師叔…」 「祝いじゃ。おめでとう、天化」 ふっと目を閉じた太公望に、今度は天化が口づけた。風から守るように両手で頬を包み、唇を寄せ合う。ほんの少し苦くて、それなのにふわりと甘い味がした。唇を離すと、天化はぎゅっと太公望を抱きしめた。 「師叔…俺っち、師叔のいったとおり自分で自分のいく道を決めたさ。これからもっともっと大変になると思うんさ」 「そうだのう。おぬしはきちんと覚悟しておるようじゃな」 「でも、師叔を絶対幸せにするって決めたんだ。だからここで安心したりしない」 「天化…」 鍛えられた天化の腕の中で太公望はゆっくりと目を閉じた。男としての天化の覚悟は何度も聞かされてきた。今度の大学入試はそのステップのひとつに過ぎない。しかし天化はどれひとつ手を抜くことなく頑張ってきた。 「のう、天化」 「なにさ?」 「少し休んでもいいのだぞ。そんなに気負うこともあるまいて」 太公望は天化からそっと離れると柔らかな黒髪をそっと梳いた。天化は目をぱちくりさせている。 「わしは充分に幸せじゃぞ。こうしておぬしがそばに居るからのう」 太公望の言葉に天化はふっとうつむいて唇をかんだ。 「…師叔、俺っちひとつお願いがあるさ」 「なんじゃ?」 「合格したから、お祝いがほしいさ」 今度は太公望が目をぱちくりさせた。確かに合格したと聞かされればなにか労ってやらなくてはならないだろう。太公望は天化がほしいものを尋ねた。しかし天化はうつむいて頬を染めたまま何も言わなかった。 「どうしたんじゃ? 天化」 「…す」 「え?」 「俺っち、師叔がほしい!!」 天化はそう叫ぶと猛ダッシュで走って逃げた。そして公園の外に止めておいた自転車をひったくるように持ち去るとそのまま立ちこぎでさらに逃げた。 取り残された太公望はただただ天化の様子を眺めているだけ。それ以外にはどうしようもできなかった。 「天化…」 天化はもう18歳になっている。4月には大学生になり、5月には19歳になるのだ。 恋人は自分ただ一人。 太公望はぎゅっと自分の体を抱きしめた。寒かったからではない、天化の想いがあまりにも激しすぎたからだ。 自宅に戻った天化はさっさと自室に入るとその場に上着を乱暴に脱ぎ捨てた。そして頭を抱えてベッドに突っ伏した。 (俺っち…俺っち……) 太公望のことが、たまらなく好きだ。小さかったころからずっとずっと大好きだった。今だってそれは変わらない。 でもだからと言ってあんなのはダメだ。きっと師叔は怒ってる。 抱いた枕を投げ捨てる。ぼふっと重いだけの音がした。 (師叔…俺っちは…あーたが好きなんさ…) 好きなだけじゃ、もう我慢はできないのだ。 天化はもんもんとベッドの上を転がった。合格したというのに一気に奈落に落ちた気分だ、しかも自分で足を突っ込んで。 翌朝目を覚ましたら日曜日だった。なのに目の前に太公望がいた。しかも見知らぬ部屋にいて、さらに二人とも裸だった。 「おはよう、天化」 「あwせdrftgyふじこlp!?」 「何言っておるのかわからんぞ、天化」 混乱する天化の胸に太公望がぽふんと飛び込んだ。 「こ、ここここここはどこさ? 俺っちたち何で裸さ!?」 「なんじゃ、覚えておらんのか。せっかく合格祝いをやったというのに。しかもとびきり新鮮なやつをな」 そういって太公望はくすくす笑ったのだが、天化の脳は未だにジャングルで、彼は記憶の森を彷徨っていた。しかしジャングルグルグルな頭の中に太公望と何があったのか、全く記憶にないのだ。 天化は頭をかきむしった。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜」 「どうしたんじゃ、天化? てん…」 目の前にいた太公望がぼんやりと消えていく。 再び目を覚ましてゆっくりと周囲を見渡す。そこは自分の部屋だった。起き上がってみれば自分はちゃんと服を着ているし太公望もいない。 カレンダー機能付きの時計を除くとまだ土曜日の夕方のままだった。 「夢…だったさ?」 天化はぎゅっと頬をつねってみた。痛かった。 これは現実で、あれは夢。天化は頭をかきむしった。そしてはたと手を止める。夢とおんなじことをしているのだ。 口元をぱふっと押さえて今度はゆっくりと記憶をたどる。夢の中の太公望は上半身だけ裸だった。ちょっと小ぶりだけど白くて柔らかそうな乳房がまぶしいくらいに焼きついている。下に続く腰のラインはシーツの中に隠されていた。 「師叔、綺麗だった…」 ふと、天化は自分の思考を止めた。 あの夢は自分の願望をかなり精密に表現していたからだ。じぶんはそこまで太公望を欲しがっている――女ではなく、太公望自身を。 それから数日すぎて太公望に会った。彼女はあの時のことなどなかったかのように自然に振舞っていた。 クリスマスも初詣もいつものように二人きりだったのにそんなそぶりもないまま1月も中旬になっていた。 世間の受験生は週末にセンター試験を控えており、友人たちはみな躍起になって追い込みを駆けていた。試験はもう明日なのである。天化だけがすることもなく、放課後はまっすぐに帰宅する、そんな日々が続いていた。電車に乗ってぼんやりと窓の外を眺める。夕方の電車は乗客もまばらで学生らしいのは自分だけだ、どことなく居心地も悪い。 「会いたいなぁ…」 「誰に会いたいんじゃ?」 呟きに答えるその声に天化ははっとして後ろを振り返った。 「もう帰っておるのか。当然じゃな、おぬしは推薦で大学も決まったのだし春まですることもないな」 「師叔…」 天化はなんとなく自分が落ち着いているのに気がついた。居場所がないような気がしていたのだ。太公望に会えて世界が戻ってきたような感覚がそこにある。 「そうじゃ、天化。おぬし今から暇か?」 「え? あ、ああ、暇だけど」 天化の言葉を聴いて太公望はうんと頷いた。ちらと腕時計を覗き、頭の中で何かを考えているようだった。 「よし。では7時に西岐の駅前で待ち合わせじゃ。遅れるでないぞ」 「…このまま行けばいいじゃん。おれっち家に連絡するし」 「…制服で来るつもりか?」 指摘された天化はきょとんとしていた。これまでは制服でいても何も言わなかった太公望が制服で来るなといったのは初めてだったのだ。 「どこに行くのさ?」 「んー、それは…まだ内緒じゃ」 行ったとたん、電車がいつものカーブに差し掛かる。天化の腕は自然と太公望を掴んで抱きしめていた。 「あいかわらずきついカーブさね」 「そうだのう…」 電車内はさして混んでもいなかったのでふたりはそっと離れた。抱き合っているのは不自然に思えたからだ。 「…駅前に、7時でいいさ?」 「ああ。食事はせんでいいぞ」 「んー、わかったさ…」 天化は携帯電話の時計を見た。今は5時、街はひっそりと暗く染まっていく。 西岐駅前、午後7時。 お気に入りのジーンズにダウンジャケットを羽織って天化は駅前に立っていた。太公望の姿はまだ見えない。 「…どうしたんかな、師叔」 天化はブーツの足でひょいと背伸びをした。すると横断歩道の向こうから走ってくる太公望の姿が見えた。 「あ、師叔だ」 彼女は急いで信号を渡ろうとしたのだが車や他の歩行者に遮られて敢え無く次の信号を待つ羽目になった。むうとむくれているのがわかる。 「かわいいさ…」 天化は小さく笑った。太公望が数分遅れるのはいつものことだ。 やがて信号が青に変わると太公望がぱたぱたと走ってきた。 「すまん、薬局に寄ったら遅れてしまった…」 太公望ははあはあと息を切らせて天化の前に現れた。 「あーあ、師叔。髪の毛ぐちゃぐちゃさー。可愛いのが台無しさー」 天化はすっと手を伸ばして彼女の黒髪を整えた。つむじが見える。天化の胸元がちょうど太公望の頭がくる寸法だ。 「ほい、これでいいさ」 「ありがとう、天化」 太公望がにっこり笑うと天化もにっこり笑った。 「で、どこに行くさ?」 「ああ。こっちじゃー」 そういうと太公望は天化を連れて歩き出した。電車に乗るでもなくバスに乗るでもなく、ただ歩き出した。西岐駅は大きな駅だ、周囲にはたくさん商店がある。食事をするのかとも思ったが彼女はどんどん裏道に入っていく。 「ちょっ、師叔、こっから先は俗に言う繁華街ってやつさ。見つかったら俺っち…」 「だから制服ではいかんと行っただろう?」 太公望はメモを見ながらきょろきょろと店を探しているようだった。天化もちらっとメモを覗いたのだがそれは彼女の文字ではなかった。簡単な地図とともに店名が書いてるがそこはよく見えなかった。 「おお、ここじゃここじゃ」 「ここじゃって師叔…ここは…」 一階部分が駐車場になっている。そして看板には普通に『ホテル蓬莱島』と書いてあったが明らかにその手のホテルだ。 「あの、師叔」 「…合格祝いがほしいと言っておったではないか。いらんならやらんぞ」 太公望はそう言いながらも頬を染めていた。天化もやっと事情がわかって頬を赤くした。 「いるっ!! 欲しいさっ!!」 「なら行くぞ、覚悟はいいな」 「おしっ…」 妙な気合を入れて二人はホテルの中へと姿を消した。 チェックインしたのは天化だった。流石に女の子にさせるわけにはいかないと頑張った。 「な、なんかドキドキするさ…」 部屋はごく普通で特に変わったところもなかった。内装は品のいいワインレッドを基調にしており、調度もそれにあわせてある。大き目のベッドがどんと置いてあった。 天化は思わずベッドに腰掛ける。ぽふんと柔らかいそれに太公望も腰を下ろした。 「おお、ふかふかじゃのう…」 「なあ、師叔」 「なんじゃ?」 天化はダウンジャケットの袖に手を隠したまま、太公望を見ずに言った。 「何で…今日なんさ?」 「何でって…そりゃわしも女の子じゃからのう、いろいろあってな。それに今日は家に誰もおらんのじゃ。じい様も公主も燃燈も出かけてな。今日なら朝帰りしてもうるさく言われんからのう。調整しておったら今日になってしもうたんじゃ」 「じゃあ師叔…」 太公望はものすごく真っ赤になっていた。 「わしは天化から欲しいと言われたとき、ああ天化も男なんじゃなーって思った。でもわしはその…体の都合がつかんでのう…」 「あー…女の子ってそういうことか」 天化は納得して頷いた。拒否されたと思ったのは単なる思い過ごしだったのだ。 「天化…わしはおぬしを…愛しておるぞ。体をやってもいいと思うほどにな」 「師叔…」 天化は太公望をぎゅっと抱きしめた、許されるよりも先に。 ダウンジャケットがふわりと触れたが天化との間には大きな隔たりだった。 「一生大事にする。一生かけて守る。俺っちの大事な師叔…」 天化はゆっくりと太公望を横たえるとそのまま口づけた。何度かあわせた唇なのに初めてのような気がした。 「師叔…」 「天化…」 見詰め合う瞳に映るのは互いの顔だけ。今度は噛み付くように深く激しく唇を寄せた。 「んっ…ふっ…」 キスをしながら天化は太公望の胸に布越しに触れた。幾重にも重なる布の下にどくどくと脈打つ心臓がある。 「んっ、天化ぁ…」 「ふっ、ふふふふふ服を脱がしますっ!!」 天化はぎこちなく太公望を抱き起こすとこれまたぎこちない手つきでゆっくりと服を脱がし始めた。 ジャケット、シャツと剥いで下着だけが残った。こればかりはどう手をつけたものか、わかっているはずなのに手が動かなかった。 「えーっと…」 最初の意気込みはどこへやら、天化は叫びだしたいほどの緊張に襲われていた。推薦入試のための面接でもこんなに緊張はしなかった。なのに今は恋人を目の前にしてこの体たらく。情けないと思いつつ、天化は太公望の胸を眺めていた。 「天化」 「ん?」 天化はゆっくりと顔を上げる。すると太公望が自分の手をとってゆっくりと胸元に導いた。ブラのカップの中にそっと手がはいる。彼女の乳房は夢に見たとおりの柔らかさと温かさだった。天化は手を引っ込めようとしたのだがなんとなく出来なかったのは太公望が導いてくれたのと、心地よい感覚にとらわれていたせいだ。 「す、師叔…手を…」 「離さぬ」 「でも」 「離さぬ。せっかく捕まえたのじゃ。わしも覚悟しておる。おぬしも覚悟したのだろう? わしを抱きたくないのか!?」 「だっ、抱きたい!!」 二人はもう一度頷きあうと互いに服を脱ぎだした。男と女になると決めたのだ、もう後には戻れない。 「改めまして…師叔」 「う、うむ、来るがよい」 一糸まとわぬ姿でふたりはゆっくりと互いを抱きしめあった。太公望の柔らかさと天化の逞しさが混ざり合う。 「あ…天化…」 「師叔…思ったとおりあったかくてやーらかくて…綺麗さ…」 天化は太公望の首筋に唇を這わせた。小ぶりな胸が自分に当たっていて互いに感じあっている。 「あんっ…」 「あっ、ごめんっ!」 「いちいち謝るでないっ…はあっ…」 太公望は体中を桜色に染めていた。じんわりと汗をかき、蒼とも緑ともつかない瞳を潤ませている。 「師叔…触るさ」 「うん…」 天化の手が、太公望の女に触れた。彼女は一瞬身をこわばらせたがふっと息を吐いて天化の出方を待った。 「イヤだったら言って。やめるから」 「いやなはずはない…天化となら…大丈夫じゃ」 「じゃあ…」 そういうと天化は太公望の足の間にそっと顔を埋めた。茂みの下に隠れる秘蕾を舌の先でつついた。太公望の体がびくんと揺れる。 「あ…天化…」 天化はやめなかった。秘蕾を指で転がし、蜜が溢れ始めた秘裂に舌を這わせる。少し苦い白い液が天化の舌先に乗った。 「んっ…んんんっ!!」 びくびくっと身を震わせながら太公望は荒い息をついている。声を隠したいのか、口元をしっかりと覆っていた。 「師叔…やっぱり怖いんさ?」 天化はゆっくりと太公望の髪を撫でる。彼女はこくんと頷いた。 「師叔…やめる?」 今度は首を横に振った。彼女の思いに応えなければ男が廃る。天化は彼女の額に口づけた。 「えっと…こういうのって最初は痛いらしい…けど、俺っち優しくする。大丈夫、俺っちを信じて…」 天化の言葉に太公望はこっくり頷いた。それを見届けて天化は立ち上がった自身を持ち上げた。 「い、入れるさよ…」 「あ、待って」 「やっぱり怖い?」 ストップをかけられた天化は少しだけ拍子抜けした感じだ。太公望はゆっくり起き上がると自分のバッグを持って戻ってきた。 「その…やっぱりこれが必要だから」 バッグから出てきたのは小さな箱だった。紙袋に包んであるそれを乱暴に開けると中からでてきたのはコンドームだった。 「あ、それ…」 「これを買っていて遅くなったんじゃ。えっと…大丈夫そうだのう」 太公望は天化のそれを一瞥するとコンドームをひとつ取り出して天化に渡した。天化も何の抵抗も不満もなく受け取る。互いの体を思いやるならこれは絶対に必要だ。 「俺っち…その…」 「よい。わしがなんも言わんかったからな」 天化はくるっと背を向けてごそごそと準備した。太公望は何も言わずに天化を待っている。 「よし、出来た…」 「よし!」 二人はもう一度向かい合った。 「では再び改めまして」 「よろしくお願いします」 天化は太公望の胸に口づけ、ゆっくりと横たえた。そして足を開かせる。太公望の秘裂はいい具合に濡れていた。 「天化、行きます!」 天化は自身に手を添えて太公望の秘裂にそっと宛がった。位置は…多分あっている、このまますっと身を進めればいい。天化はおそるおそる身を進めた。ゆっくりゆっくり太公望の中に入っていくのがわかる。 「あっ、天化ぁ…」 「師叔っ…」 「いっ…痛い…」 初めて男を取り込んだ膣は鮮血を流した。破瓜の証だ。それでも天化はぐいぐいと太公望の中に入っていく。 「んっ…天化っ…」 「師叔…やっぱり痛いさ?」 「初めてはみんなこんなものじゃろ。だいぶ慣れてきたから心配するな」 「じゃあ、続けるよ?」 「うん…」 そういうと天化は太公望の腰をそっと持ち上げた。天化の剛直が太公望の胎内で角度を変える。太公望はうっと声を上げた。 「師叔…師叔…っ!!」 「天化ぁ…おぬしのはっ…くっ…熱いのうっ…あっ…」 「師叔のだって、柔らかくてあったかくて…もう俺、わけわかんかくなりそう…」 「わしもじゃ…ああっ…あああっ! 天化っ、天化あ!!」 「師叔!!」 がくがくと震える体を押さえきれず、ふたりは同時に絶頂に達した。天化の精液が太公望の中で溢れたが注がれることはなかった。 引き抜くととろりとして液が赤く染まっていた。天化はそれを見て彼女が初めての人で、それは彼女にとっても同じであることを改めて知った。 「師叔、大丈夫さ?」 「ああ…幸せじゃ…」 「俺っちも」 天化は太公望の頬にそっと口づけた。そしてバスルームに行き、タオルを二本ぬらして持ってきた。それを太公望の女陰にそっと宛がった。 ひやりとした感覚に太公望はひゃあと声を上げた。 「な、なんじゃ?」 「あ、いや、ぬるぬるしてるし、血も出てるから綺麗にしたほうがいいかなーって」 「あっ…そりゃすまん。だが自分でやるから」 太公望はゆっくりと起き上がった。そして天化に背を向けて血の後を拭った。 「のう、天化」 「なにさ? 師叔」 「これでおぬしも一人前の男じゃな」 「あ、ああ」 天化はぽりぽりと自分の頬をかいた。太公望はくるくると自分の体にシーツを巻きつけた。 天化の既視感――デジャヴがそこにある。これは夢で見たあのシーンだ。太公望ははにかみながら天化のそばに寄り添った。天化も慌てて下半身をスーツで隠す。 「これから大事にしてくれよ、わしのこと…」 「もちろんさ。俺っち…師叔と…したから…あ、もちろんしなくったって大事にするさ! 約束する!」 天化はしっかりと太公望を抱きしめた。彼女は天化の腕の中で幸せそうに笑っていた。 日曜日の次の日は月曜日と決まっている。そしてこの日はセンター試験の翌日でもあった。 西岐駅のホームで電車を待っていると天化のそばに姫発がふらふらしながらやってきた。 「おはよ〜〜天化〜〜」 「ああ、王様。おはよさー。昨日のセンター試験はどうだったさ?」 天化の何気ない一言に姫発の何かが切れた。 「あのな、フツーそれ聞くか? 聞くか? ああ?」 「わ、悪かったさ王様」 姫発の三白眼に押されて天化はなんとなく謝ってしまった。そこにばすっと姫発の背中を蹴り飛ばす存在がすぐ後ろにいた。 「ちぇすとー!!」 「ぐばっ!?」 姫発は声を上げただけでホームから転落しなかった。 「ちっ、落ちんかったか」 背中をさすりながら姫発はキッと後ろを睨んだ。天化はなにごともなかったかのようにその人に挨拶した。 「おはよー、師叔」 「おはよう、天化。おぬしも朝から大変だのう」 「もう慣れたさ。長い付き合いだからさ」 「俺を無視して話し込んでんじゃねーよ!! ホームに落ちたらどうするんだよ!! 俺の華麗な人生が終わっちゃうだろうが!!」 「そんときは心の底から泣いてやるから天化に当たるでない」 そういってそっぽ向いた太公望を見て、姫発はふと彼女をまじまじと見た。視線がいやらしくて、太公望はわずかに後ずさる。 「な、なんじゃ?」 「なーんか雰囲気がちがうんだよなー。週末なんかあったろ? あ、さてはこいつと!」 「やかましい!」 そういうと太公望は到着した電車に乗り込んだ。天化もその後ろに続く。 「なー天化。太公望とやっ…」 「ちぇすとー!! 再びっ!!」 「ぐはっ…」 太公望は電車から姫発を蹴りだした。そして無情にも電車のドアは閉まり、彼を置いて発車してしまったのだ。 「ちょ、まてゴラァ!!」 走り出した電車を追いかけつつ、姫発はキーキー喚いていた。それも電車の音にかき消される。 「あはは。天化に八つ当たりした罰じゃ」 「ひでーさ、師叔。これ、学校に遅刻しない最後の電車だったさよ? 次のじゃ完璧に遅刻さ」 「知らん」 「知らんって師叔」 天化は乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。 「あー、それはそうと師叔」 「ん?」 天化はそっと太公望を抱き寄せた。例のカーブがもうまもなくである。 「体、大丈夫さ?」 車内アナウンスと電車の轟音で天化の言葉はかき消された。でも太公望には、彼の言いたいことがわかってこっくりと頷いた。 「おぬしが世界でいちばん優しい男だったからのう」 僅かに混雑する電車の中でふたりはゆるりと抱き合っていた。 「サクラが咲いたのう」 「…うん」 人生の春 恋人との春 サクラが咲いた この冬に2回も 一生大事にするって約束したから 何度でも咲かせよう サクラの花を 君と自分のために ≪終≫ ≪キター≫ 封神演義完全版の表紙にきた天化を記念して。ちょうど受験シーズンでもありましたし。 『お姉さんは好きですか?』と『6月のパレード』の間に来るお話です。とりあえず天化おめでとう。それしかコメントはないよwwww しかしなんだなー、あれだな、うん。…おめでとう、天化wwwwwwwwww |