建設途中の封神台の上から



一匹の亀がいる。彼の名は柏鑑、妖怪仙人である。
彼はある山で悪さをしていたところを呂望によって懲らしめられた。そしてしばらく呂望と一緒に暮らしていた。
そんな柏鑑も呂望が『太公望』として封神計画を遂行すべく下界に降りたとき、同時にある任務を帯びる。


「あー、魂魄が飛んできましたねぇ、第1号じゃないですか」
ものすごい勢いで飛んできた魂魄は炎のような揺らめきを持っていた。珍桐である。彼はカマキリから変化した妖怪仙人であった。妲己が従える仙道の中でも中の上、とは申公豹の評価である。
「これまたすごい方が魂魄になられたものです」
そういうと柏鑑はえっちらおっちらとツボを持ってきた。
「まだ封神台は建設途中なんですよ。外装も内装も。だから借り置き場はこのツボです。ここに入っててくださいねー」
そういって柏鑑がふたを取ると、炎の魂魄はそのツボの中に吸い込まれていった。本当に入ったのか気になって逆さに振ってみても出てこなかった。
「大丈夫みたいですねー、じゃあ建設を急ぎますか」
外装は9割。内装は4割完成していた。この封神台、一応元始天尊の宝貝であるが、それは最奥部だけで外面はいちおう『イメージです』ということになっている。
それでもこの封神台はのちに大きな役割を果たすことになる。
柏鑑が願うこと、それは呂望の魂魄がここにやってこないことだけである。



それから、瞬きするほど月日が流れた。
この封神台に何人もの魂魄が飛んできた。妖怪仙人もいれば、普通の人間もいた。
子を残して死んだ母、親を残して逝った長子、国を憂いて自ら死を選んだ賢君。
何人も何人もやってきた。
そのころになるともう封神台の内部に住まうことが出来たのでツボの中で暮らしていた者たちも封神台のほうに移ってもらうことにした。
封神台が建造物的に完成しても、柏鑑は暇になるわけではなかった。今度は飛んできた魂魄を管理する仕事に切り替わった。
「えーっと、最初にツボに入ってもらったのが珍桐さんで…」
白紙の巻紙にさらさらと文字を連ねていく。名前と身分を書き記すと、しゅるしゅると巻き直した。
「今は一日に一人か二人ですけど、これが一気に何十人と来る日もあるんでしょうねぇ」
ずずずっとすすった茶に、きらっと光る何かが見えた。



西伯侯・姫昌がこの世を去ったのはその日の夕刻のことであった。
一昨日北伯のところで倒れた姫昌は迅速且つ丁寧に西岐へと運ばれたが、意識は戻らなかった。
目を開けたのは西岐についた翌日のことである。
彼は次代における様々なことを言い残し、魂魄へと姿を変えた。
『父上…』
『伯…』
『志半ばで無念のうちに死んだ私には、羨ましゅうございます…』
『そうか…』
私は幸せ者だな――最期にそう呟いた。
彼がこの世において為すことはなくなったのだった。
姫昌の魂魄が体からするりと抜け出すのを、呂望だけがじっと見てみた。
最後の最後に、愛した人。軍師として、そして妻として。
肉体的に触れ合うことはなくても、同じ思いに繋がれた男と女はこうしてこの世に別れた。



姫昌の魂魄はまっすぐ封神台へをむかっていた。しかしその動きは明らかに他のそれとは異なっていた。
「…ここは?」
聳え立つ塔のような建物の上にあって、姫昌ははるかに下界を見渡していた。
「ここが死後の世界とかいうところか? ついでに死んだら若返るものなのか?」
姫昌は自分の体をくるりと見回した。どう見てもそれは精気に溢れていた若いころの自分の姿だ。今の姫発がちょうど似ている。
「うーん…しかし」
「そこにいるのは誰ですかー!?」
「ん?」
遥か下から聞こえてきた声に、姫昌はしゃがんで覗き込んだ。が、あまりに遠いので下に降りてみることにした。死んでいるからこのくらいの高さから降りることなど造作もなかった。
すうっと滑空して着地すると、一匹の亀がぎゃーぎゃー喚いていた。
「なんなんですか、封神台の上に乗っかって。封神された魂魄ならとっとと中に入る!」
「…ここか?」
姫昌は洞窟のような入り口を横目で見た。中は真っ暗でもなんでもなく、ただ不思議な空間が広がっているように見えた。
ゆっくりと手を伸ばす。
すると封神台の入り口は彼を拒んだ。ばちばちっと電撃が走ると、彼は慌てて手を引っ込めた。
驚いたのは柏鑑のほうである。
ときどき、魂魄となってここに来ても真直ぐに封神台に入らずにふわふわと漂っているものがいる。
それはほとんどの場合が普通の人間で、そういうときは柏鑑が導いて封神台に入れてやる。
彼の場合もそうだと思っていたから、驚きはいっそう深い。まさか封神台が彼を拒むとは思わなかったのだ。
「あ、あーた様は何者?」
かなり首を上げて自分を見上げてきた亀に姫昌はしゃがみこんで対応した。柏鑑は伸ばしていた首を少し緩めてほっとため息をつく。
そして最近封神されてきた若者に似ているな、と思った。
「俺は姫昌。西伯侯姫昌だ」
「西伯侯姫昌!?」
その名を聞いた柏鑑は慌てて『殷周人物辞典』をめくった。
西伯侯姫昌の欄はすぐに見つかった。
彼は少年時代に父を、当時の殷王によって謀殺されている。そしてそれにかわるように殷王室から妃を迎えている。
もっとたどっていくと彼の中には姜族の血も流れている。姫昌は殷王朝によって拭殺された諸侯の思いを一身に背負っていた。
そんなことはおくびにも見せず、彼は賢君として西岐にあり、王朝においては西伯侯としてよき臣下であった。
そして晩年に子息・伯邑考を妲己によって殺され、自身も幽閉されるという憂き目にあった。
しかしそれに変わるように彼はたくさんの臣下を得ている。軍師・太公望と武成王・黄飛虎が彼の傘下に帰順した。
「で、先ごろお亡くなりに」
「ああ、だと思う。こうしていると死んだという自覚がなくてね」
そういうと姫昌はぽりぽりと頭をかいた。
「そうですか、伯邑考さまのお父様でしたか」
「伯邑考はここに?」
柏鑑は黙って頷いた。
「お会いになられるならお呼びしましょうか。あなたはお入りになれないようですし」
柏鑑の言葉に姫昌は少し考えた。そして首を横に振った。
「いや、俺たちはそれぞれ為すべきことを為してきたんだ。やっとゆっくり出来るんだから…元気にしているかい?」
「ええ…ここにいて元気とか言うのも変なものですけれど」
姫昌と柏鑑は黙って封神台を見つめた。
「でさ、えーっと」
「柏鑑です」
「柏鑑殿、私はここに入れないとなると、一体どうしたらいいのだろう。他に死人が逝くところがあるというなら案内してもらいたいが」
姫昌の言葉に、柏鑑は首をかしげた。封神台に関係のない魂魄は毎日毎日発生している。彼らのいく先は決まっているのに、彼はそこにまっすぐ行かずに、何故かここにやってきた。
「ちょっと待っててくださいね、確か書簡が…」
そういうと柏鑑は甲羅の中をごそごそと漁り始めた。そして一通の書簡を取り出した。
「ああ、ありました」
それは元始天尊の手になる書で、白鶴童子が持ってきたものだった。そこには西伯侯姫昌の処遇について書かれていた。
目を通し、彼はほおっと息をつく。
「西伯侯姫昌殿、あなた様は封神台から呂望様を見守るようにとのことです」
「呂望殿を? 魂魄の身で?」
「ええ、ここにはそれだけしか書かれておりませんので」
「ふむ…」
姫昌は腕を組み、目を閉じた。
そしてゆるりと開く。映るのは遥か天空の青い空だった。



とりあえず呂望を見守ることになった姫昌は西岐へと飛んだ。
自分の葬儀は既に終わったあとだったが、国中が自分のために1年の喪に服している。
自分は死んでから後もこのように民から愛されていることを知った姫昌は少なくとも自分の施政が間違っていなかったことを悟った。
そしてこの国を発展させ、民を守るという大任は息子の姫発に引き継がれた。
姫昌は自分の息子をアホだと思ったことはない。彼は次男であったから、後を継ぐなんてことは全く考えていなかったのだ。
遊び呆けていたのは若さゆえで、でも彼は決して民に対して横暴な振る舞いはしなかった。
気の合う仲間たちと、王宮では体験できないようなことをたくさん学んできたのだ。
(それが治世に活かせるといいのだがな…)
くすくす笑いながら、彼はふと王宮に向かった。
軍師殿と呼ばれる建物に、呂望が愛獣の四不象とともに住んでいる。
彼女はすでに四不象とともに眠りについていた。
安らかに眠っている彼女の頬にそっと手を添えかけて止める。どうせ今の自分では触れることは出来ないのだ。
そのまま寝顔を見つめていようと思ったそのとき、呂望の目尻からすっと一滴の涙が落ちるのが見えた。
「…ぅ」
(…?)
一瞬、寝言かと思った。が、よく聞いてみると彼女は自分の名を呼んでいた。
「姫昌…姫昌……」
そしてぼろぼろと涙をこぼした。
(呂望殿…)
自分は、何も出来ない。涙を拭うことも、抱きしめることも。
民を救いたいという思いの裏に隠された復讐という名のどす黒い感情。
あるいは復讐という憎しみの裏に隠された、経世済民の施政。
どちらの名をとっても、二人のなかの想いは同じだった。けれど自分は息子を亡くした悲しみから食事をすることが出来ず、それがもとで徐々に弱って死んでしまった。
自分の人生で後悔することはないが、今彼女に対してどうしようもできないことが辛い。
(呂望殿…俺は…)
愛しているというには、出会うのが遅すぎた。
人の身として生きることを捨てた彼女と人であった自分の時間はすでに速度を変えて流れている。
そうしているうちに、呂望の隣に寝ていた四不象がもそもそと起き出した。
「御主人…」
彼はそっと起き上がると呂望のほうに向き直り、そっと手を握った。
そしてぎこちなく口を開いた。
「…呂望殿」
穏やかな声で呼びかけ、開いた手でそっと髪を撫でている。
何度も繰り返すうちに呂望は苦悶の表情から解放され、穏やかになっていった。こぼした涙も止まり、またすやすやと寝息を立て始めた。
「呂望殿…」
最後の呼びかけを終えて、四不象はふうと息をついた。
「姫昌さん、そこにいるっスね?」
四不象の呼びかけに姫昌ははっとした。
「俺が見えるのかい?」
「ボクは紛いなりにも霊獣っスよ。魂魄くらい見えるッス」
なるほどそういうものかと、姫昌は四不象に近づいた。
「呂望殿は」
「姫昌さんが亡くなってから、ずっとこうなんスよ。人前では絶対に泣かないけど、夜になると…」
四不象はまだ呂望の手を握っている。
「朝まで離さないっス」
「そうか…」
それほどまでに、姫昌を失った悲しみが深いのだと、四不象は言外に言った。
「どうすれば、忘れられるだろう…」
「忘れることはないっス。御主人はずーっとずーっと姫昌さんを思って生きていくんでスよ。姫昌さんだって、そうでしょう?」
そういって自分を見つめる四不象の瞳には強さがあった。それは若いころ家族と臣下と民を守った若いころの自分に良く似ていた。
「…呂望殿に、伝えたいことがある」
姫昌はふわりと呂望の上に倒れ掛かった。そしてその姿がすっと呂望の中に入っていくのを、四不象は当たり前のように見つめていた。
「忘れることなんて、ないんスよ。でも悲しみを和らげることはできるッス…」
目の前で魂が触れ合う様を、四不象は穏やかに見つめていた。



目を開ければそこには見渡す限りの草原が広がっていた。
風がざあっと草を揺する音が心地よい。草がキラキラと弾く光が眩しくて姫昌は目を細めた。
ここはどこなのだろうと周囲を見回すと、遠くから羊の群れと一緒に少女が歩いてきた。
「あれは…」
姫昌は近づいてくる少女に笑顔を向けた。けれど少女のほうは無反応だ、羊を追いたてながら自分の横を通り過ぎていく。
「見えていないのかな」
隣を歩いてみたり目の前で手を振ったり、耳元で名を呼んでみたりしたが反応がない。
なので姫昌は諦めた。
どうやらここは呂望の記憶の中らしい。
12歳の彼女はここで一族とともに幸せに暮らしていたようだ。
それが一変する出来事がすぐに起こる。
姫昌の耳に馬蹄の音が聞こえた。が、呂望は中年の女性と話していてそれに気づかない。みるみるうちに馬蹄の音が大きくなり、大地を揺るがし始めた。
遠くできな臭い匂いもする。
(まさか、殷軍か!?)
姫昌のそれは予感ではない、知識だ。かつて殷軍の人狩りにあった姜の一支族がたったひとりの少女を残して全滅したのだと教えられていた。その少女の行方は知れず、他に生き残ったものもいないと言われていたその出来事が、今、彼の目の前で起きた。
彼は呂望より先に天幕が多く立ち並んだ場所に言ってみた。そこにはすでに火の手が上がって、幼い子供が泣いていた。
その子は殷兵に連れて行かれるのを嫌がって抵抗していた。すると殷兵のひとりが面倒だからとその場で子供を刺し殺した。
美しい女と見ればその場で陵辱した。抵抗した男たちは血と肉になっていた。
無抵抗の者たちも一連に縛られて殷王墓へ生き埋めにされた。
姫昌は為す術なく立っていた。最初に殺された子供をかばった時、剣は自分を通り越して子供だけを貫いた。
心臓から紅い血が噴水の様に噴出した。その子の目から涙がこぼれている。何がなんだかわからぬうちに子供は命を奪われた。
引き上げていく殷軍は笑っていた――これで皇后様もお喜びになる、と。
皇后は時の殷王の妃で、後の妲己である。
姫昌のそばで、子供が目を見開いたまま絶命している。
そこに呂望がたった一人で戻ってきた。彼女は一族の拠点から離れたところにいたこと、そして異変を察知した後もあわてて駆けていかなかったことで難を逃れたのだ。
呂望は死んだその子を抱き上げて泣いた。ぽろぽろと泣いた。そしてそっと目を閉じると再び大地に横たえた。
「…そこにいらっしゃる…の…は…統領のご息女では…?」
呂望の後ろに年老いた男性がいた。彼は腹に木片が突き刺さり、どう見ても助かりそうにはなかった。
「呂望様…殷軍を…皇后を恨んでも…何も変わりませぬ…」
恨むなら、復讐をするくらいなら。
「何も変わりませぬ…すべてが変わらなければ…いつまでも…」
いつまでもこんなことが、続くなら。
ならば。
――老人は目を閉じて、もう二度と開かなかった。
呂望の体から流れるものは、憤怒と、憎悪と。



そして一握りの希望だけ。



そして場面はいきなり西岐へと変わる。
「ここは…」
見覚えのある建物の門の上に『西岐城』と書いてあった。その城門の下をたくさんの人がくぐっている。
「姫昌様、本当に姜族を受け入れられるのですか?」
臣下の言葉は尊敬のものとも、可能性を疑問視するものとも聞こえた。けれど彼の答えは変わらなかった。
「ああ、この西岐においては異民族でも何でも民は民。お前たちにも迷惑をかけるが…受け入れてやってくれ」
「はっ!」
姫昌の言葉に、臣下は深く跪拝して見せた。
難民を受け入れるにあたって、姫昌は真っ先に姫一族の食料から削った。子供たちは食事が減ったことに最初のうちは不満を述べていたが、のちに父の心を理解すると不満は残るものの納得してくれたのだった。当主自ら民に施していることに臣下一同も倣った。こうして西岐は他地方に比べて結束も強く、また強大化していったのだった。
それを呂望は見ていた。見ていてくれたのだ。
仙道となってからの彼女は老いることはなかったが、それでも世界を再構築する力を徐々に得ようとしていた。

西伯候として、そして軍師として。
二人は夕焼けの釣魚台で出会った。
「お主が次代の王となれ」
「…重い、とても重い、ですな。時代の重みに潰されそうだ」
西岐に戻って間もない自分がそう言ったとき、世界はまた一変した。



今度はたくさんの鏡に覆われた世界だった。
鏡の中にたくさんの自分が映る。
子供のころ、わけもわからずに父を殺され逃げるようにして殷から去ったあの日の自分。
妻を得て、子供を授かり幸せそうに笑う自分。
民の安寧を思い、苦悩した自分。
我が子を殺され、その子の肉を食べなければならなかった自分。
幾人もの自分が現れては消えていく。
そしてふと、呂望が現れた。
幼いころ、少女のころ。そして人として生きることをやめた先導としての彼女。
姫昌は自分の背後に映ったいちばん最近の彼女を振り返る。
途端、鏡は粉々に割れてすべて彼女に突き刺さった。
「なっ…!?」
驚愕し、困惑する姫昌の前に呂望はなんでもなかったように歩き続けている。
鏡片が刺さったところから血が流れ、それがあっという間に彼女を包んだ。
「呂望殿!!」
姫昌は手を伸ばした。どろどろに呂望を包む血に手を汚しながら彼女の腕を掴んだ。
「呂望殿!!」
何度も何度も名を呼んで、彼はやっとのことで呂望を血溜まりから引きずり出した。
呂望はぼんやりと姫昌を見つめていた。
腕に刺さった鏡片からどんどん血が流れていても、彼女は何もしなかった。
「…呂望殿」
「き……しょ…」
「呂望…」
姫昌は呂望の体を抱きしめた。ぎゅっと、ぎゅっと抱きしめた。
「呂望…あなたを守りたかった。でも俺は死んでしまった、あなたを置いて」
「きしょ…ぅ…」
姫昌は彼女の腕に刺さった鏡片をそっと引き抜いて、その傷を撫でた。すると傷はみるみるうちにきれいになっていくのだ。彼はいくつもの鏡片を丁寧に引き抜いて、優しく撫でてやった。そして胸に刺さっていたいちばん大きな破片を引き抜いてやると、彼女の瞳に力強い光が戻ってきた。
「き…ぅ…姫昌…」
「呂望…」
『釣れますか』と声をかけたとき、自分はもう先が長くないのを知っていた。知っていたのに彼女の願いを叶えたくなった。
それは自分の願いでもあったから。
仙道のいない、民が民だけのために暮らせる世界を、自分も欲しかったから。
「姫昌…」
「ずっとあなたのそばにいるよ。この鏡片はこれからもずっとあなたを傷つけていくのだろうね。でも私はあなたの魂のそばにいて、この破片を残らず抜いて差し上げる。そしてこうして癒してあげよう。私にはこうすることしか出来ないから…」
すると呂望が血にぬれた手を姫昌の頬に添えてきた。彼は払わずにそっと握り締める。
「…あたなの幸せを祈ることしか出来ない、勝手な俺だけど…でも」


――愛してるよ


姫昌と呂望は口づけを交わした。




四不象がじっと見守る中、姫昌は呂望の中からゆらりと起き上がった。
「姫昌さん…」
「…呂望殿と約束した。もう大丈夫だと思う。四不象殿、呂望殿を頼みます」
「…はい」
四不象は静かに返事を返した。彼女の霊獣になると決まったそのときから、もう覚悟は出来ていた。
ふたりはそっと呂望の顔を覗き込んだ。
早晩、彼女は穏やかに眠ることが出来るだろう。






なぁ、呂望殿。
祈ることしか出来ない勝手な俺だけど、それでもそうせずにはいられない自分だけど。
「おや、姫昌殿。お戻りでしたか」
「柏鑑殿。ええ、先ほど」
姫昌は穏やかに笑っていた。だから柏鑑もつられて笑った。
「呂望様には私もお世話になりましたから。あの方にはずっとずっと…どんなに傷ついてもこの封神台にきてほしくはないんですよ」
それはすなわち、死んでほしくはないということ。
姫昌は僅かに俯いて、瞼を閉じた。
「お茶にしましょうか、姫昌殿」
「ああ、手伝うよ」
建設途中の封神台の上から、男が一人、亀が一匹。
そして再構築途中の世界から少女が一人。
愛した人たちと愛した世界のために戦い祈る。




後の世に言う。
西伯侯姫昌をもって文王と諡号する、と。


老賢王の死をもって殷周革命の始まりと為すには遅い。
悪王の死をもって終わりと為すも早い。





『釣れますか?』から始まった





≪終≫





≪姫昌様へ捧ぐ≫
あー…初めて姫昌×呂望を書いたかも。死んでから封神台に行かなかった理由と、呂望の周りをちょろちょろしている、私なりの思いを書いてみました。
タイトルは緒方恵美さんの『建設途中のビルの上から』という楽曲からです。
姫昌様の若い頃の口調はほんのちょっとしか出ないから難しいので姫発ベース、時折丁寧って感じにしてみたけど、どーすか?
もう、姫昌×呂望て大好きなんですよ!! だから書けて幸せですwwwwww 本当に幸せですwwwww
ご覧いただき光栄です。ありがとうございました。
注: 文字用の領域がありません!

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