月の名残 夜遅く昇る月は暁の空にその名残を残す そう、この心に留まる君のように 出会わなければよかったのか、お前なんか嫌いだと罵ればよかったのか。 そうすれば、こんな思いをしなくてすんだのか。 振り返ってもそこに戻れるはずもなく、ゾロリは背後の木に背中を預けた。傍らで眠る双子は穏やかな寝顔をしている。 途中立ち寄った城でご馳走をたくさん食べて満腹なのだ。 ついでに少しいただいてきたので当分の間食料には困らない。 けれど。 ゾロリはため息をついた。 立ち寄った城というのは偶然にもガオンの城だったのだ。 (ガオン…) ゾロリはそうひとりごつとゆっくり目を閉じた。 思い出すのはどこまでも気高い狼の姿。 ゾロリは旅をする以上、男の格好をしていた。女であるということは余計なトラブルを招くだけという理由からだ。 いっしょに旅をするイシシとノシシにはちゃんと教えたけれど必要のない限り自分から女だと明かすことはしないつもりだった。 けれど自分の浅はかさが結局女であることを露見させてしまう。 すぐに越えられるだろうと思っていた雪山で道に迷い、吹雪にも見舞われてしまった。 そんな旅の途中に凍えかけていた自分を助けてくれたのがガオンだった。しかしそれと同時に自分が女であることもばれてしまった。 あのときのガオンの顔は今でも忘れない。ひどく驚いた顔をしていた。 そして女だと知ったとたんに彼は唇を奪った。 (…ファーストキスだったのに…王子様に捧げるつもりで大事にとってあったのに…) いつかステキな王子様と出会って玉の輿に乗るのがゾロリの夢である。 その後ガオンとは数回再会したけれど別に何ともなくお互いの旅に出た。別れ際に彼は必ず真っ赤な薔薇を残して。 薔薇が枯れてもゾロリの心になかにガオンという存在が確かに残った。 そしてそのときからガオンに出会わないように願った――自分の本当の思いを否定するように。 ゾロリはそっと双子に目をやる。双子は本当によく眠っていた。 ここは森の外れ、少し抜けると大きな草原が広がっている。ゾロリは双子を置いて草原に足を踏み入れた。 草がさらさらと足元をくすぐる。 濃黒の空に白い月、夜を隠すほどの満月が煌いている。 ゾロリは草原の真中に立った。月の光が彼女の上に降り注ぐ。ゾロリは月光を抱きとめるかのように佇んだ。 結い上げていた柔らかなフェアブロンドの髪を降ろすときらきらと光り、白い肌をより透明にして見せた。 胸元まで伸びた髪を弄びながらゾロリはそっと振り向いた。 「…いるんだろ? そこに」 ゾロリの呼びかけに木陰にいた人影が動いた。が、こちらに来る気配を見せない。 彼女は呆れてため息をついた。 「出てこいよ、ガオン」 呼ばれてその人影はようやく姿を見せた。覗いていた手前気まずいと思うのか、足取りはゆっくりだ。 「気がついていたのか」 「まぁな」 身なりのいい青年が彼女の前に現れる。変な博士の正体は実は王子様だったと知ったのはほんの数時間前の出来事である。 「お前、別れたふりして俺たちのあとを追っていたな?」 「…お前に話があってな」 草原のど真ん中で対峙する二人。黙っていればそれはそれは美しい絵になる。 なのに口を開けば飛び出すのは睦言ではなく、小さく心を抉るコトバ。 「…城に戻って欲しいってか?」 「!」 嘲るようなゾロリの言葉にガオンは小さく唸った。 「図星だな」 「わかっているなら」 「俺は狐だぞ」 ガオンの言葉を遮るようにゾロリは高い声で言った。 「狐でない者が狐と交われば国が滅ぶぞ。お前自身もほかの女じゃ満足できなくなる。それでもいいのか?」 狐は魔性、ゾロリはそういって自身を嘲笑した。 「それでも」 「俺がいやなんだ」 「…ゾロリ…」 ゾロリはガオンに背を向けた。長い髪がふぁさっと彼女の背中を横に流れた。少し俯き加減に言葉を紡ぐ。 「どうしてだろうな、ほかの男ならこんなこと思わないのに…お前だけだよ。こんなふうに思うのは」 月はなお、彼女を悲しく彩った。 「お前には…俺のせいで不幸になってほしくないと思うよ」 「ゾロリ…」 「だから俺のことなんか忘れ…て…」 強くて温かい力がゾロリの背後に掛かる。ガオンが背中から抱きついてゾロリの細い首筋に顔を埋めている。 「嫌だ」 「え…」 「忘れるなんて出来ない。したくない」 母親に縋る子のようにガオンはゾロリを抱きしめた。 「お前以外に抱きたい女なんていない」 抱きたいなんて直球にゾロリの頬は赤く染まる。ガオンを振り解こうにも男の力は強すぎて女のゾロリでは抵抗しきれない。 やがてゾロリは諦めたようにため息をついた。 「出会わなければよかった、お前なんか嫌いだと罵ればよかった」 「ゾロリ、それはどういう」 「そうすれば、こんな思いをしなくてすんだのにな」 背中にガオンを背負ったまま、ゾロリはガオンの手に自分の手を重ねた。 「…俺だって無理だったんだ。何度お前を忘れようと思ったか知れない。でも気持ちは花じゃない、ちっとも枯れてくれないんだ…」 ふと、ガオンは腕の力を緩めた。その隙に腕の中のゾロリはくるりと体の向きを変えた。 「…後悔しないか?」 円らな黒い瞳がガオンを捉えた。その瞳に映るのはガオンただ一人。 ガオンはゾロリの頬にそっと手を添えた。 「…言っただろう? 俺の女は生涯お前だけだ」 ゾロリは自ら片方の頬にガオンの手を導いた。そして薄く目を閉じる。 重なる唇は柔らかく、やがて深く深く結びついていく情事の前振り。 ゾロリはガオンに促されるまま。ゆっくりと草の海に横たわった。 「こんなところでするのか?」 周囲も背中も草だらけ。夜空に大きな月ひとつ。 「ちくちくして痛いぞ」 「だったらこの上に寝ろ」 ガオンは自分のコートを脱いで草の上に敷いた。ゾロリはゆっくりその上に座る。流石王子様、いいものをお召しだ。 「いい手触り…でもいいのか? こんな上等のコート…高いだろ?」 「いいんだ、替えはいくらでもある。それに、お前の肌には替えがたい」 「…言ってくれるぜ」 「もういいだろう、減らず口はその辺りで」 「…塞いでみるか?」 その言葉に吸い寄せられるようにガオンはゾロリの唇を塞いだ。初めは触れるだけの優しい口付けが徐々に深く激しくなっていく。 互いの舌がまるで別の生き物であるかのように蠢き、互いを貪りあう。 「ん…あぅ…」 呼吸もままならないほど吸われつづけたゾロリの唇は赤くなっていた。 ガオンはなおも肌に唇を寄せている。懐にそっと手を入れ、肩からゆっくり下ろすとさらしに覆われた上半身が現れた。 「な、なぁ、ガオン」 「なんだ」 ガオンはさらしを外すのに夢中だ。しゅるしゅると衣擦れの音を立てて外された布の下に柔らかそうな乳房が揺れている。 「さっきは随分艶っぽいこと言ったけど…」 「初めてか?」 ガオンの舌が桃色の乳首を舐めあげた。少し上向きの形よい乳房がガオンの手の中で形を変えている。 ゾロリは真っ赤になって頷いた。 (…可愛い) ほどよい質量をもつゾロリの乳房が気に入ったのか、ガオンは片手で乳房をもみながら、片方の乳首を吸ったり舐めたりしている。 「や…あっ…」 ゾロリは思わず声をあげた。手の甲で口元を覆い聞かれまいと必死だ。 しかしガオンが与える未知の刺激の前には効を成さない。その手はガオンによってやんわりと退けられた。 「ガオン…」 「聞かせてくれ、いい声を」 テノールが優しく耳元をくすぐる。ガオンはさっきから寝っぱなしのゾロリの耳を柔らかく噛んだ。 「やんっ…」 普段のゾロリからは想像も出来ないような甘い声にガオンは満足そうに微笑む。ゾロリは殊更顔を真っ赤にして俯いた。 「は、恥ずかしいだろうがっ」 ガオンを押し返そうとする腕もあっさりと捕らえられる。ゾロリはそのままコロンと転がされた。 「な、なんだ?」 ガオンの手は袴の紐に伸びていた。ゾロリは慌ててその手を押さえた。 「だ、だめっ、だめだっ!!」 ゾロリの抵抗も空しく、ガオンは無言で袴を脱がしに掛かった。 「だめだって言ってるだろうがっ!!」 「喚くな、今更なんだっ」 緑青色の袴からすらりとした足が現れた。はっとするほど白く細い。病的ではなく、その健康的な白さと細さ。 なにもつけていないゾロリは月光の下で誰よりも美しいと思えた。そしてそれを見ているのは自分だた一人だけ。 しっかりと足を閉じ、今にも泣きそうな顔で横を向いているゾロリにガオンは優しく口付けた。 「…綺麗だ、ゾロリ」 「…恥ずかしい」 でも、かまうまい――そう、今なら。 (緊張している…) ガオンは急がず、ゾロリの足に口付けた。腰をなで、腿の辺りに丹念に口付けを繰り返す。柔らかい双球の肉にも手を這わせ、彼女を徐々に刺激する。 ゾロリは小さく嬌声を上げた。体中から力が抜けているのがわかる。 「あっ…んんっ、んっ…」 足が緩んだ一瞬を見逃さず、ガオンはするりと足の間に指をさし入れた。中指と食指がゾロリの敏感な部分に届いた。 「はうっ…!?」 小さな肉芽を指で転がすたびにゾロリの唇から嬌声が上がり、体を弓なりに反らす。 「ああっ、だめぇっ…」 言葉での拒絶など今の彼には聞こえていない。ふるふると震える彼女が愛おしくて仕方がないのだ。玉結ぶ汗が彼女の肌を艶やかに彩って流れていく。 「あっ…はうぅ……う…」 体をめぐる熱がたまらず、ゾロリは身をよじった。その拍子にガオンはゾロリの足を開いた。 「あっ…」 秘所が外気に触れたのがわかってゾロリは慌てて足を閉じようとするが、そこには既にガオンがいて、なにも知らない桃色の入り口を見つめている。 「み、見るな…」 薄く湿っているもののまだ男を取り込めはしない。あせるゾロリの脚をなで、そのまま秘裂に舌を這わせた。 ゾロリの体がびくんと揺れた。 「あうっ!!」 そのまま肉芽を舌先で突つく。 自分で触れることもしなかった秘所を他人に触れさせている、そう思うだけでゾロリの体は敏感な反応を示した。 でも、不思議と恥ずかしさが消えていた。 自分を組み敷いている男は丁寧に自分に触れてくれる。 (もうやめよう…) 逆らうなんてしないで、正直に。 心の内側はいつだってこの男のことばかり思っていたはずなのだから。 「ゾロリ…」 脚の間からガオンが顔をあげた。心配そうに自分を見つめている瞳に気がついて、ゾロリは小さく微笑んだ。 「大丈夫だから…続けてくれ…」 ガオンは小さく頷いて再び顔をうずめた。ゾロリの秘所は指で広がるほど濡れていた。 「う…ん……ガオン?」 彼女の秘所に宛がわれたのは熱く猛るガオンの男だ。この分身が今からゾロリの胎内に侵入しようというのだ、命を育む胎を求めて――。 「え、あ、あの、ちょっと…」 「なんだ?」 「えーっと…それが、挿入るのか?」 初めて見る男の姿にゾロリはちょっと困惑気味だ。 (あんなのが…入るってゆーのか!?) ガオンはそっと彼女に口付けた。 「ん…」 「大丈夫。優しくする…」 そう言うとガオンは先端だけをそっと彼女の秘所に挿し入れた。ゆっくり身を進めて彼女の最奥を目指す。 「く…うあっ…」 けれどゾロリには初めてのことで、擦れる感覚も痛みでしかない。柔らかい襞は硬い男によって傷つけられ、鮮血を流した。 「ガオンっ…ガオンっ!!」 「ゾロリ…っ…」 「いっ、痛いっ……んんっ……やっ、も、やぁ……抜いてっ…」 壊れてしまいそうなくらい、ガオンの突き上げが激しい。ゾロリはがくがくと顎を鳴らす。 一方のガオンはと言えば彼女の足を抱え、腰を揺らしている。 抜いて、と懇願されても彼の男を包む肉襞がきゅうきゅうと締めつけて離さない。 胎内の異物を押し返そうとする女性の本能が皮肉にもガオンを喜ばせているのだ。 こぼれそうなくらいの愛液がじゅぷじゅぷと淫らな音を立てて互いの体を繋いでいる。ゾロリの内腿は鮮血と愛液で桃色に汚れた。 呼吸も荒く、ゾロリはガオンの首筋にしがみついた。ガオンはそのままゾロリを抱き起こす。 彼の膝に向かい合わせに座る格好になり、自分の体重でガオンのものが深く侵入してくる。 「ひぅっ…ああっ、あっ…」 豊かな髪は乱れ、漆黒の瞳を潤ませる。柔らかな毛で覆われた尻尾はぴいんと立っていた。 「あぁん、ガオンん…」 「ゾロリ…綺麗だ」 「ガオン…ぁん…」 交わした口付けが最後の刺激。 「くっ…」 「!!…あっ…ああああんん!!」 二人同時に迎えた絶頂。ゾロリは弓なりに体を反らせ、ガオンはその温かい胎内に白濁した体液を注ぎこんだ。 「あ…ガオ…ん…」 ガオンの首に絡んでいた腕がぱたりと落ちた。 「…ゾロリ?」 己を引きぬいた瞬間、彼女の体がぴくんと跳ねた。 気を失っているだけだとわかるとガオンは眠るゾロリにそっと自分のシャツをかけてやった。 「ん?」 ひやりと冷たい感触に目を覚ます。体は重いけれど冷たい感触はかなりいい。 ゾロリは自分が置かれている環境について思い出すことにした。思い出して、そして真っ赤になった。 (そっか…ガオンと…) 「ようやくお目覚めか」 「ガオン…何してるんだ?」 空色の瞳が見つめているのに気がついた。がばっと起き上がろうとして腰に激痛が走る。 「あたたたた…」 「大丈夫か、いきなり起き上がるから…」 ガオンはゆっくりと彼女を抱き起こした。ゾロリはそっとガオンの胸に寄り添った。 「なんかしてたか? 俺の体に」 「拭いてやったんだ、あのまま服を着るわけにもいかんだろう?」 彼がどこからともなく取り出したタオルは濡れていて、ほんの少しだけ赤みが見えた。 「どこか、異状はないか?」 「…体痛い」 「…それはしょうがない、我慢しろ」 そう言いつつも背中を摩ってくれる手が優しい。体のあちこちに赤く残る跡がある。すべてガオンがつけたものだ。 白い雪のような肌に燃える炎の思い。ゾロリはそっと首筋に手を当てた。そのままうなじを外気にさらすように髪をかきあげる。さらさらと優しい音を立ててゾロリの背中を彩った。 「…綺麗だな、ゾロリ」 「お前、さっきからそればっかり。ほかになんか言いようはないのか?」 「あんまり綺麗過ぎるとかける言葉もなくすもんさ」 「王子様め…」 場慣れし過ぎだと思いつつ、それでも誉められるのは悪くなくて、ゾロリはガオンの頬に手を添えた。少し長めの前髪を捕まえる。 「…ゾロリ?」 「お前のも、凄く綺麗だ。ダーティーブロンド…って言うのかな。ああ、色の名前なんかどうでもいい、お前によく似合ってる」 吐息が掛かるほど近づいて見詰め合う瞳は晴天と夜空。 ゆっくり瞳を閉じて――ああ、直視なんて出来ない。 「ゾ、ゾロリ…」 「…朝まで一緒にいたいな、ガオン」 ガオンはそっと腕の中の思い人を抱きしめた。 ゾロリ自身もガオンの腕の中で今まで誰にも見せたことのない至福の微笑でそっと目を閉じた。 朝まで、なんて言いつつ、日が昇る前にガオンはたたき起こされた。 ゾロリはガオンに背を向けてさらしを巻きなおしている。 ガオンは眠気眼のままゾロリに背中から抱きついた。そのまま手を伸ばし、ふくよかな乳房を撫でる。 ゾロリはこのいたずらな手の甲に爪を立てるようにして摘み上げた。小さく声をあげて手を引っ込めるガオン。 「…まだいいじゃないか」 「…お前、朝から元気だな」 昨日の今日、あるいは数時間前はあんなに愛し合ったのに…彼女の態度の変化は急だったがそれこそ今日に始まったことではない。 厄介な女だが、愛してしまったのは自分。 ゾロリが空色の装束に身を包む。いつもは結い上げている髪も今はまだ下ろしたままだ。 月の下で煌く彼女も美しいが、こうやって薄闇に溶けるような姿も絵になる。 だけど言葉は相変わらず。 「イシシとノシシが起きてきたら、お前袋だぞ」 「うっ…」 双子にとってガオンは敬愛するゾロリ先生にちょっかいを出す悪い狼だと思われている。 それはガオンにとっても同じこと。ゾロリの周りをちょろちょろし、一番近くにいて彼女と行動を共にする兄弟は目の上のたんこぶだ。 とはいえ双子が眠っている隙に(彼女の同意を取りつけたとはいえ)ゾロリと関係を持った。 双子など取るに足らないがなるべくなら敵に回したくない。 ガオンも慌てて服を着出した。 その様子を見ながらゾロリは微笑を浮かべつつため息をついた。 そして見上げた空に白い月――昨夜遅くに昇った月は明け方の空にその名残を残している。 (そしてこの肌にも…) 月は姿を変えて肌に、そして心に跡を残した。 「―――なぁ、ガオン」 さらさらと風が草を擦る。彼女はすっくと立ちあがって少し遠くを見ていた。 ガオンも立ちあがってそっとゾロリのそばに歩み寄った。 「また…どこかで会えるかな……」 そう言うとゾロリはガオンの胸元にそっと寄った。抱きつくでもない、縋るでもない、そんな半端な行動が少し寂しい。 ガオンも彼女の背中に手を回すだけで抱き寄せようとはしなかった。 「会えるさ、そう願えば」 「…願っていいのか?」 「…ああ。願ってくれ。私も、お前にまた会いたい…」 どんなに引きとめても彼女は己の道を行く、地獄の果てまでついて行くと誓う幼い双子と共に。 今の自分に出来ることは彼女の思うままにさせてやること、そして自分自身も彼女の望む王子になること。 『俺様の夢はステキな王子様と結婚して玉の輿に乗ることだっ!!』 そう豪語していた彼女のために。 「ゾロリ…約束だ」 「なんだ?」 「必ずお前の望む王子になってみせる。だから」 「浮気するなって?」 ゾロリはもう、いつものゾロリに戻っていた。 「保証は出来ないぞ、俺様、狐だからな」 いたずらっぽい微笑でガオンの頬にキスをして。 「じゃあな、ガオン」 きらきらのフェアブロンドを翻すように彼女は去っていく。 ガオンは呆然とその場に立ち尽くしたまま。 忘れようとすればするほど、好きになっていく。 もし自分がガオンのことを好きになったと告白すればこの双子はどう反応するだろう。 自分が不在だったことも気づかずに眠りこけるイシシとノシシを撫で、ゾロリはふと考える。 きっと、まず軽く憤慨する。だんだん冷静になってゾロリ先生がそれでいいならとしぶしぶ受け入れる。 (そんなところだろうな) 問題はそのきっかけで。 (厄介なことになった…) それはきっと、出会ったときから始まっていたのに。 気づくのが遅かった。 「う〜〜ん、せんせい…」 「せんせ〜〜、だいすきだぁ〜〜」 むにゃむにゃ…。ゾロリは小さく噴き出した。いい夢でも見ているのか、双子の寝顔はいい笑顔でもある。 「ん〜〜、あれ、せんせい? 起きてるだか?」 そばにいたノシシがむくりと起きあがった。 「もう少し寝てていいぞ、ノシシ」 「は〜〜い」 ノシシはすぐに寝息を立て始めた。ゾロリはその髪を優しく撫でた。濃い茶色の髪がふわふわと柔らかい。 「いい夢見ろよ、子どものうちは」 「「おはよーだぁ、ゾロリ先生」」 「おう、おはよう」 イシシとノシシの挨拶がハモるとゾロリは優しい笑顔を見せた。その笑顔が双子は大好きなのである。 山賊をしていた自分たちを拾ってくれたゾロリ先生を守りたくて、一緒にいたくてついてきた。 「せんせー」 「ん? なんだ?」 鏡も見ずに髪を結い上げていたゾロリにイシシが問う。 「なんか雰囲気違うだ」 「お、そうかぁ?」 「う〜ん、なんて言っていいかわかんねぇけんども、とにかく違うだ」 イシシの言葉にノシシも賛同した。けれどそれを表現するだけの言葉がみつからなくて双子は揃って小首をかしげた。 (鋭い…) ゾロリは双子に見えないように表情を変えた。でもこの状況を切り抜けるだけの技量はある。伊達に狐をやっていない。 「なんだ、お前たち、俺様がニセ物だって言うのか?」 目を細めて冷ややかに彼らを見つめると双子はぶんぶん首を振った。 「そんなことないだ〜」 「んだ〜、いつもの綺麗なゾロリ先生だぁ〜〜」 「わかったらいいんだよ。さ、朝飯にしよう。そっちに川があるから顔洗ってこい」 「「は〜い」」 ちょこちょこと駆け出していく双子を見送ってゾロリははぁとため息をついた。 一体いつまで双子をだましおおせていられるだろう、ガオンとの関係がばれるのは時間の問題のような気がしてきた。 いや、隠しておくことだろうか。でもわかったら最後、一触即発、ガオンVS双子というカードがないわけでもない。さっきの予想ががらがらと崩れていくような気がして、ゾロリはまたため息をつく。 (どっちも大事なんだけどなぁ…) イシシとノシシは可愛い子分であり、弟子でもある。ガオンは大事な恋人候補、そして初めてのヒト。 器用な手つきで結い上げた髪を手で確認しながらゾロリはゆっくりとたちあがった。 「先生、朝なのにお月様が見えるだ〜」 可愛らしい声と共にゾロリの手を引いたのはノシシだ。珍しいのか立ち止まってじっと空を見ている。 「昨日遅くに昇った月なんだよ。ああして空が完全に明るくなるまでは月が見えるのさ。逆に夕方早く見えることだってあるだろう?」 ゾロリはノシシの鼻をつんとつついた。ノシシはくすぐったそうに微笑んだ。 「ほら、いくぞ」 「はいだ〜」 今日も旅の空、あせることのない、悠悠自適の旅。 左右に双子をはべらせて彼女は自分の道を行く。 心に残したのは真っ赤な薔薇の花 そして 月の名残の、君への思い ≪終≫ ≪はんせーい≫ いまいち反省にならない、如月幸乃の後書きへようこそ! 『かいけつゾロリ』をベースにしてゾロリ先生を擬人化した挙句、女性化までしてしまったという鬼畜の所業です、切腹します。 基本的には双子×ゾロリ、ガオン×ゾロリ、ガオンVS双子という構図だということを理解してもらえばいいです。 相変わらず字面だけ綺麗な文章ですみません、自刎します…。 本当にごめんなさい…m(__)m。 |