狼は知っていた



私は私、俺は俺
ほんの少しだとしても離れるわけにはいかないから



「ガオン王子、女王様がお呼びですが」
家臣の一人が背筋を正して女王の伝言を伝えにきた。
母上のお呼びとあれば行かないわけにはいかない。研究室にこもっていたガオンはすぐに行くと返事をして家臣を下がらせた。
(母上が…一体なんだろう)
めったなことでは呼び出しなどしない母である。
ガオンは工具のスイッチを全て落とし、データはきちんと整理してから白衣を脱いだ。
身支度を整えてからでないといくら親子とはいえ相手は女王だ、失礼に当たる。
ブルーベルベットのループタイを金の止め具で締めてから、ちょいちょいと髪を直す。ボトルグリーンの上着を着て王子様の出来あがり。
ガオンは少し早足で母親の待つ部屋へ向かった。
「母上、ガオンです」
「お入りなさい」
穏やかな声とともに入室が許可され、召使たちがドアを左右に開いてくれる。
「遅くなりました、母上」
すっと頭を下げる仕草さえ優雅な王子はこの母シンシアをもってしてこそ存在する。
女王は白いテーブルでティータイムを楽しんでいた。
「いいのよ、ガオン。研究室にいたのならなかなか出てこれないことは私もちゃんと知っているから」
「恐れ入ります」
「さ、こっちにきてちょうだい、大事な話があるのよ」
言外に同席を許可されたガオンは女王の向かいに腰を下ろした。ややあって召使がさっと紅茶を準備する。馥郁とした香りがさっと部屋中に広がった。
「お話とはなんでしょう」
「これを見てほしいのよ」
そういうと女王は一枚の写真を取り出した。写真といっても豪華な表装が為されているものである。
まさかと思いつつ開けてみるとそこにはあどけない微笑を浮かべる姫君の姿があった。
「母上…これは…」
「あなたにどうかって届いたものなの。綺麗な方でしょう。一度お会いしてみたらいかが?」
イカが、タコがといわれても。
「わ、私にはまだ早いです、母上」
「あら、そうかしら。いいお話だと思うのだけれど」
天然系の女王はニコニコと笑っている。この笑顔にあって反論できる者がいたら是非お目に掛かってみたい。
ガオンはがっくりと肩を落とした。
(いったいどうしたら…)
ああゾロリ、ああ、ああゾロリ、ああゾロリ。
君は今どこにいるんだ?



「はっくしゅん!!」
「せんせ〜、風邪だか〜?」
「いや、なんだか鼻がムズムズしてさ〜」
その頃ゾロリと双子のイノシシは偶然にもガオンの縁談を知るだろう、すぐ近くの城下町にいた。
ゾロリが男装の麗人であることは一部少数のみが知る事実である。イシシとノシシは彼女の左右にいて笑ったりけんかしたり歌ったりと忙しい。
今は突然くしゃみをしたゾロリを二人揃って心配そうに見上げていたところだ。
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」
「そんならいいだども」
「風邪は引き始めが肝心だ〜〜」
イシシとノシシにとってゾロリは大切な人だ。どう大切かはよくわからないけれどとにかく大切だ。
ひどく心配する双子に優しい苦笑を浮かべて、ゾロリはその小さな手を取った。
「よっしゃ、じゃああったまりに行くか」
「せんせ、どこ行くだ?」
「ラーメン食いに行こうぜv」
「わ〜い」
先に駆け出したゾロリに引っ張られた双子は転がるように走り出した。
目指すはふつーのラーメン屋。



そのころガオンは自室で頭を抱えていた。
「……〜〜〜!!」
いつかは来ると思っていたがまさかこんなに早く縁談が舞いこんでこようとは。
いや、縁談自体はどうでもいい。まだ早いだの自信がないだのと理由をつけて断ってしまえばいい。
問題はゾロリだ。
一生のうちでお前がたった一人の女だ宣言をしたにもかかわらずこの体たらくはなんだ。
しかし連絡をとろうにも彼女はこのご時世に珍しく携帯電話を持っていない。以前は持っていたのだが旅先で紛失して以来面倒で持っていないという。
「ゾロリ…」
ついでに彼女は写真も撮らせてくれなかった。写真は魂を吸うんだぞ、といつの時代だかわからないことを言いながら逃げたのだ。
こうやって思い出しているだけでますます現実を感じられる。
自分に縁談が持ち上がったことを彼女が知ったらどうなるだろう…。
待てよ、彼女がどこにいるのか知らないけれど自分の縁談を知るほど近くにはいないかもしれない。
もしかしたら全ての事が済んだあとでばれてくれたほうが楽ではある。
どうか近くにいませんように。
ガオンの願いは届かない。



「おじさーん、ラーメン3つねー」
汚らしい…もとい老舗の風情を漂わせるラーメン屋の暖簾をくぐる客に店内の誰もが惹きつけられた。
この店には似つかわしくないほどの美貌の狐がイノシシになりたての双子を連れているからだ。男か女かわからないが中性的な雰囲気がまたいい。
箸で掴んでいたナルトを落っことす者、ゾロリに見とれて蹴り飛ばされる者など様々だが3人には関係ない。
ゾロリたちはのんびりラーメンを待っている。
「あ、あの、これどうぞ」
セルフサービスの水を差し出す者さえいる。しっかり3人分というところがまた憎い。
「ああ、ありがとう」
ゾロリにとっては何気ない笑顔でも人を惹きつけるには充分過ぎた。
「はい、ラーメン三人前上がったよー」
「お客さん旅の人だろう? チャーシューおまけしといたよ」
おやじさんとおかみさんでさえこれだ、ゾロリスマイル、恐るべし。
「ありがとう、おかみさん」
おかみさんが持ってきてくれたラーメンをイシシとノシシの前におき、最後の一杯を自分の前に引き取ってからゾロリはうれしそうに箸を割った。
「いっただっきまーす」
これまた美貌の狐に似つかわしくないほどずるずるとラーメンをすする。キャラにないように見えて実はこれが地だったりする。
「せんせー、おいしいだね」
「おら何杯でもいけるだぁv」
「替え玉もらっちゃおうか」
「わーい」
こんなことで喜ぶイシシとノシシがかわいくて、ゾロリは思わず相好をくずした。これではまるでお母さんのようである。
「そうそう、あんたたち旅の人なら聞いてないかい?」
「はにほ?」
最後の麺をもぐもぐしながらたずねたゾロリの器におかみさんが絶妙のタイミングで替え玉をほうりこんだ。
「この国のお姫様が結婚するって話さ」
「いや、聞いてないな。俺様たち、今さっきこの国に着いたばっかりで。最初に入ったのはここだしさ」
「おや、そうかい。なんでもどっかの王子様とらしいんだけど、相手の名前はなんていったかねぇ…」
とおかみさんはあごに手を当てた。その後ろからおやじさんが声をかけたのが今回の騒動の始まりである。
「確かガオン王子って言っただろ、湖に浮かぶお城に住んでる」
「ああ、それそれ」
おかみさんがおやじさんに同意した次の瞬間。
――ばきぃっ…。
不吉なまでに木が折れる音がした。ふとその音のほうを向いてみるとゾロリが持っていた割り箸が折れている。
なんのことはない、彼女が片手で無意識のうちに折ったのだ。
しかし彼女はなんでもなかったかのように箸を取替え、ラーメンに集中した。
「で、結婚式はいつなんだい?」
「さあねぇ、そこまでは聞いてないんだよ」
「そっか…」
そういうとゾロリはどんぶりを持ち上げて残ったスープを一気に飲み干した。遅れてはいけないとイシシとノシシもあわてて麺をかき込み、スープをすする。
「ごっそーさん、いくら?」
「えーっと、ラーメン3つに替え玉3つだから1950ギンダラね!」
ギンダラは世界共通通貨単位で1ギンダラ=1円と思ってほしい。ゾロリは勘定をイシシにまかせて早々に店を出た。そして町の入り口でもらったガイドマップを広げてみる。
指先はガオンの国へ向かう街道をたどっていた。ここから歩いて1日で着く距離だ。
「せんせー、どうしただか?」
「どうしたもこうしたも、あの狼野郎! ギッタンギッタンにのしてやる…」
店から出てきたイシシがゾロリの黒いオーラにひいたのはそのときである。
ここまでゾロリを怒らせるわけをイシシとノシシも知っている。かなり認めたくないがガオンはゾロリのことが好きで、ゾロリもガオンのことはよく思っている。
それでも大好きなせんせが幸せになれるのならガオンでもいいか、と思い始めた矢先にこれだ。
「ガオンに天誅を与えるだな! せんせ!!」
「…難しい言葉知ってんな、イシシ。まぁ、そのとおりだ」
「おらも参加するだよ」
これが好機とばかりにイシシとノシシは鼻を膨らませた。ぶふーといい音がしている。
二人の意気込みにゾロリは満足そうに頷いた。
そう、自分を生涯一人の女だとかなんだと言ったくせにやっぱりほかの女と、しかもお姫様と結婚するんじゃないか。
「ぜってー、許さねぇ…」
そう言って駆け出したゾロリに双子は遅れずに着いていく。
ゾロリはまだ、この感情をなんと呼ぶのか知らなかった。



哀れなのはガオンである。
願いむなしく見合いの話は早速ゾロリの耳に入っていた。しかも伝言ゲームの宿命とも言うべき伝言ミスによって見合いのさらに先の段階で伝えられてしまった。
さらに今、ゾロリはそんなガオンに天誅を加えるべくこの城に向かってきている。
もっと悪いことに彼はこの事実を知らない。
「ああ、神よ!」
天を仰いでみたところでトイレットペーパーの切れ端すら落ちてきやしない。
そんなこんなでとうとうお見合い当日。
ガオンと姫とゾロリと双子――微妙な争いの火蓋が切って落とされようとしていた。



「せんせ、どうやって侵入するだ?」
「簡単だろ? 確かこのあたりにあいつが使ってた向け穴が…お、あったあった、ここだ」
ゾロリは城壁に手をかけ、ブロックのひとつを引っこ抜いた。すっぽりはまっているのでなかなか抜けないがそれでも一生懸命引っ張ると抜けた。そしてかつてガオンがやったように内側にある青いボタンを押す。
「ポチっとな」
するとゴゴゴと音を立てて扉が開いた。
「ほーら、簡単だろ?」
「おお〜〜」
感嘆の声を上げる双子の前でゾロリはえっへん胸を張る。それから荷物の中をごそごそし始めた。
「せんせ、なにしてるだ?」
「変装するんだよ。この格好でうろついてたらつまみ出されかねないからな」
じゃーん、という声とともに取り出したのはメイドさんのコスチューム3人分。黒をベースに白いエプロンやらカチューシャやらがたまらない。
「せんせ、かわいいだなーあ」
「ん? そっか?」
メイドさんの衣装の基本を忠実に着こなすゾロリせんせに双子は思いっきり見とれている。しかも無駄にくるんと回ってみたりしてスカートがふわっと舞うもんだから可愛らしさは当社比で10倍である。
「完璧だろ?」
なんてウインクまでするもんだから本来の目的すら忘れそうだ。
「完璧だぁ、ゾロリせんせ〜v」
「どっからどうみても完璧にメイドさんだ」
双子はすっかりメロメロだ。けれどゾロリはきちんと目的を覚えている。
そう、あの裏切り者の狼を ギッタンギッタンにのして、三行半を突きつけてやらなくてはならない。
(けど…なんでそこまでするんだろ……俺様がしたいことって、本当にそれかな…)
勇んで城内に侵入する双子のメイドに呼ばれて、ゾロリもあわてて後を追った。
心の奥の声は、まだ聞こえない。



そのころガオンは礼服に身を包んで姫君の到着を待っていた。
心中穏やかではなく、そわそわとして落ち着かない。けれど母親のシンシアは見合いで緊張しているものと思ってただ微笑んでいるだけだ。
(まさか城の外に女がいるだなんて言えないしなぁ…)
「ガオン、まさかあなた、お城の外にどなたか恋人でもいるの?」
どっきーん!
ガオンは口から心臓が飛び出しそうなほど驚いた。両手をわたわたと振ってみっともないくらいに狼狽している。
「いいいいいい、いませんよ。母上」
「そーお? それならいいのだけれど」
この母は何をどこまで知っているのか、そして今日一日心臓が持つかどうかは彼次第である。
「申し上げます。王様と姫君がただいまお着きにございます」
「わかったわ、それでは広間に行きましょう」
お見合いの席は両国国王の会談という形式で行われることになっている。
「というわけだよ、せんせ」
「でかしたぞ、お前たち」
以上の情報をつかんだのはイシシとノシシだ。小さい彼らは誰にも見咎められることなく女王と王子のいた部屋まで近づくことができた。
「で、せんせ。どうするだ? お見合いに乱入するだか?」
「そうだなぁ。別に見合いを壊したいわけじゃないし…ガオンをぶん殴れればいいんだけど…」
結婚したいならすればいい。痛みの代償としてぶん殴って、自分はガオンよりもっと素敵な王子と結婚する。
それでいいじゃないか。
なのに。なのになのに。
心のどこかがちくんと痛い。
「…とりあえず、その姫君とやらも見てみたいし、せっかくメイドさんなんだから紛れ込んでみるか」
「はいだー」
王様と姫君、そして女王とガオン王子は広間にて対面を果たしていた。
姫君は写真で見る以上に可愛らしく、ゾロリとは違ったタイプの女性である。だからといってガオンはゾロリを裏切るつもりは毛頭ない。
「ようこそ、王様。ようこそ、姫君」
「こちらこそお招きいただき光栄の至りです。こちらに控えおりますが我が娘、第2王女のサラ姫にございます」
傍らに控えていた姫は小さく会釈するとはにかみながら顔を上げた。
「サラにございます。どうぞお見知りおきを」
その姿から容易に想像できる可愛らしい声である。シンシアはにっこり微笑むと同じようにガオンを紹介した。
「こちらは一人息子のガオンです」
「ガオンです、お見知りおきのほどを」
王様は満足そうに頷いた。ガオンはいずれ王位を継ぐ身である。サラは後に王妃となるだろう、娘を持つ父親としてこれほどの縁談はない。
一通り挨拶がすんだところで給仕のメイドたちがお茶や菓子類をテーブルに並べ始めたとき、ガオンはその中の一人をみてひっと声を上げた。
「どうなさったかな、ガオン殿」
「い、いえ、急にしゃっくりが。失礼いたしました」
何とかごまかしてその場は凌いだが、ガオンの心臓は限界を超えそうだ。
そう、給仕していたメイドの中にゾロリがいたのである。さらによくみると控えているメイドの中にイシシとノシシもいる。
(ば、ばれてーら)
なんだかよくわからない単語が飛び出すほどガオンは困惑していた。そして自分の祈りが届かなかったことをようやく認識したのである。
背中にいやな汗が流れている。
ゾロリからは黒いオーラが見える。
イシシとノシシからはいやなオーラが見える。
そんなこととはかまわずにお見合いはとんとん拍子に進んだ。そして『後は若い人たちで』という流れになり、自然と庭を散歩する流れになった。
落ち着かないのは当然であろう。
ガオンとサラの後ろをゾロリと双子がこっそりついてきているのである。
(あ・あああああああ、いったいどうしたら…)
「あの、ガオン王子?」
さきほどからそわそわと周囲を見渡すガオンを訝しんだサラが恐る恐る声をかけてきた。ガオンはあわててなんでもないと言い、彼女を自慢のバラ園に連れて行くことにした。
ゾロリたちもあわてて後を追う。
バラ園についたサラがふっとふりかえった。ゾロリはあわてて茂みに隠れこむ。
「…どうなさったのです、サラ姫?」
「いえ、見知った方がいらっしゃったようで…」
そういうとサラはこつこつと靴を鳴らしてゾロリのいる茂みに近づいてきた。
「ああ、やはり。みつけましたわ、ゾロリ様v」
「いっ!?」
ガオンとゾロリは同時に驚いた。いったいいつどこでこの姫に出会ったのだろうか。ゾロリは全く見当がつかない。
ゾロリはあきらめて茂みから這い出した。イシシとノシシも出てくる。サラは満足そうに微笑んだ。
「やっぱりいらっしゃると思っていました」
「…それはどういうことで?」
全く話が見えない。サラはただニコニコと笑っているだけ。
「私、ガオン王子との婚約はお断りしたいのです」
サラはふと、少し寂しそうに微笑して見せた。



こんな話を聞かれては困るのでガオンは自分の研究室をサラに見せるという名目で自室に案内した。もちろん、ゾロリたちも一緒である。
「お話を聞く前に、すこし伺っておきたいことがあるのですが」
「なんでしょうか」
ガオンの言葉にサラは真剣な顔で向かい合った。
「ゾロリと面識があるようでしたが、いったいどこで?」
「ああ、それは俺様も聞きたいぜ」
サラの横でソファにふんぞり返るメイドさんはちらと彼女を見やった。
「私に見覚えはないでしょうが、私はゾロリ様を存じておりますの」
「と、おっしゃると?」
「先だって行われた全国王様大会でお目にかかっております」
「…覚えてない」
ゾロリはこめかみに指先を当てた。確かにこの城で全国王様大会が行われていたとき、ゾロリはお姫様のふりをして乱入している。
そこにはたくさんの王様お妃様王子様お姫様がいたのでいちいち覚えていない。
「卓球大会の折に、ゾロリ様は私の隣で…そう、あなたたちを応援していたわ」
イシシとノシシにサラの視線が向けられた。イシシとノシシは王子様のふりをしてゾロリのために豪華商品をもらおうと奮戦していたのだ。
サラの優しい微笑みに双子はえへへと照れた。
彼女の話は続く。
「私、ずいぶんきれいな姫君がいらっしゃるものだと、試合そっちのけでゾロリ様ばかり見つめていましたの。もっともゾロリ様の視線はこの子達に注がれていましたけど」
それは当然だ、ゾロリにとって双子はかわいい弟子だし、またそれ以上に弟のように愛しい存在でもある。
そんな双子が自分のためのがんばってくれているのを応援しないはずがない。
「それにガオン王子とも親しそうにお話していましたし……お二人は恋仲ではないかとも思いましたの」
それについては否定できない。離れ離れだからそうそう恋人らしいことができるわけでもないがそういう関係であることは間違いない。
「でも、それと私との結婚を断る理由としては弱い気がしますが」
確かにその通りだ。いくらガオンとゾロリが似合いだからといって結婚します、はいそうですかとはいかない。ガオンは一国の王子であり、ゾロリはしがない旅人である。
「私にも、思う方がいるのです…」
サラは泣きそうな顔をした。
「私…国に思う方がいます。騎士団の団長で、私の幼馴染なんです…」
すべての覚悟を決めて小さなこぶしを強く握り、膝の上におく。
「父は私をこの国に嫁がせて王妃になってもらいたいと思っていらっしゃるようですが、私は…私は…」
「…好きな男と結婚したい、ってわけか」
「はい…」
ゾロリは納得して彼女の手に自分の手を重ねた。同じ女として好きな男と結ばれたいという気持ちは痛いほど分かる。
サラの瞳から涙があふれているのを見たゾロリは彼女をそっと自分の胸に引き取った。えぐえぐと震える彼女の肩をそっと抱く。
「それとお前とどう関係があるんだ」
サラの気持ちは分かったけれどなぜそこにゾロリが出てくるのか分からないガオンはサラではなく、ゾロリに聞いてみた。
「…俺ならきっと、この縁談をぶち壊してくれると思ったんだな?」
ゾロリの胸の中のサラはこっくりとうなづいた。
「ガオンと恋仲の俺なら、サラとの縁談を、どの場面でもいい、壊すと賭けたんだ。それにお前が俺のことでこの話を断ることも考慮して…」
ゾロリはサラの髪を優しくなでた。かなりの他力本願だが彼女にはそれしか思いつかなかったのだろう。
「姫、あなたはこの城から出る俺の後をつけて、俺がただの旅人だと知った。そしてさらにガオンと話しているのも聞いた。違うか?」
ガオンはあっと声を上げ、サラも涙を拭いて顔を上げた。
「その通りです。お二人が恋仲だというのもそのとき確信いたしました。まさかあなたが名高いかいけつゾロリだとは思いもしませんでしたが…」
「かいけつ姿は男装で通しているからな」
世間ではかいけつゾロリは男として認識されている。旅姿も男装だが疑われることはまずないほど完璧に普段の姿とかいけつ姿とを分けきっていた。
「ゾロリ様はいつも旅の空。どこかで私とガオン王子の結婚を聞きつけて下さればと、そればかりを願って…」
「で、目論見どおりか」
「図らずとも、ゾロリ様はいらっしゃってくださった。どうか、この縁談を壊してくださいませ」
潤む瞳で見つめられたゾロリはうんと頷くのかと誰もが思った。しかしゾロリはそうしなかった。
「…いやだね」
「どうしてです、ゾロリ様はガオン王子のことを…」
「好きな男は自分で勝ち取ってこそ意味があるんだ。今のあんたからガオンを奪っても面白くない」
そういうとゾロリはサラを胸から引き剥がすとさっとソファから立ち上がった。
「好きな男がいるんなら自分でちゃんとそうパパさんに言うんだな。そんなんじゃ俺がぶち壊したってまた次の王子が現れるだけだ。第2、第3の俺はいないんだぜ?」
ゾロリの微笑みは誰よりも強く見えた。
誰かを愛することの大切さを誰よりも知る彼女だからこそ、その言葉は深く染み渡る。
サラだけでなく、ガオンにも同じことが言えた。
いつかきっと、ゾロリとのことを母親に話さなければならない――それはほかならぬ、自分とゾロリのために。
サラは少し考えてから顔を上げた。その顔に迷いは見られない。
「……ゾロリ様の言うとおりですわ。私、自分で何とかしなければいけなかったのですね…」
涙でぬれた顔でサラは微笑んだ。ゾロリは微苦笑すると彼女のそばに歩み寄った。
「…ちょっときついこと言って悪かったな。けど努力しなきゃ誰だって幸せにはなれないんだ」
「…はい」
ガオンは黙ったままゾロリを見つめていた。
彼女の旅は幸せ探し――そう、感じた。
「…私、父上に話してきます。ガオン王子、ご無礼をお許しくださいませ」
サラは立ち上がるとドレスの裾を持って一礼し、部屋を出て行った。
「せんせー…」
「…姫についてあげてくれ」
「はいだー」
双子は今出て行ったサラの後を追いかけていき、部屋にはガオンとゾロリだけが残された。
「ゾロリ…」
「触んな」
その細い肩を抱こうとしたガオンは低い声にさっと手を引いた。
振り返ったゾロリは先ほどの穏やかな表情から一変、般若もかくやの形相である。
「ぞ、ぞろりさん?」
思わずひらがなで呼んでしまうほどガオンは竦んでいる。
「お前なぁ、俺が乱入しなかったらどうするつもりだったんだ、ぁあ?」
「も、もちろん断るつもりでいたさ」
「ほー、どうだかなぁ」
細めた瞳で迫られると怖さ倍増である。ガオンは引きつった笑みを浮かべるしかできない。それでも久しぶりに会った彼女に触れたくてそっと手を伸ばす。
けれど彼女はさっと翻って、ガオンの手はむなしく宙を舞うばかり。
「…お前は断れなかったよ、きっと」
「どうしてそう言い切れる?」
「ママさんには甘いからさ。どうせ俺に手をつけたことも言ってないんだろ?」
ガオンは少し寂しい気持ちになった。母親に逆らえないことを指摘されるよりも彼女が自分を下げるような言い方をしたことが気になって仕方がなかった。
自分がどんなに恋人だと思っていてもそれを強く示さないと彼女はどんどん離れてしまう。
ガオンは知っていたのだ、彼女が誰よりも『寂しさ』を嫌うことを。
長い間一人で生きてきた彼女のそばに寄り添う双子は小さな明かり、だけどゾロリを護るにはまだ幼すぎる。
やっと見つけたその安らげる胸はいつも彼女を抱きはしない。
一人にされて悲しい思いをするくらいならいっそ一人でいたほうが楽だと、こぼした彼女の瞳をガオンは今もしっかり覚えている。

――狼は知っていた。

それなのに、ゾロリを傷つけた。
彼女が泣かない分だけ、その事実が重く圧し掛かる。
「いいんだよ、ガオン。俺は俺、お前はお前なんだから」
「ゾロリ…」
「…別れるなんて言わないよ。もしまたこーゆー話があっても、ちゃんと断ってくれればそれでいいから」
いたずらな微笑に夢中にさせられた。離れられないと知っていて恋をした。
愛したいから愛した、それだけだ。
「ゾロリ…」
ゾロリはガオンが両肩に置いた手を振り払わない。同じように肩に細い指先を乗せて互いをそっと引き寄せる。
「目を閉じてくれないか」
「なんで」
「…キスができないだろう」
「目を開けてたってできるだろ?」
くすくすと笑う余裕の表情にガオンは軽い苛立ちを覚えたがそんなものはすぐに消えてしまう。
「冗談だよ、冗談」
ゾロリはにやっと笑うとゆっくりと目を細めた。近づいてくるガオンの唇を受けてその胸の中に静かに納まった。
(ああ、本当は)
こうしたかったんだ、と。
ギッタンギッタンにのしてやるつもりだったけど、本当はこうして触れたかったのだ。
抱きしめて、キスをして。そんな簡単なことだけだったのに。
「…遠回りしちまった」
「何のことだ?」
「うんん、こっちの話」
ガオンはそういって頭を振るゾロリをぎゅっと抱きしめた。久しぶりの彼女は相変わらず柔らかいお日様のにおいがした。
「…あんまり心配させないでくれよな」
「お前こそ」
互いの腕はこんなにも気持ちいいのに、何かひとつ忘れそうになるだけで駄目になる。
抱き合う二人は幸せそうに目を閉じていた。
「そーいえば、サラ姫はどうしたかな」
「出て行かれてからあまり時間が経っていない。まだ話をなさっているのだろう」
「ちゃんと分かってもらえるといいけどな…」
自分の腕の中で、そんなふうにつぶやいてみるゾロリの姿にガオンはこれが他人事でないこともちゃんと分かっている。
「ゾロリ…」
「ん?」
「お前とのことは、きちんとするつもりだよ」
「当たり前だろ、そんなこと。あー、やっぱり俺とのことは無かったことにするつもりなんだな?」
せっかくのいい雰囲気も用意したつもりでやはり不用意な言葉によって空しく壊れていく。
「そ、そんなつもりはない。あーもう、なんて言ったらお前を納得させられるんだ、ゾロリ」
「んなこた、自分で考えろ!」
ぎゃーぎゃーわめきながら部屋中を駆けずり回る恋人たちの優しい午後はこんな感じでやがて夜へ。



「というわけで父君ときちんとお話をして、夕食の席で不躾ながら辞退という形でお断りさせていただきました」
嬉々として報告するサラの笑顔はゾロリが知る中でも一番のものだった。
ガオンの部屋でお菓子と紅茶をつまみながらゾロリたちは彼女の話を聞いていた。
「あー、それはおらが食べようと思ってたのに〜〜」
「へへーん、早いもの勝ちだぁ〜〜」
「こらこら、つまんないことで喧嘩すんな」
クッキー一枚でにらみ合いをする双子の間に入るゾロリを見ながらサラは羨ましそうにため息をついた。
「ゾロリ様、今夜一晩お二人をお貸し願えないでしょうか」
「へ? このふたりを?」
ゾロリは小さく驚いて双子を見つめた。イシシとノシシも互いに顔を見合わせている。
「なんでまた?」
「私、末っ子で下に兄弟がいないんです。なのでお二人をお借りしてお姉さんの気分を味わってみたいなって。旅のお話なんかも聞きたいですし」
サラの穏やかな微笑みにゾロリも小さく笑みをこぼした。
「俺はかまわないけど、お前たちはどうする?」
自分のことは自分で決めろとばかりに斜め上から見下ろされると、双子は腕を組んでうーんと唸った。
このままサラのところに行けばゾロリせんせはガオンと二人きりだ。
二人きりにするのはとても危険だ、と思う。
でも…でも。
「せんせー、おらたちお姫様と遊ぶだ」
「んだ」
今日だけは、ゾロリせんせのために。
悔しいけど、やっぱりゾロリせんせはガオンのことが好きなんだと今日改めて知ったんだ。
「じゃあ、失礼のないようにな」
「行ってくるだよ、せんせ」
双子は仲良く手を振ってサラとともに部屋を出た。
「変わったお姫様だな、イシシとノシシを連れてくなんて」
「気を使ってくれたんだろう」
「は?」
「…二人っきりだよ、ゾロリ」
言われてゾロリははっとする。お誂え向きな状況におかれていることに改めて気づいて、ゾロリはちょっと後ろに引いた。
「や、やだからな。俺は」
「今更何を言っている。私の縁談を壊すためにここまで来てくれたんじゃないのか」
「ぶん殴りにきたんだよ、バカ」
あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。縁談が壊れて晴れ晴れしているガオンにもはや怖いものはない。
「ゾロリ…」
「い、いやだって…んっ…言ってるだろうがっ…!」
耳を甘く噛まれ、腰を抱かれるだけでゾロリの体はぎゅっと小さくなった。
「やだっ、やめろっ」
「…やめないよ、ゾロリ」
「おまっ…昼間と…んっ、態度、違いすぎ…ぁん…」
ゾロリは両手でガオンの胸を押したが耳を噛まれてうまく力が入らない。
「それはお互い様だろう…もう感じてきたのか?」
「ち、ちがっ…」
「いや、違わない」
そういうとガオンはゾロリの胸に手を当てた。ふくよかな乳房の先端がぷくっと立ち上がっているのが服の上からでも分かる。
指先でこすられてゾロリは小さく声を上げた。
それをきいたガオンはゾロリの服のボタンをはずし、胸元に片手を差し入れて乳房をきゅっと数回揉みあげた。
「んっ…んんっ……」
布と肌の間はは窮屈だが服を着たままというのが彼女の羞恥心を煽るらしい。
「や、やだ…ガオン…はぁっ…」
「ずいぶんと大人しくなったじゃないか、ゾロリ」
「お前がっ、こんなことするからっ…」
ゾロリは顔を上げた。熱っぽく潤ませた瞳が彼女の感覚の度合いを示す。ガオンはもう一方の胸にも手を入れ、そっと開いた。
「あ…」
小さな声とともに白く豊かな乳房が外気に晒された。迷わずガオンはその場に膝を着き、乳房に唇を寄せる。
「あんっ!」
一方の乳房の先端に軽く歯を立てつつ、開いた片手でくりくりと転がす。舐めたりしゃぶったりを繰り返すうちにゾロリの呼吸がだんだんと荒くなり、動悸が激しくなってきた。
唇からもれる嬌声も一段と艶を増してくる。
「あんっ…ガオンっ…」
ゾロリはガオンの肩に手を乗せて自分を支えている。後ろに壁があるとはいえ、そうしないと立っていられないほどだ。
「あっ…はぁん…」
しっとりと汗をかき始めたゾロリの肌からえもいわれぬ香りが漂い、ガオンを刺激する。
それは彼女が狐だからではない、彼女がゾロリだからだ。
「ガオン…あっ…」
ゾロリの嬌声にガオンがゆっくり立ち上がる。壁際の彼女の足の間に立ち上がった自分の分身を差し入れた。
「ガ、ガオン…」
布越しでも分かる熱いものにゾロリは思わず息を呑む。
「もう入りたがっている。ゾロリ…君の中に」
ぐい、と強く押し当てられて彼女は思わず身をこわばらせた。
「ゾロリ…」
耳元での甘い囁きにもう立っていられなくなった。足の震えが止まらない。
「ガオン…俺も、もう…」
縋るように抱きつくとガオンはゾロリを抱き上げてベッドに運んだ。ボトルグリーンの上着を脱ぎ、プールタイを緩めてシャツのボタンを中ほどまではずした。
そしてゾロリの足の間にそっと手を入れた。秘裂が濡れてすべりがいい。
ぐちゃぐちゃと音を立てる自分の秘所にゾロリはたまらなくなって声を上げる。
「あっ! ガオンっ…や、そんなに触るなっ…くっ…」
ガオンは指先に残った蜜をぺろりと舐めとった。
「触らないと分からないだろう? それともじっと見てほしいか?」
「なっ…」
ガオンはゾロリの足に手をかけ、勢いよく開いた。
「うわっ、やめろって!」
「…これだけ濡れていれば何もする必要はないな」
そういうとガオンはゾロリの下着に手をかけ、引き摺り下ろした。下着についていた透明な蜜が糸状に伸びている。
「こんなにして…相当感じていたんだな、ゾロリ」
「い、言うなっ、ばか…」
顔を真っ赤にしてそっぽ向いたゾロリの頬にガオンは軽く口づけた。ズボンの前をすっかりくつろげて熱く猛った自身を取り出す。
「…いくぞ、ゾロリ」
「…早く来い」
ゾロリの小さな強がりに苦笑しつつ、ガオンはそっと彼女の入り口に自身をあてがった。先端がぐちょりと音を立てて彼女の中に侵入した。
「あ…ああっ」
ゾロリの胎内は何の抵抗もなく滑らかにガオンの剛直を飲み込んだ。
「んっ、はぁっ…んんっ…」
「はっ…ゾロリ…」
「大丈夫…痛くないからっ……んっ、動いてっ、いい…ぞっ」
ガオンは彼女の足を抱えるようにしてゆっくり体を進めた。圧し掛かる体重のせいでゾロリの中のガオンがより深く入り込んでくるのが分かる。
「あっ、ああっ!! んくっ…ふっ…はぁぁんっ…!」
与えられる熱と刺激にもどかしそうに体をくねらせるゾロリの姿は男の欲望を掻き立てるにはあまりにも淫らすぎた。
「あっ…あふぅっ…はあぁんっ…あんっ!」
その嬌声さえも男を乱した。抑制の利かなくなったガオンは激しく腰を打ちつけた。ゾロリの乳房が激しく揺れ、その肌の上に玉結ぶ汗がきらきらと光った。
「ゾロリ…っ…くっ…」
「はぁあん、いく…いくぅ…っ…」
結合部は白く滴る蜜であふれている。ゾロリの内側がガオンをきゅうきゅう締め付けて程よい刺激を与えている。
「あんっ、ガオンっ…もうっ、もうだめぇっ!!」
「くっ…私もいきそうだっ…」
「はああんっ!! が、ガオンっ……!! ああっ!!」
「くううっ!!」
同時に頂点に達し、がくがくと体を震わせる。
ガオンが腰を引いた瞬間、張り詰めていたガオンの肉棒から白濁した液が勢いよく飛び出した。
「ふっ…」
「んっ…」
吐き出された精液はゾロリの顔や胸元にかかる。
「んあ…」
ゾロリはそれを指で掬い上げ、先ほどガオンが自分にして見せたように舐めた。
「…いっぱい出たな」
「あー、いや…」
出たからといわれてどう答えろというのか。ガオンは返答に困ってただゾロリを見つめている。
「服汚しやがって…」
「いや、そんなつもりは…」
せっかくいい気持ちだったのにいきなり現実に引き戻されたガオンはしどろもどろ。ゾロリは精液で汚れているのもかまわずガオンに突っかかった。
「どーしてくれるんだ! これはお気に入りの衣装なんだぞ!」
「メイド服がか!?」
「これがあれば大概のお城に潜入できるし、ファミレスでバイトだってできるんだぞ!!」
高がメイド服、されどメイド服。しかもお気に入りとあっては弁償しないわけにはいかない。
「わ、わかった。洗濯するから」
「当たり前だ! こんなに派手に飛ばしやがって!!」
そういうとゾロリはベッドから降りて服を脱ぎ始めた。どうせ洗濯してもらうのだからどこに精液が付こうとかまわないらしい。
ぽいぽいと脱ぎ捨て全裸になるとそのままガオンの前を通り過ぎた。
「お、おい、どこに行く?」
「風呂! …ってどこ?」
「…そこのドアを開けて左」
「乱入したらただじゃおかないからな」
ゾロリはばたんと大きな音を立ててドアを閉めた。ガオンは一瞬だけ身を竦めるとため息をついて彼女の服を拾い集めた。
結局満たされたのは自分だけ。
何をしても、何を言っても彼女を満たすことはないのだろうか。
それとも…。
満たされるということを知らないで、生きてきたのではなかろうか。
自作の洗濯機に服を入れ、スイッチに手をかけようとしたとき、ドアが開く音が聞こえた。
「…ガオン」
振り返るとゾロリがドアの隙間からひょっこり顔を出していた。
「どうした、ゾロリ」
「…あー、えっと。シャワーの使い方が分からないんだけど…」
「ああ、今行く」
洗濯機のスイッチを入れ、ガオンはさっとゾロリのそばに歩み寄った。さっきは全裸で自分の前を通ったくせに今度はご丁寧にバスタオルを巻いている。
ガオンはバスルームに入ってシャワーのコックを指差した。
「右のボタンで湯が出る。温度調整はこのレバーでやってくれ。水量はこのコックをひねるといい」
「これか」
ゾロリがきゅっとコックをひねるとノズルはあろうことかガオンのほうを向いていた。しかもかなりの水量を浴びせられる。低温だったのが不幸中の幸いだ。
「あ、悪い…」
「…わざとやっただろ?」
「誤解だって。水も滴るいい男になったじゃん?」
濡れた前髪を額からそっと剥がしながらガオンはゾロリを見つめた。
「な、なんだよ、謝っただろ?」
ゾロリは僅かに身構えたがそれより早くガオンの腕の中に収められた。
シャワーを止めていなかったので二人して濡れねずみになっている。けれどガオンはそんなこと気にしないらしい。
「ガオン…」
「教えてくれ、ゾロリ」
ガオンの声は、聞いたことがないほど弱々しかった。
「いったいどうすれば、君を満足させられるんだ?」
ああ、この男は。こんなにも自分を思ってくれているんだ。
一介の旅の狐に恋をして、自分の立場も忘れそうになるほど尽くしたいと言ってくれている。
「…俺だって、お前には何もしてやれないぞ。精々この体をお前に開くくらいだな」
「ゾロリ…」
「…生きてるってことは欲深いよな。何をしても決して満たされることはないんだ。でも…」
水音で掻き消えそうな声はガオンの耳にもしっかり届いた。
「お前といると満たされるよ。幸せだって思える…」
見つめあう瞳にお互いだけ映して。ほかにはもう、何もいらないから。
呼び合うだけでいい、見つめあうだけでいい。そんな簡単なことでいい。
少し長い口づけを終えた二人は濡れたまま抱き合っていて、周囲に湯気が立ち込めていた。
「すっかり濡れちまったな」
「私も使わせてもらうぞ」
「二人で入るのか?」
「なに、十分な広さがある。それに狭いなら私の膝に乗っているといい」
そういって服を脱ぎ始めたガオンを見つめながら、お風呂が大好きな狐は苦笑した。
「そうそうがっつくなよ、王子様」
シャワーを止め、バスタブのふちに膝を突いて湯加減を見るゾロリは楽しそうに笑っていた。



翌朝早く、サラ姫と王様はシンシアとガオンに別れの挨拶をして自国へと戻っていった。
「この度のご無礼、ひらにご容赦くださいませ」
「いいえ。貴女が幸せになられればそれでよろしいのよ」
「はい…」
サラはシンシアに対し、深く頭をたれた。
続いてガオンにも礼を述べる。
「ガオン様にも、失礼なことをいたしました」
「いや、昨夜十分お詫びをいただきました」
そしてこちらこそ、と小声で付け加えた。サラは小さく笑った。
「お互い、幸せになりましょう」
「…ええ」
自分が愛する人と、そして自分を愛してくれる人と。
馬車に乗って去っていく王様と姫を見送ってシンシアとガオンはほっと息をついた。
「ねえ、ガオン」
「何でしょう、母上」
「あなたやっぱりお城の外に好きな方がいるのではないの?」
「母上、それは…」
ガオンは否定しようとして、やめた。こんなところで話すことではないけれど、いつか言わなければならないのだとしたら同じことだ。
「母上、実は」
「いいのよ、ガオン」
シンシアはそっとガオンを制した。気概をくじかれたガオンはただ母親を見つめているしかできない。
「今はまだ聞かないでおくわ。でもいつか話せるようになったら話してちょうだいね」
「…はい、母上」
この母親も、知っていた。
そして時を置いて、今度は裏口からガオンだけがゾロリ一行を見送る。
「悪いな、こんなにもらって」
イシシとノシシが一生懸命抱えている袋の中身は食料だ。
「長期保存が利くものばかりだ。それに…今度のことはまぁ…」
視線をそらし、口ごもるガオンに苦笑しつつ、ゾロリはガオンの肩に手をかけた。
「それは言わなくていいよ」
そう言って双子の目の前でガオンの頬に口づけた。
「ああああああああああああ!!」
双子の叫びが長く尾を引いたとき、衛兵が何事だと騒ぎ始めた。
「ばかっ、大声出すやつがあるかっ!」
「だってせんせが、せんせがっ」
「見つかると面倒だから、もう行くぞ。じゃあな、ガオン」
「あ、ああ…」
双子を叱りながら遠ざかっていくゾロリを見送ってガオンは自分の頬に手を当てた。
「王子、こんなところにいらっしゃったのですか。賊がおりますようで、どうか城内へ」
衛兵がガオンに声をかけた。だがガオンは動こうとはしなかった。
「王子?」
「…賊は私が追った。もう城外へ逃げたぞ」
「さようですか」
ガオンは衛兵に下がるように言うと自分はさっさとバラ園に向かった。
突然のことだったのでバラを渡すのを忘れてしまった。
今頃彼女は双子にぎゃーぎゃー言われながらまだこの近くをうろついているかもしれない。
今度会うときはもっとたくさんの真っ赤なバラを贈ろう。そして必ず伝えよう―― 一生、そばにいてほしいと。
「ゾロリ…」
そっと唇を落とすのは情熱という名の赤い薔薇。




私は私、俺は俺
ほんの少しだとしても離れるわけにはいかないけれど
私と君、俺とお前
ほんの少しでも離れたくはないから

またどこかで会いましょうと約束する



そう、なにもかも――狼は知っていた






≪終≫



≪如月も知っていた≫
自分の文才のなさを…。知っていましたよ。知っていてこういう話を書くんだから私の人生もどこまでも終了している、と。
『狼は知っていた』はなんか音の響きがいいなぁって思っていただけなんですよ。それだけなんです…。
…ああ、石投げないで! 石投げないでぇ〜〜〜〜


注: 文字用の領域がありません!

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