紅い翼



一度だって忘れたことはなかった
ママの寂しそうな横顔を
だけどママは一度だってパパを悪く言った事はなかった
パパはママの誇りなんだって、そう言ってママは死んだのに


「今なら…なんとなく判る気がするよ、ママ」
大好きだった百合の花を手向けながらゾロリは墓石の前にしゃがみこんだ。
ゾロリーヌと書かれた白い石の下に彼女の母親は眠っている。
何年前になるだろう、過労がたたって治療の甲斐なく天国へと旅だったのは。
あれからずっと一人で暮らして、もう失うものはないからと旅に出て…。小さな双子を拾って一緒に旅をして寂しくはなくなったけれど、どこかぽっかりと開いた穴はなかなか埋められなくて仕方がなかった。
「ママ…本当にパパを恨まなかった?」
ゾロリの父親は家庭にあればよい父親だった。若いころ冒険した話をゾロリにもたくさん聞かせてくれた。
けれど妻も子も彼を引きとめられるだけの存在では足り得なかった。父親は自分で作った真っ赤な飛行機で大空へ舞い上がったまま帰ってこなかった。
そんな父親に代わってゾロリーヌは働き、くたびれて死んだ。
でもその顔はとても穏やかで、なにかを恨んでいる顔ではなかった。
愛した男と結ばれ、その男の子を孕み、産んで育てる。彼女の一生は女として幸せだったかもしれない。
誰かを愛し、誰かに愛された今ならわかる。
「やっぱり、俺はママの子供みたいだよ」
変な男を愛するのが血筋だと言わんばかりにゾロリは微笑んだ。
「恋人…って、呼んでいいのかわからないけど。俺にも好きな男ができたんだよ、ママ」
プライドの高い高貴な狼はいたずら狐を気に入って、恋に落ちた。
ダーティブロンドの髪とブルーアイズを持つ狼の名はガオンという。
「こいつがまた変な男なんだ」
何かというと自分に突っかかってきて訳の変わらない勝負を挑んできて、いつも勝ったか負けたかわからないような結果に終わっている。
それから何事もなかったかのように抱きついてきて、求められる。
「悪い気はしなかったな…うん」
初めてのときも優しく触れてくれた。いつだって自分のことを大事に思ってくれている…と思う。
でも互いに旅の空なのでなかなか会うことはできない。
できないけれど、それはお互いにわかっていること。
「ああ、そうか」
お互い同じ空の下、同じ星の上だから――ママは平気だったんだ。
「…ママ」
百合の花の甘い薫りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「ガオンはさ、変なやつだけど、いい男なんだ」
ゾロリは右手で自分の胸元を押さえながら幸せそうに微笑んだ。
心に開いた穴を埋めてくれたのは、ほかならぬガオンだ。その思い出は彼女の胸の中で鮮やかによみがえる。
「ママが生きていたら会わせてあげたかったけど…どこかで見てるよね」
そっと目を閉じたゾロリには母の声が聞こえたような気がした。
「――うん。また来るよ、ママ」
ゾロリはそういうとすっと立ち上がってくるりと後ろを向いた。
とたん、木陰からがさっと音がした。隠れているのだろうがいつもばればれだ。
「まーた覗いてたのか…」
「べ、別に覗いていたわけではないぞ、通りかかったらお前が石に話し掛けているから何事かと思ってな」
現れたのはダーティブロンドの狼、ガオンだ。どこからともなく現れて薔薇を置いて去っていくへんちくりんなこの狼がゾロリの恋人である。
ゾロリはなんでもないように苦笑してみせた。
「俺だってただの石なら話しかけないさ。でもこれは別なんだ」
そういってゾロリが見せてくれた物がなんなのか、ガオンも理解できた。
「…墓か」
「ああ。俺のママの墓だ」
「随分寂しいところだな」
周囲に墓は少なく、森のように木々が多い。
「いいんだ。ママは静かなところが好きだったから」
「そうか…」
そういうとガオンはその場にしゃがみこんでそっと墓石をなでた。
「いつ…亡くなったんだ?」
「ずーっと前。俺がまだこんなに小さいころ」
ゾロリは腰のあたりに手をかざし、幼かった自分を示す。そのころのガオンはと言えば母親や周囲にとても大切に育てられていた。
「母君もさぞ心残りだったろうな。幼いお前を残して逝くのは」
「…多分な」
ガオンは自分の帽子から白い薔薇を取り出すとそっと百合の横に添えた。
「ガオン…」
「墓に花を供えないのは無作法だからな」
帽子を直しながら立ち上がったガオンはさっと彼女の脇を抜けようとした。
でもできなかった――今日の彼女はとても置いていけなかった。
「ゾロリ…」
「なんだ?」
「…一緒に、麓まで行こう」
「…優しいな、お前」
微笑んだゾロリはぱっとガオンの手を取って歩き出した。



麓にはイシシとノシシが待っていた。ふたりはゾロリの姿を見つけて大喜び。けれど一緒にいた男にはいやな顔をして見せた。
「あーゾロリせんせv」
「おかえりなさいだv」
「よう☆ 待たせたな」
つないでいる手が気に入らなくてなんとなく間に入ってその手を離させる。ぴょこぴょこと彼女の周りにまとわりついてガオンの邪魔をするのだ。
「…何やってんだ、お前たち」
ガオンが邪魔なのはわからなくはないが、そこまでしなくても…。ゾロリは双子に視線を合わせようとしゃがみこんだ。
するとイシシとノシシはぶふーと鼻息荒くゾロリに詰め寄った。
「なしてガオンと一緒にいるだ?」
「そこで会ったもんだから」
「手をつなぐ必要はないべ?」
「そりゃそうなんだけど…だめか?」
そう言って小首をかしげるゾロリはとても可愛いけれど双子にとってだめなものはだめである。
「だめ! ぜーったいだめ!」
「そうかぁ?」
なんとなく釈然とはしないけれど、仕方がない。この双子が自分に対して過保護なのは今に始まったことではない。
「もう宿にいくだよ、せんせ。日も落ちはじめてきただ」
見れば空は茜色と紺色が徐々に同居しつつある。
「じゃあ、いくか。ガオン、またな」
ゾロリがそういって去ろうとしたとき、ガオンがあっと声をあげて呼びとめた。双子がすごい顔で睨んでいる。
「なんだよ、ガオン」
「宿って…まさか『すずめのお宿』か?」
「そうだけど」
ひと波瀾ありそうな空気がそこはかとなく流れ始めた。



『すずめのお宿』は麓でたった一軒の旅館である。
なのでゾロリ一行とガオンの宿が重なっても当然というか致し方ないというか。
ここに来る目的は母親の墓参りだったのだがいつもは野宿のゾロリたちが宿を取っているのは珍しい。実は隣町のくじ引きで3名様宿泊券が当たったのである。
「お前くじ運いいよな」
ゾロリは隣に座っているノシシの髪をなでた。ノシシは嬉しそうにえへへと笑った。
以前25年分のお菓子を当てている。イシシもアイス1年分に当選するなどこの双子は意外なところで運がいい。
けれどゾロリに関することだけはまったくだめなようで、今日も今日とて憎らしいガオンがくっついてきている。
食事も一緒、部屋は隣。
こうなると幸運なんだか不幸なんだかよくわからない。
お風呂が混浴ではなかったことは不幸中の幸いだ。
「せんせ、あとでな〜」
「ちゃんと髪も洗ってくるんだぞ」
「はいだ〜〜」
はしゃぐ双子を見送ってゾロリも女風呂へと姿を消した。
そのころガオンは宿に設けられた居酒屋のカウンターで一人で飲んでいた。さすがに身の危険を感じたのだ。
これ幸いと双子が自分を湯に沈めるかもしれない。
いくら体格で勝っていてもふたり掛りで押さえ込まれれば逃げ切る自信はない。
そんなガオンの隣に一人の男性が現れた。ゾロリと同じ狐で、少し日に焼けた肌をしている。狐の耳と尻尾もゾロリのものよりは濃い色をしていた。
(…旅の男か)
狐はゾロリだけではないので特に気にも止めなかったのだが、その男の衣装がガオンには気になった。
操縦士の服装である。
頭をすっぽり覆っているのは特殊な形をした革の帽子で目を保護するゴーグルもついている。
紅いスカーフが首元を覆っていた。
その男は焼酎を水割りで飲んでいた。
「お客さん、飛行機乗りだね」
「まあ、それとわかる格好だからね」
居酒屋の主人がその男と話し始めた。男は低い声で淡々と答えている。
「ここは山ばっかりだけど、なにかご用があってここに?」
「…妻が眠っているんだ。この先の小さな霊園に」
「そうですかい、奥様がねぇ…」
少ししんみりしたのか、主人はすんと鼻をすすった。
「もう随分昔のことだよ。…妻と娘残して旅に出て…勝手なことをしたと思っているがね」
「娘さんはどうなさったんで?」
「…俺が家に戻ってみたときにはもういなかった。どこに行ったのかもわからなくて…」
ガオンはぴくりと聞き耳を立てた。
(この男…まさか…)
ガオンは以前ゾロリから旅の目的を聞いていた。
ひとつはいたずらの女王様になること。もうひとつはステキな王子様と結婚して玉の輿に乗ること。
そしてもうひとつが――いなくなった父親を探すこと。
ガオンはあわてて勘定を済ますとゾロリのいる浴場へと急いだ。
浴場の前につくとゾロリは双子とフルーツ牛乳に興じていた。
「ぞ、ゾロリ…」
「なんだよ、ガオン。そんなに慌てて」
ひらひらと手を振るゾロリはご機嫌だ。けれど今はそれどころじゃない。
「下の居酒屋に、お前の父君らしい男がいるぞ」
「え…」
ガオンの言葉にゾロリは持っていたビンを落とした。割れなしなかったが残っていた牛乳が床に小さな白い水たまりを作った。
「パパを…パパを見たのか!?」
ゾロリはものすごい剣幕でガオンの胸元をゆすった。
「あ、ああ。今居酒屋にいて…ぐっ…」
そこまで聞いたゾロリはガオンを放り投げると一目散に走っていった。双子とガオンもその後を追う。
ゾロリが裾を乱しながら居酒屋についたときにはガオンが座っていたカウンターには3人ほどの客がいた。が、どれも狐ではない。
呼吸を整えるまもなく、ゾロリはカウンターの客を掻き分けるようにして主人に尋ねた。
「おじさん、ここにいた狐の客は!?」
「残念だったね、一足違いだよ」
「くっ…」
まだ湿っている金色の髪を翻し、踵を返して向かった先は宿の総合カウンターだ。
泊り客の中にいないかと尋ねてみたがいないという。この宿は宿泊だけでなく、温泉のみの利用も出来、そういう場合は宿泊名簿を記入してもらっていないという。
諦めかけたゾロリに追いついた双子とガオンが心配そうに彼女を見つめた。
「…一足違いだったよ」
「せんせ…」
「…すまない、もっと早く気がついていれば…」
そういって顔を伏せたガオンに、ゾロリはそれは違うといった。
「お前のせいじゃないさ。きっとこういう運命だったんだよ。それに狐の飛行機乗りなんてたくさんいるさ。もしかしたら別人だったかもしれないし…」
「でも、妻がこの先の霊園で眠っていると言っていたが…」
ガオンのその言葉に、ゾロリは弾かれたように走り出した。
「ゾロリ!?」
反応できたのはガオンだけだ。イシシとノシシは呆然と見送ることしかできない。
素足で夜道を駆けていくゾロリの行き先はあそこしかない。
(ママ…パパが…いたよ…)
月の光も届かない深い森を抜け、ゾロリは母の眠る墓所に辿り着いた。
けれど誰もいなかった。墓の周囲に足跡がある。みると自分の百合とガオンの薔薇のほかに花が供えてあった。
――白いアザレア。
ゾロリはがっくりと膝をついた。
ふんわりとした花弁を持つこの花は母が父からもらった最初の贈り物だと、ゾロリは何度も聞かされていた。
その花が今ここに供えられているということは、父親がここに来たということだ。
「ママ…っ…」
記憶の中の母親は鮮やかに微笑んでこの花を抱きしめていた。
『ゾロリちゃん、このお花の花言葉はね』
「…あなたに愛されて幸せ」
ゾロリはそう、呟いた。
乱れた着物の胸元を掴み、湧き上がる涙に震えた。
「どうしてっ…」
「ゾロリ…」
「どうして、何も言わないでいなくなっちゃうんだ! 俺だって…俺だってここに来たのに!」
ゾロリはそばに歩み寄ったガオンの胸をたたいた。
「…どうしてっ……」
「ゾロリ…」
彼女は声をあげて泣いた。ガオンはただ抱きしめるしかできなかった。
「ママがっ…生きてるうちはっ……帰ってこなかったのにっ…」
ゾロリの声は涙にくぐもっていた。こんな彼女は今まで見たことがない。
いつもはつらつとして、それでいていたずらっぽく微笑む彼女がここまで涙するなんて考えられないことだった。
「ママは…パパが好きだったんだ…」
「…白いアザレアだな」
「ああ…」
ゾロリをぎゅっと抱きしめたまま、ガオンはそっと墓に目をやった。
「少しは悪かったと思ってるんじゃないのか」
「うん…だから…会いたかった」
ゾロリは嗚咽をおさめながらガオンの胸からそっとそっと離れた。けれどその腕から抜け出ようとはしなかった。
「会って…いろんなことを話したかった。今日がママの命日だったんだ…」
「…また会えるさ」
「ああ、きっと…ママが会わせてくれる」
そう言ったゾロリの目じりに溜まった涙に、ガオンはそっと唇を寄せた。
「ガオン…」
「…私はいつだってお前を思っているよ、ゾロリ」
今ここに。
月も星もないけれど――ふたりだけ、いるから。 



すっかり泣きはらして戻ってきたゾロリを見つけて双子は大騒ぎ。けれどゾロリに大丈夫だと言われると自然とおとなしくなった。
「心配かけてごめんな…」
「そんな、せんせ…」
「もう、大丈夫だから」
そう言ってゾロリは双子の頭をくしゃっとなでた。いつもなら嬉しいはずなのにゾロリがとても悲しそうだから自分たちまで悲しくなる。
「せんせ…」
なおも心配でたまらないという双子にゾロリは小さく笑いかけた。
「俺はもう一回風呂に行ってくるから、お前たちは部屋に戻ってろ」
「…はいだ」
ゾロリはもう一度双子の髪をなでるとそのまま浴場へ向かった。
「心配しなくていいよ」
そう言って微笑んだ彼女の顔は、まだどこか寂しげに見えた。
それから数十分して戻ってきた彼女の周りで双子はちょろちょろとしていた。
「なんなんだよ、お前たち」
「だってせんせが心配なんだもん…」
ゾロリはくすくす笑った。
「大丈夫だって。すれ違いなんていつものことじゃないか。いちいち気にしてたら身が持たないよ。さ、もう寝ろ」
双子はしぶしぶと布団に潜った。真ん中の布団はゾロリの場所である。
しばらくして左右からぐーぐーいびきが聞こえてきた。けれどゾロリは眠れなかった。
母が好きだった花を置いて去った父のことがどうしても頭を離れないのだ。
(眠れそうにないな…)
そう思ったゾロリの足は自然と隣の部屋に向かっていた。


ドアをノックしようとして、やめる。
こんなときだけ彼を利用するなんて、なんかズルイ。
(寝てるかもしれないしなー)
イタズラならどんなにずるくてもいい、むしろずるければずるいほどやりがいがある。
でも、こういうのは。ゾロリは気がひけてガオンの部屋の前をうろうろしていた。
「…ゾロリ? 何をしているんだ?」
「あ…ガオン…」
ガオンは風呂に行っていたらしい、旅館の丹前を羽織り、ほくほくと温かそうにしている。ゾロリはどうしたものかとその場で小さく足踏みを繰り返す。
「なんだ、私に用なのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
そういうとゾロリは微苦笑して、顔をそむけた。
「あー…なんでもない。なんでもないんだ。おやすみ」
ゾロリはそのまま背を向けて部屋に戻ろうとした。けれどガオンは彼女の様子がおかしいと、呼びとめた。
「ゾロリ…」
ゾロリの背中がビクっと震えた。ガオンがぱたぱたと近づいてくる。
「ゾロリ…なにかあったのか?」
「…ない。何もない…」
「…来い」
ガオンはゾロリの肩を抱いてそのまま部屋へと連れこんだ。
「え、あの、ガオン?」
「…いいから」
ゾロリは騒ぐでもなくただガオンに促されるまま部屋の中へと消えていった。
彼の部屋は一人部屋の割には広く、隅に荷物がまとめてあるだけだった。
「あの、俺…」
「酒はいけるか?」
「酒…ああ、嫌いじゃないけど…」
強引につれこまれたうえに酒をと言われたゾロリはなんとなくその場に腰を降ろした。テーブルはすでに片付けられていて布団が一組、敷いてあるだけだ。
「…そんな隅っこにいないでこっちに来たらどうだ、景色もいいし」
「あ、ああ…」
窓辺に設えられた小さなテーブルと椅子が2脚並んでいる。ゾロリはとぼとぼと窓辺に近づいた。山中なので周囲はほとんど真っ暗だが細々とまるで蛍かのように明かりが見えた。
「清酒で平気か?」
「うん…」
ゾロリはガオンが注いでくれた酒を見つめた。水のように澄んだ酒に自分の顔が映る。いつもの自分らしくないと分かっていても一度浮かんだ思いはなかなか消えてくれなくて、それが顔に出てしまう。
「…ひとりになるのは、いやだな」
「ゾロリ?」
「パパがいなくなって、ママが死んで、俺はずっと一人なんだ。今はイシシとノシシと…お前がいてくれるけど……」
続く言葉が紡げないまま、ゾロリはグラスを置いた。
「ゾロリ…私は」
「分かってる。俺たちは互いに旅の空なんだ。でも…でもさ…」
「…心配しなくても、私はお前のことが好きだよ」
「…ガオン」
ゾロリは、近づいてきたガオンの首筋にそっと腕を伸ばした。そのままガオンに体を預ける。ゾロリの体はふわりと椅子から浮き、抱き上げられた。
「ガオン…」
「もう、何も言わなくていい」
ガオンは左腕にゾロリを抱き、布団の上に座った。
まるで赤子のようにその腕に抱かれ、ゾロリはふっと目を閉じた。
なんだかんだ言っても自分が甘えられるのはこの男だけなんだと、胸に滑り込んできたガオンの手に自分の手を重ねた。
見つめあう瞳に何の不安もなかった。
「あ…ガオンっ…」
「ゾロリ……」
ガオンは彼女の肩から優しく着物を落とした。ゾロリの肌はほんのりと上気していて、髪は僅かに湿っていた。こぼれた乳房は柔らかく揺れている。
「あっ…」
ガオンはゾロリを抱いたまま左の乳房に唇を近づけた。ちゅっと軽く触れるとゾロリの体がぴくと反応した。
そのまま先端の果実を吸い上げる。ゾロリの唇から小さな嬌声が漏れた。
「あっ、あんっ」
無意識に胸を覆おうとする彼女の腕はガオンの頭によってそれを成し得なかった。かわりにダーティブロンドの髪に手を伸ばす。
「あ、はああっ…」
ちゅくちゅくと子供のように乳首を吸われて、ゾロリのため息は甘い。
ガオンの手がそろそろと彼女の着物の裾を割った。そのままゾロリの秘所に触れる。うっすらと湿っていて温かい。
ゾロリの体が一瞬だけ硬直した。
「! ガオンっ!!」
ガオンの指がゆっくりと侵入し、最奥まで届いた。
「あうっ…!! くああっ…」
十分に濡れていなかったので侵入の際に僅かな痛みが襲ってきた。異物を押し返そうとする胎の本能がガオンの指をきゅうっと締め付ける。
「ガオンっ…あっ…ああっ…」
「ゾロリ…」
それだけ言うと、ガオンはゾロリの唇を自身のそれで塞いだ。けれど秘所に差し入れられたままの指は引き抜かず、そのまま中をかき回した。
「んっ!? んんんっ!?」
いつの間にか布団の上に投げ出された体はそれでもなおガオンの腕に拘束されたままだ。
舌を絡めあうような激しい口づけを受けながら秘所も激しく責めたてられる。
「んんん〜〜!!」
ぐちゃぐちゃと淫らな水音だけが聞こえてきて、ゾロリは恥ずかしさと息苦しさで顔を真っ赤にし、瞳を潤ませた。
節くれだった指が何度も内壁を擦るうち、ゾロリは絶頂に達した。
ガオンが唇を離したのとほぼ同時である。
「ガオンっ…うっ…はっ、はああっ!!!」
指を引き抜かれると同時に高い嬌声を上げ、細い体を震わせる。膣内からごぽりと白濁した液が溢れ出した。
「はあっ、はあっ…」
ゾロリは濡れそぼった瞳でガオンを見つめた。滲んでよく分からないけれど、目の前にいる男は間違いなくガオンだ。
「ガオンっ…」
「ゾロリ…」
ガオンはゾロリをゆっくり抱き起こすと、向かい合わせに膝の上に座らせた。
「あ…もう…」
「…おいで、ゾロリ」
ゾロリはそそり立つガオンの男根に手を添え、自分で腰を沈めた。
「んっ…んんっ…は、はあっ…」
くちゅりと音を立てたかと思うとそのまま一気に胎内へ滑り込ませた。
「はあああっ、ああっ、あっ!!」
ガオンはゾロリの腰に手を添えた。自身でも動いているのだが、今は彼女の動きのほうが激しい。
「ガオンっ…ガオンっ…」
艶かしく腰を揺らめかせると乳房もふるふると揺れる。まばゆい金の髪を乱し、彼女はガオンだけを求めた。
「あっ…も…おかしくなるっ…!!」
「私しかいない、ゾロリ…。気が済むまで乱れればいい…」
「ガオンっ…ああんっ!!」
ガオンは彼女の乳房をつかむと指先で先端の果実を弄った。新たな刺激にゾロリの体は敏感に反応する。
「はあっ、いいっ…いいっ」
たぱん、と肉同士がぶつかり合う音がして互いの体を揺らしあう。ふかふかの毛で覆われた尻尾がぴんと立って震えていた。
「ああんっ、あはうっ…ふっ…あはぁ…」
「ゾロリ…」
「ああん、もうだめだ、いくっ…いくぅぅ!!」
「くっ…」
ゾロリが再び絶頂に達するのと同時に、彼女の中にガオンの白濁した欲望が注ぎ込まれた。
「ああんっ、ガオンっ…」
体を弓なりにして、ぶるるっと震え上がる。吐き出されたガオンの欲望は彼女が男根を引き抜くときにあふれ出した。
「ああ…」
そういうとゾロリは目を細めてガオンのそばに倒れこんだ。
「おっと」
ガオンはゾロリを抱きとめた。はあはあと荒い息をしていたかと思えば、そのまま規則正しい呼吸に変わった。
「…ゾロリ?」
そっと顔を覗き込むとゾロリは気を失って眠っていた。
(…寝たのか)
随分と寝つきのいい狐だ、と思いながらガオンはゾロリの着物を整えた。そして優しく抱き上げると布団の上に寝かせた。
「ん…」
白い肌の上に何度も刻んだ赤い跡が彼女を寂しくさせないだろうか、それとも…。
そんなことを考えながら上掛けをかけると、ガオンはそのまま個室にすえつけられた小さな風呂場に向かった。
シャワーのコックをひねり、温度を調節してから体を洗い流した。
あとで彼女も清めるなり、風呂に入れるなりしなければならないだろう。でも今はゆっくり寝かせよう。
今日は自分の知らない、寂しがりやの彼女ばかり見てしまった。
これから先、ゾロリがあんなふうに自分を求めることがあるだろうか。今日は少し酒も入っていた。
彼女はいつだって笑顔なのだ。時々みせる涙も決して自分の為ではないのだ。
(…ならば)
そう、求めるべきことはひとつ。彼女のすべてを受け入れ、そして彼女自身が迷うことなく甘えられる男になろう。今のガオンにできることはそれだけなのだ。
ただの独りよがりの禊にならぬよう、ガオンはしっかりと目を閉じた。
風呂から戻っても、ゾロリはまだ眠ったままだった。すやすやと安らかに寝息を立てている。
その寝顔を見ているガオンの目の前で、閉じられているはずのゾロリのまつげがじんわりと滲んだ。
「?」
滲んだまつげに水滴が集まり、一筋の涙になってこぼれた。
「…パパ」
寝言だった。でも彼女は父親の夢を見ているのだ、しかも泣きながら。
ガオンは急に切なくなって、彼女の目尻に唇を寄せた。
「ん……」
「…泣かなくていい、ゾロリ」
――私はお前だけを思っているから



翌朝ゾロリが目を覚ましたのはガオンの腕の中だった。
「あれ…」
「目が覚めたか?」
「ガオン? あれ、俺…あ、そっか…」
昨夜のことを思い出したゾロリは珍しくさっと頬を染めて俯いた。随分ガオンに対してむにゃむにゃ。口にするのも恥ずかしいらしい。
「夕べはすごかったな、ゾロリ」
「なっ…」
「いつもあんなふうに甘えてくれると嬉しいんだがな」
ガオンは寝たまま、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「ば、バカなこと言ってんじゃねぇっ、はーなーせっ」
「いやだね。そのうち双子が君を探しに一番にここにやってくる。今のところ、そのときは君を返さないといけないからな。それまではここにいてもらう」
「ガオン…」
ゾロリは諦めてその腕の中にいた。悪くないと思っていた腕は本当に悪くない。
いつか…いつか自分の気持ちに素直になれたとき、この男は安住の存在となるだろう。
(俺としたことが…酒が入ってたからなー)
ほんのちょっぴり、なめた程度だったけど、この際酒のせいにしておこう。
ゾロリはゆっくりと目を閉じ、ふくふくとした温かさを堪能することにした。
山の朝は、とても寒いから。



案の定、ゾロリは探しにきた双子によって自分の部屋に連れ戻され、お説教をされていた。
ぼそぼそとだが、イシシとノシシが散々心配したのだと諭し、ついでにガオンに近づくなとまで言っているのが聞こえた。
(あいつら…)
双子が自分を悪し様に言うのはいつものことだ。
けれど次の言葉は初めて聞くような気がして、ガオンは動作をとめた。
『んー。でもあいつもいいところあるんだぜ? 俺は好きなんだけどな〜。やっぱりだめか?』
恋人のことくらい自分で判断すればいいのにゾロリは双子にぎゃいぎゃい言われながら日々を過ごしている。
彼女には彼女の思うところがあるのだろうが、この状況だけは何とかしたい。
双子にしてみれば大切なせんせが変な男に引っかかるのが心配なのだ。せんせの周りに変な男は多いが、その最たるものがガオンである。
しかしガオンも黙っているわけではない。いつも頃合を見て彼女と二人っきりになっているのだ。
『せんせがガオンのこと好きなのは知ってるだ。けど…』
『昨日のせんせ見てるから、おらたちとっても心配してただ』
それから、壁の向こうの会話は聞こえなくなった。きっとゾロリは双子をぎゅっと抱きしめているだろう。
(あ。そういえば)
ガオンはふと鏡を覗き込んだ。
いつも自分からゾロリを抱きしめているが、彼女から抱きついてきたことはないし、抱きしめてくれたこともない。
ため息ひとつこぼして、ガオンは髪を整え始めた。
ゾロリは結局誰のものでもない――彼女は彼女、それだけだ。



「何だ、もう行ってしまうのか」
「…こいつらがもう行こうっていうから」
ゾロリの左右にぶふーと鼻息荒い双子がガオンを睨みつけながら立っている。
「…また会おうな、ガオンv」
ゾロリは縞の合羽をふわっと翻した。彼女が去ってしまうのを、ガオンは黙って見送らない。
「ゾロリ!」
「ん?」
呼び止めて、近づいて。ガオンはゾロリの懐に真っ赤なバラを一輪挿した。これはいつものこと。
「…元気でな」
「うん。また会おうな、ガオン」
遠ざかって行く彼女を見送って、ガオンはふと空を見上げた。
「あ…」
彼女も見上げているだろうか――この真っ青な空を。

そして、その空を舞う赤い飛行機を。



一人になって寂しい思いをするなら一人でもいいと思ってた
でも…誰かを愛した今はずっと一緒にいたいと思う
白いアザレアはせめてもの言葉
「…一度だって忘れたことはないんだけどな」
「何か言っただか? せんせ」
「いいや。さ、行こうぜ!」
我先にと山道を下っていくゾロリを追って双子もわらわらと駆け出した。
「あ〜ん、待って下せえよう!」
「せんせ〜〜!!」
 

そう、いつも笑ってて
愛した君はいつも元気よく
決して一人じゃないよ
いつだって見守っているよ――遠い空の上から

そして儚い旅路から






≪終≫





≪あんぎゃー≫
イシャハドコデスカ? 空にならいるのかもしれないけど、空には紅のゾロリパパしかいなかったねぇ…(笑)
なんかもう、えちいゾロリせんせが書きたかっただけなんですよ、本当に。
いつかゾロリママとの会話とか、パパとの再会とか書いてみたいですけど、今はガオンと密会夫婦みたいな関係を続けててくださいな(をいをい)。
密会夫婦…そう、そうだよね。書いててツボだわ、密会夫婦。なんと愛らしかかー!
ごめんなさい、本当にイシャハドコデスカ? 医者に行ってきます…。






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