白い雪の降る鮮やかな世界で



君と出会った瞬間に感じたんだ
寒いはずなのに温かいと




冬ももう峠を越して雪も落ち着き始めたある日、その場所に金色の狐と小さなイノシシの双子がやってきた。冬支度の衣装で雪山に入っていくのを数名の人が見ていた。優しい日差しが道を示す。狐は地蔵の前で止まった。
「確かこのあたりだったと思うんだけど…」
「せんせ、寒いだよ〜〜」
まるで笠子地蔵のように藁蓑と笠をかぶったノシシが言い出してイシシがくしゃんとくしゃみをした。
「もう少し我慢してくれな」
狐はそういうとしゃがみこんでくしゃみをしたイシシの鼻をかんであげた。彼女にそう言われればイシシもノシシもただ黙って彼女に従うのだ。
「だどもゾロリせんせ…」
「いいんだ。寒いならお前たちは下で待ってろ。俺はここにいる、いたいんだ…」
双子は黙って互いの顔を見合わせた。ゾロリが待っているというのは多分あの男だ。でもこんなところにいなくてもよさそうなものなのにそれでも彼女がここにいたいという。
「せんせ、おらたちもここにいるだ」
「んだ。せんせと一緒なら寒くないだよ〜〜」
そういうとイシシとノシシはすっぽこぺっぽこと歌いだした。彼らの陽気さが嬉しくて、ゾロリはゆっくりとしゃがみこんで双子をゆっくりと抱きしめた。
「ありがとう。お前たちもそろそろあいつのこと認めてくれたんだな?」
ゾロリがほんのり幸せそうに言うと、イシシとノシシはうんにゃと首を横に振った。
「んにゃ。それとこれとは別だ。おらたちはせんせを一人にしたくないだけだ」
双子の言葉にゾロリは苦笑してみせた。どんなに自分が好きな男もこの双子にはただの邪魔者でしかない。本当ならここにも来たくなかったはずなのだがそこはそれらしい。
「お前たち、メシが目当てだな?」
「んはー、たんまり食いたいだよ〜〜」
「だからー、いい加減ごはん呼ばわりはやめないか?」
その話はしたくないらしいイシシとノシシは何も言わないでそっぽ向いた。
ゾロリはひとつため息をつくと足元の雪を少し蹴り飛ばした。
「約束なんかしなかったのにな…」
そっと目を閉じ、思い出すのはあの日のこと。



あの日はひどい吹雪の日だった。
なんの備えもせずに、地図さえ持たずに雪山に突っ込んだ。
「せんせ〜〜〜」
「寒いだーーーーー」
「じゃあ、お前たちなんか面白いギャグでも言ってみろ、あったまるようなやつを」
ぶるぶる震えながらなんとか歩いているとノシシが一発やってくれた。
「ゾウがいるぞう!」
この寒〜〜いオヤジギャグに聞いていたイシシが凍りつき、ついで当の本人であるノシシも凍りついた。鼻水の先まできっちり凍り、氷塊となった弟子二人に、ゾロリは必死で呼びかける。
「うわー、イシシ!! ノシシ!!」
こんなときに寒いオヤジギャグなんて言うから…。
なんとか助けたいけれどここには彼らを助ける道具も手段もない。そして自分もだんだん力尽きつつある。
「あ…もうダメかも…」
ここで冷凍の秋刀魚のように凍って死んでしまうんだ…ママ、ごめんね…。
凍りついた弟子二人の真ん中でゾロリはばったりと雪の上に倒れ込んだ。笠が落ち、金の髪がさらりと頬にかかったまま、彼女は雪に埋もれかけていた。



「ひどい吹雪だ、1メートル先も見えやしない…」
急ぐ旅ではないからと、彼はレバーを動かしながら道ならぬ道を運転していた。白い雪に覆われたこの山道を登るだけでも厄介だったが、さらに越えるとなると一苦労だ。くすんだ蜂蜜色の髪がわずかに瞳を覆っていた。その青く冴える瞳で前方を凝視する。
白い女王に愛されたこの山に自分以外に誰もいないと思っていた。
そんな彼の目に飛び込んできた空の青。彼は思わず目を見張り、急いで車を止めた。
「…遭難者か?」
青年は車から飛び降りてその青い物体まで近づいて息を呑んだ。
半分ほど雪に覆われたその人は金の輝きを持つ狐だったのだ。かたわらには何故か氷付けになっているイノシシの双子がいる。
「えーっと…助けたほうがいいんだろうな」
事態がうまく飲み込めなかったが、彼はまず倒れている狐を抱き上げた。
さらりと絹が零れるように髪が落ち、顔があらわになると彼はさらに驚愕した。
この世にこんなに美しい人がいたのかと思えるほど、抱き上げたこの狐は美しかった。すっかり冷えて青白くなった肌がさらにその美貌を深くしていた。
「これは…」
抱きあげた感触が柔らかい。胸元でも確認できればこの人の性別は判断できるのだが、今はそれどころではない。
青年は狐をしっかり抱き上げて助手席に乗せ、連れだと思われるイノシシの双子も積み込んだ。



天国は暖かいところらしい。
ゾロリが目を覚ますと、天井が広がっていた。
「…なんで天井…?」
彼女はきょろきょろと周囲を見回し、よっこらせと起き上がった。
「目が覚めたかい」
いきなり入ってきた男に、ゾロリはぎょっとしてシーツを胸元まで引き上げた。この行為だけで彼はゾロリが女であると確信した。
ゾロリは見知らぬ男に最大級の警戒を見せている。
「あんた、誰?」
彼女の問いに、青年は少し考えてこういった。
「名乗るほどのものではない」
「そ、そうか…あんたが助けてくれたのか?」
すると青年はつかつかと近づいてきた。そしてあろうことかゾロリの顎を掴みあげるとそのまま強引に口づけた。
「んっ!!」
近づいてきた顔を避けることもできずに、ゾロリは物心がついてからはじめて唇を奪われた。押し返そうとしても逆に強く抱きしめてきて離れない。
怒りと羞恥で体中が熱くなるのを感じながらゾロリはきつく目を閉じて息を詰めた。
呼吸の仕方さえ忘れそうなほど、口づけは長かったような気がした。
そして離れていく時、男が小さく笑った。
「…旅はやめたほうがいい」
男が何か言っている。
「やはり女性は男のそばにいて幸せに暮らしたほうがいい。家庭に入るにしろ、仕事をするにしろ」
何も聞こえない。
「君のようなかよわい女性が旅を続けていけるはずがない」
あいつの頬を張る事さえ、忘れて呆けた。
そっとそばを離れていく男をゆっくりと見送る。彼が向こうの部屋に消えてしまうと、ゾロリはばったりとベッドに仰向けに倒れこんだ。
「なんで…」
なんで、口づけた?
ゾロリはごろりと転がって目を閉じた。きつく閉じたから、次に開けたときは視界がいやにぼやけた。
悔しさと恥かしさで、ぽろぽろと零れた涙が頬を伝って枕をぬらした。



イシシとノシシも手当てを受けてすっかり回復していた。
そしてイシシはさっき自分にあんな真似をした男のことを『カッコイイ!』と評して彼の散歩についていったのだという。
「どこがかっこいいんだか、あんなやつ…」
ゾロリはぶつぶつ言いながらノシシをつれて町を歩いていた。
案内してくれているのはこの国の大統領であるシロクと、副大統領のオットーだ。
ちなみのあのスカした気障野郎はガオンとか言うらしい。
「んは〜、暖かいだねぇ、せんせ」
「ほんと、俺たちにはいい感じだけど…」
少し後ろを歩いている大統領たちは汗を拭きながら歩いている。
「大変そうだな」
「ええ、ここは本来寒いところなんです…」
大統領が言うには、ここ数日町全体が高温傾向にあるのだという。その原因は雲の真ん中にぽっかり開いた穴で、そこから太陽の光がさんさんと差し込んでいるせいなのだ。じゃああの穴に太陽がいるときだけ暑いのかといえばそうではない。穴は太陽が昇ってから沈むまで遮ることはないのだという。マシなのは夜だけなのだ。
「じゃあ、たまらないだろうな」
「はい、異常気象だけに手の打ちようがなくて…」
副大統領のオットーが汗を拭きながら言った。
「せんせ、大変だね」
「そうだな、こればっかりは俺たちでもどうしようもないし…」
御礼をしてもらえるならたいていのことはやるのだが相手が気象では手は出せない。
ところが、なんとか出来そうだとわかったのはダムまでやってきたときだった。
このダムは基本的に凍っていて一年中スケートが楽しめるのだそうだが、今は溶けて穏やかに波打っている。それだけならいいのだが、実はダムの壁面、しかもよりによって町に面した放水口の壁面に亀裂が走っているのだという。
「このまま水が増え続けると、正直危険です…」
溶けた水が山からじゃんじゃんこのダムに流れ込んでおり、決壊は時間の問題だ。
それを聞いたゾロリとノシシはがくがくと震えだした。
「せんせ〜」
ノシシはゾロリの足にぎゅっとしがみついた。
「せんせ、早く逃げようだよ〜〜」
「そ、そうだな、俺たちには出来ることもないしな」
「それが、この町の占いオババがいうにはブックラコイータを持った勇者様がこの町を救ってくださると」
「ブックラコイータだって!?」
ゾロリは驚いて声を上げる。ブックラコイータはゾロリが旅の途中で手に入れた聖なる本である。どのくらい聖なる本かというと、強力なオヤジギャグを連発してくれるくらいあり難いものなのである。
確かにあの凍るような寒いギャグを放つオヤジギャグならこのダムの決壊をとめることはできるかもしれない。
「その勇者ってもしかして」
俺のこと!? という声にイヤな音が重なって、ゾロリはむっと後ろを振り向いた。
イシシと一緒に立っていたのはガオンだった。彼はゾロリを見て冷ややかに笑った。ゾロリの逆鱗にべたべたと触れまくりだ。
「おいコラ、ブックラコイータは世界に一冊しかないオヤジギャグの聖典だぞ、なんでお前が持ってるんだ」
かなり喧嘩腰のゾロリに、ガオンは変わらず冷ややかな笑みを浮かべたままだ。
「作ったからさ」
「作った!? ブックラコイータを!?」
驚くゾロリの前に、ガオンは自作だというブックラコイータを差し出した。比べてみても遜色のない出来である。
メカ作りを得意とするゾロリにとってこれは思っても見ないライバルの登場だった。
何もしないうちから勝利を確信した笑顔に、ゾロリの堪忍袋の緒は完璧に切れた。
「よし、じゃあ勝負しよう。どっちが本物にふさわしいか…」
「受けてたとう」
そう言ってガオンはゾロリの脇を通り過ぎた。
「生意気な唇だが、なかなかだったよ」
イシシとノシシには聞こえない囁きだった。
ゾロリは真っ赤になってぶるぶる震えたかと思うと、ブックラコイータを両手でしっかり持ってガオンに殴りかかろうとした。
「うわーせんせー!!」
「それはブックラの正しい使い方じゃないだよ〜〜」
「ふっ、とんだじゃじゃ馬…いや、イタズラ狐だ」
ゾロリはブックラコイータを持ち出して彼に殴りかかる寸前で双子にしっかり止められてしまった。悔しそうに目の前の男を睨みつける。
一触即発の場外乱闘は間一髪で中止となった。


ブックラコイータでの勝負は殴り合いではなく、純粋にオヤジギャグによるものだった。
互いにダメージを与えつつ、与えられ、最終ラウンドでも決着がつかなかった。
「ギャグは惜しみなく与え、開発するもんだぜ…」
ダムの決壊はもはや目に見えていた。いちばん町に近い外壁に亀裂が入り、水が溢れようとしている。見物人はとっくに逃げ出していた。
しかし息は上がっていてもプライドの高い二人のことだ、決して参ったとももうやめようとも言わなかった。
「女だてらにやるじゃないか、ゾロリ」
「女、女ってうるさいんだよ、男のくせにしゃべりすぎだ!」
睨みあうだけ睨みあった。罵るだけ罵り合った。
ブックラコイータはやがて嵐を呼び、太陽の通い路を吹き閉じた。
ガオンのブックラコイータは最大出力を越えてしまったため大破してしまった。が、ゾロリのブックラコイータは聖典であるがゆえにとうとう雪まで降らせたのだ。最大のオヤジギャグは嵐を呼び、ダムの水を凍らせて決壊による大洪水を辛くも防いだのだった。
そのかわりゾロリは体力を使い果たしてばったりと倒れこんでしまった。
しばらくしてダムの水はすべて凍結したので、完全に決壊は免れた。
イシシとノシシはあわててゾロリのもとへ駆け寄る。
「せんせ〜〜!!」
「せんせ、しっかりして!!」
「う…ん…」
イシシに抱きかかえられてゾロリはうっすらと目を開けた。不安と歓喜の入り混じる顔で見つめられ、ゾロリは自分の状況を思い出す。
「勝負は? どっちが勝った!?」
がばっと起き上がったゾロリに、双子はしっかり抱きついた。
「せんせの勝ちに決まってるだよ〜」
「やっぱりせんせはすごいだ!!」
嬉しそうに抱きついてきた双子の温かさに、ゾロリはやっと笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、イシシ、ノシシ」
雪がしんしんと降り積もり、体を冷やしていく。それでも抱き合えば温かいんだと知っている。
そんな3人のそばに、ブーツの靴音が響いた。
「負けたよ、ゾロリ」
「ガオン…」
見上げれば、悲しそうに自身のブックラコイータを見つめているガオンがいた。自分の作ったものが壊れるというのは悲しいことだ、ましてや負けてしまうとそれはもっと深い。ゾロリは双子を離すとゆっくり立ち上がって手を差し伸べた。
「いい勝負だったよ、ガオン。楽しかった」
「ゾロリ…」
にっこり笑った笑顔が綺麗だと思った。ガオンは迷わず彼女の手をとった。





「なんでブックラコイータを作ったんだ?」
「作ってみたかったからさ」
「じゃあ…なんで俺にキスしたんだ?」
「してみたかったからさ」




白い雪が降り始めた。
こんなに雪が鮮やかだなんて知らなかったあのころ。
男という男に警戒して、髪をきつく結い上げていた。
でもそんな心の隙をつくように飛び込んできた狼はあっという間に自分の中の女を呼び戻した。
「好きなんだよ」
「せんせ、なんか言っただか?」
「んー?」
ゾロリはゆっくりしゃがむと双子を冬合羽の中に招き入れた。
「俺はお前たちも大好きだけど、ガオンのことも好きなんだ…」
旅を始めて最初に抱きしめた温かさはこの二人だったけど。
「好きなんだ…」
「せんせ…」
イシシとノシシは知っている、大好きなせんせが自分たちをどれだけ思ってくれているのか。どんなに怒られるようなことをしてお仕置きされても、危険な目に遭っても、離れ離れになっても、その優しい手で撫でてくれる。柔らかい胸に抱きしめてくれる。
「せんせー」
そんなせんせが、大好きだから。
大好きだから、守りたい。
「せんせ、おらたちとガオンとどっちが好き?」
「どっち?」
ぎゅっとしがみついてきた二人の背中に手を添えて、ゾロリははっきりと言った。
「…3人とも、大好きだよ」
「せんせ…」
「イシシもノシシも、そしてガオンも俺にとって大事な…人だよ」
一番はもちろんパパとママ。イシシとノシシ、それにガオンは2番目で、同着だ。
大好きなせんせに大好きだって言ってもらえるのは嬉しい。でも自分たちが一番ライバルだと思っている男も一緒となると複雑だ。
『というわけで、おらとノシシはゾロリせんせと旅をしているだよ』
『先生…か』
『あんた、せんせと違うタイプだけどイカスだなー。なして旅してるだ?』
『…作りたい物を探しているんだ』
イシシは思い出していた。
ガオンの散歩についていって、いろんなことを話して聞かせた。
大好きなせんせのこと――せんせが実は女の人で自分たちがしっかり守っていること。せんせがあったかくて優しくて柔らかいこと。
(あのときは、ゾロリせんせとガオンがこんなふうになるなんて思いもしなかっただもん…)
きっかけを作ってしまったのは自分かもしれない。
ガオンという男に、ゾロリせんせのことを話したせいで興味を持たせてしまったことは否定できない。
でも、目の前のせんせはとってもとっても幸せそうだ。
「さて、そろそろ行こうか」
双子の肩にかかった雪を払いながらゾロリはゆっくりと立ちあがった。そんな彼女の冬合羽を裾を引いたのはイシシだった。
「せんせ、いいだか?」
「ガオン、来るかもしれないだよ?」
そのために待っていたのにと、双子はゾロリを引きとめた。するとゾロリはにこりと笑った。
「…来るかもしれないけど、来ないかもしれない。約束なんかしなかったんだ。だから待つなら麓にしよう。ここで待ってることはないよ」
「せんせ…」
縞の合羽を雪風に弄られながら、ゾロリはくるりと麓のほうへ向き直った。


そこに差す一条の光。


エンジンの音と鼓動が重なってくる。イシシとノシシも驚いて呆けている。
ゾロリの乙女回路がさせた今回の待恋、それを実現させる男が白馬ならぬ狼色の車でやってきた。
「ほんとに来ただ…」
「んだ…」
動けないのは双子だけではない、ゾロリも同じように動けなかった。
男が車から降りてくる、首もとに温かそうな鳥の羽根で出来た襟を持つ黒いインバネスの男に、ゾロリはゆっくりと歩きだし、そして雪を蹴立てて走り出した。
「ガオン!!」
「ゾロリ…」
笠が落ち、金の髪を風に泳がせながらゾロリはガオンに抱きつき、彼もしっかり抱きとめた。
「…乙女思考も大抵にしてほしいね」
「なんで?」
「私が来なかったら、君はここで死んだかもしれないんだぞ?」
ガオンの言葉に、ゾロリはくすくすと笑った。
「お前はここに来ざるを得ないんだよ」
「なんだって?」
「知ってるんだからな」
そういうとゾロリは懐から携帯電話を取り出した。そして濃紺の小さな機械を楽しそうに吊り下げて見せた。
これを彼女に与えたのはガオン本人だ。そしてこれにはGPS、つまりゾロリがどこにいるのかを示す機能がしっかりと備えられている。
彼女がそれに気がつくのは当然といえば当然なのだが、ガオンはぎゅっと抱きしめることでごまかした。
ゾロリはふふふ、と笑った。
「寒いよ、ガオン…」
彼の前だけで見せるワガママ、ほんの少しの甘え。
雪の世界がこんなに鮮やかだなんて、本当に気がつかなかった。



「…賭けは半分、お前の勝ちかな」
そっと起き上がり、柔らかい乳房にそっと手を這わせ、ゾロリは自分の肌を撫でた。
ガオンは彼女の隣で幸せそうに眠っている。
「なあ、ガオン。俺はこれから先も、俺自身のものだよ」
月の光は穏やかに二人を照らす。ゾロリの白い肌がいっそう白く染め上げるのは雪に反射して明るいからだ。
ゾロリも穏やかな笑顔を浮かべ、首筋に落ちた髪をかき上げた。
「でもな、お前にだったらあげてもいいよ」
彼女のくちびるが、ガオンの頬を撫でる。
「これから先の、残りの人生の3分の1くらいは…な」
壊れるほど愛しても純粋すぎるがゆえにやっと伝わる3分の1。
全部はとてもあげられそうにないけど。でもそれくらいなら。
「お前はそれじゃガマンできないかもしれないけどな」
くすくす笑って、ゾロリは独白を止めた。そして胸元を整えてもう一度ガオンのとなりに横になる。
大好きだよ、とつぶやいて、ゾロリはゆっくり瞳を閉じた。
抱かれることにも慣れた。慣れてしまったら、今度はずっとそばにいたいと思い始めた。
彼の行く道は――望むと望まざるとに関わらず決して平坦ではないから、自分で支えられるのなら支えていたいとも。
「…お姫様暮らしは夢だったから」
「じゃあ、かなえてあげるよ。早く踏ん切りをつけて私のところにおいで」
うっすら眠りかけていたゾロリは耳元で囁かれてびくっと体を震わせた。
「…起きてた?」
「君がキスしてくれたあたりからね」
そういうとガオンはゾロリをぎゅっと抱きしめて、その腰の辺りをするりと撫でた。
「んんっ…」
「可愛い…」
ガオンは実に楽しそうにゾロリの体に触れた。
「あんなにしたのにまだ足りない…?」
「ぜんぜん足りない。もっともっと欲しいよ」
そういうとガオンは少しうんざりしたかのようなゾロリの上に覆いかぶさった。そして細い首筋に甘く噛み付くように口づけた。
「や…んっ…こらガオン」
「ここは冷えるからね。温めあおう、ゾロリ…」
「…物は言い様だな」
ふうとひとつだけため息。ゾロリはガオンの頭をかき抱いた。
「んっ…ふっ…」
男は嫌いだった。
母と自分の残して、空に消えた。そして母を苦労の中に殺してしまった。
父親さえいてくれたなら、母は死なずにすんだのではないかと今でも思う。でも恨む気にはなれなかった。
ただ自分は男から離れた暮らしをしようと、それだけ決めて。
でも世界の半分が男で、境に暮らす人もちょっといて。
そして自分はやっぱり女だったのだと否応なく知らされた。
「ガオンっ…ちょっと、ダメっ…!!」
「どうして? こんなに濡れているのに」
恥部を弄るガオンの指に体は素直に反応してしまう。
「いやっ…」
「ゾロリ…怖くないよ。何も怖くない。怖くないから…」
「…ガオン」
ゾロリはガオンの首筋にぎゅっと抱きついた。そんな彼女を、ガオンは優しく抱きあげた。
「…怖くなった?」
「…男は嫌いなんだ。今でも…でも、お前は別」
来て、と囁いたら渦巻く熱さの中へ。



「今度はどこに行くんだい?」
「さあ。風の向くまま、気の向くままさ」
「君らしいといえば君らしいけど。ああ、携帯の充電は忘れない様にね」
鏡の前に座り、髪をとかしていたゾロリの後ろで、ガオンもネクタイを調えている。クリーム色のシャツに真紅のネクタイ、その上にベストを着るのが彼の『博士』姿だった。
「…結ってあげようか」
「できんの?」
「失礼な。私の手先の器用さは承知だろう」
言うだけのことはあって、ガオンの手先は流石に器用だった。ただ絹のように滑るゾロリの髪には少々てこずったようで、それでもちゃんと結われていた。
「どうだい、わが姫君」
「上出来だよ、王子様」
ガオンは鏡台の前に座るゾロリに口づけようと中腰になった、ところにイシシとノシシがやってきて突き飛ばされてしまう。
「せんせー、おはよーございますだぁ」
「せんせ、今日もキレイだぁ〜〜」
にこにこ笑顔の双子は、突き飛ばしたガオンのことを徹底的に無視した。
「あの、お前ら…」
「き、君たちは私に恨みがあるようだね…」
壁に激突したガオンは少し高い鼻を押さえて涙を堪えながら双子とにらみ合っていた。
双子はガオンに大いに恨みがある。大事な大事な、大好きな大好きなゾロリせんせにちょっかいを出し、自分たちから奪おうとするこの狼が大嫌いなのである――どんなにせんせが、ガオンのことを好きでも。
ゾロリにはこの事態がよく分かっているのでただじっと見ていた。嗜めても無駄なのをよく知っているからだ。



「じゃあな、ガオン」
「ああ、母上も君に会いたがっているから、気が向いたらまた来てくれ」
「うん、そうするよ」
イシシとノシシが目を離した隙に、二人はこっそり口づけた。
そうしてふたりはまた別の道を歩き始めた。
「せんせー」
「ん?」
「せんせが結婚しても、おらたちせんせのそばにいていい?」
そう聞いたのはノシシだった。甘えん坊のノシシはゾロリから離れることなど考えたくないらしい。結婚したせんせからここでお別れだと言われて寂しくなった夢を見て、真夜中に大音量で泣き出したこともあるほどだ。
ゾロリはノシシを優しく撫でた。
「大丈夫だよ。お前たちが一緒にいたいと思えば俺はずーっとお前たちと一緒にいるよ」
「ほんとだか?」
「ほんとだよ。だから心配しないで。ほら、歩こう。な?」
「…うん!」
こうして3人は足取りも軽く歩き出した。




のち、ゾロリはガオンと結婚して王妃となるがその傍らには常にイシシとノシシがいた。彼らは王宮にあって王と王妃の手足となり、治世を助ける賢臣となった、と綴られている。




出会ったのは真っ白な雪の上
出会ったというのは多少の語弊があるけれどそれはまあご愛嬌
雪の上には金銀、黄色に青に草の色


ほら、こんなにも鮮やかな世界





≪終≫





≪鮮やかな世界≫
今回はリクエストにもあった『ガオゾロの出会い』です。このためにDVDを何度か見直して、こうなりました。
やっぱりオヤジギャグバトルのシーンよりも前後と、さらにその後のほうに重点を置きました。
が、これは私の筆力の限界です○| ̄|_オロカモノメ 
基本的にガオゾロ、ガオンVSイシノシが書ければいいのです。注: 文字用の領域がありません!

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