君とお月様と優しい歌



誰も見ていないなんて言わないで
だって今日は十五夜だもん
ほら 蜂蜜色のお月様が・・・



リリリ、と虫の声が聞こえる川原を歩きながら、ゾロリと双子はふと空を見上げた。
今日は十五夜、満月が雲ひとつない空にぽっかりと浮かんでいる。
「おいしそうな月だね、ゾロリせんせ」
彼女の右手をとっていたノシシがにっこりと笑いながら自分を見上げていた。
「お前たちは何でも食い物にしちまうな。何に見えるんだ?」
「回転焼きだかなぁ?」
「おらはアンパンに見えるだよ」
そう言ったのは左手のイシシだ。ゾロリは双子を交互に見つめ、そして笑った。
「さっき食ったばっかりじゃないか。ま、いいか。今日はこの辺で休もうか」
「はーい」
イシシとノシシは元気よく手を上げると彼女から離れて寝やすい平らな場所を探し始めた。
「おい、あんまり遠くに行くなよ」
駆け出して行った双子を少し足早に追いかけながらゾロリは周囲に目をやった。ふわふわの薄がさわさわと風に揺れている。ノシシが立ち止まってその薄に手を伸ばした。からし色のそれに触れるノシシはくすぐったそうに微笑んだ。
「ふわふわしてるだ」
「本当だ、せんせの尻尾みたいだなぁ」
隣にはいつの間にかイシシもいて、二人でそのふわふわを楽しんでいる。
「こらこらお前たち、いつまでも遊んでないで寝床探すぞ」
「はいだぁ〜」
そうして双子を先に歩かせたゾロリは、薄の群衆の中に目をやって、それからすうと息をすった。
そして薄く目を閉じた。凛とした声が夜の川を滑る。
「どんなに上手に隠れても茶色いお耳が見えてるよ♪」
小さく一節歌い上げると、彼女はいたずらっぽくちゅっとキスを投げかけた。そしてそっとその場を離れた。
黄色の尻尾をふりふり遠ざかる彼女を見ていたのは、深く帽子を被って薄く頬を染める狼の姿だった。


「せんせ、おやすみなさいだ」
「おやすみのちゅうしてだぁ〜〜」
そういって抱きついてきたノシシを受け止めて、ゾロリはその額に小さく口づけを施した。ノシシはえへへと笑い、イシシはずるいと声を上げて突進してきた。ゾロリはノシシを抱えていたのでイシシまでは抱えきれず、そのまま後ろに倒れこんでしまう。
「ぶふっ」
「せんせー、おらにもー」
「わかったから退け! いつまで圧し掛かってるつもりだ!」
「はーい」
イシシとノシシは大人しく彼女の上から退いた。そしてイシシにもちゅっとキスをすると、イシシはえへへと嬉しそうに笑った。
「せんせ、おやすみなさいだ〜」
「おやすみ」
双子はすうっと息を吸ったかと思うといちにのさんで寝息を立て始めた。
ぱちぱちと爆ぜる音とがさがさと草の鳴る音。ゾロリはくるりと振り返った。
「いいタイミングだな、双子はたった今寝たから当分起きないぞ」
そういってゾロリは尻尾をぴるぴる振りながらくすくす笑った。現れた男は少しむっとしながらも彼女の横に、それが当たり前であるかのように腰を下ろした。
「別に隠れていたわけじゃないぞ、私も寝床を探していたんだ」
「咎めてるわけじゃないって。それに・言い訳する前にやることがあるだろ?」
ゾロリは食指を自分の唇に当てるとにっと口角を上げた。柔らかな頬が笑顔を作る。
「会いたかった、ガオン…」
「私もだよ、ゾロリ」
恋人の胸板にそっとその身を寄せ、背中に回される腕の温かさに安堵する。
いったいいつからこうしていないだろうと指折り数えるのはやめた。今こうしてそばにいるだけで十分すぎるくらい幸せだから。
だから離さないでと願うように、ゾロリはガオンの胸に顔をうずめた。
「…また痩せたんじゃないのか?」
「飲まず食わずが続いたからな」
そっと腰を抱き寄せた時にふと触れた胸の下の肋骨にガオンは眉をしかめた。薄い肉に覆われているだけで脱げばきっとくっきり肋骨が浮かんでいるに違いない。
「君は自分を大事にしないな」
「そんなことないよ。俺はこの世で自分が一番大事さ。食う食わないとは別」
「しかし…」
ガオンは何も言わなかった。いや、言えなかった。
何を言っても彼女は自分の言うことなど聞きはしない。自由奔放に生きる彼女はまるで風そのものだ。
しかしわがままかといえばそうでもない。傍若無人でもない。
彼女は誰かに頼って甘えることを知らないのだ。何もかも自身でこなしてきた彼女にとって甘えは不得手とするところらしい。
「そうやって心配してくれるのはお前だけだよなー」
「…そうだよ、私はいつだって君が心配なんだ」
「正確に言うと俺に寄ってくる男が、だよな?」
そういってゾロリは目を細めつつ微笑んだ。まるで何かを見透かすような意地悪な笑みにガオンの言葉が詰まる。
「…ああ、そうだよ。君が他の男といるだけで心配だ」
それだけ言うとガオンはさっと頬を赤らめ、そっぽ向いてしまった。
「ガオン?」
ゾロリが顔を覗き込もうとしたそのとき、ばさっと大きな音がして、目の前が真っ黒になった。そして次の瞬間にはガオンの胸にすっぽりと収まっていた。
「君は…」
「が、ガオン?」
「君は意地悪だ、ゾロリ。私がどれだけ君を思っているのか知っているくせに」
ぎゅっと抱きしめられてゾロリはあっと声を上げた。そしてそのまま手で口元を覆い、そっと双子を見やった。意外と声を立てたと思ったのに双子はなんでもなかったかのように眠り込んでいた。
(よかった…)
それは見られなかったというよりも、双子に見つかってガオンと双子の喧嘩にならなかったという安堵である。ガオンの胸の中でゾロリはほおっとため息をついた。こつんと寄せた額に柔らかな布の感触とコロンの匂いが彼女をふわりと包んだ。
「…ばか」
「何がだい、ゾロリ」
「ずっと…ずっと会いたかったんだぞ」
ゾロリは顔を上げずに言った。そうしているときは心の底からそう思っている。短くとも深い彼女との逢瀬でガオンが学んだ事象のひとつだ。
「すまない、こう見えても王子だもんでな。母上の補佐をしたり、代理として会議に出たりと忙しかったんだ。城を抜ける暇も隙もなかったんだよ」
「ガオン…」
ふっと顔を上げた彼女に、ガオンは小さく笑いかけた。
「ようやく出られたと思っても今度は君を探してあちこちうろうろしている間にタイムアウトでまた城に逆戻り。やっと君に会えたんだ」
「あー…それは…大変だったな」
「でもこうして君と会えた。月が導いてくれたのかな」
「かもな」
見上げる空に豊かな満月。今日は中秋の名月だ。
月はいつだって旅人と、そして恋人たちを見守っている。遠い旅路のその先を見せてはくれないけれど、こうやって寄り添うべき人の下へ導いてくれる。
ゾロリはガオンの腕の中から月を眺めた。
川を渡る冷風に晒されないようにガオンはしっかりと彼女を抱きしめた。
「ゾロリ…いい加減に私のもとに来てくれないか」
「ガオン…」
サファイアの瞳が真摯にゾロリを見詰めた。抱きしめる腕に自然と力がこもる。
「もう何度も言っているのに君はちゃんとした返事をくれない。私が嫌いならそう言ってほしい」
「嫌いだなんて…そんな…」
嫌いなら、こうして抱かれて安住したりしない。肌を触れ合わせたときに拒絶したはずだ。でもそうしなかったのはガオンのことを好きだと思っていたから。
「なあ、ガオン」
「なんだ?」
「初めて俺と寝た夜のことを覚えてるか?」
ゾロリはふいっと顔を上げた。漆黒の瞳に月の光を宿したように彼女の瞳が薄く煌いた。
彼女の言葉にガオンはゆっくり頷いた。
「ああ、もちろん覚えているよ。あの日もこんな月の夜だった。月光の下の君はこの世のどんなものより美しいと思ったよ」
そう言って頬を寄せてきたガオンにゾロリは苦笑した。
「あのとき俺は…ほんの少しだけ後悔したんだ…」
「ゾロリ…」
「言っただろ? 俺は狐で…ただの旅人なんだ。お前とつり合うはずもないことは分かってたのに…それでも俺は…」
そっと。そっとガオンの胸に手を置いて。
離れようとしたゾロリをガオンは思い切り抱きしめた。
「ガオンっ…くるしっ…」
「私は…王子として君を抱いたんじゃない」
声を抑えてはいたが、強い意思を含んだ言葉にゾロリはぎゅっと目を閉じた。
「私は…私は…ただの男として君を…」
「ガオン…」
「このまま君を城に連れて行ってしまいたいくらいだっ!!」
風を捉える術はないと知っていても、そう願ってしまう。
ゾロリはガオンのコートを下敷きにしてゆっくりと横たえられた。
「ガオン…お前…」
泣き出しそうな瞳が切なくて、ゾロリはそっと目の前の男の頬に手を添えた。
「このまま俺を浚えるか?」
「…君が望まなくてもな」
広げた腕に身を落として。柔らかな乳房で窒息したい。
交わした口づけが永遠を約束しないと、知っているのに――月は優しいだけの歌を歌うのだろう。



「んっ…ふっ…」
乱された着物の下から白い肌がのぞいていた。乳房に伸ばされた手に自身の手を重ねてその温かさを深く感じる。
「あ…ガオンっ…」
「声を出さないほうがいい、抑えられなくなるぞ」
「そのときはっ…んっ…お前が塞いでくれればああんっ」
与えられる快楽に体は敏感に反応する。久しぶりの男の熱さにゾロリの体はあっという間に熱を帯びた。びくっと体を振るわせる彼女にガオンも喜びを隠せない。こうして触れ合うのは本当に久方ぶりなのだ。
「やんっ…ガオンっ…あうっ、んっ…」
きゅっと目を閉じ緩く拳を握る。そんな彼女の手を包んでガオンはそっと口づけた。
「ゾロリ…」
「んふ…」
甘い吐息を漏らす唇を塞いで細い腰を撫でる。濃緑の袴に覆われた下半身を露わにしようとガオンは結び目に手をかけ、しごいた。
「あっ…」
するすると柔らかな音を立てて脱がされた袴の下に白くすらりと伸びた足が月の光でいっそう白さを増した。
「綺麗だ…」
ガオンは片足を持ち上げてその足先に唇を寄せた。そしてそのままゾロリの足をゆっくりと開く。
ゾロリはふいっと顔を背けた。
女陰は柔らかく湿っていて温かかった。指先で触れるとぬるっとした液体で濡れた。
「あ…」
ゾロリが小さく身を竦める。ガオンだけに許した体に他の男は触れていない。
「ガオン…」
濡れそぼった瞳でゾロリはガオンを見つめた。彼はゆっくりと彼女の額をなでた。
「…怖いかい?」
問いかけにゾロリは首を横に振った。けれどガオンは悲しそうに目を伏せた。
「…私は怖いよ。君を傷つけてしまうことが」
「お前は俺を傷つけているのか? それとも抱いているのか?」
「ゾロリ…」
求めたいものは同じはずなのに、お互いを思いやりすぎて壊れてしまいそうになる。
彼が王子だからと、離れようとするゾロリと。
彼女がどうであれ愛しいから求めるガオンと。

――なんて切なくて優しい


「好きな男に抱かれるのに怖いことなんてないよ」
ゾロリはそっとガオンの頭を抱きしめた。
「俺はお前に抱かれてる。傷つけられてるわけじゃないんだ」
見つめあう瞳に煌く光に導かれて、こうして今日まで旅をしてきた。
「ゾロリ……愛してるよ」
「うん…」
交わしたのは言葉と。そして口づけと。
繋がるのは心と。そして体。

ガオンの男根がするりとゾロリの胎内に飲み込まれた。
「あっ、ああんっ!!」
柔らかい襞にきゅっと締め付けられるガオンの男根はそれでも最奥を求めて彼女をずんと貫いた。
「う…ううっ…」
双子を起こさないように声を抑えるゾロリがなんとなく健気で愛しく見えた。
「ゾロリ…」
「あんっ、ガオンっ…はっ、はあっ…」
ゾロリはガオンの肩に手を置き、ガオンは彼女の脇に手を突いて腰を揺らした。
「あはっ、はあっ…」
「くっ…」
「ガオンっ…はあっ…き、気持ちいいか?」
「ああ、すごくいいよ…もう…いってしまいそうだ…」
ガオンの前髪が汗で濡れて張り付いていた。ゾロリの肌にも一滴ぽたりと落ちる。
「あんっ、ガオンっ…ああっ、俺…もうっ…」
「私もっ…くっ…」
「はっ…ああっん、ガオンっ!!」
ゾロリの膣が無意識にガオンをぎゅっと締め付けたとたん、胎内で彼の欲望がはじけた。
「うっ…!!」
「あっはああ…」
びるびるっと溢れる精液がゾロリの中に注ぎ込まれる。
結ばれれば子をなす行為でも、もう二人を止めるものはなかった。
「はあっ、はあっ…」
ガオンはそっとゾロリを抱き起こした。膝の上に抱き上げ、そっと背中をさする。
呼吸を乱したゾロリはその腕の中でゆっくりと息を整えた。
「…すまない、中に出してしまったよ」
「いいよ。でももし…」
「ああ、子供ができたらそれは私と君の子だ。ちゃんと言ってくれ」
「うん…」
ゾロリは幸せそうに目を閉じた。
愛する男に抱かれて、癒されて――自分がこんなに甘えられるなんて、出会ったころは思いもしなかったのに。
「不思議なだぁ…」
「ん?」
「…幸せってこういうのかな」
乱れた体をおさめるようにゾロリはガオンの腕の中で静かに目を閉じた。
「ゾロリ…私は君を幸せにするよ」
「ガオン…」
「惚れた弱みかな、君のためなら何でもしたいと思うよ…」
ガオンはそっと彼女の肩を抱き、柔らかい頬に口づけた。ゾロリも小さく笑みをこぼす。
肌に刻まれた赤い跡を見つめてゾロリはふとガオンのほうに向き直った。
「…なんだい?」
「お前ばっかりずるい」
そういうなり、ゾロリはガオンの首筋に噛み付いた。いや、噛み付くというよりは甘く吸い上げているといったほうがいい。それでも跡を残すには充分だった。
「ぞ、ゾロリ」
「俺ばっかり跡がついてる。お前にもつけてやるよ」
何度も皮膚を吸い上げる様に動く彼女の唇にガオンは何もできなかった。さらさら金色の髪が擦れてくすぐったいが、それも我慢した。
「くすぐったいぞ」
「俺だってそうだよ。ほら、ついた」
そういってゾロリはくすくす笑った。ガオンの首筋に残る赤い跡に、彼はそっと触れた。
「目立たないところにつけたつもりだけどな。お前いっつも首が詰まってる服着てるからさ」
言いながらゾロリはふっとはだけた胸元をあわせた。ちらりと見えた乳房に残る跡も、いつかは消えてしまう。
「…お前のことは好きだよ、ガオン。でもまだふんぎりがつかないんだ」
彼のことがどうしようもなく愛しいのは間違いない。そばにいたいと思う。
でも彼女には抱えているものがたくさんある。イシシとノシシのこともそうだし、いなくなった父親もまだ見つかっていない。
「それにお前がどんなに俺のことを思ってくれていても王子様と結婚するってのはそう容易なことじゃないだろ?」
「それはそうだが…でも私は君と一緒にいたいんだ。君のためなら王位を捨てたって」
「ママさんを悲しませてもか?」
ふたりの間に沈黙が流れた。
どんなに思いあっていてもふたりの間につまらない世間体や身分がある以上、引き離されてしまうことは目に見えている。
「ゾロリ…」
「何度も言うけど、お前のことは嫌いじゃない。むしろお前と同じくらい、ずっとずっとそばにいたいと思うよ」
ゾロリの腕がそっとガオンの背中に回された。柔らかな乳房をぎゅっと自分に押し付けるように抱きついてくる。ガオンもたまらずに彼女を抱きしめた。
「今は…こうやって抱き合っているしかできないな」
「でも幸せだよ、ガオン」

旅の空にいるから。
だからこうして会えて抱き合えば、それだけでいい。




薄がさらさらと風に鳴る
月のしずくは銀色の歌になって調和する


今はまだひっそりと寄り添いあうことしかできなくても
いつかきっとうんざりするほどそばにいられるようになるから



「綺麗な月だよな」
「君のほうが綺麗だよ、ゾロリ」
「…ばか」
恋人の腕の中は至福の場所。聞こえる鼓動は優しい歌に似ている。
交わす口づけはまた会いましょうと約束して離れていく。
「朝まで…一緒だよ」
「ああ」
満月は少しずつ明るさをなくして地上に降りていく。まもなく夜が明けるだろう。



いつか
いつかなんでもなかったかのように寄り添い会えるその日まで
優しい歌を歌おう

――君と、お月様に





≪終≫




≪いろいろと≫
ガオン×ゾロリを書く上ではずしてはいけないポイントかな、と思った部分を書いてみました。
あの世界では王様とか大統領とかかなりのほほんとした感じで別に誰がやってもいいじゃんという雰囲気ですよね。でもガオンだって王子様なんだからいつかお妃様を迎えなきゃならない。ママが女王様なんだから跡を継ぐことだってあるでしょうしね。アニメでは他の兄弟や一族が見当たらないので多分王位継承権は第1位なのかな、とかつまらないことを考えてしまうんですよ。でもそれを考えてあえて書きました。そうするとふたりがどれだけ思いあっているのかとか、問題があっさり片付いた時にいい思い出になるんじゃないかなーって、また別の話に転換できると思いました。
『君のためなら王位なんか要らない』って言って王様やめちゃった人もいるくらいですしね。
まあとにかくなんだ。この話を書くことでふたりがもっと深く結びつけばいいなあって思いました。注: 文字用の領域がありません!

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