君とお星様と楽しい歌 きらきらひかるのはお星様 きらきらひかるのは君の瞳 「あの星を取って」と言われたら 君の瞳にくちづけよう 「んっ、ガオンっ…」 「いいだろう? もう一度」 「やだ。もう疲れた。お風呂入る」 そういってするりとベッドから抜け出した恋人の背中を眺めてガオンはため息をついた。そうそう会えるわけではない金色の恋人との逢瀬はこんなにも心踊るのに、当の恋人はと言えば閨の最中にも関わらず風呂風呂と言い続けて、結局逃げられた。 「はぁ…」 口を突いてしまうのはため息のみ。 恋人は大の風呂好きで一度入ってしまうと最低でも一時間は出てこない。 傾けるグラスの中身も彼女がいなければただの液体だ、味もなにもありゃしない。 「ゾロリ…」 金色の髪に漆黒の瞳、ふわふわの尻尾に白い肌。俗に言う立てば芍薬座れば牡丹なのにその中身はというとこれまた手をつけられないいたずら狐。そんなギャップが可愛くて惚れたのだけれど、あまりの情れなさにまたしてもため息がこぼれる。 それにどんどん甘えてほしいのに彼女はそうしない。プライドが高い女だと思いもしたが、そうではないとわかったのは彼女がそう告白してくれたからだ。幼いころ両親が相次いでいなくなってしまった彼女は甘えるということを知らずに育ってきたのだという。 『どう甘えたらいいのかわからないよ…』 そう呟いた彼女の瞳が寂しげに光ったのを覚えている。 しかしそうそう甘えさせてやれない自分がいるもの確かだ。ガオンは一国の王子だ、母である女王シンシアの補佐をしながら日々を暮らしている。ゾロリという存在は渇ききっていた自分の心に一滴の水となって落ちてきた。ほんの一滴だったのにいつの間にか彼女は自分の心を占領してこんこんと湧き出る泉となった。そしてあふれ出た想いがゾロリの唇と肌を奪い、ふたりを深く強く結びつけた。 目を閉じればいろんな顔の恋人が現れる。 笑顔泣き顔怒り顔、そして熱に浮かされて蕩けるような顔。甘さと切なさを体中に溢れさせて自分を求めるあの肢体。 耳元で囁かれた嬌声が蘇る。 ほんの壁一枚隔てているだけなのにすでに遠く離れてしまったかのような空しさだけが部屋に残る。 かといって風呂のドアを蹴破れば殴られるのは目に見えているのでここは大人しく待つしかない。 「あーあ、いいお湯だったぁ」 がちゃりとドアの開く音がして、ガオンはふっと起き上がった。ゾロリが風呂から戻ってきたのだ。 彼女はほくほくに茹で上がった卵のように舐めらかな肌を薄い木綿のガウンに包んでいる。以前は絹だったのだがさらさらして落ち着かないからと今では木綿がお気に入りのようだ。 「随分早かったな、一時間は覚悟していたのに」 「お前が一人で待っているかと思ったら可哀想でね」 ゾロリは首筋を撫でながらガオンの居るベッドへ近づいてきた。 「心にもないことを」 そういってガオンはゾロリの頬に手を添えた。汗で濡れていた髪も今はさらりと流れて金の光をこぼす。 ゾロリは小さく笑みをこぼした。 「心にもないなんて失礼だな、本当ならあと一時間は浸かっていたかったのに」 「ふやけてしまわないかい?」 「女の美貌はお風呂で作られるんだよ」 よほど風呂が気持ちよかったのか、ゾロリはふわふわの尻尾をふりふり微笑んでいる。相当ゴキゲンなのだ。 「ご機嫌麗しくて結構だ、ゾロリ…」 ガオンはゾロリの片に手を回しそっと抱き寄せた。小柄なゾロリはぽふんとその胸に捕まってしまう。 「さっぱりしたところでもう」 「しないからなー」 もう一度と、彼女の胸の手を差し入れようとしたところで、ゾロリの爪が手の甲をつまみあげる。 「痛っ…」 「もう充分なくらいやっただろ、俺を殺す気か?」 「そんな気はないが今夜は寝かせないつもりだよ、ゾロリ」 言い終わらないうちにゾロリの体は柔らかなベッドの上に投げ出された。金色の髪がさらりと擦れて音を立てる。 「絶倫だなー、お前」 「普通だと思うがね。まあ、君を目の前にして平然としていられる男がいたら会ってみたいもんだ」 「そーかな」 「そうだろう。私ですら君の前ではただの一人のバカな男さ」 ガオンは彼女との房事を諦めた。無理強いをしても彼女の機嫌を損ねるだけで、とても楽しめそうにない。下手をすると『俺は寝ちゃうから勝手にやれば?』なんて言い出さないとも限らない。 ガオンは横たわる彼女の額に口づけた。 「なんだ、やらないのか?」 「…嫌だといったりやれといったり、どっちなんだ、君は」 「今日のところはこれで勘弁してもらいたいです」 ゾロリは寝たまま降参とばかりに両手を挙げた。 「これ以上やったら足腰立たなくなりそうだもん」 起き上がったゾロリはガオンの耳元で『もうおなかいっぱい』と囁いた。 言葉の意味するところと甘い吐息のせいでガオンはびくっと体を震わせた。 「君ってやつは…」 「俺だってただの一人のバカな女さ。お前の前では、な」 頬を赤く染めるガオンにゾロリはそっと口づけた。 「そしてバカな男と女がバカなことしてるだけだろ」 「言ってくれるな」 「でもそーゆーの好きだよ」 ゾロリはぽふっとガオンの胸に飛び込んだ。 「うわっ、ゾロリっ」 突然のことにガオンは彼女を支えきれずに後ろに倒れこんでしまう。 困惑するガオンを見つめて、ゾロリはくすくす笑った。 「お前のそういう可愛いところ、大好きだよ」 まるで子犬のようにじゃれてくるゾロリに、ガオンも微苦笑した。 「会うたびに好きなところが増えてくな…」 「嫌いなところも見つかるがな」 「例えば?」 「そうだな…」 ガオンは少し考えて、それから彼女をぎゅっと抱きしめた。 「甘えないところかな。それから君は綺麗すぎる。私に心配をかけすぎる」 「あーあ、それはもう直らないなー」 ガオンの腕の中で、ゾロリはただ笑っていた。 「外はどうなってるかな」 「よく晴れていて…見てきたらどうだい?」 「そうする」 ゾロリはガオンの腕を抜け出してスリッパの音もパタパタと窓辺に向かった。ガオンも少し遅れてあとを追う。 「ほら、ガウンだけじゃ風邪をひくぞ」 ガオンは厚手のガウンを彼女の肩にそっと置いた。 「ありがとう」 流石に寒かったのか、ゾロリはそっとガウンを引き寄せた。さらにガオンが背中から抱きついてきて、ゾロリはぬくぬくとした笑顔を見せた。 そんな彼女の目に飛び込んできたひとつの光。それは夜空をすっと流れていった。 「あ、流れ星」 「なに?」 「ああ、もう行っちゃった…」 ゾロリは惜しそうに窓の外を見ていた。今夜は新月、月はそこにあるはずなのにその姿を見せない。かわりに掠められていた星たちが今日が盛りと輝きを増す。 満天の星空の中、宇宙の彼方から現れてまた彼方へと飛び退っていく星を目撃するのは幸運だ。ましてや願い事を三回言うなど。 「願い事は言えたかい?」 「無理だよ、見つけたと思ったらもう消えちゃった…パパみたいだな」 「ゾロリ…」 自分の言葉に、ゾロリはふっとうつむいてしまった。 幼いころ自分と母を残して大空に消えてしまった父親を探しているんだと、ガオンはかつて聞いたことがあった。そして何度か遭遇したにもかかわらずその操縦士は正体を明かさなかったし、聞こうとしてもすぐいなくなってしまうのだとも。 もしかしたら彼女が見たのは流星ではなく飛行機のライトだったのかもしれない。 「願い事もたくさんありすぎるし」 「…そうだな、私もたくさんあるよ」 ふたりはさらりと話題を変えた。今はこうして互いのぬくもりを分け合う、それだけでいいのだから。 「なあ、ガオン」 「ん?」 「あそこで光ってるあの青っぽい星さー」 ゾロリの繊細な指先がつっとガラスの端を指差した。綺麗に磨かれたガラスの向こうにキラリと瞬く星があった。 「あの星がどうかしたかい?」 「あれ欲しい」 ゾロリは振り返らずに顔だけあげてガオンを見た。頭ひとつ分背丈が違うのでガオンもそのまま覗き込んでくる。 「本気で言っているのかい?」 「本気だって言ったら?」 そういってゾロリはくすくす笑ったが、ガオンは真顔でふうとため息をついた。 「じゃあ、あの星までいけるロケットを作ろうか」 ガオンは彼女の首筋に顔を埋めて囁いた。ゾロリはくすぐったそうに身を捩る。こんなに甘い雰囲気なのは彼女が何気なく放った一言のおかげだ。青白く光る星を求めるという子供っぽい願望が二人の笑顔をもたらした。 「そしてそのロケットに乗って君と二人で暮らせる星を探そう」 「ふたりで暮らせる星ねぇ…」 「嫌かい?」 「嫌じゃないんだけど…うーん」 乗り気ではない彼女を抱いて、ガオンの胸は不安に揺れた。けれどそれも杞憂だとすぐに分かるのは、自分がまだ彼女を言う一人の人格をよく理解していなかったからだ。 「ふたりっきりか?」 「そうだよ」 「じゃあ…きっと退屈するな。恋なんて邪魔が入るから楽しいんだろー? ふたりっきりだとやきもきする事もないし毎日顔を突き合せるんだから。俺はきっと退屈で死ぬかもしれない…」 ゾロリは自分の体に回されているガオンの腕にそっと触れた。布越しに伝わるより滑らかな温かさがいい。 ただそばにいたいと願うよりも、刺激的な日々を。でも時にはそっと触れ合うような穏やかさを。 自分たちはそういう関係らしい。 「まったく、これだから」 「これだから?」 「…君を手放せないよ」 すりすりと頭を寄せてくるガオンの前髪がふわふわと頬を撫でてくすぐったい。ゾロリはケラケラ笑いながらガオンを引き離そうとするがわりとどうでもいいらしく、なされるがままにくすぐられている。ガオンもガオンで、こんなに可愛いゾロリを独り占めできることが嬉しくて彼女を離そうとはしなかった。 「くすぐったいよ、ガオン」 「今すぐにでも君を抱きたいよ」 「しょーがないな。あと一回だからなー」 「大丈夫、優しくするから」 そういって碧眼の王子はにっこりと笑った。ゾロリは珍しく薄く頬を染めている。 「大事にしてくれよ、俺のこと」 「もちろん。そしてあの星のかわりに」 ガオンはゾロリの前にひざまずくと恭しく左手を取って口づけた。ゾロリは驚いて手を引こうとしたがガオンはそれを許さなかった。 「が、ガオン…」 彼の声は優しくゾロリを捉えた。 「この左手の薬指に、君にぴったりの宝石を贈るよ。ずっと私の側にいると約束してくれたら」 それは女の子なら誰でも夢見る、永遠を約束する輝石。 真摯に自分を見つめてくる青い瞳にゾロリは嬉しそうにはにかんだ。 「なんか…お姫様になった気分だな」 「君は私だけのお姫様さ、ゾロリ」 ガオンはすっくと立ち上がると愛しい姫を抱き上げてベッドに運んだ。ゾロリは何も言わず、ただガオンの作る甘い雰囲気に飲まれていた。 互いの名を呼び合い、許された短い逢瀬を満喫しようと二人は再び肌を合わせる。 いつ果てるとも知らぬ旅路の向こうに待つ小さくても明るい未来を目指して。 そこはきっと楽しい歌に満ちている。 君のために歌う歌があるなら それはきっと楽しい歌 きらきら星を宝石にかえて 君とお星様と楽しい歌を ≪終≫ ≪コメント思いつかず≫ おげー。口から砂はいちゃったいww はいはい。たまにはこういうあまーい話を書いてみたいなあって…魔が差したんです。 本当に魔が差したんです、信じてください! 自分でも分からないうちにキーボード叩いてたんです、本当です、何かに取り付かれてたんです。 最近憑かれてるなーって思って…はっ、狐が憑いてたか!? 狐なのか、そーなのか!? ←いいから落ち着け そういえばこれ書いている時に『よし、星を見にバルコニーに出よう』と思っていたらふと気がつきました。 『バルコニー、ないじゃん…』 王子のお城にはバルコニーがないっ!!! アニメ大百科4を見てもDVD17,18巻をみてもバルコニーのバの字もなかったね。 くそう、お城にバルコニーは必須だと思ってたのに…。 …もう謝罪の言葉もありません。たこ焼きにつぶされてきます。 |