優しい闇の向こう側 誰だって一人で生きているわけじゃない あんなに強いあの人だって 抱きしめてくれる腕を待っている しゅんとして歩くイシシとノシシの前にさくさく歩く金色の狐、ゾロリ。その後ろには双子のお供であるプッペがおろおろと歩いている。 「せんせ〜」 「だーめ。ダメなものはダメ」 「どーしても?」 「どーしても!」 ゾロリとイシシ、ノシシはさっきからこの言いあいばかりで決着がつかない。 石像の彼がどうしておろおろ歩いているのか、その理由は数時間前にさかのぼる。 ある村で、ゾロリ一行は意外な人物に出会った。出会った彼らを人物といっていいかどうか迷うが、とりあえず出会った。 メカイシシとメカノシシである。 彼らは良いこと修行の旅に出ていて今はその村で良いことをして働いている。耕地から草取り、天気予報までこなすという善行ぶりで、村人からは重宝がられている。それが本家本元のイシシとノシシには面白くないのだ。 もっと面白くないのは、彼らの製作者がガオンだということだ。 ガオンは(絶対に認めたくはないが)ゾロリせんせの恋人で、キザな王子様なのだ。自分たちから大事なせんせを奪おうとするあの狼をイシシとノシシはこれでもかと敵視している。 で、イシシとノシシが思いついたのは、メカイシノシにイタズラをさせて村から追い出すという計画である。 それになんのメリットがあるのかはよくわからないが、彼らは異様に真剣なのである。 「…で?」 「あいつらにイタズラさせるためにガオンが必要なんだよ〜〜〜」 「せんせ〜〜」 ゾロリはふうとため息をついた。 メカイシシとメカノシシは仲間が欲しいからといってガオンが作ったメカだ。彼らはガオンのそばを離れて現在修行中で、立派なメカになれるまで戻らないと覚悟を決めている。そしてガオンの言うことだけしか聞かないのだ。 彼らにイタズラをさせるためにガオンが必要だという理屈はわかる。 けれど…。 ゾロリは携帯電話を見つめた。コレを使えば呼び出すのは簡単だ。けれどガオンの大事な仲間を陥れるために使いたくはなかった。 自分にイシシとノシシが大事なように、ガオンも、口にも顔にも出さないけれど彼らが大事に決まっている。 「あいつらはあいつらでいいじゃないか。俺たちとはベクトルが違うの」 「ベクトルって?」 「んー、方向性ってことかな。俺たちはイタズラナンバー1を目指してるんだぞ」 「だからメカたちにイタズラを仕掛けてやるだよ!」 「んだ! 本家本元の意地を見せてやるだ!」 だからお願いと、うるうる瞳で見つめられて、ゾロリはいよいよ観念した。 「ガオン本人じゃなくてもいいな?」 「ということはどうするだか?」 「作る。あいつらがメカなんだから、ガオンもメカで構わないだろ」 ゾロリはふいっとそっぽ向いた。その後ろでイシシとノシシが喜んでいる。 プッペ一人、事情を飲み込めずにおろおろとしていた。 夕方になって、一行は廃屋となっていた工場跡地に忍び込んだ。ここには工具も材料も揃っている。電気がないのが問題だったが、それはよそからこっそり引いてきたので問題ない。 「さて…」 ゾロリは持ってきた鉄パイプを十字の形に組み上げるとモーターと、関節に使う部品を作り出した。モーターは心臓部に組み込み、そして関節の部品にパイプを繋いで曲げてみた。 「うん、動くな」 それを左右対称に人の形に組み上げた。さらにモーターを守るように鉄パイプで囲んだ。イシシとノシシ、それにプッペにも手伝わせて楕円に曲げさせた。 溶接の火花がばちばちっと飛ぶ。それは乱れるゾロリの心でもあった。 だんだん形が出来てくるとゾロリの顔はいっそう浮かないものになる。イシシとノシシに向けている顔はいつものものなのに、背を向けると悲しそうに目を伏せるのだ。 (ガオン…ごめん) 出来た骨組みを包む薄い鉄板を張りながら、ゾロリはそっとメカの胸元に指を這わせた。 深更、メカガオンは出来上がった。 イシシとノシシはくたびれてぐっすりと眠っていた。 ゾロリは出来上がったガオンを見上げた。メカ作りが趣味の彼女にとってこのガオンは会心の出来だが、その用途を考えると手放しでは喜べない。 彼はマネキン。 感情のないブルーの瞳は、ラムネの瓶の中に入っているビー玉を埋め込んだ。温かくない肌は薄い鉄板で、鈍く滑らないダーティブロンドの髪はその辺に捨ててあった本物のマネキンの髪を引っぺがしてきた。 何にもない、ガオンが目の前にいる。 (そういえば随分会ってないや…) 携帯電話を持たされてから、声を聞く機会は増えた。元気そうにしている画像付きメールも送られてくるようになった。 それでも、実際に会って触れるほうが遥かに温かくて幸せだ。 『しばらく会議で忙しくて城を抜けることさえ出来ない』とメールをもらったとき、ならばこっちから会いに行こうかとも考えた。けれど彼の邪魔はしたくないと、以前の自分では考えられないようなことを思ってから、自然足は遠のいていた。 (ガオン…) ゾロリはふらふらと立ち上がる。 冷たい金属の頬に手を這わせ、何度か撫でると摩擦で少し温かくなった。 機械仕掛けの恋人の唇に自分のそれでそっと触れてみた。 ほんの少しだけ、背伸びして。 そうすればガオンは自分の腰を抱いて支えてくれるのだ。引き寄せられる喜びにいつも蕩けそうになる。でも目の前のガオンはぴくりとも動かなかった。 ゾロリはそっと体を離した。 「…何やってるんだろ、俺…」 ゾロリは親指で乱暴にメカガオンの唇を拭った。 自分には冷たい感触しか残らない。それでも触れずにはいられなかったのは寂しかったからなのかもしれない。 「ガオン…」 言葉の端が、少し滲んだ。 ゾロリはメカガオンから離れたところに膝を抱えて座り込み、組んだ腕に顔を伏せた。 そんな彼女の様子を、イシシとノシシは知らない。 ただプッペだけがそれを見ていた。 (ゾロリさん、どうしちゃったっピ?) 何かしてあげなくちゃいけないのに、でもどうしたらいいのかわからなくてプッペはそのまま動けなかった。 翌朝起きてきたイシシとノシシは完成したメカガオンを見て大はしゃぎだ。 「どーだ、ガオンそっくりだろ」 「さすがせんせ、大天才だ〜」 「そーだろそーだろ、もっと誉めていいぞー」 そういってべしべしメカガオンを叩くゾロリを見つめながら、プッペはひとり首をかしげる。昨夜見たあの寂しげなゾロリは一体なんだったのだろうと。 プッペは首をかしげたままこれからいたずらにいくというゾロリたちについていくのだった。 イシシとノシシはゾロリにメカガオンの操縦を任せた。アルトの声のゾロリにはガオンの声真似など造作もない。 まるで本物を見紛うほど完璧に作られたガオンはメカイシノシに疑う隙を与えなかった。 「ガオン様だか?」 「なしてこんなところさいるだ?」 とりあえず彼らはメカガオンの言うままにイタズラを実行した。 が、すべて裏目に出てしまう。 例えばぶっ壊した家の基礎からシロアリが出てきたので、住人から『改築しようかどうか迷っていたんだけどふんぎりがついたよ』と感謝された。またあるところで麦畑に火を放ったら『害虫が付いて全滅していた麦畑の処分に困っていたんだ』と礼を言われた。 しかもメカガオンを完璧に作ってしまったから若い娘さんのファンがついた。これにはさすがのゾロリも面白くなくて翌日にはひょっとこのように作り直してしまった。 「モてるとなんか腹立つ」 「ゾロリさん」 「ん? なんだ、プッペ」 メカガオン(の顔だけ)を改悪しようとするゾロリにプッペが話しかけた。 「ゾロリさんとその人、どういう関係だっピ?」 プッペがそういうと、ゾロリは微苦笑して見せた。 「んー、なんて言ったらいいかな。こいつの名前はイシノシが言ってたからわかるな。ガオンっていうんだ。こいつは…俺にとって大事な人なんだよ」 「お兄さん?」 「違うよ。家族じゃないんだ」 将来はきっと家族になる、という思いを、ゾロリは口にしなかった。 「イシシやノシシ、それにプッペとはまた違った意味で…大好きな人なんだ…」 「じゃあゾロリさん、本当はその人のメカを作りたくなかったんじゃ…」 そう言ったプッペの頭を、ゾロリはそっと撫でた。 「イシシとノシシには内緒だぞ」 内緒、といわれてプッペは思わず口をつぐんだ。 「あー、おいしそうだなー」 「せんせ、ごはんできただー」 食事を必要としないプッペはゾロリの横顔をじっと見ていた。 彼女はきっと無理をしているんだと思った。 そして彼はまた見てしまう、メカガオンの腕を無理やり動かして自分を抱きしめさせている彼女を。 「あ、やべ、腕取れた」 ゾロリは慌ててメカガオンの腕をくっつけた。 (ゾロリさん、寂しいのかな…) プッペの予想を決定付ける出来事が、これから数日後に起こるのだった。 結局イシシとノシシの『メカイシシとメカノシシにイタズラをさせてギャフンといわせよう大さくせん』はメカガオンの大破をもって失敗に終わった。 「だから言ったろ、無駄だって」 「んだなー」 「んでもさー、せんせ。やっぱりあいつらおらたちがモデルなんだねー」 「ん? なんでだ?」 「おらたちがせんせを大好きなみたいに、あいつらもガオンが大好きなんだねー」 イシシとノシシは歩きながらゾロリの手をそっと掴んだ。ゾロリも双子の手を握り返してやる。 「そうだなー。俺たちは俺たちで、あいつらであいつらで進んでいけばいいてことさ。プッペもな」 両手を双子に奪われても、ゾロリは後ろを歩くプッペを忘れてはいなかった。イシシがお兄ちゃんらしくプッペに空いた手を差し伸べる。プッペは迷わずその手をとった。 「えへへ」 「みんなで歩くと楽しいだねぇ」 そうしてまたとっぷりと夜になった。 森に入って夕飯を済ませ、イシシとノシシはすかぴーと穏やかな寝息を立てていた。その横でプッペも眠っていたのだが、彼がふと目を覚ました時、隣にいるはずのゾロリがいなかった。 「あれ? ゾロリさんがいないっプ?」 プッペは寝入っているイシシとノシシをおいてひとりでゾロリを探しに出かけた。 ゾロリはすぐに見つかった。 森を抜けると大きな原っぱが広がっていた。その中心にゾロリが一人で立っていた。 「ゾロリさ…」 声をかけようとして、プッペは彼女の背後に忍び寄ってきた人物に目を止めた。もしかしてゾロリを狙った悪い人かも、と思った。 しかし次の瞬間、ゾロリは笑っていた。 背後から近づいてきた男に抱きしめられた彼女は、幸せそうに笑っていたのだ。 よく見るとその男に見覚えがあった。 「誰だっプ?」 プッペは思い出せずに首をかしげている。 そんな小さな悩みなど知らずに、ゾロリは男の腕の中で微笑んでいた。 「…寂しい思いをさせたね」 「王子様が多忙なのはよく知ってるよ、ガオン博士」 首筋に埋められたガオンの頭、唇から漏れる吐息がくすぐったくてゾロリは身を捩った。 「くすぐったいよ、ガオン」 ゾロリの楽しげな抗議にガオンは耳を貸さなかった。それどころかゾロリの懐に手を差し入れてさらしの上から柔らかな乳房を撫でた。 「んっ…!」 熱い男の手に、ゾロリはぴくんと体を震わせた。明らかに触れることが目的で侵入してくる手はそのように動く。 「こらっ、ガオンっ…」 「誰にも触らせてないだろうね」 「誰が触らせるかっ、男なんて気色悪い…。あ、でもお前は別。あと、可愛い男の子も」 この場合の『可愛い男の子』はイシシとノシシ、それにプッペを指す。それゆえにガオンは複雑だ。 自分はゾロリを守るだけの力を持っているつもりだ。けれどその力を使うことはほとんどない。なぜならガオンはいつも彼女のそばにいるわけではないからだ。 博士として暮らす時間より、王子として生きる時間のほうが長い彼にとってそれは仕方のないことだった。 もし彼女がこれから先の人生を自分にくれたなら、自分はいつだってゾロリのためになんでも出来るのに。 ガオンはゾロリの懐から手を抜いて、もう一度彼女を抱きしめた。 「ガオン?」 「…だよ」 「…うん、知ってる」 自分の胸の前に組まれたガオンの手に、ゾロリはそっと自分の手を重ねる。 それだけで幸せだった。 「ゾロリ…」 「ん?」 「…キスしたいな、こっちを向いてくれないか?」 ガオンがそういうとゾロリはくすくす笑った。ガオンのほうに向き直るのは簡単だがそれじゃつまらない。 「ふふふ、頑張ってみろよ」 「なに、君を振り向かせるくらい簡単だ」 そういうとガオンは彼女を解き、ざっとゾロリの前に躍り出た。 「これでいいだろ。君を振り向かせるということは向かい合うってことだから」 ガオンは再びゾロリを胸中に抱いた。ゾロリは彼のコートの前をぎゅっと握った。 「そーきましたか」 「くるくるとメリーゴーラウンドでも期待してたかい?」 「まあね」 そうして二人はくすくす笑いあった。 「約束だよ」 「…わかってる」 ガオンがそっと腰に手を添えて引き寄せてくれる、それがゾロリにとって妙に安心できることだった。 左手を腰に、右手を頬に添えて、少し倒すように口づけてくる。 「んっ…」 目を閉じ、少しずつ角度を変えながら触れ合うたびに体が熱くなっていくのがわかる。 腰に添えられていた手は背中を撫でながらゾロリの頭を抱く。 「んっ、んっ!」 するりと入り込んでくる舌が自分のそれと触れ合ってくちゃくちゃと音を立てた。 離れた時には、舌と舌を銀のしずくが繋いでいた。 「んもう、やりすぎだよ」 「足りないくらいだけどね…」 それでも嬉しいには違いなくて、ゾロリはもう一度ガオンにぎゅっと抱きついた。 プッペはそんな二人をまじまじと見つめていた。何をしているのかわからなかったのだ。 プッペが物心ついたときにはおばけの森には自分とプラスのデンキウナギしかいなかったから誰も教えてくれなかったのだ。 「えーっと、えーっと、ボクどうしたらいいっピ?」 今日で何回目だかわからないほどおろおろとうろたえるプッペの後ろに、ふっとイシシとノシシが現れた。 「プッペ、こんなところで何しているだ?」 「あ、イシシさん、ノシシさん」 イシシとノシシはプッペのお師匠様だ、それにゾロリと一緒にいる時間も長いから彼らに指示を仰ぐのが適当だろう。 「ゾロリさんが、変な男の人に何かされてるっプ」 「変な男!?」 イシシとノシシがびっくりして茂みの向こうを見る。ゾロリとガオンが幸せそうに抱き合っているのが癪に障って、彼らはちょっとしたイタズラを思いついた。 「やっぱりおらたちはせんせの弟子なんだし」 「イタズラくらい出来ないと」 彼らはプッペに見えないようにイッシッシノッシッシとほくそえんだ。 そしてふたりはプッペの肩をがっちりと掴んだ。 「プ?」 「プッペぇ、今ゾロリせんせと一緒にいる男は悪い男なんだ」 「えええっ!!?」 プッペが驚いて声を上げるのを、ノシシが慌ててふさぐ。 「静かにするだ、プッペ。相手の男に気づかれるだ」 「ご、ごめんなさいっピ」 今度はノシシが真剣な顔で話しかけた。 「せんせはあの男に騙されてるだよ。おらたちもせんせを助けようと頑張っただどもダメだっただ。プッペ、君になら出来る、せんせを助けてくるだ!」 よくわからなかったが、ゾロリがピンチなら助けなくちゃ。 プッペは二人に向かって勢いよく走り出した。 「ゾロリさーん!!」 抱き合っていた二人は、声のほうを振り向いた。するとプッペが猪突猛進、まっすぐ自分に向かってきているのが見えた。 「プッペ!?」 世界がスローモーションになった。 まずガオンがいきなり現れたプッペに驚いてゾロリを突き飛ばした。ゾロリは転びはしなかったものの、ぐっと後ろに下がって踏ん張った。プッペはガオンに頭突きしようと飛び込んできている。 ゾロリが顔を上げて目を見開いた時、ガオンはプッペの直撃をまともに食らって吹っ飛んでいた。 「ガオン!!」 ガオンは仰向けに倒れ、その上にプッペが乗りかかっていた。 「ゾロリさん、逃げて!!」 プッペがぽかぽかとガオンを叩いているのを、ゾロリは慌てて止めた。 「こらやめろ、プッペ!」 まだブンブンと腕を振り回しているプッペをゾロリは脇から抱えてどけた。プッペはゾロリを守ろうと必死でまだ腕を振り回していたが、地面に下ろしてもらうと大人しくなった。 「ゾロリさん、逃げなかったっピ?」 「プッペ、お前なんか勘違いしてるだろ」 「ピ?」 ゾロリが倒れたガオンを抱き起こした時になってプッペはあっと声を上げた。 ようやく思い出したのだ――『俺にとって大事な人なんだよ』 ゾロリと一緒にいた男の人は、彼女が大事だといった男の人だったのだ。 「ガオン、大丈夫か?」 彼はゾロリに支えられてゆっくり起き上がった。 「大丈夫だよ、いきなりだったから受身が取れなかったけど」 ガオンが何とか笑ってみせてくれたのでゾロリもほっとして笑顔を見せた。 ゾロリはプッペを叱らなかった。メカガオンと本物のガオンの見分けがつかなくても仕方がない、本物のほうは首もとに鳥のファーをあしらったインバネスを着ているので暗いところでは顔が判別しにくいのだ。 「プッペ、落ち着いたか?」 「ゾロリさん…」 プッペはゾロリの足に抱きついた。 「ごめんなさいっピ。ボク、ゾロリさんが変な人に何かされてるって思ったから…」 「うん、助けてくれてありがとう、プッペ。犯人も大体わかったし」 プッペの石頭を撫でながらゾロリはちらっと茂みのほうを見た。小さな茶色の耳がびくっと動いたかと思うとしゃっと音を立てて消えた。 「くおら!! イシシ、ノシシ!!!」 「ぎゃー!!」 ゾロリの拳骨が茂みの向こうの二人に直撃した。イシシとノシシは涙を浮かべて頭を抱えている。 「まーたお前たちはプッペに嘘ついて…お前たちがガオンのこと気に入らないのはよく知ってるけどあんまり乱暴なことするなよ」 「…せんせがいけないんだ」 「…んだ」 「あん? なんでだよ」 茂みの向こうとこっちでは話がしにくいので、ゾロリは二人の前まで出て行った。 「何で俺がいけないんだよ」 「おらたちが寝てる間にこっそり会ってるなんてズルいだ」 「おらたちだってせんせのこと、大好きだし…それに、起きた時せんせがいなかったら、おらたちせんせに置いてかれたって…怖いだよ、おら怖いだよぉ〜〜」 鼻水だらけで抱きついてきた双子を、ゾロリは拒むことなく抱きしめた。 イシシとノシシはかなり勘違いしている。 確かに双子が寝ている間にガオンとこっそりあっていたのは事実だけど別に隠すつもりはなかったし、捨てていくつもりは毛頭ない。 それにガオンといる時間よりイシシとノシシ、それに今はプッペといる時間のほうが遥かに長くて多いことを忘れているんじゃないかと思うと、ゾロリは彼らをしっかり抱きしめて笑ってやるしか出来なかった。 「せんせぇぇぇ」 「ごめんなー。でも俺はお前たちと一緒だって、いつも言ってるだろ?」 「せんせぇぇぇ」 「泣かない泣かない。ほら」 ぎゅっと、ぎゅっと、もっといっぱい抱きしめてと、双子はさらにゾロリに抱きついた。 そのころプッペはガオンの背中を撫でていた。勘違いとはいえ彼に怪我をさせてしまったことは拭えない事実だ。 「ごめんなさいっピ」 何度もそう言いながらあちこち擦ってくれるプッペに、ガオンは笑顔を向けていた。 「もう大丈夫だよ、気にしなくていい。こういうことには慣れているからね」 「命を狙われているピ!?」 ガオンの立場や経験からすればさりげない一言だったのだが、おばけの森でのんびり暮らしていたプッペは非常に驚いた。驚いたのでプッペはガオンの周囲に気を配った。 「…君はメカなのかい? それとも…おばけかい?」 今日はおろおろしたり驚いたりすることばかりだとプッペは思った。それでなくともゾロリとの旅はプッペに広い世界を開いてくれていて、毎日が新鮮だったけれど。 「ボクは…その…」 「…無理には聞かないよ。ゾロリだったら君みたいなメカも作れるだろうし、おばけだったとしても不思議じゃないさ」 「どうしてだっプ?」 するとガオンは苦笑してプッペの頭を撫でた。 「ゾロリにはいろんな友達や仲間がいるからね。おばけや妖怪、海賊に魔法使い、科学者、そして…王族とかね」 「へぇ…ゾロリさんすごいっピね!」 その『友達や仲間』というカテゴリーの中に、ガオンはあえて自分を入れなかった。ゾロリは自分の一族以外の王族や政府関係者と親しいらしく、他国に赴いた時に彼女に助けてもらったという話を聞くことも多い。けれど自分は『恋人』でありたいと願った。だから入れなかった。 「ガオンさんは、ゾロリさんの大事な人だっピ?」 プッペの言葉に今度はガオンがきょとんとプッペを見つめていた。 「…ゾロリがそう言ったのかい?」 「うん、言ってたっピ」 プッペはその話をした経緯については話さなかった。メカガオンを辛そうに見つめ、そのメカを作りたくなかったんだと言外に言ったゾロリを思い出していたからだ。 (ゾロリさんも、寂しいときがあるっピね) 目の前にいるガオンに抱きしめられて幸せそうに微笑んでいる彼女を見たとき、不思議とほっとしたのだ。助けなきゃと思うより、その思いのほうが強かったのはこういうことだったのだと、プッペはやっと理解した。 強くて、綺麗で、度胸があって、優しくて暖かいゾロリ。 兄弟で仲が良くて、自分のことを弟の様に可愛がってくれるイシシとノシシ。 なんでも一人で頑張っているように見えるイシシとノシシはゾロリに、そしてゾロリはこの人に。 (みんなで支えあってるっピ) プッペはにっこり笑った。 じゃあこの人はって考えたとき、ガオンにはゾロリがいるんだとわかった。 プッペはゾロリしか見ていなかったけれど、そばにいて分かる――ガオンも幸せそうだと。 だからやっぱり邪魔をしてしまったことが悔やまれた。 「ガオンさん、本当にごめんなさいっプ」 ガオンは微笑してプッペを撫でた。 「ゾロリにはいい仲間が増えたね」 なんだか照れくさくて、プッペはもじもじとはにかんでいた。 イシシとノシシはゾロリの膝の上で泣きつかれて眠っていた。 「ゾロリ」 「しっ、二人とも寝ちゃったから」 ゾロリは愛しそうに二人を撫でた。起こして運ぶのは大変だからと、ゾロリはプッペに頼んでもと寝ていたところから荷物を運んできてもらった。 ガオンと二人でイシシとノシシを横たえ、プッペが持ってきてくれた毛布に包まらせた。 「どこで手に入れたんだい?」 「拾ったんだ。大丈夫だよ、綺麗だから」 双子を起こさないようにひそひそと話すゾロリとガオンを見ながらプッペも眠くなってきた。 「プッペはここな、ノシシの隣にでも」 「はいっピ」 プッペはもそもそとノシシの横にもぐりこんだ。 「おやすみなさいっプ」 「おやすみ」 そうして3人が眠ったをの見届けてガオンは懐中時計を取り出した。すでに深更、まもなく丑三つ時だ。 「私たちも眠ろうか」 「もちろん。朝まであんまり時間がないけどな」 ゾロリは少し大きめの木の根元にころりと転がった。縞の合羽にわが身を包む。そこにガオンがぎゅっと抱きついてきた。 「うわっ、ガオン!?」 「静かに。子供たちが起きちゃうよ。大丈夫、何もしないから」 ガオンは自分のインバネスの中にゾロリをそっと抱きいれた。途端、彼女の動悸が少し早くなったのを感じた。 こうすることは決して初めてではないのに、いつも可愛い反応を見せてくれるのが嬉しい。 「おやすみ、ゾロリ…」 「お、おやすみ…」 一人なら、きっと寒かった。 二人だから、暖かい。 翌朝プッペが目を覚ますとまだみんなすやすやと寝息を立てていた。 「ピー…」 イシシとノシシは寝相が悪くて毛布をはいでしまっていたので、プッペは掛けなおしてあげようとした。 まずはすぐ隣にいたノシシに掛けなおしてあげる。そして向こう隣のイシシのも直してあげようと動いた時だった。 イシシが寝返りを打ってプッペを蹴り飛ばしたのだ。蹴り飛ばすというより足先で小突いた感じなのだが、とにかくプッペはバランスを崩した。 イシシの向かいにはガオンが寝ていた。 ピー、という鳥のような声だけ残して、プッペはガオンの上に倒れこんだ。 プッペの体は堅い。 「ふぎゃああああ!」 プッペが倒れ掛かった衝撃に、甘い惰眠を貪っていたガオンは声を上げてはね起きた。彼の腕の中にいたゾロリは耳元で叫ばれたので驚き、耳を押さえてガオンから離れた。イシシとノシシはこの騒ぎにも負けずに眠り続けている。イノシシは一度寝るとなかなか起きない。 「な、なんだ!?」 「ごめんなさいっピ、ごめんなさいっピー!!」 ガオンは腹部を押さえてうずくまっていた。その足元でプッペが平謝り。 「どうしたんだ、プッペ」 「ゾロリさん、ボク…イシシさんの毛布を掛けなおしてあげようとしたら何かに躓いちゃって…ガオンさんに圧し掛かってしまって…ガオンさん、ごめんなさいッピ」 「ガオン、大丈夫か?」 ゾロリはガオンを抱きかかえるように支えていた。プッペもガオンの腕に触れて擦っている。 「大丈夫だっ…大丈夫…」 「プッペも悪気があってじゃないんだ、事故だから。謝ってるし、許してやって」 「ごめんなさいっピ」 ゾロリのとりなしがなくても、ガオンはプッペを叱るつもりなどなかった。双子と違ってほとんどと言っていいほど悪気がないからだ。 痛みが治まってきたころ、ガオンはようやく息をついた。 「いきなりだったから驚いたよ」 「大丈夫?」 「ああ、痛みも治まってきたし」 そう聞いてプッペもようやく安心できたのか、にっこり笑ってくれた。 「ガオンさん」 「なんだい?」 「ボク、おばけだっピよ。おばけの森から来たっピ」 けれどこの体は借り物で、中身とは相当かけ離れた姿をしていることは言わなかった。それはまだゾロリにも話していないことだったのだ。 いつかきっと話をしようと思う――その決心が出来た時に。 「そうか、おばけなのか」 「プッペ、ガオンとすっかり仲良くなったな」 プッペはエヘへと笑った。 「だって、ガオンさんはゾロリさんと似てるっピ」 プッペの無邪気な言葉に、二人は耳をピンと立てた。ガオンは嬉しそうに微笑んでいたが、ゾロリは真っ赤になって困惑していた。 「…似てるかな」 「似ているんじゃないか」 ふと、木の間がぱあっと明るくなった。山の端がぼんやりと白く染まっている――夜明け、だ。 ゾロリはプッペをつれて山が見えるところまで行ってみた。もちろんガオンも一緒だ。イシシとノシシがまた泣き出さないように、近くで3人そろって夜明けを見た。 「見えないっプ」 そういってぴょこぴょこ飛び跳ねているプッペはゾロリがそっと抱きあげた。 「見えるか?」 「見えるっピ!! 綺麗だっプねぇ〜〜」 プッペは自分の両手で自分の頬を包み、ほおっとため息をついた。 「ゾロリ…」 「ん?」 「…君と何度でも夜明けを見たいな」 ゾロリはくすくす笑いながらプッペを下に降ろした。 「どう言い方を変えてもそれはプロポーズだよな、ガオン」 「…念押しだよ」 触れ合った指先をそっと重ね、引き寄せて、繋いで。 プッペがゆっくりと生まれ来る朝日に見惚れている間にそっと口づけた。 「俺も、念押し。お前のこと大好きだから。何度でも一緒に夜明けを見ようなー」 こつん、と肩に柔らかい髪が触れてくる。朝日と同じ輝きの金色の髪だった。 3人で朝日を眺めたあと、ようやく起き出してきたイシノシと一緒に朝ごはんを食べて、ガオンとゾロリたち一行は別の旅路を取った。 「あ、そういえばプッペ」 「なんだっピ?」 イシシとノシシを先に歩かせ、ゾロリはプッペと並んでいた。プッペは意気揚々と歩いている。 「さっき、別れ際にガオンと何話してたんだ?」 「んー…」 ゾロリの問いかけに、プッペは少し考えてこういった。 「…内緒だっピ。ガオンさんと約束したから。ボクもゾロリさんとの約束を守って、イシシさんとノシシさんにはメカのこと言ってないっピ。もちろんガオンさんにも」 「そ、そっか…」 それだけ言ってにっこり微笑むと、プッペは前方を歩いていたイシシとノシシに追いつこうと駆け出していった。 「ガオンのやつ、なんて言ったのかな…」 ゾロリは懐から小さなガラス玉を取り出した。それはメカガオンの瞳に使ったラムネ色のビー玉だった。 ひとつじゃなくて、ふたつ。 『ゾロリを守ってほしい、君の出来る範囲で』 ガオンはプッペにこう言っていた。王子としての彼は人物の力量を正確に見分けて適した任務を与えなければならない。プッペの力量を知らないガオンは彼の出来る範囲で、と言うのを忘れなかった。 プッペには内緒だと言わなかったのに、プッペ自身は大きな目的をまたひとつ見つけたような気がして、そっと心の中に仕舞っておくことにしたのだ。 小さな嘘だけど、たまにはいい。 「イシシさん、ノシシさん」 「プッペ!」 イシシとノシシは駆け寄ってきたプッペを真ん中にして3人で仲良く歩き始めた。 そんな後ろ姿を見守ってゾロリは優しく微笑した。 「まあ、みんな男の子だもんな」 イシシもノシシも、プッペも、そしてガオンも。 大好きな人たちと過ごす日々は闇の向こうからやってくる。 優しい闇の向こう側から 朝日はゆっくり生まれ来る ≪終≫ ≪アニメで見たかったな≫ えーっと、メカガオンの回ですね。今回書きたかったのは『せんせは本当はメカガオンを作るのは嫌だった』というのと『プッペとガオン』というカップリングです。プッペとガオンって、意外と仲良くなれるかも知れないwwwwwwwwwwwwww |