銀の手のひらで抱いて この手をとって死に逝くのならそれでもいいと思った だから君に会いたかった なのに君はいつものように飄々と まるで風のように流れていく――この世界と、時を 大隕石の衝突によって地球が最後の日を迎えようとしていたのがほんの数分前。彼女の周囲に集まってくれた人々のおかげで隕石が地球に衝突することはなかった。すなわち、地球は救われた。 「よっしゃー!! 地球は無事だー!! 俺様たち助かったぞー!!」 金色に輝く狐が鬨(とき)の声を上げたとき、周囲にいたみんなにもその感動がボツリヌス菌のように広がった。恋人と見つめ合う者、仲間と手を取り合って喜ぶ者、抱き合ってはしゃぐ者とそれぞれにこの幸運を分かち合った。 「ゾロリ、お前は大したやつだ。やっぱり俺はお前を諦めないぞ。いつか必ず俺の女にしてやるからな!」 そういってタイガーは呵呵大笑しながらゾロリの背中をバンと叩いた。 「おあいにく様、もう手遅れさ」 今日ばかりはさして喧嘩する気にもなれずにゾロリはタイガーとも笑いあっていた。 「ゾロリさん、すごいわぁ」 「流石ゾロリせんせ」 「いや、俺はマシンの設計をしただけさ。イシシ、ノシシ、お疲れ様」 ゾロリの言葉にイシシとノシシは真っ赤になって照れながらえへへと笑って顔を見合わせた。 彼女の周りに今回集まってくれたみんなが口々に礼を言って去っていくのを、ゾロリは一人一人丁寧に見送った。 「ゾロリ」 「…ロジャー」 彼のそばにミリーとネリーが微笑んで立っていた。紫の瞳がゾロリを優しく見つめている。 「やっと君に、借りを返せると思ったんだが、また君に助けられてしまったな」 「だから、俺だけの力じゃないって。人は誰だってひとりで生きていけないんだよ」 「ああ、そうだな。それも君に教えられたことだ」 ロジャーはそっとゾロリの手をとった。ゾロリはそれを払わずにそのままきゅっと握り返した。 「機会があったら魔法の国にも遊びに来てくれ。歓迎しよう」 「そうさせてもらうよ。ミリーさん、大事にしろよ」 言葉の後半だけ、ゾロリはロジャーの耳元で囁いた。ロジャーは真っ赤になってゾロリの手を離す。 「ぞ、ゾロリ…」 ゾロリはくすっといたずらっぽい笑みを浮かべた。 「だから言っただろ、お前にお似合いの女性がいるって」 そういってゾロリはミリーを見つめたが彼女はきょとんとこちらを見ていた。ネリーはなぜかくすくすと笑っている。 「ほら、ミリーさんがヤキモキしてるから早く帰れって」 「あ、ああ」 そういうとロジャーはミリーとネリーを促してほうきに跨った。 「それじゃあゾロリ。また会う日まで、元気で」 「ああ、みんなもな」 ちゃっとLサインを交し合って、ゾロリは魔法組を見送った。続いて妖怪学校のみんな、タイガーたち、モーモー娘たちと帰っていき、今度は自身がブーデル博士に別れを告げた。 「ゾロリ君、わしの発明もなかなか役に立ったようじゃな」 「ああ、また面白い研究成果が上がったら寄らせてもらうよ」 「ありがとう、ゾロリ君。普通の野菜を持っていかんかね?」 「わーい、もらうだぁ」 力いっぱい働いておなかがすいたイシシとノシシは遠慮なく博士が持ってきた普通の野菜を受け取った。 「こら、お前ら」 「いいんじゃよ。わしひとりではどうしようもなかったからな」 「ありがとう、博士。じゃあ俺たちはこれで」 ブーデル博士は彼女らが遠ざかるまでずっとずっと見送ってくれていた。 野菜をいっぱい抱いて嬉しそうなイシノシの後ろでゾロリもゴキゲンで歩いていた。 「せんせー、今日は普通に野菜鍋だな」 「ああ、野菜たっぷりの鍋にしような」 「わーい」 イシノシはにっこり笑ってゾロリを見上げた。そしてその手をぎゅっと握った。 「なんだぁ?」 イシシとノシシはえへへと笑った。 「おらたち、せんせが大好きなんだよ〜」 そしてゾロリの手をぐっと引いた。倒れそうになったゾロリを支えるように抱きついた二人は幸せそうだった。 「せんせと一緒に天国でママさんに会うのもいいかと思ったんだけど」 「けど、やっぱりこうしてせんせと旅をしてるほうがおらたちはもっともっと楽しくて嬉しいだよ」 「お前たち…」 ゾロリも、イシシとノシシをぎゅっと抱きしめた。この小さな優しさと温かさに何度寂しさや悲しさを拭ってもらっただろう。 ほんの少しだけ離れそうになったこともあったけど、結局また元の一行に戻って旅を続けてきた。 「もー、今日は豚肉奮発しちゃおうかな」 「わーい、豚肉豚肉」 鍋に肉が入ると聞いて大喜びのイシシとノシシはまたしっかりと野菜を抱いて肉屋さんを探し始めた。あまりに早い変わり身にゾロリは少し呆れながらもまたさくさくと歩き始めた。 そしてふと、あることに気がついた。 見送った仲間や友人たちの中に、ガオンがいなかったのである。 『君との決着がまだついていないからな、手伝わせてもらうぞ』なんて言いながらやってきたのに黙って帰ってしまったというのだろうか。 (まあ、ママさんが城で待ってるんだろうからなぁ) ガオンは一国の王子様だ、いくら地球の危機を救うためとはいえ母親を一人城に残しているのはやはり不安だったのだろう。あの騒ぎの中でこっそり帰ったとしてもそれは仕方がないことである。 地球最後の日を回避しようプロジェクトの間はそれどころじゃなくて一言も口を聞かなかったくらいだ。 「どうしてるかな…」 ポツリと呟いたそのとき、イシシとノシシが大声を上げた。ふっと顔を上げるとふたりの前に一人の青年が立っていた。 「な、なんだ?」 ゾロリが慌てて駆けつけるとなんのことはない、先程まで気に留めていたガオンが立っていたのである。イシシとノシシも呆れて野菜の包みを持ちなおし、ガオンもネクタイを緩めた。 「そんなに驚かなくてもいいだろう」 「何やってんだよ、お前らは。もー」 「だって急に出てくるから驚いただよ〜」 イシシとノシシはゾロリの脚にしがみついた。茶色の柔らかい髪を撫でてやりながらガオンを見ると彼は不機嫌さをいっぱいに滲ませていた。青い瞳から鋭い眼光が飛んでいる。これでは双子が怯えるのも無理はない。 「な、なんだよ。そんなに睨むことはないだろう? 俺なんかしたか?」 ゾロリがそういうとガオンはふうとため息をついて帽子を深く被りなおした。 「別に。これから君たちはどうするんだい?」 「どうするって、いつもどおり野宿さ。これから豚肉を買って3人で鍋にするんだ、なー」 「なー」 イシシとノシシは先ほど怯えていたこともころっと忘れたかのように嬉しそうに同意した。 「じゃあ、城には来ないんだな」 「そのつもりだけど…なんだよ、言いたいことがあるならちゃんと言えよ! いちいち奥歯に餅でも挟まったみたいな言い方しやがって!!」 ゾロリがわずかに声を荒げるとガオンもむっとして背を向けた。 「別にどうということはない。私は城に戻る、それだけ言いに来ただけだ」 そういうとガオンは乗ってきたエアバイクに跨ると、土煙を上げてそのまま走り去った。それは3人を直撃した。 「せんせー」 「あの野郎…」 ノシシは目に砂が入ったのかぽろぽろと涙をこぼし、イシシは鼻から鼻水をたらしている。 「あったま来た!! イシシ、ノシシ。今日はたらふく食って早く寝ようぜ!」 「はいだー!!」 3人は豚肉を探しにのっしっしと歩きだした。 スーパーで買ってきた特売の豚肉をゾロリは大事そうに抱いていた。 「ん〜、豚肉ちゃ〜ん」 「せんせ、お見事な突進だっただぁ」 「すごいだよー」 イシシとノシシは鍋の出汁を用意している。ゾロリは豚肉と野菜の下ごしらえをしながら鼻歌を歌っている。タイムセールで売られていた最後の一個を渾身の力を振り絞って奪取したのだ、その愛しさは他のどんな肉とも比べ物にならない。 「野菜、入りまーす」 「野菜入っただー」 手頃な大きさに切られた野菜がだばだばっと出し汁の中に投入された。ぐつぐつと沸いていた湯がわずかに収まりを見せた。 「野菜を煮てっ」 「野菜を煮てっ」 イシシとノシシが可愛らしい声で歌いながら鍋の中身を丁寧にかき回した。 そこにゾロリが発泡トレイを丁重に捧げ持っている。 「それでは。豚肉、いきまーす!!」 「バッチコイだー!!」 ゾロリの細い指先が一枚の肉を摘みあげた。そろそろと鍋上空まで運ぶと、ふっと力を抜いた。 とたん、肉は鍋の中に落ちていく。肉は一瞬沈み、その後ふわっと浮いてきた。 「肉…入りましたー!!」 「入りましたー!!」 小躍りするイシシとノシシを苦笑しつつ見つめるゾロリは残りの肉を丁寧に入れて煮た。 「ちょっと味見な」 「あーん、せんせずるいだぁ」 「お前らが味見したらなくなっちゃうだろうが」 ゾロリは片手でイシシを押さえるとおたまから汁をすすった。その汁を舌の上で転がしてうんと頷いた。 「よし、いい味。ほら、今注いでやるから大人しくしてろ。暴れるとこぼしちゃうぞ」 ゾロリに言われるままにイシシとノシシは彼女の左右にきちんと座った。食べ物のこととなるとはしゃいで暴れるか大人しくするかのどちらかである。 「お肉は同じに入れたからな」 喧嘩しないようと気遣ったゾロリが彼らにお椀を渡した。イシシとノシシはお互いの椀の中身を確認すると納得したのか元気よく声を上げて温かい汁をすすり始めた。 「んま〜」 「お肉の味がイイだね〜〜」 嬉しそうな双子を見つめてゾロリも満足そうだ。 それから3人はわいわいと騒ぎながら鍋を平らげた。空っぽになった鍋の中には野菜や肉の小さなカスだけが残っている。 「んはー、食っただぁ」 そういうとふたりはころんと後ろに倒れこんだ。満たされた腹を撫でながら満面の笑みを見せている。 「食ってすぐ寝ると豚になるぞー」 ゾロリはくすくす笑ったが、二人は何の反論もしなかった。 「あれ? 二人とも…」 変に思ったゾロリがそっと近づいてみるとふたりは目を閉じ、ぐーぐーと寝息を立てていた。 「寝ちゃったのか」 ゾロリは穏やかな微苦笑を見せて彼らの周りの食器を片付けた。そして二人をきちんと並べてから上掛けをかけてやる。ふたりはむにゃむにゃと軽く寝ぼけているようだ。無理もない、今日は地球を救うために力の限り働いてくれたのだ。おなかがいっぱいになったことと疲れていることで彼らの体は無意識のうちに睡眠を求めた。 「…今日は頑張ったもんな」 ぽんぽんとふたりの体を撫でて、ゾロリはふわりとその場を離れた。焚き火の火は当分消えはしないだろう、彼女は食器と箸、それに鍋を抱いて水辺に向かった。後片付けは双子の仕事だったが今日くらいはいいだろう。ゾロリは川の水にいきなり鍋を突っ込むようなことはせず、手で水を掬って鍋に注ぎいれた。そして鍋をがしがしと洗う。お椀と箸はちょいちょいを水をかけて洗っただけだ。 「んー、だいぶ使い込んだよなぁ…」 洗うたびに黒い水が出てくる。使い込んだ鍋の宿命といえた。旅を始めたときからずっと使っているものである。鍋を磨きながらゾロリはふと考えることがあった。 今日のガオンの態度だ。 いつもなら自分を見てほんの僅かだが嬉しそうに笑う。なのに今日はそんなことをしなかった。 地球最後の日を回避できた喜びを表そうともしなかった。 ただぶっきらぼうに城に帰る、とだけ言い置いて去った。 「なんだったんだろうな、あいつ…」 ゾロリはふとガオンの態度を思い出す。彼は城には来ないのだな、と念を押していた。 「城には来ないんだな…って言ったっけな」 そこでゾロリははたと思いあたって立ち上がった。 「まさか…そんなことっ…」 「やっと気がついたのか、ゾロリ」 背後から聞こえた低い声に彼女ははっと振り向いた。 「ガオン…」 ダーティブロンドの前髪がサファイアブルーの瞳を僅かに覆っているこの狼こそがゾロリの恋人なのである。 ゾロリは握ったままのたわしを鍋の中に放り込んで下げていた手ぬぐいで慌てて手を擦った。 「ガオン…城に戻るって」 「ああ、そのつもりだったんだが…」 ガオンはゆっくりと彼女に近づいた。 「君に言いたいことがあってね」 「ガオン、俺…その…」 珍しく口ごもる彼女は視線を地面に落としている。なんと言ったらいいものか、自分の中で整理がついていなかったのだ。そんなときにガオンが現れたのである。 「ちょっとそこに座れ」 「ああ、はい」 なんとなくガオンのいうことを聞いて、ゾロリは手にしていた鍋を置いて、その場に座った。向かうようにガオンも腰を下ろす。 ガオンはキッと顔を上げた。 「…世界が最後だって言うのに、君は一体何をしていたんだ?」 「…えーっと、イシシとノシシが泣きながら走っていったのを追いかけたら芋畑にたどり着いて、そこでブーデル博士と知り合って…」 「で?」 「…地球を救えるかもしれないってわかって、計画を練ってました」 ガオンは小さく頷いた。 「べ、別にいいじゃんか、地球は救われたんだし」 「よくない!」 ゾロリの反論を、ガオンが一蹴した。拳を地面に叩きつけて叫ぶその声に、数羽の鳥がばさばさと飛び去っていくのが聞こえた。 「ガオン…」 「私がっ…どれだけ心配したと思っているんだ…。地球が最後だという日に君に会いたかった。君と一緒ならこの地球と滅び行くのもいいと…私はっ…」 ガオンの声が僅かに震えた。握った拳を震わせながら、泣くのを堪えているのかもしれない。 「でもようやく君を見つけたとき、君はこの世界を守ろうとしていた、最後の最後まで」 なんとか隕石を破壊できるというプロジェクトの先頭に立っていたゾロリを見つけたとき、彼女は既に自分だけのものではなかった。この世界の一握りの集団だったけれど、誰もが彼女なら何とかしてくれると集まっていたのだ。 もちろんそれは過度の期待というものだ。 でも、彼女に手には運命の鍵が握られているような気がした。この世のすべてを自由に操れるのではないかという錯覚さえ覚えていたかもしれない。 「私は…君が好きだ。何度でもいう。でもあの時だけは、本当に君が遠くへ行ってしまったような気がしたんだ…」 ガオンの声はだんだん弱くなってきた。途切れ途切れに話しているのが切なくて、ゾロリは思わず腰を浮かした。 「ガオン…ガオン…」 「君が…好きなんだ…」 ゾロリはそっと、彼の頭を抱きしめた。彼は何もいわずに肩口に顔を埋めた。震える肩が、ガオンの心を如実に示していた。 「ガオン…ごめんな、ごめん…」 泣くなんて思いもしなかった。ただ腹の底から震えて、けれど声を出すまいと必死なのがわかる。 あのまま世界が救われずに、はなればなれで死んでいたら。 もう二度とこの腕に抱くこともなかっただろう。 その声も、顔も、髪も、瞳も、肌もすべて――灰燼に帰し、二度と出会うことはない。 こうして抱き合っている今こそ既に夢ではないかと思った。しかし今こうして抱いている彼の体は優しい温かさに満ちていた。 「ガオン…大丈夫だよ、俺はここにいるだろ?」 ゾロリは何度も何度も彼の背中を撫でた。もう落ち着いたのか、顔は上げなかったが茶色の尻尾がぴるぴる揺れていた。 「ガーオーン」 「…い」 「え?」 囁かれた言葉に、ゾロリは苦笑するしかなかった。そして急いで台車を作り、ガオンの乗ってきたエアバイクの後ろにくくりつけた。 寝ているイシシとノシシを運ぶためである。 城には、ほんの少しだけ動揺の痕が見て取れた。 地球消滅という大惨事を免れたとわかったとき、それはすぐに歓喜に変わった事もわかる。 ガオンはいつものように裏口からゾロリたちを招きいれた。ぐっすり眠っているイシシとノシシを分担して担ぎ上げて運ぶ。 彼らに使わせている部屋に入り、それぞれベッドに寝かせてから二人は部屋を出た。 「…母上に挨拶をしてくるよ。君は部屋で待っていてくれ」 「…俺もいく。着替えなら10秒で済むから」 そういうとゾロリはその場で縞の合羽をばさっと翻した。そこには一人の王女がいた。 ゾロリが持つ、もうひとつの姿だった。 「一緒にいよう、ガオン…」 ゾロリはそっと、彼の手をとった。彼の本当の気持ちに気づいた時、ゾロリの中にも同じ気持ちがあったことを知った。 一人で生きて、一人で死ぬんだと思っていた幼い頃。 父が消えて、母が死んだあの日。 でもそれは全くつまらない杞憂だった。 たくさんの仲間がいて、友達がいて。 そして永遠を約束した恋人がいる。 イシシとノシシがそばにいてくれて、そこから数歩離れた場所からガオンが見守ってくれているこの現状を、ゾロリは愛した。 握ったその手を、痺れるほどに握り締めて。 二人は少し長い廊下を並んで歩き出した。 女王シンシアは眠らずにガオンの帰りを待っていた。 隕石の衝突は回避されたとの報がもたらされた時、彼女はほうっと息をついた。 自分には何も出来ない、ただ祈ることしかできなかったと、シンシアは空を見上げていた。 『国際対策会議が召集されたようです、行ってまいります』 もう帰ってこないかもしれない息子を見送って、彼女は城と運命を共にする覚悟さえしていた。 最後まで何かをしようと駆け出した息子と、祈るだけの自分。 だから彼女は戻ってきたガオンの顔を見たとき、ああと声を上げた。 「…遅くなりました、母上。随分ご心労をおかけしたこと、お詫びいたします」 「いいのよ、ガオン。なにがあったのかわかりませんが、あなたたちが地球を救ってくれたのね」 ガオンは無言で、でも力強く頷いた。シンシアもようやく安心できたのかガオンをぎゅっと抱きしめた。 ゾロリは何も言わずにその場に佇んでいた。そしてシンシアがガオンを話す頃合を見計らって声をかけた。 「シンシア女王陛下」 「まあ、ゾロリ王女。あなたも対策会議に?」 ゾロリはゆっくりと頷いた。 「はい、この度はガオン王子をはじめといたしまして各国の皆様のご賛同とご協力を得ることが出来ました」 彼女の言葉は大筋で間違いではなかった。省略が大胆なだけだ。 ゾロリはなおも続ける。 「王女のもとにたくさんの技術者が集まりました。隕石を破壊するメカを作ったのです」 そのメカは完成したのだが、ある不幸な事件のせいでその威力を別の方向に使ってしまった。しかし地球は救われたので結果オーライといったところだ。 「ガオン王子のメカへの造詣があればこそです。お知り合いになれて本当によろしゅうございました」 その言葉は心底本音だったのだろう、彼女の表情は眩しいほどに誇らしげであった。 どんな王女よりも王女らしく、そして彼女らしく。 ゾロリは凛としてそこにいた。 「これからの世界は、あなた方のような若い方が支えていくのです。これからもお二人仲良くね」 そういってシンシアはガオンとゾロリの手をとって重ねた。 ふたりは女王陛下の前に最大の敬意を表して、御前を下がった。 重厚なドアが閉じられた途端、ゾロリはほおっとため息をついた。完璧に王女を演じるのも楽ではないと、そう零した。 「しかし見事な王女ぶりだったよ、ゾロリ」 「そりゃどーも」 ゾロリはガオンを見上げた。さっきまでこの胸で泣いていた彼はもうどこにもいなかった。 きりりとした瞳はまっすぐ未来を映すように、澄んだ色をしていた。 「なんだい、ゾロリ」 「んー」 ゾロリは少しためらって、それからガオンの袖をつまんで引いた。 「…い、一緒に寝る?」 国宝級の珍しいものを見たような気がした。薄く頬を染めて上目遣いで懇願する恋人に是と言わぬ者が居ようか。 ガオンは彼女の手をとって指先に軽く唇を押し当てた。 「喜んで、ゾロリ…」 そのまま腰に手を回して抱き寄せる、廊下のど真ん中だというのにこれ見よがしにキスをした。 まるで薔薇の花びらを一枚一枚剥ぐようだった。 10秒でいったいどう着付けたものか、淡い空色のドレスを身につけた彼女はこの世でたった一輪咲いた花だった。 けれど花びらを剥いでも、彼女という花は枯れることはなかった。 陶器の様にすべすべの肌にガオンはそっと触れたかった。触れた瞬間、服を着ているとき以上に花開いた彼女の肢体は今でも忘れられない。 夜着に着替えた二人はそのままベッドの上にごろりと転がった。そして戯れるように抱き合って、それにも飽きると大人しくベッドに入った。 「ガオン…」 「なんだい?」 蝶が触れ合うように手を絡ませたまま、ゾロリはそっと尋ねた。 「…しなくて…よかったのか?」 ゾロリは顔を半分上掛けの中に隠し、ぼそぼそとそう言った。そんな彼女が愛おしくて、ガオンは額に口づけた。 「ガオン?」 「君を抱きたい気持ちは十分にあったんだが、流石に疲れていてね。君がお望みなら気力を振り絞るけど」 「腹の上で死なれたら困る…」 「私だってごめんだ」 ガオン王子、ゾロリ王女の上で服上死なんて洒落にもならない。 見詰め合って、二人は笑い出した。 「まあ、そればかりが君との愛を確かめ合う手段ではないからね」 「でも今夜は…」 ゾロリはぎゅっとガオンに抱きついた。 ガオンも抱き返そうとして、ふとその手を止めた。ゾロリに断ってからそろりとベッドを抜け、執務用のデスクに向かう。引き出しを静かに開け、中に入れていたブルーベルベッドの小箱を取り出した。 「ゾロリ」 「ん?」 かたんと、小さな音がした。 ゾロリはなんとなく起き上がって、ガオンのほうに向き直った。 ガオンはゾロリの左手を取ると小箱に収められていた白銀をひとつつまみ上げた。 薬指に通されたそれを見たとき、ゾロリは声も出ないほど驚いた。 「ガオン、おまえこれっ…」 「そろそろ約束を形にしてもいいと思ってね」 何の石もついていない、けれど彼の意思がわかる白銀の指輪。 流麗な筆記体で内側に彫られたGとZの文字。 小さな金属に秘められた約束。 いつもならこれはなんだと引き抜いて投げつけるゾロリも、何故かその指輪を抜く気になれなかった。 填められた指輪を見て、ゾロリは困惑を隠せない。 ガオンはゾロリの手をとった。 「…今すぐ嫁に来いとは言わない。ただ君との約束をもっときちんとしたかっただけなんだ。驚かしたなら謝るよ」 「ちがっ…違うっ…」 ゾロリは両手で顔を覆って、それからガオンの胸に飛び込んだ。 「ぞ、ゾロリ…」 彼女は声も立てなかった。ただ彼の腕の中で幸せそうに泣いていた。 「私にも、約束をくれるかい?」 ゾロリは小さく頷いた。 おずおずと彼の手をとり、指輪を取り、左手の薬指に約束した。 ――いつかきっと、あなたのそばにいる、と。 ガオンは左手をかざして満足そうに微笑んだ。そしてゾロリの左手と自分のそれとをあわせて、照れたように笑う。 「約束だよ。いつかきっと私のそばに、私の友として、妻としてそばにいて欲しい」 ゾロリはこっくり頷いた。あわせた手のひらをそっと離し、指を絡める、何度も何度も。 絡ませた指が痺れるくらい触れ合うと、今度は互いに抱き合った。 ガオンの胸にゾロリの柔らかい体がほわんと触れた。 眠るのが惜しいような夜だった。 翌朝、けたたましい泣き声で二人は目を覚ました。 度肝を抜かれた二人は跳ね起きると薄手のカーディガンを羽織って部屋を出た。 泣き声はこの部屋からしている。 「一体どうしたって言うんだ」 「寝ぼけてるんだろう、起きたらお城…なら俺でも驚く」 ゾロリはゆっくり部屋のドアを開けた。 彼女の予想通り、イシシとノシシが大音量で泣いていた。双子は大好きなゾロリの姿を見とめると彼女に向かってまっしぐらに突進してきた。 わかっていたのか、ゾロリはしゃがんで二人を待ち構えていた。そして二人を受け止めてよしよしと頭を撫でた。 「うわ〜〜〜ん、せんせ〜〜〜〜〜」 「はいはい、泣かない泣かない」 ゾロリがいなくなってしまったと思って、怖くなったのだと二人はわんわん泣き出したのだ。 「おらたち、せんせとずっと一緒だよぉぉ」 「わかってるよ。ほら、もう泣き止め」 ずずずーっと鼻水をすするノシシの鼻をかんでやり、えぐえぐと嗚咽を漏らすイシシの背中を撫でてやる。 ガオンは複雑な想いでその様子を見ていた。 双子に接する彼女の姿はまるで母親のそれのようで、いつか子を持ったとき、彼女は良い母になってくれると思う。 しかし同時に彼女が自分だけのものではないという現実を目の当たりにする。 地球最後の日を回避しようプロジェクトのときもそうだった。 けれどでもだがしかしそれならば。 逆接の接続詞を重ねてガオンは誓う。 ゾロリが自分だけのものだとは思わない。この双子のように彼女のそばにずっとくっついて離れない者や、彼女が友と慕う者も多くいる。 ガオンはただその大部分を自分に向けて欲しいだけだ。 涙を拭いて落ち着いてきた双子に優しい笑みを浮かべるゾロリをガオンも温かく見つめていた。 それから数日後、ゾロリたちは城を去ってまた旅路に戻っていった。 ガオンは左手の指輪をはずしていた。王子という公の身分でいるときにそれが許されないことはわかっている。だからはずした。 でも彼女との約束が途切れることはない。 「ガオン王子、会議の時間でございます」 「ああ、今行く」 見上げる空に金色の太陽と銀色の風――どうかどこまでも彼女を守ってください。 ガオンは小脇に資料を抱えるとゆっくりと、しかししっかりとした足取りで会議室へと向かった。 ひとつ心配なことがあって、指輪には小さな細工を施してあることを、ガオンはゾロリに告げなかった。 (…まぁ、大丈夫だろう) ガオンはこっそりと笑った。 その頃ゾロリは左手を嬉しそうにかざして空を見上げていた。 真っ青な空に走る真直ぐな飛行機雲と、指輪を一直線に並べてみる。もちろん、指輪のほうが綺麗だった。 「せんせ、なんかゴキゲンだな」 「ん? そうかな、いつもどおりだよ?」 でもゾロリはうきうきした足取りで、しっぽをふりふり歩いていた。 そしてふと思いつく。 (…これ売ったらいくらになるかな) 不謹慎とも思えるが、ゾロリはそれ以上考えないことにした。せっかくの約束を売り飛ばすほど不義理ではない。 二人の指輪にはGとZの文字以外に、王家に代々伝わる紋章が彫り込まれていた。 それはゾロリの身を守るのと同時にその指輪が売買不能であることも意味していた。 とりあえず、約束は形になって二人のもとへ いつか銀の手のひらで抱き合いましょう ≪終≫ ≪あとがきという名の懺悔さえ遠く≫ 今回は『まじふまゾロリ』の#48〜50の『地球最後の日』シリーズのその後ということで書きました。 なんか、最近シンシア女王陛下の出番が多いなwww その代わりと言っちゃなんですが、久しぶりにロジャーさん書いた気がする。 ロジャーさん、忘れてたwww ファンの方、ごめんなさい。 とりあえずガオゾロはこんな感じで進んでいこうと思います。あくまで、ガオゾロは、です。 懺悔もせず、処刑もされずじまいの如月ですが、石だけぶつけてやってください。 |