出会いは小さな野の花と 別になんだっていい ちゃんと約束さえしてくれれば 形なんかなくったっていいけど そうだな できれれば 大好きな花がいいな 「せんせー、お花がいっぱい咲いてるだねぇ」 「花はどの季節でも綺麗だけど、夏の花は鮮やかだよな」 三度笠をくいとあげて、ゾロリは蒼天を見上げた。照りつける太陽の光を受けてなお、花たちがいっそう輝いて見える。やがて訪れる実りの秋にむけて花は鮮やかな色で虫を引きつける、すべては命を残すため。 足元に咲く小さな花を眺めながら、ゾロリたちは今日も宛てない旅の空。 金色に煌く美貌の狐は双子のイシシ、ノシシをつれている。双子は元気に歌いながら彼女の前を歩いていた。 「このぶんだと、暗くなる前に次の町に着きそうだな」 「んだなー。そこはなにが名物なんかな〜〜」 「温泉が名物らしいぞ」 ゾロリは軽くウインクして見せた。ゾロリはお風呂が大好きだ。イシシとノシシもきゃっきゃと喜んでいる。 温泉は気持ちいいし、ご飯も美味しい。 だから旅はやめられないのだけれど、待ってくれている男がいる。まあ、ときどきお城の外にある温泉にでも連れてってもらえれば彼との結婚も悪くはないかな、なんて思ってみたり。 そうしてしばらく歩いていると、前方にいたイシシとノシシがなにやら見つけたとか言って横道に逸れていった。 「せんせ、ここになんかあるだよ」 「箱? 嫌にデカイけど…」 見つけたのは大きな箱だった。そっと箱を覗いて、ゾロリはなんだとため息をつく。 「なんだ、赤ちゃんじゃないかぁ」 「赤ちゃんだか〜〜」 「食べ物じゃないだか〜〜」 あはははは、と笑いあってその場を立ち去る。そして100メートルほど行ったところで3人はやっと現実に戻ってきた。 「あああああああああ、赤ちゃん!?」 「ななななななななな、なしてこんなところに!?」 「どどどどどどどどど、どうするだ、せんせ!?」 気が動転しているのか3人はうまくしゃべれないでいる。箱の中の赤ん坊はこの騒ぎなど知らないのか、すやすやと寝息を立てていた。 ゾロリはそっと赤ん坊を抱き上げた。 ほんのわずかでも力加減を間違えただけで死んでしまうような小さな命、けれど彼女の腕にあってそれは何よりも眩しく輝いた。 「うわ…」 優しい温かさに、ゾロリは声を上げることしか出来ない。なにもかもが小さくて、弱い。でも生きている。 ゾロリは落とさないように赤ん坊を抱き直して、ゆっくりと腰を下ろした。 「せんせ…」 「よく寝てるから」 そう言ってごく軽く赤ん坊を揺するゾロリの笑顔は蕩けそうだった。 「そうだ、オムツとかミルクとか揃えないと」 「せんせ、その子の面倒見るだか?」 イシシとノシシはこの子の手かがりがないかと箱の中を漁っている。下のほうに引き出しがあって、数日分と思われるオムツとミルクの粉が入っていた。どうやら収納もセットになったベビーベッドだったらしい。 ゾロリは赤ん坊を抱いてゴキゲンだ。母性本能をこれでもかとくすぐられて、もはや目の前の温泉街のことなど忘れ去っているようだ。 「拾っちゃったんだから仕方ないだろ。この子はもう俺様の子だ」 赤ん坊はゾロリと同じ耳と尻尾を持つ狐の子だった。 彼女の言葉にイシシとノシシは反論する。 「せんせ、育てるったっておらたち旅をしてるだよ、一緒に連れて行くわけにはいかないだよ。雨が降ったらどうするだか? おらたちだけなら何とかなってもこの子まで雨にさらすわけにはいかないだ」 「んだよー。それにせんせが警察さ追われたらどうするだ? この子連れて逃げるだか? それは無理だよ〜〜」 双子の言うことももっともなので、ゾロリは少し考えた。考えて、少し虫のいい結論を出した。 「だーかーら。そのときは最終手段だよ」 「最終手段ってなんだか?」 その最終手段を説明しようとして、やめた。 まだ幼いこの双子に子供はどうやってで来るものかと説明するのはまだ早いようなそうでもないような、複雑な気がしたのだ。 (この子連れてガオンと結婚すりゃいいんだ。この子は幸い狐だから、俺様とガオンの間に、出来ちゃったって言えばいいじゃん) そんなわけなのだが、ゾロリは極力言葉を選んだ。 「この子がいても結婚してくれる男探せばいいんだよ」 「そんな都合のいい…」 ゾロリの発案には流石の双子も呆れ顔だ。けれど幸せそうに赤ん坊を抱くゾロリを見ていると何もいえなくなってしまう。 ゾロリだってただの女の人なのだ。旅なんかに出ていなければ今頃どこかの誰かと結婚して子供の一人や二人いてもおかしくないだろう。現状が幸せでないとは言わないけれど、もっと違う道だってあったはずなのだ。この赤ん坊はゾロリの、もう一本違った道の幸せを突然表し始めた。 「とりあえずせんせ、どうするだ? その子、連れて行くんだろ?」 「うん、箱に車輪と取っ手があったら運びやすいよな」 ゾロリは赤ん坊を片腕にしっかりと抱き、箱を弄った。するとばね式の取っ手が起き上がり、下には小さな車輪も出てきた。 「おお、最近のは便利になったんだなぁ」 かくして子連れゾロリの完成である。 世間は子連れにあんまり優しくなかった。 温泉街ではほとんどといっていいほど宿泊を断られた。まだ夜泣きをするとわかると、他の客の迷惑になるからと追い出されるのだ。 「夜泣きするのは当たり前じゃんか!」 ゾロリはぷんぷん怒りながら手押し車を押して歩いた。 中には離れでお湯を使わせてくれたり、オムツだけでも替えていけばと親切にしてくれるところもあったが、それだけだ。 「子連れって大変なんだな…」 この子の世話をしてわかったことがいくつかあった。 名前はエディで、生後6カ月の男の子であること。狐と狐の純血種であることなどだ。 基本的には大人しい子供で、むずかったりはしない。 おしっこも大きいほうもそれなりに普通で、ミルクもたくさん飲む。今は手押し車のなかですやすやと寝息を立てていた。 「せんせ、今夜はどうするだ?」 「はぁ、しょうがないけどあそこに頼ろう」 ゾロリの頭の中に広がった地図は、ここから一番近い国を指していた。 歓迎する、といわれたのだからとことん歓迎してもらおうと思う。 とりあえずその日の夜は某国へ続く道の途中に見つけておいた小屋に一晩の宿を取った。イシシとノシシはすぐに眠りについたが、ゾロリだけは夜中に赤ん坊がむずがるのでほとんど寝ていない。2時間おきに夜泣きのために起き出して、二人を起こさないようにそっと小屋を出るのだ。 「夜泣きをするのは夜に慣れてないからだって、なんかで言ってたっけ…」 腕の中にいるエディは落ち着いてきたのか、今はひくひくとしゃくりあげている。 ゾロリは小さな背中をごく軽く叩いて自分の体ごと赤ん坊を揺する。エディは機嫌を直したのか、ゾロリを見てきゃっと笑って見せた。 「んー、やっと笑ってくれた…」 エディはゾロリを気に入ったらしい。しばらくバタバタしたかと思うと途端すぴーと寝息を立てた。 ゾロリはそっとそっと、小屋に戻る。 次にたたき起こされるまでの間、少しでも眠っておこう。 ゾロリは金色の髪を木の床に投げ出して、僅かな睡眠を愛しむかのように目を閉じた。 それがたたったのか、新米ママ(仮)のゾロリは翌朝、なかなか起き出さなかった。 「ん〜〜、あと5分〜〜」 縞の合羽を布団代わりにころりと転がったままだ。ノシシは彼女を起こすのを諦めてエディに近づいた。イシシはミルクを作ってくれている。 「エディは起きてるだか?」 ノシシがひょいを顔を見せた途端、エディは突然火がついたように泣き出した。これには流石のノシシもおろおろと涙目になっている。 「え〜〜〜な、なして泣くだあ〜〜」 「びっくりしたんだよなー」 ノシシの後ろに、さっきまで眠いと言い張っていたゾロリが既に起き出していた。 「おら、何にもしてないだよ、せんせ」 そういって袴を引っ張るノシシの頭を撫でてやりながら、ゾロリはエディを抱き上げた。 「わかってるよ。でも赤ちゃんはちょっとしたことでもびっくりして、どうしたらいいのかわからなくて、助けて欲しくて泣くんだ」 ゾロリはノシシとエディをほとんど同時にあやしている。 イシシだけはクールな魅力を自負するだけのことはあってこまごまと働いている。 「せんせ、ミルクできただ」 「お、ありがとう、イシシ」 ゾロリは礼を言って哺乳瓶を受け取った。ぴたっと肌に当てて温度を確かめる。適度な人肌になっていることを確認するとエディを抱きなおしてミルクを飲ませた。エディは元気よくごくごくと飲み干してしまう。 「最近は本当に便利なんだな。ミルクとか一回分がきっちり計って小分けにあるし、オムツもしっかり吸収するタイプだし」 ミルクを飲み終え、げっぷも出してもらえてご満悦なエディはゾロリの腕の中で王様のように寛いでいる。 そんなエディとゾロリを見比べて、ノシシはふと浮かんだ疑問をぶつけてみた。 「せんせ」 「ん? なんだ、ノシシ」 ノシシはゾロリの胸元をじっと見つめている。 「なしてせんせがおっぱいあげないだか?」 「はぁ!?」 ノシシの問いかけに、ゾロリは思わず素っ頓狂な声を上げ、エディを泣かしてしまった。よしよしとあやす間もゾロリの乳房は布に覆われたままとはいえ、エディに当っていることは確かだ。 「あのな、ノシシ」 「ん?」 「おっぱいはな、赤ちゃんを産んだ女の人しか出ないの。俺は赤ちゃん産んでないから出ないの」 「じゃあ、赤ちゃんはどこから来るだ?」 (きききき、キター!!) ゾロリは心の中で叫んだ。イシシとノシシの兄弟は長いことふたりっきりで暮らしてきたため、誰にもこういったことを教えられないでいた。とりあえず男の人と女の人がいて赤ちゃんがいるということは分かっているようなのだが、根本的な諸現象や行動については無知といっていい。 (いつか来るとは思ったけど…) ゾロリは性教育の問題に直面した。エディを抱いたまま、真剣な面持ちのノシシを前にする。その隣にはイシシまでもが正座して答えを待っている。 「あー…赤ちゃんは、神様が下さるんだよ。うん、神様、神様」 かなりとぼけた答えだが、双子はそれで納得したらしい。 とりあえずゾロリはこの話題から逃げるためにそれとなく本題に入った。 「よし、今日中に魔法の国に着くぞ。あそこの情報局ならこの子の身元とかわかるかもしれないし」 ようやく泣き止んだエディをベビーベッド兼ベビーカーである手押し車に戻し、ゾロリは魔法の国へと急いだ。 「で、うちに来たってわけか…」 「そ♪」 情報局の中にある客室で話を聞いていたロジャーは素直に頭を抱えた。 ゾロリたちが来ているというのでミリーとネリーの姉妹も慌てて駆けつけて来、ゾロリが膝に抱いている赤ん坊を見つめていた。 エディは基本的に人見知りしないらしく、ミリーに抱っこされても泣かなかった。 「お前のところでこの子に関する情報が入ってないかと思ってさ」 「ふむ…」 ロジャーは腕を組んでソファに背中を預けた。が、ここ最近赤ん坊が行方不明になったという話は聞かないし、捜索願も出ていない。だが彼女の判断は間違いではなかった。ここにいれば少なくとも赤ん坊を風雨にさらす心配はないし、情報だって入ってくる。もしかしたらまだ情報が到達していない可能性もあるのだ。 ロジャーはゾロリをちらっと見た。彼女はソファの上をはいはいするエディを母親の顔で見つめていた。そう思った途端、彼女から目を離せなくなった。 初めて出会ったときはとんだじゃじゃ馬だと思っていたのに、その素顔は驚くほど女性らしくて、ロジャーは恋に落ちた。けれどゾロリには思う人がいて、自分にも思ってくれる人がいたから、ふたりはあの夜を最後に道を別った。 今こうして再び自分の前に現れた彼女はいつもどおりの彼女だった。 「だからしばらく置いてくれなー」 「あ? ああ、あああああ、うん。わかった」 ロジャーは浸っていた淡い思い出の中から引きずり出された。突然話しかけられて、困惑したかのように口ごもるロジャーを不思議そうに見ながら、ゾロリはエディを抱っこさせてみた。 案の定、エディは大泣きした。 「私は子供が苦手なんだ…」 「だろうなぁ…」 エディを抱きなおしたゾロリは小さくむくれたロジャーを見てくすくすと笑みを零した。 それから数日、ゾロリたちは魔法の国で過ごした。魔法学校に行って校長先生や食堂のおばちゃん、ダポンとも再会し、旧交を温めた。 エディのことも聞いて回ったのだが情報は得られなかった。 「早く親御さんが見つかるといいんだけどねぇ」 すり潰したバナナとミルクを混ぜた離乳食を食べさせながらゾロリはエディを見つめた。おばちゃんがいうには6ヶ月くらいならそろそろ離乳食を始める時期なのだという。 ゾロリが持ってきた手押し車の中に離乳食は入っていなかったし、ゾロリもそこまで余裕がなかったし、気がつかなかった。エディはご機嫌でバナナミルクを食べている。口元をべたべたにしながらもっとと小さな手を広げる。 ゾロリはにっこり微笑みつつ、エディの口元を拭いた。 「ほんと、うまそうに食うよな」 そういうとゾロリはバナナミルクをすくってエディの口元にそっと近づける。エディはにこおっと笑ってぱくっとほおばる。もっともっとと手を伸ばすが、器の中にはもう入っていないのでゾロリは手振りでもうないよと言った。するとエディはくしゃっと顔をゆがめ泣きそうになる。思わずもういっぱい作ってあげたくなるが甘やかしてもいけないのでゾロリはもうないのと器を見せた。 エディは泣き出した。が、ゾロリは彼をしっかり抱き上げてよしよしと背中をなでた。 「あれれ、子供の世話がすっかり堂に入ってるねぇ」 拗ねて目を閉じたエディを優しくなでるゾロリを見つめて、おばちゃんはそうつぶやいた。 一時は本当に自分の子供にしようとも思ったのだが、今の自分には無理なのだと感じ始めていた。 エディを見つめ、ゾロリは悲しそうに目を伏せる。それが彼にも伝わったのか、エディは泣かないでと言わんばかりにゾロリの頬に手を当てた。多分、ほとんど無意識だ。 ゾロリは柔らかいその手に気がついて、困惑しながらもにこっと笑って見せた。 情が移ってしまう前に、手放したほうがいい。 ゾロリの中で、誰かがそう囁いた。 その囁きが現実になったのはあくる日の夕方だった。魔法の国に来てもうすぐ一週間という日である。 エディはイシシとノシシ、ネリーに囲まれてあちこちはいはいしながら遊んでいる。 「イシシさんはどっちかしら?」 イシシとノシシが並んで腕を伸ばしている。エディは迷わずイシシに向かっていき、その膝の上に乗り上げた。 「ちゃんと区別ついてるだね」 「おらのクールな魅力は赤ちゃんでもわかるだよ」 「誰がクールなのよ」 「ほーら、そろそろお日様が沈むぞー、帰ってこーい」 ゾロリの声にイシシはエディを抱いてノシシと一緒にすっくと立ち上がる。家の中に戻ろうとしてネリーは向こうから歩いてやってくる人影を見つけた。 「あれ、ロジャーさん…」 「ん?」 戸口から顔を出していたゾロリもその方向を見る。ロジャーはゾロリを見つけると少し浮かない顔をした。 「ロジャー…」 なんとなく察したのか、ゾロリは努めて明るい声を出した。 「よう。今から夕飯なんだ。ミリーさんも中にいるし、寄っていくだろ?」 「あ、ああ…」 夕飯の席で、ロジャーはゾロリの予想通りのことを言った。 エディを親御さんが見つかったのだ。エディの両親は大商人で、商用の旅の途中に盗賊に襲われて離れ離れになってしまったのだ。盗賊はエディを浚ってはみたものの、世話をするのが面倒になってあの森に捨ててしまったのだ。そこを程なくゾロリに拾われて現在に至っている。 ロジャーは伏せ目がちに語る。 「エディの両親は今まで必死で探していたんだ。君に拾われて無事でいると知ってたいそう喜んでいる」 「よかったわね、家族が見つかって」 「ああ、そうだな。これで夜泣きに悩まされないですむよ。俺もやっと旅に出られる」 口調は明るかったが、その表情は晴れないものだった。 ロジャーはなにか不安なものを感じて、今日は泊まると言った。 深更、ロジャーは物音で目を覚ました。 子供の泣き声ではなかった。キコキコと車輪が動く音がしたので、静かに外に出てみた。 月の綺麗な夜だった。 ロジャーが外に出てみるとゾロリがエディをつれて立っていた。ベビーベッドごと外に出ていたのでロジャーはいけないと思い、足を速めた。が、ゾロリは湖のほとりで止まる。 「ゾロリ…」 彼女はゆっくりと振り向いた。そして目を細めて寂しそうに笑った。 「この子を連れて逃げたりしないよ。親と引き離される寂しさは俺が一番よく知ってるから」 そういうとゾロリは寝ているエディの頬をそっと撫でた。赤ん坊は少しくすぐったそうに身を捩って、眠りの中にいる。 「…明日ちゃんと親御さんに渡すよ」 「実はそれが心配だったんだ」 「だと思った」 ゾロリは片手でベビーベッドをそっと揺する。 優しい表情でエディを見つめながら、ぽつりぽつりと話し出した。 「俺が小さい頃、パパが飛行機に乗って冒険の旅に出たまま帰らなくなった」 ロジャーは傍らに立ってゾロリを見つめた。金色の髪がさらりと揺れて横顔を隠す。こんなに寂しげな顔をするのかと、ロジャーは目を閉じた。 「じゃあ、君は母親と二人で?」 ゾロリは小さく頷いた。 「それから何年か二人で暮らしたけど、春の初めに過労で死んじゃったんだ…」 だんだん細くなるゾロリの声に、ロジャーははっとして振り向いた。 ゾロリの頬に、一筋の涙がすっと線を引いていた。 彼女の中に潜む大きな、けれど懸命に隠していた影を掘り出したような気分になって、ロジャーは居た堪れなくなった。けれどそばを離れることも出来ずに、ただただ彼女を見つめているしかできなかった。 「この子がぽつんと捨てられてるのを見たとき、小さい頃の俺を見てるみたいで…なんでこんな小さな子がって…」 「でも親御さんも望んで手放したわけじゃない。必死で探したんだ」 「うん……大事に大事に育てられてたっていうのはエディを見れば分かる」 何の不安もなく食べて、寝て、遊んで。それは親の愛情を一心に育っていればこそ。はなればなれになっていても親が子供の無事を願って、ゾロリをそこに呼んだのかもしれない。 運命の歯車は意外なところでキコキコと音を立て始めたのだ。 ロジャーはそっと、ゾロリの肩に触れた。 「夏とはいえ、夜はまだ冷えるんだ。戻ろう」 「うん…」 ゾロリはエディをつれて家の中に戻っていった。部屋に入るのを見届けると、ミリーがふっと顔を出した。 「先輩…」 「ミリー」 彼女も物音に目を覚まし、ゾロリの様子を部屋から見ていたのだという。 「…寂しくなるでしょうね、ゾロリさん」 ミリーの呟きに、ロジャーは何も言えなかった。 翌朝、食事を終えてからゾロリたちは情報局に出向いた。 ゾロリはいつもと同じようにエディを抱えてバナナミルクを食べさせた。もっともっととねだるエディを嗜めては泣かせ、よしよしと背中を撫でる。子供たちは気づかなかったが、ゾロリがあんまりそっけなく普通にしているのでミリーとロジャーは少し不安にもなった。 情報局の客室にはすでにエディの両親が待っていた。彼らはゾロリと同じ狐であった。 両親はゾロリに抱きかかえられたエディを見ると歓喜の声を上げて席を立ち、ゾロリから丁寧にエディを抱き取った。 「エディ、エディ…」 「エディ…良かった。私のエディ!」 ゾロリは喜ぶ両親を見てはにかむ様に笑った。そしてエディの髪を優しく撫でる。 「よかったなー、パパとママに会えて」 イシシとノシシ、それにネリーはええ〜いい〜ああともらい泣きしている。 エディの両親はゾロリの手をとってブンブンと上下に振った。 「ありがとうございました! この子を助けていただいて。お礼はいかようにも」 「いえ、お礼なんて。俺はただ拾っただけだし」 「そんなことを仰らず。この子の命は例え金銀財宝すべて投げ出しても惜しくはありません!! 不躾ですがいかほど差し上げれば」 父親の熱い思いに、ゾロリは断ることも出来ずに適当な金額を言った。この場合の『適当』は『いい加減な、中途半端な』という意味ではなく『妥当な』という意味である。とりあえず一回のバイトで得られるベビーシッターの相場を7日分いただくことにした。 「それともうひとつ」 「はい、なんなりと」 「もう一度、エディを抱っこさせてください」 母親はお安い御用とばかりにゾロリにエディを抱かせてくれた。エディはゾロリの腕の中に大人しく抱かれた。 もうお別れだというのににっこり笑って、じいっとゾロリを見つめている。 「あー、あー」 「…元気でな、エディ」 ゾロリがそう言ったときだった。 エディが小さな手を伸ばして、ゾロリの頬をぺちぺち叩いたのだ。 また会おうねって、言われた気がした。 涙がこぼれそうになるのを必死で堪えながら、ゾロリはエディを返した。 さよなら、とはまだ教えないでおこう。 彼が望んだように、きっとまたいつか会えるから。 両親が退席したあと、ゾロリはぽろぽろと涙を零した。 すっかり情が移っていたのだ。 どんな子供も親と一緒にいるのが幸せなんだと知っていても、涙が溢れて止まらなかった。 「ゾロリせんせ…」 「ゾロリさん…」 慰めようと手を出しかけたミリーを、ロジャーがそっと制した。ふるふると首を横に振り、黙ったまま部屋を出た。 「しばらく一人にしてあげましょう」 イシシとノシシは不安たっぷりだったが、ロジャーの言葉に従ってその場を離れた。 その日の夕方、ゾロリはあっけなく旅立っていった。 「心配かけてごめんな。もう大丈夫だから」 そういってイシシとノシシの頭を撫でるゾロリの手はいつものように柔らかで温かだった。 ノシシがにっこり笑って袴をちょんと引っ張った。 「せんせ、おらがいっぱい甘えてあげるだよ」 するとイシシもずるいとばかりに手を握った。 「おらも。おらもめいっぱい甘えるだ〜〜」 「はいはい、わかったわかった」 双子のほんのりした優しさが嬉しかった。彼らがいる限りきっと寂しくない。 そしてエディも両親のもとですくすくと育つことだろう。 そうやってしばらく歩いていると、一行の目になにか落ちているものが映った。 途端、彼女の中のとある機能にスイッチが入る。 落ちていたのは道端の大きな木陰で眠っているガオンだった。ゾロリは彼におもむろに近づくとまじまじと観察を始めたのだった。 「せ、せんせ?」 イシシとノシシはゾロリが何を始めたのか最初はわからなかった。ただいやな予感がして、声をかけにくい状態ではある。 目を覚ましたガオンはいきなり現れたゾロリに驚きはしたものの、彼女がじいっと見つめているのでそのまま固まっているしか出来なかった。 「ぞ、ゾロリ? 一体何を?」 彼女は焦点がイマイチ定まっていない瞳のまま、よしよしとガオンを撫でて、ゆっくりと抱き起こした。 「ゾロリ?」 「よしよし、いい子いい子」 「???」 わけもわからぬまま、ガオンはゾロリにぎゅっと抱きしめられていたわけだが、イシシとノシシには彼女の一連の行動がどこに起因しているのかちゃんと分かっていた。 「落ちてると思っただな」 「んで、拾ったわけだな」 んだんだと頷きあう双子の山賊はやれやれと頭を振った。 機能は、母性本能。スイッチを押したのは、落ちていた(と思われた)ガオン。 この現象はしばらくの間続いたという。 歴史書にこう書かれている。 シンシアのあと即位したガオンの治世はおよそ30年、政治的辣腕もさることながら科学を向上させ、国力の増強に尽くした。その影には王妃の尽力もあり、王妃自身もたくさんのメカを作ったといわれている。 そしてガオンが退位した後、彼と王妃の間に生まれた第一王子・エルンストが即位した。 彼には名宰相と謳われたエディ・フォックスがいた。 王妃は彼の生い立ちを知るとただ一言『大きくなったね』と呟いた。彼こそ、幼いころゾロリに拾われた赤ん坊その人であったという。 ゾロリがガオンとの間に第一王子・エルンストを生むのは、彼女がエディを拾って3年後のことである。 が、これはまた別のお話。 とりあえず運命の歯車は動き出した。 小さな野の花が溢れる、初夏のことだった。 ≪終≫ ≪初夏ですから≫ こんな複線(みたいなもの)を張って大丈夫か? と思わんでもない。 子供って書くのは結構大変です。でも赤ちゃん拾っててんやわんやしてるんだけど、返すときには情が移っちゃって、という感じのせんせを書いてみたかったのも事実です。ガオン博士が落ち者と勘違いされて拾われるシーンは書いてて楽しかったです。 …たまにはエロを書きたい、というえろ本能はどこかに落としたみたいです。 |