一人一途 流れゆく雲は白く 画用紙に書ききれないほど大きく 記憶に留まらぬほど形を変えても 君を好きだという気持ちに何ら変化はなくて 「ん〜〜〜〜、ふあああああ」 春先の野原に背伸びをしてみせた狐が一匹。草の海からひょっこりと黄色の耳を見せた。 だから、そこに居るのだとわかった。 「ここにいたのか、ゾロリ」 「ん?」 ゾロリと呼ばれた金色の狐が、背後の存在に気がついて振り向いた。そして特別な笑顔を浮かべた。 「ガオン。またお城を抜け出して?」 「君に会うためにね」 ダーティブロンドの男はガオンという博士兼王子様だ。ゾロリの恋人でもある。そんな彼が自分に会うためだけに城を抜け出したなどとは考えにくいが、それでも嬉しいには違いない。 「双子が遊んでいたからその辺に居るんだろうとは思っていたがまさか草の海におぼれているとは」 「なかなか楽しいもんだよ。お前も泳げば?」 「そうさせてもらおう」 珍しく同調してきたガオンを、ゾロリは面白そうに見ていた。意外と面白い男なのだ。 ガオンはゾロリの横に腰を下ろすと、そのままごろりと横になった。若草の香りがふわりと鼻をくすぐる。 「楽しいだろ?」 「ああ…君がそばに居るからな」 ガオンが伸ばした手に、ゾロリはふわりと身を落とした。 無言で抱きつけと言われればそれに素直に従う。この男の腕は今の自分を唯一甘やかしてくれるのだ。 「会いたかった、ガオン…」 「私もだよ。ゾロリ」 寄せ合う唇を邪魔する蝶もなく、ふたりはゆるりと口付けあった。 ガオンの腕枕で横になるのは、また不思議と温かい。ゾロリはガオンにぺっとりと抱きついた。 「なんだい?」 「んー、暖かいから。それになんかいい匂いがする…」 「花の匂いじゃないか? 君を探して花の中を歩きまわったからな」 「それはまたおしゃれなことで」 そう言って抱きついてくるゾロリの存在が、ガオンにも嬉しかった。こういうのを幸せというのかもしれない。 「君たちは何をしていたんだい?」 何気ないガオンの言葉に、ゾロリはふいと顔をそらした。どうやら言いたくないらしい。そうなると意地でも聞き出してみたいものだが、彼女の場合はなんとなく察しがついてしまう。 「また警察に追われるようなことをしたんだろう? それで一日中逃げ回っていたんだな?」 ゾロリは何も言わなかった。図星と、ガオンは心の中で囁いた。そして大きくため息をつく。 「私がかばうにも限度があるんだぞ、わかっているのか?」 「別にお前にかばってもらわなくても逃げ切れる自信があるよ」 「…かいけつなんて、辞めたらどうだい? それとも何か目的があって?」 「…目印に」 ゾロリの呟きに、ガオンははっとそちらを見た。そして彼女の旅の目的を思い出した。 「父上のためかい?」 ゾロリは小さく頷いた。ガオンの腕の上で金色の髪がさらりと揺れる。ゾロリは目を閉じてふうっと息を吐いた。 「生きているかもしれない、パパに。俺はここにいるよって…」 「だったらかいけつじゃなくても他にいろいろと」 「いたずら修業も兼ねてるんだよ」 言い切った彼女を視界の端に捕えながら、ガオンは言葉を紡ぐのを諦めた。何を言っても何をしても彼女はそう簡単に自分の意思を変えたりしない。 思いついたら一直線に進んでいく彼女に惚れてしまったのがいけなかった。 その眩しさに目を細めて見なければ良かったのに、彼は目を開けていた。激しい白銀の舞う中に見つけた、美しい金色の狐に恋をしてしまったのはほかならぬ自分なのだ。 その輝きゆえに誰のものにもならずに飄々と生きる彼女を繋ぎとめておく術は、今のところない。 ただその気を引いて、気が向けば肌を合わせるといった関係にガオンが満足できるはずもない。それでも彼女を束縛したくなくて、手を離して自由にしてしまう、束縛したいはずなのに。 こうして生きてさえいればいいと、そんな高尚な想いは捨てて、ゾロリを縛りとめておくことも出来るのに。 「ガオン…?」 「…寂しいな」 「え?」 「頼りにしてもらえないのは、男として寂しいと言ったんだよ」 ぽつりと零された呟きに、ゾロリはふっと体を起こした。呟いたまま自分を見ようとしないガオンの顔を覗き込む。サファイアブルーの瞳に、同じ色の空が映る。 ゾロリだって、わかっている。ガオンがどんなに自分を思ってくれているのか。 王族と、曰くつきの庶民の間に障害は多い。その障害が杞憂だったとしても、自分の中の何かが彼の側から離れさせていく。それは傍らに控える双子でもなく、ましてや彼自身でもない。とうの昔に失ったはずの家族でも、たった一度愛した男でもない。 それがなんなのか、彼女にはわからなかった。 わからなかったけれど、こうしてときどき彼の腕の中にいることがとても幸せなことに思えてきた。その頻度がだんだん増えていることにも気がついた。 (ここらが潮時なのかもしれない…) いつもいつも、そう思いながら。結局は彼の腕を振り解き、手を離してしまう。彼もそれでいいと思っている。 ゾロリはガオンにしっかりと抱きついた。彼の手も、迷わずに彼女を抱きしめる。 「ゾロリ?」 「…お前には悪いことしてるとは思ってるよ。その…」 「ああ、私のことはいいんだ」 ゾロリは泣きそうな顔で彼を覗き込んだ。 いつだって自分を思って待ってくれている彼に応えることが出来ない。いや、応えようとしないのだ。 ただ気の向くままにこうやって腕の中に戻る、それがどんなに卑怯なことなのか。 それでもガオンは『それでいい』というのだ。 「君に会えなくて、頼りにされなくて寂しいさ。でも君は私を忘れない。それがどんな感情であっても。そうだろう?」 「…うん」 会いたいと願う寂しさ。その腕に抱いて欲しいと願う孤独さ。触れ合いたいと願う愛しさ。 そのすべてが、実はガオンだけに向けられている。 その事実に気がついて、ゾロリがぼっと顔を赤らめた。 ガオンが小さく微笑む。 「なんだい、今頃気がついたのかい?」 情けなくもゾロリはこっくりと頷くしか出来なかった。自分でもうすうすそうかと思ってのだがこうやって指摘されると意外と恥ずかしい。 「うあー、うあー」 「なにもんどりうって暴れてるんだい?」 そういってぎゅっと抱きしめてきたガオンに、ゾロリはうひゃあと声をあげた。 「なっ、なにすんだぁ!!」 「いや、久しぶりに君が可愛い顔をしたからね」 ガオンはもふもふと暴れるゾロリを簡単に抱き起こして、その頬に口づけた。途端、ゾロリは大人しくなる。 「…お前なぁ」 「君に会えて機嫌がいいんだよ。…ゾロリ」 にっこりと微笑むガオンにゾロリはもう何も言えなかった。その笑顔があんまり極上すぎたから。 ただ顔を近づけてきたので、ゾロリはゆるりと目を閉じた。 触れてきた唇は少し堅くて熱かった。 「せんせ〜」 「ゾロリせんせ〜〜」 遠くで自分を呼ぶ声がして、ゾロリははっとガオンの体を押した。でもガオンはびくともせず、彼女の首筋に口づけを続けている。 「こら、ガオンっ」 「いいじゃないかゾロリぃぃぃぃぃ」 突然の彼らしくない行動にゾロリは怪しみつつもようやく体を押しのけた。 「あれ、ガオンだ」 「せんせ、ガオンなんだか変だねー?」 遊びつかれたイシシとノシシがゾロリの側にいるガオンを見て不思議そうな顔をした。 そのとき、ガオンのポケットから何かが転がり落ちてきた。 「こっ、これはっ!?」 その物体とガオンとを見比べて3人はため息を着いた。ガオンは既に目を回してぴーひゃららの状態だ。 「馬鹿王子…」 ゾロリの呟きに、ガオンはこくんと頷いた。 ぽかぽかと良い天気だ。蝶々もひらひらと飛んでうららかな春の日だった。 「いい天気だなぁ」 城門を守る兵の一人がのんきにそう呟いた。 ふと、遠い空の向こうに人影が見える。陽炎ではなく、確実にこちらに向かっていた。その姿がだんだん鮮明になっているはずなのに、彼は自分の目を疑った。 門兵はその一行に目を丸くし、あわてて城内へを駆け込んだ。 「すみません、こちらの王子様が毒キノコをお召しになったようで…拾ってまいりました」 王子が重いとばかりに声を出したゾロリを見て、門兵は不埒にも綺麗だと思った。 ガオンはそのまま自室に運ばれた。わざわざゾロリ王女が届けてくださったとの事で女王自らが挨拶に出てくるという。 「まあ、ゾロリ王女。お久しぶりですね」 ゾロリは女王が出てくる前に着替えを済ませ、王女らしく振舞った。ドレスを摘み上げ、優雅に腰を折る。 「もったいないお言葉でございます、シンシア女王様」 シンシアはにこりと微笑み、ゾロリにテーブルに着くように勧めた。 「ガオンをお助けくださったとか。あの子は一体?」 不安そうな顔に、ゾロリはふと自分の母の顔を思い出した。熱を出して寝込んだ自分を心配そうに見つめていたあの顔だ。 遠い昔を思い出し、ぼおっとしていたゾロリにシンシアは再び声をかけた。 「ゾロリ王女?」 「あっ、いえ、失礼いたしました。ガオン王子はどうやら毒キノコをお召しになったようなのです」 「毒キノコを? なぜかしら」 小首を傾げた女王を見て、ゾロリは少し前のことを思い出した。タンポポは食べられるのだと知って生の葉を食べてガーンとしていた彼のことを。 たぶん、キノコ鍋を食べさせた時に彼は何気なくそのキノコを覚えていたに違いない。そして自分でもそのキノコを取って食べてみようとしたのだろう。 ただ、ゾロリが食べさせたキノコにはよく似た毒キノコがあった。ちょっと見にはかなり似ているのだが、匂いをかいでみればわかる。甘い匂いがしたほうが毒キノコなのだ。間違えて食べてしまい、中毒する例が何件もある。 不幸にも王子様はその一例になってしまったのだ。 「それで、その毒で死に至るのでしょうか」 「量にもよると思いますが、多分お命に別状はないでしょう。ただくるくるとお笑いになられていらっしゃいましたので…」 「そうですか。あの子ったら…」 医師団もついているし、あれくらいの量なら大丈夫と聞かされたシンシアはやっと笑顔を取り戻した。 「あの子は、笑うなんてことはほとんどなくて…」 かちゃり、とカップの音がした。 あのガオンが、笑わない? 「もちろん、笑顔を浮かべることはあるんですのよ。でもその笑顔がまるで仮面のように感じるときがあるんです。私が即位してからあの子は私を守るために…まるで感情を殺したかのように」 「女王様…」 女王は長いまつげを伏せ目がちに語った。ゾロリは感情を剥き出しにしてくるガオンしか知らない。 そういえば全国王様大会の時の彼は王子らしく振舞っているので感情を出さないのかと思っていた。が、そうではないらしい。 この女王も政務を離れればただの母親に戻るのだ。 「でもね、ゾロリ王女」 「はい?」 「あなたに会って、ガオンは変わったわ。あなたがこの城に滞在している間はとても嬉しそうで、帰ってしまわれるとこの世の終わりの一歩手前という顔をするのよ」 ゾロリは茶を噴出しそうになるのを必死で堪えた。女王の前だ、失礼なことは出来ない。なんとか茶を飲み込むとしっかりと顔を上げた。 シンシア女王は嬉しそうに微笑んでいた。 「お時間が許す限り滞在なさってくださいね。私もあなたがいらっしゃると娘がいるようでとても楽しいわ。あなたがガオンと一緒にいてくださったら…」 最後の呟きは、母と子の共通の願い。 シンシアははっとして言葉を切った。 「いいえ、こればかりはお互いのお心次第、私がどうこうすることではありませんね」 ふふふ、と笑って、女王は退席した。まだ政務が残っているのだという。自分のために時間を割いてくれた女王に、ゾロリは最高の礼をとった。 残されたゾロリはふと窓の外に目を向けた。 明るい空のどこかにパパが、それを遠く越えた向こうにママがいる。 (パパ、ママ…私は……) 祈るように手を合わせ、俯く。 金色の髪がさらりと揺れて顔を隠す。 そばにいたいのは、自分も同じはずなのに。 治療が済んだと聞かされて、ゾロリはまっすぐにガオンの部屋に向かった。 (あのバカ…) ゾロリはあまり慣れない靴のヒールをかつかつ鳴らしながらやたら長い廊下を歩いていた。 先ほどまで一緒にいたシンシアの顔を思い出す。母親にあんな顔をさせるなんて、バカもいいところだ。 一発殴ってやろうと思ったのだが、思いなおしてゾロリはガオンの部屋のドアを開けた。 「ガオン?」 そっと声をかけると、彼はベッドの中から片腕だけを上げた。とりあえず生きているようなのでつかつかと近づくと、彼は体力の限界とばかりに横になっていた。 露わになった額を、乗せられていた布ごと、ぺちっと叩く。 「なんだって毒キノコなんかに手を出すんだ、バカ」 「…私は病人なんだぞ、ゾロリ」 「自業自得だ、バカタレ」 荒い言葉の裏に潜む心に気がついて、ガオンはふっと頬を緩めた。そうしていなければきっと心が壊れてしまう、心配でたまらないのだと察して余りある彼女の仕草を、ガオンはじっと見つめていた。 「なんだよ」 「…そばにいてくれないか? そう、私の手の届くところに」 かすれた声に、ゾロリは泣きそうな顔をした。 「…わかったよ、そばにいてやるからそんな声出すな」 「ありがとう」 ゾロリはベッドの端にちょこんと腰掛けた。そしてガオンの手をそっと握ってやる。いつもと同じ、大きな手だった。ただ少し熱があるのか、熱い手をしていた。ふと額に手をやり、ぬるくなった布を冷水に浸した。そして少し固めに絞ると、再び彼の額に乗せた。 「ああ、すまない…」 「世話が焼ける男だよ、お前は」 ダーティブロンドの前髪をそっと梳きやりながら、薄く目を閉じるガオンを見つめた。 「なんで毒キノコ食べちゃったんだ? 金に困ってたわけでもないだろうに」 「…君と同じことがしてみたかったんだ」 ガオンの告白に、ゾロリはきょとんとした。 ――自分と、同じことがしてみたい? 「なんでまた」 「そうすれば君の気持ちがわかるかと思ってね。君が触れてきた世界、君の思い…どうして私の側に居ることを拒むのか、とか…」 「ガオン…」 もう、何度も言ってきたことだった。 ガオンのことは嫌いではない、むしろ好きだ。 メカづくりと言う共通の趣味もあるし、母親のことは大好きだし。 何より二人とも、『一人である』ということを嫌う。 孤独とか、閉鎖とか、そんな簡単な言葉では説明の出来ない寂しさ。見つめているものが同じだからこそ、一緒にいられると思った。思いたかった。 でも。 ゾロリには、まだ父親がいる。幼いころ真っ赤な飛行機で大空に旅立ったまま戻らなかった父親。まだどこかで生きているかも知れないパパ。ゾロリの旅の目的には父親探しも含まれている。 ガオンは、一国の王子。いずれ母王であるシンシアの後を継いで即位することは目に見えている。そのとき彼に必要なのは才色兼備、良妻賢母となれる高貴な身分の女性なのだ。それを思って、ゾロリは一度ガオンから離れようとしたことがある。けれど彼の腕はそれを許さなかった。 『君が君だから好きなんだ』 嬉しかった、涙が出そうなほど嬉しかった。 離れていてももうひとりじゃないと思えるガオンという存在が愛しかった。 ずっとずっと、待っていてくれる。 いつもいつも、追いかけてきてくれる。 寒いときや泣きたい時は抱きしめてくれる。 暑いときや自由になりたいときは手を離してくれる。 「ガオン、俺はお前のことを嫌いだと思ったことはないよ」 「そうかい?」 「お前のことを思わないんだったらとっくに結婚して、この国の財産食いつぶして逃げるつもりさ。俺様は“かいけつゾロリ”だぞ?」 彼のことを思うからこそ、そばを離れようとして、でもできなかった。 自分を変えるつもりはないし出来そうにもないけれど、それでも彼のそばにいられる女でありたい。 「なぁ、ガオン」 「ん?」 「俺は…ううん、私は、あなたのそばにいられるかな?」 そっと触れていた手をぎゅっと握り締めて。 ガオンはこっくりと頷いた。 ゾロリが、泣き出しそうに笑う。 「…少し眠ったほうがいいよ。熱が下がってないからな」 「そばにいてくれるかい? 一人じゃ眠れない」 「甘えん坊王子」 ゾロリはくすりと笑みを零すと、ガオンの上掛けを掛けなおした。彼はゆっくり目を閉じるとそのまますうと寝息を立て始めた。 柔らかな髪を再び梳いてやり、頬にかかっていた髪を落とす。汗で濡れた首筋に乾いたタオルを当ててやりがならゾロリもついうとうとし始めた。 「ね、眠い…」 ガオンを運んできた体力的な疲れと、シンシアと会見を済ませた精神的な疲れで、ゾロリも既に疲労困憊だ。 そして追い討ちをかけるかのようなぽかぽか陽気。 眠らないように頑張っていたゾロリもついに眠りに落ちた。ガオンの横に崩れ落ちるように伏せる。 「すきだよ…」 たった一言、そう呟いた。 シンシア女王がガオンを見舞いにやってきたのはそれから半時ほど後の事だった。 数名のメイドに付き添われても、『母』の顔になっている。 「ガオンは、眠っているかもしれないわね」 言いながらそっと部屋のドアを開け、静かに中に入る。そしてベッドの側まで来て、まあと声を上げた。 ガオンとゾロリが仲良く並んで、手を繋いだまま眠っていた。その顔はどことなく幸せそうで。 メイドが数名、ゾロリをきちんと寝せようと動きかけたのをそっと制した。 「そのままにしておきなさい」 「女王様、よろしいので?」 「おふたりとも幸せそうですもの。引き離してはかわいそうよ」 そういってふふふと笑う女王の心を察したメイドの一人が、ゾロリに上掛けを掛けた。シンシアは満足そうに笑う。 「ゾロリ王女様が、ガオン王子のおそばにいてくださればよろしいのに」 とても似合いの二人なのに、とメイドたちが零す。シンシアはただ笑みだけ浮かべて、そっと部屋を後にした。 ゾロリが目を覚ましたとき、ガオンはまだ眠っていた。 その手は、離れてはいなかった。 熱くて堅い手、でも優しくて自由な手。ゾロリはガオンの手をぎゅっと握り返し、そして離した。 「ん…」 少し赤い頬を見て、ゾロリは額の布を取り替えた。もう一度汗を拭いてやり、僅かにはねていた上掛けを掛けなおす。 「あんまりママさんに心配かけるなよ」 もう一人じゃないから――お前も、俺も。 ガオンの乾いた唇をなんとかしたやろうと、ゾロリはきょろきょろと周囲を見回した。吸い飲みはあったのだがわざわざ起こして飲ませるのも少しかわいそうな気がして、でも思いついた手段に困惑する。 けれどそれしか思いつかなくて。 ゾロリは吸い飲みの中身を口に含むと、少し屈むようにしてガオンの唇に触れた。 脇に避けていた髪がさらりと揺れて二人のささやかな情事を隠してくれる。ガオンの喉が液体を嚥下したのを見届けて、ゾロリはそろっと唇を離した。 濡れた唇をそっと指でなぞり、もう一度唇を落とす。 「ここまでしても起きないなんて…」 「起きてるよ」 目を開けずにそういったガオンに、ゾロリはぎょっと身を竦ませた。 ガオンはぱっちりと目を開けてゆっくりと体を起こした。 彼は至福といった顔をした。さわやかなサファイアブルーの瞳を細めてゾロリを見つめている。 途端、ゾロリは自分が彼のためにしたことを思い出して、ガオンの頬でも張ってやろうと手を上げた。しかしその手は簡単にガオンに止められてしまう。 「離せコラ、殴らせろ」 「なんで殴られなきゃならないんだい、私は病人だって言っているだろう?」 「どこが病人だ、元気じゃねーか!」 繰り出した左も簡単に押さえ込まれ、かわりにぐいと引き寄せられる。 「うわっ」 飛び込んだのは、ガオンの腕の中。 ゾロリは暴れるのをやめて、そっと身を捩って落ち着く姿勢をとった。 「ガオン…」 「いつか…いつかでいいよ。君が私の側にいたいと思ったとき、その時こそそばにいてくれるかい?」 優しいのに切ない囁きに、ゾロリはふっと目を閉じた。 声を出さずに、頷くしか出来ない。 「待っている」 「ガオン、でもあんまり」 「待っている」 あんまり長くは待てないだろうと言おうとして、ゾロリは遮られた。2度目の『待っている』は力強かった。 何も気にしなくていい、気の向くまま心の向くままに生きて、寂しくなったらここに来ればいいとガオンは言ってくれた。 それまでにガオンにはたくさんの縁談が舞い込むに違いない。 それでも彼は『待って』くれるのだと言う。 「…なるべき早く決着をつける…つもり」 「ああ」 互いにそれ以上は言わなかった。 あなた一人を一途に思いますと、交わした口づけに春の日差しがふわりと舞い降りた気がした。 それからゾロリ一行はガオンが全快するまでの数日、城に留まった。 ガオンを助けてくれた礼を、と言うことだったが本当はシンシア女王がゾロリに旅の話を聞くためであった。 留まると言うよりは、留め置かれたと言うほうが正しい。 娘ができたようで嬉しいわ、という言葉の端には本当に娘になってくれれば、という願望が見えなくもない。 やっと城を出ることのできた一行はお土産にともらった品々を抱えて再び旅路に戻った。 イシシとノシシはたくさんお菓子をもらってご機嫌だ。 けれどゾロリだけは複雑そうな顔で何か考え込んでいるようだった。 「せんせ、どうしただ?」 くりっとした大きな瞳で心配そうに見上げてきたイシシとノシシに、ゾロリはうーんと唸って返した。 「いやさー…」 「ガオンに何かされただか?」 ぎろっと細められた目にゾロリはそんな顔をするなとばかりに頭を撫でた。 「あの女王様ならママって呼んでもいいかなって…ちょっと思っただけさ」 「てことはガオンと結婚するだか?」 「せんせ、早まっちゃいけないだよ〜〜」 「なんだよ、早まるって」 キラキラと光る涙目をするふたりに少し呆れながらゾロリは遠い空を見上げた。 きっと幸せになるから (見ててね、パパ、ママ…) 「よし、お前たちどんなところに行きたい?」 「暖かいとこ!」 「面白いとこ!」 「ノシシ採用! 面白いとこ行こう!」 そういうとゾロリは陽光の下、足袋草鞋の足で駆け出した。その後をイシシとノシシが慌てて追う。 「せんせ待ってぇ」 「あははっ、急がないとおいてくぞ!」 「待ってぇ」 一陣の春風が通り抜ける、近い未来の幸せを約束するかのように。 一人一途にあなたを思います 晴れた日も雨の日も あなたの見る夢だけを支えています 遠い記憶の中に潜む優しい約束は あなた一人のために果たされる その日を夢見ています ≪終≫ ≪なかなか難しいこと≫ 一人一途っていうのは本当はとても難しいことなのかもしれない。こんにちわ、如月・反省しない・幸乃です。 今回のタイトルはBUZYの楽曲『一人一途』より。 ガオン王子のおばかさんなところもたまには書いてみたくてこういう次第であります! 毒キノコ食わせてみますか、と簡単に思いついたまではよかったのですがwww 笑いキノコ系です。 あっ、石だけにしてっ、石矢はいやっ、石矢は痛いからいやっ!! |