おさなごころのポケットに まだとても幼かったころ 太陽のような金色をしたあなたに出会った 大事な大事な思い出だから ポケットにちゃんとしまってある 「よし、今日はここで野宿にしよう」 太陽みたいに金色をしたその人は深い森の中でそう宣言した。 「野宿ったってせんせー、道に迷っただけだー」 「…それを言うな。分かってるんだから」 空を見上げればとっぷりと真っ暗、月も星もない。 山をぐるりと迂回する道があったのだが、めんどくさがって山越えをしようとしたのが間違いだった。暗い夜道でも夜目が利くのは狐のゾロリだけで、イシシとノシシは彼女に手を引かれて進んでいた。でものどが渇いただの腹減っただのと喚くので今日はここでストップだ。 「さて。火をおこすか。幸いこの辺に木がたくさん落ちてるし」 「おらたちも拾うだ」 「気をつけろよ、暗いから」 「せんせー、きのこもいっぱいあるだよー」 「拾っとけー。食いもんはいくらあってもいいからなー」 そんなこんなで数十分。薪ときのこがたくさん集まった。ゾロリが火を起こしている間に双子はせっせと枝にきのこを刺している。 「水を汲んでくるから、イシシは火を見ててくれな。ノシシはきのこの焼いててな」 「はーい」 元気な返事が聞こえてきたところで、ゾロリはにっこり笑って水を探しに出た。さして遠くないことも分かっていたので双子は彼女を見送った。 ぱちぱちと火が爆ぜる音がする。 「なぁ、ノシシ」 「ん?」 「せんせに会えなかったら、おらたち今頃何してるだかな〜」 「…考えたこともなかっただな」 思えば随分遠くまで旅をしてきた。当てのない旅だけれど、これまでたくさんの冒険もしてきた。 でもそのどれひとつとして、ゾロリと出会わなければ経験することはなかったのだ。 イシシとノシシの本業は山賊だ。でも山賊で食べていくのもなかなか大変で、ほとんど内職と懸賞で暮らしてきた。そんな二人を拾ってくれたのがゾロリだった。 買出しのために町に降りてきた双子は屋台のおでん屋で飲んだくれているゾロリと出会ったのだ。 「もうそれくらいにしときなよ、な?」 「いーひゃんか、かねはちゃんとはらうかりゃ〜〜。もういっぱいだけ〜〜」 「これで最後だよ?」 「ふぁ〜〜い」 一升瓶からとくとくと注がれる清酒を嬉しそうに受けながらゾロリはにたーと笑った。そんな彼女の横にイシシとノシシが座る。 「おじさん、おら、大根とちくわ」 「おらはこんにゃくと厚揚げだ」 「あいよー、えーっと。ほくろがあるほうがこんにゃくと厚揚げだね」 「んだ」 イシシとノシシはにっこり微笑んだ。 「ん〜〜、おじさ〜ん」 「酒なら出さないよ」 まだ何も言ってないのに、おじさんにはゾロリの言いたいことが分かるらしい。 「そんなこと言わないで〜。ね、もういっぱいだけ、ね?」 「飲みすぎだよ、お客さん。一升瓶が3本空ですよ」 え!? イシシとノシシはばっとゾロリのほうを向いた。目があったのはそのときだ。胸元まで伸びる金の髪にくるんと大きな黒い瞳。ふわふわの尻尾と耳は狐の証。酔っ払って顔は赤いけれど素に戻ればさもあろう肌の白さがうかがえた。こんな綺麗な人が一人で3升も開けてしまっているのが二人には信じられない。 「んふふ〜、いいの。酒はねー命の水なんだから〜〜」 「過ぎれば酒も毒ですよ」 「いってくれるじゃな〜〜い」 おじさんはゾロリを無視して、温まったおでんを二人によそってくれた。 「はい、こちらが大根とちくわね。熱いから気をつけるんだよ」 そういってイシシの前におでんの器を置いてくれた。続けてノシシの前にもほくほくと温かいおでんが置かれた。 「…お酒ないならおでんちょーだい。こんにゃくとたまごとぉ〜…ちくわ」 「はいはい、おでんならいくらでも」 おじさんは言われたとおりの具材をよそってゾロリの前に置いた。 「…お前たち、双子か? 同じ顔だけど」 ゾロリが突然、イシシとノシシに話しかけた。イシシはこっくり頷いた。 「んだ。おらたちは双子だ」 「おらが弟のノシシ」 「おらが兄ちゃんのイシシ」 「そっかー、そっくりだなー」 ふたりはえへへと笑った。 「おねーさんはなしてそんなに飲んでるだ? なんかいやなことでもあっただか?」 ゾロリはふと、飲むのをやめた。 「…なんで女だって思うんだ?」 「だって、髪が長いし、体だって…」 「そういう体つきの男だっているかもしれないだろ? 髪の長さじゃ判断できないしな」 そういってゾロリがくすくす笑うのを、双子は黙ってみていた。 そして感じたのが――自分たちの世界の狭さ。 イシシとノシシはじっとゾロリを見つめていた。 「ん? なんだ?」 「あんた、旅の人かい?」 「見りゃ分かるだろ〜?」 足元の三度笠に縞の合羽。空色の着物に濃緑の袴。古風だけれど旅姿だ。男のようにも女のようにも見えるその人に、双子は何かを感じずにはいられなかった。 「ごっそーさん、いくらぁ?」 「締めて2500ギンダラだね」 「2500ギンダラね〜〜はい」 ゾロリは勘定を払うとふらりと席を立った。軽く酔っ払っているのだろう、足元が少しふらふらしている。 イシシとノシシはあわてておでんをかきこんだ。そして勘定を投げつけるように払うとゾロリのあとを追いかけた。 「待って〜〜」 「旅の人さぁ〜〜〜ん」 ばたばたと追いかけるとなおも千鳥足のゾロリが前方を歩いていた。 「んああ?」 「待ってほしいだ、旅の人さん」 ゾロリはくるりと振り返ってしゃがんでくれた。 「なんだぁ?」 「おらたちも連れてってほしいだよ、旅の人さん」 「連れてけって…俺様の旅にか?」 双子はしっかり頷いた。けれどゾロリは先程とは一転して厳しい顔つきになった。 「…遊びじゃないんだからな、俺様の旅は」 「わかってるだよ。でもおらたち、もっともっと世界を知りたいだ」 「ふたりぼっちは寂しいだよ」 ゾロリはノシシの言葉に反応した。 (…親がいないのか……俺様と一緒だな) 小さな双子は顔を見合わせ、それからゾロリを見つめた。黒い瞳が小さいながらもきらりと輝いている。 「そっか。そんなら勝手にしろ。明日の朝まで、あそこで待ってるから」 そういってゾロリは町外れの森を指差した。双子は顔を見あわせ、頷く 「…はいだあ!!」 そして小さな足でパタパタと駆け出した。荷物をまとめに山小屋まで戻るのだ。 嬉しくて、一生懸命走った。 「よかっただな、ノシシ」 「よかっただよ、イシシ」 暗い夜道をひた走り小屋にたどり着いたときにはふたりともはあはあぜいぜいと荒い息をしていた。でもちっとも疲れていなかった。 青い風呂敷を広げ、なけなしの荷物を包み込む。その風呂敷を肩に担いで鎖骨あたりできゅっと締めた。そして風呂敷と背中の間に傘を差し込んだ。 「いくだ」 「うん」 そしてそのまま、来た道を戻る。何もしゃべらずに一目散に。 すべては広い世界と、金色のあの人のために。 「旅の人さぁん」 ゾロリは約束どおり森の入り口で待ってくれていた。木を背中にして目を閉じている。 「旅の人さん…」 「…はやかったな、山まで戻っていたわりには」 ゾロリはいたずらな微笑を見せた。驚いたのはイシシとノシシだ。山まで戻るなんて一言も言わなかったのに、どうしてこの人は知っているんだろうか。 尋ねるとその人は簡単なことだといった。 「お前たちが戻ったほうに山しかないからさ。それに」 そういってゾロリは双子のそばによってふんふんと匂いをかいだ。 「…木のにおいがする」 「すごい…あたりだぁ」 ほわあ、と双子は笑顔を見せる。ゾロリは立ち上がってにっこり笑った。 それが旅の始まり 名前を教えてもらった。女の人だということも教えてもらった。旅の目的も聞いた。 それでも、一緒にいたいと思った。 「おーい、水汲んできたぞー」 「ゾロリせんせ」 双子はわあっと声を上げてゾロリを出迎えた。両手に抱えたバケツを大事そうに受け取る。 「きのこは焼けたか?」 「こんがりだよ、せんせ」 「よっし、じゃあいただくか」 「はいだー」 いっただっきまーすと元気よく声を出して、3人はむしゃむしゃときのこを食べた。 「んまー」 「腹減ってるとなんでもうまいだよ〜」 「むがっ…詰まっただ…」 「あわてて食うなよ〜〜」 ばしばしとノシシの背中を叩き、吐き出させる。それから水を飲ませて落ち着かせた。 「大丈夫か?」 「んあー、びっくりしただな、もう」 そして数十個はあったきのこを平らげてしまうと、イシシとノシシはこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。 「ん〜〜」 こしこしと目を擦りながら、二人は一生懸命おきている。ゾロリは微苦笑した。 「二人とも、眠ってていいぞ。俺様が火の番をしてるからな」 ノシシはすでに寝惚けかけているのか、意味不明なことを言い出した。 「あんぱんとドーナッツがぞろりせんせ〜〜」 「…分かったから寝ろ」 「せんせー、おやすみのちう〜〜」 ん〜〜と唇を尖らせて迫るイシシの額にちゅっとフレンチキス。寝惚けてるノシシにも同じく。 「ゆっくり寝ろよ、明日は山を完全に越えるんだからな」 ゾロリは双子を並べると冷えないように自分の合羽を着せ掛けた。それから二人の茶色い髪を順番に梳く。 「お前たちがいてくれてよかったよ」 父が失踪し、母が死んで、いよいよ独りぼっちになったとき。なくすものはもう何もないからと旅に出たけれど、やっぱり一人は寂しかった。 「俺が女でもぜんぜん気にしなかったし、何よりいろんなことが楽しいよ」 ぴくぴくと動く茶色の小さな耳とふごふご言っている鼻がゾロリをどれだけ和ませているのか、二人は知らないだろう。 だけどゾロリは双子の思いに応えられそうにない。双子もそのことはちゃんと知っている。 ゾロリにはガオンという恋人がいて、互いのことは悪くないと思っている。それが二人には寂しいし悲しいのだ。 「…ごめんな」 ゾロリはつぶやいた。二人は、おらたちの初恋の人はせんせなんだよ、と告白してくれた。 だからイシシとノシシはガオンに突っかかっていくし、近づこうとすればダメという。 そんな小さな恋心はずっとずっと大事にしてほしい。 「ちゃんとしまっとけよ、ポケットに…な」 ぽんぽんと軽く体を叩き、ゾロリは双子のそばを離れた。 「で。いつまでそうやって木と同化してるつもりだ?」 腰に手をあて、えらそうなポーズでゾロリは木に向かって声をかけた。現れたのは茶色の狼、恋人のガオン。相変わらず木の陰が好きな男だ。 ガオンはがさがさと足元の落ち葉を踏み、ゾロリのそばに近づいた。 「双子が寝るのを待っていたんだ」 「なんで山ん中に入ってきたんだ? 迂回するルートがあっただろうに」 「お前が心配で…」 聴いたこともないような言葉に、ゾロリは一瞬きょとんとした。そして声を抑えて笑い出した。 「なっ、笑うことはないだろう、私はっ」 「分かってるよ、けどおかしいっ…」 「全く、君ってやつは…」 ガオンはむっとして顔を背けた。ゾロリは笑うのをやめてそっと寄り添った。ことんと、ガオンの肩に頭を乗せる。金の髪がさらりと流れた。 半身に不意に感じた温かさにガオンははっとしてしなだれかかるゾロリを見つめた。 「…ありがとう、ガオン」 「ゾロリ…」 炎に照らし出される横顔はその影を深くして、それでもなお彼女を美しく見せた。 「いつもお前がそばにいてくれるみたいに感じてるんだ…こうやって会えるとやっぱり嬉しいよ」 そういって彼女はふっと目を閉じた。 「…こんな旅はやめて、私のところに来たらどうだ?」 「それはプロポーズなのか?」 ゾロリはひょいを顔を上げた。真っ赤になったのはガオンのほうだ。無理もない、どさくさにまぎれたとはいえプロポーズには違いない。 「そうだ。私と一緒に暮らそう!!」 ガオンはひしっとゾロリを抱きしめた。細い体は女性特有の温かさに満ちていた。 「気持ちは嬉しいけど、まだ当分ダメだな」 「父君のことか」 王侯貴族らしい言葉遣いに苦笑しながら、ゾロリはこくんと頷いた。 いたずらの女王様にはぼちぼちなればいい。王子様は見つかった。 残る目的は赤い飛行機に乗って大空へ旅立ったまま未だ生死も知れない父を探すこと。それはまだ果たされていないのだ。 「それにな、ガオン」 「なんだ?」 「こいつらも一緒じゃないと、いやなんだ」 ゾロリは優しい笑みを浮かべて炎の向こうに眠る双子を見つめた。相変わらず彼らには優しい顔をする。 けれど熱く愛されてとろけそうな彼女の姿態と表情は自分だけが知っている、ガオンはそれだけでも十分だった。 「ゾロリ…」 「今日はダメ。双子と一緒に寝るんだから」 そういうとゾロリはさらりとガオンをかわした。そしてイシシを転がして二人の間に割り込み、さらに転がしたイシシを胸元に抱き寄せる。寝返りを打ったノシシがぺたっとくっついてさながら小の字になった。 「火の番は頼んだぞ、ガオン」 ひらひらと手を振って、ゾロリの頭がかくんと落ちた。ゾロリは寝つきのいい狐なのである。 そっと近づくともう、すーすーと寝息を立てていた。双子に抱きつかれて温かいのか、幸せそうな笑みを浮かべている。 (まったく…) ガオンは自分の指でそっとゾロリの唇に触れた。そしてその指を自分のそれに触れさせる。口づけるのを忘れてしまったからだ。 出会わなかったら。 出会わなかったらきっと、こんな自分に気がつかなかったろう。 ゾロリも、双子も、ガオンも。 「ん…」 「んああ…」 うっすらと日が差してきて、イシシとノシシはほとんど同時に目を覚ました。 「よう、起きたか」 「あ、ゾロリせんせ。おはようだぁ」 イシシとノシシはいい笑顔を見せた。と思ったのに、急に顔つきが厳しくなる。ゾロリの後ろにガオンを見つけたのだ。 「なんでガオンがいるんだ!?」 「昨日の夜、お前たちが寝た後に来たの。それに俺様はお前たちと一緒に寝てたじゃないか」 そういわれると言葉が詰まる。イシシとノシシは顔を見合わせて黙った。確かに昨日の夜はゾロリせんせにべったりくっついて眠っていたのだ。二人ともそれぞれ目を覚まし、ゾロリがそばにいたことを知っている。 「けんども…」 「気になるのは分かるけど、そろそろあいつのこと何とかしてやれないか?」 ゾロリの笑みは少し寂しげだった。 イシシもノシシも、そしてガオンのことも好きだから、仲良くしてほしいと思う。 二人はゾロリの意を汲んでこっくり頷いた。 「けんど、まだせんせの恋人として認めるわけにはいかないだ。これからじっくり観察させてもらうだ!!」 「んだ!!」 イシシとノシシは手をとってだばだばと走っていった。 「顔洗ってくるだーー!!」 「あーはいはい、気をつけてねー」 ゾロリはひらひらと手を振った。あの子たちなりに考えていることがあるのだと、ゾロリの胸の中に小さな温かさが点った。 「なんとか和解への道が開けそうだな、ガオン」 「別に争っているわけじゃないぞ」 「けどあいつら何とかしないと、俺は手に入らないぞ。俺もあいつらも、お互いに離れる気はないんだから」 ガオンがぐっと押し黙った。確かに、双子を何とかしないとこれから先、ゾロリと肌をあわせる機会もどうなるか分からない。 「キスするなら今だぞ」 ぶっ。ガオンは飲んでいたコーヒーを吹き出した。ゾロリはくすくす笑っている。 「双子が邪魔でできなかったろ?」 ゾロリはいたずらっぽく笑いながら、木の根元にすわっているガオンの前に膝を着いた。そしてガオンの肩に手を置くとふっと顔を寄せた。 「ほーら、ガ・オ・ン」 「からかうんじゃない」 コーヒーのカップを置き、ガオンはゾロリの腰をぐっと抱き寄せた。ふわっと飛び込んできたゾロリの唇に自分のそれを重ねる。 ほわほわと温かい感触がかなりいい。 「せんせーーーー!!」 「おらたちもちゅーするだ」 どたどたと走りこんでくるイシシとノシシを見止めて、ゾロリは破顔一笑した。 「おーし、こいこい」 余韻もへったくりもなく、ゾロリはガオンからはなれて双子をぎゅっと抱きしめた。 「お、おい…」 「せんせー、大好きだよ」 どさくさに胸に触れながら、イシシとノシシはゾロリの顔中に唇を降らせている。 「くすぐったいよ、お前たちっ」 「だってせんせのことだいだいだいだい、だーい好きだもん」 「俺様も好きだよ」 誰しも、抱きしめられるべき腕を持っている。 「さ、気合入れて山越えるぞっ!」 「おー!!」 3人は元気よく拳を突き上げた。そして意気揚々と歩き出す。その少し後ろを小さな荷物を背負ったガオンが歩く。 ゾロリは金色の髪を手際よく結い上げて三度笠の中へ、豊かな乳房はさらしで包んでそれぞれ隠している。 ふわふわの毛で覆われた尻尾をふりふり、楽しそうに歩を進める。 イシシとノシシは歌いながらゾロリの左右を陣取る。 「いい天気だなー」 空を見上げるゾロリに倣って双子もガオンも上を向いた。 太陽の光がきらりとこぼれて降り注ぐ。 誰もが心にポケットを持っていて その中に大事なものをしまっている たくさんの思い出、たくさんの気持ち ずっとずっと大事に 『初恋』もしまっておくよ ≪終≫ ≪意味プー≫ はい、意味プーなお話を書かせりゃ右に出るものはあるまいと自負しておりますとも。双子がどんだけゾロリせんせを好きか、というのを書こうと思ったのですが、汚れちまった私には無理だったみたいです(-_-;) やっぱりねー…取り合い系が楽だわ、うん。 機会があったらレッツリベンジ。書きたいな、と思います。 逃げますε===(´д`)/ |