さくらDROPS 花が散るように恋が終わったとき 君の小さな瞳からも涙がぽろっとこぼれたね 忘れちゃいけないよ その悲しみと痛みを いつか自分だけの人に出会うために 「さあ! 今日も元気に行ってみようか!」 「おー!!」 はい♪ すっぽこぺっぽこぽこぽこぴー♪ 縞の合羽を翻して颯爽と歩く旅人の左右に小さな双子が控えている。中心の旅人はゾロリという名の金狐、双子はイシシとノシシという。右のほおにほくろがあるのがノシシだ。 3人は今日も元気に山中を…彷徨っていた。 「せんせー、ここどこだかー?」 「…山の中だろ」 「どっちに行ったらふもとさ着くだかー?」 「歩いてればそのうち着くだろー」 「そのうちってせんせ、もう3日も山の中を彷徨ってるだよー」 そういってノシシはその場にぺたんとへたり込んだ。続いてイシシもしゃがみこむ。山の恵みのおかげで空腹ではないがゆっくり休めていないもの事実だ。そんな二人を振り返ってゾロリもふうと息をつく。地図も磁石も持たないで適当に歩くのが彼女のポリシーなのだがこういうときは大変だ。幼いころ父親が残してくれていた本にあったとおり太陽で大まかな方向は分かるのだが、ここ数日は曇りが続いていて方角が定まらない。夜になっても天候は回復せず、北を示してくれる北極星も見えなかった。 「ポラリスはずーーっと場所を変えないのになぁ」 「せんせ、切り株の年輪の幅が広いほうが南だよー」 イシシが切り株を見つけて嬉しそうに言ったが、ゾロリはその額をピンとはじいた。 「ばか、それはガセネタなんだよ」 「えーっ!? 違うんだか!?」 「おらたちそれが南なんだってずーっと思ってただよ!?」 イシシとノシシが驚いて顔を見合わせた。 「勘違いしてる人も多いけどな。木っていうのはまっすぐ立つために斜面に対してしっかり幹を広げるんだ。だからそのぶん年輪の幅が広くなるのさ。日当たりは関係ないよ。しいて言うならどっちが下なのか分かるんだけど…」 解説しながらゾロリはふと思い当たって切り株を見た。この木は自然に倒れたものらしいが切り口ははっきりしていた。切り株の幅に広いほうをたどっていけばいいのか。切り株があるということはそこには根があって足元もしっかりしている。道らしい道がない今はこの切り株だけが頼りだ。 「よし、切り株を信じて行ってみるか」 「だどもせんせ、方角がわかんないんでしょ?」 「でも下に行けば何とかなるだろ。もう少し休んだら行くぞ」 「はーい」 イシシとノシシは元気よく返事した。 それからしばらくして一行は切り株を目印にして歩き出した。 「ほら、足元に気をつけて」 片手で木を掴んだゾロリがイシシとノシシの手をとって下に降ろす。そんなことを繰り返しながらもうすぐふもとというところまでたどり着いた。 「やったー、せんせ」 「もうすぐだな、がんばれよ」 「おうっ!」 双子が元気に声を上げたとき、ゾロリの耳がぴくっと動いた。 「ん?」 「せんせ、どうしただか?」 「しっ、静かに…」 ゾロリは目を閉じて丁寧に音の方向を探った。それは音というより声だった。 (泣き声…? 女の子か) ゾロリは声の方向を丁寧に感じ取った。 「こっちだ、女の子の泣き声がする」 「えっ、女の子の泣き声?」 先に駆け出したゾロリのあとを追ってイシシとノシシも走り出した。 日が落ち始めたのか、あたりが暗くなっていく。イシシとノシシにはゾロリの合羽だけが目印だ。 ゾロリの足が小さな藪に踏み入れられるとがさっと大きな音を立てた。すると声の主らしい女の子がさっとこちらを振り返った。白くて長い耳がふにゃんと寝ていて、鮮やかな緑の瞳が涙で潤んでいた。 「泣いていたのは、君?」 ゾロリが声をかけると女の子はおびえているのか、そのまま後退った。無理もない、いきなり現れた旅人に容易に心を許していいとは思わなかったのだろう。それに気づいたゾロリが苦笑すると彼女は笠を取り、髪留めをはずした。長い金の髪がさらりとゾロリの背中に流れた。 「うわぁ…」 女の子は感嘆の声を上げた。 「驚かせてごめんね、君はこんなところでどうしたの?」 ゾロリは優しい笑みを浮かべ、女の子に視線を合わせた。女の子はようやく安心したのかやっと表情を和ませた。 「私はさくら。この山のふもとに住んでるの。キノコを採りに山に入ったんだけど途中で足をくじいて動けなくなっちゃって…」 「そうなのか…ちょっと見せて」 ゾロリがさくらのそばによって足に触れると、彼女は苦痛で顔を歪めた。 「あ、ごめん。でも折れてないみたいだな」 「あ、あの」 「ああ。俺はゾロリっていうんだ。こっちがイシシでこっちがノシシ。ほくろがあるほうがノシシな」 イシシはにっこり笑ったが、ノシシはなぜか呆けたままだった。 「イシシ、たしか街の薬局でもらった試供品の湿布があったよな」 「んだー。さくらちゃんに貼ってあげるだね?」 「ああ。こういうときに使わないとな」 ゾロリはイシシから湿布を受け取ると外装をはがした。さくらの靴を脱がせ、靴下を下ろして踝を晒す。 「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して」 ゾロリはさくらの細くて小さな足をそっと持ち上げた。さくらはやはり痛みで顔をしかめたがそれでも気丈に我慢していた。湿布を貼ってその上に包帯を巻いておく。 「応急処置だけど、どうかな」 「ありがとうございます、痛みが引いてるみたい…」 さくらがにっこり笑うとゾロリも微笑み返した。 「さくらちゃんはふもとに住んでるんだったよな。俺が背負っておくから代わりにっていったらなんなんだけど俺たちをふもとまで案内してくれないかな。もう3日も迷っちゃってるんだ」 「そうなんですか? 分かりました。私が案内します」 寝ていたさくらの耳がぴんと立ち上がった。帰れると分かって安心したのだ。淡い茶色の髪が優しく揺れている。 やり取りの間中、ノシシはずっとさくらを見つめていた。 「じゃあイシシ。さくらちゃんを背負うから支えてやって」 「おらがやる!」 はいっはいっと跳ねるように立候補するノシシにゾロリとイシシはちょっと驚いて顔を見合わせた。 「まあ、誰でもいいよ。じゃあイシシは荷物を頼むわ」 「んだー」 彼女がひねったのは右足だったのでノシシは彼女を右から支えた。そしてしゃがんでいるゾロリの背中にさくらを抱きつかせた。 「しっかりつかまってな、さくらちゃん」 「はい、よろしくお願いします…」 こうしてゾロリは道案内を、さくらは救護班を得て山を降りることになった。 「そうなんですか、みなさんで旅を」 「ああ。さくらちゃんはふもとで家族と暮らしてるんだね」 「ええ、お母さんは小さいときに死んじゃっていないけど、お父さんとお兄ちゃんと一緒だから平気なんだ」 ゾロリの背中でさくらはにっこり笑ったのだが、ゾロリにはそれが見えなかった。 彼女も、イシノシも、そして自分にも母親がいない。それでもこうやって暮らしていけるのはまだ失くしたくない家族や仲間がいてくれるおかげなのだ。ゾロリはさくらを背負いなおすとそのまま山道を下ろうとした。が、ふと足が止まる。 「せんせ?」 「困ったな、足が届くかな」 イシシがふっと覗き込むと断崖絶壁というには大げさだがそれでもイシシたちの身長ほどありそうな段になっていたのだ。 ゾロリ一人なら飛び降りればいいのだが今はさくらを背負っている。乱暴に降りればさくらの足に響くかもしれない。 「んー、足場があればいいんだけど…」 「ゾロリさん、私を背中から降ろしてください。それからゾロリさんが降りて、もう一度背負ってくだされば」 「そうだな、さくらちゃんはどっか木にでも掴まっててくれれば」 さくらの提案にゾロリが賛同しかけたとき、ノシシがぱっと段から飛び降りた。 「ノシシ!?」 「せんせ、おらが足場になるだ」 「ノシシ、いいんだって。俺がさくらちゃんを抱き下ろすから」 「でもせんせまで足くじいたら大変だよ。せんせ、おらを足場にして」 そういってその場に四つん這いになったノシシにゾロリはそっと目を閉じた。 「わかったよ。じゃあ足場にさせてもらうぞ。イシシ、さくらちゃんを支えててな」 ゾロリはそっとさくらを降ろし、イシシに預けて下にいるノシシを見つめた。 (かっこいいじゃん、ノシシ) ゾロリはノシシの背中にふっと足をおいてなるべく体重をかけないようにさっと下に降りた。ノシシはゾロリの足が乗った瞬間僅かに声を上げたが潰れもせずに足場としての役目を果たしてくれた。 「よし、もういいぞ。ノシシ」 「えへへ。おらがんばっただよー」 「かっこよかったぞー、ノシシー」 ゾロリはノシシの膝や手のひらをパンパンとはたいてやった。それからさくらを抱いて降ろし、イシシと荷物も抱き下ろした。 「ノシシ、なかなかやるだなー」 「えへへ、えへへ」 誉められて照れるノシシを見ながらゾロリは嬉しそうに微苦笑した。 (まあ、ノシシも男の子だからな) 「さ、ふもとまでもうすぐなんだ。頑張ろうぜ!」 「おー!」 さくらは再び背中の人となり、ゾロリたちを導いて山を降りていった。ちらほらと民家の屋根が見え始め、道も広くなだらかになってきた。 もうさくらの案内がなくてもふもとは明らかだった。 「家まで送るよ。その足じゃ歩けないだろうし」 「え、でも」 「いいんだって。なあ、ノシシ」 ゾロリはノシシに目配せした。どうせ別れなければならないなら、もう少しだけ長く一緒にいさせてやりたいと思った。 「…んだ。おうちまで送ってたげるだよ、さくらちゃん」 「…ありがとう、ゾロリさん、イシシさん、ノシシさん」 さくらはにっこり笑った。そんな彼女の目にある人影が映る。一人ではなく二人だ。 「あ…」 「どうした、さくらちゃん」 「お父さん! お兄ちゃん!!」 「さくら!」 駆け寄ってくる青年はゾロリを追い越して背中のさくらを抱き取った。 「さくら、心配したんだぞ」 「ごめんなんさい、お兄ちゃん。山の中で足を挫いて動けなくなってたらこのお姉さんが助けてくれたの」 青年はさくらの兄だ。もうひとり年若い男が近づいてきた。 「さくらがお世話になりました。ありがとうございます」 「いや、俺たちも山の中で迷子になってたから」 ゾロリはひらひらと手を振った。男はさくらの父親だった。いつまでも戻ってこないさくらを不安に思い、日が沈んだので探しに出ようとしていたところだったのだという。 「とにかくありがとうございました。急ぐ旅でなかったらどうかうちで一泊なさってください」 「いや、いくらなんでもそこまでは。さくらちゃんには道案内してもらったからお互い様だし」 流石のゾロリもそれは図々しいと思ったのか、断ろうと一生懸命になっていたそのとき。 ぐうぅぅぅぅぅぅぅ〜〜… いいタイミングでイシシのおなかが鳴ったのだ。 イシシはあわてて腹を押さえたがときすでに遅し。さくらの兄も父もくすっと笑った。ゾロリは赤くなってうつむいた。 「もー、おまえはぁ…」 「ごめんなさいだぁ、せんせ…」 「せめて夕食だけでもいただいてください。それくらいしかお礼もできませんが」 「じゃあ、お言葉に甘えて」 さくら一家はゾロリたちと一緒に自宅のほうへと向かった。 自宅の前に一人の少年が待っていた。茶色の耳は狼のものだった。尻尾を逆立ててどこかイライラしているようだ。少年はこちらに気がつくとあっと声を上げて駆け寄ってきた。さくらは大きく目を見開き、兄はちっと舌打ちした。 「小狼君!」 「さくら、無事だったのか?」 さくらは兄の背中から無理やり降りると片足でけんけんしながら小狼とよばれた少年に抱きついた。 ゾロリがふっとノシシを見るとあれは唖然として固まっていた。 どうやらさくらと小狼は幼いながらも恋人同士らしい。穏やかに笑いあう二人を前にしてノシシの心中はどうだろう。それを思うとゾロリはこの場を離れたほうがいいのではないかと思った。 「ノシシ…」 「せんせー、おらおなかすいただ…」 くいっと合羽をひいてはいるものの、ノシシは顔を上げなかった。 「ノシシ…おまえ…」 じっと我慢してるのだ、涙を。 さくらの自宅で温かいシチューをご馳走になった一行はさくらたちに別れを告げて再び旅の人となった。 街道に出る道を教えてもらい、今日はその近くで野宿と決まった。 手馴れたたき火の炎が夜空を焦がす。今日は綺麗な三日月の夜だった。ゾロリは眠る双子をそっと覗き込んだ。イシシはよく眠っていたがノシシはひくひくと揺れていた。 「ノシシ…」 その声が届いたのか、ノシシは布団代わりの上掛けを頭までばっと被った。 ゾロリはノシシのそばに近づいてそっと肩に触れた。 「ノシシ、我慢しなくていいんだぞ」 「せんせ…」 ノシシは上掛けからひょこっと顔を出した。そして優しく微笑むゾロリを見とめると起き上がってその胸に飛び込んだ。 「せんせ〜〜」 ゾロリの胸に抱かれて、ノシシはわんわん泣き出した。 涙も鼻水も一緒くただったが、ゾロリはノシシを離さなかった。湿り気を帯びていく胸元がいやに温かで、でも嬉しかった。 「お前、さくらちゃんが好きだったんだな」 ノシシはしゃくりあげながらなんとか声を絞り出した。 「おら、よくわかんないけど…でも、さくらちゃん見てると、せんせと一緒にいるときみたいにあったかい気持ちになっただ…」 「そっか…」 「でも、さくらちゃんにもっ…そういう人がいるんだって…おら、なんか悲しくて寂しくて、痛くてっ…」 それだけいうとノシシはまたわんわん泣き始めた。 「ノシシ」 「んあ?」 「その痛み、大事にしろよ」 「ほあ?」 ゾロリは泣きじゃくるノシシの髪をそっと梳いた。 「ノシシは大事な経験をしたんだ。とっても大事な経験を、な」 ノシシはふっと顔を上げた。 「これから何度もそんな経験をするかもしれない。でもそれは『自分の一番大事な人』に出会うためにとっても大事なことなんだよ」 「『自分の一番大事な人』に出会うために?」 「そう。これからお前たちも大きくなれば俺じゃない、誰か大切な人に出会うんだ。これはその練習なんだよ」 ゾロリはノシシに笑顔だけ見せていた。体がこれ以上大きくならなくても心の成長は止まらない。 ノシシの恋は儚く散ったわけだが幼い彼らにはまだこれからチャンスがたくさんある。 だから今はたくさん泣いたほうがいい。 「たくさん泣いていいんだよ。泣いた分だけ男として大きくなれるってもんだ」 「せんせー」 ノシシは鼻をすすり、目を擦るとゾロリの膝に乗ったままではあったがもう泣かなかった。 「せんせ、おらもう泣かないだよ」 「なんでだ? 泣いていいんだぞ」 「泣かないのも、男でしょ?」 泣き腫らした目できりっと顔を上げるノシシを、ゾロリはふっと抱きしめた。 恋はこんなに辛い時もあるのに どうしてやめられないんだろう 自分を思ってくれる二人の男を思い出し、ゾロリはノシシの温かさを堪能していた。 翌朝ノシシはなんでもなかったかのように朝ごはんを食べてそれから元気に歩き出した。イシシは昨夜の出来事を知らない。 「せんせー、これからどこにいくだか?」 「あ、ああ、そうだな。寒くなるし、南のほうに行ってみようか」 「わーい、おらあったかいの大好きー」 駆け出したノシシを追ってイシシも走り出す。残されたゾロリは苦笑しながらゆっくり二人の後を着いていった。 「おーい、はしゃぎすぎて転ぶなよー」 「わかってるだよー」 (ノシシが元気なら、まあいいっか) 見上げた空にきれいでふわふわの白い雲。今日は一日いい天気になりそうだ。 いつか『自分の一番大事な人』に出会うんだって、ゾロリせんせは言った。 今のおらにはゾロリせんせが一番なんだ。 せんせはおらの手を離さないし、何かあったら必ずその手を差し伸べてくれる。 おらに一番大事な人が見つかって、せんせの手を必要としなくなるその日まで、おらはずーっとせんせが一番なんだ。 「せんせー」 「ん?」 ノシシは追いついてきたゾロリの手をそっと握った。 「今のおらにはせんせが一番だよ」 ノシシはえへへーと笑ってぶんぶん手を振った。 「あー、ノシシずるいだー。おらもせんせと手をつなぐだー」 「おいおい、歩きにくいだろーが」 「だってせんせが大好きだもん」 ゾロリは満更でもなさそうに双子になされるがままに歩いた。 いつかこの子達が自分の手を離れていくその日まで、ずっとそばにいると約束したから。 「さあ、今日も元気出していくぞーっ!!」 「おーっ!!」 高らかな声が青い空に溶けていく。 優しいだけの恋を許さないこの世界で、ノシシは一つ大きくなった。 忘れないで、その悲しみと痛み いつか自分が一番大事だと思える人に出会うまで 花が散ればいつか必ず実を結ぶ そう、いつの日か ≪終≫ ≪どんなときだって≫ 今回のタイトルは宇多田ヒカルの『SAKURAドロップス』より。ひらがなと英字をあえて逆にしてみました。 ノシシが好きになった女の子がさくらちゃんなのは『CCさくら』からです。ノシシ役のくまいもとこさんが小狼役で出演なさっているので、簡単に言えば声優つながりです。 今回はせんせの恋のお話を離れてみたので楽だったといえば楽でした。小さな恋の話もいいですね。 さらに付け加えておきますと、別に『イシシは嫌いだ』というわけではありません。たまたま今回のお話にはノシシのほうが適役だっただけです。機会があればイシシのお話も書いてみたいです。でもおばけやしき(まじふま#25)のビビリ入ってたノシシが抱きしめたいほど可愛かったのも否定しませんwww。 ああ、私には双子のどっちかなんて選べない_| ̄|○ノシ |