今宵、碧い森深く 〜イシノシの冒険? この願いが叶う日が来たなら 死んでも構わないほど想っていた でもやっぱり死ぬのはもったいないと思った 「せんせー!!」 「せんせーどこだかああああああああああああああああああああ!!」 茶色の小さな耳をぴくぴくさせながらイシシとノシシの双子は周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていた。いつものように警察に追われた一行はゾロリとプッペ、それにイシシとノシシの二手に分かれて逃げることにしたのだ。そしてこの森で落ち合おうと決めていたのにゾロリはまだ来ていないのか、どんなに呼んでも姿を見せなかった。 「返事がないだー」 「まだ来ていないのかもしれないだな」 「捕まったなんてことは……」 「せ、せんせに限ってそんなこと……プッペもついてるだし」 いやな想像をしてしまったイシシとノシシは顔色を変えたが、それでもゾロリを信じて待つことにした。 まだ昼間で、森はそんなに暗くない。 ふたりだから寂しくない。 けれどいつもゾロリと一緒で、今はプッペという弟子も出来たふたりに、“ふたり”という感覚は寂しさを募らせる。ゾロリと出会う前の無機質で無色な時間に戻ったような気がするのだ。 「せんせもプッペも大丈夫だかねぇ……」 そう言ってため息をつき、座り込んだノシシの横に宥めるように座るイシシ。 まだ幼い双子の兄弟はしっかりと手を握り合って互いを励ましていた。 その頃ゾロリはうっかり池に填まってしまったプッペを引き上げている最中だったのだが、二人はそれを知らない。 そんな時だった。森の外に馬の嘶きが聴こえたのは。 誰かがこっちにやってくるのがわかってイシシとノシシは立ち上がった。馬の声だから警察だとは思わない。けれどゾロリが来たのだとも思わなかった。 得体の知れない何かが近づいてきたら、まず動けるように立ち上がること、そして周囲を確認して、逃げること。ゾロリから教えられたとおりに行動する彼らは立派な弟子といえた。 その、足さえ短くなければ。 近づいてきた誰かからイシシとノシシは必死に逃げたのだが、足の長さが違いすぎた。 「待って!! そっちは底なし沼なのよ!!」 ぐいっと襟元を掴んで自分をつるし上げたその人はうさぎの耳を持つ、亜麻色の髪をした女性だった。 「そ、底なし沼?」 イシシが鸚鵡返しに呟くとその女性は二人を下ろし、視線を合わせる様にしゃがんだ。 「うん、底なし沼があるんだよ。この辺じゃ見ない小さい子供が森に入ったと聞いてやって来たんだ、沼に落ちたら危ないからね」 亜麻色の髪の女性がイシシとノシシを同時に撫でる。ふたりはほっと息をついて顔を見合わせた。 「そ、そうだったんだか」 「ありがとうだ」 ふたりの笑顔に女性も釣られる様に微笑んだ。 「いいえ、無事で何よりだったね。それより君たちは何でここに? 保護者の方は?」 イシシとノシシの保護者といえばゾロリだが、彼女はあいにくここにはいない。ましてや警察に追われてここに逃げてきたなどとは言えなかった。 そこでイシシがさらっと嘘をついた。 「おらたちイシシとノシシっていうだ。おらがイシシ。おらたちゾロリせんせっていう女の人と旅をしてるんだども、そのせんせとはぐれてしまっただ。はぐれたときは近くの森にいろってせんせが言っただよ」 「なるほど、それでこの森にいたんだね」 「んだ」 半分くらいは本当のことを言っていると、ノシシはこっそり感心した。 「理由は分かった。だけどもうすぐ日没だし、子供だけでこんなところにいるのはよくないよね。きっと街にいたほうが分かりやすいよ。今日は私のおうちにいらっしゃい。ね?」 「だども……」 もしゾロリが森に来て自分たちがいないことを知ったら心配するだろうと思うがゆえに、即答が出来ない。そんな迷いを悟ったのか、少女はにこりと笑った。 「大丈夫だよ、街の入り口に張り紙をしておこうね。そうすればそのゾロリさんもあなたたちが来たって分かるでしょう?」 「そっか! お姉さん頭イイだな!」 「ふふふ、ありがとう。じゃあ行こうか」 「んだ!」 右手にイシシ、左手にノシシを連れたその女性は瞬と名乗った。 「瞬ちゃんでいいよ」 瞬に連れられた双子はゾロリの身を案じながら何度も森を振り返るのだった。 その頃ゾロリはある一人の女性の手を借りてプッペを池から掬い上げていた。 「いやー、助かったよ。えっと」 「私はミーノスと言います」 銀の髪に羊の耳持つ女性はにこりと笑って街への道を歩いていた。 「ああ、俺はゾロリっていうんだ。こっちはプッペ」 石頭を撫でられたプッペは瞬に向かってはにかみながら頭を下げた。 「助けてくれてありがとうっピ」 「いえ、無事でよかったです」 プッペはミーノスが持つ不思議な糸に助けられていた。メカ造りを得意とするゾロリだが超常現象を真っ向から否定するほど思考は固くなかった。おばけや妖怪を友に持ち、天国と地獄を見た女はどこか違うらしい。 「ミーノスさんの糸っておばけっプ?」 「いいえ、違いますよ。でも私の意思で動くっていうのかな……」 「ふーん……」 仕組みが気にはなるゾロリだったが、今はイシノシの行方も心配だ。 やがて一行は街に入った。入り口には掲示板があって各行政区からのお知らせが貼り出されている。 「ふーん、この国は3つの行政区に分かれているのか」 「はい、主に政治や祭事を司る聖域と、司法や裁判を司る冥府、そして産業や商業を司る海界とに分かれているんですよ」 そしてそれらのトップは『王』を名乗っている。ひとつの国家に三人の王が並ぶという特異な体制だが上手くいっているようだ。 ミーノスは冥王に仕えている女性官吏であるという。 三人は掲示板を見た。 「おや、迷子のお知らせ……ゾロリさん宛てですね」 「えっ? 見せて見せて」 夕刻で人も疎らな掲示板の前に進み出たゾロリは自分宛の伝言に目を通す。 それを見てゾロリはほっとため息をついた。 「よかった、イシシとノシシは単なる迷子として保護されたみたいだ」 「無事だっピ?」 「ああ、元気みたいだよ」 自分のせいではぐれる事になってしまったイシシとノシシをいちばん案じていたのはプッペだったに違いない。ゾロリは微笑むプッペの頭を優しく撫でた。 「ねぇ、ミーノスさん。ここからこの瞬さんちって近いのか?」 するとミーノスは首を縦に振りかけてやめた。 「近いには近いんですけど、もう夕刻ですし。瞬さんは優しい方だからお預けになっても大丈夫だと思いますよ。それに……」 「それに?」 何か言いかけたミーノスはそのまま口を噤んだ。言いたくない何かがあるらしい。 「ミーノスさん……?」 「あ、いえ、ごめんなさい。さ、行きましょうか」 にこやかに笑ってはいるのだが、ミーノスの笑みはどこか翳りを帯びていて、ゾロリとプッペはなんとなく寂しい気持ちになりながら彼女の後をついていった。 イシシとノシシはお姉さんたちに囲まれて食事をしていた。瞬が住むのは聖域にある行政施設・通称十二宮から少しはなれたところにある女子寮だったのだ。その女子寮にイシノシが入れたのは彼らが迷子の男の子であるということと、寮長がシオンという女官長だったことにある。 要するに面白ければ何でもいいやの彼女が善しと判断すればいいだけのことなのである。 食べっぷりのいいイシシとノシシはたちまちお姉さんたちの人気者となり、今日は誰の部屋で寝せるかと大騒ぎになっていた。 「掲示板に君たちの事を貼っておいたから、明日の朝には連絡が来ると思うぞ」 「ありがとうだ、シオンお姉さん」 「いやいや、どういたしまして」 イシシとノシシの優しさや素直さは生まれ持ったものだが、それが周囲を和ませている。シオンはにこにこと笑って、彼らの寝床を早く決めるように女官たちを諭している。 ふと、シオンは窓の外を見た。 寮の裏の林に誰かいる。 それが誰なのか、シオンにはちゃんとわかっていた。 黒衣の男性が薄紅色の少女の手を取り、なにやら言っているのがわかった。けれど少女は困惑し、俯いたままその手から逃れようと必死に身を捩っている。 「――余はそなたを」 「やめてください! 私は……私は聖王にお仕えする女官です。あなたとは……身分が違います……」 「そんなもの、いくらでも取り繕えるではないか!」 「っ、離して!!」 少女は男の手を払い、向こう側へと消えた。残された男は自分の横に立っていた木を拳で殴りつける。唇をぎりっと噛み締め、苦悶の表情を浮かべていた。 「瞬……」 「なんだ、あのお兄さん」 「振られただか?」 シオンが見つめていた窓の外が気になったのか、イシシとノシシも桟に手をかけてひょいと背伸びをした。男は三人の視線に気がつかなかったのか、傷ついた拳をそのままに静かに去っていった。 「振られたってわけじゃないだろうがのう……」 ノシシのちょっと容赦ない言葉にシオンは苦笑ひとつもらして彼の茶色の髪を撫でた。 「今、瞬が会っておった男はハーデスといって冥府を司る王なんだけれども、そのハーデスが瞬に恋をしておるのだ」 「へぇ……」 イシシとノシシはひとりの男を思い浮かべた。狼の牙を持つガオン――彼もゾロリに恋をして憚ろうとしない憎き恋敵だ。だが彼らが敵視するのは今のところガオンだけで、他の男に対してはそうでもない。 「でも、瞬ちゃんはいやがっているみたいだっただねぇ」 「ハーデスがちょっと強引なのだ」 子供にはちょっと難しい話をしたかと、シオンは笑った。だが自分たちの先生も王子に思われる身であるし、何件も王子王女の結婚を見届けてきたイシシとノシシには決して難しい話ではなかった。 「好きあってるなら結婚すればいいのにね」 「でも瞬ちゃんは好きじゃないのかもしれないだ」 そんなのは寂しい事だと思いながら、イシシとノシシは一宿一飯の恩義とばかりに夕飯の後片付けを手伝っていた。 そこにやはり瞬の姿が見えない。こっそり尋ねてみると先輩女官のアフロディーテという美女が目を伏せがちに答えてくれた。 「瞬はね、冥王に2日にあけず呼び出されてるの、しかも決まって夜にね」 「そうなんだ……でもいやなら行かなきゃいいのに」 ノシシの素朴なツッコミに一同がぐるっと反応した。 「そうでしょう! 私もそう思って一度無視するように言ってみたことがあるの! でね、瞬も素直ないい子だからハーデスからの呼び出しを無視してたの。そしたらハーデスってば拡声器持ってきて“そなたは完全に包囲されておるー、大人しく出てこーい”なんていうからさぁ」 「そりゃ引くだ」 呆れるイシシに同意するかのようにアフロディーテも頷いた。 「ドン引きよ。それから瞬は聖王や私たちに迷惑はかけられないって、冥王の呼び出しに応じてるの」 「ふーん……大変なんだなぁ」 イシシが拭き終わったお皿を受け取って棚に戻しながら、ノシシはガオンのことを思い浮かべていた。 ガオンはゾロリが好きで、ゾロリもはっきり口にはしないけどガオンのことを好きらしい。 イシシとノシシはゾロリに幸せになってほしいのだが、どうしてもガオンだけは好きになれなかった。自分たちからせんせを奪おうとする者は誰でも嫌いなのだ。 「瞬ちゃんは、冥王が嫌いなんだかな」 イシシの言葉にアフロディーテが反論した。 「あの子は優しいから嫌いだなんて言ったことないわよ、きっと。だけどやっぱり拡声器で呼び出されたら引かない?」 「でも嫌いなんだって聞かされたことあるだか?」 「それは……ないけど」 アフロディーテははっと顔をあげた。瞬は冥王について何も語ったことがない。好きでも嫌いでもない、こんな中途半端な感情に瞬は揺れているのだろうか。 「瞬ってば……」 「中途半端はよくないだよ」 「んだんだ。食べかけのおにぎりくらい気になるだ」 「うーん、おにぎりと比べられても」 苦笑するアフロディーテの背後で、戻ってきた瞬が外套を取り、少し青ざめた顔で厨房の入り口に立っていた。 アフロディーテと双子は瞬を挟んで話を聞く事にした。 瞬はやはり冥王ハーデスに思われることに悩んでいた。まだ十三歳の少女で、聖王に仕える自分が冥王の恋人にと言われても困惑すると彼女は心を吐露してくれた。 「じゃあ、冥王のことは好きなの?」 アフロディーテの問いに瞬は静かに頷いた。 「優しい方です。私を攫おうと思えば出来るだけの力をお持ちなのにそれをしようとしない……私は……私は……ハーデスのこと、きっと……好きなんです」 「きっとってことは、まだよく分からないのね……」 瞬はアフロディーテの胸の中でしくしくと泣き出した。 冥王の強引なやり口に困惑しつつ、やはり女の子としては惹かれるところもあるらしい。もしここにゾロリがいてくれたなら、彼女はどうしただろう。自分もそうだったとゾロリは瞬の髪を撫でたのだろうか。 (せんせー、おらたちどうしたらいいだか?) だけど幼い双子には答えを出すことが出来ず、促されるままに明日ゾロリが迎えに来てくれるのを待ちながら眠りにつくのだった。 「ふーん、そんなことがねぇ……」 ミーノスに勧められるままグラスを傾けていたゾロリの目がきらりと光った。 「ええ、だけど冥王様にとってもおそらく初めてなのでしょう。何とかして差し上げたいとは思うのですが、こればっかりは」 「うん、当人同士の問題だ。外野がわいわい言ってもしょうがないし」 そう言ってゾロリは我が身を振りかえる。彼女もガオンに愛される身の上だ。 ガオンはゾロリを愛し、ゾロリはガオンを想っている。 ふたりは肌をも合わせた仲だった。けれどガオンの求愛を最後まで受け入れないのは自分の旅に目的があったからだ。 幼い頃いなくなった父を探す、という目的。 これを果たさないうちはガオンと結ばれても真剣に愛する事はないだろうと、ゾロリ自身も分かっていた。だから彼女は事情をガオンにすべて打ち明けた。そしてガオンも親を恋い慕う彼女の気持ちを分かってくれた。こうして旅を続けていられるのは彼の深い思いがあればこそなのだ。 ガオンが本気を出せばきっと自分はあの鋭い爪と牙にぼろぼろに引き裂かれ、日も差さぬ地下牢に永久に幽閉されて気が狂うまで愛されることになるだろう。 ゾロリは自身の辛辣な想像に苦笑して、再びグラスを傾けた。 今宵、自分とプッペ、それにイシノシが冥王側と聖王側とに別れて過ごしているのも何かの因縁なのだろう。 「その、瞬っていったけ? まだ恋するのが恐いのかもしんねーな。恋に恋する前にいきなり好きだって言われても困るだろうし」 「そうかもしれませんね」 だが本当にそれだけが理由だとは思わない。ゾロリだってガオンを愛さないでいる自信はあった。けれど彼と接しているうちにだんだんとわだかまりが解け、気がついたら思い合う仲になっていた。 急ぐことはないのだ、それなのに冥王は何を慌てているのだろう。それがわからなくてゾロリもミーノスも首を傾げるのだった。 翌朝、イシシとノシシは十二宮のお姉さんたちにお別れを言って寮を出た。ゾロリがいるミーノスのところへは瞬が付き添ってくれることになった。冥府の管轄地域へ行くのは気が引けただろうに、それでも瞬はこの子を拾ったのは自分だから最後まで責任を持つといって左右に双子を引いている。 「瞬ちゃん、大丈夫だか?」 心配そうに少女を見上げるイシシの視線に、瞬は少しだけ苦しそうな笑みを見せた。 「ええ、大丈夫。冥府の管轄地に入ったからって、冥王に会うわけじゃないし」 「んならいいだども……」 ノシシも不安げに、強き握られた自分の右手を見た。 瞬の手が僅かに震えていた。例え彼に会う目的でなかったとしても冥王領で彼に会わないですむ保証は何処にもない。ましてや彼女が領内に入ったと聞けば政務そっちのけで追い掛け回すはずだ。 「瞬ちゃんは、冥王好きなんでしょう?」 「なして嫌がってるだ?」 「あ……それは……」 双子の問いにどう答えようかと戸惑う瞬をみて、二人は顔を見合わせた。 「ちゃんとお話したほうがイイだ!」 「んだ! 王様連れてきてあげるだよ!」 待ってて、とそれだけいい残して、イシシとノシシは猛ダッシュ、あっという間に見えなくなった。 瞬は呆然とその場に立ち尽くしていた。 が、やがてはっと我に返って双子を追い始めた。この冥府にはたくさんの司法機関があって、道案内もなしに進めば確実に迷子になるのだ。それに冥王の玉座に彼がいるとは限らない。 「話は……いつだってしてるわ。貴方が私を望んでも、私は……」 薄紅色の衣を翻し、少女は顔を上げて走り出した。 「コラー、止まれガキども!!」 「待てって言われて待つ馬鹿はいないだー!!」 イシシとノシシのふたりはあっさりと門番の衛兵に見つかり、なぜか城内に逃げ込んでいた。小さなふたりは入り口の管理人に見咎められる事はなかったのだが、それでも必死に追いかけてきた門番のおっさんが触れ回っているせいで追手は廊下の角を曲がるごとに多くなっていた。 「待てー!!」 「待たないだーっ!!」 小さな足ながらもちょこちょこ走り回るイシシとノシシは大人では通れないような小道にさえも入っていってしまう。すると追手たちは悔しさで唇を噛み締めながら道の先がどこに繋がっているのか必死に辿る。 冥王が住まうこの黒城は他の城と同じく緊急時用の抜け穴がたくさん掘られており、それを知っているのは王自身と側近の数名に過ぎない。双子は偶然にもその穴を見つけては潜っているわけだ。 しかし些細な偶然とはいえ、それが黒と紅の恋人たちに不思議な縁をもたらしたのだから、世の中分からない。 少し狭い坑道を懐中電灯で照らしながら這うように進んでいた二人は途中で何度か行き止まりにぶつかったが、なんとか坑道の外に出られる壁を見つけた。この石を動かせば扉が開く仕組みのようだ。 「どうやって開けたらいいだ?」 開け方が分からなくてとりあえずごそごそやってみるイシシとノシシ。 「押してもだめなら引いてみろっていうだよ!」 「それだノシシ!」 ふたりは扉を押したり引いたり殴ったり蹴飛ばしたりしてみた。定番の呪文も唱えてみたが一行に開かなかった。 「ちっとも開かないだねぇ」 「おら、こんなところで干しイノシシになって死ぬだなんてイヤだぁぁぁ!!」 「縁起でもねえこと言うでねぇ! だとも開かなかったらおらたち……」 「うわああああん」 「せんせ〜!! 開けてー!! 出してぇええ!!」 イノシシの干物になって死ぬかもしれないという恐怖からパニックを起こし、泣き叫びながら扉を殴る二人に意外なところから救いの手が差し伸べられた。 これまでうんともすんとも動かなかった扉がすっと開き、光が差したのだ。 「ほわ?」 「開いただね……」 思いがけない光明に泣き止む二人を見つめていたのは黒衣の男女だった。 互いに困惑を隠せないのか、しばらく沈黙していたのだが、ややあって男が唇を開いた。 「……なにをやっておるのだ、そなたら」 「ここ、お城のどのへんだか」 すると今度は女性のほうが毅然とした口調で言った。 「ここは冥王ハーデス様の玉座の間だ。玉座の後ろで泣く声がするからと開けてみれば……」 この扉は引き戸だったらしい。だが開いたのだからそんなことはどうでもいいとばかりに、イシシとノシシは笑顔を見せた。 「というと……」 もうすぐ王様に会えると思ったのも束の間、黒衣の女性が厳しい顔つきで二人に詰め寄った。 「ええい、ハーデス様はそなたらのような子供にはお会いにならぬ! それよりどこから侵入した!?」 「ひいいっ!!」 なおも子供たちを厳しく追及しようとする女性を、男はさっと腕で制した。 「ハーデス様……」 「どうせそのへんでかくれんぼでもしていて、坑道の入り口でも見つけたのであろう。パンドラ、なにか菓子でも持ってきてやれ」 「し、しかしハーデス様」 パンドラが相手が子供と言えども厳しく追及しようとしているはひとえに王を思えばこそ。けれど彼――ハーデスと呼ばれた王はふたりが何をしにここまで来たのかわかっていたようだ。 「そなた、余の命が聞けぬのか?」 玄い瞳が冷酷に淑女を捕える。忠誠心厚い彼女はすぐに礼をとり、玉座の間を出て行った。 残されたハーデスは双子を坑道から出してやると服の埃を払い、ふたりをソファに座らせてくれた。 「お兄さんが王様だか?」 闇色の髪と瞳を持つ王はガオンと同じ狼の耳と尾も持っていた。だか彼はガオンと違って何もかも黒だった。城の色も城主も黒であるがゆえにこの城は『黒城』と呼ばれるのだ。 ハーデスはゆっくりと頷いた。 「いかにも、余が冥王ハーデスである。そなたたちは昨日瞬が連れていたな、えっと」 「おらイシシ!」 「おらノシシ! ほら、ほっぺにほくろがあるおらがノシシだ」 「ほう」 分かりやすい見分け方に感心した冥王はにこやかに笑って双子を眺めていた。 「で、余に何用だ? 用があったからここまで来たのであろう?」 何も言わないのにすべてを見透かしているような冥王に驚きながら、イシシとノシシは声を揃えて言った。 「おらたち、王様に会いたくて来ただよ!」 「余に……何を?」 「瞬ちゃんの事だ!」 彼女の名が出ると、王は静かに顔を伏せた。 「そうか……で?」 「でって言われてもだな。おらたちも困るんだども……メガホンで呼び出すのは可哀想だと思うだ」 「んだ。おらが女の子だったらもう二度と会わないだよ」 初対面で、しかも相手は王様だというのにずげずげ物を言う。ゾロリでさえ王侯貴族や一国の首脳に会うときには口調を変えるというのに、そういうあたり、イシノシはまだ子供といえた。 対するハーデスは伏せ目がちに語った。 「余はな、世界中の何をなくしても愛している女性がいるのだ」 「それが瞬ちゃんなんでしょう? でも瞬ちゃんは」 「あれが余を拒む理由は分かっている。余も誤解を解きたいと思うのだが……なかなか」 子供相手に何を話しているのだろうと、ハーデスは自嘲した。 「でも強引なのはよくないと思うだ」 「んだ、計画的にしたほうがいいだよ。ゾロリせんせもいたずらは計画的にって言ってるだ」 「ゾロリせんせ……ああ、“流浪の狐姫”か」 ハーデスが呟いたその聞き慣れぬ二つ名にイシシとノシシはきょとんとしたが、彼がそれ以上続けなかったので自分たちも聞かない事にした。 彼らの前に山盛りのお菓子が運ばれてきた事も話を止めるきっかけになったわけだが。 イシシはお菓子を摘んでいった。 「あのさ、王様。お菓子だって一気にたくさん食べたらおなかはいっぱいになるけど、あんまりいっぱい食べたらおなかいっぱいで他のごはんやお菓子が入らなくなるだよ」 「んだんだ。それに食べたいものを思い浮かべるだけでおらは結構幸せだ。んで、食べられたらもっと幸せになれるだ」 「つまり、どういうことなのだ?」 結論を求められたイシシとノシシは少し考えて言った。 「瞬ちゃんにももう少し優しくしてあげなきゃだ」 「腕引っ張ったりしたら可哀想だよ」 昨夜のあの現場を見られていたかと、ハーデスは口元を押さえたが、やがて小さく笑い出した。 「いや、そなたらの言うとおりよな。だが、そなたらの好物が目の前にあったとして、それを誰かにとられそうになっていたらそなたらは慌てぬか?」 「慌てるだ!」 自分らのお菓子をとられまいと双子は自分の菓子箱を抱いた。そんな子供らしい行動にハーデスは笑顔で手を振った。 「取らぬから置け。例えばの話だ」 「例えば……だか」 「そうだ。余は瞬を……好きなのだ。誰にも取られたくない。独り占めしたい……わかるか?」 ほんの少しの悲痛さを滲ませるハーデスの言葉がイシシとノシシにも、難しいながら響いた。 自分たちがゾロリのことを大好きなように、ずっとずっと一緒にいたいと思うのと同じくらい、目の前の王様は瞬が好きなのだ。 「だ、だども、やっぱり乱暴したり強引に迫るのはよくないと思うだ!」 「んだ! んで、ダメだったらさっぱり諦めるのも男らしさだと思うだよ!」 「けど、相手の男の想いにそれ相応に応えてやるのも、俺は優しさだと思うけどね」 聞き慣れた声にイシシとノシシがくるりと背後を振り返った。するとそこにはいつの間にか世界の煌きを負う金色の狐があでやかに立っていた。 「せんせ……プッペ!」 ゾロリの足元にはプッペも立っていて、双子との再会を喜んでいた。 「せんせー!!」 ゾロリはぴょんと飛びついてきたイシノシをがっちり受けとめた。 「もー、瞬ちゃんがこっちに連れてきてくれるって言うから待ってたのに! 何してやがるんだよお前たちは」 「えへへ、お菓子もらってただ」 しかも瞬には王様を連れてくると言ったのにいつまでも出て来ないので心配になったゾロリたちが許可を得たうえで城内に入ってきていたのだ。ゾロリはうんうん頷きながら言った。 「そーかそーか、お菓子ねー……じゃないだろ! ったく、心配させて!」 ひとり一発ずつ愛の拳を食らい、イシシとノシシは目に涙を浮かべながらも嬉しそうに顔を見合わせた。なんだかんだ言ってもやっぱりせんせに会えるのは嬉しかった。無機質な時間から極彩色へ、世界は彩を変えて鮮やかに煌いた。 ふとゾロリはテーブルの向こうにいる冥王に向かって礼をとった。 「供の者が失礼を致しました。冥王陛下」 するとハーデスは優雅な仕草で立ち上がり、ゾロリの前に腰を折った。彼女の手を取り、その甲に口づける。 「なんの。こちらこそお会いできて光栄だ、流浪の狐姫」 まただ、とイシシとノシシは思った。 確かにゾロリは流浪の身だが姫ではない。彼女の美しさから“姫”と呼称されているのかもしれないが、冥王がそういうときはなにか特別な響きを持っているかのように聞こえた。が、それが何故なのかは分からなかった。 冥王の行為にゾロリはなんでもないように微笑んでいる。もともと頭の回転が速く、適応力のあるゾロリのこと、ガオンに付き合っているうちに王宮での作法がいつの間にか身についていたのだ。 そんな彼女を冥王は穏やかな表情で見つめている。 「ガオン王子の御心を射止めた狐姫、その手腕などお伺いしたいものだが」 するとゾロリはにこりと笑いながらも首を横に振った。 「こればっかりはお尋ねいただいてもお答えできませんね。けれど手土産をご用意しました」 「ほう……」 「どうぞ」 ゾロリの合図に入室してきたのはミーノスと、それから瞬だった。冥王は驚いて、失礼とは知りつつも瞬のもとへ駆け寄った。 「瞬……」 「ハーデス……私……」 「お二人でどうぞ、ごゆっくり。きっかけはそこから見つかるかもしれませんね」 ゾロリの口調は優しい女性のもので、イシシとノシシはなんとなくぽわぽわした気持ちになった。 そう言って笑顔で出て行くゾロリとプッペ、菓子箱を抱えるイシシとノシシ。一番最後がミーノスだった。 取り残されたふたり、これから何を話すのだろう。 しばらく廊下を歩いていたゾロリたち。ふと途中でゾロリが足を止めた。 「せんせ? どうしただか?」 不安そうに彼女を見上げるイシシたちに気がついた彼女はああと手を振った。 「なんでもないんだ。ちょっと先に行っててくれ」 ゾロリにそう言われたら残るとも言えなくて、イシシたちはミーノスに連れられて進んでいった。 やがて彼らがすっかり見えなくなると、ゾロリは後ろを振り向こうとさえしなかった。 そして突然唇を開いた。 「ちょっとからくりが過ぎるんじゃねーのか、銀の狐姫さん……いや、今は聖王って呼ぶか」 「あら、いつから私の存在に?」 「いつからじゃないな、はじめからだ。この国に入ったときから……イシシたちには言わなかったけどこの国に来たのは二度目だもんな」 そこでようやく振り向いたゾロリの目に映るのは雪のような白銀色の毛並みを持つ美しい狐の少女だった。その雪白の髪に金の髪飾りをつけ、右手には王の証たる黄金の尺杖を握っていた。 少女はにこりと笑ってゾロリのそばまで歩んできた。 「お久しゅうございます、ゾロリ様」 「ああ、どれくらいぶりになるのかは忘れたけど……」 金絹の髪をさらりと流し、首筋に空気を入れたところでゾロリはようやく息をついた。彼女との出会いは、ゾロリが一人で旅をしていた頃まで遡る。 「私が聖王として即位する前……随分と遠い昔の事ですわ」 「今はちゃんと王様出来てるみたいだな」 「私とていつまでも子供ではございませんもの。ところで、何故私がここにいると?」 銀姫こと聖王の問いにゾロリは掌に握ったものを差し出すことで答えとした。 聖王は慌てて耳を確認する。やはり左の耳から愛用のイヤリングが落ちていた。 「残念、私としたことが」 「何が残念だ。アンタは昔からそうだもんな。今度も冥王と瞬をくっつけて遊ぼうとか思ってただろう。だけど瞬ちゃんが決めかねてるから、誰かが背中を押すのを待ってた……誰でもよかったんだな。俺じゃなくても」 ゾロリの指摘に聖王は一瞬だけ黙り、その沈黙をゾロリは肯定とみなした。 「ゾロリ様がいらっしゃるなどとは思いもよらなかったのです。私はただ瞬の幸せを願っているのですわ。聖王の女官が結婚してはいけないという決まりはございませんもの」 少し拗ねて見せた聖王にどうだかと思いながら、ゾロリは腕を組んだ。 「で、瞬ちゃんの心が決まったら認めてやんのか?」 ゾロリの問いに聖王はにこりと笑顔のまま頷いた。 「無論ですわ。海王様と冥王様には妃が必須ですもの。そして聖王は代々が女王と決まっているのです」 「……俺に憧れて旅をしたい、女王なんてイヤだって言ってたあなたがね」 立派になったもんだと、ゾロリはまるで妹にそうするかのように聖王の髪を優しく撫でた。 聖王は猫の様に首をすくめてそれを感受したが、その手が離れると今度は不満そうに顔をあげた。 「キスはしてくださいませんのね」 「そこは変わってないんだな」 そういうとゾロリは聖王の前髪をあげ、白い額に口づけた。 「もっとですわ!」 「これ以上はダメ。俺自身のためにも、アンタのためにもな。いつまでも俺を王子様として追うんじゃない。俺は……女なんだから」 聖王は項垂れて、ゾロリから離れた。 「私、本当は怒っておりますのよ」 「ん?」 キッと顔をあげた聖王の瞳に浮かぶ涙。ゾロリはぎょっとしつつも胸に飛び込んできた聖王を抱きとめた。 「王……」 「貴女が旅の女性だなんてこと、どうでもよかった。私はただ、私を戒めてくださった貴女にお礼が言いたかっただけ……それなのに貴女は何も言わずに私の前から姿を消してしまわれた……!」 「……会えば別れが辛くなるだろ」 「私、旅支度もしておりましたのよ」 「だから会えなかったんだよ。是が非でもついてくるって言いそうだもん」 宥めれば宥めるほど、胸元を握る聖王の手の力は強くなる。 「一度も、名を呼んでくださらなかったわ。昔は姫、今は王と……私を肩書きや三人称で呼ばないで!」 まだ少女の姿をした若い女王の、たった一つの願い。それは幼い頃憧れた王子様から名を呼んでもらうこと。 ゾロリは聖王の肩と背中に手を添え、その耳元に彼女の名を囁いた。 「……沙織」 「ゾロリ様……」 「沙織……」 ぎゅっと抱きしめて、そして口づけはしないで。 金と銀が交わるそこには思い出しかないのだから。 その頃の瞬と冥王は。 向かい合ってソファに座り、もじもじと顔を見合わせないまま時間だけが過ぎていた。 先に口火を切ったのは冥王である。 「……悪かった、と、思っておる。拡声器で呼び出したり、強引に口づけたり……その、なんだ。すべてはそなたを思うが故の事で」 「ひと月前の宴席で私を襲いかけたこともですか?」 「……うん、あれも悪かったと思っておる」 ひと月前、聖王主催の宴席に出席していたハーデスはそこで給仕をしていた瞬を見初めていた。そして彼女がほかの仕事のために会場を出て行ったのを知り、自らもその後を追った。そしてあろうことか空いていた部屋に瞬を押し込んで手篭めに仕掛けたのである。 仕掛けた、つまり未遂で終わったのは瞬がただの女官ではなかったからだ。 聖王直属の女官である彼女は最下位なからも官位を拝命する、いわば高級女官でそのへんの下働きのおばちゃんとは違う。いくつもの試験を潜り抜けたエリートなのである。その試験の項目の中にはもちろん武芸も入っており、優しい瞬はあまり披露することはないがその武術にも優れていた。 それを思い出した冥王は思わず身を竦める。あの時張られた頬がわずかにジンと痛んだ気がした。 「ひとめぼれだったのだぞ」 「だからってその後、矢文だとか拡声器だとか夜中に侵入だとか……私を困らせないでください」 「困らせるつもりはない。余は、どんな結果であれ余の思いに応えてほしいだけだ。余がほしいのはイエスかノーか、それだけだ」 困惑している瞬の耳は完全にへにょんと寝てしまっていた。 だが、彼女の心はもう決まっていたのだ。 「イエスかノーかでお答えするなら、その……」 瞬の答えに、玉座の間から歓声が聞こえてきたのはほんの少し後のことだった。 ぎゅっと抱きしめて、そしてそっと口づけて。 黒と紅が交わるそこにはこれから思い出が作られるのだから。 翌朝、日が高く昇る前にゾロリたちは国を出ることにした。 警察は完全に撒いたので捕まる心配はなかったがひとところに落ち着けないゾロリが早々に出立を決めていたのだ。 そんな彼女を見切ってか、聖王と冥王が瞬を伴って見送りにきた。 「イシシ君、ノシシ君、ありがとう」 瞬が二人の前に屈んで茶色の少し固い髪を撫でた。その柔らかい手の感覚にふたりは少年らしいはにかみを見せる。 「瞬ちゃん、王様と仲良くやるだよ!」 「王様も瞬ちゃんをいじめたらダメだ!」 幼い子供たちに念を押され、冥王は苦笑してそれでもそっと瞬の手を取った。瞬は少し驚いて見せたが、子供たちの手前無下に振り払う事もせず――もうそんな必要もないのだが――静かに握り返した。 「余は全力で瞬を守ろう。そなたたちに教えられたとおりにな」 「んだ! それがいいだ!」 ふたりはやはり照れながらも繋いだ手は離さないまま。 そんな王と瞬に自分の未来を重ねながら、ゾロリも微笑むのだ。 「ゾロリ様」 「……聖王」 聖王は少し寂しげに微笑んで、それでもゾロリの手をぎゅっと握る。 「あなたのような薄情な方、見送らないつもりでしたわ。でも、それでも私は……」 「また来るよ、あなたに会いにね」 ひと房掬った長い銀の髪にそっと口づけるだけで、聖王は満足そうに笑った。 「また遊びにきてね」 イシシとノシシ、それにプッペにまでお土産をいっぱいもらい、一行は旅立っていった。 遠く消えていく街並みを何度も振り返りながら、イシシとノシシは抱えたお菓子を何故か食べようとはしなかった。 そんな様子をゾロリは微苦笑して見つめている。 「どうしたお前たち。お菓子食べないな」 「うん、このお菓子は大事に大事に食べるだ」 「王様と瞬ちゃんがくれただよ」 「そっか」 「王様と瞬ちゃん、ずーっとずーっと仲良しさんだといいだな!」 「だな!」 いつまでも男の子のままではいなんだろうと、ゾロリは弟子の成長を喜びつつも少し寂しく思った。この双子やプッペが自分の手元から離れていくそのとき、自分はどうなるんだろう。 そんなことを考えていられたのはほんの僅かな時間だったのだと、ゾロリはため息をついた。 お菓子の中に玩具がついていたものがあったのだが、その玩具の色を巡って喧嘩を始めたのだ。とても王様と瞬をくっつけた仲人だとは思えない。 「喧嘩すんなって!」 「おらこの赤のミニカーがいいだぁ!」 「おらも赤がいいだ!! 赤じゃなきゃイヤだ!!」 プッペもごそごそと玩具を出してみたのだが、彼のは黄色のミニカーだった。 「ゾロリさん……」 おろおろと狼狽するプッペの頭を撫でて、ゾロリはほっとけとばかりにため息をついた。 「へぇ、冥王が婚約ね……」 「もう決まったのか」 ガオンの部屋のベッドに転がっていたゾロリは彼が持っていた王室連絡会の会誌を取り上げてそのページを眺めた。そこには嬉しそうに笑う冥王とどこかぎこちないながらも一生懸命微笑んでいる瞬の姿があった。 嬉しそうに頬を緩めるゾロリにガオンも柔らかい微笑を浮かべつつ、彼女の言葉に引っかかりを感じて首をかしげた。 「ん? もう決まったって……ゾロリ、まさか君がこれに噛んでいるとか?」 「ちょっとな。でもきっかけを作ったのは、今回はイシシとノシシさ」 ガオンがベッドの端に腰掛けたせいできしりと小さな音が鳴った。 「ほう、興味深いね。私と君の仲を必死に裂こうとするあの子達が月下氷人とは」 そういって苦笑するガオンにゾロリは大きく笑う。 「今回あいつらは瞬ちゃんの世話になってたからな。一宿一飯の恩なんだろうよ」 そういってケラケラ笑うゾロリから今度はガオンが会誌を取り上げ、彼女の唇に口づけた。 「んっ……」 触れるだけじゃ足りなくて、何度も角度を変え、舌を滑り込ませる。飛んできた手もあっさりと受け止め、ベッドに縫いとめた。 「んふっ……んっ!!」 ようやく解放されたとき、ゾロリの目尻には涙がたまっていた。ガオンは慣れた仕草でそれを吸い上げる。 ぺろりと舐めた舌の先が赤かった。 「強く目を閉じるから涙がたまるんだって教えたはずなんだが」 「……お前も好きだね」 ていっと指先でガオンの額を弾く。無防備だった彼は思わぬ攻撃に額を押さえた。 「くぅ〜〜」 「俺をなめるなって散々教えたはずなんだけどな」 がばっと起き上がり、痛がるガオンを宥めながら遠いかの地へ想いを馳せるのだ。 「ゾロリ……痛いんだが」 「ごめんごめん、手加減できなくて。ほら、痛いの痛いのとんでけー」 柔らかな乳房にガオンを抱き、ダーティブロンドの髪を撫でる。額は痛むのだがまあいいかとガオンはゆったり目を閉じた。 今宵、月明りを浴びて碧く輝く森は深く その最奥に何を隠しているのかは 踏み込んだ者だけが知っている ≪終≫ ≪イシノシの日≫ 9月22日を勝手に『イシノシの日』と定めたわりには間に合わなかった_| ̄|○ えーと、なんなんだろうね、これ。イシノシが月下氷人になっているのかどうか。なってるんだと思いたい(コラ)。 今回は『星矢』から数人出張してもらいました。あくまで出張なのでキャラが違っていてもいーんです(コラコラ)。 本当、俺何がしたかったんだろう……(*゚д゚)? |