Hypericum 〜始まりの場所は金色の海 忘れられた村が、故郷。 貧しい家族を最後に見たのはここだった。 彼はその一家の末っ子として生まれた。が、彼は生まれながらにして忘れられた存在であった。 憂さを晴らすために父親が母を乱暴して、出来た子供だった。故に母は欲しくもなかった子供を身ごもって産んだ。憎いだけのこの子供に乳をやることを拒み、父親はそんな子供など初めからいなかったかのように、とうとう彼を見ることさえしなくなっていた。 そうして彼は生まれながらにして忘れられたまま残りの日々を過ごすことになった。ただ、死神が迎えに来るその日まで生きる。それだけだった。 が、そのことが彼にとって幸いした。 この忘れられた村に、山賊が大挙して押し寄せた。村中の金品や家財の一切が強奪された。男はみんなただ殺され、女は陵辱されて殺された。子供も殺された。 彼の家族も、みんな死んだ。ただ、彼だけが生き残った。 育てることを放棄されたその赤子はすでに死んだものとされて、誰も手を出さなかったのだ。 かすかな呼吸に気がついた山賊のひとりがひょいと彼を抱き上げた。 『まだ生きている…』 穏やかな声でそう言うのが聞こえたとき、彼は初めてこの世に存在を許されたような気がした。 タイガーと名づけられた彼は養い親のもとですくすくと育ち、山賊一味の幹部となってよく働いた。ただ赴くままに強奪を繰り返したが、不思議と殺しには手を出さなかった。そうして何年か過ごすうちに、彼は世界の広さを知った。 もっともっと、遠くまで行ってみたい、海に出てみたいと思ったとき、彼はすでに追われる身となっていた。 海への旅路は真っ赤に染めた。次から次に現れる刺客たちを切り殺して出来た血溜まりの中を彼は歩いた。 初めての殺しに、何の後悔もなかった。殺さなければ自分が殺されるのだ。 生きたい、と、ただひたすら願うだけだった。 粘つく赤い体液が彼の足を重くしても彼は歩くことをやめなかった。 深く切りつけられた左腕が激しく痛んだ。どんどん血が溢れてとまらない。 家族をなくした日の事を、覚えていない。家族なんていたのかどうかもわからない。 ぼんやりとした光景のなかに映ったのが、一人の少年だった。 「パパー、ここに怪我しているひとがいるよー」 「パル、あんまり遠くにいっちゃ…これは大変だ!!」 それが船長との出会いだった。 乗り込んで来た狐が女だということはすぐにわかった。どんなに隠していても醸し出す雰囲気や所作の一つ一つにそれが見て取れた。 極上の女だった。 結い上げているが、下ろせばさらさらの金色の髪。日焼けのあとも見せない白くて柔らかそうな肌。ふわふわで滑らかな尻尾。 その唇は抱けば甘い嬌声を上げそうなほど淫らで、その瞳はすべてを映す鏡のように澄んだ闇色をしていた。 欲しいと思った。乱暴にかき抱いて、悲鳴を上げれば首を締めればいい。従順ならなおいい。 陸に上がれば女はごろごろしている。何人も何人もそうやって抱いては捨ててきた。 この女にもそうするつもりだった。 でも、出来なかった。その機会はいくらでもあったはずなのに。 今は機械を操る左腕を見つめてタイガーはふと空を見上げる。 (この腕をむけてもひるまなかった女は、あいつがはじめてだぜ…) 金色の太陽が容赦なく照りつけ、彼女に似た金色の光を風が運んでいる。 そしてタイガーは思い出した。女だと指摘したときに、だからなんだと開き直った彼女の姿を。 慰み者にしてやろうかといえば、後悔するぞと言い返しやがった。それなのに自分がふと離れればほっとした顔をして。 それもほんの一瞬。 今思えば、本当に極上の女だった。 (惜しいことをした…) なぜあの時、慰み者になどと言ったのか。なぜ、女房にと言わなかったのか。 (ゾロリ…) まるで風のような女だった。自分たちの船を荒らすだけ荒らして去ったその女の名を、タイガーは心の中で呟いた。 もう二度と会うこともないと思っていた。 偶然も奇遇もここではあまり意味を為さない言葉だった。ただそういう事象は認めてもいいかと思った。 彼らは出会ったとたん、いきなり回れ右をして歩き出そうとした。 「待て待て待て待て、なにも逃げるこたぁないだろ?」 タイガーはその細い手首をぎゅっと握った。 「お前にあったら逃げるだろうがフツーは」 ゾロリは捕まれた手首をブンブン振った。しかし次の瞬間に彼女は顔をしかめた。視線がチラと足に向いたのを見て取ると、タイガーはなお乱暴に彼女を引っ張った。 「くっ…!」 ゾロリの顔が思いっきり苦痛のために歪んだのを見ても、タイガーはしめたとは思わなかった。 普通に、痛そうだなと思った自分に気がついてハッとする。 「足か」 「だったらなんだって言うんだ」 なおも強がるゾロリを、タイガーは自分の胸に抱きこんだ。驚くほど、自然にそうした。 「ちょっ、おまっ…何をっ…」 「…折れてはないんだろうが、放っておくと治りが悪くなるぞ」 そういうとタイガーは器用に彼女を背中に担ぎ上げた。 「うわあっ、降ろせっ、このっ!」 「怪我してるお前と戦ってもつまらんからな、今日は助けてやる。恩に着ろよ」 「誰が着るか」 背中のゾロリが、ぷいっと顔をそむけたのがわかった。タイガーは彼女を背負い直すと元来た道を歩き始めた。 ゾロリもいよいよ観念したのか、タイガーに大人しく背負われている。柔らかい感触を背中に感じたのは、ゾロリが彼の首筋にしっかりと抱きついてきたときだった。 「あのコブどもはどうした?」 「…はぐれた。お前は?」 「…俺もはぐれた」 ゾロリはこの山を越えようとしていた。イシシとノシシはその山中でキノコを見つけただの木の実がおいしそうだのと寄り道を重ねた。今日中に山を越えたかったゾロリは双子を散々急かしたのだが彼らはあまりいうことを聞かなかった。どんどん歩いていると、いつしか双子の声が全く聞こえなくなってしまった。ゾロリは双子を探そうと道を戻っている最中に木の根っこに引っ掛けて転んで、足をひねった。 一方のタイガーも似たようなものだった。海賊である彼らは時折陸に上がって物資を調達している。今回は山狩りを行うつもりでゾロリたちとは違う方向から山に入って、そして迷子になった。 「で、どこに行くんだ?」 「山の天気は変わりやすいからな。さっき歩いていた道に小屋があった」 「あいつら、大丈夫かな…」 ゾロリのつぶやきが、タイガーの耳にこぼれた。 彼は立ち止まらず、振りかえりもしない。 「大丈夫だろ、お前の弟子なんだから」 不意に口をついた言葉に、ゾロリがきょとんとした。タイガー自身も、自分が何を言ったのかよくわかってはいなかった。 背負っていたゾロリがよりふんわり抱きついてきたことだけ、わかった。 「お前、意外と優しいんだな」 「ほっとけ」 怪我をしたゾロリを放っておくことだって出来たはずなのに、なぜか助けてやる気になった。 けれどそれが単なる気まぐれでないことに気がついてしまった。 多分、きっとそれは名前をつけていい感情ではないかもしれない。 (俺は、コイツを…) 好きなのかも、しれない。 その小屋はあまりにも古ぼけていた。が、風雨を凌ぐには十分な作りだった。 「着いたぜ」 タイガーは足でドアを開けた。ギイィっと蝶番の軋む音がした。 そのまま数歩中に入り、床の上にそっとゾロリを降ろした。離れていく温かさに、小さな不満さえ感じながら彼はきょろりと周囲を見渡した。 火を焚けるし、水瓶もある。 水瓶の中は空っぽだったが、たしか近くに川があったはずだ。 「大人しくしてろよ。今日の俺は本当に機嫌がいいんだ」 「動きたくても動けねーよ」 草鞋と足袋を脱いだゾロリの足は真っ赤にはれ上がっていた。 タイガーはまず水瓶に溜まっていた水をすべて捨ててしまうと、新しい水を汲み始めた。ゾロリはじりじりと移動して置いてあったストーブを調べ始めた。 「まだ使える。燃料は薪かぁ…」 「薪なら外に積んであったな」 「…冷えるといけないから、一応運んでおいたほうがいいかもな」 山の天候は変わりやすく、夏でも火を絶やすのは危険なことだと、昔頭領が言っていたのを思い出したタイガーはああとそっけなくつぶやいて再び外に出た。そして両肩に薪を積んで戻ってきた。 「足、見せてみろよ」 ゾロリは逆らわずにまたじりじりと腕を使って腰から動いた。細い足首を、タイガーは丁寧に持ち上げた。そしてぐりっと奥に押すとゾロリはひいっと悲鳴を上げた。 「なにすんだ、痛いじゃないか!」 「うるせぇ! 動かしてみねーとわかんねぇだろうが!!」 さらに今度は爪先立つように伸ばす。今度は痛がらなかった。 「一応、立って何とか歩けるみたいだから折れちゃいねーだろうな」 「ぐきって音がしたからな」 ゾロリがふいと顔を背けると、彼女の脚に冷たいものが乗った。ふと見ればそれは布の切れ端のようなもので、水に浸して冷たくしてある。 「タイガー…」 「捻挫を甘く見るなよ。まぁ、冷やしておいて損はないからな」 ぶっきらぼうな彼の言葉に、ゾロリはふっと笑みを零した。 「お前本当に優しすぎ。本当にタイガーか?」 「…るせぇ」 それだけ呟くとタイガーはいよいよそっぽ向いた。ただ、足においた布だけはこまめに冷たいものに変えてくれている。 「知らなかった」 「あん?」 「お前さ、結構こまめなのな。いいお父さんになれるぞー」 けらけら笑うゾロリにタイガーはいよいよキレそうになった。でも、ゾロリの笑顔に何かを思い出してやめた。 「けっ、俺は海賊だぜ? あっちの港、こっちの港と女を作って暮らすのさ。ガキが出来たって知ったこっちゃねーや」 そう、子供なんて、家族なんて要らない。 そういう甘い夢は生まれる前に捨てた。自分にとって女はただ欲望を吐き捨てるだけの道具だ、目の前にいるこのゾロリだって。 犯そうと思えばいつだって出来る。手負いの狐を追い詰めるのに力は要らない。 なのに自分の体はそう動こうとはしなかった。 気がついたら、ゾロリをぎゅっと抱きしめていたくらいだ。 「タ、タイガー?」 「…寒くないか?」 「え…」 どんな男の腕もかなわないほど、それは熱かった。でも、どことなく寂しげだった。 寒いだろうと強引に言われても、ゾロリはどこか逆らう気に離れなかった。タイガーの寂しさに気がついてしまうと、無下に出来なくなっていたのだ。 「タイガー…」 「ん?」 「…寒い」 動かせない足首が痛んで、どこか気持ち悪かったこともある。足首だけが痛いはずなのに全身をひどく痛めたような気分で、頭がふらふらするのも感じていた。 けれどタイガーを前にして弱みを見せるわけにはいかなかった。なのに今はタイガーのほうからまるで自分を違う意味で慰み者にしているタイガーに触れてしまうともうだめだった。緊張の糸をふっと緩めて、今はありえない優しさに縋る。 「寝ていい?」 「ああ、構わねーよ」 「…襲わない?」 「…今日は勘弁してやらぁ」 それだけ聞くと、ゾロリはゆるりと目を閉じた。 苦痛から少し辛そうな顔をするゾロリを抱きなおし、タイガーは彼女の背中をすっと撫でた。そしてそのまま肩を抱き寄せた。ことん、と肩に乗った髪がふわりと柔らかかった。 ゾロリの穏やかな温かさに、タイガーも思わず目を閉じる。 …遠い遠い昔のことだった。 自分の命を繋ぐ、薄い粥を啜らせてくれた女がいた。彼女は小汚いなりをしていたが、磨けば綺麗な女だったと思う。 その女は頭領の妾だった。彼に命じられて自分の面倒を見ていたのだが、嫌な顔はしなかった。捨て子で、死に掛けていた醜い自分を笑顔で育ててくれた。 タイガーという名は、頭領がつけてくれた。女は自分を抱いて子守唄を歌ってくれたり、熱を出したときにはつきっきりで面倒を見てくれたものだ。 その女が突然いなくなったのはタイガーが6歳の時だった。 一番年かさで、自分を孫の様に可愛がってくれたおじいさんに聞いてみた。彼は頭領の世話をしていた長老株だった。彼はしわだらけの顔を険しくして、そのことには絶対に触れるなと厳命した。 頭領の逆鱗に触れて殺されたとも、下っ端の若い男と逃げたのだとも噂された。 けれどタイガーにとってそれはどうでもいいことだった。彼に残されたのは、またしても自分だけが捨てられたという事実だった。やっと心を開ける、生まれて初めての存在だったのに。 正体のわからない感情が、タイガーの中に芽生えた。 その日から彼は剣を握った。 剣は彼よりも長く、重かった。それでも彼は力の限り振り回した。 大地に刺さり、小枝を落とし、無意味に空を薙いでも、タイガーはやめなかった。 ぽろぽろと涙が零れた。 最後の一振りで、彼は自分の中にある何かを断ち落とした。 「よう、タイガー」 「…お頭」 タイガーは剣を握ったまま、動かなかった。お頭はタイガーに近づくとその頭を乱暴にかき回した。 「ふん、いい顔してやがる」 「お頭、俺…」 たった6歳の子供に宿る、戦いの炎。それは生きたいと願う本能でもあった。 「その剣はお前にやる。ボロい剣だがな、お前にはそれで十分だ。それでどう生きるか、それはお前次第だ」 そういうとお頭は黙って立ち去った。 タイガーは涙を拭ってお頭の後を追った。 「お頭、聞いていい?」 「あん?」 「…あの女は、お頭が殺したのか?」 頭領は少し黙って、それから肯定も否定もしなかった。思えばあのとき、一番ショックを受けていたのは頭領自身だったのではないかと思う。 それから数年後、頭領は部下の手によって暗殺された。タイガーはその混乱に乗じて山賊一味から遁走し、追われる身となったのだった。 目を覚ました時、真っ赤に染まっていたはずの自分の体は清められていた。3歳くらいの小さな男の子が自分を覗き込んでいる。 「誰…だ?」 「パパ、このお兄ちゃん、起きたよ」 タイガーが山賊から海賊になった瞬間だった。 タイガーは目を覚ますと、この右腕に抱いているゾロリを見た。 彼女は静かに眠っていた。 「ああ、そうか…」 タイガーはゾロリの髪を優しく梳き撫でる。 ゾロリは、あの女に似ている。幼かった自分をまるで我が子のように育ててくれた、あの人に。 自分が唯一、心許した人に似ているからこそ、タイガーはゾロリに何も出来なかった、いや、しなかったのだ。 「…これが恋ってやつなのかな」 タイガーはゾロリの頬を撫でた。そして唇に口づけようとしてやめる。代わりに頬に優しく唇を寄せて、その体をやんわりと抱いた。 自分の中にほんのりと実る淡い思いを自嘲しながら、彼はそっと身を離した。そして小屋の隅にあった古ぼけた毛布を掴んでくると、ゾロリにばさっと着せ掛けた。 「じゃあな、今度はお前を本気でいただくぞ」 タイガーは静かに小屋の外に出た。外はうっすらと明るくなっていた。 ふと西の空を見れば小さな双子がちょこまかとこっちに向かっているのが見えた。 「なんでぇ、ゾロリんとこのチビどもか」 彼らはせんせぇぇぇぇぇ、と叫びながら走っていた。イシシとノシシはひょっこり現れたタイガーに激しく動揺しつつも、ゾロリの身を難じるほうが先にたって、なんとか子の場を切り抜ける方法を考えていた。が、タイガーは実にあっさりと道を譲った。 「お前らの大事な先生なら、この小屋の中で寝てるぜ。捻挫してるみたいだからな、せいぜい大事にしてやんな」 「せんせが怪我!?」 「せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 イシシとノシシは大事なゾロリせんせが怪我をしたと知って顔色を変えた。タイガーには一瞥もくれずに小屋の中に入っていく。 タイガーが背中を向けると、ゾロリの叫び声が聞こえてきた。 捻挫しているんだと教えてやったのに、どちらかが、あるいは両方が彼女の足を踏んづけたと思われる。 タイガーは一人で朝靄煙る山道を降りた。 ふもとには今やお頭となったタイガーを慕う子分たちで溢れていた。夜の山には自信がないので夜明けを待って探索に出ようと、集まっていたのだという。 「おかしらー」 「ご無事でー」 歓喜の声を上げる子分たちに、タイガーはすまなかったと一言わびた。 幼いころ欲しかった仲間たちが今ここにちゃんといてくれるという事実が嬉しかった。 そして誰かを好きになるという心を忘れていた自分に、それを思い出させたあの狐の存在も、彼には大きな収穫だったのだ。 今すぐじゃなくても 「…必ずものにしてやるさ」 「お頭? 何か言いましたか?」 「いいや。手前ら、すぐに船を出すぞ、用意は出来てるか!?」 お頭であるタイガーの言葉に子分たちは一斉に鬨(とき)の声を上げる。タイガーは満足そうににやりと笑った。 船に乗り込み、遠ざかっていく山を見つめる。彼女はまだあそこにいるのだろう。 またいつか出会うときがあれば、その時こそ。 「…本当に俺好みのいい女なんだがなぁ」 靡かない女を手に入れるのもまた一興。潮薫る海風に漆黒の髪をなびかせながら彼はまた遠い海の向こうへと消えるのだ。 「お頭ー、どこ行きやしょうかー?」 「南だ、南にお宝がどっさりある島があるらしい! 野郎ども! 南だ!!」 「おおおおお!!」 どよめきにも似た歓声が上がり、船は一路南へ。 そしてタイガーの思いも、きらめく南の海へ。 こっそりと手にしていた花を海路に捧げる、その花は鮮やかな黄色の金糸梅――ピペリクム。 花言葉は『きらめき』。 ぷかぷかと漂ったその花一輪、波間に揉まれて見えなくなった。 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 双子の両方になぜか捻挫した足を踏んづけられたゾロリは患部を押さえながらごろごろと転がった。 「お〜ま〜え〜ら〜ぁ」 うるうるの涙目で双子をぎっと睨みつけると、彼らは泣きそうな顔でゾロリの足をさすった。 「せんせ、ごめんなさいだぁ」 「おらたちせんせが心配だっただよ〜〜」 めったなことでははなればなれにならない彼らだけに一夜の別離は不安でいっぱいだったのだ。踏んづけられた足の痛みも引いてきたところで、ゾロリはそっと双子を抱き寄せた。 「…ごめんなー」 「せんせぇ…」 それからゾロリは双子に担がれてなんとか山を降りた。 「ちょっと、お前ら大丈夫か!?」 「大丈夫だよ、せんせ」 「兄弟の力は強大だぁ」 ピシッと空気が凍りついたのは一瞬、あとは優しさだけが満ちていた。 結局ゾロリは下山直後にガオンに見つかり、捻挫したことがばれると夜叉の笑顔を浮かべた彼によって城に連行されることとなった。 「当分、旅立ち禁止」 「えーっ!?」 「えーっ!? じゃない、怪我をしているんだぞ、全治1ヶ月だ、歩けるようになるまでそれでも1週間はかかるんだぞ!」 「…ちぇっ」 退屈は嫌いなゾロリが松葉杖でちょこちょこと歩き回り、ガオンや双子に叱られては部屋に戻されるというほのぼのした光景が城の中にあったという。 遠い海の向こうの彼は知らない 金色の彼女の恋人のことを それでも想いは募るのです 今は水底のヒペリクムのように ≪終≫ ≪花言葉を探して≫ 今回のタイトル『Hypericum』は花の名前で『ヒペリクム』と読みます。花言葉は『きらめき』です。 タイガー&ゾロリ。あえてタイガー×ゾロリと書かないところがミソであります。 タイガーを擬人化するとき、あのでぶっちょではなく美丈夫にしてしまっている自分が憎いです。ガオンやロジャーさんがすらりとした美形青年なら、タイガーは思いっきり悪役のステキオジ様、ちょっと恰幅いい感じ、ですかね。 タイゾロも嫌いじゃない自分に気がついた。 石投げて脳天に命中させてやってください_| ̄|○ |