いちごみるくと銀の鍵



出会ってしまったのは運命で
恋に落ちたのは必然で
でもこうなってしまったのは偶然で



この日も頭が固くて冷たくていやみな…ひぃぃ、ごめんなさい〜〜。
もとい。
この日もまじめで冷静で几帳面な魔法の国の情報管理局エージェントのロジャーはほうきに乗って魔法の森上空を飛んでいた。空は雲ひとつない青なのに森は色を失って鬱蒼としている。本来は他の森と同様、いや、それ以上に明るい色に溢れた森なのだ。
魔法の森は現在封印されている。
その原因は熱心に魔法を勉強していたネリーという少女がその熱心さのあまりに唱えてしまった呪文のせいだということが分かった。さらにその封印をとくためには12色のナジョーという生き物を探さなくてはならない。問題が山積している中でもうひとつ厄介な問題が持ち上がったのは最近になってからだ。
ロジャーの偽者が現れたのだ。ネリーが唱えてしまった呪文は『お探しの魔法の本』という本に載っていて、それを自分が持っていたからと追い回されたこともある。身に覚えがないのでいい迷惑だ。
それもこれも全部。魔法も使えないくせにちょろちょろしているあの女のせいだ。
ロジャーはほうきに乗ったまますうっと魔法の森を飛び退った。
思い浮かべるのは金色をした狐の女性。黄色の耳と尻尾を持ち、緩やかなボディラインをまとう。金色の髪に光を散らし、漆黒の瞳でまっすぐ前を見つめる。過去にはこだわらないようなさっぱりした、けれどいたずらっぽい性格のその狐の名はゾロリという。イノシシの双子を従えて旅をする彼女はふとしたことからネリーと出会い、それが縁でナジョー探しを手伝っていると言う。ナジョーの本体と思われる生き物も彼女に懐いている。
そして皮肉なことにエージェントである自分よりも彼女のほうがカラーナジョーに遭遇する確率が高い。
「なんでゾロリばかりが…ん?」
ゾロリとナジョーのことを考えていたロジャーの視界に小さな影が映った。その影は小さな箱のようなものを抱えて走っている。肩越しの長い髪に少し眺めの尻尾。
「まさかあれは……ゾロリ!?」
ロジャーはついっとほうきを操って急降下した。あわてて不審な影を追う。
「待て! ゾロリ!!」
ゾロリと呼ばれた影は振り向いた。しかし暗がりのせいか彼女であるかどうかは確認できなかった。しかしシルエットは確かに彼女だ。なんとしてでも捕らえようとしたロジャーの前に大木が現れる。
「うわっ!?」
何とか直撃を避けた彼は勢いあまって森の上空まで出てしまった。ゾロリの影をすっかり見失ってしまい、彼らしくなく舌打ちする。持っていたのは『お探しの魔法の本』に違いない。
偽者かもしれないとは思うが、彼女を問いただす必要があると感じたロジャーは影が逃げただろう方向へとほうきを飛ばした。



ゾロリはイシシとノシシとを連れて旅の真っ最中だった。
ちゃっかり泊り込んだ温泉宿で身も心もリフレッシュして元気いっぱいまた旅路に戻っている。
「昨日のカニうまかっただな〜」
「温泉饅頭もうまかっただよ〜」
「もー俺なんか温泉つかりすぎちゃってお肌つるつるんv」
そういってにっこにこのゾロリは肌だけでなく髪や尻尾までつやつやさらさらのふかふかだ。
「わーいせんせ、触りたーい」
「おらもおらもー」
「よーし、触ってみろー」
イシシとノシシはうわーいと喜んでゾロリの尻尾や頬を撫で回した。
「くすぐったいよ、おまえたちぃ〜〜」
「せんせすべすべだぁv」
「おらこんな美人のせんせと旅ができて嬉しいだぁ」
ノシシの言葉にゾロリはふっと頬を緩めた。
「可愛いことを言ってくれるなぁ。うりゃっ」
「せんせ、くすぐったいだよ〜〜」
「お返しだよ、イシシも来いっ」
「はいだぁ〜〜」
道端で3人仲良く戯れているところに無粋な黒い影がふーっと飛んできた。ゾロリに乗っかっていたイシシとノシシが顔を上げ、するっと降りた。ゾロリもひょいと体を起こす。
飛んできた影は自分たちを通り過ぎたのかと思うとそのままついっと方向を変えてまた戻ってきた。
「な、なんだ?」
それが近づいてきてシルエットが鮮明になるとゾロリはとたんやさぐれ出した。
「けっ、またお前か」
「私だって好きでお前と会っているわけじゃない。仕事だから仕方がないんだ」
彼女の前に現れたのはエージェントのロジャーだ。ゾロリから見れば面白みのない男でつまらない。
「で、今度は何の言いがかりをつけに来たんだ?」
ゾロリはイシシとノシシをかばうように下げるとずいっとロジャーに寄った。
「それともまた遊ばれに来たのか?」
彼女が上目遣いであればあるほどからかいの色は深くなる。そういって口角を歪めたゾロリにロジャーはむきになって反論する。
「そ、そんなわけないだろう!? それよりゾロリ」
「なんだ?」
「身体検査をさせてもらおうか」
「し、身体検査だぁ!?」
突然の命令にゾロリは驚いて声を上げた。イシシとノシシもひいっと声をあげる。
「ななな、なんでまた」
「君が『お探しの魔法の本』を持っているのを私が目撃した。だから、だ」
「俺が? 『お探しの魔法の本』を? そんなわけないだろう。俺が何で魔法の森を封印せにゃならんのだ」
ゾロリは自分の主張が正しいとばかりにふんぞり返った。
「いいぜ、そんなに身体検査がしたいならすればいい。どうせならここで脱いでやるよ」
「せんせー」
ゾロリはイシシとノシシが止めるのもかまわずに袖に手をしまい入れた。ロジャーもあわてて彼女を制す。何もそこまでやってもらう必要はない。
「ま、待てゾロリ」
「身体検査がしたいんだろう? 手間かけないで脱いでやる」
縞の合羽を取り、青い上着と白い肌着の合わせ目に手を入れ胸元からばっと肌蹴た。
「ぞ、ゾロリ…」
乳房を覆う様に巻かれた晒しが彼女をつややかに見せた。鎖骨から続く豊かな胸のラインにロジャーは顔を背けてしまう。
「なに顔を背けてるんだ、お前が身体検査をしたいって言ったんだぞ、ちゃんと見ろ」
ゾロリはロジャーのあごを掴むと無理やり自分のほうを向かせた。ロジャーは困惑の色を隠せない。
「ゾロリ…」
「どうした? エージェントなんだからちゃんと任務を遂行したらどうだ?」
さらにずいっと身を寄せるゾロリからえもいわれぬ芳香が漂い、ロジャーはゾロリの肩に触れた。素肌に触れてしまったことでロジャーはぼっと頬を染めたがそれでもなんとかゾロリを離した。
ゾロリは妖艶に笑みさえ浮かべている。
「もういい、着物を着ろ!」
ロジャーは腰にたたくっていた彼女の着物を肩までひきあげると完全に後ろを向いてしまった。
ゾロリもくるりと向きを変え、着物を調えた。
「せんせー、見てるこっちがどきどきしただよ〜〜」
「ちょっと目の毒だったかな、お堅いエージェント様には」
「おらたちは一緒にお風呂入るから見慣れてるけんどな〜〜」
そういってくすくす笑う3人にロジャーはまたしてもしてやられたわけだ。
「と、とにかくだ」
「ん?」
着物の襟をちょいと寄せてゾロリたちはロジャーのほうに向き直った。
「君らしい影が『お探しの魔法の本』を持っていたのは確かなんだ」
「それは偽者だろう」
ロジャーは口元を覆ったままもごもごと話していた。まださっきのショックが抜けていないらしい。ガオンでさえ自分の肌を見ても動じなかったのにロジャーの困惑振りは滑稽を通り越して可愛ささえ感じさせた。
「まあ、お前の偽者もいたことだしな。でも俺たちはお前に会うまでこの先の温泉旅館にいたんだぜ? なんなら裏をとってみろよ。逃げないで同行してやるから」
ぽんぽんとロジャーの肩をたたく彼女に悪気はないが、彼はなんとなくゾロリに厳しい視線を向けてしまう。
そうでもしていなければ彼女の肌を思い出してしまいそうだからだ。それでなくともこれから温泉へ出向かなければならないというのに。
「じゃあ、案内してもらおうか」
そうして一行は再び温泉へと戻ることになった。



「ほら、無実だったろう?」
「ああ、すまなかったな」
温泉旅館の女将さんがゾロリを覚えていたし、なによりノシシが傘を忘れていたのでそれが決め手になった。
これでロジャーが見た彼女の影は偽者だということになる。
「私といい君といい、一体何の目的で偽者を…」
「捜査を錯乱させるためだろう? それに犯人は自分の罪を誰かに擦り付けるためにやってるんだろうな」
ロジャーはゾロリと並んで歩きながら偽者の件を思案していた。
「その考えには同意しよう。しかし何故私や君でなければならない?」
「お前がエージェントで、俺がナジョーを探しているからだろう。薬屋のダポンも言ってたけど魔法の薬草はあの森でしか取れないものも多いんだってな。てことはだ。独占したいやつがいて、そいつが魔法の国の関係者を貶めたほうがいいって考えたんじゃないのか」
「なんだと?」
ロジャーがきっとゾロリのほうに顔を向けたが彼女は前のほうを歩くイシシとノシシを見つめていた。
「例えば、の話だけどな。例えばお前がやったとすると、だ」
「私がやるわけないだろう」
「だから例え話だって。お前がやったのなら俺はお前みたいなお偉いさんが高級魔法を独占するためだって思うぜ? まあ実際そう思ったけど」
それで偽者のロジャーをガオンとともに追いかける羽目になったわけだ。
「じゃあ君の場合は?」
「俺はナジョー探しをしているからな…待てよ、それじゃあ」
ゾロリはあごに手を当てて考えながら歩いている。
「どこかで俺たちの動きを見ているやつがいるってことだな」
「そうか、なるほどな」
お互いの考えに同調したそのとき、横の茂みががさっと動いた。ゾロリとロジャーが同時に反応する。
「なんだ!?」
遠ざかっていったのはロジャーが見失ったあの黒い影だった。確かにゾロリの姿をしているが今彼女は自分の隣にいる。
「くそっ、こんなところにっ」
ロジャーが影を追って茂みの中に入っていった。ゾロリもそのあとを追う。
「せんせー」
「イシシ、ノシシ、ついてこいっ」
「はいだぁっ」
影を追うロジャーを追うのは簡単だった。ひらひらしたマントがいい目印だ。そういうゾロリの縞の合羽も双子にとってはよい目印には違いない。
「待て、偽者め!」
影はちらりと振り返っただけでロジャーも、その背後のゾロリたちも無視して走っている。やがてその影はすうっと飛びあがるとそのまま消えてしまう。
「なにっ!?」
「ロジャー! まだ前にいるぞ!」
ゾロリの叫びにロジャーは振り向かずに追い続けた。ゾロリは挟み撃ちにしようと足を速めて影の横を走る。
「うおおおおりゃああああ!!」
ゾロリとロジャーはほぼ同時に影に飛びついた。ロジャーの手に銀色に光るものが握られている。
「捕まえたぞ、偽者!」
「緊急逮捕する!!」
ロジャーが持ち上げた手首にガチャンと手錠がかかった。手首までかっちり覆う手鎖のようなものだ。
二人とも容疑をかけられた身だ、濡れ衣を晴らすためにロジャーもゾロリもこれで偽者を逮捕したと思っていた。
が。
じゃらっと音がしてロジャーが自分の左腕を上げた。すると持ち上がった腕は黒くなかった。
「ん?」
「え?」
持ち上がったのは影の腕ではなくゾロリの腕だった。二人で呆けている間に影はロジャーを突き飛ばしてさっさと逃げてしまう。
「ああっ、待てえっ!」
「痛いっ、痛いロジャーっ!!」
引っ張られているゾロリが痛がって抗議の声を上げた。ロジャーはあっと声を上げたが二兎追うものは一兎も得ない。影には逃げられてしまった。
ロジャーはぎりっと奥歯をかみ締めた。
「どうして君まで飛び出してきたんだ?」
「しかたないだろう、成り行きだよ。どーでもいいからはずしてくれっ」
ゾロリは座り込んだままぶんぶん腕をふってジャラジャラと鎖を鳴らした。言われるまでもなくロジャーも胸元を探って鍵を探した。が、何度探しても見当たらない。
「まさか…」
「どうしたんだよ」
ロジャーはポケットというポケットを引っ張り、周囲をくるりと見渡した。が、鍵はどこにも見当たらなかった。
珍しく青ざめるロジャーの顔をゾロリはそっと覗き込んだ。彼もゾロリと同様にその場に座り込んでしまう。
「鍵がない…」
「はあ?」
ゾロリが聞き返すとロジャーは蒼白な顔色のまま言った。
「鍵がないっ!!」
「な、なんですとー!?」
ゾロリが叫んだ時、追いついて来たイシシとノシシは状況が分からずにきょとんとしていた。
「せんせ、怪しいやつは捕まえただか?」
「…かわりに俺が捕まっちまったー」
そういってゾロリはじゃらっと右腕を上げた。二人の腕に銀の腕輪がついていて銀の鎖でロジャーの手首と繋がっていた。双子は驚いて声を上げる。
「せんせ、早くはずさないと」
「それがさー、こいつが鍵なくしたんだよ」
「魔法で見つければいいだよー」
ノシシがはいっと手を上げて提案したがゾロリもロジャーも顔色は晴れない。
「それは…無理だよ」
そういったのはゾロリだった。空いた手で頬杖をつき、指の隙間からため息を漏らした。ロジャーはふっとゾロリを見つめる。
「ロジャー、これは純銀で出来ているだろう?」
「ああ」
「銀は魔封じの道具を作る時に使うんだ。純度が高ければ高いほど力が強い」
「…どういうことだか?」
イシシとノシシはどういうことだか分からずに首をかしげた。
「つまりだ、魔法で探すことも出来ないし…魔法ではずすことも出来ない」
結論はロジャーが引き取った。純銀の手錠は相手が普通の人間ならただの手錠だが魔法使いならばその魔力を封じることが出来る。
「ということはロジャーは今ただの人だか?」
「残念ながらそういうことだ」
ロジャーは悔しそうに言った。自分で自分に手錠をかけてしまうとは何たる失態か。
「本部に戻れば鍵があるんだが」
「ほうきにも乗れないわけね」
「……そういうわけだ」
ほうきにも乗れない、鍵を探すための魔法も使えないし、純銀の鍵には通用しない。
ゾロリはがっくりと肩を落とした。こうなるとどうしても鍵を見つけなければならないわけだがそれまではこの男と繋がったままでいなければならない。
「とりあえず鍵を探そうか」
「はーい」
イシシとノシシは元気よく手を上げた。
が、実を言えば鍵はすぐそこにあったのである。


日が落ちるまで鍵を探したのだが結局見つからないまま夜を迎えてしまった。
お互い片手がふさがって使えないので焚き火から食事の用意までイシシとノシシで賄っている。
「おい、火には気をつけろよ。ああ、ノシシ、その包丁の持ち方危ない」
「大丈夫だよ、せんせ。おらたちだってずっとふたりでご飯作ってたんだから」
「んー、でもなぁ…」
旅の途中での食事は意外なことにゾロリが賄っていた。とても家事をやるようには見えないが彼女も一切はきちんとできる。
「せんせ、おらたちをもっと信用してほしいだよ」
「言ってる側から尻尾が焦げてるぞ、ノシシ」
ゾロリはくすっとわらってノシシの尻尾をたたいた。イノシシの毛皮が厚くて尻尾を焦がしたのに気がついていなかったのだ。
そんな彼女の顔は二人の師匠というよりも母親のそれに近かった。
「こんなのと繋がってなきゃ俺がご飯作ってやるんだけどな」
「こんなのとは失礼な」
二人の間の鎖がじゃらっと鳴った。
それからほどなくいい匂いがしてきた。
「うまそうだな」
「えへへー、とびっきりだよー」
双子が満足そうに微笑むのでゾロリもにっこり笑った。
「なあ、ロジャー、じゃんけんしないか?」
「なんでだ?」
「だってこの腕じゃ食べられないじゃないか。お椀がもてないだろ? 勝ったほうが先な、じゃーんけーん」
「ぽい」
ロジャーは右手でグー、ゾロリは左手でパーだった。
「よっしゃー、俺の勝ちー」
「ならお先にどうぞ」
「…あとで泣くなよ」
「じゃんけんに負けたくらいで泣くものか」
しかしロジャーはこの言葉を後悔することになる。ゾロリと双子が食事を終えた時、鍋の中身はほとんど空になっていたからだ。
「な……!!」
「だから言ったじゃん。後悔するなって」
ほとんど空の鍋を見つめてロジャーはため息をついた。別に食べ物が惜しかったわけではないが腹を満たしておきたかったことは否定できない。
「…何なんだ、君たちは」
「食う寝る遊ぶが大好きなただの旅人だよ」
からからと笑うゾロリをむっとしながらも横目でみて、ロジャーは仕方なく残りをすすった。



満腹になったイシシとノシシはぐっすり寝入ってしまい、爆ぜる炎の前にロジャーとゾロリだけが残された。
「悪かったな、ほとんど食べつくしちゃって」
「別にかまわない、エージェントだから時には何日も食べないで過ごすこともあるさ」
「そっか…」
鎖で繋がれたふたりはなんとなく寄り添った。でも腕が触れたとたんどちらともなく離れてしまう。
そんなことを繰り返しているうちにゾロリが小さく震えた。
「どうした?」
「ん? いや、別に…」
ゾロリはそう言ったがロジャーは彼女が体を擦っているのに気がついた。森の夜は冷えるのだろう。
ロジャーはゾロリと向き合うように体勢を変えるとすっと彼女を抱き取った。ゾロリは驚いて、でも小さく声を上げた。
「な、何するんだっ、やめっ…」
「無理をするな、冷えるんだろう?」
「ロジャー…」
思いがけなくロジャーの胸の中に抱かれてゾロリはふっと大人しくなった。こんなふうに抱きしめてくれるのは今までガオンだけだったのだが、男の腕の中は彼女にとって特別な空間なのだ。しかしロジャーはそれを知らない――彼女の父親は彼女がまだ物心もつかない幼いころに失踪したために、彼女が父親を思わせるような存在に弱いことなど。
「…あったかいな、お前」
自分の合羽とロジャーのマントに包まれてゾロリはほんわか温かい笑顔を見せた。
ゾロリはふいに女の子らしい顔をすることがある。女の顔もするのにどこか少女らしさが抜けない顔を、だ。
そしてそんな顔を見たとき自分がいちいち驚かされることに気がついた。さらにその顔を他の男にも見せることがあるのかと思うと今度は不思議な感情に見舞われるのを感じた。
それは間違いなく嫉妬。
気がついてしまうと今はただ彼女を抱きしめているだけでもよかった。自分では激しいと思う鼓動が彼女にはどう聞こえているのだろうか。
そんなとき、ゾロリがぽつんとつぶやいた。
「なんかさー…」
「ん?」
「ロジャーって、お兄ちゃんみたいだよな……」
それだけ言うと、ゾロリのまぶたがとろんと落ちた。そのまますうっと寝息を立てる。
柔らかな体をそっと抱き、ロジャーは薄い唇に自分のそれを触れさせた。眠った彼女の唇を奪うのは本意ではないが、チャンスは今しかない。
「…温かいな」
不意に抱きしめる腕に力がこもってしまう。
そんな想いを代弁するかのように焚き火がばしっと音を立てて爆ぜた。



事態が急展開したのは日が昇ってからだった。
双子が起きる前に目を覚ましたふたりはしっかり抱き合っていたことにお互い赤面していたが、保温効果をあげるためなんだと互いに強く言い聞かせて朝を迎えた。
「さて、また鍵を探しましょーかねぇ」
「ところでせんせ、鍵ってどんなのだか?」
イシシとノシシがゾロリを見上げて問うた。そういえばと彼女もロジャーを見た。
「なんてことはない普通の鍵だ。銀色をしていて…そうだ、頭に赤い石がついているんだが」
「そんな特徴があるなら早く言えよ」
ゾロリは肘でロジャーを小突いた。しかし本当の衝撃はここからだ。
「んじゃー、もしかしてこれがその鍵だか?」
ノシシは腹巻の中からきらっと光るものを取り出した。
「あーっ! そ、それは」
「え? え?」
ノシシは自分がどれだけのことをしているのかわからずにおろおろしている。
「これだ、これが手錠の鍵だ! どこにあったんだ?」
ロジャーとゾロリに詰め寄られてノシシは困惑気味に話してくれた。
「昨日ゾロリせんせを追いかけていた時に頭に当たっただよ。綺麗だなーって思って持ってただよ」
最初は探している鍵だとはちっとも気づかずにいたのだがあんまり綺麗だからあとでせんせにあげようと思っていたのだという。
「でかしたっ、ノシシっ!!」
ノシシを抱きしめようと腕を広げた時についロジャーを振り回してしまう。
「あ、悪い…」
「師弟の感動の抱擁はこれを外してからにしてくれ」
ロジャーが左腕を持ち上げるとゾロリの右腕も上がった。
ノシシから鍵を受け取ったロジャーは鍵穴に鍵を差し込んで回した。するとカチッといい音がして手錠が互いの腕から外れた。
純銀の腕輪がぼろっと地面に落ちる。
「やったぁ!」
ほぼ一日ぶりに自由になったゾロリは双子と感動の抱擁を交し合った。ロジャーは少し惜しげに腕を擦った。
「ゾロリ」
「ん?」
「面倒をかけたな」
そういってロジャーは小さなものを放るとそのままほうきに乗って飛び去ってしまった。
ゾロリが受け取ったものはピンク色の小さな袋で、口のところが赤いリボンできゅっと結わえてあった。中身は淡い桃色のキャンディだった。小粒でころころとしている。
(あれはこれだったのか)
ゾロリはくすっと笑った。昨夜抱きしめられたとき胸元に何かあるとは思っていたがまさかこれだったとは。彼女は袋を開けて中のキャンディを双子の口に放り込んだ。双子は口に放り込まれたものを瞬時には判断できなかったが時間が経つにつれて笑顔になった。
「あまーい」
「これさっきロジャーがくれただか?」
「そうだよ」
嬉しそうな双子を見つめながらゾロリもキャンディを一粒口にした。柔らかい甘さがふわっと口の中に広がった。
(いちごみるく……可愛いやつ)
ゾロリは小さな袋をそっと胸元にしまうとイシシとノシシを連れて森を抜けるために歩き出した。
そしてなんとなく思い出すのは昨日のキスの味。
ロジャーは空腹を紛らわすためにいちごみるく味のキャンディを常用していたに違いない。
「さ、行こうぜ」
「はーい」
3人仲良く連れ立って歩き出す、足元は軽く、口元は甘く。



そんな上空にほうきに乗ったロジャーがいた。彼はゾロリたちが森を抜けるのを待っていた。
緑の森から灰色の歩道へ、金色の彼女を確認すると次のナジョー探しに出かけた。
「いっそのことゾロリのあとを追ったほうがナジョーは見つかりやすいもかもしれないな…」
ポツリとつぶやいた言葉はまだ本音ではない。
心の奥で叫んでいるのは『彼女と一緒にいたい』という強い思いなのだ。
髪の柔らかさ、肌の白さ、温かさ。そしてくるくるかわる表情と――。
「…面倒なことになったもんだ」
彼女に恋をしたことは面倒ではないが、彼女と結ばれるのは容易なことではあるまい。
そして彼女を思う男が他にいて、それが男女の関係であることなどロジャーはまだ知らない。
それでもこの恋は始まった――恋じゃなくなるその日まで。



今度は銀の鎖ではなく、心と心で繋がってみたい




出会ってしまったのは運命で
恋に落ちたのは必然で
でもこうなってしまったのは偶然で


心の扉はきっといちごみるくと銀の鍵で開くだろう



≪終≫




≪あとがき≫
うおおおおおおおおおおおおおお(最果てなく転がる)ごーめーんーなーさーーーーーぁいww
書いている最中で何度も『もうだめだ_| ̄|○ノシ』ってずっと悶えてました。
『これは本来ガオン博士の役回りじゃないか!?』とか『ホワイトデーでもあるまいにキャンディかよ!』とか〜〜〜
_| ̄|○ノシ もうだめだーwwww 
はぁはぁ。
すみません、南の島で恐竜の生き残りを捕獲する最中で踏み潰されてぺらぺらになってきます。注: 文字用の領域がありません!

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