甘く優しい恋のために



どんなに高価なチョコレートより
甘い言葉と甘い雰囲気 そして君
それだけあれば幸せなんだ



2月に入ると世間は妙に浮き足立つ。街のデコレーションもなんとなくピンク色のハートが多くなってきた。
「あーあ、今日はもうバレンタインかぁ」
頭の後ろに手を組んでゾロリがウィンドウをちらっと見た。その足元にまだ幼さが残る双子のイノシシが歩いている。
「バレンタインって、チョコレートをもらえる日だな?」
「んだー。おかしくれなきゃいたずらするぞーって日だな?」
無邪気なノシシの頭を撫でてゾロリは小さく笑った。
「そりゃハロウィンじゃないか、ノシシ。ちがうよ、バレンタインって言うのは女の人が好きな男の人にチョコレートをあげて愛の告白をするとかいうトンチキな日なのさ。国によって少し違うらしいけど」
「へぇー…」
ゾロリの言葉に双子は顔を見合わせた。そしてほわーとした顔でゾロリを見つめた。
「んだばせんせ、おらたちもチョコもらえるだね?」
「ん? ああ。お前たちを好きだっていう女の子がいればな」
ゾロリは屈んで双子の頭を撫でた。イシノシはそれでもなお期待のまなざしでゾロリを見つめている。
「な、なんだ?」
「せんせ、おらたちのこと好き?」
「好きだよ? それがどう…」
言いかけてゾロリは小さく声を上げた。イシノシは自分からのチョコレートを期待しているのだ。小さくても男の子、食べ物ならなんだっていいはずなのに今回は敢えてチョコレートを欲しがっている。ゾロリはちょっと考えて道路向かいのデパートを見つめた。あそこならいろいろあるに違いない。
「よし、じゃあデパートに行くか」
幸い、バイトしていたからチョコレートを買う余裕はある。イシシとノシシは大はしゃぎで踊りながら横断歩道を渡った。その後ろをゾロリがゆっくりついていく。
「やっぱ男の子だな」
その後姿がなんとなく微笑ましくてゾロリも優しい顔をした。
デパートに入ると地下2階に臨時のバレンタインコーナーが出来ていて、大勢の女性客でにぎわっていた。子供向けのものから大人っぽいもの、安価なものから高価なものまで何でも揃っている。ゾロリは双子の背中をぽんと押した。
「お前たち好きなチョコ選んできていいぞー。でもあんまり高いのはダメだからなー」
イシシとノシシは喜んで駆け出していく、ゾロリはそう思っていた。しかし彼らは押されるままに一歩進んだだけれどそれ以上は動かなかった。
「どうした? ここじゃイヤなのか?」
「せんせー」
二人は揃って不満そうな顔を見せた。
「せんせ、男心がわかってないだー」
「え?」
「んだー、チョコレート自分で選んで買ってもらってもしょーがないだよー」
「え? ええ?」
双子に詰め寄られるままゾロリは客の間に放り込まれた。
「ちょっと、お前たち!?」
「せんせに選んでもらうから意味があるんだー、おらたちは上のおもちゃ売り場で待ってるからー」
そういってイシシとノシシは手を振って上りエスカレーターのほうに向かっていった。
「ちょっと、こらー!!」
二人はゾロリの声など聞こえていないかのようにニコニコと微笑んで階上へ消えていく。ゾロリはため息をついた。生まれてこの方、バレンタインのチョコなど買ったことがない。あげる相手がいなかったからだ。だからチョコレートを選べといわれてもどうしたらいいのかわからない。
「参ったなー」
「あれ? ゾロリさん?」
「ん?」
ゾロリは耳元と足元から聞こえる声にそっと振り向いた。そばにいたのはミリーとネリーの姉妹だった。彼女らは魔法使いである。
「ミリーさんとネリーちゃん。久しぶりだなー」
「本当に。ゾロリさんもバレンタインのお買い物ですか?」
ミリーはにっこりと笑った。まだ買い物をしていないのか手ぶらだった。
「んー、そうなんだけどチョコレートっていろいろあるんだな、何買ったらいいのかわかんなくって」
そういって小首を傾げたゾロリにネリーがばんばんと足を叩いた。
「何でもいいのよー。私なんか学校の男の子に配るチョコの目星はつけたわよー」
「く、配るのか?」
「うん!」
ネリーは罪のない笑顔を見せた。魔法学校の2年生でイシノシと変わらない年頃のネリーでさえバレンタインにチョコを、しかも配るという。イシノシといいネリーちゃんといい最近のお子様は随分とおませさんだ。
「ミリーさんはやっぱりロジャーの?」
ゾロリがふっと話題をふるとミリーはぽっと赤くなった。魔法の森の一件以来、ミリーとロジャーは本格的にお付き合いを始めている。ゾロリはほんの僅かにロジャーと関係を持ったがそれは墓までもっていく秘密だ。ロジャーもきっとそうするはず、わざわざミリーを傷つける必要もないだろう。
「ふたりはお似合いだもんな」
「や、やだ、ゾロリさんたらもー」
言いながらミリーはゾロリの肩をバシバシ叩いた。少しテンションが上がっているらしい。
「ちょ、ミリーさん、痛い痛い」
「あ、ごめんなさい、私ったらつい…」
ミリーはすぐに落ち着いて叩いてしまった部分をゆっくりと擦ってくれた。
「ところでゾロリさんは誰のものを買うの? やっぱり彼氏さんの?」
「彼氏って…あ…」
ゾロリは僅かに口元を覆った。ネリーに指摘されるまで彼のことはすっかり忘れていたのだ。
「この間お会いしたガオン博士って方ですよね?」
「その人、ゾロリさんの彼氏さんなのよね。私、魔法学校で会った時に気がつかなかったわぁ」
「あーうん、まあそうなんだよねー」
ゾロリは少し困惑気味にそう言った。ガオンのことは確かに好きだし、肌まで許しあった仲だ。自分たちは離れていても恋人同士なんだという自覚もある。けれどこうやって誰かに指摘されて認めてもらうというのも実はなかなか恥ずかしいものだ。
「なんでもいいのよー、ゾロリさんがあげるんならなんだって嬉しいわよー」
「そうですよ、ゾロリさん」
「んー、そっかなー」
ミリーとネリーもゾロリの横でチョコの品定めをしていた。楽しそうな二人の横でゾロリだけがそっと浮かないため息をつく。もちろん二人の言っていることは正しい。でもそれは相手が普通の男だったらの話だ。ゾロリがチョコを渡そうと思っている相手、つまりガオンは一国の王子様なのである。チョー高いチョコは無理だがそれでも安物なんか渡せない。
(…あれ?)
ゾロリはふと、自分の思いにひっかかりを感じた。二人が出会った日、それぞれの誕生日、クリスマス、いくらでもイベントはあったはずなのになんでバレンタインに限って何かしてやりたいなんて思ったのだろう。ミリーとネリーに促されなくてもきっとふとしたことから彼のことを思い出したに違いない。
いたずらをして人が困るのを見るのが好きだったはずなのに、目的のためならそれが悪事だと知っていてもやるような自分だったのに。
ガオンと出会ってから確実に何かが変わっている。
澄んだ青い瞳を思い出してゾロリはふっと胸の前で手を組んだ。
そんなほんわかな空気を打ち破る悲鳴が銃声とともに聞こえてきた。音は遠かったがそのざわめきはすでに近くまで迫っていた。
「な、なんだ?」
客をかき分けて数名の男がなだれ込んできた。それぞれに銃器を所持している。ゾロリは目で人数を数えた。ざっと5人、このフロアだけでそれくらいだろうなと、黄色い耳をひくつかせた。
男たちは一段高いディスプレイに上がると天井に向かって一発撃ち鳴らした。デコレーションが天井の建材とともにいくつかぱらぱらと落ちてきて客の悲鳴を誘う。
「騒ぐんじゃねぇ! このデパートは俺たちがのっとった!! 命が惜しかったら大人しくその場に座れ!!」
男たちは客に銃を向ける。
(…シリンダーが回らないと撃てない、ということはさっきと同じ銃だな。6発として残り4発…)
「ゾロリさん…」
ネリーがそっと背中にしがみついた。その手は不安で揺れている。
「大丈夫だよ、あの銃は残り4発だ。それに弾倉が回ってないから撃てないさ」
「ゾロリさんてば、なんでそんなこと…」
「あの手の銃は何十年も前に撃ちまくったんでね」
そういってゾロリはネリーの髪を優しく撫でた。彼女の言葉にネリーはおろかミリーさえも軽く驚いている。
「しかしデパート強盗とは。手間の割りに儲けが少ないんだぞ? 閉店後に空き巣に入ったほうが楽なのに」
「ゾロリさん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?」
「うるせーぞ!!」
男の一人が銃を向けてきた。撃ってこないと知っていてもゾロリは一応驚いたふりをする。すると首領らしい男がゾロリにほうに近づいてきた。
「おい待て」
「お頭…」
首領はゾロリの顎を掴むとくいっと上を向かせた。彼女の瞳は無感情にその男を見つめている。
「こいつは上玉じゃねえか。事がすんだら楽しませてもらうとするか。おい、ふんじばっとけ」
ゾロリは無理やり立たされるとそのまま中央のディスプレイのそばまで連れて行かれ、手近な柱に縛り付けられた。
「なんだ、悲鳴もあげねえのか?」
「慣れてるから。それに悲鳴なんかあげたってしょうがないだろ?」
男はまじまじとゾロリの顔を見て、そしてニヤリと笑った。
「いい女だ。俺は賢い女は好きだぜ。そのとりすました面を歪めるのが大好きでな」
「誉めてもらって光栄だ」
ゾロリもニヤリと笑う。その手には小さなナイフがひっそりと、でもしっかりと握られている。
そしてゾロリが首領たちとやり取りをしている間にもうひとり動いている人物があった。それはネリーだ。小さなネリーはゾロリが強盗団の気をひきつけている間に人の間をこっそりと這い抜けて非常階段に達していた。人質となった大勢の客も彼女に一抹の希望を託して騒ぎ立てることはしなかった。
階段には見張りがいなかった。ネリーは急いで上の階に向かう。
彼女はゾロリに言われて中の様子を外に伝えるべく脱出するのである。ほうきを持っていなかったことが悔やまれるがそんなことを言っている場合ではない。階段を丁寧に、それでも急いで階段を駆け上がった。そして1階にたどり着くと影からそっとフロアの様子を見守った。出入り口には見張りが立っているが一人だけだ。でも彼女は敢えて危険を犯すようなことはしなかった。
(危険だわ…)
ネリーはなんとか脱出の方法を考えていた。1階がダメなら2階から。そう思いついたネリーはもう一階上がろうとして、降りてくる人影に気がついた。彼女は物陰に隠れてその人物をやり過ごそうとした。もし強盗団のひとりだったら? そう思うと動悸が止まらない。息を殺してネリーは降りてくる足音を聞いていた。足音は二つで、かっぽきゅっぽという可愛い音だ。ネリーは聞き覚えのある音にふっと顔を上げた。そこにいたのはイシシとノシシだった。
「イシシさーん、ノシシさーん」
彼女が小声で呼びかけると、ふたりはすぐに気がついて、でも静かに歩み寄ってきた。
3人はさらに小声で会話を続けた。
「ネリーちゃんでねえか、なしてここさ?」
「お姉ちゃんとお買い物に来たらこの騒ぎよ。ゾロリさんに言われて外に脱出するところなの」
「おらたちは上のおもちゃ売り場にいたんだどもせんせが心配で降りてきただよ」
3人はそれぞれにおかれた状況を確認しあうとこれからどうしようかと頭を抱えた。そこでノシシがもじもじし始めたのをイシシがとがめた。
「おろ、ノシシどうしただ?」
「おら、緊張して…。なんだかトイレに行きたくなっただ」
えへへ〜と笑うノシシに、イシシもネリーも呆れた。が、ネリーは何かを思いついたようにぽんと手を打った。もちろん音は出していない。
「それだわ! 2階のトイレの窓から外に出ればいいのよ」
「そっかー」
子供たちは自分たちのアイディアを称えるとあくまで静かに階上へと向かった。ゾロリからこっそり渡されたフロアガイドを広げる。ちょうどこの上に男子トイレがある。その窓から出ればいい。2階というと少し高さがあるが降りれないことはないだろう。
2階の階段付近にある男子トイレに密かに侵入すると3人はほうっと息をついて窓を見つめた。高さを確認すると降りれない高さではなかったし、ちょうど裏道に面しているので誰にも見つからないだろう。
3人はゆっくり窓を開けた。そしてイシシが身を乗り出す。すぐそばに通気用か排水用のパイプがむき出しになっていた。イシシはこれに掴まった。
「おらから行くだ!」
「気をつけてー」
ノシシはのんきに用を足している。ネリーは見てみないふり、聞かないふり。
そして続いてネリー、さらにノシシも脱出に成功した。



デパートの外では警察と野次馬、そして店に入る前に事件に気がついて出てきた人たちで溢れていた。
その現場にひとりの魔法使いが颯爽と現れた。ダークグレイの髪に紫水晶の瞳も凛々しい青年は魔法の国の情報局所属のエージェント。彼は現場を指揮している警官に挨拶をしたいと言ってきた。
警官は彼の身分証を見てエージェントであると確認した。
「魔法使い? なんでまた。ここは魔法の国ではありませんよ、ロジャーさん?」
ロジャーははっきりと頷いた。警察関係者は事態を見守りつつエージェントの反応を待っている。
「おっしゃるとおり、この事件は魔法の国のものではありません。しかし犯人の中に数名の魔法使いが関わっているとの情報を得ました。魔法使いには魔法使いにしか対抗できないでしょう。どうか事件解決に向けて協力させてください」
ロジャーが頭を下げたのは形式的なことだった。しかし警察側は魔法使いが絡んでいると知って彼の申し出を受け入れた。
「ご協力感謝します」
「こちらこそ」
指揮官とロジャーは互いに頭を下げた。そして互いにデパートのビルを見上げた。だがロジャーが助けたい人は地下――彼の足の下にいたのである。
そのころネリーたちは裏通りから表に出てきて警官たちに取次ぎを頼んでいた。が、全く相手にされずに追い返され、それでもぎゃーぎゃーと言いあいをしていた。
「だから、私たちあのデパートにいたの!」
「んだ、せんせが中にいるんだよ〜〜」
「何事です、騒がしいですね」
警官の影にいる小さな存在に気がついたロジャーはあっと声を上げる。子供たちもロジャーの姿を認めてわらわらと駆け寄ってきた。
「ロジャーさん、ロジャーさんが何でここに…」
「犯人の中に数名魔法使いが潜んでいると情報を得たんでね。それにしても君たちこそなんで…」
「お姉ちゃんが中にいるの!」
「せんせが中にいるだー!!」
3人同時に叫んだのでよくわからない。それぞれに事情を聞くと中にミリーとゾロリが人質として捕らわれていることがわかった。
ロジャーは呆気にとられた。
「ミリーはともかくとしてゾロリまで捕まっているのか…」
「ゾロリが捕まっているだと?」
ロジャーの後ろにダーティブロンドの狼が現れた。深く被ったテンガロンハットのつばを上げ、クールブルーの瞳を覗かせる。一同あっと声を上げた。
「ガオンでねえだか。なしてこんなところにいるだ?」
イシシの指摘にガオンは嫌な顔をするでもなく答えた。今は双子と言い争うよりもゾロリのほうが気がかりだ。
「母上がお忍びでデパートに行ってみたいと言うのでお供をしてきたんだが…」
そういってガオンははるか上空を見上げた。が、ガオンが助けたい人も地下にいたのである。しかも強盗団の首領に見初められて柱に括り付けられている。
その様子を聞いたガオンは今にも駆け出したい衝動を抑えていた。
下手に飛び込めばゾロリを含めたくさんの来客が犠牲になる。一国の王子としてそれだけはやってはいけなかった。
「ゾロリ…」
そう呟いたガオンを見つめてロジャーは切ない気持ちになった。ゾロリに恋人がいるのは話に聞いていたが彼がそうだと知ったのは最近のことだ――そして彼が一国の王子だといういうことも。ロジャーはほんの少しだけ、ゾロリを思い、その身と心を繋ぎあった。裏切れない相手がいると知っていたのに、だ。それほどまでにゾロリは眩しかった。この秘密は永遠にしまっておくのだ。この身、心がつきるまで。
ロジャーはガオンから視線をそらした。



男二人がまったく見当違いなところを見つめていたころ、ゾロリはまだ柱の人だった。
用心深く拳銃と持ち主を観察する。最初に撃った1発と威嚇のためのもう1発。
(しかしあれから1発も撃ってない…か。残りの連中がどれだけの弾数を持っているかが鍵だけど…)
マシンガンの基本弾数は200、それ以外の拳銃は6発である。しかし拳銃はシリンダーを回さないと撃てないタイプのものだ。
(さて、どうしようかな…)
ゾロリはちらとミリーのほうを見やった。ミリーは頷いたがさしてこの事態を打開するだけの思案はないらしい。今度は首を振った。
その様子にゾロリはため息をついた。
「なんだ、縛られてるだけじゃ退屈か?」
首領が酒の匂いをさせながら近づいてきた。地下2階は食料品関連の商品を扱っているデパートが多く、もちろん酒も扱っている。強盗団は勝手に酒を開けて飲んでいるのだ。それでも銃は手元にきちんと持っている。
「そりゃ退屈さ。なあ、俺にも酒をくれないか? 喉が渇いちゃって」
酒で上機嫌の首領はへらへら笑いながらゾロリの縄を解いた。ゾロリは後ろ手になっていた手を振った。
「いいか? 俺のそばを離れればこいつで撃ち抜く。いいな?」
「わかってるよ、俺だって命は惜しいさ。それにあんたみたいにイイ男のそばを離れたりしないさ」
そういってゾロリは首領にしなだれかかった。甘くふわりとした香りに首領はだらんと鼻の下を伸ばしている。ゾロリの手をとり、そばに座らせて酌をさせた。
「さ、一献」
ゾロリは小首を傾げて首領の持つ枡に酒を注いだ。だいぶ数を重ねていた首領はすでに酔っていた。ゾロリにも枡を持たせ、酒を注ぎ、飲ませる。
「ささ、お前も」
「いただくよ」
ゾロリはぐいっと一口に煽ると口元を拭った。枡を返すと首領はますます彼女を気に入ってその肩を抱いた。
「お前はいい女だな。名前を聞いておこうか」
「名前?」
首領は機嫌よく彼女を抱き寄せた。男くさいその胸の中で黒い瞳をきらりと光らせた。
「俺の名はゾロリ。またの名をかいけつゾロリ…」
「なんだと?」
「動くな!!」
ゾロリは首領の腕を解くと片膝をついて隠し持っていたナイフを構えた。切っ先が首領の喉下で煌く。
「う…」
「命が惜しかったら大人しくするんだな」
金色の髪を揺らし、ゾロリは不敵に微笑んだ。首領はうめき声を上げるしか出来なかった。子分たちが慌てて駆け寄ろうとするがそれもゾロリが制した。
「お前たちも動くな! 動けばこいつの首を飛ばす!」
「お頭ー」
「お前ら動くんじゃないっ!!」
首領も、子分たちもまったく動けなかった。そこにミリーの呪文が飛んでくる。
「ワナワナビーナロープデポン!!」
ぽん、と軽やかな音がして現れたロープが首領以下5人をしゅるしゅると縛り上げた。転がった首領をゾロリは女王様よろしく踏みつける。
「汚ねぇ手で気安く触るんじゃねえよ、下衆が!!」
そのままがすっと蹴り飛ばすと首領はなぜか嬉しそうに転がっていった。
「キモっ…」
ミリーとゾロリは全く同じ感想を漏らした。解放されるのだとわかった客は一斉に歓声を上げそうになったが、ゾロリとミリーはそれを制した。階上にまだ一味が残っているだろう。
「必ず助けるからもう少しそのままで待っててくれ」
そう言ってちゃっとLサインをきってウインクしたゾロリに数名の男性がおお、と声を上げた。そして非常階段に消えると今度はぐあっとかごはあっとか呻く声が聞こえてきた。ゾロリはあきれつつ階段を駆け上がった。
「ミリーさん、ほうきは?」
「デパートの駐輪場よ。他の国ではほうきは自転車やバイクと同じ扱いなの」
「駐輪場は…デパートの外だな。まあ、ほうきがなくても行けるだろう」
「大丈夫よ、魔法が使えるから」
ミリーがしっかり頷くとゾロリも頷き返した。これから1階の玄関を突破しなくてはならない。このフロアには1階から最上階までの客をすべて集めてあるらしい。ぱっと見イシノシもネリーもいないところを見ると無事に脱出したらしい。
「外とつなぎが取れるといいんだけど…」
「ゾロリさん」
「ん?」
壁に隠れて様子を見ていたゾロリの後ろでミリーがそっと囁いた。ミリーはすっと指を伸ばして一人の男を指した。長い黒髪で目元を覆い、細い煙草をふかしている。身を覆う黒衣がさらに彼を悪人らしく見せていた。
「あの男、知っているのかい?」
ミリーはこっくりと頷いた。
「ロジャー…先輩が追っていた指名手配犯です。魔法の森が封印されたので追跡を一時的に中止していたんですけどまた再開したと聞きましたから」
ミリーはまだロジャーを呼び捨てにするのに慣れないらしく、先輩、とわざわざ言い足した。ゾロリは苦笑したがそれも一瞬で、彼女の思考はすぐに黒衣の男に向けられていた。
「じゃああいつは魔法使い…」
「ロジャー先輩と同等か、それ以上の使い手です」
ミリーの言葉にゾロリははっと振り返った。ロジャー以上の使い手となると一筋縄ではいくまい、ましてやミリーの魔法など当てには出来ない。
「くそっ…」
ああいう男は首領が捕まったといっても馬耳東風だろう。まさに打つ手なし、だ。
「なんとかならないかな…」
「私、外に出てみます。1階にみんなが集められているのなら上の階には誰もいないはずですから、窓を探して出てみます」
「頼む。俺はもう少し様子を見るよ」
ミリーは急いで階段を上がり、ゾロリはその場に残った。
ゾロリには魔力がないから居場所を感知されることはない。だが見つかればどんな目に遭うのかわからない。
(ん? 魔法使い? ということは…外にロジャーがいる?)
一抹の希望が見えた気がしたがすぐに潰えた。人質を大勢残したまま突入してくるとは思えない。
(全く…)
「こんなところに狐がいようとはな」
「なにっ!?」
低いテノールにゾロリははっと上を向いた。瞬間、床の上に投げ出されていた。
「くっ…」
「どこから出てきたものか…」
打ち付けた体をゆっくり起こし、立ち上がる。ゾロリは目の前の男と対峙していた。普通の人間と魔法使い、勝敗は日を見るより明らかだ。ゾロリはその男との間合いを保ったまま動かなかった。いや、動けなかった。じりじりと追い詰められているのはゾロリのほうだ。
(蛇に睨まれたカエルってこういう気分か…)
「殺すには惜しい女だな」
「なっ!?」
ゾロリが振り返るまでもなかった。男はゾロリの背後にいて優しく彼女を抱き取っていた。
「な…」
「俺の女になれ、悪いようにはしない…」
男はゾロリの耳元に囁いた。彼女の体がびくりと震える。それを見た男はまた耳元で乾いた笑いを浮かべた。
「震えているのか、可愛いな…」
「ちがっ…離せっ…誰がお前なんかっ…」
「強がるのは止せ…」
男の手がゾロリの胸元に伸びた。ゾロリは押さえつけられているせいで指一本動かせない。このまま男になされるがままになるのかと思うと悔しくてぎりっと唇を噛んだ。
そのときだ。さらに背後から何かが飛んできて、男はゾロリを突き飛ばして間一髪でよけた。ゾロリの身は床に投げ出され、その衝撃を受けることはなかった。
「…ロジャーか」
「久しぶりだな、クロウ…」
ゾロリは力の入らない体をなんとか起こしながら男二人の対峙を見守っていた。
「ゾロリ、大丈夫か?」
「ああ、なんとか…」
彼女の言葉にロジャーはふっと頬を緩めた。そしてそっと手を払う。ここを去れといっているのだ。ゾロリはゆっくりと遠ざかっていく。それを見届けてロジャーは再びほうきを構える。
「どこから入ってきた?」
「屋上からだ。2階まで来ればここに降りてくるのは造作もない」
「そうか…まあ、俺にとってはこの強盗なんて茶番劇だ。ロジャー、お前を殺す!!」
クロウがロジャーに飛び掛る、ロジャーはほうきを構えてクロウの攻撃に備える。魔法の力が飛び交う後ろでデパートの客は全員退避していた。
弾ける鮮緑の魔力が黒い雷に消される。間髪置かずに雷がロジャーを襲い始めた。
「くそっ…」
「ロジャー、お前はいつも詰めが甘いっ!!」
ロジャーは上から雷が降ってくるのだと思い、頭上にバリアを張った。しかし雷は降って来なかった。変わりに正面から拳に黒い閃光を蓄えたクロウがロジャーの鳩尾を狙っている。
「ロジャー!!」
それは一瞬の出来事だった。二人の間に飛んできた何かがクロウの電撃を弾いたのだ。
「なにっ!?」
「今だ!!」
ロジャーもクロウ同様に拳に魔力を集めて一撃を叩き込むとクロウの体がくの字に曲がって吹っ飛んだ。
「ぐはっ…」
ロジャーは荒く息をつき、クロウは膝を突いて腹を押さえていたが耐え切れずにそのまま突っ伏した。
「ロジャー、大丈夫か?」
「ゾロリ…逃げなかったのか?」
駆け寄ってきたゾロリを見とめてロジャーは相変わらずの口利きだ。きつい言い方だったのにそれでもゾロリは嫌な顔せずにロジャーを支えた。
「助けてやったのにそんな言い方はないだろう?」
「どういうことだ?」
ゾロリはさっと足元を指した。そこには黒くこげた金属片が転がっていた。
「これは?」
「99.7%の銀だよ。逃げる店員さんが自信を持って言ってたからさ。純銀は魔封じの道具だったよな?」
そういってゾロリはいたずらっぽく片目を閉じた。ロジャーもつられて微笑む。
「君にはまた助けられたな」
「そのかわり魔法の国で弁償しておいてくれな」
「ふん、いいだろう。犯人逮捕に協力してもらったからな」
ロジャーはゾロリの手を離れて伏しているクロウに銀の手錠を架けた。
「2月14日、17時55分。指名手配犯クロウ確保」
がちゃり、と金属の音がした。



出てきたロジャーとゾロリをそれぞれが迎え出た。
ロジャーはミリーとネリーに。
そしてゾロリはイシシとノシシに。
「せんせー、よかっただよ〜〜〜」
「お前たちも無事でよかった〜〜〜」
師弟は再び無事に会えた喜びに抱き合っていた。双子は目から涙、鼻から鼻水を出していてべとべとだった。それでもゾロリは双子をぎゅーっと抱きしめた。
「ゾロリ」
優しいテノールにゾロリはふっと顔を上げた。そこには会いたかった顔が微笑している。
「ガオン…っ…」
ゾロリは双子をゆっくりと放すとそのままガオンに抱きついた。
「ゾロリ……無事でよかった…」
「助けに来るのが遅いんだよ、バカ…」
それでもゾロリは大事な恋人の腕で嬉しそうに微笑んでいた。
しかしそんな甘い空気もつかの間であった。警官の一人がゾロリを見つけて近づいてきたのだ。
「あの…ゾロエさん? ゾロエさんじゃないですか?」
「へ?」
ゾロリがふと顔を上げるとそこには犬のおまわりさん、イヌタクが懐かしそうに立っていた。
「よかった…ゾロエさん。ゾロリにさらわれた後どうしたのかと心配してたんですよ。ああ、ぼくはあの後結婚しちゃったんですけどね」
「いや、それは知ってるけど。俺…じゃなくって、私はゾロエじゃありませんよ?」
明らかにしらばっくれているゾロリにイヌタクはなおも追及の手を緩めない。
「いいえ、ぼくがゾロエさんを見間違えるはずはありません!!」
キラキラと瞳を輝かせるイヌタクに、ゾロリはイシシとノシシ、それにガオンを伴って逃げ出した。
「逃げろー!!」
「ああっ、ゾロエさん!!」
「ゾロリ、どこへ行くんだ!?」
「ゾロリだって?」
やがて現場は再び大騒ぎになり、警官は一斉に彼女らを追い始めた。
残されたロジャーたちはきょとんとその背中を見送った。
「なんなのかしら?」
「呼ばなければよかったかな…」
ロジャーの一声が『ゾロリ逮捕』という警官全員の闘争心を煽ってしまったのだ。つい忘れそうになるが彼女は世間を騒がす『かいけつゾロリ』なのだ。
「ゾロリさん大丈夫かしら」
「なに、今回は被害者だったんだし、何より犯人逮捕に協力しているんだ。それに彼女なら逃げおおせるさ。それより…ミリー」
「はい?」
「君が無事でよかった」
取り合った手にはただ幸せがあった。見つめあう瞳には優しさが溢れていた。



なんとか警官を振り切って4人は荒い呼吸を整えていた。
「あーあ、もう、ロジャーのやつ…」
「なんで私まで…」
流れでつい一緒に走ってきたがガオンには逃げる理由などない。ましてや母親を置き去りにしてきてしまった。警護の人間が何人もついているから心配はないが、自分が急にいなくなったのを気にしているかもしれない。
「ゾロリ」
「ん?」
「君はこれからどうするんだい? よかったら城に来ないか?」
ガオンの申し出にイシシとノシシはじゅるりとよだれをすすった。二人はガオンのお城=ご飯だと思っている。しかしゾロリは悩んでいるように見えた。
「どうかしたのかい? これから予定でも?」
「そうじゃないんだ…」
ゾロリはくるりと背を向けた。ガオンはそっと肩に手を置く。でも彼女は振り返らなかった。
「…お前のところに、行ってもいいのか?」
「もちろんだ。私はずっと君を待っていると言っただろう?」
「…俺はお前になもにしてやらないのに?」
「ゾロリ…」
彼女の言葉にガオンは苦しそうに目を閉じた。そんな彼を見てゾロリは微苦笑する。
「今日はバレンタインなんだよなー。んでお前にもチョコあげよっかなって思ったんだけど…」
「それは嬉しいな」
「でもあの騒ぎで用意できなかったんだ。それに…俺じゃたいしたことが出来ない」
風がさあっと木々を揺らす。悲しい音が冬の日をさらに冷たく響かせた。
「ゾロリ…私は君がいればいい」
「そんなに優しくするなよ。俺は…」
自分の中で変わり始めたのは冬のあの日。雪の中で出会った白銀の鮮やかな世界。
その瞬間、二人の世界が始まった。
「急にそんなこと考えたんだ…俺はやっぱり」
言いかけたゾロリの体が急に宙に浮いた。
「んにゃ!?」
驚いてあげた悲鳴はまるでネコ。ゾロリはじたばたと暴れるがその腕からは逃げられない。
「なにすんだ、ガオン!!」
「せんせー」
ゾロリを抱き上げて歩き出したガオンにイシシとノシシも慌ててついていく。
「面倒だからこのまま連れて行く。なに、君より甘くて美味なチョコなんかこの世にはないさ」
「ガオン…」
「君が私のことを思ってくれている。それだけで嬉しいんだよ」
ぎゅっと寄せられる体が温かくて優しくて。ゾロリはそっと目を閉じた。
「ばか…」
何のかんのと言いながら、ゾロリの尻尾は嬉しそうに振られていた。



君のために出来ることがあるなら
それはずっとそばにいること



「あら、ゾロリ王女」
「お久しぶりです、シンシア女王陛下」
ガオンが連れて行ったのは母親が待つ車だった。お忍びと言いつつロングリムジンなのが笑わせてくれる。
「どうなさったの? ゾロリ王女に失礼では?」
ガオンがゾロリを抱き上げているのを見たシンシアはそっと息子をたしなめる。ふたりはそっと笑いあった。
「いえ、実はゾロリ王女もお忍びでデパートにいらっしゃったのですが、あの騒動に巻き込まれてお疲れなのです。なので失礼かと存じましたがこうしてお連れしたのです。ご無礼を、ゾロリ王女」
そういってガオンはゾロリをゆっくりと座らせる。ゾロリも女王の手前しっかり王女様のふりをした。続いてイシシとノシシもゾロリのお供としておとなしく乗り込んだ。最後にガオンがシンシアの横について車を出させた。
「大変でしたのね、ゾロリ王女」
「ご心配いただき、痛み入ります」
肩がこる話し方もガオンの部屋に入ってしまえば終わる。それでもボロを出さないあたりは流石だなと、ガオンは改めて感心していた。
「つ・疲れた…」
「ご苦労様、ゾロリ王女」
柔らかいベッドの上に突っ伏したゾロリをガオンが優しく撫でた。強盗事件の件で疲れたのは確かだろう。
彼女を欲しいとは思うが今日はゆっくり寝かせてやろう。
ゾロリは既に寝息を立てていた。
「おやすみ、ゾロリ…」
自分を思って悩んでくれる、そんな彼女が激しく愛しい。
くーくーと穏やかな寝息と寝顔がそばにいてくれるだけで安らぐ。
ガオンは夜着に着替えるとそのまま寝入ってしまったゾロリをちゃんと布団の中に入れる。そしてもぞもぞと彼女の横にもぐりこんだ。
「んにゅ…」
寝返りを打ったゾロリがガオンにぽわっと抱きついた。
柔らかな体がガオンの顔を、心を和ませる。
「私は君の抱き枕かい?」
そっと頬に口づけてガオンもゆるりと目を閉じた。
「とても幸せなバレンタインだよ、ゾロリ…」
「ガオン…」
小さな寝言さえ愛しい。愛しい気持ちが溢れてくる。




なんにもなくったって君がいれば幸せ



さあ、甘く優しい恋のために
出来ることをしよう






≪終≫






≪トンチキな日≫
バレンタインを浮かれトンチキな日だと銘打っている私www でもこんな話を書いちゃうのですwwww
さりげなくガオゾロ、そしてロジャミリ。んでほんのりロジャゾロwwww うはwwww んでイヌタクくんとかいるし。
あー、もしかして『かいけつゾロリ』シリーズではじめてアクションとか書いたかも。拳銃のパーツの名前がわからなくてかなり困りました。喉元にナイフを突きつけるせんせww いつか書いてみたかったんですよ。で、他の男になんかされそうになるせんせも書いて見たかった。今回はいろんな『やりたかった』が出来て嬉しいです。注: 文字用の領域がありません!

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