色彩鮮やかな季節はきっと〜ある夏の日





蝉の鳴き声がじわじわと暑さを加速させる昼下がり、すっかり日焼けした少年がスポーツバックを袈裟懸けにして歩いている。もうすぐ夏休みだというのに少年は少し茶色がかった髪もしょんぼりとうなだれていた。
暑いのかシャツのボタンを3番目まで開けて襟元をだらしなく広げている。
「……せっかくの夏休みー」
「それは私の台詞。なんで私まで星矢の補習に付き合わなきゃならないの」
白いセーラー服に紺色のリボンとスカート、白い膝丈のソックスとスニーカーは正統派女子中学生の証。少女も星矢と同じバックを持っていたが彼女は持ち手を短くして提げている。
「その文句はサガに言ってくれよ、瞬」
「先生。サガ先生って呼びなさい。仮にも担任だよ」
瞬の小言も最近は馬耳東風、すっかり風通しがよくなったようで、星矢はへいへいと適当に返した。
「まったく……」
瞬はほんの30分前のことを思い出してた。
わざわざ校内放送で瞬は星矢と共に職員室に呼び出された。呼び出した張本人、担任のサガはふたりを見て思いっきりため息をついた。目の前に数枚の紙を投げ出す。それは数日後に配布を控えた通知表だった。
「星矢。この数学の成績はなんだ、担任として恥ずかしいぞ」
「だってわけわかんないもん」
「口答えをするな。他の教科も決していいとは言えないぞ。体育以外は1か2じゃないか。いいか、夏休みに補習だ。私も毎日来てやるからありがたいと思え」
学校の先生に夏休みはない。児童や生徒が学校に来ていなくても仕事はあるのだ。
星矢が不満の声を上げているのを瞬はいやな予感で見ていた。
「瞬、お前も補習だ」
同じように言い渡された瞬は珍しく抗議の声を上げる。むしろ予感的中。
「何で私まで!?」
サガは瞬に対しては申し訳なさそうな視線を向ける。
「確かにお前は音楽以外は申し分ない成績だ。期末テストも学年でトップだ」
「じゃあなんで」
「お前が星矢のお守りだからだ」
瞬はまたため息をついた。なにかというと一緒に職員室に呼び出されるのだからたまらない。星矢がガラスを割っても級友と喧嘩をしても必ず『監督不行き届き』と叱られるのだ。
「私の夏休み返して!!」
瞬が星矢の腕を掴んで力任せに揺する。星矢はあわわと声を上げた。
「星矢がちゃんと勉強してればこんなことにはならなかったのにーっ!!」
「カバンを振り回すな!」
「知らない!! 星矢が悪いんだからあ!!」
亜麻色の髪を乱し、半分泣きながら抗議する瞬に星矢は何も出来ないまま逃げ出した。
そんな中学生の様子を青年がふたり、端から見つめている。
「瞬……可哀想に」
この暑い中、黒のスーツでうろうろしている黒髪の男は瞬に懸想している大会社の社長。車で通勤中に見初めたとかで今日も彼女の学校帰りを狙っている。聞けば誰もが知っているという彼の名は冥王ハーデス。
そのハーデスを牽制するのが同じ年頃の青年だった。
「うちの生徒に触るな、節穴ロリコンめが」
「お前に言われる筋合いはないぞ、このふしだら教師めが」
金色の髪の青年は星矢と瞬の担任とよく似ている。それもそのはず、彼はサガの双子の弟でカノンという。
カノンは新入生の就学書類の中からまるでそれが運命であったかのように瞬を見つけ出した。そしてふとした偶然から瞬本人を見かけて一瞬で恋に落ちた。要するに一目ぼれだ。そんなわけで1年生の担任をしたいと希望したが校長のシオンがいろんな意味で危険だというので3年生に回されてしまった。3年生には瞬の兄の一輝がいる。
「あと3年もすれば瞬は法律的には余と婚姻を結ぶ事が出来る。お前はさがっておれ。教師と教え子、それも卒業後を狙うなど教師にあるまじき行為と知るがよい」
「今、追い掛け回すよりマシだ!」
ばちっと火花が飛ぶ。暑いんだからやめてくれと蝉が大きく鳴き出した。



「望ちゃん!」
紫苑色の髪も鮮やかに藤花の少女が走りよってくる。踝まである長い髪を涼しげに編んでいる彼女とは高校に入ってから知り合った。
「シグナルではないか。クラスが違うからめったに会わんのう」
「えへへ。でも部活で会えるよ」
同じ剣道部に所属するふたりは姿かたちこそ違えど声はよく似ていた。
160センチのシグナルに対し、呂望は150センチ程度しかないため、呂望はシグナルを軽く見上げている。
呂望の漆黒の髪が夏の光をきらりと弾いた。
彼女らが所属する剣道部の4つ上の先輩がシグナルの恋人、コード。そしてまだ中学生だがのちに一つ下の後輩として所属することになるのが呂望の恋人、黄天化。
そしてふたりは剣道部内でその容姿も実力も伯仲する二大剣姫だ。まだ大会に出ていないので成績は残していないが、ともに中学時代は優秀な成績を残している。
「夏休みの合宿、行くよね?」
シグナルの言葉に呂望はうんと頷いた。
「兄がうるさく行程表を出せと言っておったが」
「うちもだよー。オラトリオもパルスも同じ高校の同じ剣道部にいたんだから伝統の夏合宿のことは百も承知のはずなのに」
呂望は一男二女の末子、シグナルは三男二女の次女で4番目。共に上にうるさい兄を抱えている。
「大事な大会の選手選考も兼ねておるのに」
「私、望ちゃんには絶対に負けない」
シグナルの紫水晶の瞳が呂望を鋭く捉えた。鮮緑の瞳がそれに応えるようにきらりと揺らめく。
「当たり前じゃ。いくら友でも選手の座はわしがもらう」
ふたりはにこっと笑いあうと、がっちりと腕を腕とをぶつけ合った。友として同じ戦場に立つという乙女たちの誓いだった。
「1年生で一二を争うあなた達がそんなに頑張っているなら、私も負けられないわね」
さらり、と風が藍色を運ぶ。腰まである艶やかな髪は結っていないのになぜか涼やかだったのは彼女が持つ雰囲気のせいかもしれない。
ふたりはあっと声を上げた。
「クリフト先輩!」
現在3年生の彼女は剣道部の先輩であり、生徒会の副会長も勤めている。隣には栗色の髪のアリーナも立っていて暑そうに手扇で自分を扇いでいる。アリーナはクリフトと同じ3年生、生徒会の会長だ。
クリフトはにこりと笑った。
「私たち3年生は今度の大会が最後になるわ。絶対に負けられない相手がいるのよ……」
それが誰なのか、シグナルと呂望にはわかっていた。
他校の誰でもない、自分自身こそが敵だとクリフトはいつも言っていたからだ。
穏やかな笑顔に秘めた闘志を肌で感じながら、ふたりはクリフトを見つめている。彼女こそ、目指すべき憧れ。
「クリフト、そろそろ会議の時間だよ」
「そうですか、では参りましょう」
ごきげんようと会釈してクリフトは先を行くアリーナを小走りに追う。
試合の最中はあんなに激しい闘志を漲らせる彼女も戦場を離れれば普通の女性だった。
そんな後ろ姿を見送ってシグナルがそっと呟いた。
「アリーナ先輩とクリフト先輩、付きあってるって本当かな」
「ああ、それは本当らしいぞ」
「望ちゃん、何で知ってるの?」
シグナルの問いに呂望はんーとだけ言った。思い浮かべるのは無二の親友の顔。
「わしのクラスの普賢、知っておろう? わしの幼馴染なんじゃが」
「うん、空色の髪が綺麗な子だよね。確か化学部の……」
「その普賢が部室の窓から見たんだそうな。ちょうど向かいの生徒会室でふたりがキスしておったのを」
「おおおおお、なかなかやりますなー」
ちょっと茶化した言い方に呂望は小さく笑う。
「おぬしとて人のことは言えまい。駅前で『ずっと一緒がいい!』とか叫んでおったのは誰だ?」
呂望のツッコミにシグナルの言葉が詰まる。
シグナルの恋人は古桜のコード。今は大学生になっているがシグナルに剣道と恋の道を歩ませるこの男は彼女の幼馴染でもあった。ずっとずっと好きで、やっと告白して、今は晴れて恋人同士になっている。
そんな恋模様を呂望は面白そうに見ていた。
けれどシグナルも負けじと言い返す。
「望ちゃんだって。こないだ自転車にふたり乗りしてたでしょ。鼻の上にまっすぐ傷のある男の子。望ちゃんたらしっかり腰に手を回して抱きついていた」
「ああああ、あれは天化がしっかり掴まっていろと言うからだな」
言いながらふたりはなんとなく笑い出してしまった。
お互い幸せな恋をしていることは確かなようだ。
木々の間からこぼれる夏の日差しを避けるように二人は手をかざす。
「夏だねー」
「夏だのう……」
飛行機雲がまっすぐ伸びていく、その先に小学校がある。



「せんせーさよーならー」
「はい、さようなら。気をつけて帰るんだぞ」
「はーい」
1年生はもうすぐ最初の夏休みを迎える。わらわらと帰っていく子供たちを見送る、金色の髪を持つゾロリせんせはひまわりのような人だった。
「せんせーさよーならー」
「待て、イシシノシシ」
呼び止められたのは2年生の双子。鼻の横に可愛いほくろがあるのが弟のノシシだ。
「なんだか、せんせ」
「お前たち、今日プールの授業があっただろうが。ちゃんと持って帰らないと明日にはカビが生えてるぞ」
双子と同じくらいに屈んで脅すように言うゾロリに、イシシとノシシはぞおっと震えた。
カビだらけの水着を想像してなんとなくいやな気分になった。キノコでもはやしてみようかという考えは浮かばなかったらしい。ふたりは教室に水着を取りに戻った。
ふと、足が止まって引き返してくる。
「せんせ、今日も遅いだか?」
するとゾロリはイシシの耳元にこっそり囁いた。ゾロリと双子はわけあって一緒に暮らしている。
学校側に聞かれると面倒なことになる。あんまり聞かれたくない話ではあるのでゾロリはそっと耳打ちした。
「今日は職員会議なんだ。遅くなるからコンロンじーちゃんとご飯食べててな」
「わかっただ」
「せんせー、水着取ってきたー」
「よし。すぐ洗って日影に干しとくんだぞ」
「はーい」
「気をつけて帰れよー!!」
「はーい!!」
双子の元気のよい声に手を振りながらゾロリは職員室に戻る。夏休み中の児童の安全について話し合いをしなくてはならない。不幸な事故は未然に防げるものなら防がなくては、子供たちに未来はない。
ゾロリはうーんと背伸びをした。
「ゾロリ……」
燻し銀のバリトンにゾロリはくるりと振り返る。ダーティブロンドの髪は僅かな巻き毛で、少し長い前髪がサファイアブルーの瞳を隠す。おおよそ小学校の教師に向かない容姿だがそれでも保護者の受けはいい。
ゾロリの形良い唇が小さくその名を呟いた。
「ガオン……」
「……そろそろ返事をもらいたい」
「……ここで話すことじゃないだろ、ガオン先生?」
ゾロリの漆黒の瞳がきらりと金の光を弾いた。揺らめく狐の目は狼の男を捕らえて離さない。
職員室へと続く長い廊下のど真ん中、誰が来るとも知れないのにふたりは見詰め合っていた。ただそこに穏やかさも甘さもない。あるのは冷ややかさだけ。
「じゃあどこで話せばいい。君はいつも私の誘いを断って」
「まだ結婚する気はないって言ってるだろ」
「いつかはしてくれるのかい?」
こうして見つめう私がただ可愛いだけの女だったらよかったのにねと、ゾロリは薄く笑う。
「今はまだ仕事が楽しいんだ。それに……俺は人の愛し方を知らない」
「ゾロリ……」
彼女の両親は決して仲が悪いわけではなかった。ただ彼女の父親は仕事に熱中して家庭を顧みる人ではなかった。そんな父親はゾロリが幼い頃に蒸発し、ゾロリは母親の手で育てられた。その母親も数年後に過労で死んだ。
その後幼いゾロリは祖父であるコンロンに引き取られ、今日まで暮らしてきた。
彼女は家庭に恵まれなかった。
だから、怖い――失ってしまうことが。
この手に掴んだ幸せがぼろぼろと崩れ落ちてしまうことが。
「俺じゃなくったって、もっといい相手がいるだろう」
「じゃあ何で私と」
寝たのか、と問う唇を薄く冷たく笑いながらゾロリの指がそっと塞いだ。
「寂しかったから、かな。とにかくこれ以上の問答はごめんだ。職員会議が始まる」
結い上げた髪にガオンはそっと手を伸ばした。髪留めが落ちてばさりとこぼれる。
「あ……」
「……綺麗だ、ゾロリ」
太陽のコロナのように鮮やかな、ひまわりの花弁のように健やかな金色、絹のように滑る髪。
ガオンはゾロリを抱き、ゆっくりと口づけた。
「ダメ、こんなところで……」
「じゃあ会議が終わったあとゆっくりと。ね?」
約束だよと、ガオンはゾロリの額に自分のそれをこつんと当てた。
「……バカ」
ほんのりと頬を染めて上目遣いに見つめてくるゾロリが、ガオンにはやはり可愛らしく見えた。



そして翌朝。



「あれー、コード早いねぇ」
「シグナルか」
大学生のコードは時間割によって電車に乗る時間が違うため、会うことは珍しいと言えた。いくらシグナルが彼と同じ時間に乗りたくても登校時間が決まっている彼女には無理だった。
だからこういう偶然は嬉しい。コードの鮮やかな桜色の髪を見つめているだけで、それだけでシグナルは幸せな気分になれた。
「あ、もしかして前期試験?」
「まあな」
手すりに掴まっていたコードの横にシグナル。並べば絵になる花のようなふたり。
いつものカーブに差し掛かる少し前に、コードはシグナルの腰にそっと手を回して支えてやる。
「コード……」
そんなさりげない優しさが嬉しくて、シグナルの頬が淡く染まる。夏だというのにさらにお熱いことだ。
「……なんとかならんもんかな、このカーブは」
なんともならなくていいや、とシグナルはぼんやり思っていた。まっすぐに自分を見ないコードの横顔を彼女は惚れ惚れと見つめている。
急カーブに注意しろと言うアナウンスはもはやシグナルの耳には聞こえていなかった。
「いい感じだね、あのふたり」
「普賢……邪魔するでないぞ」
「望ちゃんたら。ボクもそこまで野暮じゃないよ?」
隣の車両の連結部の近くに髪を短くしたボーイッシュな少女ふたり。シグナルと同じ制服を着ている。
「アリーナ様」
「んー?」
さらにその車両の向こう側にアリーナとクリフトが乗っていた。
クリフトの細い手がアリーナの襟元を丁寧に直す。
「いくら暑いからって、だらしのないのは感心できませんね。お父上やファンの女の子たちが泣きますよ」
ほんの少し背の低いクリフトから優しい花の香りがした。
アリーナはクリフトを大切に思っている。できることならずっとずっと守っていたいと願っている。
この心に住む女性は亡くなった母親と彼女だけでいい――そう、今は。
「父上はともかく、他の女の子はどうでもいい。私には君がいればいい……」
電車が揺れた拍子にクリフトの額にアリーナの唇が触れた。
「あっ…ごめん…」
「……イタズラな電車ですね、アリーナ様」
できましたよ、とクリフトが顔を上げる。優しい藍色の髪と温和な笑顔が夏の陽光に煌いた。



「やべぇ!! 遅刻ー!!」
「もー!! 紫龍も氷河も兄さんもとっくに出たのにー!! 星矢に付きあって遅刻なんて絶対にいやだからね!!」
イチゴジャムをべったり塗ったトーストを咥えながら走る星矢の横で瞬はいつものように小言を並べ立てる。星矢をおいて先に行けばいいのにどうしてもそうできないのは担任のサガによってお目付け役に任命されてしまった責任感と彼女の優しさによるものだ。
角を曲がりかけたところで星矢と瞬は前方から走ってきた少し年上の少年と合流する。彼もまた遅刻寸前なのかシャツのボタンを止めつつ、パンを咥えて走ってくる。朝っぱらからホットドッグというのが星矢の上を行っている。
「やっべぇさ! 遅刻だー!! およ、城戸んとこの妹?」
「黄先輩も遅刻ですか」
「寝坊した。目覚まし鳴らなかった」
瞬が黄先輩と呼ぶのは黄天化のことだ。彼は兄一輝と同じクラスで、剣道部に所属している。夏の大会の成績如何によってはスポーツ特待生としての推薦を得られるという。
「俺も俺もー、目覚まし鳴らなくてー」
「星矢は自分で止めたあとでまた寝たんじゃないっ!!」
「あはははは、仲いいなー」
「笑ってる場合じゃないです!!」
あと3分でチャイムが鳴る。
急げと叫びながら3人は学校までの直線を走り抜ける。
校門にはサガとカノン、女性校長のシオンと教頭の童虎が立っている。
「ほれほれ、急がねば門を閉めるぞー!」
「荷物を放り込んでもダメだぞ、本人が校内に入れ!」
校長は毎朝これが楽しみだと言わんばかりにのんきに声をかける。
「じゃあ荷物捨てちゃえ」
「お。星矢は頭が回るな」
これで身が軽くなると天化と星矢はカバンを捨てた。少し後ろを走っていた瞬がぎょっとして立ち止まる。
「ちょっと!! カバン捨てていかないで!!」
瞬はふたりが捨てた荷物を拾って走る。何の罰ゲームだこれはと思わなくもない。
地味に皆勤賞を狙っている少女はそのとき流星になった。
自身のものも含めて3人分の荷物を抱えた瞬が星矢と天化よりも早く校門を潜り抜けた。これには担任のサガもカノンも驚きを隠せない。可憐で華奢なこの少女のどこにそんな力があるのか、と。
「セーフ! セーフですよね!?」
瞬は亜麻色の髪をさらりと翻し、キラキラと光る汗を拭った。これでもかと言わんばかりに清々しい笑顔だ。
シオンがぱちぱちと手を鳴らす。
「見事じゃ、瞬」
そういうとシオンは彼女が拾ってきた星矢と天化の荷物を敷地外の路地に捨てた。
「あーっ!! 俺の荷物ー!!」
「俺っちのカバン!!」
「うろたえるな、小僧ども」
シオンはからからと笑う。彼女の真の恐ろしさを知るのは童虎だけだ。シオンは星矢と天化に向けてひらひらと手の甲を振る。
「あと30秒じゃ。ほれ、早く拾いに行かぬか」
「チクショー!! 間に合ったと思ったのに!!」
少年たちは再び風になる。校門を出た瞬間にああ無情とチャイムが鳴った。
薄紫の羽根扇で口元を隠し、シオンはほほほと笑う。
「1年A組、城戸星矢と3年C組の黄天化は遅刻、と。担任の指導不足じゃ」
ちらと双子教師を見ると、ふたりはぎくっと肩を強張らせた。わーわー言いながらカバンを拾い、塀をよじ登ってくる星矢はサガの、天化はカノンのクラスの生徒だ。そんなふたりを童虎は竹刀で小突き落としている。
「瞬、そなたは教室に行くがよい」
「はい、それじゃ…」
少し不安げに星矢を見つめながら、瞬は小走りに校内に消えていく。その小さな背中を見送ってサガとカノンが同時にため息をついた。



それから15分後の小学校でゾロリはガオンと共に登校する児童たちを迎えていた。
「おはようございます、ゾロリせんせ」
「はい、おはよう」
いつものようにきっちりと髪を結い、薄く夏化粧をしたゾロリは優しい笑顔を子供たちに向けている。
襟元からちらりと見える赤い痕は昨日自分がつけたものだと、ガオンはこっそり笑った。
「ガオン先生、おはようございます」
「おはよう」
あの服の下に自分がつけた痕がまだあるのかと思うとそれだけでガオンはご機嫌だった。
チャイムぎりぎりで駆け込んできた最後の児童を迎え入れて、小学校はすべての門を閉ざす。
「ゾロリ」
「先生をつけろ、ここはもう職場だ」
ゾロリは公私混同しない女性だった。教師としての自分と一個人としての自分の線引きは非常に厳格だ。
その姿勢にはガオンも襟を正してしまう。
ただしそれはある例外を除いてである。イシシとノシシの前では彼女は同じゾロリだった。
「……ゾロリ先生、昨日は」
「職場だって言ってるだろ、わきまえろ」
ひらりと蝶の様に手を振ってゾロリはすたすたと職員室に戻る。少し寂しいガオンだったがゾロリの後ろ姿は正直だとにんまり笑う。
君が好きだと、尻尾が揺れている。
いつかでいいんだ、君が幸せを怖くないと思えるようになったときでいいから。
「……結婚してほしいんだ」
ガオンの呟きが蝉の声にかき消された。



「ハーデス様、本日の予定ですが」
「んー?」
最上階にある社長室に銀髪の女性が入ってくる。手には分厚い手帳とたくさんの書類を抱えていた。
彼女の名はミーノス、冥王ハーデスの秘書である。
適当な返事しか返さないハーデスに対し、ミーノスの目がキラリと光る。
「失礼します」
「あっ、何をする!?」
ミーノスがパソコンのデスクトップをぎぎっと自分のほうの向ける。
「止せ、ミーノス!! 余の瞬が壊れる!!」
パソコンには旅行会社のサイトが映し出されていたが、ハーデスの壁紙が盗み撮りした瞬の画像であることは知っている。が、その壁紙が日替わりで交代している事は知らない。
「夏休みのご旅行ですか」
「まだ間に合うと思ってな」
まじめに仕事をしているのかと思いきや、冥王は最愛の少女のためだけに動こうとしている。
「旅行先をお探しになるのは勝手ですがお誘いしたのですか?」
「………………」
ミーノスの言葉に冥王は無言で立ち上がった。
「行ってくる」
「お待ちください、ハーデス様。瞬様はただいま学業のお時間です。ハーデス様におかれましては10分後に来客でございます!」
「……ダメか」
「ダメです」
冥王はしょんぼりと皮張りの椅子に腰掛けた。ドイツに留学中のパンドラが見たら何と言うだろうとミーノスは考える。
パンドラは幼いころに事故で両親をなくし、ハーデスに妹として引き取られた。そんな彼女のためにハーデスはパンドラの故郷であるドイツに自分の腹臣とも言える部下二名をつけて送り出した。
「で、来客とは?」
「当社の新しい顧問弁護士となられますラヴェンダー先生がご挨拶にいらっしゃいます」
「確かまだ25歳だったな……」
ハーデスは手元の書類を繰った。先代の顧問弁護士が高齢で引退すると言うので新しい弁護士を紹介してもらったら、やってきたのが彼女だった。まだ若いが敏腕の弁護士、ハーデスは裁判記録も参照した上で彼女の採用を決めた。
目許が涼やかで理知的、耳元に揺れる水晶のイヤリングは中に薫衣草の花を閉じ込めたものだ。女史はシグナルの姉である。
「ところでミーノスよ」
「なんでしょうか」
「……どこに行けば瞬は喜ぶかな。やっぱりハワイか? それとも涼しいところで北極か?」
「極端から極端に走りますね……」
「余は至って真面目だ」
じゃあ真面目に仕事のほうもしてくれよと、ミーノスは心中深く突っ込んだ。



窓の外に黙々と膨れる積乱雲はまるで恋心のよう





子供から少女へ
少女から淑女へ


煌く金色の希望を生命に
標なき空に人の道を行く
藍色の風に祈りを乗せて
薄紅色の淡い恋をして
紫苑色の未来を夢見る



色彩鮮やかな季節はきっと女性たちを輝かせる






≪終≫






≪二周年企画≫
えっと、今回は二周年企画ということでクロスオーバー第二弾です。女の子メインのパラレル設定です。みんな実年齢に合わせたらどうなんだろうと思ったのですが合わせられたのはT・S組と星矢組だけだった_| ̄|○ 封神、DQ4、ゾロリメンバーは架空設定です。年齢設定ができないキャラばっかりだったよwww でも学園ものは面白そうだ。
機会があれば『色彩』シリーズやりたいと思います。注: 文字用の領域がありません!

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