冬、白い雪の頃 例えば、初めて君と出会った山の色 例えば、深い闇から君を抱いて逃げた夜の空 例えば、大好きな君と摘んだ花の香り 例えば、戦う君を包んだ羽根のぬくもり 例えば、無くした君の左腕の記憶 ねぇ、白い雪を覚えてる? 雪は白いものだなんて、そんなこと言わないでよ 私にとって大事な思い出なんだから 「なに? クリスマスだと?」 ジュデッカの玉座に座っていた男がげんなりと頬杖をついた。 クリスマスと言えばキリスト教における救世主の生誕した日である。つまり彼にとっては異教の聖人の誕生日を祝えと言っているようなものなのだ。 「余はギリシアの神であるぞ! そんな耶蘇の行事などに参加できるか」 手にしていた招待状をぴっと投げ捨て、彼はそっぽ向く。王神が捨てたそのカードを拾い上げ、パンドラがため息をついた。 「クリスマスにはおいでにならないのですね。わかりました、そのように瞬様に申し上げておきます」 「ああ……」 面倒くさそうにため息をついた彼がふと弾かれたように顔をあげ、退室しようとしていたパンドラを呼び止めた。 「パンドラ。今、そなたなんと言った?」 「は? ああ、瞬様にお断りのお返事を」 「来ておるのか?」 ずいっと身を乗り出す主神にパンドラはちょっと退きながらもこっくり頷いた。 「はい、トロメアでお待ちでございます」 「何故こちらに通さぬのか!!」 大声で言いながら彼は石段を駆け下りた。一路トロメアへまっしぐらだ。 「瞬様が、お返事だけいただければいいとおっしゃいましたので!」 「瞬ー!!」 恋しい少女に会うために突っ走る彼は冥王ハーデス。死者の国を司る王である。 当の瞬はトロメアでミーノスと共にお茶を飲んでいた。 「そうですか、また皆さんで集まってクリスマス会を」 「ええ、そうなんですよ。七夕に集まった時に今度はクリスマスに会いたいねって話になって、それで」 「七夕は楽しかったですからね」 イベントが大好きなのは女の子のセオリー。瞬とミーノスがアールグレイを口に含みながら笑いあっていた。するとドタドタと室内を駆け巡る靴音と、何やら叫ぶ男の声。そして制止するような女性の声も遠く聞こえた。 「瞬!! 瞬はどこだ!!」 廊下の外から聞こえてくる声が近づいてくる。瞬はやれやれとため息をついた。 「こうなるから会わないで帰ろうと思ったんですけどね」 「それだけあなた様をお望みなんですよ」 さあと背中を押され、瞬は部屋からひょこっと顔を出した。 「ハーデス?」 小鳥のような穏やかな声にハーデスが立ち止まる。くるりと首をめぐらせて瞬を見つけると、まっすぐに駆け出してきた。 「瞬、瞬」 まるで迷子になっていた子供が母親を見つけたときのように瞬にしっかりと抱きついたハーデスを見つめ、パンドラとミーノスは呆れたかのようにため息をついた。 「やはり、ハーデス様には瞬様なのだな」 「お似合いですものね」 見ればハーデスは瞬にクリスマスのイベントには絶対に出席するからと何度も告げている。瞬はにこにこ笑いながら、それでも彼の腕を振り払おうとはしなかった。 「ハーデス、分かりましたから。落ち着いて」 「余は落ち着いておる。きちんと正装してくるからな!」 「楽しみにしてますね。あ、そうだ」 「ん?」 帰ろうとしていた瞬が静かにハーデスを振り返る。彼女はつつっとハーデスに近寄るとその耳元に囁いた。 「一緒に行きましょう。いつものように私のところに来てくださいね」 優しい吐息に蕩けそうになるのをぐっと堪え、ハーデスはこっくりと頷いた。 そして彼女が帰ったあと、冥王はそばにいたパンドラに尋ねた。 「なあ、パンドラ」 「なんでございましょうか」 「……クリスマスとは、具体的に何をするのだ?」 異教の神様は異教のイベントにこれでもかというほど疎かった。 その頃、ゾロリはいつものように王女のフリをしてガオンの住まう城に入り込んでいた。 女王陛下を前にしても彼女の態度は変わらない。最初はいつ正体がばれやしないかと怯えていた事もあったのだが、今では女王の穏やかな仕草に亡き母の姿を重ねて懐かしんでいた。 ゾロリは目の前に置かれた色とりどりの菓子をゆっくりと口に運ぶ。 シンシア女王はそんなゾロリを見つめて微笑んだ。 「クリスマスのイベントに、ガオンをお誘いくださるのね」 「はい、ご都合さえ良ければ、ですが」 そう言ってゾロリは真っ白なカードを差し出した。カードには雪の結晶が浮かし出されている。 ステキなカードだと、シンシアは微笑んだ。 薄いピンクに染められたゾロリの爪、彼女の左手の中指に少し窮屈そうに填められている白銀の指輪はガオンが贈った物だ。 「会場は未定なのね」 「はい、七夕の時はとある富豪のお宅をお借りしたのですが……」 「ならばこの城をお使いになったらいいわ」 あっさりと言ってくれたシンシアに半ば驚きながらも、会場提供は思ってもみない申し出だったのだ。 「よろしいのですか?」 「ええ、特に公式行事も入っていませんし。なによりねぇ」 シンシアはさらさら滑る桃色の髪に手を当てながら、いつも笑みを絶やさずにいる。それが女王として君臨し、国を治めていく上で必要な事だったからだ。 ゾロリは彼女の言葉の先を静かに待った。 「なにより……なんでしょう」 「うふふ。なにより、賑やかなイベントは大好きなの!」 まるで少女のようにはしゃいでいるシンシア女王に苦笑しながら、ゾロリはやっぱり微笑まずにはいられなかった。何故なら彼女も賑やかなこと、楽しい事は大好きだからだ。 その白い招待状に会場名を書き加えたものがトッカリタウンに届けられた。 少女の手に握られたカードに、彼女の弟が手を伸ばした。 「へぇ、今年のクリスマスはお城でやるんだ」 「楽しみだねっ」 偏光する鮮やかな紫の髪はクリスマスのイルミネーションを背負っているかのように煌いた。 「クリスマス……かぁ」 そう言ってシグナルは窓の外を見た。広陵地であるトッカリタウンの冬は早い。12月に入った途端に雪が降り、つい一昨日浅く積もったばかりだ。 今日も天空は銀の欠片を落としそうに曇天を見せている。シグナルの横に一羽の猛禽、同じように空を見つめている。電脳空間では見ることも出来なかった天、どんな色でもそこにある限り空なのだ。 その桜色の羽根は今の季節には不釣合いなほど美しい。 窓辺の少女はその鳥を愛し、鳥は少女を永い刻の中に求めた。 妹たちが生まれ、仲間が生まれても彼の中の寂寥が消えることはなく。 けれど空色から紫苑へと色を変えて生まれ来る少女に出会った今、彼の中に溢れるのは愛しさだけ。 どうか強く、美しくと。 生きられなかった――生まれてくる前に死んでいった仲間たちのために。 「シグナル……」 「なあに?」 肩に止まった鳥を覗き込むその横顔、子供のようでいてどこか妖艶にも見える。コードは一瞬息の詰まるような何かを覚えたが、そのまま言葉を紡ごうとした。が、上手いこと出てこなかった。 「なあに、コード」 「……雪が、降りそうだな」 ありきたりな窓の外の風景、その予想図。 シグナルはただ、そうだねと応える。 最愛の妹の後ろでオラトリオが笑いをかみ殺していた。 雪の結晶のテクスチャ。真っ白なカードがオレンジの光に揺らめく。 冒険の旅は一休み、故国サントハイムに戻ったアリーナたちはひとときの休息を得ていた。 北の極地から吹く風を受けるこの国は月光花の季節を過ぎて雪に覆われている。 「アリーナ様、また愉快な催しがあるそうですわ」 「クリスマスねぇ……確か救世主がお生まれになった日だっけ?」 ベッドに寝転がり、神への敬虔さなど微塵も見せない王子に、クリフトの綺麗な繊手が額を打つ。 「痛っ」 「王子はもう少し神学のお勉強をなさったほうがよろしゅうございますね。今すぐ講義をいたしましょうか?」 笑顔が少し怖いんだけどと思いつつ、アリーナはがばっと起き上がった。 女性ながら司祭の資格を持つクリフト、彼女による講義は時として夜を徹する事もある。 アリーナの背筋が寒さ以外の何かに震えた。 「神学の講義はもういいよっ」 「あら、そうですか?」 藍色の長い髪をさらりと揺らし、少女は柔らかく笑う。からかわれたと思ったアリーナはクリフトを背後から抱きしめ、その白い項に口づけた。 「きゃっ!」 「後ろ取られるなんて、君らしくない」 「あ、アリーナ様……」 かあっと頬を染めるクリフトは王子の熱さを背中に感じながら、冬の一夜を過ごすのだった。 このときばかりは殷周革命もおやすみとばかりに、敵味方関係なく集まってお茶に興じていた。 「はぁ、冬でも食べられる桃はないかのう」 「缶詰があるよ、望ちゃん」 「これで我慢するか」 普賢が差し出してくれた缶詰を受け取って、呂望はよいこらしょと缶を開けた。缶切りが要らないタイプは便利だ。そこに竜吉公主がやってきて白い小箱を差し出した。 「太公望よ、私の住まう鳳凰山ではいつでも桃が取れるのだぞ。その桃でタルトなるものを作ってみた」 「おお!」 既に缶詰を秒殺していた呂望は桃のタルトに大喜びだ。 竜吉公主はそんな彼女の笑顔を見るだけで幸せだ。作ったのが彼女本人ではないということはこの際黙殺しよう。一口サイズに切り分け、食す呂望の唇に公主はうっとりと見惚れている。危ない人だ。 「美味いか」 「うむ、美味じゃあ」 蕩けそうな笑顔にそばにいた普賢も良かったねと微笑む。公主が呂望をかわいく思っていることは周知の事実なので誰も突っ込まないし喧嘩も売らない。 敢えてそれが出来るのは申公豹と妲己くらいのものだろう。だが彼らをしても絶対に勝つ事も出来ない男がひとりいる。 「美味そうなものを食べておいでだな、軍師殿」 老いてなお雄々しく、凛と通る声に呂望はひょこっと顔をあげた。老賢王と称され、のちに周の初代王・文王として諡号される彼の名は姫昌という。 姫一族の守護色である赤、その中でも深みのある臙脂を纏う彼は呂望の初恋の男だ。 呂望は思わず咥えていたフォークを抜き、口元をこれでもかといわんばかりに丁寧に拭いてから彼に自分の隣を進めた。 「姫昌、おぬしも食べるか?」 「ええ、いただけますものなら」 呂望はいそいそと小箱から新しいタルトを取り出して皿に乗せ、彼の前に置いた。 すっかり恋する乙女のような呂望の姿。そんな呂望が可愛いやら、姫昌が憎いやらでまさに愛憎入り混じる竜吉公主、申公豹、そして妲己。 そんな複雑な空気に招待状を持ってきた王天君が珍しく狼狽していた。 さて、それぞれに招待状が回ったところでガオンの住まう城では準備が行われていた。 女王の独断、王子不在で決定されたクリスマスパーティーの会場にはゾロリが自ら仕掛けを施している。 どうなるかは当日まで内緒なのだと、彼女は笑った。 「私の不在中に君は……」 「お前のママさんがいいって言ったんだぞ」 「ぐっ……」 ひとこと文句を言ってやろうかと思ったのだが、母とはいえ女王陛下の決定したことではあったし、なによりクリスマスという特別な日に一緒にいられるというのが嬉しくて。 たったそれだけのことで納得してしまう自分もなんだかなーと思いつつ、彼は会場を後にするのだった。 入れ違うようにギリシアの聖域から聖闘士たちが、冥界からは冥闘士たちが、そして中国から童虎とシオン、それに仙道たちがぞろぞろと会場のセッティングの手伝いに現れた。 「やっほー、ゾロリちゃーん!」 特製の高い脚立に乗っていたゾロリが下を振り返る。ぶんぶんと手を振りながら妲己がふわりと飛び上がった。 真紅の衣に魅惑的な身体を包み、妲己はにこりと笑う。 「ああん、ゾロリちゃんたら。また面白い事を企んでいるのね!」 「企んでるだなんて人聞きの悪いな、妲己姐さん。計画してるって言ってほしいよ」 同じ眷属、金色の狐たちは楽しそうに世界を渡る。 妲己はゾロリの頬に自分のそれを合わせた。白く柔らかい肌の感触にふたりは互いにくすぐったそうに笑った。 「くすぐったいよ、姐さん」 「うふふふふ、で、なにを作ってるのん?」 「内緒。でもとびっきりの仕掛けだよ」 そういってウインクしてみせたゾロリに満足を頷き、妲己は頑張ってねと彼女の頬に真っ赤なルージュのあとを残した。 「もー、妲己姐さんは……」 そう苦笑して頬をなぞると指先を染めたのはやはり彼女のルージュ。 もう少しで完成だからと、ゾロリは腕をまくった。 黄金聖闘士たちがそれを見つめている中、脚立の下で何やら白い紙を切っている子供たちがいた。 「できましたぁ!」 3歳くらいの小さな女の子が連なる雪の結晶を披露して見せると、そばにいたイノシシの双子から感嘆の声が上がった。小さな手、子供用の先の丸い鋏でよくぞこれほど精密な結晶が作れたものだと、シュラが目を見張った。 こうなると聖剣の持ち主である彼女の血が疼く。 「わ、私もいいかしら!?」 その場にぺたりと座り込んだシュラはわくわくしながら紙を折り、素手で雪の結晶を作っていた。心なしか目が輝いている。 同じくギロチンの女王、アルラウネのクイーンまでも子供たちに混じって紙を切り始めた。 シュラがここまではまりきってしまったので一同は彼女を放ってそれぞれ出来そうな事を探すのだった。 ちなみにアフロディーテの姿は既にない。彼女はガオンと薔薇談義の真っ最中だったのである。 会場の飾り付けにはアルデバラン、オラトリオやオラクルなどの大柄な男性陣が高いところを担当している。 女性陣はゾロリと、切り紙細工に夢中な二人だけを残して厨房へと下がっていった。 厨房には既にデスマスクとミロが入っていて、料理に腕を振るっている。 火が苦手なみのるはできた料理の盛り付けに徹していた。幼い頃酷い火事に遭い、両親をなくした彼女にとって炎はどんなに小さくてもトラウマで、過去の忌まわしい記憶を呼び覚ます。 だけど愛する家族のために少しでも料理に携わりたいという彼女の願いはどこまでも純粋だ。 そんな彼女のためにデスマスクは炎を上げそうなときは面倒でもみのるに声をかけてやるのだった。彼は元来優しい男なのである。 一方、別室では冥闘士のバレンタインがケーキ作りに奮戦していた。 ツリーと共に今回のメインとなるクリスマスケーキは3ヵ月も前から仕事の合間をぬってデザインをしてきたものだ。 高さ3メートルという巨大なケーキゆえに細部に気を使う。ミューのサイコキネシスで身体を浮かしてもらいながらの作業だ。ミューが疲れてくるとムウやシャカも手伝ってくれるので順調な仕上がりを見せている。 こうして着々とクリスマスの準備は整っていくのであった。 そして迎えたクリスマスイブ。前日から日付を越えて催されるパーティーのためにお昼寝をしていた子供たちもぞろぞろと起き出し衣装に着替え始めた。 瞬と一緒にやってきてウキウキしていた冥王は瞬が着替えに行ったまま戻ってこない事を不審に思っていたのだが、そのままパーティーの開始時刻が来てしまった。 「瞬はどこへ行ったのだろう……」 刻限になっても探しに来なくていいと言われたので動くに動けない冥王様、すっかり鎖の王女の尻にしかれている。 薄暗い会場の真ん中に据えられた屋根付きの小さな舞台。そこにぱっと明かりがともされ、一同の視線が向く。 冥王は目を見張った。 その舞台の端に座っていた女性、ベールをかぶっていてもそれが瞬だとすぐに分かった。ちなみに彼女の後ろの馬は邪武である。瞬は赤ん坊役のおばけ姿のプッペを抱いていた。 これはキリスト生誕の寸劇だと、誰もが理解できた。 プッペが扮した赤子の救世主が瞬の腕の中で産声をあげる。 彼女に受胎を告知したガブリエルにはクリフトが、救世主の生誕を祝う聖人にはシグナル、呂望、ゾロリの三人が扮し、穏やかで神聖な雰囲気の中に劇は続く。 暴君の手を逃れた我が子を抱き、産みの苦しみなどなかったかのように微笑む聖母マリア。 救世主の生誕日は冬至であり、それはやがて訪れる春への心でもあった。 「主よ、人の望みの、歓びよ」 クリフトの凛とした声にステージの明かりが消される。 その傍らに金色の女傑、アイオロスが矢を番えた。天井に吊るされていた大きな星を射抜こうと弓を引く。 そしてまっすぐな軌道を描いた矢が星を射抜くと、そこからたくさんの星が降ってきた。 「うわぁ……」 きらきらと光りながらふわふわと舞う星はすべて風船で出来ていた。それをさらにアイオリアがライトニングボルトで次々に割っていく。今度は紙で出来た小さな雪の結晶がぱらぱらと降ってきた。 凝った趣向に感嘆の声を上げ、子供たちは歓声を上げながら星を拾う。 「これ、あたしが作ったんですよ」 「上手じゃん」 「えへへ」 オラトリオの頭に乗っていたちびちゃんが誉められて嬉しそうに笑う。鳥型のコードはいつしか人の姿になっていて、舞台に上がっていたシグナルを出迎えた。 「ただいまぁ」 「まあおかえりなさい、<A−S>。とっても可愛かったですわ!」 コードよりも先にシグナルを抱きしめたのは彼の妹のエモーション。女郎花を擬人化したかのような少女はシグナルの後見を名乗って憚らない。いつも熱い抱擁をくれる電脳の母に苦笑しつつ、シグナルは衣装を変えに別室に移動していった。 「ふええ、緊張したっピ」 「私もだよ。でもプッペくんが赤ちゃんの役を引き受けてくれてよかった」 人形じゃ雰囲気が出ないもんねと、瞬は優しい笑顔を見せて白い彼を撫でてくれた。 弱く、小さく、名前もなかった自分。そんな自分を変えてくれた旅、そしてゾロリとイシシとノシシ。彼らではない誰かに誉められるのは照れくさくて、でもとても誇らしかった。 その優しさと温かさをどうかそのままに、強く大きく育ってほしい。端で待っていたゾロリに気がついたプッペが瞬としっかり握手をしてから去っていった。 「おーい、瞬、着替えにいかんかあ?」 「あ、行きますぅ」 クリフト、呂望と連れ立って出て行く瞬の後ろに冥王様、ちゃっかりついていっている。 パーティーは立食と決まっている。 席を決めると移動できないし、席順でもめるのが目に見えているからだ。 会場の中央にはツリーと、その横にはバレンタインが苦心したホワイトチョコによる3メートルのケーキが並んでいる。チョコと聞いて、チョコに目のないちびシグナルが荒い鼻息とともによだれを流し、信彦に連れていかれるという光景もあった。 アリーナは会場を貸してくれたシンシア女王への挨拶を終え、クリフトを待っていた。天使ガブリエルに扮した彼女は本当の天使に見えるほど美しかった。 「綺麗だったなぁ……」 百合の花を捧げ持った知識の天使はまさに彼女自身ともいえるだろう。 世界を救うと誓って戦いに身を投じたアリーナ王子。そんな自分を案じて身も心も捧げてくれたクリフト。彼女の主は神でも王でもなく、王子である自分なのだ。 だから彼女の主として、自分はクリフトを守り抜かなくてはならない。 一人の女性も守れないで、なにが世界だ。 「王子」 銀の珠振る鈴の声に、アリーナは彼女の名を呼びながら振り向いて言葉を失った。いつもは下ろしたままの長い藍色の髪をあでやかに結い上げ、薄く化粧を施したクリフトの姿はどこの姫君かと思えるほど高貴で美しかった。 「クリ……フト?」 あまりの変わり様に声も出ないのか、アリーナは呆然と彼女を見つめていた。 身を包む緑色のドレスはぴったりとその身を包んでいる。胸元は大きく開いているのにいやらしく見えないのは奥ゆかしく輝く真珠のせいか。 しかし肝心のクリフトは普段全く着付けないドレスに困惑しているようだ。 「なんか、恥ずかしいですね……」 幼い頃の彼女を知っているブライは綺麗に着飾ったクリフトに感動して滝のように涙を流している。 「いや……すっごい綺麗」 「ありがとうございます、王子……」 薄く頬を染めながら俯くクリフトの手を取って、アリーナは静かに彼女を導いた。 「裾を少し摘んだら歩きやすいよ」 「はい」 クリフトはアリーナの差し出した腕に手を添え、静々と歩く。 その頃衣裳部屋ではクリフトを送り出した黄金聖闘士の女子たちが舞台に立っていたプチ女優たちをメイクしなおしていた。アフロディーテがメイクを、カミュがネイルを、シュラがヘアメイクを担当している。 瞬にくっついてきていた冥王は邪魔だからと廊下に放置されたままだ。 「はい、シグナルちゃんあがりっ」 「ありがとうございます」 彼女もクリフトと同じように下ろしたままにしている偏光紫の髪をふんわりと結い上げ、可愛らしいイメージで統一した。桜色のドレスも鮮やかに、シグナルは自分を飾ってくれた淑女たちに丁寧に頭を下げた。 そして迎えに来た信彦、それにコードに連れられて部屋を出る。 「さ、残りもさくっと終わらせますか!」 ゾロリは自分でメイクが出来るので自分のはさっさと終わらせてほかを手伝っている。変装のプロともいえる彼女のメイクの腕はアフロディーテに勝るとも劣らない。 髪の短い呂望は敢えて手を入れず、化粧も薄く施した。そして持参してきた蒼いチャイナドレスに袖を通す。 「うわぁ、望ちゃん可愛い!」 そばにいた普賢がにこにこと笑う。が、普段はあまり化粧をしない呂望は唇が気になるようだ。 「なあ、普賢、この口紅ピンクすぎやせんか?」 「何言ってるの。望ちゃんは色白で可愛いんだからピンクでいいの!」 ジェルルージュは呂望の唇をつややかに光らせた。竜吉公主があまりの可愛さに卒倒しかけたことには敢えて無言を通そう。 そして瞬が最後まで残されたのはアフロディーテが異様に気合を入れていたせいだ。 小宇宙ではないなにがが彼女から溢れ出ている。 「あの、アフロディーテ?」 振り向こうとした瞬をアフロディーテがぐきっと正面に据えた。瞬の小さな悲鳴が何かに消える。 「いいから、正面向いてなさい。動いたら薔薇突き刺すわよ!?」 「は、はいっ」 なんでメイクに命をかけなきゃならないんだと思いつつ、瞬は微動だにしなかった。いや、出来なかった。 「瞬はね、私が一番可愛く仕上げるんだから! えーえ、誰よりも一番可愛く仕上げるんだから!!」 ちなみに一番美しいのはアテナで、次が自分だ。『可愛い』のカテゴリーには入っていないので瞬が一番可愛くても彼女的には全く問題ない。 洒落にならないような気迫にシュラとカミュはちょっと引き気味だ。呂望たちとゾロリはさっさと逃げ出していた。 「あ、アンタが冥王さん?」 「余がハーデスだが? そなたは?」 会場に戻ろうとしていたゾロリが廊下に座り込んでいた冥王に声をかけた。彼は眠たそうに彼女を見上げる。ゾロリも美しい女性に変わりはないが、ハーデスにとって一番の美姫は瞬だったので特に反応を示さなかった。 「余に、何用だ?」 「……座ってないで立ちなよ」 「何をする」 相手が神様だろうがなんだろうが、ゾロリに怖いものはない。なんせ彼女は二人の弟子と共に地獄から生還し、かつそれを不満に思っていたエンマ大王の手からも逃げてきたのだ。だから相手が冥王でも何でも、彼女の前ではただの男に過ぎない。 「アンタ、中にいる瞬ちゃんを待ってるんだよな? だったらしゃきっと待ってなよ」 「瞬はまだ終わらぬのか?」 「うーん、アフロディーテさんがめっちゃ気合入ってるからなー。でも出て来た時迎えてやるのはアンタだろ? だったらなおの事。目が覚めるような美人になって出てくるぜ」 そう言ってゾロリはばんと冥王の背中を叩いた。一歩前に踏み出す冥王だが、不思議と彼女を不躾だとは思わなかった。あっさりとした気風のいい女だと思った。 「そなた、恋人はおるか?」 「なんだよ急に。ナンパならお断りだぞ」 「余とて恋人はおる。ナンパなど必要はない。ただちょっと、そなたのような女を思う男がおるのかと思ってな」 さりげなく失礼な事を聞いているのだが、ゾロリは意に介さない。 「いるけど? コレ」 「コレってゾロリ、君ね」 ゾロリは近づいてきていたガオンの腕を掴んで抱きついた。コレ呼ばわりされたガオンは多少むっとしながらも、柔らかい胸の感触に押し黙った。 旅の狐が射止めた狼の王子。鋭い爪と牙は恋しい姫を切り裂かないように巧妙に隠されている。 なにとも引き換えにせず、ただ彼女の望むとおりに。 ガオンと冥王はその点でよく似ていると言えた。 やがて、部屋のドアが開き、中からぞろぞろと黄金聖闘士たちが出てきた。最後にゆっくりと出て来た瞬は幼い蕾のよう。けれど凛と、少女の声色は静かに囁いた。 「ハーデス……」 「瞬……か?」 彼女の聖衣と同じ色の、薄紅色のドレス。胸元に光るのは冥王が彼女のために捧げたローズクオーツ。 名を呼んでくれた可愛らしい唇。 冥王は彼女の手をとろうとして後ろから投げつけられた金色の聖杖に頭を打たれた。 「ふべっ!!」 屈んで避けたガオンとゾロリに怪我はない。冥王は後頭部を抑えながら後ろを振り返った。そこにはいつもどおりに純白のドレスをまとい、灰褐色の髪に金色の髪飾りを付けたアテナ沙織が立っていた。 「ほほほ、ごめん遊ばせ。手元が狂ってしまいましたわ」 どう狂ったんだ、どう。 そばにいたデスマスクが心中深く突っ込んだ。 きゃんきゃん喚く冥王を無視し、アテナ沙織はそっと瞬の手を取る。 「聖母マリア、とてもすばらしかったわ」 「いいえ、本当は沙織さんがやればよかったのにって思ったんですけど」 私のこの手は血で汚れている、聖なる赤子を抱くにふさわしくないと瞬は心底思っていた。 そう言って恐縮する瞬に沙織はいいえと首を振る。 「アテナは、子を持てぬのです。あなたのほうが適任よ」 「沙織さん……」 沙織が何も言わないでと微笑んだので、瞬もそれ以上は何も言わなかった。 駆けつけてきた星矢にも踏んづけられた冥王はなおいっそう喚きたてていたが、瞬のエスコートとなると途端に機嫌を直した。現金な男である。 こうして一同が会場へ向かって歩き出す。 最後尾にいたムウがぽつりと呟いた。 「これ、使えませんでしたねぇ」 手にしていた双子座のマスクはレプリカ。しげしげと眺め、機会があれば誰かにかぶせようと思っていた。 最後の入場者を迎え入れた会場はいよいよパーティーの雰囲気が盛り上がってきた。 プレゼントを交換し合う恋人たちもいれば、渡せないでもじもじとしている女性もいる。 パンドラはその後者のうちの一人だった。 いつもは黒衣の彼女も今日は紺色に変えているが、正直言ってどこがどう変わっているのかはわかりづらい。 そんな彼女の横にいたミーノスがこっそり話しかけた。 「フェニックスならあそこですよ、パンドラ様」 「わわわ」 ミーノスにとんと背中を押されたパンドラは躓いたのを立て直そうとけんけんしていた。そしてたどり着いたのが一輝の背中だったのだ。 「ほわー!!」 「人を見てほわーって、俺は化け物か」 化け物だろうと、シャカは心中ごく深く突っ込んだ。塵になっても舞い戻ってくる男のどこが生物だというのだ、とは皆の一致した意見である。 閑話休題。パンドラは立ち去ろうとした一輝の背中に手を伸ばし、呼び止めた。 「あの、一輝」 「なんだ」 「これを、お前にやるっ!」 恋する乙女の差し出し方ではなかったが、今の彼女にはこれが精一杯。真っ白な包装紙に彼を意識したのかオレンジのリボンがかけられていた。 「なんだこれは」 「クリスマスのプレゼントだ!」 ぐいっと押し付けるようにして、パンドラは一目散に逃げ出した。誕生日に続いて再び彼女から贈り物をされた一輝は無造作に袋を開けて中身を取り出した。 それはオレンジ色のマフラーだった。ひよこのアップリケがついているが、尻尾らしきものがあるところを見るとそれはどうやら不死鳥のようだ。 「っていうか、俺にこんな可愛いのをしろと?」 「いいじゃないですか、兄さん。折角もらったんですから」 妹の瞬に強引に巻かれたマフラーに一輝は苦い顔。星矢と氷河はゲラゲラ笑っている。 「一輝、ひとつ年上の女房は金(かね)の草鞋を履いてでも探せと言うぞ。お前の場合は自分から来てくれたんだな」 紫龍が笑いをかみ殺しながら言ったところで一輝がキレた。しかしマフラーをはずそうとした手を銀の鎖が止める。 「兄さん、まさかそれ、捨てるなんて言いませんよね?」 「う……」 恋する乙女の心は女の子なら理解できる。角鎖を駆使し、兄を操る妹は実は彼より強いかもしれない。 結局一輝はパーティーの間中、そのマフラーをはずす事はできなかった。 窓の外を舞う雪を見ながら、プッペは旅を始めたときのことを思い出していた。 凍えかけていたゾロリたちを救う為に石の体を抜け出して助けを求めに行った時、自分の中で何かが変わったと思った。 以前の自分なら絶対できなかった。しようともしなかっただろう。 だけどあのときゾロリたちを助けられなかったら、自分はもっと自分を嫌いになっていたかもしれない。 探していたのは本当は名前なんかじゃなかったんだと、今ならそう思えた。 「ピー……」 「よう、大福」 いきなりぐりっと頭を押さえつけてきた男を睨むように見上げるプッペだったが、その男の眼光におずおずと頭を下げた。酒が入っているのか、目が据わっていてプッペには怖い人に見えた。 だけど、一つだけ許せない事がある。 「ぼくは大福じゃないっピ!」 「あー? どっからどう見ても大福だろが。大福じゃなきゃ肉まんだ、肉まん」 銀髪の男はプッペをひょいと抱き上げると黄金聖闘士の女子たちが集まる一角に彼を連れて行った。 「おーい、シュラぁ」 「なによデスマスク。なに持ってるの?」 「これプレゼントにやるわ」 「ピ!?」 放り投げられたプッペを受け取ったシュラはそのぷよぷよ具合に衝撃を感じた。 「な、なによこの子!!」 「どうしたの、シュラ?」 「劇的に柔らかい!!」 どれどれと女性たちに囲まれ、突付かれるプッペ。ぷよぷよ可愛いとはしゃぐのはアイオリアだ。仕舞いにプッペは怖くなって泣き出してしまい、保護者であるゾロリに引き取られていった。 「うわ〜ん、ゾロリさぁん……」 「よしよし、もう泣くな」 泣きじゃくるプッペを抱き、背中を撫でるゾロリはまるで母親のように見えた。 悪いことしちゃったと、黄金の淑女たちはあとでプッペにお菓子を持っていくことにした。そしてとりあえずその原因であるデスマスクをしめておくことにした。 「デスマスク! アンタはよそんちの子をプレゼントだなんて! 唸れ! 聖剣!」 「ぎゃー!!」 クリスマスだというのに相変わらずのデスマスク、君に幸あれ。 聖闘士にとってはいつもどおりのカニ騒ぎも、他からしてみれば何事と目を見張る。 ただパルスだけはシュラの聖剣を見、人間の手刀の切れ味のよさに感心していた。 高密度炭素クラスターで作られたブレードを持つ彼のあだ名は『歩く凶器』。特技は近眼の戦闘型ロボットである。彼はシグナルの試作品として作られたが、ただの試作品ではなく、きちんと名を与えられて現存している。彼のように試作として作られながら世に出たロボットは少ない。 そんな彼のそばに燃えるような赤い髪の少女が近づいてきた。 「パルス」 「……なんだ、クリス」 いやなものでも見るかのようにパルスは振り向いた。それがクリスには不満なのだ。 嬉しがれとは言わない。けど、もっと普通に私を見てほしいと思う。 ロボットと人間、生命として結ばれることはなくても心がある限り繋がれると信じて。 「……飲み物くらい持ってなさいよ、パーティーなんだから」 「ああ、すまない」 飲食を必要としないロボットでも、Aナンバーズと呼ばれる彼らにはなんら問題はない芸当だ。 パルスは凛々しいその唇で小さく炭酸を弾くシャンパンを口にした。 クリスはふうとため息をつく。 「なんだ、疲れたのか?」 「そうじゃないの。なんかこういうところにいると、実家を思い出しちゃって」 クリスのフルネームは、クリス・サイン。世界有数の財閥であり、科学者を多く輩出するサイン家の直系の末娘だ。彼女自身もまたロボット工学者を目指し、勉学に励んでいる最中なのである。 「……そういえばお前、あんまり実家には帰ってないな」 「帰ってこなくていいって、父様が。音井教授っていう高名な学者の弟子になったんだから大成するまで戻ってくるなって」 「ほう……」 子供たちのやりたいように。彼女の父はそれなりの信念を持った放任主義者のようだ。 「でも連絡はしてるわよ。ちゃんとやってるって」 「ちゃんと……ねぇ」 パルスの物の言い方にかちんときたクリス、彼女の沸点は意外と低い。 「なによう! ちゃんとやってるでしょう!?」 「これがか」 差し出されたエプシロンもパーティー仕様で、首に当たる部分には蝶ネクタイを締めていた。 クリスはエプシロンを奪うときゃんきゃん喚き散らした。 「うっ、うるさいわね! ちゃんと材料があれば私だって!!」 がくんがくんとパルスを揺する。慣れたパルスはやれやれとため息をついた。 「なんかラダマンティスの声がしたような気がする」 冥王は瞬を連れて会場をうろうろしていた。七夕のときのように王妃だと紹介して回っては瞬にため息をつかれている。こうなるといよいよ観念しなくてはならないような気がするから不思議だ。 そのとき、冥闘士の一団からわっと歓声が上がる。何事かとパンドラに問うと、なんと今日が天英星バルロンのルネの誕生日なのだという。 「わぁ、クリスマスイブがお誕生日なんでおめでたいですね!」 瞬にまで笑顔で言われてはさすがのルネも恐縮仕切り。気を利かせた一群はラダマンティスを引っ張ってきて彼女の隣に配した。 「はい、プレゼント」 締めていたネクタイを蝶々結びにされて頭に巻かれたラダマンティス。 めでたいと去っていく冥王と冥闘士の一団に置き去りにされた二人は困ったように見つめあった。 「……今日が誕生日なのか」 「はい」 あと数時間で終わってしまう、今日という日。彼女が生まれた日。 「……それは……おめでとう」 「ありがとうございます、ラダマンティス様」 人が大勢いる中で、ラダマンティスはそっと彼女の手を握る。ルネにとってそれは充分すぎるほどの贈り物。 ずっとこのままでいられたら。 見守る冥王と瞬、そして冥闘士たちの瞳がキラキラと期待に輝いた。 やがて時計の針が12時を差し、イブはクリスマスへ。 「さあっ! 華麗にっ! 祝おうじゃないかっ!!」 白く巨大な百合と羽根を背負い、薔薇を撒き散らしながらくるくると踊って消えた趙公明。いったい誰が呼んだんだと金鰲に住まう妖怪仙人たちの間で責任の擦り合いが始まったが、実は誰の責任でもなかった。彼は呼ばれもしないのにパーティーだと聞くとどこからともなく駆けつけてくるのだ。 姫昌は天秤座の老師と話が合うのか、強い老酒も平気で杯を重ねている。甘いものが大好きな呂望はスイーツのコーナーの周りを衛星のように回り続けていた。 四不象は相変わらず悪徳ロリータの胡喜媚に追い回され、逃げ回っている。 「なんか、楽しそうだね、申公豹」 道化師の格好をした最強の道士が小さく笑う。 「そうですねぇ。黒点虎」 黒点虎のために用意された門不死黄金のネコ缶に、虎であるはずの黒点虎は目を細めてご満悦なのだ。 「おいしいですか?」 「うん、おいしいよ。やっぱり門不死黄金は最高だね。でもボクは呂望が作ってくれるネコまんまも好きだけど」 「なかなかいい趣味してますね、黒点虎」 足元に落ちていた溶けない雪の結晶を拾い上げ、申公豹はそれをそっと黒点虎に飾った。 「何するのさー」 「ふふふ。似合いますよ黒点虎。ねぇ呂望?」 話しかけられた呂望がくるりと振り向いた。額のど真ん中に紙製の結晶を貼り付けた黒点虎は相変わらず座った目で彼女を見上げる。 「おお、可愛いのう」 そうやって撫で繰り回されると悪い気はしなくて、黒点虎は思わずひげをぴくぴくさせる。嬉しいときの癖だ。 動物と戯れる呂望を見、竜吉公主は写真を取りまくっている。そんな異母姉のためにと燃燈までもがカメラを構えている。姉馬鹿もここまでくると立派だ。 「ねぇねぇ、ロシアンやらない?」 普賢を除く崑崙十二仙がグラスが並んだトレイを持っていた。この中のひとつに雲中子が無色透明無味無臭の薬剤が入っているのだという。クリスマス仕様で飲んだら一晩赤鼻になるのだと、雲中子は笑った。 「もちろん私にもどれだかわかんなくなっちゃった」 ただ、トレイの上に乗っているものだけに入れたということだけが明白だった。周囲にいた者はこのロシアンを面白そうだと言いながらグラスを取る。赤鼻のトナカイになるのなら今宵は一興というものだ。 「みんな持った?」 参加したのは十二仙から普賢を除いて雲中子を足した、結局12人。 グラスを傾ける一同。するすると喉を通る液体に皆が少し怯える中で道徳真君が叫んだ。 「うわああああああ! お、俺のイケてる鼻があああああああ!!」 彼の絶叫に、ロシアンに加わっていなかった者までが振り返る。見れば彼の自称イケてる鼻が丸く膨らんだかと思うと、赤く染まり始めたのだ。 「ちゅ、中ううううう!!」 「赤くなるんだって言ったじゃない。丸くなるのは想定外だけど」 雲中子を“中(ちゅう)”と呼ぶのは付き合いの長さゆえ。けれど今は付き合いの長さ云々ではない。 他の連中は自分に当たらなくて良かったと心底安堵のため息を漏らした。 「中! 解毒剤は!?」 「ウフフフフーっ、作ってない!」 とびきりの笑顔で言われた道徳はがっくりと肩を落とした。こういう賭け事には弱い男、道徳真君。 「普賢……」 恋人に泣きついた彼は軽く酔っていた普賢にトナカイの頭をかぶせられた。 問答無用の電光石火に笑いが起こる。 それぞれに盛り上がるパーティー、時計が1時を回った。 お昼寝をした子供たちがうとうとと舟を漕ぎ始めたので、そろそろお開きにしようということになった。 冥王の傍らにいた瞬も例外ではなく、彼女はときどき冥王に支えられながら立っている。 子供は国の未来。シンシア女王はパーティーの閉会を告げるべく、壇上に立った。 「皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございました。拙いおもてなしでしたが、皆様にはご満足いただけましたでしょうか」 女王の言葉に一同拍手で応える。彼女はほっと息をついた。 「それでは、小さい子供たちが夢の国へ旅立つ前にたけなわでございますがここで閉会とさせていただきとうございます」 さらに大きな拍手に女王は深々と一礼し、段を降りる。彼女を迎えたのは王子たるガオンであった。 「母上、お疲れになりましたでしょう」 「いいえ、大丈夫よ。それより皆様のお部屋は整っているかしら」 「はい、抜かりはございません。母上」 シンシア女王は傍らのゾロリにも笑いかけ、ようやく安堵の顔をみせた。 「ありがとう、ゾロリ王女。とっても楽しかったわ」 「いいえ。こちらこそ、会場をお貸しいただけて嬉しゅうございました」 優雅に腰を折り、彼女は完璧なまでに姫になりきった。そんなゾロリにガオンは僅かに目を細める。 ぞろぞろと会場を出て宿泊施設に向かう一同の背中を見送る。 誰の背中も幸せそう。 そう思いながらゾロリは窓の外を見る。 白く染まる外界は寒そうで、だけど世界は暖かな聖夜に包まれる。 さあ、クリスマスのパーティーはおしまい。 子供たちは眠り、大人たちは愛しい子の為に眠らない。 ≪終≫ ≪まだ終わるわけには≫ 全ジャンル合同で開催しました、クリスマスです。今回は前回の七夕で出せなかったキャラやカップリングも頑張ってみましたが、それでもまだ出ていないのがいるんですよ、もう。 というわけでパーティー編は終わって、これからプレゼント配布編に入ります。 |