冬、白い雪の頃 〜君のための贈り物



救世主の生誕に、学者たちが賛辞を述べた
その賛辞を形にして、彼らは聖母となった女性に捧ぐ
暴君の時代から民を解き放つ、その赤子の生まれた日


サンタクロースは本当にいるんだよ
よい子はプレゼントをもらえるけど
邪魔するような悪い子は公務執行妨害で捕まるんだよ





クリスマスパーティーも終わり、一同はぞろぞろと会場を後にした。
片付けは午前10時から、大人だけでやるということに決めていたのだ。
寝入ってしまった息子を背負う父親と、落ちないように手を添える母親の姿に微笑ましさを感じながら、ぞれぞれ宿泊施設に向かう。
シグナルは背負われた信彦の顔を覗き込んだ。
「寝ちゃってますね」
「はしゃいでたもんねぇ」
みのるがそっと囁いた。ロボット心理学者の彼女は、同じ科学者である夫・正信について、研究のために海外にいることが多い。それでは信彦が落ち着けないだろうと、彼らは息子を信之助に預けた。
祖父である信之助もまた高名なロボット工学者で、彼の最新作が傍らの少女なのだ。
シグナルは信彦の姉としていつも彼のそばにいてくれた。それがみのるには嬉しくもあり、ちょっと悔しくもある。母親でありながら母親らしいことができない現実がある。
「シグナルちゃんがいてくれてよかった」
「みのるさん……」
みのるはふとシグナルを見上げた。16歳の少女を模った彼女のほうが少し背が高い。
「私は、信彦とあんまり一緒にいてあげられないからね」
ロボットの研究には危険がつきまとう。彼女の両親も実験中の爆発事故に巻き込まれて落命していた。
そんな哀しいことを、我が子には味わわせたくなくて。
「僕もそうですよ、みのるさん」
「正信さん……」
「シグナルがいてくれてよかったと、そう思います」
正信はよいしょと信彦を背負いなおした。
「シグナルがいなかったら、きっと信彦はずっと寂しい思いをしたままだったでしょうね」
音井ブランドの末娘は信彦の姉。ということは正信とみのるにとって娘のようなものだ。たくさんの仲間が、そして友が増えていくのは嬉しいことだ。
それはコードにとっても同じこと。彼はオラクルと並んで歩くエモーションを横目に見ながら、シグナルの少し後ろを歩いていた。
曇天から落ちる銀の欠片、今は手にすることはできないけれど。
生命を紡がない人形。だけど心は持っているから。
コードはそっとシグナルの手を引いた。
彼女はにっこりと笑って、ただ彼のするままに隣に並ぶのだった。



その頃、会場から出たシンシアとガオンを、ゾロリだけが見送っていた。
隅っこで寝ているイシシとノシシを担ぎ、彼女だけは宿泊施設と反対方向へ向かう。後ろについてくるプッペはどっちかを担ぐと言ったのだが、ゾロリひとりで大丈夫だからと彼の申し出を断った。
「プッペも大変だったな。お姉さんたちに囲まれて」
「う、うん……」
ぷわぷわぽよぽよのプッペはデスマスクに拉致されて黄金女子の玩具になっていたのだ。普段あまり囲まれた事のないプッペは未体験の恐怖に思わず泣き出し、ゾロリに助けられていた。
そのあとお姉さんたちはプッペにところにお菓子を持って謝りに来てくれたのだが、それでもやっぱりもちもちすべすべと感触を楽しまれていた。
「疲れたか?」
「うん。でも楽しかったっピ!」
「そっか」
ゾロリはプッペを撫でてやりたかったのだが、あいにくと手は塞がっていた。
「プッペ」
「なあに、ゾロリさん」
手は、使えないけど。
「プッペがやった赤ちゃんな、あれは世界を救う大事な人の役だったんだぞ」
「そうなの?」
ゾロリはこっくりと頷いた。今日生まれた古の聖人は人々の心の拠り所となって久しい。そんな大事なひとを演じたプッペにゾロリは優しい言葉をかけた。
「プッペはおばけの森を取り戻した。あの役はお前にふさわしかったんだな」
「ピ……」
「尻尾、握ってもいいよ」
手は使えないけど、尻尾は空いてるから。プッペの白い手がゾロリの尻尾をきゅっと握った。少しくすぐったかったけど温かい手は何よりも心地よかった。



それから少し時間が過ぎ、子供たちが寝静まった頃。
いつも瞬と夜を共にする冥王もこっそりと起き出し、廊下に出た。三巨頭とタナトスとヒュプノスの双子神もロビーに整列している。
「私語やめ! ハーデス様のご到着である!」
タナトスの号令に一同ぴたっと押し黙った。現れた主の姿を見て再びざわつきたくなったのだが、誰もが敢えて黙っていた。
(な、なにぃ!?)
(バ、バカな!?)
ハーデスはサンタの格好をして現れた。大丈夫か、ハーデス。
隣に集まっていた黄金聖闘士も目を見張る。笑いを堪える者、せせら笑う者と反応は様々だ。
「全員揃っておるか」
「は、しかしパンドラが」
いつも冥闘士を統括している黒衣の少女の姿が見えない。が、ハーデスはアホかと突っ込んだ。
「パンドラは16だぞ、あれにもプレゼントをやるから寝ておってよいのだ」
「は、了解いたしました」
ヒュプノスは立ったまま寝ている。器用な神だ。
そしてハーデスは傍らにいたラダマンティスを一瞥する。
「何故ラダマンティスがおるのだ」
「は?」
言われている事がよく分からなかった彼は不躾にも蠍座な反応をして見せた。鈍いなと、ハーデスは彼の腕を肘で突付いた。
「ルネのところに戻っておれ。そなたはおらんでもよい。むしろ帰れ」
はっきり用無しだと言われた彼は少なからずショックを覚えたのだが、王命とあっては逆らうわけにもいかず、かと言ってルネのところに行くにも行けず、ただ彼女の部屋の前をうろうろしているだけだったという。
「さて、どこから行こうか」
「やっぱり星矢のところからじゃないですかね」
ムウの一言で一行はまず星矢の部屋に向かった。天駆ける最勇のペガサスは布団から足を出して眠っていた。子供そのものの寝姿に一同笑みを隠せない。アイオロスが布団をかけなおし、その頬にそっと口づける。
彼女がアテナを託した少年たちの一人。女神が愛した、天馬の星を持つ少年。
実は何を贈ろうかと一番迷ったのも彼だ。12月1日に誕生日を持つ彼には最近祝い事をしたばかり。
「この射手座の聖衣でも置いとく?」
「いや、それはちょっとな」
「無難にセーターって決めたじゃないですか。私が黄金の羊の毛で編むってことで」
そう言ってムウが取り出したセーターは彼が大好きな赤だった。丁寧にラッピングされたそれをアイオリアが枕元に置く。
「メリークリスマス、星矢」
寝返りを打った星矢に一同静かに部屋を出た。
次は紫龍の部屋だ。彼の部屋の前ではクイーンもうろうろしていた。シュラが思わずキッと彼女を睨みつける。クイーンとは紫龍を巡って争っているのだ。
正確には紫龍の技を巡って、である。シュラは自分の聖剣を、クイーンは必殺技を伝授しようと必死だ。
ふたりは相争うように紫龍の部屋に入った。
紫龍は静かに眠っていたが、その枕元にはなぜか龍の置物とパンダのぬいぐるみが置いてあった。幼馴染の春麗が彼に贈ったものだ。ちなみに彼女もこのパーティーに来ている。
小娘に先を越されたシュラとクイーンは悔しいながらも自分たちのプレゼントを置いた。
シュラは聖剣のすべてを綴った書物を、クイーンは必死に編んだマフラーだった。
「ちょっと、私の本の上に置かないでくれる?」
「平らなのが下のほうが安定するでしょ?」
そうしてにらみ合いを続けるシュラを童虎が、クイーンはミーノスが引っ張っていった。
続く氷河の部屋はカミュとミロが担当した。
氷河にはガラスよりも硬質なフリージングコフィンで作った白鳥の置物を贈った。もうひとりの弟子であるアイザックにはクラーケンの置物……はあんまりなのでミロがスカーレットニードルで水晶を削ってアクセサリーを作った。最後にサガが幻朧魔皇拳を最低出力で打ち込んで、彼が最も大事にしているマーマの幻を見せた。微妙にトラウマにならないことを祈る。
さらに一同を悩ませたのが一輝であった。ああ見えてもまだ15歳、一応生物である。
ヤツには酒だという意見が出たとき、冥王からの申し出を受けて彼への贈り物はハーデスに一存することになったのだが。
「で、神様は何を用意したの?」
「これだ」
アフロディーテの問いかけにハーデスはすぐに応えた。見ればタナトスがネグリジェ姿のパンドラをお姫様抱っこして立っている。そう来たかと、黄金聖闘士たちは唸った。
「眠っておるか」
「はい、ぐっすり眠らせました」
ヒュプノスは眠りの神である。彼はハーデスと一緒に部屋に入り、あろうことが一輝の寝ているベッドにパンドラを押し込んだ。そこにデスマスクがやってきて演出を担当する。
「これじゃただ寝てるだけだからさ、こう、なんかありましたっていうふうに絡ませてだな」
なんて命知らずな、と誰もが思うのだが、証拠はない。
パンドラの腰に一輝の腕を、一輝の背中にパンドラの手を。
そっと添えて部屋を出る。ふたりが目を覚ましたときが楽しみだ。ちなみにこれがパンドラへのプレゼントでもある。
最後は瞬の部屋で、これには冥王も俄然気合を入れている。
「アフロディーテ、何を持ってきたんですか?」
彼女の手に握られていたごく小さな箱。ムウに尋ねられたアフロディーテは姉の顔で言った。
「可愛いルージュを持ってきたの。瞬に似合いそうな、可愛いピンクと、ちょっと大人っぽいナチュラルなオレンジを。あと、パールピンクのネイルも持ってきたわ」
女の子なら最初に興味を持つだろうコスメと言えばルージュかネイルだろう。
アフロディーテとサガは瞬の師・ダイダロスを、彼らの正義のもとに奪った。彼の死によって一時は余計な争いが避けられたかのように見えた。しかし、今度は星矢たちがアテナを奉じて聖域に乗り込んでくることとなった。
正義と正義の戦いに、非はなく。
鎖の乙女は天馬の翼を守り、薔薇の淑女は光と闇の男を愛して散った。
「瞬にはね、もっともっと女の子してほしい。ステキな恋をして、いっぱい幸せになってほしいの」
奪った初恋は戻ることなく、けれど少女は闇の王に愛されている。
アフロディーテは柔らかな口づけとともに瞬に祝福を施した。
「メリークリスマス、瞬。女の子はいつも綺麗でいなくちゃダメよ」
そんな和やかな空気をぶち壊すかのように、冥王はゴトゴトと大きな箱を運び込んできた。
「瞬が起きるから静かに! そっと運び込め!」
「はっ」
ミーノスがコズミックマリオネーションで大きな箱を運び込む。そっと置かれたその箱は瞬がふたりほど入りそうなものだった。
「なんだ、棺桶か?」
「阿呆。これは花箱だ」
蝶番の軋む音に瞬が目を覚ましそうになったが、ヒュプノスがさっと眠らせる。
「何をするのかしら」
「さぁ……」
一同が見守る中、サンタ姿のハーデスは自ら箱の中に入り、横たわった。どうやら御自身でプレゼントになるようである。アホだ、真性の阿呆だ。
けれどハーデスは思いのほか乗り気で、早く蓋を閉めろと言っている。閉まりがけにリボンとカードを忘れるなと言い置いていたのが印象的だった。
「カノン、アンタあそこまで体張れる?」
「くっ……」
アフロディーテがぽんとカノンの肩を叩く。彼自身何も用意していないわけではなかったが、冥王のようにアホになりきれないでいる自分がいるもの確かだ。
そんな愚弟に兄のサガが声をかけた。
「カノン、いいものがあるぞ」
「なに!?」
双子の兄サガの声に振り向いたカノン、その視界にアテナの壷。
カノンからさっと血の気が引く。
「サガ、まさかお前」
「そのまさかだ」
そういうとサガはゆっくりと蓋を取り、弟を問答無用に吸い込んだ。彼がすっかり入ってしまうと彼は青いリボンでさっと蓋を閉めた。サガはどこか晴れ晴れとしつつ、その壷を置く。
「こんなもので、瞬が喜んでくれるとは思わんが」
「「だろうなぁ」」
全員の突っ込みもカノンとハーデスには聞こえていない。
カノン自身はまさか壷の中でクリスマスを過ごす羽目になろうとは思わなかったはずだ。
ともあれ、青銅の少年少女にプレゼントを配り終えた黄金聖闘士と冥闘士たちはそれぞれの部屋に戻り、幸せなクリスマスを過ごすのだった。



道徳が普賢の部屋で同じように箱に入っていた頃、呂望は姫昌と二人で部屋にいた。
パーティーの席では音井教授やブライ、シオンに童虎ら敬老会の面々と語らっていたので、呂望とはあまり会話をしていない。
若い姿の姫昌は呂望をそっと抱きしめた。
「望殿……」
「き、姫昌……」
熱く逞しい男の腕は若い頃、まだ人だった頃に望んだ。もう叶わぬ夢と諦めていた。
歴史が許さざる逢瀬。彼らが出会ったとき、姫昌に残されていた時間はごく僅かだった。
「望殿、俺は……なすべきことがなかったわけじゃないんだ」
「姫昌?」
「昌でいいよ、望殿」
姫は姓、彼の名は昌。どんなにたくさんの肩書きで呼ばれてもそれが彼の本質。
「ではわしのことも望と……」
「……望」
甘く囁かれる己が名。呟いた、彼の名。
「俺は、たったひとつ遣り残した事があったんだ」
「それは?」
「望を愛すること」
見つめあう瞳に映る互いの姿。今だけは何もかも忘れて。
まだ人であった頃、ずっと夢見ていた事。
「昌……」
交わした口づけ、どうか今日だけでも。
世界が彼女に与えたほんの小さな奇跡。一夜限りの夢だとしても、それを女は永遠に宝物にできるから。
「やっぱ、姫昌さんには敵わないさね」
「苦々しいのう」
呂望への贈り物を持っていた天化と竜吉公主、それに申公豹はドアの前にそっと箱を置いて立ち去った。




信彦を寝かしつけたシグナルは彼の枕元にプレゼントを置いて部屋を出てきた。
クリスマスのひと月前から目星を付けていたという格闘系のゲームソフトは、実はシグナルも楽しみにしていたのだ。目を覚ました信彦が喜ぶ姿を想像しながら自分の部屋に戻る。
ベッドではちびもくーすかと寝息を立てている。
シグナルは小さく笑みをこぼすと羽織っていたショールを外して、自分もベッドに横になった。
「メリークリスマス、ちびちゃん……」
ぷちゅんとひとつ、もうひとりの自分の頬を指先で撫でてシグナルはそっと目を閉じた。
そしてそれから数分後。
シグナルの部屋のドアを開けているのは彼女の兄姉たちだ。
長姉ラヴェンダーは相変わらずの仁王立ち。パルスは眠い目を擦りながらなんとか立っている。先ほどすれ違った眠りの神・ヒュプノスと気が合うかもしれない。
「シグナルちゃんは寝てるかな?」
長兄オラトリオが末妹ふたりの顔を覗き込む。小さいシグナルも大きいシグナルも彼らにはどっちも大事な妹なのだ。
「メリークリスマス、シグナル」
オラトリオの形いい唇が妹の頬に触れる。そして枕元にちびちゃんのためのチョコレート詰め合わせと、シグナルのためのプレゼントを置く。
「オラトリオ、シグナルへのプレゼントはお前に任せたが、一体何をやったんだ?」
「そら、シグナルだって女の子なんですから可愛いもん選んできましたよ」
ラッピングを解くわけにもいかないので、ふたりはオラトリオの説明だけで我慢した。中身は彼女にちなんだ紫水晶のアクセサリーだという。
「ハート型にカットされたアメジストをプラチナのチェーンで提げたもんなんですよ」
「ほお……」
普段女の子らしい格好をしない、戦闘型ロボットのシグナル。
だけど特別なときは女の子でいてほしくて。
「しかし、戦闘型だというのに我々にも気づかないでぐーすかと……」
「まあまあ、よろしいじゃないですか、今日くらい」
銀の玉振る鈴の声に、音井ブランドが振り返る。そこにはオラクルも含めたカシオペアブランドが立っていた。アトランダムやカルマもいるのに、ただコードの姿だけは見当たらない。
「おや、エモーション嬢たちもシグナルに?」
オラトリオの問いにエモーションがにっこり笑って答えた。
「ええ、<A−S>は文字通り私たちの切り札。機械救世主ですもの」
「ああ、そうっすねぇ……」
人のために自分のロボット生命を賭して戦い続けた少女。
白い肌、紫の絹髪もばらばらにちぎれ飛ぶとわかっていても、彼女は微笑んだまま散っていって。
半分封印された状態だった自分たちのかわりに傷ついた少女に誰もが今度は幸せにと願いながら、今日という日に贈り物をするのだ。
「で、なにをお持ちに?」
そう問うたオラトリオに対し、エモーションはウフフフフーッと笑って見せた。
「これですの。音井教授にMIRAでつくっていただきましたのよ」
言いながらエモーションは手にしていた真っ白い袋をシグナルの部屋に放り投げて逃げた。
釣られるように音井ブランドも一目散に逃げ出す。
「え、エモーション嬢。ありゃあもしかして」
「そのまさかですわ!」
怒り狂った彼が追いかけてくる前に、すなわち敵前逃亡。
その頃袋の中身はといえばやっとのことで袋から這い出していた。MIRA製だったのでいくら彼でもそう簡単には出てこれなかったのである。
「コード、大丈夫? 一体どうしたの?」
もぞもぞと動く袋の気配に目を覚ましたシグナルが鳥形になっていたコードを助け出した。
戦乙女の指に揺れ、鳥は青年の姿に変わる。
彼は桜色の髪を掻き揚げながら言った。
「どうもこうもない! エレクトラに問答無用で袋に詰め込まれたんだ!」
叫ぶ彼の唇をシグナルは慌てて塞ぐ。コードも察したのか、途端に大人しくなった。
そう、ちびはまだ夢の中を彷徨っているのだ。
「す、すまん……」
「起きなくてよかった……でも、なんで袋詰めにされたの?」
「知らん」
大方の察しはつくが、認めたくないのは事実。
こんなことをしなくても今夜はちゃんとシグナルのそばにいるつもりだったのに。
コードはシグナルを見つめた。
「な、なに?」
「今更、何ということはないだろう?」
床に座って話し込んでいたコードは、向かいのシグナルを半ば強引に引っ張った。
「きゃっ……」
飛び込んだ先は彼の胸の中、穏やかな温かさが大好きで。
「こ、コード……」
「クリスマスだからな! 特別だぞ!」
「……うん!」
しばらくじーっとしていようと、シグナルはゆるりと目を閉じる。
(ツンデレって面倒ですねぇ。やれやれですぅ……)
ちびが心の中でこっそり呟いたのも知らないまま、恋人たちは聖夜を楽しんでいる。



その頃クリフトは慣れぬドレスからいつもの法衣に着替えていた。
「なんだ、着替えちゃったの。可愛かったのに」
アリーナがつまらなそうに呟くと、それでもクリフトは嬉しそうに苦笑した。
「私らしくございませんでしょう? それにこちらのほうが落ち着きます」
「そうかなぁ……」
「ほっ、たまにはあのような衣装もよいじゃろうて」
師とも祖父とも敬愛するブライにも誉められて、クリフトはくすぐったそうに身を捩る。恐縮仕切りの彼女にブライは笑みを向けた。
「あ、そうだ。これ、私とブライから君に」
「えっ……」
戸惑うクリフトの前にアリーナとブライはブルーベルベットの小箱を取り出した。
「これ……」
「クリスマスだし、君にはいつも世話になってるし」
アリーナが少し照れながら言うとクリフトはいいえと頭を振った。
「飛んでもございません、父母のない私をおそばに置いてくださっただけでなく、ブライ様には過分なほどご指導いただきました。アリーナ様の剣となり盾をなることなど、私には当然のこと……これまでの恩など、まだ充分に返しておりませんのに……」
涙ぐんだクリフトにブライがもらい泣きしている。
「クリフト……さ、つけてみてよ。きっと似合うはずだから」
「はい」
クリフトはアリーナからその小箱を受け取るとそっと開けてみた。
中にはサントハイム特産の白月石をはめ込んだシンプルなネックレスが入っていた。銀の鎖で繋がれたそれは月から落ちてきたかのように繊細な美しさを持っていた。
「綺麗……」
「つけてあげる」
「はい……」
アリーナは若さゆえの速さでクリフトの後ろに立ち、首筋に手を回す。
銀鎖の留め金を留めると彼女と一緒に鏡を覗き込んだ。
「……ブライ、トンガリが刺さって痛いんだけど」
「おお、こりゃ失礼」
クリフトはブライにも見せようとくるりと振り向いた。濃緑の法衣に白い石は清楚に光った。
「どうでしょうか」
「よく似合うよ、クリフト」
「お似合いですじゃ、クリフト殿」
「ありがとうございます」
誉められればクリフトとて女の子、やっぱり嬉しくて思わず頬を染める。アリーナもブライも贈って良かったなぁと目を細めた。
「で、これはどういった効果があるんですか?」
「……へ?」
クリフトの言葉にふたりは顔を見合わせた。問うた本人はどうしたんだろうと二人を見ている。
「これ、何か魔法の効果があるのでは」
「ないないないない! そんなのない!」
「ただの服飾品ですじゃ!」
アリーナとブライの剣幕に少し圧され気味のクリフトは、ただただ納得するしかなかったという。
それでもなお魔法の効果はないんだと呟く彼女に、ふたりは不憫だと心中で囁くしかなかった。



イシシとノシシ、それにプッペが寝ているその枕元にプレゼントを置いて、ゾロリは静かに部屋を出た。
「寝てたかい?」
「一度寝るとなかなか起きないからな」
ぐーすかぴーと鼻息だろう寝息を立てて寝るイシシとノシシを思い出し、彼女は苦笑して見せた。
「それより、お疲れさん、ガオン」
「ん?」
ぽんと肩を叩かれたガオンは隣に並んでいたゾロリの笑顔に不覚にもときめいた。
「急に会場になって、準備とかさ」
「ああ、そのことか」
そろりと彼女の腰に回るガオンの手、ゾロリは払おうともせず、ただその温かさに安堵する。
「君がいてくれたらそれでいい。私はいつも君と一緒にいられるわけじゃないんだからね」
「……寂しい?」
ゾロリの声が誰もいない廊下に寂しく響いた。ガオンの胸にも、より一層切なく。
ガオンはぎゅっと彼女を抱き寄せた。
「ガオン……」
「寂しいよ。君がいない時間は、君に会えない時間は。だけど私は王子をやめるわけにはいかないんだ」
「俺だって、寂しいのは嫌いだ。でも俺も……」
お互いに探しているものがあるから。
探しているのは民が笑える国、自分の父親。
見つかるまで、狼の王子と旅の狐が手を取り合うことはなくて。
「分かっているよ。ちょっと言ってみただけだ」
「そのわりには、ちゃっかりした腕だな」
ぎゅっとゾロリを抱きしめているガオンの腕。振り払わずにぽふっと彼の胸に埋まってみる。甘いような薔薇の香りが、ゾロリは大好きだった。
「私にプレゼントはないのかな、ゾロリ」
「このルージュでよかったら」
「……いただこう」
イタズラっぽい微笑を妖艶な素顔に変えて。
唇を触れ合わせればほら、外で雪が降っている。




そうしているうちに朝を迎え、イブから夜通し行われたクリスマスパーティーは終わった。
目を覚ました子どもたちは歓喜の声、あるいは悲鳴を上げている。
「瞬! 起きてるか!?」
瞬の部屋に真っ先に駆け込んできた星矢はベッドの横で冷ややかに足元を見つめている彼女と出会った。
「あれ、どうしたんだ?」
「ああ、星矢。いや、これクリスマスプレゼントらしいんだけどね……」
並んでいる箱と壷を見て、瞬の声が珍しく冷たい。星矢はしゃがんで、箱のほうをガンガン殴っている。
「何が入ってたんだ?」
「んー、こっちはサンタ姿のハーデスで、こっちがカノンだった」
「……体張りすぎだろう」
一応は開けてみたらしい瞬は、呆れてものが言えないと再び封をしなおしていた。
とたん、箱がガタンガタンと音を立てて揺れた。ばたんと箱が空き、ハーデスが出てくる。
「ちょっ、瞬!? 何故喜ばぬ!!」
箱から無理やり出てきたハーデスが瞬に哀願するように縋る。サンタ姿のハーデスが滑稽を通り越していた。
だが瞬はいつもの笑顔で彼をそっと宥めた。
「うふふ、喜んでますよ、ええ。早く着替えたらどうですか?」
「そ、そうか。嬉しいか」
星矢は瞬がちょっと黒くなってると思いながらも、触らぬ瞬にたたりなしとばかりに黙っている。
そんなとき、隣の部屋から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
有り得ないような声に瞬と星矢がはっと顔をあげる。
「兄さんの部屋だ!」
「行ってみようぜ!」
ふたりは慌てて一輝の部屋に向かう。
するとそこにはベッドの上で口も聞けないほどに混乱している一輝とパンドラの姿があった。
「なななななななな」
「あわわわわわわわ」
夜のうちにハーデスたちが仕込んだプレゼントは大成功だったようで、いつもの黒衣に着替えた彼はにんまりと笑っている。瞬は頬を薄く染めながら、でも嬉しそうに言った。
「兄さんたら、私には五月蝿いのに自分はとうとう……」
そんな妹の言葉に我に返った一輝が声を荒げた。
「ち、ちがう! 起きたらこいつがそばにいたんだ!」
「でもここ一輝の部屋だよな。連れ込んだのか?」
「違うと言っている!!」
胸元を押さえて黙っているパンドラは、どこかでしてやったりとほくそえんでいるのだろうか、顔もあげないでじっとしているのだった。



さても恋人たちは素敵なクリスマスを過ごしたらしい。
これからそれぞれの物語に戻り、改めて25日という日を過ごす。
大人たちは会場の片付けの後、荷物をまとめてお城を後にしていった。
城を出る客たちに土産として渡されているのはこの国の銘菓『よめじまん』である。これは興国の王の妃が『なんか国の名産を作って儲けよう!』ということで発案されたお菓子で、瞬く間に各地に広がった。正式な名称は別にあるのだが、王が妃の才能を誉めちぎったがゆえに『よめじまん』が通り名となったという経歴を持つ。
ちなみに非常に美味である。
最後のひとりまできちんと見送ったシンシア女王とガオンはやっと安堵のため息をつく。
「お帰りになってしまわれたわね……」
王という立場はいつだって孤独なのだと、かつて女王はゾロリにそう言ったことがある。だからこそ、いずれは孤高の王となるだろうガオンを友として支えてほしい、とも。
シンシア女王はゾロリに対し、妻に、とは言わなかった。彼女は何かを察しているのかもしれない、それがなんなのかは分からなかったけれど。
けれどガオンのそばにいるのはいやじゃないと、ゾロリはちらっと彼を見た。
「どうしました、ゾロリ王女」
「いいえ」
女王の前なので今はしっかり王子と王女。晴れていても寒そうな青を湛える空を見上げて、ゾロリは我が身を抱いた。
「寒くなってまいりましたわ、女王陛下。どうぞ城内へ」
「ありがとう、ゾロリ王女」
庭では子どもたちがもう元気よく遊んでいる。そんな姿に女王は優雅な笑みをこぼした。
「私も早く、孫の顔が見たいわ……ねぇ、ガオン」
「は……」
早く結婚してほしいという母心が分からなくもないガオン。隣を歩いていたゾロリにそっと耳打ちする。
「だってさ、ゾロリ」
「俺に言うな」
言うわりにはふたりとも同じ方向、同じリズムで尻尾が揺れている。
ハートの形の雲がふわりふわりと漂って。




自分という世界に迎えた君という救世主
ああ、出会えたすべてに感謝して



澄み切るように晴れていた朝が嘘のように
その日の夜は真っ白な雪が降ったという





≪終≫




≪お疲れ様でした≫
アメジスターズのクリスマスはこれで集合です。ハーデス様、体張りすぎですwww でもこれがいちばん楽しかったよww かなり遊ばせていただきました。本当にありがとうございました。
また次回、何か出来ればいいなあと思いながら俺はあの蒼穹に磔刑になってきます(*´д`)ノシ
注: 文字用の領域がありません!

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