色彩鮮やかな季節はきっと 〜巣立ちの詩、玲瓏たる春の煌き いざ行かん 豊かなる春の空 新しい世界の五線譜に君だけの旋律を描け やっと桃か桜か咲き始めた三月の半ばといえば卒園、卒業のシーズンである。 この地域で先に行われるのは中学校の卒業式だった。それぞれに日程をずらしているのは臨席する保護者のためでもある。 天化の母親である賈氏もお気に入りだという藍色の着物を着て、夫の飛虎といっしょに式に臨んでいる。 彼は教室の窓から二人を見つけてぼやくように言った。 「うわー、どっちも来てるさ〜」 「いいじゃないか、別に」 「城戸……」 一輝たちには両親がいない。事情があって子供たち五人だけで暮らしているのだ。だから今日という日に見に来てくれる親はいない。天化はなんと言ったらいいのか、とりあえず一輝に対して謝罪した。 「悪い……」 「フッ、別に構わん」 かわりに在校生ということで紫龍と氷河が式に参加してくれる。一年生は会場に入りきらないので今日は休みなのだが、星矢と瞬も制服を着て保護者席に座っていた。もちろん校長のシオン公認である。 思えば不思議な縁だったと、天化は三年間を振り返る。一年生のとき一輝と同じクラスになり、それから部活も違うのにずっと一緒につるんでいた。三年生になってからは一輝の妹と星矢が入学してきて、よりいっそう楽しくなったりもした。 「あっという間だったさね……」 「まじあっというまぁ〜〜」 一輝と天化のそばに、もうひとりつるんでいた少年が笑いながらやってくる。 姫発だ。思えば彼も腐れ縁である。渾名はなぜか「王様」だった。 「およ、王様」 「なんかさ、寂しいよなぁ……」 「そうさねぇ……」 まだ遠き春の気配、それでもほんのりと感じながら天化が目を細める。姫発はため息をついた。 「あのぼよんぼよんのシオン校長とか、豊満なアフロディーテ先生とか、きりっとクールなシュラ先生に会えなくなるんだぜ!? 寂しいだろ、寂しいだろ、ぇえ!?」 そう言えば一学期の始業式のときに赴任してきた新任のアフロディーテにいきなり『付き合ってくれ!』と突撃して玉砕したのを、天化はしっかり覚えていた。 「そうですね、寂しいですね」 「棒読みしてんじゃねえよ」 「……くだらん」 一輝が吐き捨てるように言い、天化が苦笑すると教室のざわめきがいっそう大きくなった。 担任のカノンがやってきたからだ。 「お前らそろそろ廊下に並べー、卒業生入場の時間だぞ」 「はーい」 この日ばかりは担任のカノンもきりっとスーツを着て、胸にはリボンで作られた花をつけている。 生徒たちはまだがやがやと私語をしながらも廊下に整列した。 「欠席はいないな」 「はーい」 「よし、じゃあB組の後に続け」 いよいよ卒業式だと、生徒たちははにかみながらも体育館に向かっていった。 紅白のおめでたい幕を下げ、紙で作られた花が飾られた式場にはたくさんの保護者と在校生が待っていた。彼らは卒業生を迎えるために惜しみない拍手の雨を降らせる。 温かい出迎えを受けて、生徒たちはよりいっそうはにかみながらも、指定された席についた。 やがて厳かに式が始まり、卒業生たちはそれぞれに名を呼ばれ、卒業証書を受け取った。 誇らしげに壇上を去る者もいればすでに泣いている者などさまざまだが、去来する思いはみな同じなのだろう。 そして3年C組の番になった。 五十音順なので、先に一輝の名が呼ばれる。 一輝は壇上に上がるとシオンから卒業証書を渡された。 「ほんにおぬしには苦労させられたわ。しかし、元気でのう。弟妹を大事にな」 「……ああ」 それだけ言って、一輝は静かにステージの上から降りてきた。次が姫発、そして天化である。 天化があがっていくといきなりシャッターの音がした。察しが着いているのだが敢えて振りかえらずにそのまま昇っていく。 シオンは紅顔の美少年に目を細めて微笑んだ。 「おぬしは剣道部じゃったな。高校でも続けるのじゃぞ」 「はい!」 胸を張って、誇らしく。 呂望に言われたとおりに天化は堂々と証書を受け取り、まっすぐ前を見つめて壇上を去った。 やがて送辞に答辞、校長や来賓の挨拶、校歌斉唱と式次第はとんとん拍子に消化されていき、卒業式は恙無く終わった。 そしてクラスメイトとの連絡先交換や担任の挨拶など、今度はクラスごとのイベントの為に最後の教室へ向かう。 「もう、卒業なんさね……」 「お前とはまだ同じ高校だがな」 結局一輝は妹の瞬に説き伏せられ、半ば自棄になって受験した崑崙高校に合格、進学が決まっていた。ちなみに姫発も同じく崑崙高校に通う。地域一の難関高校に推薦で天化が、普通受験で一輝と姫発が合格したことは至上最大の快挙でもあったが本人たちにしてみればそれはどうでもいいことだった。 とにかく、また一緒なのだと思えばそれだけでよかった。 「おーい、席につけー」 カノンの声を教室で聞くのも、これで最後かもしれない。クラス中が妙にしんみりする中、カノンはのうのうと語り出した。 「このクラスはあれだ、いろんな意味で問題だらけだった。特に城戸! お前だお前!!」 名指しされた一輝が憮然とそっぽ向くとクラス中から涙に混じった笑いが起こった。 「お前は最後まで進学するだのしないだの、バレンタインには窓からチョコを捨てるわ……このクラスの担任になってから胃薬が増えたぞ!」 「サガ先生じゃあるまいしー」 天化のツッコミにどっと笑いが起こる。確かに問題児があふれたクラスだったが、それでもみんなで和気藹々とやってきたのは紛れもない事実。カノンは苦笑して見せた。それから数分に渡って思い出だとか人生訓などを語ったあと、カノンは本当に伝えたい言葉だけをしっかりと唇に載せた。 「とりあえず、卒業おめでとう。お前たちの今後の活躍を祈って、俺の話は終わる」 「せんせー……」 そう呟いた女生徒がさめざめと泣き始めると、他の生徒たちももらい泣きをはじめてしまった。 カノンは別に宥めようともしなかった。今は泣きたい雰囲気なのだ、だから泣きたいだけ泣けばいい。 もう使うこともない名簿を持って、カノンは教室を後にした。 そして下校するために一輝たちが外に出ると飛虎と賈氏、それに城戸の弟妹が固まって待っていた。 姫発の両親と兄も来ている。 「天化ー!」 「兄さん!!」 一同はそろって写真を撮ろうと、三人を待っていたのである。 賈氏は一輝を見つけるといつもの笑顔でデジカメの画面を見せた。 「一輝君の写真もちゃんと撮っておいたからね、プリントしたら天化にもたせるから」 「は……」 賈氏は保護者不在の城戸家を心配して、なにかと面倒を見てくれていたのである。そんなささやかな心遣いが、一輝の心に温かいなにかを落とした。 そしてそのへんをなぜかうろちょろしていたカノンをとっ捕まえてみんなでフレーム内に収まる。 セルフタイマーのセットをしているのは姫発の兄、伯邑考だ。 「みんな、そのまま動かないで」 彼の声にざわめいていた一同はぴたりと押し黙り、じーっとカメラを見つめていた。やがてシャッターの音がすると、ほうっと息を吐く。 それからは思い思いに写真を撮り始めた。 「黄先輩、一緒にいいですか?」 瞬と星矢にねだられて、天化はにっこり笑った。三人はこの一年、遅刻寸前ランナーズという、ある意味では不名誉だが仲間だったのだ。一緒に走った百メートルも今ではいい思い出だ。 そんな三人を見つめながら、紫龍と氷河が空を見上げる。 「来年は、俺たちの番だな」 「そうだな……」 紫龍は二学期の半ばから既に生徒会長として活動している。氷河は相変わらずマイペースで今年度を終えていた。 「そう言えば、カノン先生は今度は何年生の担任なんですか?」 賈氏が保護者らしい問いをすると、カノンもぱっと口調を変える。 「まだ決まっていないのです、異動してこられる先生方との兼ね合いもありますし」 「あ、そうなんですか」 ちなみに一年生を担任しているサガは異動がなければそのまま持ちあがるという。内示が下りるのはもう少し先のことなのでカノンにもなんとも言いがたいのだ。 「カノン先生がまだいらしてくださると、あの子達も心配ないんですけどね……」 賈氏が見つめているのは我が子と、その弟妹のようにじゃれている星矢と瞬だ。 カノンは静かに、瞬だけを見ていた。 本当は罪なことだと分かっている。彼女はまだ13歳で、しかも教え子なのだ。教え子と恋に落ちてはいけないということはないのだが、二人が出会うには早すぎたのかもしれない。 けれど月が変われば瞬も二年生。 「大人になるのは早いものだ……」 姫昌は姫発をぐりぐりと撫でている。豪放磊落、天衣無縫な息子でもやっぱり可愛いようだ。 「親父ー、今度は高校で可愛い子を見つけるよー」 「そうしなさい」 「父上……」 伯邑考は父の言葉に苦笑しながらも、すぐ下の弟の中学卒業を祝わずにはいられなかった。 そしてもちろん、ハーデスがこっそりこの現場にいたことは今更言うには及ぶまい。 職員室ではやれやれとお茶を飲んでいた。 「みんな、御苦労じゃったな。特に三年生の担任の先生方はのう。しかしまだ進路未定の生徒をよろしく頼むぞ」 シオンの労いと残務遂行に、カノンを含む担任たちはぺこりと頭を下げた。幸いカノンのクラスは全員それぞれに進路を決定していたので問題はない。 ふとシオンをと見れば彼女は目にうっすらと涙を浮かべていた。 アフロディーテがそっとハンカチを差し出す。 「やだ、校長ったら感極まったの?」 「いや、そうじゃないんじゃ……」 呆れたように、あるいは諦めたようにふるふると首を振ったのは教頭の童虎だった。長年シオンと一緒にいるだけあって彼女の涙の理由はよく知っているらしい。 「アフロディーテは今年度入ったばかりじゃから知らんだろうがな、シオンのお気に入りが卒業したんじゃよ、それが寂しいんじゃよな」 童虎の言葉にアフロディーテは一瞬唖然としたが、なんだか分かるような気がして頷いた。 「そうよね、私もサガが異動したり瞬が卒業したりしたら泣いちゃうかも……」 そばにいたシュラはひそかに紫龍を思い浮かべる。 教師だって人間だ、恋くらいするのじゃとはシオンの言葉である。 「で、本当はよくねーんだろうけど、お気に入りって誰だったんだ?」 デスマスクは一人コーヒーを飲みながら問うた。シオンがアフロディーテのハンカチで目許を拭いながら言った。 「三年C組の愉快な三人組じゃ……」 「ああ、あれか」 すなわち、一輝と天化、それに姫発である。 前年の卒業生を送ったときもシオンはめそめそと泣いていた。可愛いものが手元を離れていくのは言いがたい寂寥を伴うのだろう。 「おぬしは呂望とシグナルが卒業したときもそうだったな」 「あれは類稀なる美少女たちじゃった!」 「……誰?」 分からないでいるアフロディーテにサガが写真を見せてくれた。当時サガは三年生の担任だったのである。 「私のクラスにいたんだよ、こっちの黒髪の子が呂望で、こっちの紫色の子がシグナルだ」 「へぇ、可愛いわね」 「今は崑崙高校にいるんだよ」 サガは卒業生の一人一人をちゃんと覚えている。そんな彼はアフロディーテにとって尊敬すべき教師像であったし、恋人でもあった。 「ううっ、今度の新入生に期待できるかのう……」 「さあ、どうだろうな」 星矢と瞬が入学してきたとき、シオンは狂気乱舞したくらいである。 やれやれと、童虎は窓の外を見た。 校庭にはまだ帰っていなかった愉快な三人組とその弟妹たちが走り回っていた。 さらに数日後も晴天だった。 その日は小学校の卒業式である。ゾロリもガオンも六年生の担任ではなかったが、礼服に身を包んで列席している。 ゾロリの陽光の髪にはガオンが見たことのない花が咲いていた。 「ゾロリ、それは?」 「ああ、これ?」 式が終わった後、職員室に下がった他学年の教師たちはのんびりとデスクについていた。ガオンがゾロリの髪飾りに触れている。ゾロリは大事そうに手を当てた。 「もらったんだ、年下の男の子達に」 「ああ、彼らか」 彼女の髪に咲く紅い花はイシシとノシシがバレンタインのお返しにとくれたものだった。お年玉を使わないでためたお金で買ってくれたものだ。ゾロリはこれを普段使いにしないで今日のような特別な日につけようと決めていたのだ。 で、肝心のガオンはというとシンプルなシルバーの指輪を贈っている。これはいつも身につけてほしいという彼の願いを聞き入れてゾロリは今日もちゃんとつけていた。 触れたかった――彼女に。 けれどガオンは場所も時間もちゃんとわきまえる男だったので、ただゾロリのそばにいるだけだ。 「コーヒー、入れようか」 「うん。あ、砂糖は4個な。新しいの甘くないんだもん」 「はいはい」 そういってガオンが給湯室に消えたころを見計らって、校長先生がやってきた。校長先生は以前妖怪学校の先生をしていたこともあるベテランの教師で今は管理職だった。 その校長がゾロリに向かって人のいい笑みを浮かべた。 「ゾロリせんせ」 「なんですか、校長」 ちょうど娘と同じ年頃のゾロリを、校長はひどく気にかけていた。 「もう春ですし、そろそろ考えられてはどうかと思うんですよね」 「なにを?」 ゾロリは校長の言わんとしていることがイマイチ理解できていなかったのだが、校長は彼女がとぼけているものと思っているので、少しむくれるように、けれど声を潜めて言った。 「ガオン先生とのことですよ、私は良縁だと思いますけどね」 「ここここここ校長!?」 「私の目は節穴じゃありませんよ」 「だだだだだだだけど……」 おもいっきり狼狽しているゾロリだが、校長は微笑んでいた。 「まあ、いざとなったら相談してくださいね」 「……はい」 校長の人のよい笑みには誰もが頷いてしまう。それはゾロリとて敵わない事実だった。 「どうかしたのかい、ゾロリ」 「んにゃ、別に」 そう言うとゾロリはたちあがってガオンからコーヒーを受け取った。口に含むと程よく甘い。 「あー、やっぱりこの砂糖だと4個だな、うん」 「君のコーヒーは甘いと思うんだがね」 「甘いの好きだもん」 コーヒーも紅茶も、そしてキスも。 あと半月も経てば今度はピカピカの一年生が自分の体には勝ちすぎるランドセルを背負ってやってくる。 「春って、こういうものだよな」 「ゾロリ?」 「手放して、そして得る」 「……ああ」 父の失踪、母の無念、そして遠い思い出を。 少女はやがて大人になり、愛しい男性の手を取るのでしょう。 高校の卒業式は3月上旬に行われており、既に進学先も決めていたアリーナとクリフトはのんびりとした毎日を過ごしていた。 大学も自宅から通えるところだし、入学手続きも既に済んで、麗かな春を静かに迎えようとしている。 「はい、アリーナ様。お茶ですよ」 「ありがとう、クリフト」 いつもそばにいてくれた彼女はこれから先の生涯をまだ自分に向けてくれると、それだけ約束してくれた。 だから、というかなんというか、顔がにやけてしまう。 「アリーナ様、お顔が緩んでおりますよ」 「いやあ、だってねぇ、嬉しいじゃないか。君がそばにいてくれるんだもん」 「アリーナ様……」 ティーポットを両手で抱いたクリフトが、少し寂しげに顔を伏せた。 その愁いを帯びた横顔にアリーナは得も知れぬ不安を覚える。 「どうしたの、やっぱり私と」 「いえ、私のほうこそ、アリーナ様の重荷になってやしないかと思いまして……」 今春アリーナとクリフトは大学を卒業できたら結婚するという約束、つまり婚約をしたのだ。 あと4年、その約束が互いを縛りつけはしないか、と。 クリフトは今になって後悔し始めた。 「私はアリーナ様をお慕いしております。けれど、これから先、アリーナ様が私よりもっとステキな方にお会いしたらと思うと、私は」 「そんなこと、いつも思ってた――私が」 「アリーナ様!」 アリーナは窓辺に立って、そこから見える外の景色を眺めていた。すぐそばに立っている木には番だろうか、可愛い小鳥が幸せそうに寄り添っている。 「私はいつも、クリフトに私以上の男が現れたらって……びくびくしてた」 「そんな、私にはアリーナ様しか」 「私にだって、クリフトしかしない」 そんな無条件に双方向な愛なんてあるはずがない。 「君の両親が亡くなられて、私の両親が育ててくれた。私の母が亡くなってからは恩を返すように君が私を守ってくれた。きっと正しい愛じゃないのかもしれない。それは恩義って言うのかもしれない。だけどね、クリフト」 振り返るアリーナにクリフトの姿はしっかりと捉えられていた。 けれどクリフトから彼の姿は見えなかった。彼は太陽を背負っていたからだ。 「愛してる、クリフト……」 「っ……アリーナ様ぁ」 君の人生を奪ったとか、重荷になるとか、そんなことは考えないで。 ただ幸せになることだけ考えよう。 「なんか、隣が騒がしいな」 「そうだねぇ」 まだ春は遠いのにふたりは春から初夏にかけての色合いだった。 青年は桜で、少女は藤。 幸せそうに微笑みあうその表情に憂いは微塵も感じられなくて。 桜色の青年の名はコード・カシオペア。そのとなりは城戸さんのお家である。 少女は音井シグナル。彼の運命を握って生まれてきた藤色の乙女だ。 シグナルはふふっと笑ってコードを見つめた。 「きっと瞬ちゃんの彼氏さんが来てるんだよ。一輝君が交際に反対してるって言ってたけど」 「わかる、よくわかる」 妹とシグナルが大事なコードには一輝の気持ちがよく分かるようだ。真顔で頷いたコードにシグナルはたははと苦笑して見せた。 この町内には妹大事な兄が最低でも三人いることになる。 「でも、いつかはお嫁に行くんだよね、瞬ちゃんも」 「だろうな」 「私もね、コード」 そう言ってえへへと笑ったシグナルを、コードはそっと抱き寄せた。 「お前は行くというより来るんだろう? 俺様のところに」 「他に行くところなんかないもん」 「しょうがないから俺様がもらってやるか」 「うん、お願い」 コードが無言で差し出した腕をシグナルはそっと取った。 永遠じゃなくてもいい、でも刹那は嫌と――わがままだろうか、この願いは。 「コードぉ」 「ん?」 「……好き」 「……ああ」 それだけ囁けば充分。コードはシグナルを音井家の前まで送り届けると、周囲に誰もいないことを確認してから彼女に口づけた。 コードが礼節を重んじ、それでいて意外なほど照れ屋な男だと知っているから、シグナルもはにかんだ。 しかし二人が清い交際を続けていることは町内中が知っている事実である。 それでもコードはシグナルに悪い噂が立たないようにと気を配ってくれているのだ。 そんなところに惚れ直すんだと、シグナルは抱きつきたいのを必死に堪えていた。 いろんな形の、いろんな愛。 障害なんて何のその。 二人ならきっと乗り越えていける。 まもなく新学期を迎えようかという、ある日。 コンビニに行こうと玄関を出た星矢がひとりの女性に出会った。 「あ、ねえ君、道を聞きたいんだけど」 「いいよ」 人懐っこい星矢はその人が綺麗なお姉さんだと認識するとお日様のような笑顔を見せた。 お姉さんの方も可愛い子に聞けてよかったと笑顔を向けている。 「中学校に行きたいんだけど、どっちに行ったらいいの?」 「あ、そこ俺が通ってる」 「そうなんだ」 星矢は通いなれた道を丁寧に教えてやった。するとそのお姉さんはふんふん頷きながら聞いている。 「ありがとう、わかったわ」 「おくってこーか?」 「ふふふ、ありがとう。でも大丈夫」 お姉さんは星矢の髪を撫で、笑いながら去っていった。 遅れて出てきた瞬がまだそこにいた星矢を見つけて声をかけた。 「どうしたの、星矢」 「道聞かれたんだ。綺麗なお姉さんだったー」 「ふうん。じゃ行こうか」 「おうっ」 瞬と並んでお散歩をするのが、星矢は大好きだった。 さて、そのお姉さんは。 「ロスお姉ちゃん!!」 「ああ、リアじゃないの」 「もー、駅まで迎えに行くって言ったのに」 そう――星矢に道を尋ねたその綺麗なお姉さんとは、2月ごろアイオリアが話していた彼女の姉、アイオロスであった。彼女は海外留学を終えて日本に戻っていたのだ。 今春から星矢たちの中学校に赴任することが決まっている。 「いい街ねー、ここ。可愛い子がいっぱいいるわね」 「お姉ちゃんヨダレヨダレ」 「あらいけない」 ロス姐さんはシオン校長の教え子の一人で、可愛いものが大好きだった。 のちに彼女とアフロディーテがサガを巻き込んで一戦交えるのだが、それは本当にもうちょっとだけ先の話なのである。 巡る春、もう一度会いたいと願う 遠く離れゆくもの 近く巡りあうもの そして永遠を誓い合ったものどうし さあ、芽吹く季節に希望の一歩です ≪終≫ ≪予定外ナイスガイ≫ 今回のSSは、実は書く予定がありませんでした。 ではなぜ書くことになったのかというとですね、前回の『色彩・ホワイトデーも戦場だ』のときに今回のSSの冒頭を織り込もうとしてメモ帳のメモリ限度を越えてしまったのが原因です。 メモリ越えなかったら書かなかったです。ほんと、想定外ですwwww でも楽しかったです。短めなのはそのせい。 次回はGWあたりで アフロ:サガは絶対渡さないんだからぁ!! ロス:うん、いらない サガ:何様なんだ、君たちは みたいなのができればいいな、と思います。 |