彼岸の彼方に咲く花を



愛したかったの? 憎みたかったの?
あなたの気持ちがわからなくて今も
この胸は疼き止まない


足を止めたのは、彼女が一人で歩いていたからだ。


「もー、信彦ったら私がメンテしてる間にマリエルちゃんとちゃっかり遊びに行くんだもん」
Aナンバーズ、こと音井ブランドの末娘<A-S SIGNAL>は偏光紫の長い髪を揺らし、ぷんぷん怒りながら歩いていた。
メンテが終ったら一緒に遊ぶ約束をしていたのに、とうの信彦はといえばメモ一枚残してさっさとシンガポールの屋台街に遊びに行ってしまったのだ。メモの最後には『コードと仲良くね』なんてませたことも書いてあった。
「うー、この点については反省反省」
いつもコードコードと追いまわしているのはやっぱりよくないよね、とシグナルはしきりに反省する。
けれど肝心のコードもシグナルと入れ替わるように現在メンテナンス中だ。
オラトリオもオラクルも忙しいって言ってたし、カルマくんもそう。カルマは先日の脱走と、大規模故障の事後処理に追われているのだ。手伝おうといったら『誰のせいですか』と言われんばかりに微笑まれたのでなるべく近寄らないようにしている。
特に仕事もなく、かまってくれる人もおらず。
したがって今のシグナルは暇なのである。
「んー、暇だなぁ」
「じゃあ手伝ってもらおうかな」
「ふにゃあっ!!」
口からシリウスが飛び出しそうなほど驚いたシグナルはそっと背後を振り向いた。そこには歳相応に見えるように伊達眼鏡をかけた中年の男性が立っていた。
「なんだ、若先生。おどかさないでくださいよぉ」
シグナルは胸元で重ねた手を解き、自然な位置に下げてまた結んだ。その仕草を見て若先生こと、音井正信はふっと表情を和ませた。彼女のモデルが16歳の自分だとは到底信じられない。もし自分に妹か娘がいたらこんな感じだろうかと思うといつも彼女の前に笑顔がこぼれる。
「なにかご用ですか?」
正信は手にしていたファイルを持ちなおした。
「うん。ちょっと手伝ってほしいことがあってね。暇ならと思ったんだけど」
「手伝うって、私にも出来るんですか?」
シグナルが上目遣いに自分を見る理由を、彼はちゃんと知っている。シグナルがカルマに追い出されたとき、自分もそこにいたからだ。シグナルは自分で仕事を見つけてきても先輩や兄たちに取り上げられてしまうことが多く、それもちょっとかわいそうだなとは思うのだ。
でも可哀想と思うだけではどうしようもないので、正信はとりあげにくい仕事を与えることにした。
「ちょっと来てほしいんだよね」
「は、はい…」
歩き出した正信の後ろをシグナルは慌ててついて行った。
どこそこへおいで、とは言われなかったから、いくら道順を覚えてもどうしようもないのである。
5分ほど歩いて、シグナルはきょろきょろと周囲を見まわした。
自分はほんの少し前、ここの近くの建物から出てきた。ここは研究棟が並ぶ一角だ、案内標識もなくなっている。
「若先生、どこに行くんですか?」
「んー? Dr.クエーサーの研究棟だけど、なにか?」
質問に質問で返されると詰まってしまう。ましてや相手は正信だ、余計なことは言わないでおこう。
わきめもふらずまっすぐに歩く正信の後ろ姿に、言い知れぬなにかを感じずにはいられなかった。
「お仕事って、何をするんです?」
「ちょっと力仕事を、ね。あんまり女の子に頼む仕事じゃないかな?」
おどけたように肩をすくめる正信に、シグナルはいいえと首を振った。
「大丈夫です、私ロボットですから。もしかして…」
シグナルは察したことを口にしようとした、けれどそれは正信の笑みに止められる。
「…完全閉鎖が決まった。僕は情報局局長として先にデータを見ておこうと思ってね」
何が閉鎖するのか、シグナルにはわかっていた。先ごろ生物的にも死亡を認められたDr.クエーサーの研究棟及び資料棟が閉鎖になるのだ。
総帥でありながらロボットの存在を否定しつづけた男の最後を見届けたのはシグナルだ。
人でありながら人であることをやめさせられてしまったDr.クエーサーと、ロボットでありながら人のように振舞うシグナルと、その道はあまりにも違いすぎた。
そして同じロボットでありながら人と共存する道を違えたクオータも、もうこの世にはない。
シグナルは静かに瞑目した。
けれど正信を見失うまいと必死についていく。
「……ドクターはね、人間としては冷たい人だったよ」
自分が作ったロボットも欠陥があると分かれば容赦なく切り捨てた。事故死した人間とその遺族についても悲しむだけ無駄だろうと言ってのけた。
言っていることは正論だ。けれどその言葉に感情というものがなくて、妻を、母を失った信之介と正信には冷たくつらいものに聞こえたのだ。
「だけど、学者としては優秀だった。そのデータはシンクタンクとして手放したくなくてね」
「そうですか……」
彼女の常ならぬ沈んだ声に正信は少し立ち止まって振り返った。
「君から見て、どうだった? 少しは話とかしたんだろう?」
「ええ、まぁ……」
シグナルは少し口を噤んだ。クエーサーと対峙したとき、彼はもう人の姿をしていなかった。彼の脳は頭蓋骨から取り出され、培養液に入れられてたくさんのケーブルでつながれていた。
そして人であることをやめさせられた彼はシグナルの前に人とロボットが共存できないと説いた。
人は利便性を求めて機械を人に似せたのに、その機械が人間以上の力を持てば恐れ、それを廃しようとする理不尽な生き物なのだ、と。
「今だから、きっと思うんです。優しい人だったんじゃないかって」
「……どうして?」
「私たちロボットに忠告してくれたんだと思います、ロボット工学者として……。若先生の前でこんなこと言うのもなんなのですけど、私たちはやっぱり私たちロボットと一緒にいたいと思ってくれる人と一緒じゃないと生きていけないんです……ドクターはそんな人ばかりじゃないんだって言ってくれたんだと、そう思って……」
彼女の心を如実に示すように、一陣の風が流れた。シグナルの偏光紫の髪がざあっと攫われる。
正信は立ち止まったままの彼女を促した。
「確かに、君のいうとおりかもしれないね。でもね、ロボットと一緒にいたい、ロボットでもかまわないって思えるような人間を育てるのはやっぱりロボットなんだよ。君と信彦を見ていれば分かる」
「若先生……」
「行こうか」
「はい……」
さっきまで彼女の数歩先を歩いていた正信が隣に並んだ。
まだ回復して間もないシグナルの精神を不安定にしてはおけなかったからだ。




Dr.クエーサーの研究棟には正信のほかに数名の情報局員が来ていた。
彼らは正信の顔を見てほっと一息つく。彼がいなければ分からないことも多くあるのだ。
「遅いですよ、局長〜」
「あはは、悪い悪い。その代わり助っ人連れてきたからじゃんじゃん使っちゃって」
そういって正信はシグナルの背中を押した。局員たちはシグナルを見知っている。もちろん彼女がロボットであることも。
すると男性局員がやったと声を上げた。
「助かるよ、これ重くて動かなかったんだよな! あ、女の子相手に失礼か」
彼がそういうと周囲からどっと笑いが起こった。
「そうだよお前、いくらシグナルちゃんがロボットだからって女の子なんだぞ? 重いもん持たすなよ〜」
「そーよ、あんたたちが率先して持ちなさいよ!」
女性局員が男性局員の腕にどがっとファイルを載せた。
シグナルはくすくす笑いながら、そのファイルをひょいと持ち上げる。
彼らはシグナルがロボットであると知っているからこそ、こき使おうとか、逆に恐れたりしないのだ。今もこうやってシグナルが自然と手伝えるような環境を作っている。
「私、これ持ちますね。どこにもって行けばいいですか?」
「これはね、あっちのホールに運んで。ナンバリングしてから運び出すから」
「はーい」
シグナルは局員の指示に従ってファイルを運んだり、重いパソコンや本棚を持ち上げたりしている。それらの力仕事が終わってしまうと、今度はファイリングを手伝う。<ORACLE>でも同様の手伝いをしている彼女にとってそれはなんら問題でもなかったのだ。
そうやってシグナルが仕事をこなしていくのを、情報局員たちは頼もしい目で見ていた。
「すげえなぁ、やっぱロボットだなぁ」
「男三人がかりでも持てなかったハードをひょいって動かしちゃったもんなぁ」
「しかもわりと丁寧に運んでたよな。俺、もっとずさんな運び方するかと思ったけど」
「それになによりさ」
「うん……」
コーヒー片手に休憩を取っていた局員たちは最後のパソコンを運び出していたシグナルを見つめて言った。
「可愛いよな」
「ああ、可愛いよなぁ……けど、ロボットなんだよなぁ」
「ロボットだから可愛いのか、ロボットだけど可愛いのか……」
苦悩する男たちをよそに、シグナルは今度は荷物をトラックに積み上げている。
「なんにせよ、シグナルちゃんがいてくれたら職場がこう、ぱーっと明るくなる気がしねぇ?」
「おおおおお!!」
賛同する局員たちの背後に筒状に丸めた書類を持った女性職員が立っていた。彼女は男たちの頭をその書類でばしばし殴りつける。
「働け!」
「ギャー!!」
彼らの悲鳴はトラックのエンジン音に綺麗にかき消された。
正信が持っていた小型パソコンで荷物が完全に運ばれたことを確認している。
その様子をしばらく見守っていたシグナルは木陰で騒いでいる局員たちを見つめて何をやっているんだろうと首をかしげていた。
やがて正信は納得するかのようにひとつ頷いてパソコンを閉じた。
「ありがとう、シグナル。君のおかげで予定よりもだいぶ早く終わったよ」
「私、ちゃんと役に立ちました?」
そういって彼女が少し不安げに正信を見つめてきたので、彼はまるで娘か妹にでもするかのようにシグナルの頭をなでた。
「どうしてそういうこと聞くの?」
「だって、邪魔になったかもしれないし」
シグナルがそういうと、二人を囲んでいた局員たちがそんなことないと口々に言った。
「とっても助かったよ。また手伝ってもらえると嬉しいな」
「そうよ、男どもより役に立ったよぉ」
「なんつーかな、俺さ。正直ロボットに仕事取られるかもってびくびくしてたんだよなぁ……」
局員の一人が、自分の心を素直に吐露してくれた。
「ほら、産業革命のときにさ、人間が機械に仕事奪われたっていう話があるじゃん、それと同じでさ。でもなんか違ったんだよなぁ。シグナルちゃんは俺たちにできないことをしてくれたけど、でも機械と仕事してるって感じはしなくてさ。シグナルちゃん、パソコンとか丁寧に扱ってくれたしさ!」
「あー、そうそう、俺もそう思った!」
「と、いうわけだよ」
正信がシグナルの肩をぽんと叩いた。
「若先生……」
「またお仕事手伝ってくれよな!」
そういって帰っていく局員たちの背中を見送って、シグナルは目元がじんわり熱くなるのを感じた。
正信がふうと苦笑してみせる。
「彼らはカルマと一緒に仕事してるからね、ロボットには慣れてるんだ。だからだよ」
「でも、なんか嬉しいです……」
人が人としてできること。
ロボットがロボットとしてできること。
そうやってお互いの立場や役割をきちんと分けて生きていければ。
どんなに時間がかかっても、そんな時代が来ることを信じて。
ふと、シグナルは正信の足元にあった鉢に気がついた。枯れかけた蘭のような花がひっそりと植えてある。
「若先生、それ……」
「ああ、これ? この研究棟にひとつだけ残ってたんだ。でももう枯れているみたいだし、処分するしかないかなって」
シグナルはその鉢をそっと抱き上げた。
あのドクターが花を愛したとは思えない。そう、この花を育てていたのはクオータだ。彼は英国趣味に則ってこの南国で花を育てていたに過ぎないのだが、だがどうあれこの花はまだ生きている。
「若先生、これ、私にください!」
「……それはかまわないけど、枯れかけてるよ?」
「でもまだ生きてるから」
それはロボットの身体に移された、でもまだ生きていたクエーサーを思い起こさせた。正信にしてみれば断る理由はないので、シグナルの好きなようにさせた。
「じゃあ、それは君にあげるよ」
「ありがとうございます、若先生」
シグナルがぺこりと頭を下げると彼女の長い髪がふわりと花のように揺れた。
顔を上げたとき、彼女の顔は切ないような微笑に満たされていた。
正信はまだやることがあるからと先にシグナルを帰らせた。
愛娘とも思える彼女の背中を見送って、正信は思う。
自分はどれだけこの世界で、朝日と夕日を見ていられるだろう。瞬くほどの時間の中で自分が成せることは砂粒よりも小さいかもしれない。
だけど。
「僕だって望んでるよ。人とロボットが共存できる世界を……」
人と人だって共存できない今だけど。
世界はまだ建設途中だから。



その翌日から、シグナルは花の世話をした。
<ORACLE>から花の資料を借りてきて調べ、信彦とホームセンターに行って肥料や土を買ってきて植え替えた。土が変われば息を吹き返すかもしれないと、シンクタンクにいた音井教授の友達である植物学の権威に教えてもらったのだ。
少しでも長く日に当ててあげようとこまめに場所を変えてやったり、如雨露だけではなく霧吹きで葉を湿らせてあげたりと、それはもう至れり尽くせりだった。
その様子を見ていたオラトリオが羨ましそうにため息をつく。
「いいねぇ、俺もあんなふうに世話焼いてもらいたい……」
「そうか、死ぬかオラトリオ」
彼の頭上にいたメタルバードが額に鋭い嘴を向けた。
オラトリオは乾いた笑いを浮かべる。
「アハハ、いやだなぁ師匠。冗談ですよぉ」
「ふん」
それだけ言い捨てて、琥珀の鳥はシグナルの肩にそっと止まる。少しずつ元気を取り戻しているかのように見えるその蘭の花にシグナルは笑顔を向けていた。
「どうだ、少しはいいのか?」
「コード……」
シグナルはコードを膝の上に乗せると、彼の羽をそろっと撫でた。本当は抱きしめたかったが、みんなの前なので撫でるに留めておいた。
「うん、少しずつ元気になってるみたい……」
「なんで、こいつの面倒を見る気になったんだ?」
「うーん……」
窓辺に置かれた蘭の鉢を見つめ、シグナルは少し言葉に詰まった。けれど胸の奥では思いを吐き出そうと何かが溢れている。
「生きていてほしかったの。もっとたくさん話をしてみたかった……」
コードは誰とと問わなかった。彼女が誰を指しているのかちゃんと分かっていたからだ。
偽りの天狼星が暴発するのを、コードはシグナルとともに見ていた。
強烈な純白の光の中に消えていくシグナルと、クエーサーとクオータを驚愕のうちに見送って。
「私、あのときドクターに助けられたような気がする……」
「シグナル……」
コードは静かに少女を見上げた。
「私と、それからちびちゃんでシリウスの暴発をとめようと必死だった。でもやっぱりどうしようもなくて諦めかけたとき、声が聞こえたような気がしたの」
ロボットである彼女に幻聴はありえない。けれど極限の状態で彼女は聞いた。彼女らだけが聞いていた。
「ドクターの声だったと思うの。シリウスを包んでいた私とちびちゃんの手をしっかり握り締めて“生きろ”って言ってくれた……」
シグナルはそう言って目を閉じた。
「そんな気がしたの……」
「……そうか」
ドクターの目的はロボットの排除ではなく、その悲劇を見守ることにあった。人間であった彼でさえ、我が子クオータから逃れることはできなかったのだろうか。
シリウスの暴発、それを持ってクエーサーは完全に死に向かった。そしてクオータはその墓標となって消えた。
そしてシグナル自身もロボット生命の危機に晒されるほどの重症を負っていたのだ。
美しかった肢体は無残に四散し、肌は襤褸布のように機械の身体についていた。光を弾いて七色に煌いた髪も切り刻んだ糸のように乱れ飛んでいて、その惨状に誰もが目を背けたほどだった。
それでも彼女は生きていた。
必ず戻るという、コードとの約束を果たすために。
「この花は、なんだか忘れ形見みたいな気がして……」
「形見……そうかもしれんな」
それだけ言って、コードはシグナルの膝の上に乗ったまま、降りようとしなかった。
なんとなく、彼女を一人にしたくなかったのかもしれない。



だが、彼女の懸命な処置も空しく、花が蘇ることはなかった。
長く放置されていたことが原因だったのだろう。誰もが思っていたし、シグナルも自分のせいだと思わなかった。
助からないかもしれないよと、最初に言われていたからだ。
だけど、どんなに頑張っても駄目だった。花は枯れてしまった。
シグナルは泣くだろうと思った。でも彼女は無言で鉢を片付けて、枯れた蘭の花を名残惜しそうに捨てる。
「やっぱり、駄目だったね」
明るい声で言われて微笑まれても調子が狂ってしまう。空元気なのだろうとみんなが思っている中で、シグナルは一人、電脳空間に降りた。
何もなかったそこに紫色の粒子が花びらのように舞い降りて、少女の姿を作る。
最後の一枚が降り立つと、シグナルは紫水晶の瞳を開いた。
「待っていたぞ、シグナル」
背後から聞こえてきた声に、彼女はびくっと身を震わせた。おそるおそる振り返ると、そこにはコードが縹藍の衣を翻して立っていた。
「……コード」
呼ぶ声に従うように、コードは静かに近づいてシグナルの頬に手を添えた。
「泣きに来たんだろう。上だと、みんなを心配させるからな」
「コード、あの、私は……」
彼に嘘はつけなかった。コードの温かい手に誘われるようにシグナルの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる。それが彼の手も濡らした。
「コード、私っ…私ぃ……っ!!」
彼女の心の堰が切れたと同時に、コードはシグナルを抱きしめた。
シグナルは彼の胸の中で声をあげて泣いていた。
「かれっ、枯れちゃったっ…おはなっ、枯れちゃったあ……」
コードは何も言わなかった。お前のせいじゃないと慰めるのは簡単だ、けれど今の彼女にそんな陳腐な慰めがなんになるだろう。
ただ抱きしめて、彼女の心が叫ぶままに聞いてやるしか、コードにはできなかった。
嗚咽をあげ、揺れるシグナルの身体。涙で湿っていくコードの胸元。
生命の終焉は、どんなに小さなものでも悲しくて。
バンドルを失ったあの日、誰もコードを慰めてはくれなかった。ただそばにいた妹が、『お兄様のせいではないですわ』と言ってはくれたのだけれど。
それでも寂寥は埋まらなくて。
「私、助けられなかった! 誰も、何も助けられなかった!!」
「……命あるものは、いつか死ぬんだ」
コードの言葉が、静かに響いた。シグナルはしゃくりあげながら目の前の彼を見上げる。呟くように呼んだはずの彼の名も、涙に溶けて聞こえなかった。
「花も人も……そして機械もプログラムも。形を成した以上、壊れるものなんだ……」
「誰が……そんな悲しいこと決めたの?」
シグナルの問いに対する答えは遥か太古の昔より定められた神とて容易に答えられるものではない。
コードはただ鋭い瞳でシグナルを見据えていた。
「……俺様は知らん。ただ、生まれて死んで、作っては壊すだけなんだ……」
「コード……」
彼の指がシグナルの頬を少し乱暴に撫でる。
「生きろ、シグナル」
それが、約束だから。
人と機械が一緒に生きていくその道を拓く。そして拓いた道を守り続ける。
「コード……私……」
シグナルは自分の甲でしっかりと涙を拭いた。
「俺様と、約束しただろう。これから俺様と一緒に生きると。お前はまた俺様を一人にする気か?」
コードはシグナルの肩を掴んで乱暴に揺さぶった。
「コ、コード……」
世界でたった一人。体も心も、それらを構成する組織さえ同一に近づけられる、桜色の恋人。
あの時は、彼を死なせたくなかった。
MIRAで構成されてはいたけれど、コードにSIRIUSは使われてはいなかった。
だからあの結晶が作り出す破壊の風に、鳥型の彼が耐えられるとは思わなかったのだ。
一緒に生きて、一緒に死んでくれるといってくれた彼だけど。
シグナルは紫水晶の瞳から再び大粒の涙をこぼした。



大切なものを守るために
私はこれからどれだけ傷つけばいいんだろう


そして


守りきれなかったものが
どれだけこの手から零れ落ちていくんだろう



「……シグナル」
「コード……コード、私」
「何も言わなくていい」
離すまいと、コードはシグナルを抱きしめた。シグナルも必死にしがみつく。
正直、コードはどうしていいのかわからなかった。
ただシグナルの心が乱れないように護ることだけ――それしか出来ないと思っていた。
「俺様たちは、人に望まれて存在する。じゃあ、誰が人の存在を望むんだろうな」
コードの呟きにシグナルははっと顔を上げた。
あでやかな桜が泣き濡れる紫苑のジャンヌダルクを優しく包んだ。
濡れた頬を秘色の袖で少し乱暴に拭いてやる。
「痛いよコード」
「我慢しろ」
俺様はもっと痛かったんだからなと、コードは心中で囁く。
どんなに歎いても、もうあの男は戻らない。
それでいい、それが―ーどんなに不条理でも――摂理なんだ。
そのことをコードはよく知っている。
やっと泣き止んだシグナルを抱きしめたまま、コードは目を閉じる。
「シグナル」
「なあに?」
閉ざされていた青年の瞳が開かれしとき、少女はそこに世界を見るのだろう。
コードは琥珀の瞳でシグナルを見つめ、少し硬い唇で囁いた。
「俺様はお前を望む」
「え……」
なにを言われたのか、最初はよくわからなかった。ただ、ここじゃないところに行くんだと、それだけはぼんやりとわかった。
大切なものだけ抱きしめて。
煌く光の柱が二つ、桜と藤を綯い混ぜて立ち上り、そして消えた。




望むのはたったひとつ
あなたの笑顔だけ
そのために私はなんだってする


だけどそのせいであなたが悲しむとしたら
私はいったいどうすればよかったの?



まだ年若い少女の裸体に、男は手を触れた。
触れることを許されているのが、彼だけだったから。
生まれたそのときから共にあるように運命付けられていたから。
「や……だめっ」
背後から回された腕に、シグナルは指をかけて押した。けれどそれくらいで外れる腕ではない。
彼の手は確実にシグナルの乳房を掴み、その感触を楽しんでいた。
「あんっ……」
柔らかい乳房はふにゅふにゅとコードの手の中で形を変える。いやいやと身を捩るシグナルを押さえつけるようにコードは耳元で囁く。甘い吐息にシグナルの身体から力が抜け、その隙をコードが攻める。
先端の赤い果実を転がせばシグナルはまた身体をくねらせた。
「やだっ」
「いやじゃないんだろうが、もっと素直になったらどうだ?」
「そんなっ、恥ずかしいっ……」
ともすれば意地悪とも取れるコードのささやきさえ、シグナルには羞恥誘う刺激に他ならない。
しかし逆らう術も気力もないシグナルはただコードから与えられる快楽に身を任せるよりほかにはないのだ。
「んっ、コードぉ……」
「お前が側にいる、それだけでよかったはずなんだがな……」
コードの舌がシグナルの首筋をべろりと舐めると、彼女の身体がびくんとふるえた。
「コード、もうやだぁ……」
「ふむ」
やめてほしいのか、それとも。
コードの手がシグナルの女陰に伸びた。そっとくすぐるとそこは温かく湿っていた。
「きゃあっ!?」
「なんだ、もういいんだな」
くりっと果実を弄び、コードは薄く笑った。
彼の男も、もうシグナルを求めていた。
「来い、シグナル」
「あ……」
溶けてしまいそうなほどの、抱擁。
シグナルはそっと腕から逃れ、横たわったコードの腰のあたりに馬乗りになった。
彼のものに手を添え、少しずつ自分の膣内に導いていく。先端が少し入っただけでシグナルは息を詰めた。
「んっ……んん〜〜っ」
そろそろと腰を下ろしながら、シグナルの膣はコードの剛直を飲み込んでいく。
コードはそれを何をするでもなく見つめていた。
「どうした? まだいけるだろう?」
シグナルがもう無理だと泣く前にコードは彼女の細い腰を掴み、同時に自分を押し上げた。瞬間、シグナルの紫水晶の瞳が大きく見開かれる。体内にある彼のものが急激に彼女を攻め立てた。
「あうっ!?」
貫かれる痛みと熱さに、シグナルは悲鳴を上げた。
「いやあっ、コードっ! 抜いてぇっ!!」
そんな哀願をきいてやるつもりは、コードにはなかった。
互いに腰を揺らめかせ、ただ快楽の頂にふたりで登りつめる。腰を押さえていた腕にすでにその用はなく、かわりにシグナルの乳房を再び揉みし抱いた。
「やあんっ、はっ……はああっ!」
先端を指でこすれば、シグナルの締め付けが強くなる。
シグナル自身もどうすれば気持ちよくなれるのか徐々に覚えてきたらしい、コードの手が乳房から離れないように保ちながら、けれど下半身の疼きも解消しようと淫らに腰を振る。
すすり泣くような嬌声は聴覚を甘く刺激した。
「あんっ、コードぉ……」
シグナルがくねくねと身を捩るから、自然とコードも刺激される。彼はシグナルと同じ律動を刻みながら、自分の中から湧き上がる何かを、放出せざるを得なくなっていた。
そしてそれを、シグナルも感じ取っていた。
「あ……来る……」
「くっ、シグナルっ……」
強く掴まれた乳房に痛みを感じながら、しかしそれよりももっと大きな感覚に引きずり込まれて。
「あっ、ああっ、あああああああああああん!!」
「くあっ!」
吐き出されたコードの白濁した精がシグナルの膣内に注ぎ込まれた。奥底にぶつかってくる熱さにシグナルはうっとりと息を吐く。
しかし登りつめてしまうともう身体を支えていられなくなったのか、シグナルはコードと繋がったままだというのに彼の胸に倒れこんできた。
「もうだめぇ……」
へにゃりとうつぶせ、シグナルは目を閉じた。
そんなシグナルから器用に自分を引き抜き、コードは体勢を変える。
何度抱いても変わらぬ甘さ、愛しさ。
抱きしめてコードもまたゆるりと目を閉じた。
まだ、終わりじゃないから。
行灯の明かりだけが、静かにふたりを照らしていた。



その夜は何度も何度も交わった。
シグナルは疲労しきった身体を横たえたまま、すっと男に手を伸ばす。
「コード……」
「寝ていろ。誰もここには来やせん」
そのままでいることを許されても、もう動けない。それほど男の愛撫は激しかった。
けれど彼女はそれを責めない、なぜならそうさせている自分にこそ罪があると知っているからだ。
ぶっきらぼうでいて、それでも優しい彼をひどく傷つけ、怒らせてしまった。
紫苑の髪持つその少女はぼんやりと天井を見上げている。
「……っ」
痛くて痛くてたまらなくて。
コードの痛みが伝わってきて。
堪えきれなくなったら、涙が溢れてきた。
その涙はコードがそっと拭ってくれた。
「コード……」
「シグナル……」
「あ……」
これから先も永遠に許されることはない――彼の側を離れることを。
逃れようとは思わない、許されることなど望まない。
ただ、彼の側にいたいだけだから。
「コード、私……」
「もう何も言うな」
伸ばした腕をぐいと掴まれ、引き寄せられる。優しい桜の髪、月の瞳に見つめられ、シグナルは己が罪を見る。


ああ、我らは運命を共にせし者ども
永久の罪人
未来永劫我らは残酷な恋人でいよう




もう二度と君を放さない




月の揺り篭に抱かれ、少女は祈るように眠る
彼岸の彼方に咲く花に――建設途中の世界に芳しい未来を、と。





≪終≫




≪世界を蝕む奈落へ≫
最終回よりちょっとあと、シグナルが再起動してしばらく経った頃ですね。
あんまり書かなかったというよりどう扱ったらいいのか悩んでいたクエーサー氏も取り上げられて、如月は個人的に満足です。久しぶりにエロでしたが、いかがだったでしょうか。ほんと久しぶりで(;´д`)
……ごめんなさい。
注: 文字用の領域がありません!

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