ミエナイチカラ



たとえ目には見えていなくても
あなたを感じることはできるから



「放せ!」
「いーやー」
凛と気高い縹藍の着物の裾がだれーんと延びている。
いや、正確には彼の足元に青紫色の何かが掴まっていて、彼はそれを引きずっているだけだ。
コードの足首にしっかりと掴まったまま雑巾のように引きずられているのがAナンバーズの最新型、珠玉と名高い<A-S SIGNAL>ことシグナルだ。
ふたりは同じMIRAで作られた同素体であり、泣く子も黙る恋人同士だ。
古参メンバーになるコードは彼女の補助にと望まれ、彼もこれを快諾して今に至る。
「ああもう、鬱陶しい!」
コードが裾を払ってもシグナルは決して離れない。
「放さんか!」
「いやーだぁ! 特訓してくれるまで放さないもん!」
嫌々と首を振り、必死の抵抗――駄々とも言う――を見せるシグナルにコードはとうとうキレながら折れた。
「だーっ、もう!」
わかったからとコードが言うとシグナルはやっと手を放す。うにゅと起き上がると豊かすぎる胸の前で勝利のガッツポーズ。
「やった!」
「全く……」
というわけでコードはシグナルの特訓をすることになった。



シグナルは女性型としては初めての純戦闘型のロボットである。が、最新型であるが故に経験が浅い。それを補うためにコードの存在があるわけだが、しかし、主体で動くのはシグナル本人であるため、彼女自身にも経験を積んでもらわなければならない。
そのことは彼女自身もよーく理解している。
なので特訓をしてほしいとお願いしているのだ。ねだる相手はたいてい兄パルスかコードと決まっている。だけどパルスはほとんど眠っているし、クリスと出かけるのか、いないことも多い。ついでに言うとパルスはシグナルのかわいらしさの前に手も挙げられない。
というわけでそのほとんどが人型のコードの肩に強制的に乗っかってくるわけだ。
鍛えてやらないでもないが、いかんせん面倒くさい。
が、ほかに適任がいない。
シグナルに手を挙げられないのはコードとて同じことなのに。
はたはたと埃をはたいて立ち上がったシグナルはにっこりと笑っている。
「で、何の特訓をするつもりなんだ」
「んーっとね、前にコードが言ってた『五感を鍛える』っていうのをやりたいの。そもそも五感を鍛えるってどういうこと?」
可愛らしく小首をかしげてシグナルが問う。
コードは腕を組んで彼女を見下ろした。
「五感とはなんだ、言ってみろ」
「えっと」
シグナルは以前コードが言っていたことを思い出す。
答えは唇をすべるように出てきた。
「視・聴・味・臭・触の5つだよね」
「そのとおり。五感を鍛えるということは感覚を研ぎすませること。そのためにはやっぱり経験を積むことが大事だが」
まあお前の場合はとコードが続ける。
「カルマの作った菓子を食って<ORACLE>で茶を飲んで、俺様が仕込んだから味覚と嗅覚は今更鍛えんでもいいだろう」
「ふみ?」
家事の達人であるカルマの作る菓子がまずいはずはない。
オラクルが入れてくれる茶もわりと高級品。
コードは日本茶や中国茶を好むが、それとてやはりハイクオリティな一品ぞろい。
要するに知らぬ間に多種多様かつ高級な品々で餌付けされたシグナルはすっかり舌が肥えていたのだ。
茶当てをさせればおそらくほぼ完璧にできるだろう程に。
それほどまでに彼女の日常は平凡なのに非凡なのだ。
となるとあと鍛えられるのは視聴覚と触覚だ。
茶華道から歌舞音曲までやらせているのもそれらを訓練するための――少なくともコードはそう言い張る――もの。
しかしいまいち実戦向きではない。
「そうだな、実戦向きの訓練は必要だな」
「でしょう?」
「よし、じゃあやるか」
「うん」



というわけで。
「いいか、シグナル。今ここに立方体の空間を作った。ここには俺様とお前しかいない」
「うん」
白い光に満たされたこの空間は一辺の長さがどこも同じ。グリットのラインだけが黒々と光っている。
「今からこの空間で聴覚と触覚の訓練をする」
「はい」
シグナルはこっくり頷いて、コードを凛と見上げた。
がんばらなくちゃという意志が見える紫水晶の瞳にコードはわずかに頬を緩めた。
そんなコードの手に濃紫の細帯が握られる。
「ふみ? それでどうするの?」
「これで視覚を断つ。見えるものに頼らず、ほかの感覚だけで行動してみるんだ」
昔からよく行われていた訓練だというとシグナルはまたうんと頷いた。
「では始めるぞ」
「はいっ!」
そういうとシグナルは静かに目を閉じた。その上に布がかけられるのを感じる。後頭部できゅっと結ばれると視界は完全に闇と化した。
「見えるか?」
「ううん、見えない」
ならいいとコードが言う。コードの手が帯に巻き込んでしまった前髪を出してくれているのがわかる。すっと動く衣擦れの音もした。
「いいか、シグナル。まず第一段階だ。この空間内にいる俺様を捕まえてみろ。俺様は動かない」
「動かないコードを捕まえるの?」
「そうだ。そのかわり俺様は信号を消すからな」
「わかった、やってみる」
コードはすたすたと歩き、位置を定める。
「では、はじめ!」
「よーし、がんばるぞー」
言うなり、シグナルはその場にまっすぐ立った。神経を研ぎ澄まし、コードの位置を確認しているようにも見えた。
縹藍、古桜、雷――色彩は視覚、今は頼れない。
月と緑茶の香――これは嗅覚、ほんのりと感じる。
凛と佇む氷の姿――これは触覚、ぴりぴりと肌でわかる。
「よし、わかった!」
彼女がコードの感覚をとらえるのは早かった。
が。
「みぎゃん!」
ばたんと派手な音を立てて、シグナルがすっ転んだ。
「ああ、シグナル。言うのを忘れとったが、トラップを仕掛けたからな。まあ頑張れ」
派手にすっころんだシグナルの足下には段差があった。
強かに鼻を打ちつけたらしい、さすったからさらに真っ赤になっている。
その様子が小動物のようで、コードは口元を歪めて笑っている。
シグナルがキッと顔を上げた。
「もー! 笑ってるでしょ! 聞こえてるよ!」
「視覚を断つと聴覚が鋭くなるだろう?」
コードは大振りな白地の袖で口元を隠し、くくっと忍び笑いを漏らす。シグナルはむきーとこれまたかわいらしい怒り方でずんと一歩を踏み出す。
すると今度は上から金盥が落ちてきた。
ぐわんと音を立ててシグナルの頂頭部を直撃する。
コードはなおも笑いだした。
「トラップに気をつけろと言っただろう。ドジな奴め」
壁を背に、コードはシグナルの動向を見守る。
今度はトラップが気になるのか、彼女は一歩も動けないでいた。
「うみゅう。コードの場所はわかったのにぃ。でもここは電脳空間なんだからぁ」
そう呟いて、シグナルはもう一度その場に姿勢を正した。
見るんじゃなくて、感じなくちゃ。
私を包むすべてを――コードの存在を。
空気が凛と澄んでいるような気がした。それから、ちらちらとプログラムが脳裏に映る。
それらは全部コードがこの空間に仕掛けたトラップで――短時間によくもこれだけ仕掛けたもんだと感心するような量だった。内容はそれこそ水が降ってきたり落とし穴があったりとずいぶん可愛いが。
「コードは動かないんだよね、ってことは……」
シグナルがきょろりと顔を動かす。
するとそこに真っ白な線が見えた。
プログラムの隙間を縫うようにまっすぐコードに向かっている。
「見つけたっ!」
コードに向かってシグナルがまっすぐ走ってくる。
「やれやれ、やっと見つけたか」
「コード捕まえたっ!」
むぎゅと飛び込んできたシグナルを抱き止めて、コードはその髪を撫でてやる。
もう少しトラップに引っかかるかと思ったが最初の2つで済んだのなら十分及第点だ。
「少し時間がかかったが、最初だからな。まあよしとしよう。じゃあ次の段階にはいるぞ」
「はーい」
次はなんだろうとシグナルが待っている。
ふと、周囲のトラップが消えていくのがわかった。空間はもとの静けさに戻る。さらに消えていたはずのコードの信号も認識できるようになった。
「コード、次はなにするの?」
「俺様と鬼ごっこだ。俺様は逃げるから、お前が捕まえろ。トラップはなし、俺様もこの空間から出ない」
「制限時間とかある?」
「10分」
「絶対捕まえるー!」
言い出した端からコードを捕まえようとシグナルは手を伸ばす。だがコードは舞い踊るようにとひらりと身をかわす。縹藍の小袖にわずかに指先が触れていた。
「むぅ、惜しかったぁ」
「ほれ、時間がなくなるぞ」
さっきと違い、今度は動いているコードを捕まえなくてはならない。位置がわかってから向かっていってもコードはすぐに場所を移す。さながら闘牛士のように向かってくるシグナルを簡単に袖であしらっていた。
コードは、実はほとんどその場所から動いていなかった。シグナルをかわしながらひらひらとその場で舞っているだけだ。
「みゅー、それならあっ!」
シグナルはまたコードの袖に飛び込んだ。
コードはまたひらりと舞う。
「そこだあっ!」
シグナルはすっと身を落とし、コードの軸足をねらう。
が、そこは伊達にコードじゃない。
シグナルの細足をひょいと飛び越えた。
とはいえ、自分が場所を変えていなかったことに彼女が気がついた。それだけでも彼女の格闘センスが見える。
「ふん、なかなかやるな」
「ちゃんとわかるもん、コードのこと」
もう少しでコードを捕まえられるかも! そう思ったのも束の間、コードがセットした時計がリリリンと可愛い音を立てた。
「タイムアップだ。このゲームは俺様の勝ちだな」
「えっ!? もう10分経っちゃったの?」
「おまえの行動パターンは通り一辺倒だからな。パルス曰くの戦略のなさだ。もう少し頭も鍛えんとな」
「返す言葉もございません……」
ふにゅとシグナルが肩を落とす。
強くなることが一朝一夕にできるとは思わない。
思わないけど、やっぱり悔しい。
でも、悔しがってる暇があったらもっともっとがんばらなきゃ。
「コード! 次!」
「まだやるのか?」
「やる!」
ぐっと拳を握ったシグナルを見、コードは思う。
この子は充分に強い、と。
細雪を越えてきた、死神の鎌を振り切ってこの腕に戻ってきた。傷つけられても裏切られても、何度も何度も。
自分の足で立ち上がり、歩いてきたこの子のどこが弱いだろうかと。
誰もが愛した光、もっと輝けるなら。
「よし、なら今度は逆だ。俺様がお前を捕まえる。条件はさっきと一緒だ」
「コードの信号ありで、範囲は空間内、時間は10分ってこと?」
「そう。では始めるぞ」
「いつでもどうぞっ!」
シグナルは目隠しをしたまま、コードと距離をとった。
視界は闇に落ちているのに、心は不思議と落ち着いていた。コードと相対する、彼女の目の前には桜吹雪が見えていた。
凛として、鮮やかな。
研ぎ澄まされた氷の刃がその切っ先を近づけてくる、そんな感じでコードが近づいてくるのが彼女にはわかった。
すっとコードの腕が彼女を掴もうと延びてくる。シグナルはその繊手をすんでのところでかわす。
彼女も踊るようにコードの手から逃れ続けた。
目隠しの帯が紫苑の髪とともに揺れている。
戦闘型であることに加えて日舞を仕込んだことが彼女の身のこなしを洗練されたものに変えていった。
コードが桜吹雪なら、シグナルは蝶のよう。
捕らえる側のコードさえ、つい目を見張る美しさ。
「これは、本気でいくかな」
瀟洒な草履をさっと摺らせ、コードがそこに佇んだ。動かないコードにシグナルは気を抜かない。たとえこれがゲームでも、真剣にやってきたんだから。
沈黙は刹那だった。
コードとシグナル、ほぼ同時に動く。
蝶を捕らえようと――花から逃れようと。
コードの手がシグナルに伸びる。なんとか逃れようとシグナルが見えぬその手を振りきったかに見えた。
「甘い!」
「きゃあっ!?」
シグナルが逃れたのは、コードの右手。
しかし彼の見えざる左腕が、シグナルを掴んでいた。
飛び上がったシグナルの細い足首をぐっと掴む。バランスを崩したシグナルはそのまま引っ張られ、ついでにびたんと床に顔面から落ちた。
「ぷぎゅっ!」
「ああ、すまん」
さして悪いとも思っていないようなコードの声。シグナルはいたたたとつぶやきながら顔を上げる。
「ほれ」
差し出されたコードの手を取ろうかどうか、シグナルは悩みをうなり声に乗せた。負けん気は強い子だ。
コードは口元に笑みを刷くともう一度手を差し出した。
「ほら、もうお前の負けは決まったんだから」
「みゅ〜〜」
シグナルは心底悔しそうにコードの手を取る。とたん、彼はぐいっと彼女を引き上げた。
「ほ、ほえっ!?」
立ち上がった勢いのまま、シグナルはぽすんとコードの腕に抱きしめられた。
「コード……」
「今度も、俺様の勝ちだな」
コードの勝利宣言のすぐ後で、またタイマーが鳴った。
「もう少しだったのに、惜しかったな」
「悔しい……」
縹藍の胸元できゅっと拳を握るシグナルを見、コードは紫苑の髪を優しく撫でてやる。
「最初でこれだけ俺様から逃げられれば上出来だ」
「じゃあ、また特訓してくれる?」
「当たり前だ。お前に強くなってもらわねばならんからな」
目隠しをしていても、わかるのだろう。
コードの腕に抱かれたままでもシグナルはじっと彼を見つめていた。しかし彼がどんな顔をしているのかはわからない。
シグナルはおずおずとコードの頬に手を伸ばしてみた。
ふわっと彼の頬にふれる。
「なんだ?」
コードはその手を払わずに受け入れてくれた。
「ありがとう、コード」
「礼を言うにはまだ早いぞ」
「ふみ?」
言うなりコードは自分の頬に添えられていたシグナルの手を取ると、いきなりその細指を口に含んだ。
「ふみゃっ!?」
湿った温かさに襲われてシグナルは思わず手を引こうとした。しかしそれもコードが許さない。
しかも目隠しにした濃紫の細帯はまだ解いてもらっていないのだ。
「や、やだコード、先に目隠し取ってよぉ」
ぺろりと指を舐めあげたコードの舌をいつもより敏感に感じている自分に気づく。
それだけじゃない、腰に回されていた腕も、布越しに触れあっている体も。
コードの息遣いさえ、はっきり感じられた。
「特訓の成果が意外なところに出るかもしれんな」
「……え?」
耳元で囁くコードの声が、甘い。彼の声はこんな声だっただろうか。耳朶をくすぐる吐息と相まってシグナルはきゅんと身をすくめる。
「今のお前は、感覚がいつもより鋭くなっているはずだ」
「ん。だと思う……」
コードの目的が見えないまま、シグナルは彼の腕の中。
よし、とコードが笑ったような気がした。
「なら、今日の特訓はこれまでだ。後は俺様に付き合え」
「う……でもなにするの?」
ほんの少しだけ、おびえたかのような彼女。紫水晶の大きな瞳は未だに細帯の下だから、彼女の心はうかがえないけれど。
そんなシグナルの耳元にコードが面白そうに囁いた。
「そのまま、寝てみるか」
「……え、ええええええええ!?」



目隠しをしたままつれてこられたのは、きっといつもの部屋。
月の香りがする、コードの部屋。
もう何度も訪れて、何度も愛し合ったから怖いことなんてないはずなのに。
どことなく落ち着かないシグナルにコードはやっぱり笑う。
「落ち着かないか?」
「だって……」
言いたいことがいろいろあるのだろう、しかしなんと言ったらいいのかわからないシグナルの唇を早々に塞いでしまおう。
コードはその場にぺたんと座り込んでいるシグナルの頬に手を添え、そのまま少し深く口づけた。
「んっ!?」
啄むように、ときどき舌を差し入れながら、コードがキスを繰り返す。今のシグナルにはくちづけひとつさえ、ひどく刺激的なものに思われた。
「んっ……ふっ……」
少し固いコードの唇が触れる度に、怖くなる。
今、自分に口づけているのは本当にコードなんだろうか、とか、自分はどうなっちゃうんだろう、とか。
そんなシグナルの思考をよそに、コードは彼女を器用に自分の膝に抱き上げる。キスをそのまま続けながら彼の手はシグナルの豊かすぎる乳房へと伸びていく。
「んっ、んっ」
舌を絡めあう濃密なキスに闇が溶けていくような感覚。
黒いアンダーシャツの上からコードが乳房を掴む。むにゅむにゅと音を立てそうな柔らかい乳房を堪能するように揉み、あるいは撫でる。
「んは…コード……」
「いつもより敏感になってるな」
「そんなことっ!」
ないと言いかけたシグナルが、言葉を切った。続けられなかったのはコードが彼女の乳房に吸いついたからだ。
ぷっくり立ち上がった先端の果実を歯で甘く噛む。シグナルの体がびくんとふるえた。
「や、やだぁ」
「布越しでもこうなるんだ、直に触るとどうかな」
彼女の耳元で囁くのは意地悪な誘惑。
怖いから、いや。
気持ちいいから、してほしい。
どちらもシグナルの正直な気持ち。そしてそれは薄く開いていた彼女の唇が示していた。
「あ……」
か細く聞こえた、ため息にも似た声。
コードはシグナルのアンダーをたくしあげる。現れた白い乳房の先端は赤く、そして薄く濡れていた。
そこに改めて手を這わせるとシグナルの体はまたびくんと震える。
「あんっ、いやぁっ」
ただ乳房を愛撫されているだけなのに、体がひどく熱くて、今にも何かが弾けそうな感覚がシグナルを襲う。
彼女はコードの手から逃れるかのように身をよじった。
「いやっ、コードっ……んっ、んんん〜〜〜!!」
今度は二度――二度目は、少し長く震えた。
コードが手を止めると、シグナルも安堵したかのようにため息をもらした。
左腕に抱いたままのシグナルの耳元にまたしても囁く。
「なんだ、もうイったのか?」
「っ……わかんない……」
「なら、確かめてみるか」
「え……」
いうなりコードはシグナルの背後に回り、再び乳房を揉みし抱いた。ときどき先端もつまみ、指ではじく。
首筋に唇をあて、吸いついたり、舐めたり。
そのたびにシグナルがびくびくと体をふるわせているのがわかった。
「や、いやっ…ん」
シグナルの指が思わずコードの腕を掴む。けれど彼の腕を押し退けるだけの力はもう残っていなかった。コードに触れられる度に力が抜け、代わりに熱と甘い痺れが体を走る。唇から漏れる甘い吐息と嬌声が切なく部屋を満たした。
「んっ、コード……ああっん」
彼女の中の女が確実に高ぶっているのを感じながら、コードは彼女の下腹部に手を伸ばす。
乳房をぎゅっと握ったまま、空けた片手で彼女のスラックスに手をかけた。かちゃかちゃと小さく金属がぶつかる音がする。その音にシグナルがはっとし、慌てて手を伸ばした。
「やだ、やだやだ」
「おとなしくしていろ」
またしてもぎゅっと乳首を掴まれ、シグナルの体が小さく反った。体に少しだけ力を入れているのか足を開かれないように必死で抵抗している。
「無駄なことを」
コードはシグナルの耳朶にふうっと息を吐きかけた。視覚を断ったせいで敏感になっていた彼女の体は簡単に反応する。
「ひゃん!?」
その隙にコードは彼女の片足を抱えあげ、膝の裏から自分の足を入れた。
「あっ…」
こうなるとシグナルがどんなに足を閉じようとしてもコードによって開かれてしまう。
なす術もないまま、コードの手がシグナルの恥丘をなぞり、その先にある淫処にたどり着く。そこは汗と愛液とでとろとろに濡れていた。
シグナルの耳元で、コードがくすりと笑う。
「なんだ、やっぱりイっていたのか」
「や…ち、ちがっ」
「なら、いつもより感じているということか」
どっちにしても同じことだと、コードはシグナルの淫核を白く細い指で攻め続けた。
しかも、執拗なまでに。
「うああああっ!」
くちゃくちゃという水音が聞こえてくる。
今のシグナルに縋れるものはといえば、自分の体をまさぐるコードの腕だけ。
「あっ、あっ」
いやいやするように身を捩っても、彼の腕からは逃げられない。
逃げたくないと思っている自分も、どこかにいる。
もっとほしいと、浅ましい欲望に震える自分がいる。
怖くて、恥ずかしくて。
こぼれる涙も濃紫の帯が全部吸い取ってしまうけど。
「やだぁ! もうやめて! おかしくなちゃうぅ!」
「狂うには、まだ早い」
シグナルの淫核をいじっていたコードの指が激しさを増す。シグナルは細い首を仰け反らせて叫んだ。
「ああっ、イく! イっちゃううううううう!」
ぶるぶると身を震わせ、一際高い嬌声をあげながら、シグナルは絶頂を迎えた。
脈打つ体を止められない――彼女の中に、まだなにも押し入っていないのに。
溢れているだろう愛液をコードの指が掬い取る。それを口元に近づけられると、饐えたような独特のにおいが鼻孔をついた。
「俺様、指も入れていなかったのに」
「ふわ……」
呟くように息を吐いて、シグナルはコードの指をくわえた。ほんの少し苦い、自分の愛液。
苦しい息の中でシグナルは男の名を呟いた。
「あ……コードぉ」
「もう、いいな」
彼の言いたいことがわかって、シグナルはこっくり頷いた。その姿勢のまま、まずは上着から脱いでいく。
腕のガーターをはずして、ジャケットを脱ぐ。たくしあげられていたアンダーシャツにも手をかける。
「俺様も手伝おうか?」
「え……」
コードが乳房を両脇からきゅっと寄せ、そのままするすると上のほうへ手を這わせた。手が放れるとふるるんと揺れる。
「きゃあん!」
コードは彼女の乳房に触りついでにアンダーシャツを脱がせた。
「もー、コードってば……」
口の中でぼそぼそと文句を言いながらも、シグナルは確実に脱衣していく。
足のガーターをはずし、スラックスを脱ぐ。白くて健康的な足が太股からふくらはぎと、あらわになってくる。下着も取ってしまうと、それはすでにぐちゃぐちゃに濡れているのがわかった。
「コードぉ……」
「わかっている」
白く柔らかそうな裸体が艶めかしくていやに眩しい。
加えて今は目隠しという淫美な状態。
切なく求めるのは二人とも同じこと。
コードはシグナルに再びくちづけた。深く、優しく。
それは彼がこれから侵入してくるという合図でもあった。
腰だけを高く上げたうつ伏せの状態で、シグナルはコードを待っている。
「コード?」
求めに答えるように、コードがシグナルの尻をついっと撫でた。
「いくぞ、シグナル」
「うん……」
頼りないほどか細い返事に苦笑一つもらし、コードは自分の逸物で彼女の入り口をこすった。
「いやあっ、ここまできてじらさないでぇっ」
「じらしてなどおらん」
コードはシグナルの淫処に逸物の先端を差し入れると、そのままズッと彼女を貫いた。
「!!」
挿入の感じはいつもと一緒だと、シグナルは思った。
コードはまず一度最奥深く貫くと、あとはゆっくりと律動を刻む。そしてコード自身の限界が近づくと動きが早くなってくるのだ。
何度も愛したから、わかる。
怖くはない、はず。
今、自分の中に押し入って自分を犯しているこの肉の塊はまちがいなくコードだ。
「うあ、ああ」
けれどコードのものとわかっても押し入られている感覚は消えない。深く入り込んでくるコード自身にシグナルは歓喜の悲鳴を上げる。
「ああっ、ああああんっ!」
腕を支えに、シグナルがわずかに頭を上げる。
豊かな胸も畳につぶれていた。
「ああん、はあああん」
自分の腕を枕に、シグナルは揺さぶられるまま声を上げた。最初は怖くてたまらなかったのに、今度は自然と腰を振っている自分にさえ気づく。コードとつながっているときはたいてい強く目を閉じているので今更深闇であることも気にならない。
ふと、コードの動きが止まった。
彼はつながったまま、そっとシグナルの肩に触れてきた。刹那、シグナルの最奥をコードがつんと押す。
「んっ……」
身を強ばらせ、耐える。
「シグナル、腕を上げろ」
「ほえ?」
「腕を上げて背中に回せ」
「ん……」
言われるままにシグナルが腕を上げると、その細い手首をコードが少し乱暴に掴んだ。
「きゃんっ!?」
「ほら、そっちもよこせ」
「うあっ……!」
引っ張られてふわりと浮く上半身。シグナルの乳房が圧迫から解放され、その豊かさを見せつけるかのようにふるんと揺れた。
ずれたコードが、少し痛い。
改めて位置を定めるようにコードが動く。
「あっ」
コードはなにも言わず、彼女の手首を掴んで引くようにしながら、再び腰を使い始めた。
「ああーっ!!」
有無を言わせぬ挿入がシグナルを高みへと追いつめていく。ときどき体が下がって、乳房の先端が畳にこすれた。
「あっ、ああっん〜〜!」
見えないけど、感じる。
コードのすべても、そんなコードに抱かれていつも以上に乱れている自分も。
「やっ、も……っ」
ぐちゅぐちゅと湿った音、掴まれている手首の温かさ、最奥を攻めるコードの形さえ、今のシグナルには鮮明すぎた。
「あっ、ああっ、あうんっ!」
「くっ、いつもより締め付けるな……」
おそらくシグナルに自覚はないだろう。いつもより感覚が鋭くなっているとは思ったが、まさかここまでとは。
「全く、床(とこ)ばかりうまくなる」
それは誰のせいなのか。
コードはシグナルの手首を掴み直すとそのままぐいぐいと身を進めた。
「あんっ! ああんっ! もぉっ、もおらめえっ!」
「くっ、お、俺様もっ……!」
ぐっと締め付けてきたシグナルの内襞に逆らいきれず、コードの肉塊が先端から弾け、彼女の胎内に精をそそぎ込む。
「やあっ、あっ、コード……コードおおお!」
シグナルはびくびくと痙攣しながら高い悲鳴を上げた。
荒い息を繰り返す彼女の中からコードが自身を引き抜く。ずるりと濡れた音とともに注いだ精液が溢れてきた。けれどそれには構わず、コードは優しく彼女を抱き起こした。
「あ……」
汗ばむ肌でシグナルはコードの腕の中。
ぐったりともたれ掛かることしかできない。
「シグナル、ちょっと頭を上げろ」
「ん……」
力なくコードの胸に身を寄せるように、シグナルが頭を上げる。コードがやっと濃紫の帯に手をかけ、はずしてくれた。
「ほら、目を開けてみろ」
「んっ……」
促されて、そっと目を開く。
今まで暗闇にいたから、コードの部屋のほのかな明かりでもシグナルには少し眩しいくらいだ。
目に飛び込んでくる光にシグナルは再び目を細めた。けれど薄く開けていてもわかるのは、縹藍と桜色、凛としてそれでいて温かなコードの姿。
おそるおそる顔を上げると、コードは優しくほほえむようにシグナルを見つめていた。
「大丈夫か?」
問われているのに、シグナルは答えなかった。答える代わりに、コードにぎゅっと抱きつく。
怖くて、恥ずかしくて、でも……。
「おい、シグナル」
どう呼びかけても、彼女はコードから離れない。
全裸だということもわかっていないのか、むにゅむにゅと胸を押しつけてくる。
「やれやれ」
そんな彼女に誰がした。
コードは今回の情事が自分の発案であることを棚に上げた。そしてシグナルの浴衣を手元に呼び出し、ふわっと肩に掛けてやる。
「シグナル、風呂にいくぞ。立て」
「立てないもん……」
やっと口を利いたと思ったら非難めいた口調でだっこのおねだり。
コードはシグナルの紫苑の髪をくしゃっと撫でると、そのまますっと抱き上げた。
シグナルも、コードにぎゅっと抱きついた。
「ね、コードぉ」
「なんだ?」
「今日のね、すっごく……」
唇の先で呟いて、シグナルはまた顔をおろした。もうまともに顔を見れないくらい、恥ずかしいらしい。
そんなシグナルをもう一度しっかり抱きかかえ、コードは風呂へと続く廊下を楽しげに歩いていった。



こんなことがあっても、シグナルは特訓をやめなかった。
強くなりたいという気持ちと、それは全く別の話だからと。
彼女はコードとの鬼ごっこを繰り返した。
回を重ねるごとにシグナルは確実にコードを追いつめていたし、コードが鬼の時は長く逃げられるようになっていた。
「これは、俺様もうかうかしておれんな」
「へへー、でしょー?」
「調子に乗るな」
「ほえ」
特訓が終わった後、目隠しをしたままくちづけられる。
「!」
啄むように軽く、徐々に深く激しく。
息が上がってしまうほどのくちづけにシグナルははあとため息をもらす。コードがくくっと笑った。
「また別メニューが必要なようだな」
「別メニューって……」
まさかとシグナルがくるりときびすを返す。が、それより早くコードがシグナルの腕を掴んだ。
「こら、逃げるな」
「だ、だってだって」
彼女がみぎゃあと叫ぶ暇があればこそ。
コードにずるずると引きずられ、奥の間に放り込まれる。



――そして、間。



シグナルはコード邸の総檜の風呂場にいた。
「ふにゅう〜〜」
特訓の後の別メニューのせいでもうくたくたなのだ。
今日は一人でのんびりと湯船に浸かっている。
「……コードったら」
ぱしゃと肩に湯をかける。ふと見れば体中に赤い痣がたくさんついていた。乳房の脇、あっちもこっちも。
もちろん、そんな痣がつくようなコトをしていたということなのだが。
羞恥のあまり、シグナルはぶくぶくと湯船に沈む。
このまま別メニューを続けていたら。
別メニューの内容がもっとハードになっちゃったら。
考えただけでかあっと体が熱くなる、そんな気がした。
「くせになりそう……」
自分の呟きにまたも頬を赤らめ、シグナルは再び沈む。浮いたり沈んだりを繰り返しながら、彼女はぽつりと呟いた。
「コードのばかぁ」
「聞こえとるぞ」
「にぎゃっ!?」
かららと引き戸が開いて、湯気の向こうにコードが現れる。シグナルは思わず片腕で自分の胸をかばうように抱いた。
「いつまでも出てこんから溺れているかと思ったら、俺様の悪口とは」
いい度胸だなとコードが湯船に近づいてくる。
シグナルはおたおたと手を振った。
「ち、ちがうの、悪口なんて言ってないよぉ」
「“コードのばか”とか聞こえたが」
濡れるのにも構わず、コードは湯船のシグナルに迫る。
「ゆっくり聞こうか」
怖いくらいの笑顔で近づいてくるコードにシグナルは。


「み、みぎゃあああああ……」




君がいればいいんだって
それだけでいいんだって
だけど足りないって思うから





特訓のおかげでシグナルは確実に強くなった。
いろんな意味で。









≪終≫






≪あとがきなんだ≫
タイトルはB'Zの『ミエナイチカラ』からそのまま拝借しましたが、歌詞はまったく関係ありません。
今回は目隠ししたままです。日記で暴走したので、頑張ってみました。
書いていた本人はめちゃめちゃ楽しかったですが、皆さんはどうでしょうか。
ネタ提供のMさまに深く感謝いたします。ありがとうございました(*´д`)
注: 文字用の領域がありません!

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