change my mind interlude



「なぁ、烈兄貴」
「なんだよ」
「あれで…よかったのかな」
豪にしてはとても珍しく、少し不安げな表情で烈に尋ねた。
「あれ、って?」
「デートプラン」
聞いて、烈は目をぱちくりさせた。
終わった後の事は気にしない。ましてや、そのときの豪はある意味で豪じゃない。
それが、ここまで引きずるというのは相当だな、と烈は思った。
烈はしばらく考えて、答える。
「…いいんじゃないのか?少なくともイメージは壊してないと思うぞ」
「う、うん…」
「それに、後悔してももう遅い。自信があったからあのプランを立てたんじゃないのか?」
「まぁな」
それだけは、豪ははっきりとうなずいた。
やったことには目を背けない。それが豪のビートに対する心持ちだった。
モデルとしてポスターが貼られていても、豪がまったく動じないのは、そういう心持ち故の態度だ。
2人は街路を歩く。休日の午前、私服姿で二人で一緒に帰るのはもう常になった。
今回の撮影は泊まりがけだった。二人はそれぞれ別の理由をつけて母親には了承を取っていた。
「それに、お前、このために一生懸命やってたじゃないか。きっといいって言ってくれるさ」
「兄貴はいいんだよ…イメージ崩してないし」
「少し素が出てたからなー、豪のプラン」
「ああー、言わないでくれ…」
恥ずかしそうに額を抑える豪に、烈はくすくすと笑っていた。
1時間前の豪を想像してしまったからだった。
ここで照れてる奴が、1時間前まえまで全く別人のようにカメラの前で写真になっていたなんて、誰が想像するだろう。
それは、烈自身にもいえることなのだが、あえてそれはいわなかった。

天才モデル「バスター」と「ビート」
それが今の烈と豪の隠し名だった。
元々は豪がスカウトされてやっていたバイトだったが、烈がスタジオに見に行ったら対抗心を持ってしまい、豪が気がついたときには烈は「バスター」としてモデルになってしまっていた。
喧嘩しているわけでもなく、単にプライドだった。
その証拠というのか、2人がモデルとして活動し、人気を集めても喧嘩することもなく、こうして一緒に雑誌についての話もする。
同じモデルをして、豪と一緒の視点で見るようになってから、会話が増えたな。と烈は思った。
それは、少しくすぐったいような感覚。
兄としての威厳と、ライバルとしての感覚が適度なバランスで保たれて、とても心地いい。

(デートプラン、か…)
烈も考えたが、確かに難しかった。彼女がいる、という設定なのだから余計に。
手の中にある雑誌をしげしげと眺める。
そこには「ビートとバスターのデートプラン!あなたはどっち?」なんて書かれた雑誌の表紙が飾られている。
表紙はビートとバスターの2人で赤と白のリボンつき花束を持っている、というものだった。
「ま、今さら考えてもしょうがないさ。だって」
ぽん、と豪の肩を雑誌で叩いた。

「もう雑誌は発売されてしまったんだからな」
「…はぁ、そうだな、もうどうにでもなれ!」
「そうそう、もうお前じゃどうにもならないさ」

足早に歩く豪を追いかけながら、烈は数か月前の事を思い出していた。




9月前半のことだ。雑誌12月号の特集はもちろんクリスマスだ。
どうも今回の特集はクリスマスデートプランらしく。
「え、俺たちが考えるんですか…?」
「デートプランを…?」
それを聞かされた時、呆然とした表情でお互いを見つめた。
2人のマネージャー兼今回の特集の企画者の咲丘は微笑む。
「そうよ、世の女の子達が羨むような聖夜のデートプランをね。ちなみに年齢非公開だから車でドライブっていう選択もあり」
咲丘の言葉に、まだ信じられない、といった表情で固まるビートに対し、バスターは静かに問う。
「……それで、俺とビートでプランを出して、どうするんですか?」
「投票してもらうわ。ホームページと携帯サイトで。2人の人気とプランの構成力の勝負になる」
「…勝負、ってことですか」
少し、バスターの口調が変わった。
「ま、軽くでいいわよ。投票自体は。ただし、プランはマジメに考えてもらいたいけれど」
「だそうだ、ビート」
しばらく聞いていたビートだったが、すっと目を閉じた。
「いいぜ、プラン考えてやるよ、いつまで?」
「25日」
「わかった」
「さて、どんなものがでてくることやら」
ビートとバスターはお互いを見つめて笑っていた。
このときは、まだよかったのだけど。
プランを考える、というのは豪にはかなり大変なことだったらしい。
ビート=豪であるということを極力隠したがる豪が、ビートの服装のまま外に下調べに行った、と聞いた時には驚いた。
一歩間違えれば、マスコミに嗅ぎつけられらない行為。
そして、それだけこの企画に真剣になっていることも、わかった。
負けられない。
心の中で熱せられた思いが溢れ出す。
世の女の子たちが、誰もが楽しめて思い出に残るような聖夜を。
髪を整える。クラシカルレッドの髪が静かに揺れる。

「それじゃ、行きしょうか、咲丘さん。お願いします」
「わかった。全く、マネージャー使いの荒い兄弟ね」
「この企画出したのはあなたでしょう、それくらいしてくださいよ」
「わかってる。えっと…このルートでいい?」
「はい」

撮影終了後、咲丘を連れてプランの予定地を回った。
雰囲気もいい店だったし、これならいいかな、と思えるような。
「あ、この店もいいかな…」
そう思いながら言うと、咲丘が口を挟んだ。
「そこ、ビートも見に行っていたよ」
「ビートも?」
「すぐに候補から外しちゃったけどね」
「また、どうして?」
「うーん、ルートから少し外れるって。いい店なのに、って残念そうにしてた」
「いい店、ってビートが?」
「うん、店長さんがすごく喜んでいた。綺麗な花を飾ってるってビート言ってたのよ。そしたらその店、自分の家で花育ててそれを使ってたんだって」

聞いて、バスターの表情が変わった。
「…信じれらない」
「ほんとよね」
(…そういうところに、気がついたのかあいつは……)
店の内装とその風景を写真には撮っていくから、そういうところは気にしていないだろうと思っていた。
それを、花が綺麗だと気がついて、それが店でも心配りにしていることで…
やっぱり、とバスターは思った。
自分とビートは着眼点が違う。おそらく見せるプランは全く違うものになるだろう。
そして、最高のものを見せてくる。そう確信できた。
「結構、強敵かもしれない…」
「バスター?」
「…なんでもない、行きましょう」

車を走らせながら、バスターは少し考える。
最近、ビートは少し変わった気がする。
鋭利な眼差ししか見せなかったビートが、ふと柔らかい表情を見せるようになった。
冷たくて、氷のようだと思った。その雰囲気が。
それが、少しずつ変わっていく。
(もしかしたらだけど)
素の豪が少し、漏れてしまってるのかもしれない。自分の影響で。

そう思った。


「な、烈兄貴」
「ん?」
不意に言葉をかけられて、豪のほうを見る。
「兄貴、クリスマスの予定は?」
「え、特にないけど…」
「じゃ、空けておいてくれ」
にや、と豪は悪戯っぽく笑った。
「何かあるのか?」
「まぁな、ジュンも呼んである」
「3人でクリスマスパーティでもするのか?」
「そんなところかな、あ、あと。ソニックもってこいよ」
「ソニックを?」
(レースでもするのか?)
そう思って、烈は首を傾げる。
「そうだよな、もう発売してるんだし、後は野となれ、山となれだ」
烈の疑問を無視して、豪は意気揚々と歩いていく。
(ま、いっか)
「おい、そんなに早く歩くな」
烈はその後を早足でついていく。


◆   ◆   ◆



そして、クリスマス当日。

「あ、やっと来たよ」
「やっ」
「ごめんごめん、遅れた?」
「3分遅刻」
「うわ、豪の癖に細かい…」
冬休みも入って数日、烈と豪とジュンは駅で待ち合わせをしていた。
豪がどこかに連れて行ってくれるというので、ジュンもそれなりの格好をして、烈は苦笑していた。
「どこへ行くの?」
「んー、バイトで目を付けた店があってさ。そこへ行こうかなって」
「あ…」
バイト、と聞いてぴんときた。
ビートが確認して、ルートと合わないから諦めたっていう店だ、と。
「車は?」
「歩いていく」
そんなビートみたいにできるかよ、と豪は笑った。
「なによー、運転手はいないの?」
「クリスマスに連れ歩けるかよ」
向こうだって彼氏がいるんだよ、と烈がなだめた。
「そうそう。2人のデートプラン見たよ」
「ど、どうだった?」
ジュン曰く、2人のデートプランは思ったとおり「誰もが羨むクリスマスデートプラン」だったとのこと。
「2人って、彼女いなかったよね」
たずねると、烈と豪は顔を見合わせた。
「いないよな」
「俺もいない」
「じゃ、全部想像で?」
「…ああ…悪いかよ」
「そんなこと言ってないじゃない、ビートがデート誘ってくれたらあんなことしてくれるんでしょ、いいな…」
「悪かったな。今回はビートじゃなくて、俺のデートプランなんだよ」
「豪の、デートプランか…なんか不安」
「なんなら、俺が変装してやってもいいぜ?」
にや、と笑って見せた。
そして、烈もにやっと笑って見せた。
「あ、豪がやるなら俺もやろうかな」
「ちょ、ちょっと烈まで…」
「どうする?」
「ジュンちゃんが決めていいよ」
2人でジュンを見つめた。
「ええー、そんな…」
このまま変装して欲しい、といえば、彼らはおそらくビートとバスターに「なりきる」だろう。
「なりきる」といっても本人なのだから、それはそのまま本人を相手にするということだ。
「いいの?」
「ああ、構わないぜ、店は俺の名前で予約取ってるけど」
「ジュンちゃんがいいなら」
「う…」
どうしよう、とジュンは戸惑う。
ビートとバスターになった2人は知っているとわかっていてもあまりの雰囲気の違いに戸惑ってしまうのだ。
「うーん……」
ジュンが悩んでいる。烈と豪は回答を待っていた。
しばらくして、ジュンは顔を上げた。
その顔は笑顔だ。

「…やっぱ、いいや。そのまんまでいいよ」

「え?」
「だって、独り占めしたら周りにシメられそうだもの」
ビートとバスターだよ?周りになんて言われるか想像しただけで怖い、と苦笑した。
「あ、あはは…」
「女の子の世界ってのも大変なんだな」
「それに、せっかくのクリスマスだし、あんたたちに無理させたら悪いわよ、クリスマスくらい自然体でいなきゃね」
「ジュン…」
「ジュンちゃん、ありがとう」
「いいよ」
ビートとバスターのデートプラン、それもまた豪と烈の考えて、作ったものだったが、今から豪の行く場所は、本当に豪が行きたいから考えた場所だった。
「あ、あったぜ、この店だ」
「やっぱりか」
「あれ、兄貴知ってた?」
「俺がプランの下見してたときにビートが見に行ってたって、咲丘さんが教えてくれたんだよ」
「なるほどね」
豪が選んだ店は、庭園のど真ん中にあるようなカントリー風の店だった。
ハーブチキンが人気のこの店は、クリスマスということもあって予約しなければ入れない店だった。
豪はビートとして下見に行ったときにこっそりと予約しておいていた。
「へー、豪がこんな店選ぶなんて意外」
「なんだよ」
「だって、ビートのデートプランってあれでしょ。すごくクールな」
「ああ…あれはそういうつもりだったからな」
ビートのデートプランは確か音楽メインの、ジャズがよく流れる店で、最後はプレゼントまで用意する、というかなりハイセンスのものだった。
「いいなって、思ったんだ。直感ってやつ」
「豪の直感ね…」
「なんだよ、烈兄貴」
「なーんでもない」
「むぅ…」
そんな、ビートとバスターの会話を織り交ぜつつ、3人はディナーを思い思いに楽しんでいた。
「ね、豪はなんかくれないの?」
「はぁ?」
「クリスマスプレゼント」
「ああ…、ほら」
豪は小さな袋を差し出した。
「ほら、兄貴にもやるよ」
「あ、ありがとう…」
まさか自分にももらえるとは思っておらず、豪をしげしげと眺める。
「ま、まぁ、その…付き合ってくれた、礼ってやつ」
「へぇー、中身はっと…」
「……」
少々むくれた顔で、2人袋を空けるのをじっと見ている。
「…ストラップ?」
「適当なものだけどな」
ビーズ製のクローバーをあしらったストラップだった。
「俺のもなのかよ」
烈の方は、赤いビーズ製の翼をあしらったものだ。
烈が不満と疑問の混じった声で言う。
「烈兄貴は携帯のデコに無頓着すぎなんだよ、ストラップくらいつけとけ」
「豪のくせに」
「何か言ったか?」
「別にー」
ま、いいか。と烈はストラップすら付けていない携帯を取り出すと、器用にひもを潜らせた。
「俺には何もないのかよ」
今度が豪が不満を言う番だった。
はぁ、とため息をつくと、ジュンが箱を取り出して豪に渡す。
「…あるわよ、ほら」
「お、サンキュ」
「烈はあるの?クリスマスプレゼント」
「あ、うん……」
「烈兄貴、買ってたんだ…」
「お前が招待するっていうし、なんか、受けっぱなしは割に合わないんだよ」
「なんだかなー、素直にプレゼントだって言えないのかな兄貴は」
「悪かったな」
「あはは、2人とも面白い」
「何処が!」
「豪のほうだろう!」
2人で同時にジュンにつっこみを入れ、店のひとに怒られた。
そのあとは、3人でWGPの思い出話をしたり、最近のバイトのちょっとしたことを話す。
話がひと段落ついたところで、烈はふと懐かしい目をして笑った。
「…いいな、こういうの」
「烈兄貴?」
「なんていうか…子供の頃に戻ったみたいで」
「ん…ま、いいんじゃねーの、クリスマスなんだし」
「そうそう、烈もどんと素を出しちゃっていいんだから。普段猫かぶってるのにさらにバイトで重ね着してるようなものだよね」
「あはは、ジュン上手い」
「豪ー」
そう言っててれながら、ふと思い出した。
猫をかぶっている。それも重ね着。やっぱり、そう思われてるのかな、と。
自分としては演技というよりは素に近い自分を出しているような気もする。
素というよりは別の一面。
決して、無理をしているつもりは、ない。
豪もどこかで全てを冷めた目で見ている所があるから、ビートで出来るんじゃないか、と思う。
まっさらの何もない状態から、あのビートは生まれない。
たぶん、豪の別の一面なのだ。今の豪も、ビートも。

「…今日は、ありがとな。烈兄貴、ジュン。無理言っちまって、予定本当になかったのか?」

急に畏まって言う豪に、ジュンと烈はきょとんとしながら見つめる。
「何?豪らしくないよ。予定はそりゃあったけど…まぁ大したことじゃないから」
「お前が何か企んでいたら、お目付け役はいるだろう?」
ジュンも烈も今回豪が誘ったことには、文句を言うつもりはなかった。
クリスマス、この聖なる日に、恋人でも家族でもなく。
幼馴染みと兄弟とクリスマスプレゼントの交換をして、他愛もないことを話して。

きっとこんな機会なければ、できなかった。

どんなに素敵なデートプランを立てても、恋人同士なら甘い時間になれたけれど、今の3人は少し重い。

ぷるる…と携帯の振動音が鳴り響いた。
「…お、来たな」
豪は携帯を取り出して耳に当てる。
「誰からだろう?」
「さぁ…」

「準備できたか?ありがとな。じゃ、今から行く。え、迎えに?いいのか?サンキュー。頼んだぜ」

ぴっ、と通話を切った。
「よっしゃ、2人とも出るぜ」
「ちょ、ちょっと」
「何処に行くんだよ」
「星馬豪のクリスマスデートプラン、最後はやっぱり」

びっ、と顔元にマグナムを当てる。
「レースだろ?」
そうしてにやりと笑ったのだ。
「藤吉に、頼んだんだ」

烈が額に手を当てる。
「お前、藤吉くんまで巻き込んだのかよ…」
「それでマシンもってこいって…」

ばらばらばら…と空からヘリコプターの音。
「俺たちのメインイベントはここからだ。烈兄貴、準備はいいな?」
マグナムを胸元に突きつけられる。
それは、宣戦布告に近いものだった。
烈は目を閉じ、そして。

「ああ、いつでも」

挑戦的なまなざしを、その目に焼き付けた。
これこそ、星馬豪で、星馬烈だ。
お互いに、そう確信した。
「それじゃ、行こうぜ」
「ああ」

「ちょっとー、豪ー烈ー」
何が起こったのかわからないジュンを置いて、風が起こるヘリコプターの下で、クリスマスツリーが輝く。

「メリークリスマス!」

豪がどこかの空に向かって、叫んだ。

「誰に向かって言ったんだ?」
「さぁな、今頃どこかの空を飛んでるサンタだよ」




背景素材:素材通り




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