White Narcissus
俺と兄貴は兄弟。そして両思いで恋人だ。 けれど、恋人らしいイベントは何一つとしてしてこなかった。 だって俺たちは男同士、そして兄弟。絶対的な絆だったけど、恋人としてはあんまりにも常識はずれな関係。 そんなの関係ないと俺なら言い切れた。 だけど、兄貴はそうはいかなかったんだよな。 恋人らしいというかはよくわからないけど、前より優しくなったような気がする。 好きといってくれた、たまにゲームの相手をしてくれるようになった。調子に乗って抱きついても、弾いたりしなくなって照れてる。 だけど、デートっていうのはしたことない。 兄貴、クリスマスくらいデートしてみてもいいんじゃないの、な? White Narcissus 外を見ればいかにも冷たそうな風が窓をたたいていた。カレンダーを見れば、それはもう最後のページとなっている。 そして、3週目に目がいく。 12月24日、クリスマスイヴ。 豪と両思いになって、はじめてのクリスマス。幸運なのか、今年のクリスマスは振り替え休日でお休みだった。 クリスマスが終われば冬休み。けれどそれまでには期末テストへ向けて勉強をしなくちゃいけない。 クリスマスくらい、豪と特別な日をすごしたい。 そんなことを思うこともある。けれど具体的に何をすればいいのかわからない。 (どこかへ出かけようにも、兄弟で恋人っぽい場所へ行ったらきっと目立つんだろうな…) そう思うと憂鬱だ。だから、クリスマスも家で過ごすほうがいい。豪とゆっくりした時間を過ごせればいい。 少し寂しくははあるけれど、それでいい。 書きかけの問題集を閉じて、ため息をついた。 「どこの少女マンガだよ…」 自分で考えてみて、笑ってしまった。 不意に、部屋のドアの外でゴトゴト音がした。 これは、豪が部屋に入ってくる音だ。 ずいぶん前から、足音のリズムでほぼわかるようになってしまっていた。 「烈兄貴」 「いつもノックしてから来い、って言ってるだろ」 「ごめんごめん」 そういいながらも、熱いカフェオレを入れたマグカップ持ってるあたり、気を利かせてくれる。 「はい、これ差し入れ」 「サンキュ」 砂糖いっぱいのカフェオレは、豪が甘さを調整してくれたものだ。 好みを知り尽くした豪ならでは、とも言える。 「なぁ、烈兄貴」 「何だ?」 「クリスマス、デートしないか?」 「―――!!げふっ…けふ…」 「あ、兄貴!?」 思わず、カフェオレを噴出しそうになった。それを意思で強引に飲み込む。 そしてら、今度は気管に入りそうになり、むせた。 「大丈夫か?」 「い、いきなり変なこと言うな!」 「え…変なこと、かよ…デート……」 「当たり前だ!俺たちでそんなところ、行ったら…」 「行ったら…?」 目立つだろうし、学校の誰かに見られでもしたら… いろいろ想像がめぐってしまい、言葉に詰まる。 「…はぁ」 黙りこくってしまった自分に対して、豪は少しだけため息をついた。 「兄貴の考えてること、当ててやろうか」 「え?」 「まず、そんな人通りの多いクリスマスに二人で出かけたら、怪しまれる」 「う…」 「クラスメイトの誰かにみられて、噂にでもなったら、俺の将来に関わる、母ちゃん父ちゃんに知られる、こんなところだろ」 図星だ。そこまでわかるとは、豪の愛情とやらは恐ろしい。 「よく、わかるな」 「兄貴が考えそうなことだしな。俺だって考えることぐらいはするぜ」 「そこまでわかるなら、なんでデートとか言い出すんだ」 「恋人だから」 「……」 あっさり、言い切った。 考えてみれば、思ってるだけでいいはずのこの感情は、いつのまにか告白という形になってしまった。 そして、それ以後はこうして、部屋の中だけ恋人状態。 キスはまだしてないけれど。仲がいい兄弟と恋人との中間といった感覚。 「俺のことはいいんだよ。兄貴は俺と一緒にいたいのか、いたくないのかどっちなんだよ」 「いたくなかったら、俺は豪を蹴っ飛ばしてるな」 「厳しい答えだな」 「正直な答えだ、でも…クリスマスくらい、お前と二人きりっていうのもいいのかもしれないな」 「ほ、ホント?」 僕にとっては、かなり危険な賭けだけど…豪と恋人になることを許した時点で、僕は氷の橋を歩いているようなものだ。 いつ折れたり、溶けたりしてもおかしくない、氷の橋を。 「行ってもいい。だけど」 「だけど?」 「行くからには、期末テストで赤点取るなよ」 「う…努力します」 「よし。日程と場所は決めてるのか?」 「……」 「まさか、決めてないのか?」 「いや、決めてることは決めてるんだ」 豪は、父さんのパソコンで印刷したらしいチラシを見せてきた。 たまにCMで見かける植物園のチラシだ。 「クリスマスイルミネーション、か…」 「えっと、夜で植物園だったら、顔見えにくいし、家族連れもいるだろうし、兄貴もOKするかなと思ってさ」 「……イルミネーションってことは、夜、だよな」 「そうだよな」 「……なぁ、豪」 「何?」 「クリスマスにデート、ってことにこだわってるか?」 「え…うーん…別にこだわってないぜ。俺は兄貴とデートできればそれでいい」 「なら、出かけるのは23日でもいいよな」 「23日…あ、帰ってくるの夜遅くだもんな」 「そういうこと」 「いいぜ、じゃあ23日に決まりだな」 「…ああ」 豪と、デートか。まだあまり実感が沸かない。 普通にイルミネーションを楽しめば、それでいいか。 「じゃ、それぞれ友達と出かけるってことにしておこうぜ」 「母さんに悟られないように気をつけろよ」 「わかってるって」 本当にわかってるのか疑問だけど、とにかく、クリスマス前日に豪と出かけることが決まった。 母さんには悪いけれど、今回ばっかりは嘘をつくことになってしまう。 「…兄貴とデート、か…すっごく楽しみ」 「そうか…実は俺も」 「え…」 「…聞かなかったことにしてくれ」 「わかったよ、兄貴も楽しみにしてるってわかっただけで十分」 豪の僕に対する察知のよさは、もはや予知か読心術の域まで達しているようだった。 ◆ ◆ ◆ 12月、23日。 植物園は、風輪町からかなり離れた場所にある。 電車で約1時間。夕方からだからかなり厚着をして出かけた。 自転車でたどり着くと、灰色のボア付きコートに、黒のマフラー、黒のジーンズを穿いた烈兄貴は、切符を二人分往復切符を買って待っていた。 「もうちょっとで出発だから、遅れるなよ」 電車の中では珍しく兄貴からよく話してくれた。高校の先生のこと、授業のこと、友達のこと。 どうも兄貴は、人から頼られているものの、きっぱり誰、と言える友達はほとんどいないらしい。 「近寄りがたいんだって」 「兄貴が?」 「…ああ」 「…寂しくないか?」 「本当は、ちょっとだけ」 そういって苦笑した。 勉強ばっかりしてる兄貴だけど、俺と一緒にドラマも見るし、一通りの音楽の知識もある。 映画も内容くらいはインターネットで把握してる、という高校生らしい一面もある。 「惜しいよな、俺だったら付きまとうかも」 「お前はストーカーか」 「そんなんじゃないって」 もし、クラスメイトとかだったら、毎日通って兄貴を退屈させないつもりだ、と話したら、「それはそれで困る」と笑われた。 何で俺、兄貴と一緒の高校にしなかったんだろうな。 当時はこっちのほうが、授業内容面白そうだったんだよな… 「あの時…兄貴への気持ちに気がついてたら、真剣になって兄貴の高校に行ったのに」 「お前じゃ無理だって」 「無理でも行きたいから、勉強したぜ」 「お前は、お前のやりたいことがあったから、そっちの高校へ行ったんだろ?なら後悔はするな」 「父ちゃんみたいなこと言うんだな、烈兄貴」 「まぁな」 兄貴の本心から言うから、きっとこうなんだと思う。 お互いに学校の先生について面白いことを言い合ったり、最近の好きな曲のことを言ったりしながら電車を乗継ぎ、大きな駅を超えれば、外はもう群青色だ。 「すっかり暗くなったな」 「ああ…、豪、見えてきた」 「お、あれか」 巨大なネオンが踊る植物園、人もそれなりにいる。 駅を降りれば、植物園はすぐ傍にあった。ここからでも、点滅する木々が見える。 「すごいな…」 「どこから周る?」 「えっと、ツリーから!」 「わかったわかった」 入場券を買って、豆電球で飾られたアーチをを潜る、花と光で彩られた夜の世界。 「行こうぜ、烈兄貴!」 不意に、ガキに戻りたくなってしまう。 冷えた手をのばして、兄貴を捕まえる。 「豪…」 つないだ手は同じくらい冷たかった。捕まえた瞬間兄貴はびっくりしたみたいだけど、一瞬ためらって、そして。 「いこう、豪!」 握った手をぎゅっと握り返してくれた。 兄貴が笑ってくれてる。それでけで幸せだと思えた。 「でっかいツリーだな」 「ここのあたりでは一番大きいツリーだって」 「へぇ…」 ネオンやらベルやら、黄色と赤と青の光が瞬いてそれ自体が巨大な樹に見える。 一番大きい樹から、横へリボンが伸びて、リースを飾り、小さな樹へつなぐ。壮大な光の共演に、みんな見入っている中で、兄貴を見てみると、兄貴もきらきらした目でそれを見てた。 あんな烈兄貴の顔を見るの、いつ振りだろう。 優しい顔はするけれど、子供のころに戻ったみたいな無邪気な顔なんて。 やっぱり、兄貴も楽しみにしてたんだ。 「ん、なにこっち見てるんだ」 「なんでもないって」 「そっか」 抱き寄せたい衝動にかられるけれど、それはしない。そんなことしたら、兄貴に突き飛ばされるのがオチだからな。 そんな曖昧で幸せのような感情を抱えながら、どれだけツリーを見ていただろうか。 「な、豪。ちょっと行きたいところがあるんだ」 不意に、兄貴が服の袖を引っ張った。 「なんだよ」 「一度、見てみたい花があったんだ、行ってもいいか?」 「いいぜ」 カップルと家族連れで賑わう通りを抜けて、兄貴に付いていく。 「握ってたほうがいい?」 「冗談」 あっさり、弾き返された。まぁ、あまり期待してなかったんだけどな。 兄貴が指したのは温室の近くにある、池付きの庭だった。 「この時季は水仙が綺麗なはずなんだ」 「水仙か…」 後ろを振り向くと、みんなツリーを見ていて、水仙などほとんど誰も気には留めない。 そんな中で、兄貴と俺だけは水仙を見に行く。 兄貴が目指していた池の庭にたどり着くころ、ネオンは遠くに滲んでいって、茫洋とした闇と白い光だけが庭を照らしていた。 「あった、やっぱり咲いてた」 そんなこと、気にも留めていない兄貴は、小さく寄り添うように咲いた水仙に視線を落としていた。 「これが見たかったのか?」 「ああ、これだけ咲いてるのはここしかないから」 そう言う兄貴が池を見渡す。池面に雪を落としたような水仙が、池全体に咲いていた。 「すっげ…」 ネオンの煌びやかさとはまったく違う。 白く池面を照らす光と、白い花。夜に佇む水仙。そして、俺と兄貴だけ。 他には、何もない。 兄貴はしばらくそれを見て、しゃがみこむと池に手を浸していた。 「……兄貴?」 「なぁ、豪、お前は、俺のこと好きだって言ったよな」 「ああ、今でもずっと好きだ。兄貴もそうなんだろ?」 「うん」 頷くと兄貴はマフラーを外して、濡れてない手を服の中へと突っ込んだ。 「…取れないや」 「やってやるよ」 兄貴のマフラーを預かって、首元に掛かるガーネットを取り出す。 冬になって冷たさがわかるようになったその石は、少しだけ体温で冷たさを和らげていた。 持ったままのマフラーを兄貴の首に巻きなおすと、ありがとうと少しだけ言って、眼を閉じた。 「お前と同じように、それを毎日つけてみたんだ。少しだけわかったことがある…だけど、確信が持てない」 「なんだ?」 「好きっていうのは、こういう感情なのかな、って思った。だけど僕のこの感情は、本当に恋愛なのかって」 「どういうこと…だよ」 淡々としてるのか、震えてるのか、よくわからない声色で、言葉を続ける 「愛情にも、いろいろあるだろ?友人、家族に向けて。兄弟に向けて。恋人に向けて。ソニックに向けて。僕のこの感情は本当に恋愛なのか、って最近思うようになった」 「…烈兄貴……」 好きだと言ってくれた。それは今兄貴が思ってる感情を、兄貴自身が「恋愛感情の意味で好き」だと名づけたからだと、そういいたいらしい。 「ごめん、豪。こんなこと…お前に言うべきじゃなかったのかもな」 「どうしてだよ」 「お前を傷つけるだけだ、だけど、知っておいて欲しかった」 裏切りたくはなかったから、と兄貴は言葉を切った。 「兄貴の、それが本心?」 「…ああ」 兄貴が俺を、恋愛感情の意味で好きなのか。そうじゃないのか。 確かめる方法は、ある。けれど失敗したら、俺のいままでの思いは水の泡と化す。 それでもいい。 このまま、こんな感情のままで両思いでいるくらいなら、いっそのこと。 そう思えれば、後は実行すればいい。ここには俺と、兄貴しか居ないのだから。 「じゃあ、確かめようか。烈兄貴」 「え…」 「本当は、兄貴もわかってるんだろ?確かめる方法。だけど俺を傷つけたくなかったからそれを今まで拒んでたんだろ?」 「………」 うつむいて、そっぽを向いた。やっぱり、兄貴もわかっていたらしい。 「…いいのか?」 「いいぜ」 しゃがんだままの兄貴へ手を差し出す。恐る恐るながらもその手を取って、立ち上がった。 「…まさか、はじめてを豪にやることになるなんてな」 「俺がこの感情に気がついたときに、はじめては兄貴にするって決めてたんだ」 「…そうか」 赤い髪に隠れた、冷えた頬を撫でる。 両手で触れて、ゆっくりと下へ。 潤みを増した赤い眼が、俺の顔をぼんやりと映し出していた。その眼を見た瞬間、覚悟は決まる。 ためらいは、一瞬だけだった。 「……っ…ふ……」 冷たい唇の中に、兄貴の感情を確かに感じた気がした。 言葉と感情が一致しない烈兄貴のそれは、恋と呼ぶことさえ曖昧なそれでも、確かに俺と同じ気持ちなのだと知った。 視界が閉ざされた中で、きつく背中を包む感覚で抱きしめる。 ゆっくりと、兄貴の腕が伸びて、背中に指の感触を感じた。指先に力を入れて、徐々に力をこめて抱きしめ返してくる。 どれくらい、そうしていただろうか。 冷たかった唇が、俺の体温に馴染んだころ、ようやく離れた。 「……」 「………」 お互い、見詰め合ってるしかなかった。何をしたのかは、はっきりとわかる。 普通の恋人としてはファーストステップだろうキス…だ。 なにか、違う感覚もしたけれど。 「…どう、だ?」 「あ……」 兄貴は信じられないような顔でゆっくりと指を唇に持っていって、なぞった。 思い出すように目を閉じて。 「うん…わかった」 誰にも見せなかった兄貴の愛情を、俺ははじめて見た。 「…お前が、好きだよ」 涙いっぱいに溜めた笑顔で、最初の告白と同じ言葉をいった。耐え切れず、赤い眼から涙がぽろりとこぼれた。 |
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