鏡面寝台/Narcissus nightmare


俺の眼の前に、青い髪と、青い眼の男がいる。
しっかりとした重みを持って、俺の身体の上に覆いかぶさる。
髪から耳に指が移動すると、思わず震えてしまった。
「かわいいじゃないか、豪」
そう言って俺の頬を撫でる。その顔は微笑んでいる。
「お前に言われても、困る…」
奴はまぁそうかもな、と少し頷いて口付けを落とす。

夜のなると、時折奴は現れる。時間はまちまち。ただし、俺が一人で眠っているときで、よく眠れない日になると現れるときが多い。
気配もなく、いて当然、のように現れる。それに不自然さは感じなかった。
俺も”来るだろうな”という感覚を前もって覚えるからだ。
ベッドの上で交わす言葉はほとんどない。用件はただ1つで、俺はそれを受け止めるだけなのだから。
俺は、奴に抱かれている。
同じ髪色、同じ瞳の色、同じ声、同じ身長、同じ身体。
それでも、俺の声と奴の声はまったく違う。
俺の声は鳴くような呻き声で、奴の声は俺を脳髄から蕩けさせる。
自分の声なのに、情けない。
「…他の事、考えるなよ。兄貴のことも、マグナムのこともな。お前が見るのは、俺だけでいい」
なんつー独占欲だよ。思わず笑ってしまった。
これが俺なのか。
指を絡められる。ツメの形さえ同じだった。同じ場所にささくれができてる。
自分と同じ顔の奴に抱かれるというのは違和感なのかもしれないが、少なくとも俺はそうは感じなかった。
戸惑うことは何もない。自分に身を委ねるのは普通のことだ。
一番ごまかしやすく、それでいて甘えやすいのは俺だ。
「……今日はハードにいってみようか?豪」
「…勘弁してくれ、起きられないじゃないか」
「じゃ、ほどほどにハードで」
「まったく…」
服を脱がされてゆく。そうして深く抱きしめられた。
「…あったかいな」
思わず呟くと、奴は背中に絡めた腕に力をこめた。



話は少し前になる。
部屋の掃除をしていたら、押入れの中から変な鏡を見つけた。
確か、小学校を卒業するときに、校長がコレクションしていた骨董品の1つをもらったものだった。
すごく古いものだった。
最初鏡かどうかわからないほどに。それは黒ずんでいた。
けれど、それが何だったのか思い出せなった。

”豪くん、それはね。願いを叶える鏡だ。だけどね…”

確かそんなことをいわれた気がしたけれど、思い出せなかった。
とりあえず、願いを叶える鏡でも映せなければ意味がない。
鏡を磨く布で2日ほど拭いて、やっと自分の顔が見えた。
鏡に言った願い事は。


”…もっと強い男になりますよーに!”

他愛のない願いだ。けれど、その日から奴は現れた。
「…願いを、かなえてやるよ」
と、そう言って。俺の顔をして、貫いた。

「…くぅ、ん……」
月夜の下で違和感が疼く。
苦しいのか、痛いのか、気持ちいいのか、まだよくわかってない。
一点がびくびくと震えてる。こいつ、俺の弱点知っててわざと避けてやがる。
不規則な呼吸をして、足を意味もなくばたつかせた。
「好きだよ、豪、すっげー綺麗」
耳元で囁いて奴は俺を貫く。瞼を閉じたり開いたりして、光と暗闇が交錯した。
寝台の上に青い髪が散らばる。
窓の傍で青い髪がふわりと揺れた。
「…豪」
それは誰に言ってるんだ、おまえ自身に言ってるんじゃないのか
「…や、め……」
一番きついところを弄られて、軽く悲鳴があがる。
揺さぶられる、焦らされる。
もうやめてくれ。さっさといってしまいたいんだけど。
「でも、お前…相手のかわいいところがみたいからって、なんども相手を焦らすだろ」
「あ……」
何にもいえなかった。
汗がにじんだ額から、雫が流れた。
「お前を一番に理解できるのは俺だけ。俺の行動を一番に理解してくれるのはお前だけ」
お前がわからないよ。
俺は、お前がわからないよ。
「あう、っ……」
いっそう強く押し込まれて、背中がしなった。
青い瞳が、鏡に見える。
「でも、もう苦しいか……だろーな…いいよ、いって」
やっぱりさ、俺はお前が笑ってるほうが、好きだから。
そんな奴の声が聞こえた。
月の輝きが強くなる。
太陽の輝きが強ければ、月も輝きが増すんだろう。
それはたぶん、今の俺たちと、同じ。
「…ご、う……」
俺は奴の名前を呟いて、果てた。


”だけどね…、決して自分のことを願ってはいけない鏡。もし願ったら…自分の欲望に取り込まれてしまうよ”


俺の意識が空気に溶けていくみたいだ。
果てた身体はまともに動くことを拒絶していた。何にも考えられない。
「豪…」
奴は俺の手を取って、指に口付けた。
人差し指を噛む。強く噛んで、うっすらと血がにじむ。
痛みを覚えたが、動くのが面倒になって、何もしなかった。
口から指を離すと、手を握っている奴の指にも噛み跡があった。

奴は、俺と同じ笑みを浮かべて、言った。

「ほら、強くなっていくだろう?もうなんどもやったから、痛みに慣れてきたんだろう?」

「…お前……」
それで、お前は俺を抱いたのか。
強い男になる…それはつまり。

どんな痛みにも、耐えることができる…という意味だったのか。

「驚いてるな、自分で願った癖に」
そういって奴は仕方ない、といったため息混じりに笑った。
「…そういう意味だって思ってなかったんだよ」
ぼふ、と枕に顔を埋めた。
「まぁそうだ。それに”こういう意味”で強くさせるなら、鞭でも縛りでも何でも使うさ」
「さり気にSM趣味か俺は」
そういうな、と軽く頭を撫でた。
「強さと愛情は、両方持ってないといけないんだろう?豪」
だから、そんなことはしないさ。と奴はいう。
お前は強くしたいのか、甘やかしたいのかどっちなんだ。わけわかんねぇ。
「…不器用なんだよ、俺は。言葉はストレートに言うけどな」
言われてしまったら、どうしようもない。俺も少しだけ笑って、目を閉じた。
それは、俺も同じだ。だから、こいつは俺なんだ。

「愛しているよ、豪」
倒れている俺に、奴は優しく抱きしめる。
指を絡める。

同じ髪、同じ瞳、同じ傷、同じ願いを持った俺たち。
不器用すぎるのは嫌いだが、俺だからこそ、許してやる。


「…愛してるよ、豪」


こいつを映す本当の鏡は、あんなちっぽけなものじゃないと、今このとき知った。
本当の鏡は。


…俺が眠る、この寝台そのもの。




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