Fire Works Blue


8月1日、朝起きたら弟はもうベッドにはいなかった。
目を覚ましてしっかりと部屋を見渡したけれど、寝巻きに使っていたジャージは放り出されていて、いつもバイトで使っているカバンはそこにはなかった。
確かに、昨日の夜までは一緒に居て、自分は思いっきりもみくちゃにされたはずだったのだけれど…もうその温もりすら残されていなかった。
現金なものだ。それが少し、寂しいと思ってしまった。
いつもだったら、ねぼけて抱きついてくる弟に肘鉄を食らわせ、とっとと起きて母さんに気づかれる前に部屋に戻り、そのまま呼びかけがあるまで軽い惰眠を貪る。
それが、今日に限ってなかった。
日差しがベッドの上に降りる。それでも、豪は隣にはいなかった。
「ま、いいか」
豪の部屋から出て自分の部屋に戻り、服を持ってシャワーを浴びた。
なんだかんだで汗だくになっていたらしく、気持ちがいい。けれどどうしようもなく見えてしまう腹やら腕やらの跡に眉を顰める。
(まったく…)
豪とは、こういう関係になって半年以上になる。
未だに慣れない、慣れたくない。けれど豪にどうしようもなく焦がれているのも事実。
決して口に出さない、態度にも出さない。愛されていてもなお、兄貴というプライドと、男として生まれた本能が邪魔をする。それでいい。
女のようにただ抱きしめられるだけの存在ではいたくない。
けれど、そんな自分を豪はきっと不満に思っているんだろう。所有の跡を残さなければならないほどの執着。
そんなことをしなくても、豪の傍を離れるつもりはない。
あいつにはそんなことを告げることなんてできないけれど。

シャワーから出て、服を着た。周りを見てみたが、人の気配がしない。
母さんも出かけたみたいだ。キッチンに行くと、焼いたパンとサラダと目玉焼きが置いてあった。
今日は誕生日だというのに、豪はどこへ行ったんだろうか。
恋人の誕生日の始まりは、誰もいない家で一人きりだった。

携帯を使って豪に連絡を取ってみる。
”おかけになった電話は、電源が入っていないか…”
「電話も切ってる、か」
とりあえずメールだけ入れておく。

あとはもう、今日は適当に過ごそう。
図書館行ってもいいし、気まぐれにゲームセンターでも行ってみてもいい。
豪が連絡を取ってくるまで、きままに過ごしていればいいんだ。豪への誕生日プレゼントは、そのときに決めよう。
はぁ、とため息をついて、ふと壁に目をやった。そこには1枚のポスター。
今日は土曜日、そして、8月1日は夏休み真っ盛りだ。
「なるほどね」
今日は風輪町の花火大会だった。そういう場合、去年のあいつはどうしていたか。
去年も似たような日にお祭りがあって、あいつはカキ氷の屋台のバイトをしていたはずだ。
「バイトに行ったんだな…」
それで今日は兄貴を置いて早く出て行ったわけ、か。
「仕方ないな」
豪がバイトをするのはいいことだ。お金稼ぎは立派な仕事だ。
相手の誕生日ならともかく、自分の誕生日は放り出しててもバイトをしたい時だってあるだろう。
(ばか)
だったら一言くらいいってくれればよかったのに。こっちも暇なことくらい、あいつだって知ってるはずなのに。
「よし、決めた」
今日のやることのスケジュールを頭の中で組み立てる。それから、鍵をかけて家を出た。





+++++++++++++++++





「いらっしゃいませー!」
その夜のこと、兄が昼間何をやっていたのかもまったく知らず、星馬豪は屋台のバイトに取り組んでいた。
Tシャツにエプロンという軽装。長い髪は縛り上げていた。その目の前には鉄板があり、屋台では定番のタコヤキを焼いている。熱い。汗を拭いながら、豪はタコを入れたり、お金を支払ったりしながら、目まぐるしく動いていた。
花火大会まであと30分。3時間前からずっとこの調子で休む暇もなかった。
「ありがとうございましたー」
「豪、タコヤキ3パック頼む」
「わかりました!」
そういいがら手早くプラスチックのパックにタコヤキを詰めた。
「1200円になります、ありがとうございましたー」
さすがにここまでずっと動きっぱなし、立ちっぱなしは堪える。
「豪、大丈夫か?」
「大丈夫だって。まだ並んでるからもうちょっと頑張る」
「おう、もうちょっとだ、頑張れよ」
本当は、疲れてる原因は他にもある。自分の兄を放り出したまま、ここへ来てしまったことだ。
今になっても携帯を見る暇もなかった。勝手に出て行ってしまって、兄貴は怒ってないかな。とふと思った。
けれどそれを深く考えてる余裕もない。
バイトが入ったのは、つい1週間前のことだったのだ。
友達の父親がやっている屋台に臨時で入ることになった。その友達が来ないのは、今日は彼女とデートだから、らしい。
(俺だって、兄貴と花火に行きたいのに…)
けど、さすがに実の兄貴が恋人とは言えなかった。
だからついつい引き受けてしまった。兄貴に大しては申し訳ないと思っていた。それ以上に。
(今日誕生日だったんだよな…)
実はこれも忘れていた。兄貴は覚えてるだろうが、自分が忘れてちゃ意味がない。
いつも誕生日にはあれこれ買ってくれるだの、いろいろ期待してたはずなのだがもうバイトもできる歳になるとそうとも言ってられないのだと、このときはじめて知った。
「ありがとうございましたー」
言った直後、ぱーん、と音がした。
「あ、花火始まったんだ…」
兄貴、どうしてるだろう…、と思った。母さんはいるだろうけど…。せっかくのお祭りなのに、自分がいないなんて。
「豪、おつかれ。花火大会で人が減ったから飲んでおけ」
「ありがとうございます」
ペットボトルのお茶を受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。
「いやー、助かった助かった。うちの奴がいきなり彼女とデートだなんてどうしたもんかと思ったが。お前がいてくれて大助かりだ。息子よりよく働いてくれたよ」
「へへ…」
朝の屋台セットから食料買出しまで、ほぼ今日の作業を全て手伝った豪は、この店主にいたく気に入られていた。
「お前みたいな奴なら、息子よりもてるんじゃないか?」
「いや、俺そんなのは…」
店主には苦笑してごまかすしかなかった。本当のことは言えない。
「お、何だよ…それは好きな子でもいるな」
「秘密にしてくれるか?」
少しくだけた口調で話すと、その店主はどんと胸を張る。
「おうよ、男の秘密は守るのが主義だ」

「…好きな人、実は兄なんだ」

「…へ?」
「だから、人に言うわけにはいかないんだ。守ってくれるか?」
「へ、兄、って…」
理解が追いついていないんだろう、と豪は笑いながら、その店主を見た。
ぱーん、と大きく花火が1つあがる。
花火大会は1時間くらいあるから、まだまだ始まったばかりのこの時間なら人も聞いてはいない。
店の前に人が立ってるのを見て、豪はいらっしゃいませ、と声をかけた。

「タコヤキのしょうゆ味を2つ。あと…星馬豪を1つ」

「…へ?」
その注文した人物をじっと見る。
赤い髪に、赤い目。深緑色の浴衣を着て、豪をにやにやと笑っていた。
「れ、烈兄貴…」
「探したぞ」
そういって、右手にうちわ、左手に紙袋を持っていた。
「なんでここに…」
「なんでってタコヤキ買いに。まだなのか?」
「わかったよ」
豪は手早くタコヤキ2つを作り上げると、烈に手渡す。
「じゃ、豪もくれ」
「おいおい…」
さもあたりまえ、と言わんばかりに烈は笑っていた。
「おい、豪。それ、お前の彼女か?」
戸惑っている豪を見ていた店主は、豪に声をかける。
「え、えっと…」
「兄貴です」
にっこり笑って烈が答えた。
「今日は、弟の誕生日なんです、だから、早く帰していただけませんか?」
「あ、兄貴…」
完全に、目が笑っていない。赤の他人にそこまで言ってしまう所から見て、本気で怒っていることは明白だ。
「お願いします」
「うーん…」
店主は豪と烈それぞれを交互に見た。そして、豪の肩をたたいた。
「そういうことか、よし豪、2時間だけ自由時間だ、行ってこい」
「ええ、いいんですか?」
「ああ。ただしちゃんと帰って来いよ。来なければバイト代はなしだからな」
「わかりました…」
「ありがとうございます」
「ちゃんと戻ってこいよ」
「わかってますよ…」
手ぬぐいとエプロンを取り、Tシャツとジーンズというシンプルな格好になった豪を連れ出して、烈は豪の手を引く。
「ほら、行くぞ、店主さん、ありがとうございます」
「ああ…。すみません、いったん出て行きます」

「ああ、それと豪」
「はい?」

「誕生日、おめでとう」
「…はい!」


+++++++++++++++++



浴衣姿の烈と、Tシャツ姿の豪。
烈は何も言わず、豪の手を引いたままどこかへ行こうとしていた。
どこかは豪にもよくわからない。
けれど、家へ向かう方向でないことだけはわかった。
「なぁ、兄貴…どこへ行くんだよ」
「黙ってついて来い」
「わかった…」
烈と朝から1度も会っていなかった。携帯さえ見ていない。怒っている理由がわかるからこそ、豪は強く言い出せずにいた。
「お前、今日が何の日か知ってるよな」
唐突に、烈が口を開いた。
「ああ…俺の、誕生日、だろ」
「なんでそんな日にバイトを?最初から予定にあったわけじゃないんだろ」
後ろを向いたまま、尋ねられて豪は下を向いたまま答えた。
「忘れたてたんだ。思い出したのは…昼になったあとだった」
「……」
ふと、烈の足が止まる。
振り返ってみて、豪は烈の顔を見ると、烈の顔は驚いた顔だった。
「…連絡取りたかったんだけど、忙しかったんだ。ごめん兄貴」
「信じられない…」
「ほんっとに連絡取れなくてゴメン!兄貴!」
大仰に頭を振って豪はぺこりと頭をさげる。烈はあわてた様子で豪の頭に触れる。
「そうじゃないって…連絡取れないことはバイトだろうって見当ついてたからそこは怒ってないんだ」
「え、じゃあ…」
「まさか、豪が…自分の誕生日忘れてたなんて…信じられない…」
「そっちなの…兄貴の信じられないって…」
だって、考えてみろよ。小学生の頃のお前なんて、何日も前からあれが欲しいこれが欲しいって…、と烈は思い出話を語る。
そう考えると、確かに烈が驚くのもそうか、と豪は納得した。
「兄貴、いまから何処に行くの?」
「そうだな」
ようやく手を放し、烈は微笑んだ。

「とりあえず、お前の誕生日だし、お前の楽しいことをしようか、でもその前に」

「…その前に?」
「脱げ」
にこにこと笑顔で烈がいい放った。
「……」
豪はさきほどの店主よろしく、何を言われたのか分からない、という感じで見つめた。
「兄貴、って…露出プレイ好きだっけ?」
「ボケナス!浴衣に着替えろってことだ!」
力いっぱいうちわで叩かれ、これって俺のせいかな…と豪は思った。

「兄貴、いつのまに着付けできたっけ?」
「今日覚えた」
「今日?」
当然外では出来ないため、烈は豪を公衆トイレに押し込んた。
豪が軽装だったため、脱がせるのは楽だった。あとは烈が浴衣を羽織った豪に対し、手早く腰に帯を巻いていく。
「すごいな兄貴」
「何が?」
「1日で覚えたんだろこれ」
「女の子の浴衣ならともかく、男なら楽だからな」
帯を口でくわえ、腰に手を回して着替えさせる。ジーンズとTシャツは持っていた紙袋にいつのまにか畳んで入れてあった。
「兄貴、今日一日何してたの?俺がいない間…」
「浴衣選んで、藤吉くんのところのマキさんに会って、着付けの仕方教えてもらって。あとは…プレゼント買いに行った」
「そうだったんだ…ごめんな、兄貴」
「もう終わったことだ。いいよ」
きゅ、と帯を巻き終わる。そして、今度は豪に後ろを向けという。
「なんだよ」
「せっかくだからな」
一本結びにしていた髪を梳き、櫛とまとめ髪用ワックスとゴムで豪の髪を纏め上げた。
「よし、これでOK」
「……」
あれよあれよいう間に着替えられた豪は自分の姿を見てしばし硬直した。
さっきまでの軽装が嘘のようだったからだ。
「俺、浴衣着るの久しぶりだったな…」
「30分たったな、あと1時間半。花火は…あと30分ってところか」
「そうだな」
「お前、何処に行きたい?」
「高いところがいい」
「じゃあ、この先の神社でいいか」
「おう!」

神社は長い階段が続いている。
2人の脚力なら、対して時間もかからずにのぼれたものの、途中で花火を見ながら上ってしまったために、上りきった頃には花火が終わってしまっていた。
「兄貴…」
「ん?」
「その…ありがとな、浴衣着るのも久しぶりだったし、兄貴が着付けさせてくれるなんて、思ってなかった」
「なんだよ」
豪は照れているようだった。言いよどんでいるようでもある。
「その、兄貴を見下ろす、ってのが…すごく色っぽ…うがっ!」
いきなり殴られ、豪はひっくり返った。
「痛い!」
「お前はいきなり変なこというからだ!」
「正直に言っただけだろ…うう」
こめかみが痛い、と豪は額に手を当てた。
「……」
痛がる豪に、烈はしばらくそれを見つめ、はぁ、とため息を吐いた。
「ほら、そこまで落ち込むな。これやるから」
「プレゼントくれるのか?」
「せっかくだからな」
小さく箱に収まったものを開けると、そこにはマグナムをあしらったミニカーがついているストラップだった。
「すっげー、これ買ったモノじゃないだろ」
「俺が作った」
「ほんとに?」
「嘘いってどうするんだよ、こんなもの、世界に1個しかないに決まってるだろう」
「あ、そっか…でも、買ったってさっき…」
「買ったのはそれを作るキットのほうだ」
今なら自然研究とかのキットで売ってる、という。
「そっか…、ありがとう」
烈の財力ならお金を出して変えるものはいくらでもあったはずだ。それでもキットを買ってそれを作ったということは、それだけ烈の気持ちが感じられる。
2人が恋人として付き合い始めて半年以上。物は今までもお互いあげていた。けれどこんなものをもらったら、胸がいっぱいになってしまう。それでも、その思いを上手く口にはいえなかった。
「すごいな…俺でもできる?」
「お前でも頑張ればできるんじゃないか」
小さなマグナムを手でいじりながら、マリンブルーの携帯にストラップをくくりつけた。
「ね、兄貴」
「なんだ?」
「兄貴からの誕生日プレゼント、もう1個だけリクエストしていいかな」
「なんだよ」
周りに人がいないのを確認しながら、豪は少しうつむいていた。
「……」
「なんだよ、照れてないで言えよ」
「…兄貴が…」
「ん?」
豪は烈をじっと見つめ、そして言った。
「兄貴が、俺を好きだって言う…確かな実感が欲しい」
「…また、難しいこと言ったな」
「わ、わるかったよ…」
これでも精一杯言ったつもりなんだ。と豪は下を向いた。
「でも、わかった」
「ん?」
「なんとなく、だけど…たぶんお前のプレゼントはこれでいいと思う」
隣に座っていた烈は、ふと豪の方向へ倒れた。
「あに…」
そして、太ももの上に頭を乗せ、少し首を豪のほうへむけてこっちを見た。
「これで、いいのか?」
「あ…」
猫のように目を細めて、座りながら豪の太ももに顔を寄せる。所轄、膝枕と呼ばれるものだった。
「…あとで、お前に嫌ってほど味合わせてやるから、これで少し我慢してろ」
花火も終わり、人はほとんど帰ってしまっていた。
でもいい。
「兄貴…」
「なんだ?」

「ありがとう…」

「うん…」
烈は、何も言わなかった。
豪も、何もいわなかった。

どうしようもない、背徳感と幸福感。
それが溢れて、涙声になっているのを、烈も、豪自身もわかっていた。
だからこそ、何もいえなかった。


温もりが伝わるのが、ただ、嬉しかった。


「豪…戻らなきゃ、バイト代もらえないぞ」
「うん、わかってる…」


それでも、烈は頭を動かすことはなかった。



+++++++++++++++++






その夜。俺は不思議な体験をした。

「兄貴?」
「お前、さっき俺に愛されてる実感が欲しい、って言ったな」
バイト代も無事にもらえて、ゆっくりと2人でいられると思ったときに、ふと言った兄貴の言葉。
「ああ…」

「いいよ、俺もお前に一度くらいやってやりたかったんだ」
いつも下ばかりもしゃくだしな、と呟いた。
「…兄貴、まさか」
俺を抱くのか?と聞く前に、ベッドに仰向けに寝かされてしまった。

「…ま、今日くらいは大人しく愛されてろ、な?」
そういう兄貴は、目を細めて魔王のような笑みを浮かべた。

「……いいよ。兄貴」
生まれた日に、生まれたことの実感を得られるのなら、それはとても嬉しいことだ。
と、いっても。もう過ぎてしまっているのだが。
「でも俺がよがったところで兄貴楽しいの?」
「…ばーか」

兄貴がすこし馬鹿にした声でそういって、口付けを落とした。










ひざまくらの兄貴と、ひざまづく兄貴が見たい。
でもって、豪にデレ兄貴をさせたい。どーせなら受けでもいい!
という豪の誕生日祝い+煩悩を詰め込みました。

誕生日ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆オメデトォ♪  GO SEIBA!


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