かぼちゃプリン
ハロウィンという行事は、日本の中でも最近参入してきた行事の1つだ。 魔女やおばけの格好をして、トリックオアトリート、と子供達が家々をまわる。 そのことは知っている…が。 果たして、それを実行する家が日本にはどれだけいるだろうか。 「もうそんな歳でもないだろ」 「…だよなぁ」 「ふざけた事いう暇があるなら成績取るんだな」 「兄貴の鬼ー!」 31日の夜、トリックオアトリート、と冗談で言ってみた豪は、一発はたかれていた。 烈は豪のノートを見ながらため息をついている。 なじみのない行事なのだから当然お休みといういわけでもなく。 「明日数学のテストなんだ、教えてくれよ」 毎度の調子で烈が豪の部屋に呼ばれて、勉強を教えている。 烈はたまに豪の呼ばれたことに答えるだけでいい。問題集を広げ、豪はシャープペンを走らせる。 やり始めれば、とりあえずはやるのだ、つっかえてしまうまでは。つっかえてわからなくなると投げ出してしまう。 勉強スタイルまで猪突猛進だ、と烈は思った。 だから数学が苦手なのだと思う。数学は発想の転換だが、転換の方法にはコツがある。 「兄貴〜」 「なんだ?」 「…連立方程式はできたけど、次がわかんねぇ」 「ノート見せろ」 手渡されたノートはお世辞にも綺麗とは言えない字だった。たぶんこの文字を読める人物は少ない。 計算式と方程式を眺めると。豪に手渡す。 「これがわかるならあとできるだろ。AB=2√2nが1辺の長さだ」 「…じゃあ垂線は?」 「点Bから辺CDの垂線を引いたのをPをするなら、BP=√6nだ」 ふんふん、と聞いている豪は、いきなりぱあっと顔を輝かせた。 「おっしゃ、これならできそうだぜ。ありがと烈兄貴」 「…それはどうも」 豪は烈と同じ進学校に通っている。絶対無理だと思っていたのに。とりあえず、机に向かう習慣だけはつけたらしい。 しかし見れば勉強も極端だということがわかる。 英語しかまともにできるものがない。 和訳、リスニングはできても、穴埋めは苦手。数学は文章題が苦手。 一長一短の勉強。成績は中の中、というところだ。 「できたかー?」 「できたー!」 伸びをして、ノートを閉じる様はまるで解き放たれた鳥だった。 「よっしゃ、これでヤマはり終わりっ!」 「……ヤマ?」 ぴく、と烈の眉がひきつる。 「…あ」 口を閉じる、言ってはいけないことを言ってしまったという顔だ。 「ふ〜ん、ヤマなんだ…」 「なんだよ、勉強しないよりよっぽどいいだろ?」 「…そりゃ、そうだけど…」 利用された感がする、しかしまぁ、ほとんど豪が解いたのだから、いいだろう。 と思い込むことにする。 「外れても責任は持てないからな」 「わかってるって」 それでも、今まで勉強など全くしなかった豪が教えてほしいといい、勉強を始めたというのは烈にとっては予想外だ。 しかもはじめたのは入学してからだ。 なぜそうなったのかは烈にはわからない。 「あーあ、10月31日ももう終わりかぁ…」 「なんだよやぶからぼうに」 「だってあれだろ?10月31日って言ったらハロウィンだろ?何にもしてねーんだもん」 「普通何にもしないだろ…」 それは外国の話だ、といおうとすると、豪はいいや、とぐっとこぶしを握った。 「ハロウィンと言えば!」 「ハロウィンと言えば?」 「仮装に決まってんだろ?」 「はぁ?」 「烈兄貴の吸血鬼とか狼男とかミイラとかいいじゃん!見てみたかったなぁ…」 「……」 豪の言ってる意味がわからず、烈は首をかしげる。 「耳が立っててさ、尻尾があるのもいいよな、それとも血の色で眼と髪まで赤いやつとか?」 「豪、それは僕が着るのか?」 「当然だろ?」 何をいまさら、という顔で烈を見る。 「明日テストじゃなかったらなぁ…」 「…明日、テストで本当によかったよ……」 そうでなかったら、豪は藤吉に頼み込み、烈は人形のごとくコスプレさせられていただろう。 豪の想像(妄想?)の仕方から見るに本気らしい。 想像して、烈は首を振った。 「烈兄貴は、ハロウィンが羨ましいって思ったこと無いの?」 「なんで?」 「おかしな格好しても誰も怒られない、お菓子ねだっても怒られない、これ以上子供に都合のいいイベントはないと思うんだけど」 「…小学生までならな、あと外国限定」 一蹴され、豪はへこんでいた。 高校生がすることじゃない。そもそも、日本にとって、ハロウィンはあるということを知っているだけのイベントだ。 何でも異文化を取り込んできた日本らしい。 クリスマス、バレンタイン、ホワイトデー、母の日、父の日、七夕… 思い出すだけでもこれだけある。ものを売り出すのにはちょうどいいのかもしれない。 そして。 ついついそれを買ってしまうのも、また日本人の性なのかもしれない。 「トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、か…」 にやり、と烈を見る。 「お菓子くれなかったから、悪戯しちゃおうかなぁ〜?」 「…っ」 髪を捉まえられる。 そのままくるくると髪の束を弄ばれる。 「いいよな〜兄貴の髪柔らかくて」 「やめろっての」 「え〜いいじゃん。お菓子無いんだからさ」 ぱし、と髪ごと手をはたき、烈はため息をついた。 「お菓子ならある」 ちょっと待ってろ、と烈は階段を降りていった。 「…?」 しばらく後、お盆にのったそれを、豪の前に差し出した。 「…なにこれ」 「かぼちゃプリン」 「…お菓子?」 「お菓子だろ?」 自分の分のスプーンの袋を千切り、蓋を開ける。 「ハロウィンなんて、日本じゃなじみ無いし、この程度でいいんだよ」 「だからかぼちゃプリン…?」 「一石二鳥だろ?」 いただきます、とプリンを口に運ぶ。 「ん、美味しい」 今までからかわれていた分、口元を綻ばせる。 「じゃあ、俺も…」 豪もプリンを口に運ぶ。 「何これすっげー美味い」 「期間限定ものだ、味わって食べろよ」 ハロウィン限定かぼちゃプリン。 しかし、使ってるのは日本かぼちゃ、しかもお菓子だけだ。実際のイベントとは何の関係もない。 「ハロウィンのイベントはプリンだけ、か…」 「日本はイベント多すぎなんだよ。このあとクリスマスもあるだろ」 「なんか納得いかねぇ…」 しかし、このプリンは美味しい。 それは変わることはないし、烈が自分の分までこれを買ってきてくれたことは、素直にうれしい。 「(ま、しょうがないか)」 コスプレは不可能だったけれど、烈のこれだけ嬉しそうな表情はめったにお目にかかれない。 甘すぎることも無いかぼちゃプリンを食べることができただけ、ハロウィンがあったことに感謝すべきだろう。 「あ、そうだ。今度ヤマ張りに俺を使ったら、ぶっ飛ばすからな」 「……」 かぼちゃプリンをほおばりつつ笑顔で言う烈に、豪は一瞬動きを止めた。 トリックオアトリート、とうっかり言ってしまった豪は、トリックアンドトリートになっていたことを、このとき初めて知った。 |
ハロウィンネタが思いつかず、結局「思いつかないこと」とネタにするという暴挙に出る。
ちなみに豪が勉強を始めた理由は、「おまえそれでもあの星馬の弟?」とバカにされたからという設定があります。
お粗末さまでした。
2006/10/30
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