鏡面寝台/moonlight holic


「ねぇ、烈」
彼は少し悲しげな眼で僕を見た。
「もう少しだけでもいいから、自分を労わりなよ」
「十分労わってもらってるよ」
そう答えると、彼は仕方ない、とでも言いたげに眼を閉じた。
倒れている僕を優しく起こして、前髪を払う。
彼は夜になるとふっと現れる。最初あったときは夢か現実かわからなかった。
だって、自分にそっくりだったんだから。最初お化けかと思った。
でも僕は彼がちっとも怖いと感じなかった。
それは、彼がなんなのか、気配のようなものだけで、わかってしまったから。
彼ははじめのうち、たまにしか来なかった。
今は毎日のようにやってくる。
それがどういう意味か…僕はまだよくわかっていないけれど、彼といると心が落ち着くからそれでいいと思う。

「あんまり、ご飯食べられないしね…少し痩せた気がする」
「うん」
「お粥とか、作られればいいんだけどね」
「…豪や母さんにばれちゃうね…」
「そうだよね」

そんな風にして、僕と彼との会話はとても息が合う。
考えてることはまったく同じだから、当たり前といえばそうなる。
体調のことはどうにもならない。
心配してくれるのは、自分が心配だから。
彼はまた、ベッドに僕を寝かせると、今度は自分が覆いかぶさった。
優しく笑った僕が瞳に映る。
気持ち悪い…とはあまり感じない。眠りの狭間ほど、自分の本能が垣間見える時はない。
僕は、寂しいんだ。彼を見てるとそう思う。

「…烈、今日は抱くけど、…頑張れる?」
「ん…大丈夫…」

そう、と彼は答えると、不器用に口付けを交わした。
彼は話し相手だけで終わることもあるし、こうして人肌の温もりを何の見返りもなしに与えてくれる。
同じ髪、同じ瞳、同じ身体を持ってして。
「烈…」
声は蕩けるようにするりと入り込む。
髪を撫でて、抱きしめてる。
「痛くないように、頑張るけど…あんまり自信ないな」
「いいよ、気にしないで」

僕は彼を抱きしめた。
これは月夜が見せる悪夢だ。
それがわかっていても、僕は拒めない。拒まない。

だって、彼はこんなにも優しい。まるで夜を照らす、月の光のよう。


話は少し前になる。
部屋の掃除をしていたら、押入れの中から変な鏡を見つけた。
確か、小学校を卒業するときに、校長がコレクションしていた骨董品の1つをもらったものだった。
すごく古いものだった。
最初鏡かどうかわからないほどに。それは黒ずんでいた。
けれど、それが何だったのか思い出せなった。

”烈くん、それはね。願いを叶える鏡だ。だけどね…”

確かそんなことをいわれた気がしたけれど、思い出せなかった。
とりあえず、願いを叶える鏡でも映せなければ意味がない。
鏡を磨く布で2日ほど拭いて、やっと自分の顔が見えた。
鏡に言った願い事は。


”…もっと、自分のことを何でも聞いてくれる人がいればいいのに”


ただの、叶うはずのない願いだった。
「…ん…は、ぁ……」
痛いのか、苦しいのか、わからなかった。
きっと、気持ちがいい、んだろうな。ゆっくり埋められれば、それほど痛みも感じない。
未知の感覚が生み落とされる。それを楽しむだけの余裕を持つだけの回数は彼と超えてきた。
「烈、烈……」
彼は何度も僕の名前を呼ぶ。愛しいものを呼ぶ。
あれ、僕ってこんなに自分が大好きだっけ…?
手を握って指を絡め。あくまで優しく。感覚が昂ぶって、熱が疼くのが楽しいと、教えてくれたのは彼だった。
快楽に打ち震えるのを、僕はただ受け止める。
「…んっ……」
彼の声に、思わず笑ってしまう。
あったかいね、君は。
このまま包まれて、果てて消えてしまいたいくらいだ。
身体は軋むけれど、それすらも知ってて、彼は僕を抱くのだから。

「…大好きだよ、烈」
そうだね。僕も、君が好きなのかもしれない。
何もかも知ってる。苦い過去も、何が欲しいのかも、欲望も。
何もかも知ってるから、嫌いなことは言わない。欲しいものだけを与え続ける。

嗜虐感情を完全に殺して、喜びと安らぎしか与えない。

揺さぶりが激しくなると、熱は噴出しそうになって、僕は蹲った。
嫌だな。もう少しだけ、このままでいたい。それに何度やってもこれは恥ずかしい。
「大丈夫…、ね、出して。そうされたら、誰だってそうなるものでしょ。恥ずかしくも何にもないじゃない」
優しく髪を梳いて彼は言った。
薄く眼を開けると、彼は息が上がっていて、心配そうに僕を見ていた。
「ねぇ、君は…それで…いいの?」

言うと、彼はすこし驚いた顔して、そして微笑む。
「いいよ。烈…、もっと、気持ちよくなって」
「あ、う……」
身体へもっと深く押し込まれて、おもわず悲鳴が上がった。
「もっと、僕を感じればいい」

「くう…ん……」

「もっと、もっと」

「やぁ、う…ぁ……」

肌をすべる、彼の手のひら。その手は汗ばんでいた。
彼の眼に映るのは、赤い水を入れた水鏡。
同じ髪がふわりと月夜にゆれた。
揺さぶられる。頭がくらくらする。瞬間、背がしなった。

「もう、だめ…れつ……」

彼の名前を呟いて、僕は果てた。



”だけどね…、決して自分のことを願ってはいけない鏡。もし願ったら…自分の欲望に取り込まれてしまうよ”




終わると、さすがに疲れてまったく動けなかった。
意識は散漫として、空を彷徨う。
そんな僕に彼は母親みたいに、髪を撫でる。
優しくて、思わず眼を閉じた。

「ねぇ…烈…僕が優しいのはね」
突然の言葉に、僕は眼を開けた。

「烈は優しいから…だからこそ、僕も優しくなれる。だけど、そうするごとに自分を見失う…」

「…君、は…」

「誰かのために優しくなるんじゃない。自分のために優しくなる。それが烈の本当の願いなんだろう」

彼は困ったように微笑んだ。
否定、できなかった。
一番、優しくできないのは僕だ。

誰かに優しくできても、自分には優しくできない。
自分にしかわかってもらえない苦しみがあるのなら、わかってあげられて、癒やせるも、優しくできるのも自分しかいないのだ。
だからこそ、願いを叶える彼は、僕なのだ。
「…ひっく……ん…」
涙が止まらなかった。なぜだかわからないけれど、彼の前で泣いてもいいんだと、本能でわかったから。
彼は涙を拭ってくれた。
「烈、いつまで僕がいられるのかわからないけれど、僕がいらなくなるまで、傍にいてあげるよ」
いつか、君が心から委ねられる人に出会えるまで。
「…ひどい、自己愛者だね、僕は……」
「自分が嫌いで、身体と心が磨耗していくよりは、そっちのほうがずっといいよ。少しは豪を見習えばいい」
「冗談だろう…」
「うん、冗談」
「…君ってやつは……」
その先の言葉は出ない。彼は、僕に覆いかぶさってくる。
全身に温もりが伝わる。

「愛してるよ、烈」

こんなに残酷で、痛い言葉があっただろうか。

同じ髪、同じ瞳、同じ優しさを持っている僕たちは。


「…愛してるよ、烈」


僕を映す本当の鏡は、あんなちっぽけなものじゃないと、今このとき知った。
本当の鏡は。


…僕が眠る、この寝台そのもの。




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