Blossom Storm  後編



桜が舞う。
夕方の空の下、薄紅色の花びらが吹雪を作り出す。
「れつあにき」
桜の樹の向こうで、声がする。
「あにき、ここまできて」
声がする。遠いようで近いような、桜の花びらに声が反射して、隠してるみたいだった。
「どこにいるんだよ」
茶色のごつごつした木々と、桜に埋もれながら、豪を探す。
桜吹雪を抜けた先、豪はふわふわと花びらになびかれながら言った。

「こんなコース、走ってみたいよな」

そういって、豪は笑う。
桜の森を抜け、花びらが敷き詰められた道を行く。
「ここは、こう曲がって」
片足で跳ねて、くるりと回転。
ヘアピンカーブを抜けて、一気にストレートへ。
ここは木々に埋もれた連続コーナー。
豪の空想レースは続いていく。

「な、こんなコース」
「ばっかだな、そんなコースできるわけないだろう」
「うー」
豪はしょぼんとなったが、すぐに笑った。
「じゃ、おれが作る!」
「えっ」

「いつか、絶対作る!」


それは、小さい頃の記憶。
まだ、ミニ四駆を手に入れたばかりの本当に小さい頃の記憶。
「よーし、いくぜっ」
豪は一人で行ってしまった。
自分など知らないように、またミニ四駆と一緒に木々の向こうへ。

「まって、ごう」
道は木々を避けるようにうねっている。
モータのまわる音。
すぐ傍にいるのに、どうしても豪に追いつけない。
「ごう…」

そのときは、豪はすぐに戻ってきたのに、なぜかどうしようもなく寂しかった。
一人、取り残されてしまったみたいだった。
ひらひらと桜が舞う。
全てを覆い隠すように。





「さぁーて、今日のレースは花見も兼ねてるから、豪華なつくりになっているぞ。周りに注意して、気にぶつからないように…ってうわっ!」
ゴン、という小気味いい音がして、ファイターが盛大に桜の木にぶつかった。
それを見て、観客たちが笑う。

モニターの中では、桜に囲まれた森の中のコースで、レースが開かれていた。
桜に設置された定点カメラで、レースの様子は逐一確認できている。
今のところ、トップは豪と烈で一進一退だ。

「レース見学のお客様は、お団子でもいかがですわ」
チイコが三色団子を差し出し、遅れてやってきた改造と一仕事終えた良江はそろって子供たちのレースを楽しみながら、桜を眺めていた。
「おお、ありがとう」
「今日はありがとうね、烈のためにこんな盛大に祝っていただいて」
「いえいえ、私も烈様のためならば、これくらいは平気ですわ。ケーキ、本当にありがとうございました、ですわ」
「あらあら」
恭しくお辞儀をしたチイコに、良江はくすくすと笑う。
「いいねぇ、女の子は」
「家には女の子がいないからね。こういうのは見てて微笑ましくなるよ」
「あら、では私を…」
チイコが話を切り出そうとしたそのときだった。

『ダメでゲス!』

モニターの中から、藤吉の声が聞こえた、
「もうー、なんですのお兄様」
『チイコ、烈くんたちのいないところでアタックとは…、そういう手を抜かないところは相変わらずでゲスな』
「お兄様にいわれたくないですわ」
そっぽを向いたチイコに、良江はまた笑った。
「いいお兄ちゃんね」
「…えっ」

「恋は真剣勝負してこそ、って言いたいんでしょう」

「まぁ…お兄様ったら…」
少し違った目線でチイコは兄を見てみた。
桜の木々の間に作られた連続コーナーを軽々とクリアしていく。
そして。

『おおーっと、藤吉くん、コースアウトだ』
「やっぱり、私の勘違いみたいですわ。お兄様にそんな気が利くことができるわけありませんもの」
チイコは視線を烈が映るモニターに移した。
「やっぱり、烈様が一番ですわ」
うっとりした表情で呟いた。

風が吹いて、桜が散っている。
烈と豪が走るセクションは、わざと風を起こしていて、桜の花びらが乱れる、桜吹雪の高速コーナー。

「あら?」
そこで、チイコは不思議に思った。
豪が、烈と対等に渡り合っていた。そこまではいい。
けれど、ここは烈の得意分野だ、それなのに。
豪は、いやに楽しそうに笑っていた。
反対に烈は時折走りながら眉をひそめていた。

「なにか、迷ってるんでしょうか…烈様は」

「そういえば、こんな桜の日だったね、烈と豪が迷子になったのは」
「そうね、烈まで迷子になんて思わなくて、あの時は大変だったね」
良江と改造は楽しげに、懐かしそうに笑う。



+++++++++++++



なんだろう、この感覚、と烈は思った。
レースは中盤を迎え、今のところトップ争いは豪と烈、そこからあとは横並びだ。
得意な高速コーナーが多いこのコースは、ある意味優遇されているのかもしれない。
なんだか手加減されてる気もする、が。そこは怒るところではない、とこらえた。
今日は誕生日なのだから、と。
とても嬉しい、祝ってくれるのはとても。
この花見ができるコースだって、一生懸命自分のために作ってくれたコースだから。
「烈兄貴、おいてくぞー!」
「おい、まてよ豪!」
ふわりと、咽返るような桜の匂いがした。
もともとそんな匂いはあまりしない樹のはずなのに。
そんな迷いが鈍くさせているのか、それとも自分の迷いのせいか。
豪は、高速コーナーの癖にかなり速いスピードでクリアしていた。追いつけそうなのに、追いつけない。
「……」

細かく視界を遮る。桃色の花びら。
びゅう、といっそう強く風が吹くと、一瞬、視界が消えた。
「うわっ!」

(ここは、こう、こう曲がるんだぜ)

それは、幼い頃の豪の声。
ずいぶん昔のことだ、お花見をしていて、迷子になった頃の。
あの時、自分たちが迷子だってことに、母さんたちが呼ばれるまで気づかなかった。
豪は、何をしてた?
ミニ四駆を手に入れたばかりで嬉しくって、コースじゃないところでも平気で気の向くまま走らせて、母さんによく怒られてた。
その時もそうだった。
ミニ四駆を追いかけて、走っていってしまった豪に追いつくために、必死になって走り回った。

(烈兄貴、こっち!)

あの時、豪は何をしてた?
桃色の中、青色の瞳がこっちを見つめている。

(ここは、そうだなぁ、樹の周りぐるっとコース作ってー、樹と樹の間を綱渡りして)

豪は空想で作ったコースを思いつきで喋りながら、走っていた。

(なぁ、兄貴だったらどんなコース作りたい?)

そう、無邪気に問いかけた弟に、何と答えた?
おぼろげな記憶のなか、引っ張り出す。桜の森の下、夢物語で終わったコースを。
早いレーサーになりたいと一生懸命走った頃の。
数年前のはずなのに、自分だって今まで思い出せなかったのに。

迷子になったことを知らなかったふたりの、遠い記憶。

まだマグナムもソニックもいなかった。レースでは予選落ちをし続けた。
それでも、ミニ四駆が好きだったから。
もっと早くなりたかった。もっと走っていたかった。

そんな頃の豪と自分が喋っていた、あのコースが。

「よおーし、行くぜ、マグナム!」
はっ、と我に返った。傍には、走るソニックがいる。
「……」
ふと、横を見ると、桜の樹に扇風機が取り付けられて、花びらが待っていた。
さきほど通ったコースを思い出してみる。

ヘアピンカーブ、ストレート、アップダウンヒル。
順番を思い返す。そして、イメージしたコースは、ひとつの答えにつながった。

(やっぱり、このコースは…)
全て、納得がいく。
豪がこの誕生日パーティーの根幹から関わっていたのなら。
帰りが遅かった理由も。
豪のプレゼントは、レース本体じゃない。
本当の、豪のプレゼントは。

「あは、あはははっ……」
「…烈兄貴?」

なんて、楽しい。
楽しくて、嬉しくて、少しだけ悔しくて。涙が出そうだ。
なんであいつがこんなに速いのか、だって当然だ。
このコースの全てを知っている。
だからこそ、だ。
グローブでぐいっと目元を拭う。
一度、目を閉じて、息を深く吸う。
薄く薫る桜の樹木に、記憶がクリアになる。

「…いくよ、ソニック!」

ソニックがスピードを上げる。今度こそ、豪に追いつこう。

『さぁーて、難関、桜綱渡り。落ちたらあっという間にコースアウトだ。戦闘は…豪くんだ!』
「おっしゃ、その調子だマグナム」
くるくると登るマグナムの下、豪は駆けていく。
「この調子なら、1位独占かな。烈兄貴には悪いけど…」

「そうはいくかよ!」

「れ、烈兄貴もう来たのかよ」
それはあっという間のことだった。
マグナムの後ろにぴったりくっつく形で、ソニックが後ろについていた。
「お前にそう簡単に負けるわけにはいかないんだよ」
「へっ、俺だって…マグナム!」
にやりと笑った豪は、一気にスピードを上げた。
烈はこの先のコースを思い出す、
この先は下りの坂がある。そしてコーナーを曲がるとそのままストレートコースを走ってゴールだ。
はっ、と気がついた。
「飛ぶ気か、豪!」
「あったりめーだろ!」
だけど、このコースは桜吹雪のど真ん中だ。マグナムダイナマイトをすればまず間違いなく、風に流される。
(どうする気だ、豪)
そしてこのままでは確実にソニックはマグナムに追いつけない。
「ソニックを…加速させなきゃ…」
この桜吹雪の風のなかで、ソニックを速くさせる方法。
「…風?」
はっ、と横を向いた。
「…仕方ないか、ソニック。ちょっと荒事だけど、豪に勝ちたいんだ、やるよ」
ウィン、とモーターが鼓動を立てるように唸った。
「うん、じゃ、行くよ!」

一方の豪は、少しの不安と、嬉しさとが絡んだ、複雑な気持ちだった。
(…気づいたんだな、兄貴)
走っているのに、どこか心ここにあらず、の表情だった烈が、自分に追いついたとたん、表情を変えていた。
たぶん思い出したんだろう。
(俺だって、結構うろ覚えだったんだけど…実際コース作り始めると覚えてるものなんだな)
コースの設計をはじめて、完成図のイメージを見た瞬間、頭の中に桜吹雪が舞った。
そんな感覚ははじめてだった。
「ま、そういうわけだから、悪いな」
コースの設計者がレースに出ていれば、速いのは当たり前。
心の中で、烈含むほかのレーサーに侘びをしつつ、豪は走った。それでも一位を譲るつもりはない。
この先は下り坂だ。一気に飛んで、勝負をつけるつもりでいた。

「行くぜっ、マグナムダイナマイト!」

下り坂の瞬間、飛んだ。
バネの力で一気に飛び上がったマグナムだったが、その先には、桜の木がある。
『おおっと豪くん、ここでマグナムダイナマイト!いっきに勝負に出た!しかしその先には桜の木があるぞ、どうする豪くん!』
「へっ、こうするのさ…マグナム!」

ガツン、と音がした。
誰もが、マグナムが樹にぶつかった音だと思った。
しかし、そうではなかった。
『マグナム、なんと樹にぶつかっていない!そのまま下に降下している…いや、これは!』
「マグナム・トルネード!」

桃色の花びらに彩られた竜巻が、コースめがけて走っていた。

『な、なんと豪くん、封じられていたマグナムトルネードをここで出した!』
「樹にぶつかることはわかってたからな。利用させてもらったぜ」
できなくなったマグナムトルネード。しかし、回転する力があれば話は別だ。
豪からもマグナムの姿ほとんど見えていない。
大量の桜の花びらを巻き込んでしまったおかげで、まるで花の竜巻だった。

「マグナム、このままゴールまで行くぜ!」

「そうはいくかよ、豪!」
着地点のすぐそばに、烈がいた。
「げっ、烈兄貴いつの間に!」
「この強風と桜の木の間に作られたコースを利用してるのはお前だけじゃないってこと」

「…そうだろう?豪」

耳元で小さく囁かれ、びくっ、と豪は小さく震えた。
「わかったんだ。このコース」
「ああ、おかげでこのコースの攻略法も見えた。お前がどうしてこういうことをしたのかも」
「……」
マグナムが花の竜巻から飛び出してくる。
そして、ソニックと並んだ。
「なんで…兄貴追いつけたんだよ」
「ちょっとソニックに無理してもらっただけだよ」
どうしても、お前に追いつきたかったからな、と烈は苦笑した。
バスターソニック最高速での壁走り。横向きよりは上から風が来た方が速くなる。
(以前、少しだけリョウくんの走り方研究してた甲斐があった、のかな)
直線と同じように走れるなら、あとはソニックの領分になる。
マグナムダイナマイトとトルネードに追いつく、となると、こちらもかなり無理を強いたけれど。

「お前がみんなの視線集めてくれたおかげで、二郎丸くんに怒られなくて済みそうだ」
ありがとな、と人差し指を立てて、秘密にしろ、とこっそりメッセージを送った。
「はーっ、兄貴はやっぱすげぇな」

「それじゃ、先に行くな!」

『ゴール!、1位はバスターソニックの烈くんだ!』
「おめでとうですわー。烈様」
ゴールしてすぐに、チイコが駆け寄ってくる。
「ありがとう、チイコちゃん、それに、豪」
「へへっ、大したことじゃないぜ」

けれど、少し走りすぎたのかもしれない。
不思議な感情がこみあげる。泣きたくなるような、感動してるのか。
「…ごめん、ちょっと喉乾いた…、これ、もらうね」
そう言って、烈は何かも気にしないまま、グラスを手に取った。
「ああっ、烈それ飲んじゃダメだよ!」
それを見た良江が小さく悲鳴を上げる。
「…え?」
しかし、烈はそれを一気飲みした後だった。

「それ、カクテルだよ…しかも度数の高い…」
「…へっ?」
視界が、ゆらぐ。
桜の桃色が、薄くぼやける。
世界が、回る。

「烈兄貴っー!」

烈は、それと気づくことなく、意識を失った。




+++++++++++++




桜の花びらは、遠い記憶を思い出す。
まだ十歳そこらなのに、もっと幼いころの豪を思い出す。

あれから、豪をずっと見ていた。

バカやってるところも、走ってるところも。
これからも、ずっとこうして走っていたいな、とふと思う。
それがいつまでかは、自分にも豪にもわからない。
けれど、一緒にいられる。兄弟であったことが、なにより嬉しい。
そんなことを、体もなく言える、ただ一人の相手。

「やっと、見つけた」

「見つかっちまった」
幼い二人は、そうして、照れくさそうに笑った。


「……」
朝の冷えた空気が、烈の周りを包んでいた。
「…ぼく、は……」
ゆっくりと、身体を起こした。クィーンサイズのベッドには、隣で豪が寝息を立てていた。
眠る前の記憶を思い出す。レースに1位でゴールして、そのあと。
間違えてカクテルを、飲んでしまった。そうして、卒倒してしまったのだ。
「…情けないな…」
「あら、お目覚めですか、烈様」
「チイコちゃん…」
周囲の音がほとんどしない朝のなか、チイコは普段の破天荒さを見せることもなく、佇んでいた。
「酔い止めの薬はそこにありますから、落ち付いたら飲んでくださいませ」
「ああ、ありがとう…」

「昨晩は、いい誕生日になれましたか?」
にこ、と少女らしい笑みを浮かべて、チイコは問う。
しばらく考えて、烈は答えた。

「うん、すごくいい誕生日だったよ」
「それは、よかったですわ。みんな秘密にしていたから不満だったんじゃないか、と豪さん、言ってましたから」
「豪が?」
「ええ、でもその様子なら大丈夫そうですわ」
豪が、そこまで考えていたとは…知らなかった。
「私も、これで安心してスイスに行けます」
「…え?」
チイコは笑みを崩さなかった。
「これから2年ほど、スイスの学校に行きますの。しばらくは戻りませんですわ」
「それで、こんな大がかりな誕生日パーティーを…」
「会えないのは残念ですけれど、烈様にふさわしい女になって戻ります」
そう言うと、彼女は大企業の娘らしい、丁寧な仕草でお辞儀をした。

「がんばってね。チイコちゃん」
「ええ、烈様も」

チイコは、窓際に立って、窓を開けた。
その直後、ばりばりばり…と音が鳴る。ヘリコプターの音が。
「もう行くのかい?」
「ええ、烈さま、ごきげんようですわ」
「ああ」

彼女にしては、あっさりとした別れ。それでも、目に涙を溜めていたことを、烈は見ていた。
「もし…」
「ん?」
「もし、烈様にふさわしい女になったと認めてくださったら、烈様から抱きしめてくださいね」
「…考えておくよ」
こく、とチイコはうなずくと、ヘリに飛び乗り、あっという間に上空へ舞い上がった。

「…ホント、大変な誕生日だったな」
また、静寂が戻る。
豪はあんな音を立てていたヘリにも負けずに寝ていた。その眠りっぷりには感服する。

「…れつあにき……」

「まったく、こいつは…」
今頃、どんな夢を見ているのだろうか。
すごく幸せそうに寝ているから、少し見てみたい気持ちになった。
けれどそれは叶わないことだ。
諦めて、豪の上にまたブランケットを被せてやった。
窓から、桜の花びらがひらひらと待っている。

「でも、一番いい誕生日だった」
みんな祝ってくれて、豪がレースしてくれて。少し、ミニ四駆に夢中になっていた自分を思い出した。
これ以上、幸福な誕生日はない。そう思えるくらいに。

「ありがとうな、豪」

「ん〜」
それでも、豪は起きなかった。
烈は少しだけ笑って、少しこの気だるい春の光にあたっていようと、目を閉じた。







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