ねこねこびより。


「…遅い」
豪は呻いた。
ゲームもやり飽きた。昼ご飯は烈がいないので作ることはできても食べられない。
先に食べる、という選択肢は豪の中には無かった。
「図書館に行ったのか?でもそれならメールとか送ってくるよな」
う〜ん、と豪首は首をひねったが、同時にお腹がなった。
「…考えるのやめよ」
居間に置かれたソファにごろりと横になった。
ナー
はっとして、豪は飛び起きる。
身体のすぐ横に、コールが丸くなっていた。
「悪いコール、狭かったよな」
抱き上げると、コールを床に置く。
「……あれ?」
そういえば、レンがいない。
烈が図書館に行ったのなら、レンは必ず家にいるはず。
気配が全く無い。
「外に行ったのか?」
お前知ってる?とコールにたずねるが、コールは鳴くばかりだ。
豪にわかるはずもない。
「聞く俺が馬鹿か……」
はぁ、とため息をつく。馬鹿にしない烈がいないだけ、まだましかもしれないが。
「ミルク飲むか?」
ナー
返事するように答えたコールに、よし。と頷き、豪はミルクを少しだけ温めて皿に置いた。
「あんまり熱くてもな。かなり温めだ」
少しずつ舌を出して、舐めだしたコールに、豪はふと微笑みながら、コールを撫でる。
ナー
「……?」
まるで邪魔するなとでも言ってるようだ。
「ま、食事中だからな」
なんか菓子でもなかったかな、と豪は適当にクッキーを取り出すと、5枚だけ出して食べ始めた。
あんまり食べ過ぎると後で怒られるからな〜と、ぼんやり考えながら、待つ。
「……」
コールもミルクを殆ど飲み終わり、テレビをつけてみても見たいと思うものは何も無い。
意外に、日曜の昼間は暇だった。
「…烈兄貴、遅すぎ…」
こっちから送ってみようかな、と青色の携帯を見て豪は考える。

その1.烈兄貴が携帯を忘れた。
「烈兄貴に限ってそれはないよな…」
その2.連絡を忘れるほど何かにはまっている。
「確かに、それもあるけど……」
その3.誰かに会っている。
「それでも俺が帰ってくるのは知ってるわけだし…」
その4.なにか…
「だーっ!!」
その考えは無し無し!と豪は無理矢理首を振った。

ナー
コールが暇そうに鳴いている。
豪は抱き上げてコールと目線を合わせた。
「コール〜烈兄貴の居場所教えてくれよ〜」

ナー

「はぁ…」
わかるわけもないか、と再びため息をついた。
そうして目線を落として、ふと気づく。
「あれ?」
もしかして、コールは。
コールを降ろし、ばたばたと2階に駆け上がった。
烈の部屋に無断で入り、サイドボードの一番下の開き戸を開ける。
そこには、辞典がずらっと並んでいた。
”宇宙””海の生き物””陸の生き物””植物”等々、カテゴリ分けされた子供向け百科事典。
確か、入れる場所が無いからと烈の部屋に押し込まれていたはずだと、豪は思い出したのだ。
「あった」
”身近な動物”とある本を取り出し、厚い本をめくる。
適当にページを進めた先に、豪はふとめくる手を止めた。
そして、自分の思っていたことが事実だったことを確認する。
「やっぱりだ…」
ぱたん、と分厚い装丁を閉じた。



◆    ◆    ◆



「はぁ…はぁ……」
もうどれくらい歩いたんだろうか。
多分30分くらいだが、細い道を行ったりきたりして、もう何処が何処だか。
隣町まで行っちゃったんじゃないだろうか。と不安に思った。
ナー
レンは相変わらず、どこかに向かって歩いていく。
(コールの奴、こんなところにまで行ったのか。まったく……)
川辺の傍を歩いていくと、ふと、レンがその歩みを止めた。
「レン?」
がさがさお構いなしに入っていく。

みゃ…

「…ん?」
か細い声が聞こえた。
酷く小さな声だったが、確かに。

みゃ…

「レン、何処いったんだ?」
長く伸びた雑草を掻き分け、そこにあったものは。
「これは…」
段ボール箱に入った、猫5匹。
しかし、3匹は既に事切れていたのか、倒れて動かない。
残り2匹も、か細い声を出し続けるだけだだった。
灰色の毛並みの猫。
「大変だ…」
猫の死臭に鼻をつまみ、2匹の猫を抱えた。

みゃ、あまり声も出せない状況らしい。
事態はは緊迫していた。

ナー

いつのまにか、レンも傍によりそって猫2匹の身体を舐めている。
「えっと、まずは…」
あたりに、コンビ二も何も無い。かといって、捨て猫を動物病院に連れて行っても、どうしようもない。
「どうしたら…」

ぷるるる…

「うわ」
ポケットに入れていた携帯電話がいきなり鳴り出した。
「なんだよこんなときに…」
ぴ、とそれを耳に当てる。

「烈兄貴、遅い!」

いきなりの大声に、思わず携帯から耳を離した。
「なんだよ豪」
「遅いんだよ、俺腹減った。コールもレンがいなくて淋しがってるし…」
「えっ?」
コールが、豪と一緒にいる?
「と、ちょっと待て豪、いま何ていった?」
「だから、腹減ったって」
「そのあと」
「レンが見つからなくて、コールが淋しがってるんだよ」
やっぱり。コールは遠くに行ったわけでもなく、豪と一緒にいる。
「よかった…遠くに行ったんじゃなかったんだ」
「何?烈兄貴もしかしてコール探しに外出てたの?」
「ああ」
「そっか、こっちにコールいるからさ、戻ってきなよ」
「あ、それが…」

か細い声でなくこの2匹を、放っておくことは出来ない。
しかし、連れて行ったところで、この2匹を飼うことが出来ないことは目に見えている。

「何か、あった?」
「うん……捨て猫2匹、レンがくっついて離れないんだ」
レンを引き合いに出しているが、事実レンは離れそうに無い。
ごろりと横になって、2匹を囲っている。
「……」
豪から、しばらく沈黙が流れた。
「…豪?」
「わかった、今からそっち行くよ。えっと…何持って行けばいい?」
ナー、とレンが鳴く。

「あ、そうだな。とりあえず衰弱してるから、猫の飲み物頼む」

「了解、あと、そこどこ?」
「えっと、…かなり遠くまで来ちゃったのかな…大きな川がある」
「大きな川?」
烈はあたりに見えるものを豪に教える。豪はふんふんと聴きながら、わかった。と納得した。
「先輩の家の近くだな」
「そうなのか?」
「うん」

じゃあ、後で。と豪は携帯を切った。

「はぁ…」
結局、僕が外に出てきた意味って、なんなんだろうか。
コールに振り回されると思ったら、今度はレン。レンはすっかり2匹に懐いている。
猫は気まぐれというけど、本当だ。
もう一度ため息。汗は出てくるし、することもない。
日差しがきつい、このままずっと待ってるんだろうか。
下手したら、こっちが倒れるかも…と、ぼんやり思っている。

「烈兄貴〜」

声が聞こえて、上を見上げると、自転車を立ち扱ぎする豪が見えた。
「豪!」
「ごめん、遅くなった」
軽快に自転車を降り、ぽいっと缶ジュースを烈に投げる。
「サンキュ」
「今度奢ってもらうからな」
ごそごそとバッグから哺乳瓶やらスポイトやらいろいろと出てくる。
「あ〜、かなり衰弱してる。よく見つけたよな」
「俺じゃないよ、レンが見つけたんだ」
「レン?」
ナーと声を出すレン。弱りきった猫を舐めている。
「さっきからずっと離れないんだ」
「そっか…」
どこか沈痛な面持ちでレンを見ると、ちょっと笑ってレンを撫でた。
「ちょっと貸しな」
草むらに座り、灰色の猫を抱き上げると、スポイトでミルクを与え始めた。
辛うじて飲むが、顔をしかめる。
「烈兄貴、やっぱ病院連れて行こうよ」
「野良猫だから、それは無理だよ…」
緩慢な動作で、豪は烈を見上げた。睨んでいるようにも、悲しんでいるようにも取れる、微妙な表情をして。
「…豪?」
「……じゃあ、俺が連れてく」
ほら、と一匹をレンに渡すと、今度はコールがやってきて、その猫を舐めている。
(そっか、豪が連れてきたんだ…家に1匹だから)
もう一匹を与えながら、豪はぼそっと呟く。
「烈兄貴は放って置けるのかよ」
「だって、家じゃ飼えないってわかってるだろ、そりゃあ…見つけた以上、責任があるのは、わかってるけど…」
「飼い主見つければいいことだろ」
「簡単に言うな」
そう簡単に見つかるはずも無いことを、豪は知ってるのか?
「……レンとコールみたいにさ、いるかもしれないよ」
苦笑しながら、終わり、ともう1匹をレンに預ける。
やはり衰弱していたが、さっきよりは調子がよくなったように見える。
「……まったく、どうするんだよ…」
烈はぼそっと呟いた。
「いいんじゃねーの?ガキに戻ったみたいでさ」
にししと笑う豪に、烈も仕方ないと納得するしかなかった。
「さて、これからどうするかな…」
う〜ん、と悩む豪。



「あれ?星馬こんなところで何してるんだ?」



ナー!
ナー!
レンとコールが同時に声を上げた。一目散に駆け出し、その声の主に駆け寄る。
「先輩、帰ってきたんですか?」
灰色の猫を抱え上げ、豪は軽く会釈した。
「おう、ついさっきな。なんでお前ここにいるんだ?」
豪と殆ど同じくらいの身長と浅黒い肌をした人が立っている。
「あ〜、えっと。烈兄貴説明してよ」
「…どうも」
ぺこ、と烈がお辞儀をすると、豪の先輩も同じくお辞儀をした。
豪の先輩ということは、烈とは同学年。
顔だけは見たことがある。2人はそんな間柄だった。



◆    ◆    ◆



「なるほど、そういうこと」
近くだからと先輩の家に招かれた二人は、お茶を出されている。
「烈兄貴も、なんでわざわざあの捨て猫見つけたの?」
「俺じゃないよ、レンがみつけたんだ」
コールを探すつもりだったのに、レンが結局見つけたのは、2匹の捨て猫。
それから、レンはずっと離れなかったのだ。
「昔を思い出しのかもな。レンとコール」
豪はそう言い、コールを撫でた。
「それも無いことは無いけどな…」
「豪、レンとコールの昔って?」
「ああ、こいつらな。親が交通事故で死んじまって。片親は飼い猫だったみたいなんだけど、レンとコールを除いて餓死したんだ」
さらりと言うと、苦笑した。
「そっか、じゃあレンが離れなかったのも無理ないな」
灰色猫2匹は、温かいベッドにすやすや眠っている。
ここまで来るのに、先輩は死力を尽くした。
2人はそれに、本当に感謝している。
「あの2匹は、家で預かるよ。幸いそれなりに道具もあるし、また頃合いを見て来てくれ」
「ありがとうございます」
「本当に、助かったよ」
いいって、と先輩は豪と似たような笑みを浮かべた。

「レンとコールも、また来て欲しいみたいだからな」

ナー、とレンが鳴いた。
お邪魔しました。と烈と豪は先輩の家を出た。
空はすっかり夕暮れ色に染まっている。
「これから大変だぞ豪。飼い主だってそう簡単に見つかるか…」
「大丈夫だって、見つかるよきっと」
「お前な…」
その自信は何処から来るんだ。とつっこみたくなった。

「烈兄貴が見つけたんだから」
「はぁ?」
なんで僕が見つければOKなんだ。とさらに疑問が浮かんだ。
「なんか大騒ぎな2日だったな」
「本当、でも楽しかったな。一人暮らししたら飼おうかな」
「お前じゃ無理だって」
「う、即答された…」
へこむ豪に、烈は声を出して笑った。

家に帰ると、自分の部屋と、居間がとんでもなく散らかっていた。
「豪!お前一体何やったんだ!」
「悪い!哺乳瓶とか探してて…」
「じゃあなんで俺の部屋まで」
開かれたページを見ると、猫の写真がたくさん載っていた。
「気になってさ、調べたんだよ。レンとコール」
「何をだよ」
「あの二匹、メスだった」
にやにやしながら笑った。
「2匹ともおてんばな女の子だったってわけ」



◆    ◆     ◆



2週間後、先輩の知り合いが回復した2匹を引き取ったと烈は豪から聞いた。
「なんかミニ四駆関連で俺達のことよく知っててさ。名前、すぐに決まったって」
「なんて?」

「”マグナム”と”ソニック”だって」

今頃、どこかで灰色の彼らが元気にしているのだろう。
「豪、今度あの先輩に先輩取っとけ」
「へ?」
「また、レンとコールに会いに行くんだよ」





end…




終了です。ありがとうございました。
猫の動きはやはり難しいと痛感…精進します。
まったり進んだため、あとのリクエストの方が先に出来てしまったりしました…

リクエスト頂いた茶亞さん、ありがとうございました。



2006・8・19 桐宮柚葉


 


 

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