change my mind
 


変身、っていうのも楽しいけど
やっぱり本来の自分を捨てきることなんて出来ない。
心から笑えるのは、そう、ありのままの自分だけ。

change my mind 8


「…で、留学の話はどうなったの?」
ジュンの質問に、豪は眠そうな顔を上げた。
「ん、とりあえず、保留、かな。アメリカは行くと思うけど」
「保留?」
「烈兄貴と俺が同時に出かけるってことは、兄貴を1年待たせるってことだから」
「あ、なるほどね」
はぁ…と豪はひとつ、ため息をついた。
「ついでに言うと、勘違いだったしな……」
「えっ?」
「なんでもない」
豪は苦笑して首を振った。いってもしょうがないと、判断したからだ。
「にしても、すぐに辞めちゃうことも無いのに。お金なんてあって困ることなんて無いでしょ?」
「まぁ、な。でも目立ちすぎてたし…これでよかったんだと思うぜ」
「豪から目立ちすぎる、なんて言葉を聞くとは思わなかった」
「……WGPとは話が違うんだよ」
「まぁ、そうかもしれないけど」
豪はあまり未練を残さない表情をしてるので、ジュンも納得してるようだった。
ジュンにとっては大好きなモデルが引退することになるので、豪としては少々の罪悪感も残っている。
それを決して、本人に言うことは無いのだが。
「なぁ、お前さ……」
「何?」
「まだ、ビートのファンなのか?」
「当ったり前よ。そりゃイメージは崩れたけど、雑誌のビートはなんにも変わって無いもの。私は好きよ」
「そっか、ジュンらしいな」
「…っ」
珍しく、豪が穏やかに微笑むので、思わず照れてしまい、そっぽを向いてしまう。
「…ジュン?」
「アンタ、反則よ…」
「何が?」
「………」
最後まで鈍感な豪に、ジュンはため息をついた。
「まぁいいけどさ。ジュン、お前今週の土曜暇?」
「えっ?空いてるけど……」
「スタジオでお別れパーティだっけ?それやるんだよ。ジュンも来ないか?」
「いいの?私が言っても」
「いいぜ、来るのはみんな俺の裏の顔知ってる奴ばっかりだしな」
にししし、可笑しそうにと笑う豪に、ジュンも笑顔で返す。
「いいわよ、私も行くわ」
「よし、決まりだな」
携帯を取り出し、1名招待追加…と、メールを打ち込む。
「それって、アンタ変装して行くの?」
「…変装っておい」
「冗談よ」
酷い言い方、と豪は笑った。
「あーあ、ビートともこれでお別れ、か……」
「俺が真似してやろうか?」
「結構よ」
さらにイメージが崩れるわ、とジュンは手をひらひら振った。
「でも、招待はありがとう」
「おう」
「あ、あとね…豪」


※    ※     ※



「かんぱーい!」
グラスの鳴る音が響いた。
撮影最終日の夜。メンバーは烈、豪から咲丘、ジュン、スタッフ、カメラマンまで。
いままでお世話になったと思う人のほとんどが参加してくれた。
「いや、これでビートとバスターともお別れか〜うう…」
酔いが少々入っている咲丘は涙ぐんでいる。
「咲丘さん、飲みすぎ…」
メンバー中、未成年の烈、豪、ジュンはジュースを飲んでいる。
「だってさ、本当に楽しかったんだもん」
酔いが回っていて覚えていないだろう咲丘をジュンがなだめている。
烈と豪はそのままバスターとビートの格好だが、完全に表情を崩していた。
そうしてみていると、ただ綺麗な格好をした高校生、のようにしか見えない。
思い思いにはしゃぐスタッフ達を見て、思い切り楽しむことにしたのだ。
「ジュン、今携帯持ってる?」
「持ってるけど」
「烈兄貴、手空いてる〜?」
ちょいちょい、と手招きする豪に、烈はいそいそと近づいた。
「何の用だよ」
ふふん、と悪戯っぽく笑うと、ジュンの携帯を取り上げた。
「あ、ちょっと」
それを放り投げて、烈に渡した。
烈は受け取ったが、ぽかんとしている。
「写真撮ってよ。俺とジュンのツーショット」
あっけらかんと言い放った。
「なっ……なんでそうなるのよ豪!」
「だって、お前、ビートの写真撮りたいって言ってたじゃねぇか」
「言ってたけど…」
「ならいいんじゃね?」
思い切り笑顔を向けられて、一回だけ、ジュンはうなずいた。
「そういうことか……豪も罪作りだな」
「へっ?」
「なんでもない。こっち向けよ」
烈は苦笑して携帯を2人に向けた。
「……」
ロングソファに2人で座っている。豪は一回だけ深呼吸する。
何かをぎゅっと圧縮させたような面持ちで、目を開けた。
「じゃあ、撮るぞ」
「…」
すっかりビートの顔つきでカメラを見ている豪と照れてしまってまともに見られないジュン。
「ジュンちゃん、もうちょっと顔上げて」
「そんなこと言ったって……」
「……」
ビートはそれをじっと見ていたが、何を思ったのかいきなりジュンの手首を掴んで持ち上げた。
「な、何すんのよっ…」
「……」
ちら、とビートは烈を見た。烈もうなずく。
「ちょっ……」
そのまま、ジュンの手の甲に口付ける。
「―――!!」
かしゃっ、と音がしたのを確認して、手首を離した。
「な、なにするんのよ豪!烈もこんなタイミングで写真撮らないで!」
「え、だって…ファンにサービスしてくれるのは当然だろ?」
にこにこ笑っている豪は元に戻っていた。いったいいつ変わったのか。
ジュンはさっきの衝撃で、少々混乱していた。
うわぁ、と呟いているジュンに、烈はじと目で豪を見る。
「お前やりすぎ」
「え〜いいじゃねぇか。ずっと俺達のこと黙っていてくれたんだぜ。それくらいやっても……」
豪は単純にお礼のつもりでいた。
だからビートになりきって、サービスしたという。
こっちをなかなか向いてくれなかったからという理由もあるが。
「はい、ジュンちゃん」
とりあえず、烈はジュンに携帯を返した。
「……っ」
自分の携帯を受け取ると、照れてる自分と、ビート。
「ああああ……」
保存だけかけて、携帯を閉じた。
しばらく、見ないほうがいいのかもしれない。
「ジュン、どうしたんだ?」
「お前は知らないほうがいいよ」
あたふたしているジュンに、やっぱり鈍感な豪は首を傾げた。
「そうそう、烈兄貴も一緒に撮ろうよ」
「はぁ?お前とって、いつも撮ってるじゃないか」
「あれはバスターとビートだろ?俺は烈兄貴と撮りたいの」
ふんと突っぱねる豪に、やれやれと烈は豪の隣に座った。
「お互いに撮るってのどう?」
「…まぁいいけどな」
嬉しそうにしているので、それでもいいかと諦める。
それぞれ片腕だけ限界まで伸ばして、カメラを向ける。
「いっせーので撮ろうぜ」
「わかったよ、うるさいな」
いつもの烈の言い方に豪はなんだか可笑しくなって笑ってしまった。
「それじゃ」

「いっせーの」



※   ※   ※



それから数週間後くらいだろうか。
ビートとバスターの特集が組まれた雑誌が発売された。
インタビューなども載っており、普段よりも多めに発行されたらしい。
朝が来て、通いなれた教室に向かう。
「……」
また、いつもの高校生活に戻ったんだ。と烈は思った。
長い時間じゃなかったけれど、確かに、どこかが変わった。
言うことでもないし、言葉には出来ない、何か。
(まぁいいか)
それは誰にも言わないことにして、自分の席に座る。
ぱらぱらと読みかけの文庫本を読み始めた。
朝の授業開始前、周りは何かと慌しい。
昨日の夜のドラマで盛り上がってたり、内輪話に花を咲かせていたり。
そういう喧騒は嫌いではないが、自分から入っていくことはあまり無い。
あまりの優等生ぶりに、近寄りがたいと思われているらしい。
2つの現実のギャップ。
それはもう、過去の話だ。
(…内緒でバイトでも始めようかな……)
烈がぼんやりと思っていたときだった。
ぶるる、と突然携帯が着信を告げた。
「誰だよ、こんなときに……」
鞄から携帯を引っ張り出して開けてみると、豪からだった。
どうやらメールらしい。
「ったく、朝ならいいものを、学校から送ってくるなっての」
あとで文句言ってやる、とぶつぶつ呟きながらメールの内容を確認してみた。

”ごめん。バスターのことバレたっぽい。インタビューの5ページ目”

「はぁ?」
バスターのことがバレたって?
あれだけずっと見せていたのに、今になってばれるなんて考えにくい。
それに、豪はごめん、と謝っていた。
(……まさかあのバカ…)
あたりをきょろきょろ見渡してみると、ちょうどのその雑誌を見ていた女の子3人組が目に留まった。
「ちょっといい?」
「あれ?星馬くんどうしたの?」
「その雑誌、ちょっと貸して欲しいんだけど……すぐに返すから」
「え〜」
少し不機嫌そうな顔をしたが、しばらくして雑誌を貸してくれた。
「ちょっとだけだからね。まだ全部読んでないんだから」
「ありがと」
自分とビートが一面に飾ってあるページから次に進み、5ページに及ぶインタビュー。
バスターとビートが兄弟であったことは確かここで明かした。
あとは、いろいろと質問されたが、特に問題は無かったはずだ。
(あった、5ページ目)

ざっと目を通してみるが、そんなに変なところは見つからない。
ところが。
「……えっ?」

記者:御2人は、お互いのことなんて呼んでるんですか?
バスター:仕事をしてるときは、ビートと呼んでます。ビートもバスターって呼びますから。
ビート:バスターの方が後輩ですけど、特に気にしてないです。
記者:では普段の生活では何と?
バスター:普通にお互い名前で呼んでます。
ビート:俺のほうは、烈兄貴、ってよく呼んでますけどね。

………

烈兄貴、って呼んでますけどね。


「……あのやろ……」
ぶるぶる、と雑誌が震えた。
「ちょっと、星馬くん。雑誌返してよ」
「あ……ごめん」
本当はここで雑誌を破りたい気分だったが、雑誌は返す。
確かインタビューした記者は、烈と豪のことをよく知っていた。
豪が自分を烈兄貴、と呼ぶことも。
さらっとビートは言っているが、赤髪赤眼で烈兄貴、と来れば誰か感づいてしまうだろう。
そうなったら。
(迷惑掛けないって言ったくせに……!)
帰ったら何してくれよう、と怒り心頭だ。いや、そのまえにこれをなんとかしたほうがいいのか。
頭痛を抱えながら席に戻る。
再び雑誌を見ながら談笑してるあの3人を前に気が気じゃない。
だけど。
どうせばれてしまうのだろう、と烈は諦めた。
もうどうしようもない、なるようになれだ。
引退したんだし。
豪に携帯をぱちぱち打った。

”もう知らない。お前責任取れよ”

それだけ打って、携帯を閉じた。
「…はぁ……」
これから、どうなってしまうのだろう。
平穏な高校生活よ、さようなら。
尤も、豪がビートになってしまったときから、もうそんなことの望みなど、無かったのかもしれないが。

2日後。
思い通り、と言った様子で、まわりは大騒ぎになっていた。
仰天してのは両親だ。
息子が揃ってモデルやっていたのだから。
「烈、お前までどうしたんだ…」
「ごめん、父さん」
でも楽しかった。と苦笑いして言いい、経緯とお金のこと、さらに会社に事情を説明すると、納得したらしい。
「今度バイトするときは私達に言いなさい」
と良江には笑いながら言われ、どうやらバスターが好みだったらしく、きつい説教はなしになった。
もっとやっていればよかったのに、と呟いていたのは烈だけの秘密だ。

やっかいだったのは学校だ。
教室は大騒ぎになるわ、放送で呼び出されるわ。
優等生の鑑のようなあの星馬烈がバスターだった。なんてことになれば、学校中から的になる。
歩いていても何しても視線の嵐だ。
女の子から告白もされたりしたが、全部断った。

君が好きなのは、僕じゃなくて、もういないバスターなんだ、と。

やはりこちらも事情を説明した。
バスターが一銭も取っていなかった、という事実。
あんまりにも烈が毅然として言うので、校長のほうがうろたえていた。
「確認でもなんでも好きにしてください。僕は否定するつもりは無いです」
結果、レポート10枚、厳重注意。
ささっとレポートをこなして見せた烈に、大人たちは「もうこんなことはしないように」と釘だけ刺して、終わった。
あの楽しかった日々の代償がこれなら、安かったのかもしれない。
この続きは、また後でも出来るのだから。

「ごめん、烈兄貴」
遅く帰ってきた烈の元へ来た豪はまずそういった。
「いいよ、もう済んだことだから」
「うん、だけど。烈兄貴までモデルすると思わなかったし、俺もうかつだったよ」
「まぁな、あれはお前だけのせいじゃない」
残ったのは、金額が書かれた預金通帳だけ。
ふと、それを手に取って、
「またいつか、一緒に出かけようか」
そういって笑ってみた。
豪はきょとん、としていたが、やがて同じように笑う。
「そうだな。俺、烈兄貴と一緒ならどこでもいいよ」
「なんだよそれ」
「べーつにぃ」
悪戯っぽい表情を見せて、豪はどこかへ行ってしまう。
向こうも大変だっただろうに、豪は一言もそのことを烈には言わなかった。
「…まぁいいか」
あの鈍感な豪が、ジュンの思いに気づくのはいつになるんだろうか。
そのまえに、あの豪に恋なんてわかるのか。
「……」
こっそり、烈は豪の部屋を覗いてみた。

「……」
豪はなにか大きな紙を眺めている。
(何やってるんだ?)
「……」
じいっとそれを見ていたがやがてにやにや笑い出した。
「咲丘さんから貰っておいてよかった〜、加工前バスター……やっぱ格好いい……」
ほれぼれしているような表情だ。
「―――!!」
耐え切れず、烈は扉を開けた。
「ちょっと待て豪!そんなものいつ貰って来たっ!!」
「うわあっ!烈兄貴っ!」
「お前な……ジュンちゃんにあんなことしておいて……」
「あんなことって何だよっ!」
「うるさい!とりあえずそのポスター返せ!」
「嫌だ!絶対渡さねぇ!」
「返せ!」
どったんばったん音がする星馬家の二階、下で良江はため息をついた。




「…変わらないねぇ。あの子達も」




 


 



終了です。今回は言葉の掛け合いを楽しんでみました。
ボケたりつっこんでみたり、学校での会話だったり、メールでやりとりしたり……
現役高校生っぽい雰囲気?をだしたつもりです。

ジュンと豪ですけど、やっぱり彼女はビートが好きで、豪にとってジュンは一番大切な友達。なんですね。
理解してて、尚好き、っていうのはなかなか出来ないことですけど。
楽しんでいただければ、幸いです。

2006・7・12 桐宮柚葉

 

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