レツデレラアフター


豪のついていくままに、烈は城の中を案内されていました。
ピンクのドレスも、今は着替えて朱鷺色の美しい
書斎、研究室、王の間…、重厚な造りで彩られた城は、烈の中にある記憶を少しずつ目覚めさせていきました。
「……微かだけど、覚えてる」
そう呟くと、豪は笑顔で応えました。
「大変だったもんな、今から覚えていけばいいよ」
「そうだな」
別れた時、自分より身長の低かった豪は、今では豪の方が少しだけ背が高くなっていました。
その風貌も、動作も、王子としての威厳があり、烈はそんな成長した弟をとても嬉しく思いました。
一通り案内を終わり、豪は一つの部屋を指し示しました。
「兄貴はここの部屋を使いなよ」
「…ありがと」
その向かい側にはそれとよく似た大きな部屋がありました。
青い色の縁取りの綺麗な扉があります。
「あの部屋は何?」
聞いた瞬間、豪は表情を強張らせました。
「…俺の部屋だよ」
笑って答えました。しかし、烈はその表情を見逃しませんでした。
「部屋を見せて」
「……」
豪は答えません。烈が詰め寄ります。
「わかった」
仕方が無い、とうなずくと、その扉を開けました。
中はとても広く、衣装部屋、などの小部屋がありました。
しかし、それ以上に…部屋は服や、ミニ四駆のパーツで散らばっていました。
「あ、あはは……」
「……」
それをじっと見る烈。侍女が付いているはずなのですから、王子のこの部屋は、一晩でやったのでしょう。
「……豪」
「は、はいっ……」
きっ、と烈は豪を睨みました。

「部屋は片付けておけっていつも言っていただろう!」

烈の怒鳴り声に、びっくりしたのは烈でした。
「ご、ごめん……烈兄貴…」
「はぁ…」
ため息をつくしかありませんでした。しかし、そういうところが変わっていなかったことに、安堵しました。
「…豪様、いかがなされましたか」
長年仕えていた執事が、豪の元へやってきました。
「いや…懐かしいお説教を聞かされただけだ。何かあったのか?」
「大臣がぜひお話を伺いたい、と…」
それを聴いた瞬間、豪の眉が寄りました。烈は不安そうに豪を見ました。
しばらく豪は無言でしたが、やがてうなずきました。
「わかった…今すぐに会おう。烈兄貴は休んでてくれよ」
「えっ…」
豪が真剣な面持ちで言うので、烈も何かを悟りました。
「わかった」
「烈兄貴を頼む」
「畏まりました」
豪は一人で渡り廊下を歩いていきました。
執事が屋に戻るように言いましたが、烈はじっと、部屋を見ていました。
烈がミニ四駆嵐に会ってから、かなりの時間がたっていました。その間、豪はこの広い部屋で淋しい思いをしたのでしょう。
そう思うと、胸がいっぱいになったのです。
整頓された本棚は、埃こそ無いものも、あまり使われていないことが分かりました。
しばらくそれを見ていた烈でしたが、あることに気づきました。
高く壁のようなその本棚に、取っ手が1つ、つけられていたのです。
「これは…?」
取っ手を引っ張ると、それは扉のように開かれ、中に隠し階段がありました。
「烈様」
じっと見ていた執事が、烈が話しかけました。
「その部屋は、豪様が決して開けないように、と侍女すら入れなかった部屋です」
それでも入るのですか?と言葉もなしに問いました。
「…入ります。僕は、豪のことをもっと知りたい、どんなことでも」
「左様でございますか」
執事はそれ以上言いませんでした。
そばにあったランプを手に取ると、烈はゆっくりと階段を降りていきました。
暗い階段の先に、小部屋がありました。
火を灯すと、ぼんやりと全容が見えてきました。
本棚と、絵が立てかけられ、また、玩具も整理整頓され、その中に入っていたのでした。
まるで、子供時代の思い出を閉じ込めた箱のように、その部屋はありました。
「……これ、は…」
絵画を見て、烈は言葉を失います。
それは、幼い烈と豪の姿を写していました。隣の絵は、烈一人だけの姿を写したものでした。
下に積まれた箱の中は、烈と豪は夢中になって遊んだ玩具。
その部屋の中は、烈の過去に関わるもの全てでした。
「…豪……」
こうでもしなければ、豪はずっと兄をひきずってしまう。
豪は誓いをしたときから、烈にかかわる品々をこの部屋の中に入れていたのでした。
たった一人で、どんな思いで、豪はこの部屋に入っていたのでしょうか。
そう思うと、烈の胸は痛みました。
軽く埃のかぶった絵画を、そっと掃いました。
あのときのまま、笑顔は変わりません。しかし、年月だけが、遠く過ぎていたのでした。
どうして記憶を無くしてしまったのでしょうか、今となっては知る由もありません。
今では、この絵を描いてもらったときも、はっきり思い出せるというのに。
「見たんだ」
烈は振り向くと、豪がランプを持って階段からゆっくりと降りてきていました。
呆然と見る烈に豪はしかたないように笑いました。
「懐かしいな、数年見てなかったからな…」
二人で写った絵画を見て、豪は言いました。
「豪、どうして…」
「兄貴にも胸張れるような王子になろうって決めてから、見てなかった、その前は、ずっとこの部屋に閉じこもってたっけ」
思い出すようにいい、豪は烈を見ました。
「俺はどうすればいい?」
「えっ?」
「大臣達は王の法律により、烈兄貴を王位継承権第1位にするって言ってる」
烈が継承権1位になるということは、豪が烈に会うまでの努力を、全て水泡に帰すと言っていることに等しいことでした。
「そんな…僕は記憶が戻ったばかりだ、豪のほうが国を治められるはずだ」
「でも、法律では、王位は王の子、男子の産まれた順、ってことになってるから…」
烈が生きていることがわかった以上、順位が入れ替わる。
それは豪に会うと再開したときにわかっていたことでした。
同時に、烈はあることを決めていたのでした。
「…豪、僕は王位継承を放棄する」
豪とは決して争わない。そのためなら、なんだって犠牲にすると、烈は決めていたのでした。
驚いたのは豪でした。
「なん、で…だよ。せっかく戻ってきたのに、なんで!」
服は綺麗なものになっていました。皆が烈様と慕ってくれました。
しかし、記憶が無い状態のレツデレラも、確かに烈だったのです。
たとえ、苛められようとも、烈はそれを”なかったこと”にはできなかったのです。
「お前と、争いたくないんだ。王位なんて関係ない…一緒に、生きていきたいんだ」
「烈兄貴…」
「僕は大臣でもなんでもなればいい。豪、お前が国を治めるんだ。それだけの努力を、僕がいない間していたんだ、それくらいしても、誰も文句は言わないよ」
烈は微笑みました。すべて覚悟して、この場所に来たのです。
「この絵、また飾ろうな」
今度は誰の眼にも留まるように、死が分かつまで、生きていく誓いとして。
豪は呆然と烈を見ました。そして、顔を伏せました。
「烈兄貴」
「…豪?」
「…ちょっと、肩を貸して」
「…ああ」
倒れこんだ豪を、烈は受け止めました。
「…うっ……ううっ……」
今までずっと一人ぼっちだった王子は、ずっと、王子として泣く事をやめていたのでした。
泣き虫だったことは、烈もよく知っていました。

「よく、がんばったな。豪」

暗い部屋の中で、それは思い出を照らす光となりました。
数日後、城の応接間に兄弟の絵画がかけられ、それは彼らが生きている限り、外されることはなかったということです。


 





 

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