「豪の奴、待ちくたびれて怒ってるかな…」
烈は早足で屋上へと向かっていた。
あのあと先生に見つかり、いろいろと小言を言われてしまった。
これで優等生のレッテルは完全に崩れるだろうが、気にすることは無い。もともと”なろうと”していたわけでもない。
やりたいことをやっただけだ。
しばらくは話題に上るだろうが、なんとかなるだろう。
その前に、豪の遅いと文句を言われることのほうが先なのだから。
階段を上り、屋上のドアにたどりつくと、ドアの向こうをこっそりと覗く美優の姿があった。
「どうしたの?美優さん」
「しーっ……」
唇に指にあて、黙っていて欲しいと伝える。
「…?」
その通り、音を出さずに階段を上りきり、こっそりと覗いてみる。
よく分からないが、豪とジュンが並んで座っていた。
(ああ、そういうことか)
ジュンはとうとう豪に告げるのか。
あの、恋愛に関しては人並みはずれた鈍感な豪を。
「…頑張って、ジュンちゃん」
本当に小さな声だったが、自分のことのように応援する美優。
「でも、豪の奴…なんて答えるのかな」
「そんなこと関係ないですよ」
美優は烈を見て、微笑んだ。
「告げることができればいいんです、ね」
「そういうもの?」
女の子同士はそういうものがわかるらしい。
「……」
小さい頃から知っている幼馴染が弟に告白。いつもみていた友情が壊れてしまうような気もした。
しかし、兄の立場からすれば、祝福しなければならないのだろう。
後姿しか見えないが、確かにお似合いには見える。
「(頑張れよ、豪)」
何に頑張れといえばいいのかわからなかったが、烈は心から思った。
◆ ◆ ◆
…一方、豪は迷っていた。
うつむいて今にも泣き出しそうなジュンにどう接すれば良いのか、わからなかったからだ。
好きだ、と言われたことは理解できる。その意味も。
烈が思っているほど、鈍感でもない。
変装したビートでもなく、自分自身に向けられている、ということも。
「…そっか……」
ジュンの気持ちは嬉しいけれど。まだそんな感情を持てない。
そう思う人もいない。ジュンでさえも。
正直に言ってしまえば、泣いてしまうだろうか。
今だって泣き出しそうなのに。
どうすればいい。どうすれば。
「…えっと……」
ちまちま考えても仕方がない。
「正直に言っちゃっていい?」
聞くと、こっくりと頷いた。
少しばかり躊躇う。しかし、ここではっきりと言っておいたほうがいい。
「……好きってことは、わかった、けどさ…俺、まだジュンをそういう風に……見れないんだよ」
はっきりと言ってしまった。とたんに、ジュンの頬をぽろりと涙が滑り降りる。
「そう、だよね…バカだもんね……ごめんね……」
そういい、涙を見せないようにうつむいた。
「まぁ待てって、俺はまだ返事を言い切ってないっつーの」
「…え?」
ジュンが顔を上げる。
「…まだ、ってことはさ、これから見ることができるかもしれないってこと」
困ったように、豪は笑った。
「だから、頑張れよ。俺をそういう風に見せるくらい頑張れよ」
「なによ、それっ……!」
ずいぶんひどい言い方じゃない、と口の中だけで呟いた。
「……俺には、こういう言い方しかできねーよ…ごめん」
「豪…」
豪なりに精一杯考えた答えだった。
はい、と簡単にもいえない相手、だからって振ることもできない。
だから、頑張れ、と言った。
自分がそういう風に思えるようになれるように、と。
こっちも頑張ってみるから、と。
そういう意味合いの返事。
「……大丈夫か?」
さっきからジュンが泣きっぱなしだ。
「うん、大丈夫…」
「お前らしくねーから、ちゃんと烈兄貴来るまでには泣き止めよ」
「泣いてないてってば…」
「…泣いてる」
「バカぁっ!」
「うわっ!」
思いっきりひっぱたかれ、豪はひっくり返った。
そして、日がとっぷり暮れた頃、ようやく帰ることになった。
「…このギターも返さないとな」
背中にかついだギターを見て、ぼそりと呟く。
「レッスンは期間があるからまだ2週間続けるとして…」
「土屋研究所にお礼言っておけよ」
「わかってるよ」
あとで電話、と指折り数えた。
「な、なぁ豪」
「ん?」
前を歩く豪はふと振り返った。
「……お前、ジュンちゃんに…」
「ジュンに?ああ、兄貴見てたんだ」
あっさり言い切られ、烈は眉根を寄せた。
「そういうのは見ないもんだろ?」
「悪かったな…」
本当は美優さんも見てたんだけど、とは言えなかった。
「曖昧には返してないよ、ちゃんと返事した。そういう風には見えないから、頑張れって」
「…頑張れ?」
「これから見るかもしれないから、そうなるように頑張れって」
「…豪……」
豪らしいといえば豪らしい。
ジュンちゃんはそんな答えで納得できるのか。なかなかいえるようなセリフじゃない。
自分が恋できるように頑張れ、と相手に言うとは。
少なくとも、烈にはできない。
「……お前、すごいよ」
「何が?」
「…いや、なんでもない」
そういう風に人を傷つけずに先送りにしてしまうこと。
でも、でも。
空を見上げてみる。もう星が輝きだしている。
「烈兄貴?」
緋色さえ見えなくなった空を見て、泣き出したくなる感情をこらえた。
終わりを告げようとしている関係が、自分だけに見えてしまったから。
◆ ◆ ◆
土屋研究所に、一本の電話が鳴った。
それを、土屋博士が取る。
「はい、土屋で……」
「土屋ああああ!!!」
いきなりの大音響にその場にいたJが耳を塞ぐ。
しかし、その声には聞き覚えがあった。
「…大神、か……いったいどうしたんだ?」
「土屋、貴様…鉄心先生になにを言った?」
「はぁ?」
いきなりのことに、首を傾げる。
「鉄心がまたバンドをやると言い出した。クスコも巻き込んで、今度は世界デビューだそうだ」
「は、ははは…」
昔のことを思い出す。思い出したくもない記憶だ。それだけは。
”あのことは口に出さない”
土屋、大神、クスコの3人によって交わされた約束。
「…大神、すまない……私には、どうしようも……」
「ほほー、そこに大神もいるのか、グッドタイミングじゃな」
「うわああ!」
耳元にもう一つの影。
これまた見覚えのあるサングラス。
「と、いうわけじゃ」
にやり、と鉄心が微笑む。
「……」
「……」
冷や汗をかく、土屋。
同じく沈黙の、大神。
「………一回聞いてみたいかも」
火に油を注ぐ、Jの一言が、ことの終わり、そして始まりだった。
scarlet voice! end
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