雪が融解する温度8



解ける雪とはほど遠い、白い雪原が、豪の眼前に広がっていた。
その眩しさに、眼を細める。ほんの少し、離れていただけなのに、豪にはずいぶん長い間のことのように思えた。
もう戻ってこないと思っていた。
それなのに、戻ってきてしまった。かつて離してしまった兄の手を引いてここまできた。

後悔ならある。けれど、それは受け入れなければいけない痛みだと、豪は目を閉じた。

「…結局、豪の思っていた未来になったのね」
後ろを歩く彼女が、ふと言う。
「ああ」
「…悲しむわよ。お母さん」
「わかってる」
豪は、烈を抱きしめながら呟いた。
その瞼は開かない。眼が覚めるまではまだ時間がかかるだろう。
肌は白く凍りつき、まるで人形のようだった。
それでも豪は壊れないように、烈を抱きしめて歩く。

「俺だって、兄貴をいっぱい泣かせた。だから、兄貴には生きていてほしかったんだ。なのに…」

烈は、豪が消えたら死ぬ未来を選んでしまった。
そして、豪が燻っていた烈のその思いのトリガーを、引いてしまった。
烈が死ぬ未来を選んだとき、豪はこうすることを決めていた。

「それでも、そのひとは豪と一緒に果てることにしてしまった、ってわけね」
「兄貴が自分を殺すくらいなら、俺が殺したほうがいいって思ったんだ」
前は、そんな性格じゃなかったような気がするんだけどな。と豪は苦笑した。

「強い思いは、人を狂わせるわね」
「お前が言うと意味深だな」

「元々、私たちは吹雪で死んだ母親と子供の霊が元だもの…、護りたい思いは呪いに変わる」

「昔から、親不孝はたくさんいたんだな」
「そういうこと。母の心子知らず、よ」

そういった彼女は、重そうに鞄を持っていた。
「悪いな、一人増やしちまって」
「家畜が1人増えるだけだから、気にしなくていい」
「そっか」
そういうのが、彼女なりの思いやりなのだろう。と豪は思った。

白く染まった雪の上で、青い空がなんだか痛かった。

「豪にいちゃん」
「お前…」

ふと気がつくと、目の前には小さな女の子が一人。
去年生まれた、雪女の子供だ。
「よかった、もう帰ってこないかもってみんな泣いてたから」
「みんな?」
俺の立場は、いちおう彼女たちの家畜で食料だ。
これからは、烈兄貴もそうなのだけど。それでも女の子は首を振った。

「うん、みんな。私もいっぱい泣いたよ。豪にいちゃんが帰ってきますようにって」
「……」
「ほら、もう行きなさい」
俺が答えられずに固まっていると、彼女は察したのかその子を急かした。
「はーい、ねぇ豪にいちゃん。そのひとは?」
その子は腕に抱えている兄貴を指差して訪ねた。
「ああ、俺の兄貴だよ」
「じゃあ、私のにいちゃんなんだ」

「…そうだな」

嬉しそうに、笑う。
「そっか、また家族が増えるんだね!みんなに伝えてくる!」
「頼むぜ」
「うん!」
そう言って、その子はたたっ、と雪原を走り、向こうへ消えていった。

「怒られるかと思ってた」
「怒る以前に、みんな心配してたのよ。あの子もね…。精一杯土下座して謝罪しなさい」
「わかった」

ふわりと、白い風が空に舞う。
街にも雪が止んで、ようやく活気を取り戻す頃だ。
母ちゃんは、今頃泣いているのかもしれない。探し回っているのかも。
どんなに温かくなっても、その一点においてはいつでも冷たさが支配する。
それでも。
そこに、兄貴がいることが嬉しかった。

「豪、もう行くよ」
「ああ」
春が来れば、もうここには居られない。
冷たくなった兄貴の身体をぎゅっと抱いて、空を仰いだ。


「…じゃあな」


また、冬が訪れる日がくるまで。




◇   ◇   ◇




ずいぶん長い間、眠っていたような気がする。
何十年かもしれないし、ほんの10分くらいだったのかも。
浮いていたのかもしれない。沈んでいたのかも、よくわからない。
ただ、ものすごく寂しいと思った。
ただただ冷たくて、凍りつきそうなのにずっと一人きりだった。
泣きたくても、誰に泣いていいかわからなくて、叫びたくてもなんて言えばいいのかわからない。
言えばきっと誰か来て、慰めてくれる。かわいそうに、と言ってくれるだろう。
けれど、これが俺が決めたことであって、どうしてこんなにみんな優しくしてくれるのに、泣く必要なんかあるんだろう。
だから一人で泣くことを覚えた。
どうしてか分からないけれど、泣きたくてしかたなかった。
会いたい、会いたい。という声が喉の奥で引っかかって出てこない。
そんな時間がもうずっと。
いつしかそんなことも忘れて、ただここで命が消えるまでいるだけ。
出せない声は諦めに変えた。
そんなとき、寂しさの風が急に薄れた。

「…ほら、行くぞ」

いつのまにか、手首は手錠で繋がれていた。相手にも繋がれている。引っ張られているのに、なんだか嬉しかった。
もう一人で寂しいといわなくていいんだ。って。
手錠の先には、赤い髪と眼をした人が笑っていた。

そこではじめて気がついた。

自分の髪の色が、青色だっていうことに。
これが、誰の夢だったのか、このときはじめて気がついた。


これが、お前の過去だったのかな。豪。



視界には、木製の天井が映っていた。
見覚えあるような、ないような。というのも何処にいるのさえ、わからない。
自分は広いベッドの上で寝かされていた。まだ意識は散漫としているが、それくらいはわかる。
ゆっくりと横を向いた。
ほんの10センチ先、そこには豪の寝顔があった。
あまりに無防備にそんな顔を晒していて、一瞬我を忘れた。なんだか夢の続きを見ているようだった。

ごう、と呼ぼうとしたけれど、声が出なかった。

身体の感覚がやけに鈍い。動かないわけではなさそうだけど。
「…う」
声はかすれて出てくるだけ、指はなんとか動きそうなので、腕を伸ばして、豪の頬に触れようとした。
ゆっくりとブランケットから指を出して、指先を掠めた。そこで少しだけ驚いた。
豪の肌が、冷たいと感じなかった。
「うん…」
軽く身じろぎをして、豪の眼が開く。いつもと変わらない。青くて深い眼だ。
「あに、き?」
「……」
声は出なかった。だから僅かに眼を細めて笑うことしか出来ない。
「…おはよ、兄貴」
豪の腕が身体に伸びる。それに抵抗する術もなければ気もない。すとんと胸の中に落ちる。
やっぱり、冷たいと感じなかった。それどころか不思議と肌の温度に馴染んで、また再び眠ってしまいそうだった。
お互いベッドで寝転んだ状態で、ただの抱擁だ。それなのに、この心地よさ。
前はこんな感じしなかった。…前は?
前は、無理やりに自分の体温が上がってしまっていたんだっけ。

…もう、この身体は以前のような体温を取り戻すことはない。
それが、現実なんだ、とそう思えた。

「ごう」
ようやく、声が出た。豪は腕を離して、また笑う。
「れつあにき」
豪が傍にいる。長い夢から醒めて、現実にふと戻っても、まだ豪がいた。
「…どれくらい、眠ってたんだ?」
「一月、くらいかな。兄貴の誕生日も、もう過ぎちゃった」
「そうか…俺は、もうお前と同じ場所にしか、生きられないんだな」
「そうだな、嫌か?」
その質問にちょっとむっとした俺は、その白い頬を引っ張ってやった。

「いててっ、烈兄貴乱暴」

「…そんなこと、言うな」
「兄貴…」
これは、豪の最後の手段にした方法。全てを捨てることなんて、よほどの薄情じゃなきゃ、できない。
「俺は、お前に殺されたかったんだ。だから、これでいい」
泣きたいくらいの思いを持って、ここまで来た。
もう逃げることも、後戻りもしない。ただ滔々と流れてゆく時間が、そこには横たわるだけだ。
「ね、兄貴」
「ん?」
いきなり聞いてきた豪は、少し照れながら下を向いて、こう言いきった。

「しても、いいよな。ずっと、待ってたんだ」

そういう所が、なんだか豪を男から弟に変えているようで、なんだか微笑ましい。
1ヶ月、と豪は言った。この1月、何があったのかはよくわからないけれど。きっと豪は俺が眼を覚ますのを、ずっとずっと待っていたのだ。
「わかった、来いよ」
「うん」
まだぎこちない身体に被さるブランケットをはずして、変わりに豪の重みがかかる。
そのときに、ここがようやく何処かを思い出した。
ここは、あのとき豪が受け入れてくれたロッジだ。また、ここに戻ってきた。ただし今度は、最初から豪だと分かっているからためらいはない。
「あにき」
指先が絡むと、幸せそうに豪は微笑む。
冷たいとは感じなかった。逆に温かいと感じていた。身体の温度が同じになった分、よけいな熱がなくなって、思いにかかる温度が伝わってくるようだった。
もう片方の指が胸をまさぐる。弾かれ、くすぐられるたびに震えが走る。
刺激を与えるために噛み解されるたび、硬くなっていくのもわかる。
「ふっ……ぅ……」
ここまでなら、きっと目覚める前でもできた。けれど、求めるのはもっとその先にあるもの。
身体を食い荒らしてゆく欲望に任せて、快楽に咽び泣いた。
手を離され、深く口付けをされながら後ろに指を差し込まれる。この熱で豪の指を解かしてしまわないだろうかとふと思ったが、動かされてしまえば考えはぶっとばされた。
「くっ……うう……ご、ぅ……」
「な、に?れつあにき…」
切羽詰ったような豪の声。豪のほうも余裕がないのが聞き取れる。
欲望に支配される。今までに感じたこともなかった、わけのわからないものが胸からせりあがってくる。
「兄貴…結構快楽に敏感だったんだな、前はそうじゃなかったから、少し心配してた」
唇を舐めながら、豪は眼を細めた。熱情が篭もった青い瞳にさえ感じてしまう。
「…冷たくない、からな」
ぜいぜいを息を吐きながら、そう答えるのが精一杯だった。
豪の口付けが降りてくる。舌を絡め、思考回路が解けていく。なにもいらない。ここに豪がいるのなら。
ぼんやりとした思いのまま、自分の足の指先が上を向くのを見ていた。
「うあっ……うっ……ああ!!」
痛みと共に身を割かれ、豪が差し込まれる。
解かされそうな熱の塊に、かぶりを振って、首を仰け反らせた。
首筋に口付けを落とされ、両腕で豪を抱きしめた。
「れつあにき。もっと…」
息も荒く、ただお願いするように囁かれ、ますます強く身体を抱きしめた。

この熱になら、このまま解けてしまっても構わない。
確かに、あのとき豪が、自分の腕の中で解けたいといった理由が分かった気がした。
死さえ甘美なもの。
この思いには、それだけの強さがある。
雪の世界でしか繋がることのできなかったその思いが、ようやく絡み合う。
「れつあにき…絶対に、置いていったりしない」
「ああ」
決して置いていったりしない。その瞳に映るものが、自分の思いの全てだった。
いえなかった言葉も、ようやく言ってくれた。
身を焼く欲望を豪に向かって解き放ったとき、嬉しくて一滴だけ涙がこぼれた。



「兄貴、俺たちって彼女たちの中ではどういう存在だと思う?」
唐突に、豪はそう言った。
まどろみに身を浸しながら、ふと眼があう。豪は困ったような顔をしていた。
「どういうって…」
「家畜なんだよ。俺たちは。彼女たちの冬いる間のね。食料は俺たちの精」
そういえば、豪があったときにそんなことを言っていた。雪女が生きていくには、男が必要だと。
豪がずっとそれを一人で賄っていたらしい。それで、今度はそれに俺が加わる。
「何するんだよ、具体的に」
「特に、なにも。彼女たちが満足できればそれで。小さい子は遊んであげれば十分だし、大人になれば添い寝で一冬は越せる。ただし、こっちに情が移ってないとダメだけど」
「情、ね…」
前に聞いた、雪女が生きるための精というのは、どうも与えるほうの感情がこもってないとダメということらしい。
ああ、なるほど。それで雪女は人を助けるのか。絶体絶命の中で美女に助けれられば、自然と情が湧くだろうから。
自分も、そうだったのかもしれないな。と心の中だけで笑った。
「ただし、俺たちも永遠に生きられるわけじゃない。彼女たちが望むものが与えられなかったら、俺たちは追い出されて日の光で解ける」
「そんなことがあるのか?」
「精を与えるってのは、半分人間だからできることだから。完全に雪と同化したら…もうその時点で終わりなんだ」
「……お前、まさか」

「でもさ、兄貴がこうして傍にいてくれて、抱かれてくれた。それでいいみたいだ」

恥ずかしそうにそっぽを向いた。さっきとのことを思い出しているのだろう。
「俺も、それでいいよ」
「そっか」

後は、何も言うことはなかった。
ただ芒洋と明るい空気が二人の間に流れていて、それで十分だった。

こんこん、とドアのノックする音が聞こえた。
「…!」
驚いて震えたが、豪がすばやくブランケットで体を覆った。
(だいじょうぶだ)
くす、と豪が笑った。
「こんにちはー、あ、眼が覚めたんだ」
「おはよ、今日も早いな」
「うん!」
部屋に入ってきたのは、小さな女の子だった。2人は顔見知りのようで軽く話をしている。
豪はなんだか妹のようにその子に接していた。
ひとしきり喋ると、今度は自分のほうをじっと見つめてきた。
灰色のような髪と、黒い瞳が印象的な少女。少々舌足らずの口調で、にこりと笑った。
「おはよ。きいたよー、豪にいちゃんのお兄ちゃんなんだって?」
「あ、うん…」
どうやら豪が教えていたらしい。そして自分がこれから一緒に暮らすことも知っているようだ。
「名前はー?」
「…れつ」
「れつ兄ちゃんかー!わーい、お兄ちゃんが増えた!」
そう言って部屋の中をはしゃぎまわった。
「いい加減にしろよお前。また探されてるんじゃないのか?」
豪が呆れたように言う。
「えへ。実はそう」
「とっとと戻れよ」
「はーい、それじゃれつにいちゃん、またね!」
「あ、うん…」
またドアを開けて、少女はとたとたと走っていってしまった。
はぁ、と豪がため息をついた。
「今の子は…」
「去年生まれた、雪女の子供だよ。可愛がってやれよ、れつにいちゃん?」
「お前な…」

呆れ顔の自分に豪はひたすら笑っていた。豪が思いっきり笑っていたので、枕を投げつけてやった。
豪はもんどりうって倒れた。いい気味だ。

「…せっかく、ソニックとマグナムも持ってきたのに」
「え?」

豪は頭をさすりながら言う。
「全部は捨てたけど…”これ”は俺たちの体の一部みたいなものだろ?」
「お前って奴は…」

それ以上なにも言えなかった。
ただ、そこにある事実に、泣き崩れるしかなかった。
「烈兄貴…」


ごめんなさい。ありがとう。ごめんなさい。


感情が決壊するのを、はじめて知った。
自分の涙は、氷の塊になってぼろぼろとベッドの上に転がっていった。



◇   ◇   ◇





それから、いくらか時間が過ぎた。



ある、雪山で。ある探検隊が遭難した。
遭難がわかった時点で山は吹雪き、雪崩すら起きそうなほどだった。そのため、誰も助けに行くことができなかった。
もうダメだと誰もが思ったが、なぜか探検隊は、吹雪が止んだ翌日、全員無事に救助された。

「…ロッジがあったんだ」
「兄弟に助けられた。赤い髪と青い髪の兄弟に」
「振り返ったら、ロッジごとなくなっていたんだ」

探検隊隊のメンバーは口々にそう言った。
けれどそんな傾斜のきつい場所にロッジが建っているはずもない。
その兄弟を見つけようとしても、誰も見つからなかった。
ただ、人々はその探検隊のメンバーが助かったことを喜ぶだけだった。

それから幾度となく、雪山で遭難があっても、誰一人凍傷を負うことなく助かっている。という奇蹟が起きた。
奇蹟に遭遇した人々は、かならずある兄弟に会っている。
どんなに時間が経っても、決して年齢が変わることなく、17、8の兄弟が2人。
赤い髪と赤い眼の兄と、青い瞳に青い眼の弟。彼らに会うことができれば、必ず助かるという。


けれど彼らが誰なのか、どうしてそんな場所にいるのか。
生きているのか、死んでいるのかさえわからない。


気まぐれに奇蹟を起こす兄弟。
奇蹟が起きるその山には、雪が止んだ静かな日に、モーターの回る音が聞こえるのだとか。
ミニ四駆のパーツを持っていくと、決して吹雪がおきないとか。


それは登山家の中で、実しやかに流れている噂。


それ以上、何かが発展することもなかった。





◇   ◇   ◇




それから、また時間が過ぎた。



烈は、隣で眠る豪に声をかけた。
「なんだよ、烈兄貴」
「…手紙を、書こうと思うんだ」
ふと、思いついたふうに、微笑んだ。
「手紙?」
「いまなら、届けることくらいできるかなって」
それが何を意味しているのか、豪にはわかった。
だからこそ、豪は頷く。

「俺、いまさら何書いていいのかわかんねーよ」
「じゃ、俺が代わりに書こうか?」
「やっぱ、俺が書く」

そういうと、烈はひとしきり笑っていて、豪はむくれていた。

ひんやりしていて、温かい。と烈は思った。
ただ流れていく時間を思い。眠り起きて、生きていくだけ。
そばに豪がいる。ただそれだけ。
誰も傷つけられないし、傷つけることもない。
けれど、過去に傷つけた罪は決して消えることもなかった。
豪は未だに、自分を抱いて時折悲しそうな顔をした。とてつもなく深い後悔と過ちを自分を抱くことで垣間見てしまうんだろう。
ただ笑顔でいるだけがこの弟の全てではない。
自分を殺したことも、母から引きなしたことも全部受け止めて深い傷を追負っている。

だから、そんな豪のためにできるのは、一緒に居てやれることだけだった。
「誰に書くんだよ」
「そうだな、母さんに書いてみようか」
「なら、兄貴書いてくれよ。俺もっとわかんねーよ」
豪は、少しも変わっていない。身体を重ねたことで、少しだけ長生きができているらしい。
しくみは、よくわからないけど。それでいい。
「なぁ、豪」
「ん?」

「お前は…今幸せか?」

ふと聞いた問いに、豪は少し眼を伏せ、そして抱きしめた。
「…うん、幸せだ。全部が全部、ってわけじゃないけど、幸せだ」

「そうか、なら、いいんだ」


日差しの中で、豪はまるで猫のように転がった。青い髪が散らばって、日差しの中では輝いて見えた。
豪はもうすぐ、春が来るな。と前置きした上で言った。
「兄貴の誕生日には、なにがいいんだろ?」
自分はただ微笑んで、豪が悩んでいるのを眺めてやった。
「期待しているぞ」
「わかった」
豪はうれしそうに答えた。

もうすぐ春が来る。
いくつになったなんて忘れてしまったけれど、豪は未だに覚えていてくれていた。
暖かい日がさして、氷は水に変わる。

そうしたら、解けて豪と自分の境界もなくなってしまうのかもしれない。
それもまた、1つの幸せなんじゃないかと思う。

その先にはきっと花が咲くはず。

赤い色と、青い色の花が。









fin,





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