宴のあと、眠りの目覚め


走っているのも好きだけど、やっぱりたまには、休憩もしたくなるし、眠りたくなる時だってある。
「……」
目覚めたら、天井が見えた。
(いつのまに、眠ってたんだろ…)
確か、兄貴とリンゴ食べながらいろいろ話しててそれから、記憶がなくなってた。
床の上にはセンターラグが引かれ、起き上がるとブランケットが滑り落ちた。
そんな記憶も無いから、たぶん母ちゃんがつけてくれたんだろう、と豪は思った。
手元を見ると、硬いゴーグルの感触がする。これもたぶん母ちゃんが外してくれたんだろう。
時刻は午後3時を指していた。
「あれ、兄貴はどこいったんだろ…」
ぼんやりした頭のまま、きょろきょろと見渡し、動こうとした瞬間、むに、と柔らかいものに触れた。
「うわ、なんだ…?」
ブランケットをめくってみる。赤い髪がふわりと動いた。
「…兄貴かよ……」
自分と同じようにセンターラグの上で丸まって眠っていた。
「すぅ…」
ときおり寝返りを返し、それでもその赤い目は閉じられたまま。
帽子はゴーグルと同じように手元に置かれていた。
「起きるか…」
ブランケットを烈の上に乗せて、ふらふらとキッチンへ向かった。


「5時ごろ帰るから、それまで留守番よろしくね」

そう、書かれた手紙。
時刻は3時。まだ2時間ある。
「どうするかな…」
兄貴をたたき起こすも考えた。けど、起こしたら怒られるだけだと思ってやめた。
冷蔵庫には食べ物はあるけど、お菓子は入っていなかった。
野菜室を覗いてみる。
「まだりんごあったのかよ…」
赤いリンゴと青いリンゴが1つずつ。青リンゴを久しぶりに見た。
「食べるか…」
これなら文句もいわないだろ、と豪はリンゴ2つと新聞紙、果物ナイフを取り出すと、烈が眠っていた部屋へを向かった。



◆   ◆   ◆



ひさしぶりに、いい夢を見たような気がする。
いつも喧嘩してばっかりだった豪が、今日ばっかりは大人しく言うことを聞いて。
丁寧にリンゴの皮をむいていた。
ウサギのように耳をつけた、切り分けられたリンゴ。
不器用ででこぼこだったけれど、1回も手を切ることなく、できたと言って俺に見せて笑っていた。

それを見て、俺は「よくできたな」と言って笑った。

そんな夢だった。


「……」
気がついたら、天井が見えた。
いつ眠ったか、まったく覚えていない。意識すらぼんやりする。
「あ、兄貴起きた?」
そういうのは豪の声だった。
「豪…、おまえいつから?」
「ん、起きたのはついさっき」
食べるか?と豪が差し出したのは、そのままの青リンゴだった。
「…どうしたんだ?これ」
「さっき冷蔵庫から持ってきた」
豪も寝起きらしく、時折目を擦っていた。
「俺たち、寝てたのか…?」
「そう、母ちゃんいないぜ。5時に帰るってさ」
「5時か…」
時計を見ると3時少し過ぎをさしていた。
豪は今からリンゴを食べようとしていたらしく、新聞紙とお皿、果物ナイフをテーブルの上に置いていた。
リンゴを切ろうとするが、豪はふと手を止めた。
そして、俺のほうをみた。
「なー兄貴ー」
「ん?」
「俺さー、一度やってみたいことがあったんだ」
「何だよ」
「リンゴかぶりつき」
こう、あーん、ってさ。かぶりつくの、とジェスチャーをしながら言う。
「これやろうとするといつも母ちゃんに止められるからな…」
「皮まるごと食べようとするのに抵抗あるんだろ」
皮はいつも外に晒している部分だ。母さんが気を使うのもわかる。
「えー、今母ちゃんいないしいいじゃねーかよ。ちゃんと皮洗うから」
「…はぁ、しょうがないな…」
どのみち、言うことなど豪は聞きはしないだろう。
「リンゴもう1回洗って来い」
「やったー、兄貴サンキュー」
豪は大喜びでリンゴを持ってキッチンへ向かった。
その間に、果物ナイフをケースにしまうことにした。

「あれは、正夢だったのかな…?」

うさぎリンゴじゃなかったけど、とりあえずリンゴ絡みの夢だったから。
あんな風に豪は優しく笑わないし。弟らしく素直、なんてのは似合わない。
「洗ってきたぜー!」
じゃ、いただきます。と手を合わせると、豪は一気にリンゴにかぶりついた。
「おお、うめー!」
そういいながら、シャリシャリと音を立てて食べていく。
「まったく…ほら、口拭けよ」
ポケットからハンカチを出すと、サンキューと言いたげにもごもごと口を動かすと、また食べる。

「ひゃにきもひゃへろよ」

「俺も食べろって?」
こくこく、と頷く。その手には赤いリンゴ。
「…ま、いっか」
豪はあんなに楽しそうに食べるなら、自分だって。
時間が経ってるのか、あまり硬そうに見えないおかげで多少なりとも食べられそうだった。
「いただきます」
ぱく、と一口。
皮が少し噛み切れない。それでも無理して噛み砕いた。

「ひゅめーひゃろ?」

「…まぁな」
普通に食べるのとは、また違った感じがする。
「母さんには秘密にしような」
こくこく、と豪は頷く。
たまにはこんな風にやってみるのも悪くは無い。

そう思って、隣で食べる豪を見て、思わず笑ってしまった。


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