blue call bell


時折、身体をぎゅっと握られたような気分になる。
それが何なのか、最初はわからなかった。
たぶんそれは、自分自身があいつを求めている、ということなのだろうと自覚したのはつい最近だ。
向こうは目ざとく気づくし、気づいてなかったことまでずばっと言ってしまう妙な感覚があるから、わかるのは時間の問題かもしれない。
この身体は、もうその熱の廻り方も、疼きも知っている。
奥の奥から溶解して、どろどろに溶けてしまいそうな。
「はぁ…」
甘いものが食べたい。ふと思った。
どうかしている。学校にいるときにまで、そんなことを思うことは無かったのに。
何だかんだ言われて、烈は生徒会室で一人、書類を片付けていた。
最初のときから、もうどれくらいになるんだろうか。
実の弟の熱情を向けられて、それに圧倒されそうになりながらも受け入れて。
泣きたいほど温かい腕の中に絡め取られてから。
普段生意気な弟の顔から、男の顔になるその一瞬に。
どきどきしてしまったのは,まだ言うつもりは無い。
「豪、まだ部活かな…」
一旦ペンを走らせる手を止めて、窓をぼうっと見ていたときだった。
「兄貴ー」
いきなりがらっと音を立てて、扉が開かれた。
「うわっ、なんだよ豪、ノックぐらいしろっての」
「悪い悪い…、あれ、烈兄貴一人?」
生徒会室をきょろきょろ見渡しながら、烈に問う。
「そうだよ、なんか文句あるのか?」
「別に。兄貴一人なら一人で嬉しいし、はいこれ」
ぽん、と紙袋を烈の前に置く。豪は笑みを浮かべて早く開けろと目で訴えている。
「なんだよ」
「兄貴の好きそうなやつ」
「…?」
小さな紙袋を受け取り、中を開けてみると、そこにはさっきまで食べたいと思っていたものが入っていた。
「俺のお手製マドレーヌ。作るのは初めてだったけど、食べられないってことは無いと思うぜ」
重そうな鞄を床に置き、開いていた椅子に座る。
「……」
なんでこう、タイミングよく。
甘いものが苦手な豪は、自分から言わないとあまり作ろうとはしないのに。
それでも、丁寧に作られているマドレーヌは、手に取り出しただけで甘い匂いがする。
「いただきます」
はむ、と一口。砂糖の甘い味と、バニラエッセンスの微かな香り。
「美味しい」
「そう?よかったー、今日たまたま部活が休みでさ。調理研究会から助っ人頼まれて。それでついでに作ったんだ」
頬杖を付いて、僕が食べている様子をじっと見ている。
しかも、ずーっと嬉しそうに笑っている。
ちょっと食べにくい。けれど何も言わない。
「俺の食べてるところなんか見て、楽しいか?」
「うーん、楽しい、って言うんじゃないけど。でも飽きない」
そう言って、豪はふと、視線を落とす。
憂いを残すような表情に、くらりとする。あの夜が瞼の裏でフラッシュバックする。
やっぱり、毒されているんだろうな。豪に。
心地良いといえば、そうかもしれない。
「……」
「……」
夕暮れの沈黙が、少し痛い。
2つしかなかったマドレーヌは、あっという間に僕の中に収まる。
「兄貴、まだ仕事?」
「あとちょっとかな…」
言うと、豪はふと表情を曇らせたが、すぐに仕方ないように笑った。
「そっか、じゃあ俺先に帰るよ」
「あ……うん」
いつもは一緒に帰るのに、今日に限って豪はあっさり引き下がった。
なんでだよ。
ちょっとむかっと来た。
しょっちゅう自分から来るくせに。今日ばっかり。なんで。
そう思ったとき、身体が自然と動いていた。
豪が鞄を肩に下げて、後ろを向く。
ひらりと尻尾のような長い髪がなびく。
甘いものが食べたいのは気づくくせに、こういうときには気づかない。
超鈍感。
早く気づけ。
腕が伸びた。その瞬間、僕の手は豪の長い髪を掴んでいた。
そのまま、思いっきり下に引っ張る。

「い゛っ――!」

引っ張られるまま、豪の喉が反り返った。
どさりと音がして、鞄が床に落ちる。
「何する…」
豪が振り返る、そのまま肩に掴みかかる。
くるりと豪を回して、両腕でもって壁に押し付けた。
どん、と豪の背中を打つ音が聞こえた。
「……はぁっ…」
なんで、こうなるのかな。
うつむいた僕からは、豪の表情が見えない。
「れつあにき…?」

不思議そうに言う、豪の声。

「お前さ…意外に鈍感なんだな。他のことにはすぐ気づくくせに」
「……」
ゆっくりと、豪の表情を見るように顔を上げる。
豪はぽかん、として僕を見ていた。
どうして、こんな奴好きになったんだろう。
どうして。
きっと自分に聞いても、豪に聞いても出せない答え。
いうなら、必然。
「……烈兄貴、したいの?」
主語も無く、豪は一言聞いた。
豪は特に怒ることも無く、ただ、目だけは優しく。
「……」
居たたまれなくなって、押したままの腕をゆっくりと下げた。
「でもさぁ、いきなり髪引っ張ること無いんじゃねーの?今でも痛いんだけど」
「…ごめん……」
あんまりにも沈痛な声だったのか、豪は仕方ないとばかりに笑った。
「いーよ、気づかなかった俺も悪いし、ね……」
豪の腕が、頬にゆっくりと伸びて。
欲しかったものを与えられた。
身体の中に流れ込むようなゆっくりと深い熱を。
吐息を呑み込まれ、指は自然と青い髪を絡めていた。

たぶん、その青い髪を引っ張ったのは。

呼べば、気づくような気がしたから。
また欲しくなったら、引っ張ってやろうかな、とそんなことを思って目を閉じた。






「アポロさんちの星馬さんち設定」に基づく豪烈。
髪引っ張る兄貴が”お嬢様が執事を呼ぶときのベル”だと、直感的に思ったために書いたもの。。
もっというなら、サンダーバー●のペネローpuがpa-ka-を呼ぶときのベル。
かなり初期のSS。照れるな。。甘い。



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