Feeling Air

 




公園のあの巨大なオブジェは、最初、なんのためにあるのか、わからなかった。
前々からあったのに、使ってるところをほとんど見たことが無かったから。
だから、すごく驚いた。
「よっ、と」
「すげー…」
人が空を飛んでるってそうおもった。
空の中に浮かんでるって、そう思ったんだ。
なんであんなことできるんだろ。
呆然と、それを見ているしかなかった。
筒を半分にしたような形状の坂から何度も勢いをつけ、空を飛ぶ。
なんだかきらきら光ってるみたいだ。
着地のがこん、とした音すらかっこいいと思った。
そいつが誰なのか、なんて全然頭に入ってなかったんだ。それくらい見入ってた。
やがて、その坂の上で止まったそいつは驚いたような顔をしてこっちを見た。
「あ…」
そしてそいつはにやりと笑った。
逆立った朱色の髪。見覚えはある。というか、何度も会った。
アストロレンジャーズのエッジ。
こんなところで一人でいるのを見たのははじめてだけど。
「お前、ビクトリーズのゴー・セイバ?」
「そうだよ」
へぇ、と笑うと、ローラーブレードを折り畳み、こっちへ近づいてきた。
近くに来ると、身長差が歴然となる、なんか嫌だ。
「こんなところで何してんだよ」
「別に。これってこういう用途で使うんだなって思ってさ、見てただけ」
「お前、これが何に使うか知らなかったのか?」
こく、と頷く。
「ま、俺も知らないけど、これハーフパイプっていうスケートで使う形状にそっくりなんだよな」
「へぇ…」
「興味あったのか?」
「べ、別に、そんなんじゃねーよ」
「嘘付け、すげーって顔に書いてあったぜ」
「う……」
睨み付けても完全にエッジは俺を子ども扱いしていた。お前だって子どもなのに。
「ま、お前が興味あるなら、教えてあげてもいいぜー?」
「な…」
じっ、とこっちを見つめて指を刺す。
「エッジ先生と、呼びな」
「そ、そんなことできるわけないだろ!へっぽこぴー」
「へっぽこぴー…なんだ?どういう意味だ?あ、おい…!」
言う前には、もうすでに駆け出してた。
あいつが先生なんて冗談じゃねー。

だけど…確かにかっこいいって思った。

俺も、あんな風に空を飛んでみたいって、そう思ったんだ。



◆     ◆     ◆



その翌日も、翌々日も。俺はエッジの練習を見に行った。
相変わらず気がついたら声をかけてきてからかうから、すぐに帰ってる。
本当はもうちょっと見ていたい気持ちもあったけど、そこはほぼ条件反射のような反応だ。
エッジもそれを楽しんでいた節がある。
わかってはいたけれど、いつも逃げてた。
そんな日が、数日。
「あれ…」
その日、エッジがいなかった。
エッジがいない。そして誰もいない。
空を見ると、曇り空だった。もうすぐ雨が降りそうだ。
「…そっか、雨が降りそうなら、来ないよな」
けど、いないってことは、今がチャンス。
幸い、WGPで使ってたローラーブレードがある。
ハーフパイプの上に登り、それを見下ろした。
「た、高い…」
実際はそんな高くない。それはわかってるけど、このカーブした斜面を見下ろした光景は、ぞくぞくするような恐怖感を覚えるには十分だった。
「こんなの、下ってたのかよ、あいつ…」
でも引きさがったらかっこ悪い。ここまできたんだ。
雨が振る前に、行かなくちゃ。
ローラーブレードを立てた。一歩前へ踏み出す。
すう、と息を吸い込み、眼を閉じた。
前へと、踏み出した。

「やめとけよ」

ふと声が聞こえて、立ち止まった。
「あ…」
エッジが怖い顔をしてみていた。
「そんな状態で滑ったら怪我するだけだ。やめとけ」
「……」
見られた。しかもかっこ悪いところ。
足を元に戻す。そのまま、ぺたんと座り込んだ。
「はぁ…」
エッジが赤い髪をわしわしとかき混ぜると、こっちへ上ってきた。
「リーダーの用事があったら遅れてきて見ればこれだ…プロテクターなしでそんなことしたら怪我するに決まってるだろ」
「う…」
ぎっ、と睨み付けてもたれ眼で逆ににらみつけられた。
本気で怒ってる。それがよくわかった。
「わ、悪かった、な…」
「どうしてもやりたいなら、明日まで待ってろ。ミラーのやつ持ってきてやるから」
「え…」
「教えてやるよ。ま、俺がアメリカに帰るまでだけどな」
「いつ帰るんだよ」
「あさって」
「……」
口を尖らせると、エッジは笑った。
「お前らもアメリカ行くんだろ?暇あったらまたやってやるよ」
「ホント?」
「優先順位は後だけどな」
言われて、苦笑したが、エッジの性格を考えればそれもしょうがないかもしれない。
「わかったよ…でもサンキュ。一度やってみたかったんだよな、これ」
「そんなに面白そうに見えるのか?」
「だって、空飛んでるんだぜ、すげーじゃん」
それだけか。とエッジがまたため息をついた。
「もうそろそろ雨が降るな、お前も今日は帰れよ」
「やべ、兄貴に何にも言ってなかったんだ。怒られる…」
そうして、立ち上がった瞬間だった。
足元がずるりと滑った。
「うわっ!」
「お、おい!」
ローラーブレードを畳むのを忘れていた。そのまま流れに乗り、俺の身体は坂へと吸い込まれていく。
「うわああっ!」
後ろ向きに滑り出した。このままじゃ、ぶつかる!
「っつ…!」
無理やりに身体をひねった。なんとか体勢を立て直して、向こう側へいこうとする。
けど、スピードが足りない。
向こうに届かない。
「足を横にしろ!反対側へ行け!」
言われたとおり、足をなんとか横へして、体勢を低くした。
何度も見てる。やりかたは知ってた。
すごいスピードで、景色が動く。
空気が切って流れていく。
「す、すっげー!」
まるで風になったような感覚。
自分で走るのとは、全然違う。
流れていく感覚。流れに乗る感覚。
あっというまに反対側にたどり着きそうなスピードまでに達したが、あえて着地せずに、またスピードを上げた。
「おい、止まれよ!」
「ひゃっほーう!」
聞こえてるけど、聞こえてない。
こんな楽しいこと、やめられない!
いまだったら、何でもできる気がした。
一気に加速を付ける。
一気に景色が動いていく。
「いくぜっ!」
「や、やめろっ!」
エッジの慌てふためく声も、無視した。
縁のぎりぎりまでスピードをつけて、俺の身体は宙に投げ出された。
「うあっ!」
視界が反転する。
灰色の空が見えて、視界を掠めていった。
一瞬の浮遊感。
何かが、見えた気がした。

その後の行動はおそらく無意識というか、身体が勝手に動いた。
なんとか足を下に持っていった。直後、どすん、とした音がした。
「うわっ!」
そしてしりもち。
「痛たたた…」
両足から着地した衝撃で足も痛い。尻も痛い。
それでも、なんとか怪我はしてなかった。
「あ……」
ハーフパイプの真ん中で、灰色の空から、雨粒が落ちてくる。
ぽたぽた。ぽたぽた。泣いてるみたいに落ちてくる。
なんでかわからないけど、動けなかった。
あの空の中に、確かに、一瞬だけど、俺はいた。
地面と繋がらない、俺がいた。
「おい、大丈夫か」
「あ…うん、平気」
「お前!自分がどんな危険なことやったのかわかってるのか!」
「な、なんだよ…」
いきなり、怒鳴られた。
「いいか、下手したらお前頭からぶつかって死んでたかもしれないんだぞ!その辺よくわかっとけよ」
「エッジ…」
エッジがこんな怒鳴るように怒ったところ、はじめてみた。
いつもひょうひょうとしてるのに。
「…ごめん」
「ほら」
傘を差し出した。
「いいよ、別に。俺走って帰るから」
「走れるのか、そんな足で」
「……うわっ」
立ち上がってみると、痙攣して、またしりもちをついた。
「まったく…」
今度は手を貸してくれた。
「俺は、レディしかこんなことしないんだぜ、感謝しろよ」
「ぜってー感謝しねぇ」
「このまま放置してやろうかお子様」
「風邪ひいたらブレットに”エッジに見捨てられた”って言ってやる」
「う…」
にや、と笑うと、エッジは言葉に詰まった。
「ったく…」
強引に俺の腕を掴むと立たせて、今度は肩に腕を回した。
「お前って、けっこう面倒見よかったんだな」
「はぁ?」
「なんか意外」
「そうかよ」
俺が傘をささえて、エッジは俺を引きずりながら、雨宿りできそうなところまで連れて行った。
「悪いな、エッジ」
「なんだ?気持ち悪い」
「…ひとが謝ってるときに、気持ち悪いって言うな」
「お前はそんな丁寧に謝る奴じゃないと思ってた」
「俺はお前がそんなに人に気遣いできる奴なんて思ってなかったぜ」
真顔で問いただす。
そうして。
「く、くくっ……はははっ」
「あははは、おっかしーの」
ひとしきり笑って、エッジが俺の横に座った。
「足は?」
「ん、もう平気。痺れてただけみたいだ」
「まったく、初挑戦でジャンプなんて、お前無謀すぎるだろ」
「やっぱり?」
「自覚してたのかよ…」
「いやー、あんだけ滑っていたら。つい止まれなくってさ。すごいな…俺、空飛んでた」
「すごいだろ。アメリカに行けば、もっとすごい奴がいるぜ」
「ホントかよ?」
「ああ、こんなのじゃないくらい…すごい奴がいっぱいいる」
「エッジも勝てないくらい?」
「俺はアストロノーツだからな。これは趣味みたいなものだけど、世界にはこれで生きていこうとする奴が、いっぱいいる」
「へぇ…」
空を飛んで生きていけるなら、どんなにいいんだろうか。
けど、それは毎日が大怪我との隣りあわせだ。
「…雨、止みそうもも無いな」
ふと、エッジが呟いた。
ずっと、降り続ける雨。
地面もハーフパイプもなにもかも濡らしていく。
「…アメリカに行ったら」
「ん?」
「アメリカに行ったら、もっとすごいのが、見られるのか?」
「ああ」
「じゃ、俺が行ったら、その場所、教えてくれよ」
「こっそりな」
「でも優先順位は下か?」
「当たり前だろ。お前見てるより、女の子見てたほうがよっぽど眼の保養だ」
「う…」
「冗談だよ」
「へ?」
エッジはくす、と意味深な笑みで笑った。

雨が降り続いている。
けど、こんな雨宿りなら悪くないな。と俺は思った。

また、空を飛べる日を夢見て、雲の切れるときを待ち続けた。



エッジ&豪。
絵チャで当たったものでした。
空中の浮遊感を出したくて表現にえんやこら悩んだような気がします。
feeling Airというタイトルが真っ先に浮かんだ。


 

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