赤と青のつながるこえ
 



僕も豪も、小学生である以上いろいろ授業に出なくちゃならない。
得意な体育もあれば、苦手な算数も。
そして、もちろん音楽の授業も。
成績はそれなりにとれる。普通に歌って、リコーダーが出来ていれば、平均点は取れる。
そういうものだと思っていた。

「歌の、再テスト?」
「そう」
学校帰りに、豪が珍しくあまり笑わないので、聞いてみた。
回答は「歌のテストが明日になった」とのこと。
聞くところによると、マイクの故障で、豪のテストだけ、明日に持ち越されたらしい。
音楽室で、授業後先生と一対一でテスト。
確かに、これは僕でもちょっと緊張する。
「へぇ、お前がねぇ…」
「なんだよ」
「いや、お前の歌なんて聞く機会あまりないな、って思っただけさ」
「え、よく歌ってるじゃないか」
「豪作詞作曲のマグナムの歌か?」
「あれは歌じゃないっていいたいのかよ」
「……」
メロディーを思い浮かばせてみる。

「黒澤なんて黒澤なんてへっぽこぴーったらへっぽこぴーおれのマシンが世界一〜VVVVVマグナームVはやっぱりビクトリー」

ダメだ、一番のフレーズしか思い浮かばない。
Vマグナムのテーマソングらしいけど、前半黒沢くん絡みだ。
「あ、あははっ……」
「なんだよ!」
「いや、確かに歌だったな、と思って。だけどメロディーないだろあれ」
「う…」
けど、いいことを聞いた。
「よし、そういうことなら、俺がその歌聞いてやるよ」
「え、いいよそんなの」
「自信ないのか、自作の歌作ってるのにな」
「そんなんじゃねーよ!」
「じゃ、いいな」
「う…」

豪が真面目に歌うなんて、いつぶりに見るだろうな。
幼稚園の学芸会の時くらいかな?
豪ひとりで歌う歌。ちょっと興味がある。本気で豪が歌ったら、どんな歌になるんだろうか。
「家に帰ったら、特訓してやる」
「兄貴が?」
「こう見えても、音楽の授業は最高点取ってるんだ」
「本当かよ…」

たまに、だけどな。
いつもどおり、家に帰って、晩御飯を食べて。
「……」
「さて、歌ってもらおうか、豪」
「兄貴、本気?」
「いまさらだろ」
「……」
豪がここまで嫌というか恥ずかしいというか、微妙な表情をするのは初めてかもしれない。
手には音楽の教科書。
テストの曲をみたけど、なるほど。僕も去年テストで歌った曲だ。
「兄貴もこの曲歌ったことあるのか?」
「ああ、教科書変わってないから」
にや、と豪が嫌な笑みを浮かべた。
「なら、兄貴も歌えるんだよな」
「………」
「歌えるんだよな?」

確かに、歌える、歌えるけど…
「なんで、俺まで歌わないといけないんだよ」
「なんで、俺だけ歌を兄貴に聞かせないといけないんだよ」
「…俺は明日音楽の授業ないから」
「聞くぐらいいいだろ?」
「やだ」
「兄貴のケチ!」
「わかったわかった。後でワンフレーズくらいやってやるよ」
「よし!」
何が「よし」なのかよくわからないが、とにかく豪の中で何か決着がついたらしい。

「俺の歌聴いて驚くなよ」
「はいはい、では、星馬豪くん、おねがいします」
「…兄貴、なんか間違ってるそれ」
「…うるさい、まぁとにかく全部歌ってみろ」

楽譜が書かれたページをじっと見つめ、アカペラでの豪の歌が始まった。

「ときには なぜか 大空に 旅してみたくなるものさ」

ちょっと、感心してしまった。
意外と歌えている。アカペラでここまでメロディーがうまくできてるなら、特にテストでも問題はない。
自作で歌を作るだけのことはあるか。小学生レベルだけどな。
豪が高音を出せることも驚きだ。

「気球に乗ってどこまでいこう」

あれ?
何か、おかしい。

「風にのって 野原を越えて」

こんな音程だったか?
「え」の音程が飛びぬけて高い。

「雲をとび越え どこまでもいこう」

「そこになにかが待っているから」

…やっぱりだ。
あとの歌を聞いてみても、間違いない。
豪に、こんな弱点があったとは。

「そこに輝く 夢があるから」

一通りアカペラで歌って見せた豪は、ふう、とひとつ息を吐くと。
「どうだ!けっこう歌えるだろ!」
…ふんぞり返って見せた。

「豪」
「なんだよ」
「自分で歌ってて、気付かないのか?」
「だから何が」
「お前、高音で突然裏声出してるぞ」
「え?ほ、ホントか?」

あたふたしてる、見てると結構面白い。
しかし、これは直す必要ありだな。
「”雲をとび越え〜”のあたり歌ってみろ、サビにいかなくていいから」
「その部分、苦手なんだよな」

教科書を開き、再び歌う。ここまできたら、豪も僕の前で歌うことに何の躊躇もなかった。
歌うまであれだけ嫌そうにしてたのにな。

「雲をとび越え どこまでもいこう」

「ストップ」
「なんだよ、いきなり」
「”を”が裏声入ってる」
「う…裏声……」
「いきなりそこだけ声が変に聞こえるんだよ、ちょっと貸してみろ」

豪から教科書を取り上げ、そのページをじっと見つめた。
らくがき入ってるな、これ。
音楽家の肖像にも入ってそうだけど、このページにはないから、まぁいいか。

「風にのって野原を越えて
 雲をとび越え どこまでもいこう
 そこになにかが待っているから」

「こんなところだな」
「烈兄貴うまいな…」
「お前が声をうまく出せていないんだよ、練習すれば、できるんじゃないのか?」
「ホントか?」
「知らないけど」
「知らないのかよ…」
「豪は高音出せないわけじゃないみたいだから、やればできるだろうな」

そういえば、豪に歌聞かせちゃったな。
まあ、いいか。
「それでさ」
「なんだ?」
「裏声、って何?」
「……え?」

そこから、教えないといけないのか。
「何時間かかるんだろうな…これ」
かくして、僕と豪が寝るまでの間、風呂の間でさえ、その歌を歌い続けることになった。
「な、これでいい?」
「ダメだ」
「う…」
いつの間にか、僕も豪もこの歌の歌詞をすっかり覚えてしまったのは言うまでもない。






翌日。


「豪の再テスト、授業後だったかな」
確か豪は5時限授業だった。こっちもそうなんだけど。
「星馬、今日の委員会なんだけど…」
「ごめん、今日は出られない、って言っておいてくれる?」
「え?」
「本当にごめん!」
同じクラスの委員の子に謝ってみると、相手はあっさりとメモを取っておいてくれる、と約束してくれた。
「たまに算数教えてもらったりしてるもんな、いいよ」
「ありがとう!」
ランドセルを掴み、2階の音楽室へ駆け上った。
「失礼します」
「あ、烈兄貴!なんでここに」
「決まってるだろ、見に着たんだよ」
「え…」
「ちゃんと歌えてるか、見ないとな」
「あ、うん…」

今度はテストだから、ピアノの伴奏つき。
歌詞はもうすっかり覚えてる。
豪も、危なげな様子はない。若干、緊張してるみたいだけど。

「ときにはなぜか大空に
 旅してみたくなるものさ
 気球に乗ってどこまでいこう
 風にのって野原を越えて
 雲をとび越え どこまでもいこう
 そこになにかが待っているから」


ちゃんと、高温が裏返らずに出てる。
2番も歌えてる。
「…やった」
ぼそっと、小さな声で呟いた。
豪もそれがわかったみたいで、歌い終わったら、僕に向けて得意そうな笑みを見せた。


そして、音楽室から二人で帰るころには、空は夕暮れに染まっていた。
「あ、あのさ…」
「なんだ?」
「……あ、ありがとな烈兄貴」
「珍しいな。お前がそんなのこというの」
「兄貴のおかげで、歌えたから」
「…お前がちゃんと練習したからだろ」
自分の力を過信せずに、ちゃんと歌いきったのは紛れもなく豪なのだから。

「今度は、兄貴の歌もちゃんと聞かせてくれよ」
「ヤダ」
「なんでだよー」
「…恥ずかしい」

「烈兄貴、俺に兄貴が恥ずかしいと思うことさせたのかよ…」

「…悪かった」
「ま、いいけどさ。今度兄貴が音楽のテストのとき、俺も聞きに行くからな!絶対」
授業中にどうやって聞きに来るのだろう、と思ったが、豪があんまりにも上機嫌だったので、それはいわないことにした。




 


 スペシャルサンクス
 高山倫様

作中歌詞
「気球に乗ってどこまでも」作詞:東 龍男 作曲:平吉 毅州

年齢操作なし、ということで書いたもの。
作中歌詞はあれなので、なんかあったら削除しなければならないです。。
とりあえず、「しーっ」ということで1つ。


 

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