ライクアファザーズ ”モータに関しての知識なら私より土屋に聞きなさい、それなりに参考になるはずだ” 父さんは、振り返りもせず、俺にそういった。 「……土屋、研究所…」 そして、この場所に立っている。 土屋研究所。ボルゾイよりとは比べ物にならない、というか比べる対象じゃない。 都市と田舎、それくらいの違いだ。 兄貴もついてこないし、今日は俺一人だ。特に問題はない。 欲しいものが手に入れば、それだけで構わないのだから。 「こんにちは」 呼び鈴を鳴らすと、すぐに相手は訪れた。 白衣に疲れが見える表情、けれどその顔には笑みがある。 「やあ、君が烈矢くんか、所長の土屋だ。お父さんから話は聞いてるよ」 「どうも」 形式的にお辞儀をして、あとはさっさと用件を済ませてしまいたかった。 「さっそくだけどまずは資料が見たい。父さんが持ってなくて、欲しいのはこれ」 事前に用意したメモを渡す。土屋はふむふむとメモを見ると、すぐに返した。 「5つはこっちにあるよ、書庫にあるから、好きなだけ見ていくといい」 「ありがとうございます」 そういって、無言のまま、俺は書庫にこもることになる。 主に欲しいのは一般本より論文だ。こうでもしないと、欲しいものは集められない。 専門の研究所、というところだけあり、この手の論文の所蔵量は半端じゃなく多い。 土屋博士本人の論文も読んでみた。 …さすが、日本人でV2モーターを作っただけのことはある。あの間抜け面からこれだけのアイディアと技術力が生み出せるとは。 「…父さんが聞け、って言うだけのことはある、か」 ”モータの…は、これを使い、式は温度T1−V1からV2まで断熱圧縮→2 温度T2…” …意味がわからない。 ぱたん、と論文を閉じた。 「へぇ、結構難しいところまで読んでるんだね。その歳でさすがだ」 「…うわっ!」 いきなり後ろから顔を出された、というかいつ来た! 「そ、そんなに驚いた顔をしなくても…」 出した本人もショックを受けているようだ。 「探していたものは見つかったかい?」 「いや……」 こいつの論文がわからなかった、なんて言えるはずがない。論文内の人物像と目の前の人物のイメージが違いすぎる。 言ったら負けだ。そんな気がした。 俺の表情を見て、にこりを笑う。 「詰まってるようだね。どうだい気分転換に食事でも?」 「何を言って…!」 ぐう、と腹の虫がなった。 「やっぱりね、君5時間以上そうしてるんだから…食べるときには食べたほうがいい」 「……」 腹の虫の通りで、否定はできなかった。 土屋研究所は住み込みで働いてる人もいるらしく、近くに食堂があった。 おごりだと、さも当然のように言われ、拒否する理由はないとそれに従う。 待っている間、土屋はなぜか俺に言い出そうか言い出さないかとそわそわしていた。 気にくわない。言いたいことがあるならいえばいい。 「……なんですか」 「えっ…」 「もったいぶられるとむかつきます」 正直に言って睨むと、驚いて、そしてなにか懐かしい眼でみるように俺を見た。 「…昔、君のお父さんに似たようなことを言われたよ。”言いたいことがあるならとっとと言え。お前の意見は間違うときもあるが、まともだ”とね」 「……」 「その…どうだった、かな。私の論文は」 少してれたように、聞かれた。 「……」 さて、どうする、か。わからなかったとは言いにくい。 「…興味深かったし、ためになった」 「そうか、それはよかった!」 とたん、子供のように喜び、俺にアイスクリームを追加注文した。 変な奴。 土屋に対しての印象はそうだった。どこか兄貴っぽい…というかガキっぽい。 父さんと同じ職業の人間だとは思えなかった。 しかし、聞かれたことはまともに答える。 俺が、こいつに興味を覚えたとはそのときだ。 数日この研究所に通いつめて、わかったことがある。 論文にも興味はあったが、特にこの土屋とやらの生態が笑ってしまうほど滑稽で、それでいて知識になるとは。 こんな人間ははじめてだった。 仕事と私生活の境界が曖昧だし、喜怒哀楽は豊富でたまに一緒に出かけてしまうときもあった。 どっちが子供なのかわからない。 なんだ、こいつは。 「君といっしょにいると、若いときの一文字君を思いだすよ」 土屋はそういって俺に笑った。 「そんなに、似てるのか?」 「無愛想で、必要としたところしか言おうとしないところとかね」 なるほど、確かに。と少しだけ思った。 「俺は……」 俺はこいつと一緒にいて、何を思ったんだろう。 まず間違いなく、知識だけ得たんじゃないはずだ。 だけど、それが何なのか、まだよく、わからなかった。 とある絵チャで当たったお題が「烈矢×土屋」でした。 で、思った。 土屋博士と一文字博士って学生時代いろいろやってたんじゃないか、と。 寡黙すぎる学生時代の一文字博士を思うといろいろ美味しい。 おっさんの友情はいい。 |