月の魔力


目を閉じる。
蕩けて明るい月光が瞼の裏からでも感じられる。
眼を開けても、やはり変わらなかった。
生ぬるいような温度の空気は、なんだか自分の周りだけ、上がっているように思えた。
「眩しい…」
溶け出すように、言葉が流れた。
それに気づいて、抱きしめられた腕が、ゆっくりと離れていく。
ごそっと衣擦れの音がして、豪は腕だけをベッドから上げた。
「カーテン閉めようか?」
「いい…」
そっか、と豪は一言。再びの微睡みへ。
長く伸ばされた豪の髪は、汗のせいかしっとりしていて。腕を伸ばして一束触ると、さらりと流れていく。
「兄貴?」
「……」
疑問の声にも、答えないままに。
夜色に染まった真っ直ぐな髪に口付けて、目を閉じた。
豪は何も言わず、月明かりの下、じっと僕を見ている。
抱きしめられて、頭一つ分下にいる僕を見ている。
たぶん、額より少し上あたり。
前髪は跳ねていたるくせに、後ろになっていくにつれしなやかな曲線を描く髪は、豪だけが持つもの。
僕は、そんな綺麗に伸ばすことは出来ないから。
「そんなに、俺の髪が好き?」
「…別に、そこにあっただけだから」
半分は嘘で半分は正解。そこに長い髪があるのはたまたまだった。
触りたいほど綺麗だと思ったのは、本当についさっき。だから、そんなに、というのは少し違う。

浸って、沈んで、溺れていく。

豪とのこの行為を言葉で表現すると、そんな感じ。
当然というか、最中は苦しいし、痛い。けれどその中に、破裂しそうなほどの甘美な鼓動や、切なさも混じる。
綯い交ぜになった感情は自分ではどうすることもできず、求められ、なすがまま。
荒く吐き出される息も、きつく抱きしめられる感触も、狂おしいまでの想いを感じて。
だから、禁断の行為をやめられないんだと思った。
こんなにも豪が優しいから。
身体が限界に達する瞬間に、視界いっぱいに広がる月光が痛いほど眩しい。
眼球に反射する光が、豪は綺麗だと言ったけれど。

深淵を見そうな蒼い眼のほうが、僕は好きだったりする。

きゅ、と豪の腕の力が唐突に強くなった。
「…どうした?」
目を開けて、手を髪から離すと、豪は不安げな表情をしていた。
「眠いのかよ?」
「……」
どうやら、回想に浸っている間目を閉じていたために、眠ったと思われていたらしい。
「眠くない、大丈夫」
言うと豪はにっこりと笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、まだやる?」
「お前な…」
まだ体力あるのかよ、とそのタフさに、苦笑が出る。
それが豪らしい。
「だあって、久しぶりなんだぜ、しかも初?烈兄貴からきっかけ作ったの」
「……まぁ、そうだけど…」
夕方、豪の髪を思いっきり引っ張ってしまい、学校内だったのにキスしてしまった。
しかも深いほう。あとで見られていたかもしれないことを考えると、火を噴くように恥ずかしい。
そしてその夜にこの行為。ベッドに倒れこみ、愛撫され結果これだ。
文句を言うにもいえない。

男として、ちょっと情けない気もするけど、そのことは考えない。
そうだ。
じゃあ、こっちから仕掛けてみるってのも、一つの手なのかもしれないな。
気だるく、重くなった身体を何とか起こす。
汗で張り付いたうっとうしい前髪をかきあげる。
「兄貴?」
僕が動き始めたのに気づいたのか、豪ものそりと上半身を起こした。
「……」
普段なら、躊躇したんだろうな、きっと。
でも、今はなんとなく気にならない。
そっか、あれだ。

月の光を浴びると、気が狂うってやつ。たぶん。

軽く上目遣いに、豪を見た。豪は目をぱちくりさせている。
「ごぉ…」
酷く、甘い声だ。信じられないや。こんな声出るんだ。
「あ、兄貴…今の声…」
肩に手を置いて、豪に抱きつくような状態になる。
うん、なんか間違ってる気もするけど。まぁいいか。豪がまたやりたいって言い出したんだし。
胸の飾りが、ちょっと立ってる。それを、舌先だけ出して舐めてみた。
味がするわけでもないけど。
ひく、と豪が僅かに震える。
それがなんだか面白くて、猫のように舐めまわす。
出したり引っ込めたりして、舌に乗る感触を堪能した。
「ちょ、ちょっと待って兄貴」
「待たない」
慌てたように、豪が僕を引き離そうとする。
別に胸舐めるからって、立場が変わるわけでもないのに。そんなに上にいたいのか。
それでも豪の方が力が強いから、しばらくして引き離された。
少し眉を寄せる。
「どうしたんだよ。なんか今日の烈兄貴変だよ」
「…別に、変じゃない」
「だって」
だってもさってもあるか。欲しいんだよこの馬鹿豪。
俺が求めちゃ悪いのか。
……ダメだ。完全に月に狂わされてる。自らの声に呆れるほどに。
「じゃあ、これならいいのか?」
伸ばした腕の先は、豪の首の後ろ、束ねられた髪。
ゆっくりと引きずり出すと、流れる波のようにしなやかに、その先端が手に収まった。
「……」
そのまま、髪の先端だけを口付ける。
これも味がするわけじゃない。月の下、ただ煌々と光を返す。
口先まで持ち上げて、なぞるようにスライドさせていく。艶やかな蒼は色を深め、その色合いに思わず眼を細めた。
「――!」
ばっ、と髪が一気に引いた。
「…何するんだ」
せっかくいい気分だったのに。豪は僅かに頬を染めて困惑してるようだ。
「なぁ、烈兄貴…本当に大丈夫?」
大丈夫、何が大丈夫なんだろう。
正常な僕、って何処だったっけ?
目の前には欲しくてたまらない、美しい蒼。
月に照らされた周りだけ見せる、真夜中の空色。
甘露のような吐息。
夜の中でしか月が輝けないように、この色は、もうこの場所しか現れることは無いのかもしれない。
「返せよ」
腕を伸ばした。豪は不安の色を帯びて身を引く。
だけど、僕のほうが早い。豪が戸惑ってるから。
「くっ」
髪の先端を捕まえて、軽く引っ張った。
「こんなの、兄貴らしくない…」
「兄貴らしい、って何?僕は…」
そのまま近づいていく。伸ばした手は豪の髪の根元までたどり着く。
そこにはきつく巻かれた白いゴムがあった。
「兄貴ってば!」
肩を強く掴まれそうになって、慌てて腕を引いた、その瞬間。

ぷちん、とゴムの切れる音がした。

「えっ…」
ほんの僅かな瞬間に、目を奪われた。
戒めを無理矢理解かれた青い髪たちは、翼を広げたように、一斉に舞い上がった。
ふわ、と音がしそうなほどに。
揺らめき、綺麗なまでの曲線を描いて、細い髪の1本1本までが、月の光に煌く。
やがて重力の限界まで跳ね上がった翼は、力を失い、堕ちて。
ぱさっ、ぱさっ、と僅かな音を立てて、豪の肩の上に。
全てが戻った髪は、気ままに豪の背中や肩に垂れかかっていた。

「…何するんだよっ」

豪は少しきつい口調で言う。
「……」
それに対する僕は、何も言い出せなかった。
あんまりにも、一瞬が鮮明に焼きついて。もう一度見ると、その髪はベッドの中で触っていた青色に戻っていた。
「……烈兄貴?」
「うん…ごめん……」
すうっと、何かが落ちていく感覚。さっきまでの行動が嘘のように。
あれは、月明かりが見せるものだったのか。
「…なんか、変な感じだった」
何度か瞬きしてみても、やっぱり僕は僕のままだ。
思い出してみても、あれは僕の行動。でも、もう今の状態では出来ない。
しばらく考えていたようだった豪も、一回だけため息をつき、
「月明かりの下っていうのも、ちょっと考えものだな」
そういって、ぼうっとした僕に向かって言う。
「…やっぱり、僕からやるのは嫌か?」
「そういう意味じゃなくて」
唐突に抱きしめられ、もつれるようにしてベッドに倒れこんだ。
見上げると、カーテンのように下がった髪の中心に、豪の顔がある。
「やっぱさ、恥らってる兄貴のほうが好みみたい、俺」
悪戯っぽく、眼を見て笑った。
「この馬鹿豪っ!」
一発はたいてやると、豪は痛みに顔をしかめながらもやっぱりそのほうがいいと言う。
「…でも、さ……豪」
「ん?」
「僕、男なんだからそういうのがあってもいいと思うんだけど」
もう、あんなことは出来ないけれど、とは言わない。
ただ気づいて欲しい。求められるだけでは無いのだと。
「あ〜そうだな。でもそういう時はちゃんと言ってくれないとな」
言うと、豪はぱぱっと簡単に髪の束を手にまとめ、僕に突き出した。

「なんでもいいから、呼んでくれないと」

髪を突き出した、ってことは、つまりそういうことなんだろう。
その合図を2度もやったのだから。
「お前、そういうんなら髪を切るなよ」
「当分は切らないよ」
豪の返答に納得して、僕はゆっくりと、その髪を引っ張った。

月はいつものように、また光を背けて落ちていく。







「blue call bell」の続編です。背景濃い目。
このときからそこはかとなくエロ方面ってどうよ。
髪フェチブームだった当時。翼さんは髪の光沢を描くのがとても上手いのです。。



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