青空、まどろみ。


チャイムが鳴ったら、すぐ屋上へ。
晴れていたら、ラッキー。
曇りだったら、ちょっと寒いかもしれない。
雨だったら、その近くで雨を見ながら。

ぱたぱたと駆け上がっていくその先には、烈兄貴がいる。
「あ、今日は烈兄貴が先なんだ」
「あ、とは何だ…あ、とは」
そういう烈兄貴と俺は、色違いの弁当袋を持っている。
作り手が同じなのだから、仕方ないとは仕方ないんだけど。
「だって、兄貴最近遅れてくるじゃん」
「まぁな、先生にいろいろ聞いたりしてるから…」
「俺との時間はー?」
「ちゃんと取ってるだろ?」
「だな、サンキュ、烈兄貴」
そういうと、烈兄貴は俺を眩しそうな眼で見て、笑った。

高校の昼休みっていうのは、基本的にどこで食べてもかまわない。教室で食べるのも。
しかし、ここで弁当を食べるのは、俺と烈兄貴だけだ。
俺と烈兄貴がこうして、昼飯だけは一緒に食べるのは理由がある。
烈兄貴は、なんというか、兄弟以上、恋人並、というやつだ。
以下ではない、決して。烈兄貴がそう言ったんだから、間違いない。
いろいろあったけど、俺たちはそういう関係。
家以外で、俺と烈兄貴が会えるのは、このお昼時だけ。弁当の中身はほぼ一緒。
それがわかっていても、お昼だけはこの屋上で一緒に食べる。
「今日は弁当の中身なんだっけ?」
「玉子焼きは入ってたような気がする」
「兄貴の好物か、よかったな」
「お前はなんだよ、その弁当以外のものは。またなのか?」
弁当以外のもの、というのは、自分が脇に挟んでいる、ノート、テキスト、ペン入れを指す。
「あ…うん、また」
「しょうがないな」
そういいながら、烈兄貴は屋上の扉を開けた。

時間はお昼休み時間60分。
その間だけ、ここは俺たちだけの空間だ。
硬いコンクリート剥き出しの床と、雲1つ無い青空。そして烈兄貴と俺。
あるのはそれだけ、それで十分。
「ホントに玉子焼きだ…」
「まぁ、お前は弁当の中身なんか見ずに学校に行くからな」
「しょうがないだろ、朝錬あるんだから…そんな余裕無いんだよ」
そういいながら、弁当を口に押し込む。
弁当のサイズは、俺と烈兄貴は同等。体格からして、俺のほうが食べそうなものだが、兄貴は作り手の計らいにより、俺と同じサイズだ。
兄貴のほうは、量よりも味わいながら食べるから、玉子焼きを本当に美味しそうに食べている。
弁当の中身をよく見ると、ウィンナーもある。もうタコの形にはなってないものの、今でも好きだ。
「兄貴、ウィンナー1個くれないかな?」
「じゃあピーマンもついでにやる」
「うわ、兄貴の意地悪」
「じゃあ…玉子焼きと交換」
「う…、その条件飲んだ」
「…ありがと」
弁当は同じ中身のはずなのに、たまにこうして好物同士を交換もしてる。
そういうときの兄貴は、緊張感も何も無い、自然体の兄貴だった。

屋上は本来出入りを禁止されている場所だ。理由は当然、危ないから。しかし、誰にも気兼ねなく、兄弟二人で弁当を食べられるという場所は意外とない。
どこへ行ってもいい、つまり、どこでも人がいる可能性があるっていうことだから。
そんな折に、屋上の鍵をこっそり複製した、と烈兄貴が見せたときには驚いたもんだった。
「優等生の特権だな」
「兄貴ってさ、裏でこの学校牛耳ろうとか思わない?」
「なんでだよ」
「やればできそうだから」
「あははっ…そんなわけないだろ」
その笑みは眼が全く笑っていなくて、ドスが効いてた。
でも烈兄貴のおかげで、この屋上は俺たちの憩いの場だ。雨をさえぎる場所がないのが、唯一の難点だけど。

20分ほどで弁当を食べ終わったら、次は俺の勉強タイムに入る。
さっきの烈兄貴の”また”はこれのこと。毎度毎度、的確に出るところを突いてくれるから、すごく頼もしい。
たまに嫌がるけど、兄貴はたいてい、教えてくれる。ほっとけないんだろうな。いい兄貴だ。
「で、今日はなんだ?」
「古文…このあと小テスト…」
「古文か。どういうのだ?」
「えっと…係り結び。わかるかよ、こんなの…」
「係り結びか…古文の中でも覚えやすいから…覚えておけよ…これくらい」
直接テキストに書かないで、ポストイットにメモ書きしていく様は、いつもの光景。
コンクリートはざらざらしてるから、座りながらの不安定な体勢だ。
「ぞ、とかどんな意味で使うんだ?」
「意味は強調。お前でいう”かっとべ”みたいなもの」
「は?」
「”いけー、マグナム”より”かっ飛べ、マグナム”の方が強く聞こえるだろ?」
「あ、ああ…」
なんていう棒読みで俺のセリフ言うんだ。
「よし、これ覚えておけ、少なくとも10点中5点は取れる」
「ホントに?」
「たぶん」
「ありがと、兄貴ー!」
思わず、抱きついてしまった。
「…え?」
赤い眼が、見開かれる。
そして。

「痛…」

兄貴の呻く声が、下で聞こえる。
えっと…俺、何してるんだろ?
「なに、するんだ…」
「あ、えっと…」
「…さすがに、古文の問題教えて……襲われるとは思わなかった……」
すっと眼を細めて、にらんで来る。
けど俺はそれどころじゃない。紅い髪がコンクリートに散らばってる。
で、俺は、腕を掴んで四つんばいの状態。
……。
たしかに、襲われてるみたいだな、これじゃ…。
って、そうじゃない!
「そ、そんなつもりじゃ…ごめん」
「……」
慌てて起きだして、烈兄貴の手を引っ張った。
がくん、と首を振って起き上がった烈兄貴は、なぜかぼうっとしている。
緩慢な動作で、後頭部を触っていて、どうやら、痛かっただけでたんこぶまでは至っていないとわかり、腕を下ろした。
それは、普通の動作だったんだけど。
「烈兄貴?」
「…何だ?」
「今日、何かあった?」
「はぁ?」
いきなり言われて、兄貴も困惑してるみたいだ。
だけど、なんか違う。
こういう場合、兄貴はたいてい、殴るか蹴るか、怒鳴る。
それを、何もしないとなると。なんか違う。
「…なんか、兄貴いつもと違う」
「なんでもないって」
「何かある」
なんでもないというときは何かある。隠し事をしているってことだ。
「兄貴、ここでは隠し事はナシにしようぜ」
「……」
「兄弟以上、恋人以下、そういう約束だろ?恋人じゃなくったって、ここまでの関係になれば隠し事はナシにしてもいいと思うぜ?」
笑って見せると、とたん、ちょっと顔を背けて照れてみせる。
兄貴の独特の癖みたいなものだ、もう慣れたけど。まともに照れてすらくれないあたり。
兄貴らしいといえばらしい。
「…じゃあ、お前に頼みたいことがある」
「なに?」
「…枕になれ」
「は?」
「…眠い」
「眠い…?」
「二度も…言わせるな」
単語単語にいう兄貴の言葉を拾って、想像でいくと。
今日兄貴の様子がおかしかったのは。
眠かったから。
まともにいえるはずが無い。授業中にも、授業間の10分休みにも、兄貴のことだから、休憩とかできなかったんだろう。
なるほど、緩慢な動作も、それなら納得できる。
「兄貴も、眠いときあるんだな…」
「昨日…ソニックのデザイン、急に思いついて…寝たの、3時半」
「うわ、よく朝起きれたな」
「…目覚ましかけたから……」
「なるほど、枕になればいいのか?」
「…ああ」
昼休み終わるまで、残り20分。
「まったく、そんなことだったら、古文教えてなんて、俺言わなかったぜ」
「…それはそれで、別問題だ…」
「そうですか」
やっぱり兄貴は、いつもより俺に優しい。眠い分、自分の感情に正直なんだ。
なんか嬉しい。
「…10分前に、起こせよ」
「了解、なぁ兄貴?」
「ん?」
「この体勢でいいのかよ」
「…別に、けっこう、温かくて気持ちいい……」
そういう兄貴は、ほとんど意識が無い。
いや、だけど。
俺、兄貴を思いっきり抱きしめちゃってますが。
膝枕じゃなくて、俺の胸、背もたれにして二の腕枕にしちゃってますが。
本当に、いいのかよ!
けど…温かいっていうし、そんな兄貴を見てたら、ここから動けない。


動けないまま、時間が過ぎて、風がさらさら屋上に流れてく。
騒がしい声も、談笑も、全部自分たちの下にあって、遠くに聞こえる。
一番大切な人が腕の中にある。
眼を閉じてすべて俺に委ねている様は、たぶん、俺だから許された行為。
「…すっげー無防備」
こんな兄貴の顔、たぶん普通に寝てるときだって見られない。
ほとんど動かないまま、俺の腕に縋りつくように眠る。
本当に眠っているのか、うつろなまま、まどろんでいるのかは、俺からはわからないけど。
「キスするのももったいない、って思ったの、初めてだな」
苦笑するしかない。絶好のチャンスなのに。けど起きたら兄貴に悪い。

「これが、兄貴の答えでいいのかな」
兄貴は少しずつだけど、ゆっくりと、許してくれているのかもしれない。
恋人として、俺を見てくれようとしてくれてるって。
まだ、ほんの小さな一歩だ。
キスされるとか、抱きしめてくれるとか、そんな形として残るものじゃない。
それでも、好きでいてくれてる、って感じ取っていいんだよな。

「……ありがと、烈兄貴」
こんな、馬鹿みたいな思いを許してくれて。
報われない片思いを、叶えてくれて。





軽快なメロディが流れ始める。
「…あ」
「……」
ふっと、兄貴が眼を覚ました。赤い眼が空ろに、俺の表情を映し出していた。
「…やっぱり、起こしてくれなかったんだな」
困ったように、兄貴が笑った。
「携帯のアラームつけてたのか…」
「まぁな」
「…ごめん」
「いいよ、まだ授業前だから。ああー、よく寝た」
するりと腕から抜け出して、立ち上がった。
腕を伸ばして、背伸びをして。いつもの兄貴に、一瞬にして戻った。
「豪、次古文の小テストじゃなかったか?」
「やべー…」
「俺が教えたんだから、ちゃんと5点はとれよ」
「わかってるって」
弁当が入った袋と、テキストを掴んで、階段を下りる。兄貴はきっちり、鍵を閉める。
「兄貴、今日は早く寝ろよ」
「お前もな、授業中に寝るなよ」
「ああ」

階段を下りたら、俺たちは別々の方向へ。
そして、家まで会うことはほとんどない。
兄貴はきっと、俺に会うまで優等生でいるんだろう。




兄貴の解説は的確で、やっぱり古文の小テストは似た問題が出た。
ただ、授業中、ずっと、兄貴の温もりが腕から離れなくて。
小テストが残念ながら4点だったことは、兄貴にはしばらく黙ってようと思う。

 



水月さんリク「高校生設定、後ろからぎゅーっと」
1度目失敗。2度目は不意打ちぎゅっと。

ずいぶん時間がかかってしまいました…「後ろから豪がぎゅっとして兄貴が寝てる」が
脳内に降臨したあとは、書くまで早かったけれど。

さしあげたSSの中でもおきにいりの一品。

      


 

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