Glitter's Table


「うまいご飯が食べたい」

豪は、唐突にそう言った。
「なんだよ、豪…俺の作った料理に文句あるのか」
「ないぜ」
ぱくぱくと料理を口に運ぶと、突然顔をしかめた。
「…半煮えだ」
「う…」
豪にひとこと言われ、僕は返す言葉も無かった。
それでも豪は、もくもくをその料理を口に運んだ。
僕もそれを食べる…、煮過ぎてじゃがいもは角がぼろぼろになっていた。
そう、僕は料理が得意じゃない。けど、いつまでも苦手って訳にもいかないから。たまに僕が料理を作る。
結果、淡々と評価を下された。豪にしてはめずらしく文句は言うが大騒ぎはしない。
一度目文句を言ったとき、僕が何をしたのかは、豪が一番わかってるから。
何をしたのかというと…、まぁ亭主関白の旦那が怒った時のようなことをした、とだけ言っておこうと思う。
あの時は悪かったと思ってる。だけど、謝る機会をすでに失ってしまった。
豪はそれでも、料理に感想は言っても、大喧嘩するような言葉を言わなくなった。
ただ、肝心の僕の料理の腕は変化しないみたいだったが。
「…そんなに不味いか?」
「兄貴がうまいっていうならうまいんだろ」
豪はそういう。こう言われれば、返す言葉も無かった。
「……」
キッチンには散乱したにんじんとじゃがいもの皮、黒焦げの鍋。これでも頑張ったつもりだ。
半煮えだったけれど…。
「ごちそうさま」
ぱん、と手を合わせ、食後のお茶を飲む。
「ご、豪…?」
「…明日は俺が作ってやるよ」
「う…」
ひどく冷たい声に聞こえた。”料理”と点から見れば、僕は完全に豪に負けていた。

母さんと父さんが3ヶ月ほど出張でいなくなり、今日で1月が経つ。
最初はコンビニとかピザとか頼んでいた時もあったけれど、それでも限界があった。

「どっちかが料理担当なんてめんどくさい。早く帰ったほうが飯作る。これでいいだろ」
「わかった」

豪と僕とで取り決められた約束。
母さんはたくさん料理本を持っていたから、料理の作り方を知るのにたいした労力はかからなかった。
あとは、冷蔵庫であるものでどれだけ作れるか。
けれど、一緒のものを作るはずなのに、僕と豪はやはり違っていた。
それはまるで、一緒にミニ四駆をはじめても、コーナリング重視になったのとストレート重視になったときのように。


「今日安いのはほうれん草か…」
”今日は俺が晩飯作るから”という豪の言葉に甘える形で、僕はスーパーに買い出しに来ていた。
買い出しはたいてい僕がしている。本来これは交代制なのだけど、豪が買いに行くとなぜか肉や野菜よりお菓子が多い。
貯金は残ってるものの、このままじゃなくなってしまう。と母さんが用意してくれたお金は僕が管理。
男子高校生一人で買い物かご持って買出し、というもの不思議な気分になるが、気にしないでおく。
ときおり、奥様らしき人たちが興味津々で僕の事を見ているもの、気にしないでおく。
今日のお買い得品は豚肉とほうれん草。昨日は肉じゃがだったので、たまには炒めものをともやしもついでにかごに放り込んでレジに向かう。
「あ、そうだ」
豪が飲み物無くなった、と言っていたから。りんごジュースでも買っておく。
「あとは…お菓子でも買っておくか」
豪が淡々とした声で自分で作ると言ってくれたんだ。確かに豪のほうが料理がうまいのは確かだ。
けれど、豪は部活でいつも帰りが遅い。
それを知っていてなお「自分で作る」と言ったのだから、部活を早上がりするはずなのだ。
僕のためにわざわざ。
だから、それくらいはしてやってもいいと思った。
そうして、レジのかごが半分くらいまで埋まると、ふと、目にとまったものがあった。
「……」
知らないうちにそれを手に取っていた。
あと、気がついたように卵と牛乳を買うことにした。
「3800円になりますー」
ポイントカードの提示も、エコバッグを通学カバンに忍ばせているものいつものこと。
「(なんだかどんどん主婦じみてるな…料理できないけど)」
自分で考えて少しだけ笑ってしまった。

「ただいまー」
「おかえり、兄貴」
家に帰ると、豪はカバンを玄関に投げ出したらしく、そのままおかれていた。
「豪ー、お前カバンはちゃんと部屋に運べ」
「めんどくさい」
「ったく…」
豪のカバンは何が入ってるのかずっしりと重い。ようやく家に帰ってきて、それ以上持ちたくないのはわからなくもないが、それでも玄関に投げ出すのはどうかと烈は思った。
とりあえず豪のカバンをそのままにして、キッチンへ向かう。
制服のままエプロンを纏いの鍋が火にかけられていた。まな板のそばには透明なボウルがある。
「今日は塩焼きと、あと酢の物、豚の角煮だけど」
「ああ、ありがとう…」
たまにお玉ですくい、味を確認。一方で魚のコンロを覗き、魚をひっくり返す。
この動作が豪が上手い。料理に関して手早くできるのは、偏にこの一定時間で複数の作業を同時にこなすことが上手いからだ。
僕はこれが苦手で、一方の火加減をみているとほかの事をついつい忘れてしまう。
だから生煮え等々発生する。こげる。
「お前さ…なんでそんなに器用にできるんだ?」
「ん、普通のことだぜ」
豪がこう答えてしまうのだから、教えられることもない。
”感覚で覚える”しかないのだ。
スーパーで買ったものを冷蔵庫に仕舞い、次に自分の通学カバンと豪のカバンを抱えて2階へ登った。
「重いっ…!!」
なんでこんなカバンを毎日毎日豪は平気で持ってるんだっ!!
道理であんなごつい身体になるわけだ。と烈はしみじみ思った。

「兄貴ー!晩飯できたぜー」
「今行くー」

豪の呼ぶ声に、僕は下へと階段を下りる。
「いただきます」
やはり豪は料理が上手い。
塩焼きもいい焼き加減だし、角煮も大根、豚肉共に荷崩れしない。
美味しい。少なくとも僕が作ったものよりも。
「…なんか悔しいな」
「何が?」
「お前がこんなに料理上手いこと」
「兄貴は買い物上手いじゃないか」
「う…」
どうやら、コンプレックスを持っているのは自分だけらしい。
豪は豪で、兄のほうが買い物が上手いと自覚し、それを兄に任せている。
苦手分野と割り切っているのだ。
「お前みたいにいかないんだよ…」
料理ができるできない、というのは将来にとってもおそらく重要だ。
「じゃあさ」
「ん?」

「将来、俺といっしょに住めばいいんじゃねーの?」

「馬鹿いうな」
そう言って小突くと、豪は馬鹿笑いした。
つられる様に、僕も笑った。


◆    ◆    ◆



なんで兄貴が料理ができないこと、あんなに気にしてるんだろうな。
俺ができればそれでいいのに。
と、思っている。
第一、できてしまったら俺の兄貴へのアドバンテージが減ってしまう。
料理本は見てればそれはそれで美味しそうだと思うし。大匙何杯、も適当だ。
そのあたりは完全に”勘”だ。
料理に完璧も何もないだろ、食べてみて美味しければそれでいい。
まぁ、兄貴の美味しい手作り料理が食べたい。というのも事実だったけれど。
カレーライスでもなんでも、できればいいじゃないか。

そう思ってた、昨日は金曜日の夜のことだった。

そして翌朝。
朝から甘いにおいがした。
不振を持ったまま、会談を降りると、今度はフルーツのにおいに変わった。

「あ、豪おはよう」
エプロンを纏い、兄貴が一生懸命に何か作ってた。
「なんだよ、これ」
「ホットケーキ」
卵に、牛乳、ホットケーキミックス。そしてフライパン。
「…わざわざフライパンで作ることないのに」
家にはホットプレートがあるのだから。
「フライパンで作りたかったんだよ」
兄貴はそうむっとした表情で言った。

「そこに生クリームと果物あるから、好きなもの乗せろ、あ、ココア味もあるぞ」

嬉々として作っていた。皿の上には10枚ほどのホットケーキ。
「クレープじゃないんだからさ…」
「じゃ、あんまきにすればいいんじゃないのか」
あんこあるから、と冷蔵庫を指した。
「そういう問題か?」

「……一度も、失敗せずにできたんだ」

そう言って、兄貴は照れくささと苦笑が混ざったような顔で笑った。
「なるほど、そういうこと」
冷蔵庫からマーガリンを取り出す。1枚目はそれにしよう。
後はフルーツとココア味を貰って。
ナイフでホットケーキを割くと、生の部分もなく、ふんわりとしていた。
(本当だ…)
兄貴が自信を持つだけある。
一口、口に運んでみた。

「すっげー、美味い」
「そっか」

その日、久しぶりに食事のテーブル兄貴の笑顔を見た気がした。







料理ネタで料理苦手な兄貴。でした。
この豪かなり淡々としてます。淡白系。


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