水面花火


きらきら光る水面に、雫が踊った。
ぱしゃ、と水を蹴り上げると、服にかかって口を尖らせた。
「なにするんだよ豪」
「悪い」
豪はそう言って笑った。
夏の日差しは陰る気配さえ見えない。
蝉の声は一層暑さを際立たせ、今年一番の暑さだろうことを歌っていた。
「できればさ」
「ん?」
「ホースで水ぶっかけたかったな」
「庭に水やるのか?」
「そうじゃねぇよ!」
本気で突っ込んだ豪に、思わず笑ってしまった。

時刻は午後2時を指していた。
物置の片づけを命じられ、僕と豪は二人で暑い物置の中、自分のいらないものを片付けていた。
1年生のときの教科書。壊れたおもちゃ。その他いろいろ。
その中で、豪が見つけたもの。
「兄貴兄貴ー、これ見ろよ」
「ビニールプール?」
本当に僕と豪が小さかった頃、父さんが買ってきてくれたものだ。
赤い縁取りに、車のイラストが描かれたビニールプール。
こればっかりは1つしか家になくて、二人でホース使ってわいわい騒いだのは、よく覚えている。
ホコリをかぶっていたものの、箱詰めにされていたため破れていなかった。
「これに水溜めようぜ!」
「後でな」
「えー、兄貴ー!」
「うるさい!気が散るだろ!」
「う…」
この暑い中片付けるのも大変だって言うのに、豪のわがままを聞いていたらやっていられない。
「あとで水溜めてやるから、がまんしろ」
「えー…」
「第一、どうやって空気入れるんだ。息を入れるつもりか?」
「あ…」
まだ空気入れが見つかっていなかった。豪もそれに気づき、物置を片付け始めた。

そして、現在午後4時。
「あー、冷たくて気持ちいい!」
「よく準備するよお前も…」
豪の準備万端ぶりは呆れるほどだった。
空気を入れたビニールプール。ホースで水をいれ、そして縁側ににジュース、お菓子付き。
足を冷やすためだけなら豪華すぎだ。
靴下を脱いで浸せば、冷たさが一瞬にして暑さを消し飛ばしてくれた。
「僕たちも大きくなったんだな、もう全身入らないや」
「あったり前だろ!入るのかよ」
「入らないよ」
だから足までになってるんじゃないか、と。
お菓子とジュースを楽しみつつ、蝉の歌声を聴きながら、日が過ぎていく。
「あー、なんか眠くなってきた」
「お前がこんなに大人しいのも珍しいもんな」
「俺だって疲れるんだよ」
いつもだったら豪は退屈だ、といってすぐに出て行っただろう。
しかし今日は炎天下での片づけがあった。
風鈴の音と、蝉の歌声とプールの前では、さすがの暴れ豪も鳴りを潜める。

「そうだ…」
確か、物置に去年使った花火があったはずだ。
まだ今年の分は買ってないけれど、乾燥しているなら、たぶんまだ使えるはず。
「豪、夜になったらここ片付けて花火でも…豪?」
「…くぅ……くぅ……」
寝息を立てながら、目を閉じていた。
「まったく…」
足濡れたままじゃないか。
豪をなんとか縁側に寝かせて、濡れた足を拭いてやった。
「どうしよう」
「あら、烈」
「あ…」
母さんが帰ってきてた。
縁側にはプールが出しっぱなしなのに。
豪は起きない。
母さんはきょとん、と僕と豪を見て、そして縁側のプールを見た。
そして、にこと笑った。
「あとでブランケット持っていってあげるからね。片付けご苦労様」
「あ、ありがとう…」
何にも、聞かなかった。そのまま行ってしまった。
「はぁ…」
ひとまず、肩を落とした。



◆   ◆   ◆



蝉の声が、コオロギの声に変わった。
「豪、ごうってば」
「うーん…」
目を覚ますと、真っ赤な目が、俺を見つめていた。
「れつあにき…」
「昼寝しすぎだ、寝れなくなるぞ」
「…寝てたんだ」
「思いっきりな」
そう言って兄貴は苦笑いした。
起きるとひざにブランケットがかかっていた。外を見るともう真っ暗だ。
「って外暗いじゃねーか、今何時だよ」
「8時」
兄貴の言葉に、時計をさっとみて、血の気が引いた。
テレビ…見そびれた。晩飯も食べてない。
「寝すぎたー!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「あんまり気持ちよさそうにしてたから…起こすの悪いかなって…」
頬を掻きながら兄貴はそっぽを向いた。
「そんな…」
そんなに気持ちよさそうに寝てたのかよ俺。
「あ、ごはんは準備してあるって、あと…」
「あと?」
「これ」
烈兄貴が差し出したのは、線香花火だった。
「少し早いけど、今日は天気もいいからやろうぜ?」
せっかくプールあるんだしさ、と兄貴は俺に耳打ちした。


ぱらぱらと落ちる火花が水面に吸い込まれていく。
蛍の火のような、小さな火の玉がプールの水面に鏡のようになって、ふたつに見える。
ちりん、と縁側の風鈴が鳴った。
「線香花火しかなかったのかよ」
「しょうがないだろ、これしか残ってなかったんだ」
「しょうがないな…」
兄貴と二人で、水面に火花を浮かべた。
「本当は、俺たちでやっちゃいけないんだろうけどな」
「なんでだよ」
「”花火は大人の人と一緒にやりましょう”って書いてなかったか?」
「俺たちなら平気だろ」
「ん?」
「烈兄貴、そういうのちゃんと守るから」
「豪…」
あ、落ちた。と俺は水面を見ながら口を尖らせた。
兄貴の顔は、よく見えなかった。

「なぁ豪」
「ん?」
「2本同時やってみるか?」
にや、と兄貴がいたずらっぽく笑った。
「な、兄貴本気かよ」
思っても見なかった兄貴の言葉に面食らったのは俺のほうだった。
「少しくらい、いいだろ」
そう言って、二本の線香花火を持って火をつける。
ぱちぱちと火花が爆ぜる。
まるで競い合うように、音を立てて、二つの花火が踊る。
「すっげー」
黒い水面に花火が映って4つに見える。
「な、兄貴」
「なんだ?」

「明日、花火買いに行こうぜ!」

「ああ!」
兄貴はしっかりと頷いてくれた。

「おー、線香花火か…面白いことをしてるな」
上から父ちゃんの声が降ってきた。
「父さん」
「やってみてもいいか?」
「いいぜ」
線香花火が3つに増えた。
「お父さんもやるなら、私も少しやろうかね」
「母ちゃんまで…」
いつのまに台所の片づけが終わったらしい母ちゃんが花火につける。
花火が4つに増えた。

俺も花火をつけて、花火は5つ
プールに映って、10この花火。
「あはは…すごい豪華になっちゃったね」
そういうのは烈兄貴だ。

激しい花火なんて1つもなかったけど、とても楽しかった。

夏休みの絵日記に、また1つページが刻まれる。



あとがき。
お題はビニールプールのはずだったのですが、
実際にはビニールプールは前半だけになってしまいました。

「ぼくのなつやすみ」風味でひとつ。

イメージは金/魚花火。おーつかあいはたまにいい曲を歌うと思う。

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