もし、お前の心の中が真っ黒だったとして
全てを塗りつぶしてしまうようなら。
そのときは、一緒に真っ黒に染まってやろうかと思うんだ。
たぶん、それくらいにはこの思いは膨張してるから。
一人きりでは、上手く表現できない、この複雑でぐちゃぐちゃな思いでも。
間違ってると言っても。
お前が辛いのは、見てて辛いから。
それはきっと、お前も同じなんじゃないかな。
なぁ豪。
上手く受け止められないかもしれない。
けど、思うんだ。
呑み込むのはもしかして、こっちのほうかもしれない。
そのときは、どうするんだろうな?
進んでも進んでも、答えなんか見えないんだ。
「やっぱり、間違ってることだと思う」
烈はきっぱりと、豪に言った。
ちょうど半分に欠けた月の夜、烈の部屋に呼び出された豪が聞いたのは、そんなことだった。
豪がベッドの上、烈が勉強机の椅子に座っている。
「…そっか」
否定も肯定もせず、豪はただそれだけ、答えた。
豪の表情を伺うように、烈はじっとそれを見ている。
「俺の答えは出た。豪、お前はどうするんだ?」
「俺は…」
瞳をそらす、烈に問い詰められたときに豪がよくやる癖のようなものだった。
しばらくぼうっと考えたあと、豪は一度、ゆっくりと瞬きした。
「諦めれば…いいのかな」
烈に問う疑問形というより、自分に問いかけるように豪は答えた。
「それで、お前は諦められるのか?」
「えっ?」
意外な言葉に、豪は顔をあげた。
「お前が俺に対する好きって、その程度?」
困るような、烈の笑み。
豪は訝しげに顔をゆがめる。
「間違ってるといわれれば、簡単に諦められる、その程度の好き?」
豪は烈の表情を見て不思議に思った。
まるで、自分を嘲っているように見えるのだ。
「…わかんねぇよ、そんなこと」
豪にはわからない。
どこまでこの兄にさらけ出せばいいのか。
諦められるはずなど無い。きっとどこまでも引きずる。
そのことで、兄から拒絶されることが、豪は怖い。
「俺は、覚悟は出来たつもり」
頬杖を付いて、夜の月を烈は見上げる。
「どこまで好きかなんて、加減だって分からない。間違ってるって分かってる、けれど止められない何かがある」
ふぅ、とため息をひとつ。
「そこまで来たら、先は分からないよな。誰も」
何を言ってるのか分からない。けれどなんとなく分かる。
直接的な意味はわからない。感覚的にわかる何か。
豪は自分の腕を見つめ、ぎゅっと握り締めた。
このまま、壊してしまいたい。この状況も、この思いも。
そんな破壊的な衝動があるのを自覚してる。
「…臆病者」
はっ、と豪は顔を上げた。
烈がこっちを見て笑っている。
かっ、と身体に熱が灯るのがはっきりとわかった。
「このっ―!」
豪は座っていた烈の腕を無理矢理引っ張り、ベッドに放り投げた。
「何す…」
烈の抗議の言葉を無視し、そのまま押し倒した。
両腕を封じ、脚を押さえつけて、逃げられないように。
「…悪かったな。臆病者で」
「……」
ぎっ、と強い目線で烈を睨み付けた。
「ああそうだよ、俺は臆病者だよ。でもなんでそうなるか全然分からないくせに」
「……」
「勝手なこと言うんじゃねぇよ!諦められるわけ無いだろ!」
「豪……」
ぽた、と烈の頬に塩辛い水が落ちて、滑る。
「俺にとって、烈兄貴に拒絶されることが一番怖いんだ!それをされるくらいなら、諦めたほうがよかったんだ!」
「今だって好きだよ!これからだってずっとそうだ!」
烈の頬に滑る水は、とどまることも知らずに、烈には長く続くにわか雨のように思えた。
「豪」
拘束力が殆ど無い腕を振り解いて、青い髪に手を入れた。
「烈兄貴?」
「もう泣くな」
こつん、と額を合わせた。
「俺は、間違ってるといっただけで、お前の思いを受け入れられないとは、一言も言ってないんだぞ」
流れた涙を、唇で拭い取る。
「だ、だって…」
「怖いよ、今でも怖い。だけど、お前が考えなしじゃないことも、わかったから」
驚いている、豪の顔。
ものすごく近距離で見る烈にはなんだかそれが幼い子供のようにも見える。
「今なら、俺も言える。豪…お前が、好きだよ」
青い瞳がめいっぱい見開かれた。
肯定してしまえば、もう戻れないし、終わりまで突き進むだけ。
「烈兄貴、本当?」
「この期に及んで嘘ついてどうすんだよ」
軽く豪にデコピンを食らわせた。
「でも、怖いんだろ?」
「まぁな、豪の気持ちをフライングで知っちゃってたから。でも大丈夫だと思う」
ココロの奥の暗い箱。
泉のように、ひたひた忍び寄るその中身は。
たぶん、真っ暗な胸のうち。
一気に解放するのが怖いなら、二人で同時にあけて、半分ずつで済ませてしまおうか。
◆ ◆ ◆
体内で循環する熱が、凄まじいスピードで上がっていく。
蹂躙されていく身体は痛い。けれどそれ以上の何かがある。
その感覚を悦楽と認識するまで、さして時間は掛からなかった。
後は、破滅か離別の未来がある。
なんでいきなりこうなるんだよ、と思い切り体重をかけてくる目の前の豪に文句を言いたくもなった。
でもこの結末も烈にはなんとなく想定は出来ていた。
豪は最初に、烈を抱きたい。と言ったのだ。
事実こうして最初に抱かれた。
烈の身体は抱かれるために出来てはいないから、軋む音ををあげる。
それでも、悦楽を感じることができることだけがまだましなのかもしれない。
「…れつ、あにきっ……」
「っつ――!!」
熱の楔を打ち込まれれば、否が応でも身体は跳ねて、喉の奥から甘い悲鳴が漏れ出す。
めちゃくちゃにされる。
何処から出たのか分からない液体で濡れるし、熱くで熱くてしょうがないのに、縋りつく身体もまた熱い。
とくん、とくん。と耳の奥で聞こえる生きている証が、なんだか煩い。
果てないような快楽は、視界の中にただ青い瞳を移したまま。
身動きできないほど抱きしめられて、落下する。
今は、自分は豪だけのもの。
それと同時に、豪は、自分だけのものなのだと、なんとなくだが、はっきりと理解することができた。
「豪…お前が俺になんて言ったのか、教えてやるよ」
それを聞いたら、お前はどんな顔をするんだろうな?
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