*盤が死んでいます。
ふぁあああ、と大きなあくびの音がして、振り返ると普段着のメグルがいた。
「つまらんねー。」
もう一度あくびをすると、俺に目を合わせて「ねぇ?星野君」と言った。
「普段着なんだ?」
「急に来い言われたけん、喪服なんて官舎に無かもーん。」
ぷい、と合っていた視線を外す。
「俺たち、ちゃんと買ったんだけどな」
「ハイハイ、星野君は偉かー。葬式なんて何度もあるもんじゃないでしょう、勿体無かよ」
「こういうのは気持ちなんだよ。レンタルより誠意が出るじゃん」
俺ができるだけ声を潜めて言うと、メグルはむしろ普段より大きく笑い飛ばした
「死んどるやつ相手に、誠意なんて伝わらんでしょー?」
可っ笑しかぁ星野君、もうちょっとリアリストやと思うとったよ。
あんまり笑われるので、確かにそうだと納得してしまった。高かったんだけどな。
一しきり笑い終えると、メグルは今度は爪先立ちで、参列者を観察し始めた。
焼香の列(俺は最初の方に終わらせて、今は葬儀場の大部屋の、入り口近くに避けている。)に
知り合いの顔を見つけては、星野君、あれ兵悟君やね?と聞いてくる。
「あ、嶋本軍曹見ーっけ。あは、しおらしかねー、珍しいからいっぱい見とこう」
「テンション下げなよ、本当に非常識なんだから」
「うっさかねー。あ、お葬式って二次会あるっけ」
「親族しか無いよ。だから俺たちは帰るけど」
「えー・・・オイこの後予定無かぁー。暇かぁー。」
「・・・しょうがないなぁ。いいよ、俺について来ても。」
「? 星野くん家チューハイある?」
「あるけど」
「やったぁ」
兵悟君たちも来るでしょ、あ、タカミッちゃん見ーっけ。隣で丸くなってんの、大羽君?
メグルははしゃぎっ放しだ。
より近くで見るために、ふらふらと列に近づいてさえいる。
黒い日に黒い人々、メグルの水着の女性がプリントされた、
ショッキングピンクのTシャツはあまりに目立ちすぎる。
「大羽、昨夜からずっと泣きっぱなしだよ」
「嘘、ずっと?脆かねー。」
「仲よかったからね。喧嘩するほどナントカって。」
「へーえ。」
泣き崩れる大羽は焼香どころじゃない。
うわ言のようになんでじゃ、と何回も繰り返して、引きつった呼吸音を漏らし続けている。
タカミツはそんな大羽の横で静かに座って居て、
たった今焼香から戻ってきた兵悟は、自分も涙でクシャクシャなくせに
大丈夫?と何度か大羽の肩を叩いた。
「知っとる顔ばっかり」
「だろうね」
「皆随分悲しそうやね・・・ねぇ、誰が死んだの?」
メグルは急に真面目な顔をして、もう一度俺と目を合わす。
「なんだ、知らなかったんだ」
「やけん、急に呼ばれて」
「誰に?」
それは、まで言ってメグルは口をつぐんだ。
俺はゆっくりと漂う線香の煙を辿り、指差す。
引き伸ばされたモノクロの証明写真、架けられた黒いリボン。
目立つ私服の男が葬儀場をうろつき、誰にも注意されないのは、
見えないから。
「メグルだよ?」
メグルは口角だけで笑った。
盤「マジで?」星「マジで。」
死んじゃったのに気づかない盤となんだか懐の深い星野君。
寂しかったらとり憑いてもいいよ、とか平気で言って盤が惚れ直せばいいです。
盤入院時に無事でありますように!と願をかけながら書いたものです。
ゆがんだ愛情の現われ。